国立・府中・稲城旅行記(ブログ) 一覧に戻る
府中市内に実際に建っていた古い町役場や郵便局、小学校などの公共建物や、宿場町にあった町家や商家、茅葺き屋根の農家などの歴史的に価値ある建造物を移築復元し、公開している公園があることを、ここ4トラで見つけて3連休の最終日に行ってきました。<br />

東京建築散歩 府中郷土の森博物館

13いいね!

2013/10/14 - 2013/10/14

280位(同エリア666件中)

旅行記グループ 近代建築散歩(東京2)

0

60

ぬいぬい

ぬいぬいさん

府中市内に実際に建っていた古い町役場や郵便局、小学校などの公共建物や、宿場町にあった町家や商家、茅葺き屋根の農家などの歴史的に価値ある建造物を移築復元し、公開している公園があることを、ここ4トラで見つけて3連休の最終日に行ってきました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
同行者
一人旅
交通手段
私鉄 徒歩

PR

  • 世間では3連休なのに、3日間中途半端に仕事が入っていて、この日も6時から仕事。

    世間では3連休なのに、3日間中途半端に仕事が入っていて、この日も6時から仕事。

  • 事前にサントリーの武蔵野工場の見学を予約していたので、前から一度行ってみようと思っていた、歩いて行ける府中郷土の森博物館へ行ってきました。<br />

    事前にサントリーの武蔵野工場の見学を予約していたので、前から一度行ってみようと思っていた、歩いて行ける府中郷土の森博物館へ行ってきました。

  • ここは、府中市内に実際に建っていた江戸後期から昭和の初期までのいろんな建物を8棟を移築復元した屋外博物館。

    ここは、府中市内に実際に建っていた江戸後期から昭和の初期までのいろんな建物を8棟を移築復元した屋外博物館。

  • 昭和30年代に生まれた私には、とても懐かしい木造校舎。<br />

    昭和30年代に生まれた私には、とても懐かしい木造校舎。

  • 昭和10年に現在の市立府中第一小学校の場所に建設され、昭和54年まで小学校の校舎として使われてきた建物の一部を移築復元したもの。

    昭和10年に現在の市立府中第一小学校の場所に建設され、昭和54年まで小学校の校舎として使われてきた建物の一部を移築復元したもの。

  • 木造2階建てで、一般教室35室、特別教室4室、来賓室、応接室、教員室から構成される、延床面積は5,870?もある、当時北多摩郡でいちばんの規模を誇っていたマンモス小学校だったそうです。

    木造2階建てで、一般教室35室、特別教室4室、来賓室、応接室、教員室から構成される、延床面積は5,870?もある、当時北多摩郡でいちばんの規模を誇っていたマンモス小学校だったそうです。

