2012/06/12 - 2012/06/13
88位(同エリア448件中)
Halonさん
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6/12(火)夜行列車でハルビンに到着。郊外の七三一部隊遺址まで路線バスで出かける。午後は黒竜江省博物館を見学。ぐうぜん開催中のミャオ族衣装展も見る。
駅で今後数日の切符をまとめ買いするも、翌日の長春→集寧南の切符が取れず、苦肉の策で途中下車して2日がかりでたどり着く案に変更。行列の前では北朝鮮人が苦労して切符を買っていた。
6/13(水)午前中はハルビンから長春へ移動。車内では反日小学生の暴言にびっくり!午後から長春の満州国八大部を見学。
長春駅では乗り場を間違え危うかった!通遼まで無座で4時間強の移動を乗りきり通遼駅前で深夜に宿を探す。ハプニング盛りだくさんの一日だった。
11日目 6路→哈站,343路→新疆大街【七三一部隊遺址】343路→哈站
【黒竜江省博物館】【ソフィア大聖堂、キタイスカヤ】2路→哈站
12日目 ハルビン09:41⇒長春12:30(1174次S硬座246km,36元)
276路→朝陽公園【満州国八大部】62路→長春站
長春20:42⇒通遼01:00(1814次S無座322km,45元)出発1h遅れ
1元=約12.5円
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝4時、外が明るくなったので起きる。昨夜は車内でぐっすり眠れた。
4時21分、ハルビンまで219kmの標識。
5時20分、一面坡という駅に停車。 -
8時ちょうどにハルビン東駅前に降り立つ。
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ハルビン駅へ向かう6路のバス停は長蛇の列で、乗車までに15分ほど待った。
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市内を眺めながら渋滞の中を40分ほど乗車。
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9時4分、ハルビン駅で降りて
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343路バスに乗りかえ
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1時間ほどの新疆大街で下車。
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そこから7分ほど歩いて七三一部隊遺址に到着。
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パスポートを提示して本館へ進む。
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ここで行われた生態実験の項目。
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真空実験室に入れられた人間の様子が最も目に焼きついた。
ここでは毎年600人ほどの中国人、ロシア人、朝鮮人スパイや罪人を”マルタ”と称して実験台にしていた。やってる研究者たちは「人間と思ったらとても使えない」と証言しているし、実験に立ち会って失神してしまった日本人もいたようだ。
当時は「どうせ処刑する身体だし、医学や兵器開発の役にたてよう」ということだろう。実験の成果はそれなりにあったのだろうが、代償が大きすぎるし弁解の余地もない。 -
陶器製のペスト菌散布用爆弾。中の菌を殺さぬよう爆発時の熱を抑えたのだが、より精巧な信管が必要だったため大量生産できず実使用もされなかった。
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最後のほうの展示室には、日本人による日本人向けのパネルが十数枚並んでいた。中国人には読めないので「なんなんだ、ここは?」という顔で素通りしていく。
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広い敷地内には参観者用の電気自動車も走っていて、地下細菌実験室、
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凍傷実験室、
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ネズミ飼育室などの建物が残されている。
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同じ戦争遺址でも東寧要塞を見たあととは気分が違って、日本人として考えさせられる内容だ。
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一時間ほどで見学を終え、ふたたび343路バスでハルビン市内へ戻る。
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駅前を歩いていたら、都合よく宿の客引きがいたので付いていく。
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一泊25元の普通間はベッドの大きさしかない寝るだけの部屋だが、24時間使える共同ホットシャワーにひかれて決めた。
部屋の満足度:50点。 -
女主人はロシア人風の顔立ちをしているが、純粋な中国人だと言う。これまで泊まっていた宿に比べて客層が若く、日本人もときどき泊まるそうだ。ハルビンでは宿探しに苦労すると思っていたので、一軒目で泊めてもらえたのは意外だった。
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昼食後、宿から歩いて10分の黒竜江省博物館を見学。
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入口対面の窓口にパスポートを提示して入場券をもらい、入口で渡して入場。むかし国営デパートで買い物のときにやらされた回りくどい手続きが、ここではまだ残っているようだ。
