2013/05/15 - 2013/05/27
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Berg Heilさん
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このあまり知られていない街をネットで見つけ、ミュンヘンからニュルンベルクへ移動の途中、ニュルンベルク駅に荷物を預け、観光局から送って頂いたパンフレットに、古い教会、市壁、或いは城がある様なので訪ねてみる事にした。
又、パンフレットにはホラッフェン(伝統的な角笛方のパン/クロワッサン)伝説が書かれていて、これにも少しばかり興味がわいたので訪問した。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
クライルスハイム駅
ニュルンベルク〜シュテュテュガルト間の主要駅 -
1945年4月20日の空襲で 歴史的市街地の95%が破壊された。戦後の町の再建は歴史的外観は考慮され無かった為、一部の教会 市壁等を除いてその面影が失われた。
ただ Jagst 川沿いは緑が多く市民の絶好の憩いの場所になっている。 -
中央:Rathaus 市庁舎 1717年 宗教改革200年を記念して建設
-
Liebfrauenkirche 聖母教会 1370年 初めて古文書に記載された。1393年 聖母チャペル献堂 1477年 切妻屋根と塔が建設された。
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Zeughaustrum : 兵器庫塔
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Johanneskirche platz: ヨハネス教会広場
この教会の前は 1000年頃は市民の埋葬地であった。 -
Johanneskirche :ヨハネス教会 1398〜1440年建立
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Spital zum heiligen Geist:聖隷病院 最初は1400年建設 1425年 後期ゴシックの礼拝堂献堂 現在は「市博物館」
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城壁の門をくぐって出れば古い墓地となっている。城壁の周囲は緑いっぱいの絶好の散歩道。
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Diebsturm : 現存する城壁と泥棒塔 最も古い時代は ホーエンシュタイフェン(中世独逸の王侯:1268年断絶)時代に遡る。
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Schloss :城 実は第一に城を見たくてこの場所に来たのだが、近代的な建物が建っていて、「いったいこれはなんだ??」 ガッカリ!!!
戦災で破壊され、1400年頃に作られた城は再建さなかった様だ。現在は行政機関の建物として使われている。 -
今次大戦で破壊される以前の城(パンフレットから転載)
-
クライルスハイムの攻防(ホラッフェン伝説)
この伝説の起源は1379〜1380年に起きた市の攻防戦に由来する。南独逸都市戦争に於いてクライルスハイムの町と領主貴族との対立抗争の中で起きた。ホーエンローヘ伯爵揮下の 帝国自由都市 シュヴェーヴィシュ・ハル ローテンブルク・ディンケンスビュール の連合軍が街を包囲した。
市民たちはホーエンローエ家のひどい仕打ちを受けた復讐の為立ち上がった。連合軍は街を包囲し兵糧攻めにしようとした。この策略は成功すると思われた。しかし
女性達は未だ手元に残っていた最後の小麦粉を集め、それで角笛の形のパン、ホラッフェンを焼き、市の壁の上を越して投げ落とした。、これを目にした町で一番太い市長夫人が勇敢にも壁に登り、敵に向かって彼女のむき出しの尻を差し向けた。(おそらくこんなに太っていて、食い物には困っていないぞという事)
沢山のパンとベーコン(市長夫人の大きなお尻)を目にして、包囲軍は彼等の兵糧攻めの策略の成功の見込みがないと判断、1380年の Estomihi(復活祭前 7番目の日曜日、五旬節の主日)の前の水曜日に撤退した。
この日は現在も市の祝日として祝われ、子供達と老人達にホラッフェンが配られる。
※ 市のパンフレットからの抄訳とイラストの部分転載。
※ ウイキペディアの和訳版には「市長夫人が尻をむき出しにしながら降りてきた」としてあるが、独語版とパンフレットを見くらべると、これは誤訳と思われるが?? だいたい城壁からはそのまま降りられないと思われる。 -
このパンの形は市長夫人の尻を模ったという説もあるが、その起源はケルト時代に家の玄関に飾られた魔除けだという説もある。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ちょんたさん 2013/06/28 16:49:58
- このパンは本物ですか?
- Berg Heil様
美味しそうなパンですね!!
このパンの由来を読み、また挿絵を見て大笑いしてしまいました!
勇敢な市長夫人ですね!
でも、そういう役職夫人だったからこそ、わが身を投げ出したとも思えますが…。
確かに、上からパンが降ってきて、美味しそうなベーコン(!)の塊を見せられたら、兵糧攻めの意味はないと考えるでしょう。
流石に理詰めのドイツ人らしい考え方があるものだと感心しました。
ちょんた
- Berg Heilさん からの返信 2013/06/29 07:23:45
- RE: このパンは本物ですか?
- >
> 美味しそうなパンですね!!
> このパンの由来を読み、また挿絵を見て大笑いしてしまいました!
> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは旅の計画中 ミュンヘンからニュルンベルクへの移動日、時間が十分あるのでどこか立ち寄る面白そうな町が無いかと調べているうちに見つけた次第です。さっそくいつもの様に観光案内所に手紙を書き、市街地図とパンフレットを送って頂いた中に「ホラッフェン」のパンフレットがあり、面白そうなのでさらに Wikipedia で調べて出かけました。ただ Schuloss があの様な状態でがっかりしました。 なんでもかっては近郊に独逸空軍基地があって大変な連合軍の空爆があったそうです。
ホラッフェンはパン屋に寄らなかったので通常販売されているか否かはわかりません。パンフレットには ”Horaffen = Horn offen ”としてありました。
>
今後、独逸は5〜6編(一週間・2編のペース)旅行記を投稿して、チェコに移る予定ですので又よろしかったら覗いて下さい。
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