2013/11/29 - 2013/12/04
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旅人のくまさんさん
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バッキンガム宮殿の次は、ウェストミンスター寺院と国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)の見学です。先にゴチック建築のイギリス国教会の寺院、ウェストミンスター寺院から紹介します。
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『クィーン・ヴィクトリア・メモリアル』の紹介をもう少し続けます。モニュメントの周りの噴水の脇から眺めたバッキンガム宮殿方面の光景です。ヴィクトリアは、イギリス・ハノーヴァー朝第3代国王ジョージ3世の第四王子のケント公エドワードの一人娘です。3人の伯父たちに嫡出子がいなかったため、1837年に18歳でハノーヴァー朝第6代女王に即位しました。
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この種の噴水を見ますと、ローマの『真実の口』を想い出します。それほど印象に残ったオードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックの『ローマの休日』の1シーンでした。このシーンのオードリーは、演技ではなく、本当に驚いた時の自然な演技だったとされます。
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ヴィクトリア女王の話題に戻ります。ハノーヴァー家は、ドイツの神聖ローマ帝国の流れを汲む君主の家系であり、1714年にステュアート朝に代わってイギリスの王家となり、ハノーファーとイギリスの君主を兼ねる同君連合体制となりました。ハノーファーでは慣習法のサリカ法を採り、女子の継承を認めていなかったため、1837年のヴィクトリア女王のイギリス王即位をもって同君連合を解消しました。
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『クィーン・ヴィクトリア・メモリアル』の周りの後姿のライオン像です。グレート・ブリテン王国とアイルランド王国は1801年に合同してグレート・ブリテンおよびアイルランド連合王国が成立し、ジョージ3世が最初の国王となりました。イギリスでの議院内閣制が発達したのは、この時代、英語が離せないドイツ出身の王が有力な閣僚に国政を委ねた結果とも言われます。また、歴代君主は、例外なくドイツから王妃や王配を迎えました。
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同じく、『クィーン・ヴィクトリア・メモリアル』の周りの後姿のライオン像です。この像は前に紹介しましたから、全部で4体のライオン像でした。ところで、ハノーファー王国は、1814年のウィーン会議で、ドイツ連邦の構成国としてドイツ北部に成立しました。1837年のヴィクトリア女王のイギリス王即位をもって同君連合を解消しましたが、1866年プロイセン王国に併合され、5代続いた王国の幕を閉じました。一方、イギリスは1901年にヴィクトリア女王が死去した後、エドワード7世(在位1901〜1910年)、ジョージ5世(在位1910〜1936年)、エドワード8世(在位1936年)、ジョージ6世(在位1936〜1952年)から現在のエリザベス2世(在位1952〜)へと続いています。
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既に紹介した獅子像ですが、今度は獅子の顔のアップです。リアルで写実的な表現の獅子像です。
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イチオシ
正面扉にあった、紋章のアップ光景です。左の動物がイングランドの象徴のライオン、右側がスコットランドの象徴のユニコーンです。グレート・ブリテンおよび北部アイルランド連合王国の女王・エリザベス2世紋章です。エリザベス女王とその夫君のエジンバラ公の紋章は、デンマーク王室の血を引くギリシャの王子の出身であることから、デンマークとギリシャの国旗がモチーフとなっています。
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門扉の錠前のアップ光景です。金色の飾りの扉にあった風格と大きさでした。見たことはありませんが、大きな鍵が使われそうです。
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門の支柱と言うより、モニュメントと言った方が相応しい造りです。塀らしいものは見当たりませんし、車道のような場所には仕切りがありません。不思議な門の構造に見えました。
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バッキンガム宮殿の見学は、これでおしまいです。衛兵交代儀式がある日には、既に混み合ってくる時間帯ですが、今日は閑散としていました。
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バッキンガム宮殿の見学を終えて、次に向かったのはウェストミンスター寺院です。960年にベネディクト派修道院として建設されました。日本語版のHPも開設されていました。歴代王やイギリスの著名な人物が多数埋葬されています。このため、新たな埋葬は出来ない状態とされます。
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バスを降りた場所付近の建物光景が続きます。どの方向を向いても、歴史的建造物ばかりの光景でした。
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イチオシ
バスを降りた場所から少しだけ歩いて、ウェストミンスター寺院が見える場所までやってきました。起源は960年のベネディクト派の修道院に始まりますが、イギリス中世の大規模なゴシック建築は、11世紀にエドワード懺悔王が建設し、1066年以降、英国国王の戴冠式が行われています。現在の寺院の建物は1245年に、ヘンリー3世がフランスの建築家を招いて建築を始め、14世紀末に大部分を完成しました。その後も建築は続き、正面が16世紀、塔が17世紀に完成しています。1953年にはエリザベス2世の戴冠式、1997年にはダイアナ妃の葬儀が行われました。
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ロンドン中心街を走る、ルートマスターと呼ばれる赤い二階建バスの光景です、イギリスのアソシエーテッド・エクイップメント社が開発しました。ワンマン化の波に押され、2005年に引退しましたが、今でもロンドン市内の観光ル−トを走っています。
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イチオシ
左手のウェストミンスター寺院と、その周りの建物光景です。1987年に『ウェストミンスター宮殿、ならびに聖マーガレット教会を含むウェストミンスター寺院』として、世界文化遺産に登録されました。