  • 移築復元したのは、このうちの中心部分だった一部だけ。茶色い木の机や椅子を見ると無性に懐かしさを感じますね。

    移築復元したのは、このうちの中心部分だった一部だけ。茶色い木の机や椅子を見ると無性に懐かしさを感じますね。

  • こちらは幕末から明治にかけて、府中宿を代表する商家として栄えた旧田中家。

    こちらは幕末から明治にかけて、府中宿を代表する商家として栄えた旧田中家。

  • 田中家はもともと車返村(現白糸台)にあったそうですが、江戸時代の中頃に府中新宿(現宮町1丁目)に移住しました<br />

    田中家はもともと車返村(現白糸台)にあったそうですが、江戸時代の中頃に府中新宿(現宮町1丁目)に移住しました

  • 天明年間(1781-89)より、柏屋という屋号で桝酒や反物、荒物の商売を営み、次第に宿内で大店としての地位を固めたそうです。<br />

    天明年間(1781-89)より、柏屋という屋号で桝酒や反物、荒物の商売を営み、次第に宿内で大店としての地位を固めたそうです。

  • こちらの部屋は休憩所として使われています。

    こちらの部屋は休憩所として使われています。

  • 昔の商家にはこんな収納の付いた箱階段がありましたね。

    昔の商家にはこんな収納の付いた箱階段がありましたね。

  • 蔵の内部には入ることができます。

    蔵の内部には入ることができます。

  • ここでは土壁の構造を見ることができます。

    ここでは土壁の構造を見ることができます。

  • さらに奥に進んでいくと明治天皇が訪れた際の御座所があります。

    さらに奥に進んでいくと明治天皇が訪れた際の御座所があります。

  • 田中家は明治天皇が府中宿付近に来訪した際には、たびたび休憩所・宿所として使われたそうです。<br />

    田中家は明治天皇が府中宿付近に来訪した際には、たびたび休憩所・宿所として使われたそうです。

  • こちらが明治天皇の御座所となった奥座敷。

    こちらが明治天皇の御座所となった奥座敷。

  • 明治天皇は休憩も含めてこの建物に5回も訪れているようですがその目的は何だったのか?

    明治天皇は休憩も含めてこの建物に5回も訪れているようですがその目的は何だったのか?