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ここのメインは恐竜の骨格。写真撮影禁止と書いてあるが、フラッシュを使わなければOKとのこと。
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松花江畔で発掘されたマンモス。高さ3.33m、全長5.45m。
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別の部屋には精緻な彫刻の硯や壷などが、値札付きで展示してある。
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ここでいちばん長く見学したのは、貴州苗族の民族衣装コーナーだ。貴州博物館と共同主催している特別展のようだ。
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苗族髪飾り
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トン族の衣装
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特にきれいで種類も多かったのが苗族の背扇(赤ん坊を背負う布)。
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从江苗族の背扇
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ここだけで30分以上を使った。全体では約一時間で見学終了。
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それから駅まで歩く。
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明朝の長春行きを買う(36元)。合わせて明晩の長春→集寧南を確認したら、硬座がすでに売り切れていた。さすがに無座で一泊はつらすぎるので、途中下車することにして長春→通遼までの無座を買う(45元+異地購入費5元)。
長春から通遼までは5時間ほど。これなら無座でも持ちこたえられる。通遼で一泊して翌日に集寧南まで移動することにして列にふたたび並ぶが、途中で払戻し専用の列だと気づき、正しい列に並びなおす。 -
20分ほど並んでやっと先頭に着き、あさっての夕方発、通遼→集寧南の窓側席を購入(145元+異地購入費5元)。窓口の男性職員は端末をたたいて、残り座席から末尾9番の窓側を選んでくれた。こんなこともできるんだ。かれこれ1時間以上も費やして切符3枚を手に入れる。
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構内では自動券売機の試行もやっていた。
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さてこれから中央大街をめざして、まずは駅の北側へ歩く。30分ほどでソフィア大聖堂前に着いた。
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高さ53.35m。1907年創建だから日露戦争の2年後だ。この時期でもハルビンあたりはまだロシアの勢力圏内だったのだろうか。
チョコレート色をしていてウマそうだ。聖ソフィア大教堂 寺院・教会
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緑豆菓子屋の前では行列ができていた。
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大聖堂から北西に進むと中央大街に出る。
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ここはロシア語でキタイスカヤ(中国街)と呼ばれていた繁華街。平日でもこの人手だ。通りで絵を描く人。
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モデルンホテル(1913年創建)の二階でサックスの演奏が始まり、通りに人垣ができる。
ハルピン モダン ホテル ホテル
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似顔絵描きがずらりと並ぶ一角。
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中央大街はもう少し歴史を感じる重厚な通りかと思っていたが、やや期待はずれ。
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通りが終わり、松花江岸の公園に出る。
斯大林公園 広場・公園
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大きな毛筆と水で字を書く老人。
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帰り道で夕立に遭いしばらく雨宿り。中央大街から2路バスで駅前へ帰還。
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ふたたび駅の窓口へ。さっき買った集寧南行きのチケットが最短ルートではないのだ。料金が思ったより高いし、集寧南への到着も遅い。
本日四度目の行列に並ぶ。自分まであと二人になった時、急に列が進まなくなった。客の男は中国人ではないらしく「ヘーッハー!」と連呼しているが窓口の職員に通じない。男は仲間のパスポートを10冊ぐらい窓口に出している。付添いの男の胸にはキムイルソン・バッジらしきものが見える。そのうちロシア国境の黒河へ行きたいことがわかったが、今度はいつ乗りたいのかわからない。
一向に進まないのを見て、次の番の女性が先に切符を購入。僕の番になったが、このままではかわいそうなので男たちに順番をゆずる。
