2012/06/02 - 2012/06/03
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Halonさん
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20回目の海外旅行
6/2(土)今回の旅は都合により6月出発。そこで暑さと雨の地域を避けて、中国東北部を目指してみた。
3月から春秋航空の上海佐賀便がスタートしたので、それに初搭乗するのも目的のひとつだ。初日は浦東空港周辺の街を歩いてみる。
6/3(日)上海から大連へ春秋航空国内線で移動。大連駅前からバスで旅順にたどり着く。
東鶏冠山北保塁は日露戦争当時のイメージを膨らませるに十分な要塞が残っていた。
白玉山からは旅順口を見下ろすことができ、満足な一日だった。
1日目 佐賀13:10⇒上海14:00(9C8578春秋航空852km,\9,785)30分早着
地下鉄2号線→川沙【川沙公園】2号線→浦東机場
2日目 上海07:35⇒大連09:20(9C8853春秋航空867km,¥5,387)
532路→青泥圭橋:圭はさんずい)
大連11:30⇒旅順12:54(バス45km,3元)
5路→チー新街【東鶏冠山北保塁】8路→汽車站、【白玉山】
3日目 1路→解放橋【旅順駅】5路→石板橋【二〇三高地】
5路→文化路【旧大和ホテル、関東軍司令部旧址博物館、
勝利塔】19路→汽車站【万忠墓記念館】
旅順10:45⇒大連11:55(バス45km,7元)
708路→中山広場【中山広場の旧満州建造物】5路→青泥圭橋
大連14:23⇒瀋陽北19:54(2209次硬座397km,28元)
4日目 262路→老道口【張作霖爆殺現場】325路
→【九・一八歴史博物館】329路→瀋陽站
瀋陽19:28⇒通化02:50(K7379次硬座358km,30元)
5日目 通化05:56⇒臨江09:23(6349次無座122km,9元)
【四保臨江戦役紀念館、鴨緑江から北朝鮮】
6日目 臨江06:30⇒長白11:00(バス234km,54元)
【鴨緑江から北朝鮮】
長白15:00⇒松江河17:20(バス142km,34元)
7日目 松江河11:30⇒龍井16:01(6345次無座244km,17元)20分遅発
龍井16:50⇒延吉北17:39(バス30km,5元)
8日目 28路→延吉站
延吉13:12⇒図們14:03(K215次硬座52km,12元)
【図們江から北朝鮮】
9日目 図們04:25⇒東京城08:33(硬座178km,14元)
3路→【渤海上京遺跡】3路→東京城站
東京城11:30⇒牡丹江12:30(バス70km,15元)
9路→朝鮮民族風情街の近く
牡丹江16:43⇒綏芬河21:30(4045次硬座193km,15元)
10日目 綏芬河06:12⇒東寧07:10(バス60km,13元)
8路→南山村【東寧要塞】10路→東寧
東寧13:00⇒綏芬河14:00(バス60km,13元)
【綏芬河ロシア街】
綏芬河22:00⇒ハルビン東08:00(4196次硬座557km,38元)
11日目 6路→哈站,343路→新疆大街【七三一部隊遺址】343路→哈站
【黒竜江省博物館】【ソフィア大聖堂、キタイスカヤ】2路→哈站
12日目 ハルビン09:41⇒長春12:30(1174次S硬座246km,36元)
276路→朝陽公園【満州国八大部】62路→長春站
長春20:42⇒通遼01:00(1814次S無座322km,45元)1h遅発
13日目 【通遼市内】
通遼19:48⇒集寧南11:03(1817次S硬座997km,115元)
14日目 集寧南11:33⇒二連18:25(6857次無座333km,21元)
【恐竜公園】
1元=約12.5円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- 春秋航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
今回の旅のルート地図
陸路移動距離は合計4685km(市内バス等は含まず)。 -
大牟田駅前の郵便局から、予約した空港リムジンタクシーに乗る。
客は自分ひとりだったが料金は1200円。
普通に乗れば1万円以上かかるところだが、差額は佐賀県からタクシー会社へ支払われる。佐賀県も航空便誘致に懸命だ。 -
9時28分出発。タクシーは有明海沿いの最短コースを走る。
-
前の車が水の詰まった黒いビニール袋を跳ね飛ばした。
よく見ると道路を横断中のカメだった。 -
10時25分、佐賀空港到着。
-
1階の春秋航空カウンターでチェックイン。予約番号や決済クレジットカードの確認も無く、パスポート提示だけで簡単に発券してくれた。預け荷物は無いと伝えると、念のため機内持込み荷物を計量。3.8kgだったので「コンパクトですね」と係員に感心される。カウンター近くには中国語の通訳も数名配置されている。
-
二階の出発ロビーでは、中国人客のカップ麺用にお湯の用意までしてある。佐賀空港、がんばっとるなあ。
-
今日の乗客は中国人の方が多い様子。
トイレに通じる廊下から大声がすると思ったら、眼を真っ赤に腫らした小姐が携帯片手にすごい剣幕でわめいていた。一足先に中国世界へ入ってしまったようだ。 -