  • 大国魂神社に一度、鮎漁の見物に1回

    大国魂神社に一度、鮎漁の見物に1回

  • うさぎ狩りには3回も訪れているとか。

    うさぎ狩りには3回も訪れているとか。

  • 昔は天皇もうさぎを狩って食べちゃったんですかね。

    昔は天皇もうさぎを狩って食べちゃったんですかね。

  • こちらの島田家は旧甲州街道・府中新宿の商家です。

    こちらの島田家は旧甲州街道・府中新宿の商家です。

  • 移築復元したのは、その店蔵の部分で、明治19年より3年もかけて建てられたもの。

    移築復元したのは、その店蔵の部分で、明治19年より3年もかけて建てられたもの。

  • 薬屋の店舗だったようですね。

    薬屋の店舗だったようですね。

  • こちらの白い洋館は旧府中町役場

    こちらの白い洋館は旧府中町役場

  • この建物も島田家同様3年もかけて対象年に建てられたもの。

    この建物も島田家同様3年もかけて対象年に建てられたもの。

  • 建築費は当時のお金で10476円88銭<br />これって今の貨幣価値にすると1億円くらいですかね。

    建築費は当時のお金で10476円88銭
    これって今の貨幣価値にすると1億円くらいですかね。

  • こちらは町長室

    こちらは町長室

  • 年代物の金庫や机も展示してあります。

    年代物の金庫や机も展示してあります。

  • 表側は洋館ですが裏側は和風の建物になっています。

    表側は洋館ですが裏側は和風の建物になっています。

  • 土間には竈があって賄いもつくっていたのでしょうか。

    土間には竈があって賄いもつくっていたのでしょうか。

  • 土間の脇にある板の間には炉があります。

    土間の脇にある板の間には炉があります。

  • こちらは府中市宮西町から移築した旧矢島家

    こちらは府中市宮西町から移築した旧矢島家

  •  明治5年に府中番場宿の名主兼問屋の矢島九兵衛が郵便取扱役に任命され、居宅だったこの建物が郵便取扱所に当てられました。今の郵便局ですね。

    明治5年に府中番場宿の名主兼問屋の矢島九兵衛が郵便取扱役に任命され、居宅だったこの建物が郵便取扱所に当てられました。今の郵便局ですね。

  • 郵便局の事務所として使われていた部屋

    郵便局の事務所として使われていた部屋

  • 表側には受付窓口とカウンターがあります。

    表側には受付窓口とカウンターがあります。

  • 昔のポストは木製ですね。

    昔のポストは木製ですね。

  • 幕末から明治の初期に建てられた建物だそうで、昭和60年に解体されるまでその時期の当主の職業によりいろんな用途のお店として使われてきたそうです。

    幕末から明治の初期に建てられた建物だそうで、昭和60年に解体されるまでその時期の当主の職業によりいろんな用途のお店として使われてきたそうです。

  • こちらはまいまいず井戸?。<br />すり鉢状の窪みの斜面を螺旋状にまいまいのようにくだって水を汲むことから命名されたとそうです。

    こちらはまいまいず井戸?。
    すり鉢状の窪みの斜面を螺旋状にまいまいのようにくだって水を汲むことから命名されたとそうです。

  • 規模は小さいけれどコスモスも咲いています。

    規模は小さいけれどコスモスも咲いています。

  • ここは昭和記念公園のコスモスと違って1種類だけ

    ここは昭和記念公園のコスモスと違って1種類だけ

  • でも花の色は白もありました。

    でも花の色は白もありました。

  • こちらは旧三岡家長屋門。三岡家は、江戸時代後期に旧是政村の村役人を勤めた家柄で、移築した長屋門は、その分家に建てられていたものだそうです。<br /><br /><br />

    こちらは旧三岡家長屋門。三岡家は、江戸時代後期に旧是政村の村役人を勤めた家柄で、移築した長屋門は、その分家に建てられていたものだそうです。


  • なんと桜が咲いていました

    なんと桜が咲いていました

  • この時期に咲く桜は十月桜か冬桜

    この時期に咲く桜は十月桜か冬桜

  • 裏側にはキバナコスモスも咲いていました

    裏側にはキバナコスモスも咲いていました

  • アジサイが咲いていたりもして、季節が混在してしまった感じ

    アジサイが咲いていたりもして、季節が混在してしまった感じ

  • でもススキを見ると秋ですね。

    でもススキを見ると秋ですね。

  • 稲刈りも終わって案山子もちょっと疲れ気味

    稲刈りも終わって案山子もちょっと疲れ気味

  • 小学校、商家、町役場、郵便局と紹介したあとは武蔵野の農家

    小学校、商家、町役場、郵便局と紹介したあとは武蔵野の農家

  • 軒先には大國魂神社のくらやみ祭のからすうちわが

    軒先には大國魂神社のくらやみ祭のからすうちわが

  • こちらはハケ下の農家 旧越智家<br /><br /><br /><br /><br />

    こちらはハケ下の農家 旧越智家




  • ハケとは武蔵野台地の崖線をいい、ハケ上が高台、ハケ下が窪地<br /><br />

    ハケとは武蔵野台地の崖線をいい、ハケ上が高台、ハケ下が窪地

  • 旧越智家は幕末から明治のはじめに建てられた農家で増改築を繰り返していたようですが、ここに復元されているのは最初の形

    旧越智家は幕末から明治のはじめに建てられた農家で増改築を繰り返していたようですが、ここに復元されているのは最初の形

  • 水車小屋の奥にもうひとつの農家

    水車小屋の奥にもうひとつの農家

  • こちらはハケ上の農家の旧河内家。<br /><br /><br />

    こちらはハケ上の農家の旧河内家。


  • この建物は府中の東北部にある浅間山の南を東西に走る人見街道に面した旧人見村にありました。<br /><br /><br /><br />

    この建物は府中の東北部にある浅間山の南を東西に走る人見街道に面した旧人見村にありました。



  • こちらも江戸時代からの建物で、解体した時の調査で天保年間に旧大沢村(三鷹市)に移築されていることがわかっているとか。<br /><br />

    こちらも江戸時代からの建物で、解体した時の調査で天保年間に旧大沢村(三鷹市)に移築されていることがわかっているとか。

  • 昭和58年まで農家の母屋として使われていた建物ですが、度々改造が加えられていましたそうです。<br /> <br />

    昭和58年まで農家の母屋として使われていた建物ですが、度々改造が加えられていましたそうです。

  • でも、移築復元されたのは、創建当初の形ではなく、養蚕が盛んだった明治の初期の姿にしているとか。<br />小金井の江戸東京たてもの園の規模まではないものの、建築散歩楽しめました。

    でも、移築復元されたのは、創建当初の形ではなく、養蚕が盛んだった明治の初期の姿にしているとか。
    小金井の江戸東京たてもの園の規模まではないものの、建築散歩楽しめました。

この旅行記のタグ

13いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

近代建築散歩(東京2)

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP