2012/06/04 - 2012/06/05
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Halonさん
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6/4(月)午前中は旅順市内を観光。午後は大連へ移動し旧満州の建築物を見学。
瀋陽まで5時間半の列車移動後に、夜9時頃にようやく宿を確保。
6/5(火)瀋陽で張作霖爆殺現場と九・一八歴史博物館を見学。
午後は帰国便の予約をしたり駅前で時間を潰す。駅前の食堂で店のオバンと客の労工の壮絶なバトルを観戦。
夜になってから通化まで移動。車内では天然ボケじいさんとの、ほのぼのとした触合いが待っていた。
3日目 1路→解放橋【旅順駅】5路→石板橋【二〇三高地】
5路→文化路【旧大和ホテル、関東軍司令部旧址博物館、
勝利塔】19路→汽車站【万忠墓記念館】
旅順10:45⇒大連11:55(バス28km,7元)
708路→中山広場【中山広場の旧満州建造物】5路→青泥圭橋
大連14:23⇒瀋陽北19:54(2209次硬座397km,28元)
4日目 262路→老道口【張作霖爆殺現場】325路
→【九・一八歴史博物館】329路→瀋陽站
瀋陽19:28⇒通化02:50(K7379次硬座358km,30元)
1元=約12.5円
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 1.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨夜は雨と雷がすごかったが、朝には回復。
5時40分、宿の近くで朝市を発見!サンマにホタテ、タコに蟹、 -
中華でお馴染みのナマコもある。海辺の街の朝だ。
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朝食は無難に塩味卵2個と粽で済ませる。粽(ちまき)は中身がたいしたことなくて失敗だった。1.5元だとこんなもんか。
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市場の中ほどでウニを開いていた。殻ごと1斤が25元、開いたものが10元というので一個買ってみる。店主がスプーンを塩水でゆすいで貸してくれた。
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ほのかな磯の香りがして美味しい。欲を言えば醤油があればよかった。立ち食いしていたら、周りに人が集まってきた。あまりここで食べる人はいないようだ。
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今日はまず、軍港の方へ出かけてみる。汽車站前から1路バスで解放橋へ向かう。
日本統治時代に作った橋で当時は”日本橋”と呼ばれていた。 -
この辺りは目の前が軍港なので、遠巻きに写真を撮るのもおっかなびっくりだ。でも軍艦をバックに無邪気に記念写真を撮っているカップルがいたりして、あまり緊張感はなかった。
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東(白玉山)方向に暫く歩くと旅順駅のレトロな駅舎が見えてくる。
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日本統治時代そのままの建物らしい。
旅順駅 駅
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駅前の店も寂れていて、
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発展著しい中国にあってはかえって旅情を感じる貴重な風景だ。
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解放橋から5路バスに乗り、終点の石板橋へ。
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バスを降りると道路の数百メートル先に二〇三景区の入口の石碑が見えた。
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広い駐車場を通って門まで来ると、
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その先に二〇三高地と爾霊山の塔が見えている。
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園内には乃木保典(乃木大将の子供)の戦死場所や陳列館もあるようだ。頂上まで登って旅順港を見晴らすのもいいが、歩いて登るには遠すぎるので下から見るだけにしておく。東鶏冠山北保塁からの距離や配置が分かっただけでおおいに満足だ。
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石板橋バス停の周辺には何もないので、次のバスを待つ間に近くの民家の奥さんに声をかけて庭を見せてもらう。葱、ニラ、サニーレタス、プチトマトなどが植えてあり、自宅の庭を思い出す。
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次のバスは10分ほどでやってきた。
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帰りは文化路で途中下車し、旧大和ホテルを見学。
旅順旧大和ホテル 史跡・遺跡
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1908年に開業し、翌年には夏目漱石も泊まっている。
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また男装の麗人、川島芳子が結婚式を挙げた場所でもある。