窓口の職員は「いつの切符が欲しいのか」と腕時計を指差してたずねるが、男は理解できずに「腕時計は今持っていない」などと答えている。そのうちやっと通じて、男が「シェンツァイ(現在)!」と叫んだ。でも「今夜の座席は売切れだよ。座席無しで行くのは大変だよ」と職員が説得。男たちは職員の様子から状況がわかったらしく、窓口の脇で相談を始めた。ほとんど中国語がしゃべれなくて、よくここまで来たなあ。
列の後ろからヤジが飛びはじめたので、男達をどけて窓口に進み、列車番号を1817次と指定して窓側の席を取ってもらう。職員は「またお前か」という顔をしたが、今度もいやがらずに窓側の席番を取ってくれた(115元+異地購入費5元)。無事に買えたところで、今度は払戻しの列に並んで退票手数料7元を差し引いた138元が戻ってきた。
まとめると切符の差額は145−115=30元だが、異地購入費5元と退票手数料7元が余分にかかったので、差引き18元だけ安くなった。それよりも集寧南に5〜6時間早く着くのが大きい。これならモンゴルとの国境の街、二連浩特(エレンホト)まで当日のうちに着けるかもしれない。それにしても1日5回も並ぶなんて段取りが悪すぎた。もっと事前確認が必要だ。 -
夕食はピータン粥を頼んだが、あいにく売切れ。代わりに注文した蓮子意米雑穀粥と雨潤精痩肉包(3+3元)は朝食みたいなメニューになってしまった。
部屋には珍しく扇風機があったので、夜中に洗濯をして部屋で乾かす。 -
12日目
朝4時、トイレの窓から外を見たら、通りの屋台がもう営業を始めていた。 -
朝食はその屋台で小龍包と豆花を食べる(7元+2元)。
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ここは包子屋が並ぶ駅前の激戦区。
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9時41分発、1174次長春行きは23号座席だったが、なぜか窓側だ。通常の客車は定員118人で末尾0、4、5、9番が窓側だが、この日に乗った11号車は112人乗りで、医務席がある分だけ番号がずれて末尾3、4、8、9番が窓側だった。きのう苦労して買った座席は70番、この手の客車に当たらないことを願う。
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向かいのおばさんからミルク味のアイスを貰った。おばさんは「自分は腹の調子が悪いから」とどうしても勧めてきたので、根負けして頂いた。
途中で陶頼昭という駅を通りすぎた。ここは満州時代に我が町の開拓団が入植していたところで、時間があれば一泊して墓参りでもと思っていたが、駅の周りは畑しか見えなかった。もし降りても宿は無かったかもしれない。 -
近くの席の小学生は僕が日本人だとわかると、日本に対する暴言を吐きはじめた。横から親が「だめよ。この人は客人ですよ」と笑いながら子どもの口を押さえるが、暴言を吐くたびに周りの小姐たちがウケているので、ガキはますます調子に乗ってくる。
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12時半、長春駅に到着。列車で一緒だった男性が「次に通遼行きに乗るときはここから乗るんだよ」と注意してくれたので、軽くうなずいておいた。
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この駅も工事中のようだ。長春での観光は旧満州の建物群を見にいくことだ。
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まずはその方向に行きそうな276路バスに乗って終点の朝陽公園へ。
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近くのレストランでまずは腹ごしらえ。「店長お勧め、本日特価」と書かれた鹵肉飯套餐(13.5元)を頂く。
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この肉汁と上にまぶした肉松は台湾を思いだす味。
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朝陽公園から20分ほど歩いたら、知らぬ間に目的地の新民大街まで来ていた。この通り沿いに旧満州時代の建物が多く残っている。
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満州国交通部跡。今は吉林大学になっていて、観光客は見当たらない。
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満州国経済部跡。今は吉大第三医院。
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満州国軍事部跡。
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ここは病院として多くの患者が出入りしている。
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二階まで上がってみると唐突に手術室の入口があり、水色の服の医者が入っていった。
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満州国国務院跡。中では角帽をかぶった大学生が記念撮影中。
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いずれも立派な屋根を持つ建築群で迫力があった。
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文化広場を左手に見ながら駅まで戻るバスを探すが見つからず。結局、東へ1キロ歩いた人民大街で62路バスに乗り、16時すぎに駅前へ帰還。
長春駅前ではスピーカーから大音量を鳴らせて物乞いがその存在をアピールしていた。子供を寝かせた台車を地面に這って引っ張っているが、それじゃ演出過剰で逆効果だろ!