春秋航空に初登乗。定刻5分前には離陸開始。
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席の狭さは想定内だ。機内販売はお金のやり取りがエアーアジアよりスムーズな気がする。回鍋肉ご飯40元(500円)、サンドイッチ20元、青島ビール10元、ミネラルウォーター5元と値付けもシンプル。
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着陸を前にアテンダントによる体操指導が始まる。両手を組んで上に伸びて、更に後ろに反りながら「イー、アル、サン、スー」。眼の上や鼻の横にあるツボも刺激してリフレッシュ。
最後に黒いポリ袋を持ってゴミ集めを始めた。座席前のポケットの清掃袋は、ゴミに出てきた分だけ客に渡して補充している。さすがはLCC、機内清掃に乗客まで巻きこんでムダがない。
今回の航空券は5千円+燃油サーチャージ+クレジット決済手数料など合計で9785円かかったが、隣に座った人のように3千円の時に買えれば片道7700円ほどですむ。帰りの便は上海空港税がかかる分、行きより2千円ほど高くなる。佐賀空港は空港税も取らずにがんばっているのだ。
14時前に上海浦東空港に着陸。予定より短い2時間弱のフライト。 -
一階屋外を歩きまわり空港近くの街へ行くバスを探すが、適当な行き先が定まらず。
二階で地下鉄乗り場を発見して、”川沙”という駅で降りることにする。 -
グーグルマップで見るとここには学校や公園があり、普通の街が広がっていそうだ。
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川沙駅の地上出口には三輪バイタクが列を作っていた。上海とは思えないローカルさに思わずニンマリ。この雰囲気は好きだ。
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店が多く建ち並ぶ方向へ歩いていくと、やがて繁華街に出た。
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旅館があったので立ち寄ってみると、一泊40元で外国人も泊まれるというが、店番のおばさんが事情を知らないだけかもしれない。以前青島で痛い目に遭って以来、こういう事は疑い深くなっている。
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今日は土曜日、
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街の人通りも多い。
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路地に入ると臭豆腐の屋台が繁盛していたので試してみる。小さな角切りの豆腐9個で3元。タレは辛いが、薬味が効いていて臭みも気にならずに美味しい。
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路地を突き抜けると、大きな赤い塔が聳える川沙公園があった。
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塔はその名も”鶴鳴楼”、黄鶴楼の小型版のようだ。
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公園の一角にはお約束の遊園地もあったが、閉園間近のため人影も疎ら。
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ふたたび賑やかな通りに戻る。長身のドレスの女性が串焼きを頬張りながら歩いていたりする。
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通りでは服屋のほかに安売りの靴屋が競い合っている。
一足19元や29元と店頭放送でエンドレスに連呼している。 -
夕食で相席に座った若夫婦としゃべった。山東省から働きに来ていて、2Kの部屋を月600元で借りているという。上海でも田舎のこの辺りは家賃が安いのだそうだ。僕のわからない単語があると、奥さんの方が面白がって別の単語でいろいろ言い換えてくれたので勉強になった。
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地下鉄に乗る前に瓶ビールを買ったら、改札のX線検査で「ビール持ってるの?」と係りの小姐から驚かれてしまう。さすがの中国人も瓶ビールを持ち歩く輩はあまりいないようだ。
このサントリービールはなかなか飲みやすかった。580ml、3.1%、昆山市製、2.3元(29円)。 -
今夜は国際線出発ロビーで寝る。幸いK〜Lカウンター近くに横になれる椅子があり8人まで収容可能。近くのトイレにはペーパータオルや給湯器もある。これまで夜を過ごした空港で一番いい環境だ。これからは”ホテル浦東空港”と勝手に呼ばせてもらおう。
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2日目
朝6時前から春秋航空のカウンターは長蛇の列。今日は7時35分の飛行機で大連へ飛ぶ。この日のフライトも順調で、9時20分には大連空港着。