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現在は表に”旅社”と書いてあるが営業はしていないようだ。
二階に上がろうとしたら、ゴミバケツを抱えた男に制止された。 -
建物の一角にはKTV屋が入っていた。
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向かい側には旧旅順高等女学校の建物が残っており、
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それをバックに市場が開かれていた。
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歩いているうち旅順博物館にたどり着いたが、あいにく今日は休館日。
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まあ月曜日に観光する以上は想定内だ。
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朝の広場をパジャマ姿で散歩する男性。
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その奥の関東軍司令部旧址博物館は運よく開いていた。
時刻は9時4分、お客はまだほとんどいない。 -
ここは1919年に建てられた関東軍発祥の地で、満州事変後に奉天へ移動するまで13年間を司令部として使われた。
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現在は関東軍の罪行が中国語、英語、日本語で解説してある。日本語の説明はだいぶ省略してある。
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関東軍の医療用品。
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三八式歩兵銃を初めて見たが、随分荒削りに見える。当時は専用の弾薬が山ほど在庫していて、旧式ながら使い続けたようだが、この銃に命を託した兵士にとっては辛かっただろう。
博物館を出るとき初めて售票処(チケット売り場)があったことに気が付いた。さっきは開いてなかったのかもしれない。 -
グーグルマップで見ると、この近くに汽車博物館があったので探して歩く。”汽車”と聞くと勝手に”公共汽車”だと勘違いして、昔のボンネットバスが並んでいるのを想像していたが、実際はクラシックカーから戦車まで幅広く並べてあった。門番の男が「団体じゃないと入れない」ようなことを言うので、外から眺めるだけにしておく。
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近くには蛇博物館もあってツアー客のバスが何台も停まっていた。ここは興味がないので素通り。
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通り沿いの住宅は
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なかなかの趣きだ。
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最後に勝利塔を見学。ロシアの対日戦勝利十周年を記念して建てられていた。
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塔の前で大砲を写真に撮っていると、中から「写真も有料」と言われ慌てて立ち去る。
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19路バスで汽車站まで戻り旅順万忠墓記念館を見学。
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日清戦争(中国では甲午中日戦争)時の戦死者をまつり、
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歴史を振りかえる記念館のようだ。
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屋外には清政府がドイツから購入したカノン砲が展示してある。
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汽車站で大連行きを買ったら7元だった。
10時45分、旅順を出発。海岸線沿いの旅順南路を通って大連まで戻る。 -
11時55分、大連駅に到着。早速14時23分発の硬座券を瀋陽北まで購入(28元)。
大連駅 駅
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待ち時間を利用して観光に出かけた。青泥圭橋から708路バスで中山広場へ。
中国銀行があったので、観光の前に両替しておく。最近、人民元と円の直接取引が始まったが、その割に円の交換手数料は割高なままだ。今回は米ドルを主に持ってきたので400ドルを両替。2521.9元になった。
中山広場周辺には旧満州時代の建物が並んでいる。こちらは大和ホテル跡。中山広場 広場・公園
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中国工商銀行が入る建物は、かつての大連市役所とプレートに書いてあった。建物の前では2組のカップルが結婚写真の撮影中。
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中信実業銀行(旧中国銀行)。
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中国銀行(旧横浜正金銀行)。
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広場を駆け足で見学後、15路バスで駅前へ戻る。