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正面から見上げた、ウェストミンスター寺院の建物光景です。13世紀〜18世紀のイギリスの王は、リチャード3世ら数人を除き、この寺院に埋葬されています。また、アイザック・ニュートン(1642〜1727年)、チャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685〜1759年)を始め、イギリスで著名な科学者、詩人、音楽家、政治家等も埋葬されています。
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木陰から眺めたウェストミンスター寺院の建物光景です。ここに埋葬された偉人には、電磁波理論で有名なマクスウェル(1831〜1879年)、ニュージーランド出身でイギリスで活躍した物理学者で化学者のラザフォード(1871〜1937年)、宣教師で探検家のリヴィングストン(1813〜1873年)、小説家のディケンズ(1812〜1870年)など、まだまだ記しておきたい名前があります。
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聖マーガレット教会の案内看板です。メインの表示が『St Margaret‘s Church(聖マーガレット教会)』、サブの表示が、『Westminster Abbey(ウェストミンスター修道院)』でした。1523年の再建、1614年にウェストミンスター宮殿の教区教会となりました。元々は12世紀の創建とされます。
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聖マーガレット教会の行事案内看板です。クリスマスの行事案内等のようです。教会のHPには日曜、平日と土曜に分けて礼拝などの時間が紹介されていました。
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フランス式とされるゴチック建築による門の造りでしょうか、ゴチック建築は、12世紀後半にフランスで発祥した建築様式とされます。歴史的区分としては1150年頃から1500年頃までの時代の建築様式です。
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ウィキペディアでは、ウェストミンスター寺院の建築様式を1250年頃に始まる『後期ゴシック』に分類しています。イングランドのゴシック建築は、①アーリー・イングリッシュ、②1290年以降の華飾式または曲線式、③1330年頃から垂直様式の3つに区分しています。ウィキペディアでは、ウェストミンスター・アベーの様式を、『ほっそりしたプロポーションと薄い壁の意匠を意識した例外的な作例』とし、②の華飾式に分類しているようです。
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聖母子像のアップ光景です。マリアに抱かれた王冠を被った幼子イエスのようです。イングランド国教会は、もともとはカトリック教会の一部でしたが、16世紀のイングランド王ヘンリー8世からエリザベス1世の時代にかけてローマ教皇庁から離れ、独立した教会となりました。教義上や典礼的にはカトリックとの共通点が多いとされます。ヘンリー8世自身の信条もカトリックだったとされます。彼の離婚問題を機にカトリック教会から離脱したヘンリー8世は6度の離婚、結婚を繰り返しました。それを補佐したのが、側近のクロムウェルで、1533年の上告禁止法で『帝国』であることを宣言し、1535年には国王至上法を発布し、王自らイギリス国教会の長となりました。
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真下から見上げた尖塔の光景です。上部には、大きなバラ窓が見えています。ヘンリー8世の側近、クロムウェルの台頭で、カトリックの立場で国王至上法に反対したトマス・モアは反逆罪でロンドン塔に幽閉、1536年に処刑されましたが、カトリックでは400年後に聖人となりました。ヘンリー8世とクロムウェルによる宗教改革は、修道院の解体、財産の没収が行われ、1540年に完了しました。クロムウェルは伯爵にまで登りましたが、余りの過酷さに政敵も多く、1540年にはノーフォーク公から反逆罪で告発され、かつての政敵だったトマス・モアと同様、ロンドン塔に幽閉、処刑をされました。
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右方向を向いた全歩の方達は、ウェストミンスター寺院入場のための順庵待ちの行列の人達です。その外側から寺院を撮影させて頂きました。人気の観光スポットですが、日本語版のHPには、中の撮影はご遠慮下さいとの注意花器もありました。
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斜めから見上げた尖塔の光景です。大伯父にヘンリー8世の元で『行政革命』を実施した政治家、トマス・クロムウェルを持つオリバー・クロムウェル(1653〜1658年)は、ネイズビーの戦いで国王チャールズ1世をスコットランドに追い、議会派を勝利に導きました。イングランド共和国初代護国卿時代には専制政治を敷きました。1658年にクロムウェルがマラリアで死亡すると、跡を継いだ息子のリチャード・クロムウェルはまもなく引退し、護国卿政は短い歴史に幕を降ろしました。1660年の王政復古で、チャールズ2世が国王になった後、クロムウェルは墓を暴かれ、遺体が斬首されました。数百年経った今も、類稀な優れた指導者か、強大な独裁者か、歴史的評価は分かれています。
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斜め下から見上げた、ウェストミンスター寺院の尖塔光景です。外壁の色が疎らなのは、修復に使われた石材のためのようです。
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木立が少し邪魔をしましたが、聖マーガレット教会の建物光景です。最初の教会は12世紀にベネディクト会派聖職者によって建てられました。ウェストミンスター寺院の敷地内にあり、現在は纏めて世界文化遺産に登録されています。
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ウェストミンスター寺院の中にある、ヘンリー7世記念聖母礼拝堂と呼ばれる建物光景です。ヘンリー7世(1457〜1509年)は、テューダー朝初代のイングランド王(在位:1485〜1509年)です。
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尖塔の先端部分の飾りのアップ光景です。ギリシャ建築のコリント様式らしい造りの台座の上に、二段に亘って人物像がありました。
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ウェストミンスター寺院の中間部分のアップ光景です。中央にステンドグラスらしい、アーチ型の大きな窓がありました。次の見学地、ナショナル・ギャラリーに向かうことにしました。左手上の時計の針は夕方の4時少し前を指していますが、この写真だけは翌日に撮影したものです。
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