建物を出るとすぐにマイクロバスが客引きをしていて10元で街の中心まで行けるという。僕はドアtoドアの輸送はもともと期待していないので、駐車場を横切り路線バスを探して道路に出る。ひとりの小姐がスーツケースを転がして前を歩いていたので心強かった。 -
道路標識では右が旅順方向になっていたので、大連の街も同じ方向だと判断。右行きの701路バスに飛び乗るが、運転手に聞いたら見事に外れていた。バス代は払わずに次の停留所で降ろしてもらう。
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道を渡った反対側から532路バスに乗り、
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大連駅に近い青泥圭橋(圭はさんずい)で降りる。
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大連駅までは繁華街を通り抜けて徒歩10分ほどで着いたが、旅順行きのバスがなかなか見つからない。
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結局バスは站北広場の北西の角(建設街沿い)から頻繁に出ていた。
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11時半ごろバスは出発。旅順までは45kmあるが、路線バスなので3元と安い。大連の街中には真新しい路面電車が走っていた。
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12時54分、旅順汽車站(バスターミナル)に到着。今日の第一目標は東鶏冠山北保塁の見学。壁の市内地図で確認した結果、市バスでチー新街まで行き、そこから歩くことにする。
ルートが決まったところで次は宿探し。まずは一番近い車站旅社を目指すが、受付はなんと5階。階段をはるばる上った甲斐もなく、真面目な女将さんが公安に電話確認して外国人は断られた。 -
汽車站前にある旅社を数軒回って、やっと泊めてくれる宿を発見。春天龍旅社で30元(375円)の二人部屋に落ち着く。
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部屋の満足度:窓無し寝るだけの部屋なので40点
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荷物を置いてすぐに外出。5路バスに20分ほど乗って終点のチー新街へ。
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ここから北(山方向)へ伸びる舗装路を歩き始める。
途中で蜂の巣箱やテントを見かけた。前方には山と工事現場しか見えないが、それでも地元の人が数人歩いている。前の老夫婦に追いつき東鶏冠山北保塁がこの先にあるか尋ねると、あるにはあるが遠まわりだという。手前に近道があったらしいが、ここまで歩いてしまったので先へ進む。 -
山の方からなぜか海草を運んでいる男達とすれ違う。
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やがて峠を登りきり、尾根伝いに道を左に曲がる。
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更に10分ほど歩くと、やっと公園の入口が見えてきた。ここまで徒歩で約30分。人気のないゲート前を通りすぎようとすると、男が小屋からすーっと現れ入場料20元を取られた。
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東鶏冠山北保塁は期待通りの場所だった。要塞前に掘られた暗壕。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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鉄条網を乗り越えて辿り着いた日本兵がこの壕に落ちたところを、壁面から狙い撃ちされたのだろう。
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暗壕の角の部分に日本軍爆破口があった。
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第三次攻撃で要塞下まで坑道を掘り進めて爆破した跡だ。
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キッチンとファーストエイドルーム跡。
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要塞の実質的な司令官だったコントラチェンコ少将の戦死場所が紹介してあった。解説板の英語名はKontrachinkoと書いてあるが、日本語で”コントラチンコ”ではさすがにまずいと思ったのかコントラチェンコとなっている。中国語では康特拉琴柯(コンターラーチンカー)と読めるので、やはり”チンコ”の方が正しいようだ。