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車内から友好広場のロータリーに建つモニュメントを見て大阪万博のパビリオンを思い出す。
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2209次普快で瀋陽北へ向かう。
近くの席にサザエさん一家みたいな家族が乗っていた。坊主頭のカツオが好奇心旺盛に車内を歩きまわり、ビールや酒の肴を家族分買いこんでいる。車内販売の靴磨きセットも真っ先にお買い上げ。
サザエさんは人相の悪い弁当売りのおっさんと口論になり、口で言い負かしていた。 -
19時56分、瀋陽北駅に降り立つ。駅前から客引きのおばさんに連れられて40元の部屋を見に行く。途中で外国人だとわかると「泊まれない」と言いはじめたが、その後内緒で泊める決心を固めたようで再び歩きはじめる。
駅から15分ほど歩いた団地の中にその宿はあった。部屋は合格だが「夕食は自分が買ってきてやるから、一歩も外へ出るな」と言いはじめたので、泊まるのをやめる。
腹も減ってきたので先に食堂に入り、麻辣豆腐とご飯を注文(9元)。 -
腹を満たしたところで宿探しを再開。運よくこの辺りには安宿が数軒あったので、その中から20元〜の看板につられて客満園旅社に入る。20元の部屋は入口近くの中二階にある押入れのような部屋だったので、別の30元の部屋に決める。その後、宿のおばさんに「外国人は泊まれるか」と小声で確認。一瞬驚かれたが「明日6時頃にはチェックアウトする」と言うとOKしてくれた。洗手間で顔と手足を洗ってからベッドに横になったら、よほど疲れていたのか1分で眠りに落ちた。
部屋の満足度:蛍光灯が明るい、シーツは汚くはない、の2点を評価して30点 -
4日目
6時半ごろ宿を出る。宿番の兄ちゃんには申し訳ないが、押金10元を取りもどすために起きてもらった。 -
宿から少し歩くと、銀行ビルが建ち並ぶ恵工街という界隈に出る。昨夜の記憶をたどりつつ、道をたずねながら駅まで歩く。
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駅前バス乗り場のボックス内で刺しゅうにはげむ職員に皇姑屯までの行き方をたずねると、262路バスだと教えてくれた。
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でも路線図には皇姑屯の名が見当たらないので、乗車後に市内地図と通り名の標識を見比べながら降りる場所を探す。バスは都合よく右寄り(線路寄り)に走ってくれたので、目的地にかなり近づくことができた。
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瀋陽駅から三つ手前の老道口で下車。
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線路方向に歩いて大きな陸橋を渡る。
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橋の上から瀋陽駅方向を眺めると、瀋陽北駅方向と皇姑屯方向に線路が分岐している。
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反対側の瀋陽北駅方向を見渡すが、目的地の立体交差はまだ先にあるようで見えない。
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陸橋を降りたところに靴修理屋さんがいた。
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皇姑屯行き線路の下をくぐる。前を歩く老夫婦に「皇姑屯事件現場」と書いた紙を見せるが聞いたことがないという。
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更に歩くと線路の高架が見えてきたので、工事現場の作業員に聞くと、「それなら線路の向こう側だ」と教えてくれた。
地下道を通って向こう側に出ると、事件現場らしき立体交差に到着。 -
ガラスの破片だらけの土手を慎重に登ると塀の向こう側に「皇姑屯事件発生地」と書かれた黒い石碑が確認できた。
1928年(昭和3年)6月4日、北京から満州に帰還する途上にあった張作霖は奉天近郊の南満州鉄道線路上で殺害された。その後の調査で関東軍高級参謀の河本大作が計画立案をしたと判明(Wikipediaより)。実は河本大作は生物学上の祖父に当たるので、その足跡をたどってみようと今回ここを訪れたのだ。 -
当時の重大事件現場も、今では高架下にタバコや帽子を売る露店があるだけで、地域住民にもあまり知られていない場所のようだ。今回はバス停から40分も歩いてたどり着いたが、高架から先に5分歩いたところに大通りがあり別のバス停があった。
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歩道で始業前の体操をする従業員。これも中国各地で目にする光景だ。
再び262路バスで瀋陽北駅に戻る。工事中の駅舎の左手にある臨時の切符売り場で今夜の通化行きを買い求めたが、瀋陽発の方が本数が多いというので保留にする。 -
次は325路バスで九・一八歴史博物館へ向かう。入口には江沢民の名前。後日、他の施設でも彼の名前を目にした。この人の時代に反日教育が強化されたようだ。
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内部の展示は、前半に日本軍国主義図案の茶碗、
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当時の雑誌やカレンダーなどが並ぶ。
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日本軍が抗日分子に使用した刑具は目を引いた。