駅前のネットカフェに入るが、二軒続けて断られて腐る。身分証がないと使えないとは不便すぎる!何とか対抗手段がないものか。 -
19時42分発の1814次に乗るため1時間前から待合室に入る。だが20分前になっても自分の乗る列車番号が表示されないので職員に聞くと「ここじゃない。長白路口へ移動しろ」と言われてビックリ!よく見ると切符の下にも「候車地点:長白路」と明記してあったのに気にしてなかった。
大急ぎで一階に降りようとするが、上りエスカレーターしか見あたらない。やっと階段を見つけて表に出ると、待ってましたとばかりに輪タクの客引きが「長白路口まで5元だよ〜」と便乗商売をやっている。ここで乗るのはくやしいので無視して早足で歩きはじめると、ほかにも案内板の方へ急いでいる客がいた。「長白路に行くんですか?こっちですよね?」「多分ね」。
最後は駆け足になって、さっき降り立った臨時乗降口までたどり着く。お昼に男性が注意してくれた意味が今ごろになってやっとわかった。
発車10分前に待合室に駆けこむ。やあ、なんとか間に合った。あとは乗りこむだけ、、、と思ったら、
「1814次、一時間遅れ」の電光表示が目に入り、こける。あ〜あ、慌てて来て損した。でも輪タクに乗らなくてよかった。 -
20時40分、一時間遅れで乗車。自分の席は無いので、もし座れなければ食堂車にでも行こうと思っていたが、幸運にも空席を確保できた。
向かいの女性は「あなた、ウルムチから来たんでしょ?」と言うので適当にうなづくと、「やっぱりね、しゃべり方ですぐわかったわ」とうれしそう。ウイグル族に間違われたのは初めてだ。
中国に来てからよく耳にする曲を鼻歌でうたって曲名をたずねていたら、となりで聞いていた小姐が「それっ”我従草原来”でしょ」と冷たく教えてくれた。
でも帰国後に検索してみたら似ている曲だが違っているじゃないか!ショック!次からは二重チェックが必要だ。 -
四平駅で20分の停車後、進行方向が変わる。
22時だというのに、女性服務員による車内販売が始まった。売っているのはプラスチックの正方形がつながった立体パズルのような玩具。買った客だけに使い方を指導している。
もうすぐ通遼だ。乗車率は130%ぐらいあったのに、席に居座り続けられたのはラッキーだった。それに周りの人としゃべっていたから時間の過ぎるのが早かった。夜中の1時ごろ通遼駅に降り立つ。寒いので長袖を着る。 -
駅前で客引きのおばさんに誘われて付いていくが、途中で手ごろな値段の宿を数軒見かけた。連れていかれた先は、工事現場のがれきの向こう側。宿の男の言い値は50元だが、見たところ精々20〜30元の部屋だ。出ていこうとすると「部屋を見たんだから、ここに泊まれ!泊まらないなら金を払え!」とすごんでくる。客引きのおばさんに手数料を払ってしまったらしいが、そんなことは知ったことじゃない。無視して出ていくと、後ろで地団駄ふんで悔しがっていたが、追いかけられなくて助かった。
途中で見かけた手ごろな宿に戻るが、二軒続けて断られる。まさか最初の宿に逆もどりだけは避けたいなあ。看板の灯りをたよりに通りの反対側の宿に入ってみると、女主人の「外国人?、、、行!」の答えにほっとする。
しばらくメールを見ていないので電脳間(PC付きの部屋)にしてもらう。共用のホットシャワー付きで40元。ほかに選べる状況じゃない割りにはまあまあの部屋だ。
部屋の満足度:60点。シャワーを浴びてネットを見たあと、3時ごろ就寝。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 一歩人さん 2012/09/25 05:22:14
- ふ、ふ、冒険ぽくってわくわくします
- Halonさんへ
ふ、ふ、いいですね。冒険ぽい展開で。
多少、意地の入りあいもあり、喜びと、落胆、希望も
混じっていたような。
でも、感動の連続のようで、わくわくしました。
少々、心配もしましたが。
ありがとうございました。
失礼しま〜す♪
- Halonさん からの返信 2012/09/25 13:40:01
- RE: ふ、ふ、冒険ぽくってわくわくします
- 一歩人さん
お久しぶりです。
たしかお水のコメントをいただいて以来かと思います。
> でも、感動の連続のようで、わくわくしました。
> 少々、心配もしましたが。
「わくわく、どきどきした」と言っていただけるのが一番うれしいですね。
自分がみなさんの旅行記を読んで思わず書き込みするのも、
そんな気持ちになったときが一番多いようです。
続きの旅もわくわく、どきどき、ほのぼのが
織り交じって出てくると思いますので、
よろしくお付き合いください。
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