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兵士宿舎跡。「当時は中間に板が張られ、300人が収容できました」とは日本人団体客を連れてきた説明員の話。
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保塁上に建つ記念碑。
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高さ10メートル近くありそうな要塞の側面。この規模感が分かっただけでも来た甲斐がある。
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永久要塞の最上部に機関銃陣地跡があった。
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入口広場に戻り見取り図を眺めていると、さっきの老夫婦が追いついてきた。入場料を払ったことを話すと「払わなくても通れたのに」とご不満な様子。地元の人はフリーパスのようだが、門番のおっさんもプロだし、自分が地元民のふりをして通るのは至難の業だ。
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次に公園内の日露戦争陳列館を見に行く。4時の閉館まぎわだったので、早く片づけたい係員から無言の圧力を受けてざっと見てまわる。
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28センチ榴弾砲の弾。217kg、最大射程7.8km。手前にあるのは僕の帽子。日本の沿岸防衛用の大砲を取り外して送ったもので、コントラチェンコもこれでやられた。
もし砲弾が十分にあれば、更に威力を発揮しただろうが、肝心の弾は8割方が永久要塞のコンクリートの壁には無力な榴散弾を準備していた為、弾薬不足に陥った。 -
ロシア軍の機関銃。毎分600発。正面突撃をかける多くの日本兵がこの弾でなぎたおされた。当時の乃木第三軍には機関銃の配備は無かった。
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旅順争奪戦地形図。5ヶ月に渡る三度の攻撃で一進一退の攻防を繰り広げながら、わずか数キロずつ戦線を前進させた様子が分かる。図中の「二号保塁」が東鶏冠山保塁のこと。
保塁の西側高地には望台砲台が見えていたので歩いて向かったが、遠すぎて途中で引き返した。 -
帰りは老夫婦に付いて近道(山道)を下る。お二人は毎日この辺りを散歩しているそうで、今日も僕と同じ距離を歩いた。僕は観光目的でも無い限りこれほどは歩かない。
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近道の最後に見覚えのある蜂の巣箱が見えてきた。行きにここを左に曲がっていれば、もっと早く到着できたのだ。
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チー新街から8路バスで汽車站まで戻り、宿で休憩。時刻は5時すぎ。外はまだ明るいが、第二目的地の黄金山公園はもう閉まっているかもしれない。近場で訪れるところを探していると、大通り沿いに白玉山公園の看板を発見。そう言えばバスの中から山頂の塔が見えていた。
早速、地元民に混じって頂上を目指す。途中から近道の階段を歩くと20分ほどで到着。售票処は閉まっていたので入場料がいくらかは分からない。海軍兵器館も既に閉館していた。 -
国家AAAA級の景勝地、白玉山表忠塔。日本が日露戦争後に英霊を祭るために建てたものだ。
白玉山景区 広場・公園
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展望台からは旅順港が見渡せる。真下に見えるのが軍港、その先には左に黄金山、右に老虎尾半島があり、その間の狭い海峡が旅順口。”坂の上の雲”にも出てきた閉塞作戦の舞台だ。
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帰りにお土産売り場を覗くと、弾丸で作った戦車や飛行機が並んでいた。
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下山途中で見た市街地。
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夜7時半、ショッピングセンター前の広場では、大勢の人が音楽に合わせて踊る全国共通の光景が見られた。
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その脇で粘土に色付けする人たち。これも去年、萍郷で見かけた。
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スーパーでパイナップル・ビールなるものを買う(1.4元)。パインの甘みとビールの苦味と発泡性が混じっているのだが、意外と違和感が無かった。
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本日の旅のルート(旅順に着いてから)。
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