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731部隊関連の展示もいくつかある。
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後半は抗日戦士使用の武器など抗日の歴史が続く。
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抗日軍の野営の様子を再現してある。
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なぜかヤマハオルガンが展示してあった。特定の曲を弾くことで屋内の人間に危険を知らせていたそうだ。
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最高人民法院で裁かれた日本人戦犯28名の人形が名札付で並ぶ。
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お土産コーナーには旅順で見たのと同じ弾丸細工があった。
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屋外には日本人が建てた記念碑などが寝かせて置いてある。
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これは奉天靖国神社にあった石碑。
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九・一八事変の爆破地点碑を引っこ抜いて持ってきてある。
建物は立派だったが、中の展示は関連品を集めて並べただけの部分も多く、あまりピンと来なかった。この施設は反戦を訴えるというよりは、中国人民が二度と立ち遅れて食い物にされないよう喚起する場所のようだ。これはこれで現実的なのかもしれない。 -
帰りは399路のバスで瀋陽駅まで移動。距離が長かったので2元かかった。窓口に並んで今夜の通化行きを無事に購入(30元)。
それから駅の構内にあるネットカフェ(1時間4元)で春秋航空の7月7日上海→佐賀便を12080円で予約。
駅前で「蛋炒麺6元」の看板につられて食堂に入ったが、注文するとなぜか8元取られた。食堂のオバンは
「”全部菜加2元”って書いてあるだろ!」とメニューの一番下の小さな字を指差す。こんな商売の仕方ってあるかよ!と思ったが、腹が減っていたので了承する。出てきた蛋炒麺はぼそぼその太麺の上に少し黒ずんだ卵とじが乗っていて、中の玉ネギは生焼けだった。 -
こんな調子だから、他の客とも揉め事が起こる。粗末な人民服を着た夫婦は店に入るなり「2元プラスだ」と言われ、びっくりして出ていった。
店内ですでに何皿も頼んでいた労工三人組は、支払う段になって白菜の小皿にまで2元追加されると聞かされ、一人がぶち切れて店の外へ出ていってしまった。それをオバンの一人が追いかけて連れもどす。にわかに店のオバンと労工の3対3のタッグマッチ開始!互いになじり合いながらも、いちばん興奮しているオバンとぶち切れ男が取っ組み合いにならないよう両脇から抱え込んでいる。だが労工たちは肥料袋いっぱいの手荷物を抱えて強行突破することはできず、結局は一番おとなしそうな男が悲痛な表情のまま支払いに応じていた。 -
乗車までまだ時間があるので、駅前で時間つぶし。ウォルマートのコインロッカーが1元コインを入れると無料で使えたので、ザックを一時保管。ロッカーは間口30×30cm、奥行き50cm位。
中国商工銀行の支店があったので、最近自分の口座にネットからログインできなくなったことを相談。やはり途中から方式が変わり、暗号入りUSBメモリーが必要になっていた。発行に40元かかるというので、預金残高と定期預金の満期継続有無を調べるだけにする。2年前に青島で作った口座で、山東省以外で使うと入出金とも手数料が掛かるため結局ほとんど使っていない。今後は銀聯カード経由で春秋航空の決済に使えないか検討してみるつもり。 -
スーパーで棗のドライフルーツ、カップ麺二個、缶ビール、ビスケットなどを買って、駅前でとうもろこしを買って待合室で食べる。予定ではカップ麺もここで食べるつもりだったが、全長22cmのとうもろこしだけで満腹になってしまった。東北地方のとうもろこしはでかい。
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列車内の指定席は三人掛けの通路側で、窓にもたれることもテーブルに突っ伏して寝ることもできない最悪の席だ。
途中の駅からよぼよぼのじいさんが乗ってきて隣に座った。紙パックのヨーグルトを爪切りで開けているが、切る所が悪く何ヶ所切っても出てこない。そのうちじいさんの気づかない所から中身がぴゅーっと放出して、向かいに座ったおっさんの鞄に命中!おっさんが慌てて紙パックを取り上げる。なんだか志村けん扮するボケ老人みたいなことを天然でやっている。
じいさんは厚ぼったい服に防寒帽をかぶっていて、荷物は小さな袋と杖だけ。顔はセントバーナード犬みたいに目と口元が垂れていて無表情だ。
じいさんがトイレに行っている間に窓側の席に移る。戻ってきても特に文句を言われなかったので、そのまま居座り窓に頭をもたれて1〜2時間眠った。
12時すぎになると、じいさんが「横になって寝たい」と言うので、窓側の席をあけ渡す。寝る体勢に入ったじいさんは、足を僕の太腿の上にまで乗せてきた。年寄りの割には図体がでかく足も重い。ときどき立膝をしてくれるので、その時だけは膝を借りて突っ伏して眠るのだが、それも長くは続かない。ほとんど眠れないまま暫く過ごす。
じいさんがまたトイレに行ったすきに横になって寝る。戻ってきたので席を空けようとすると「いや、そのままでいい」と身ぶりで伝えてきた。なかなか奥ゆかしいじゃねえか、じいさん!
じいさんはみんなから心配されていて、トイレに行くたびに若い男から手を引かれて戻ってきた。車掌も「次の駅が通化だから忘れずに降りるんだよ」とわざわざ知らせにきた。
2時50分、通化の駅に到着。杖を突いてすり足で歩くじいさんの手を取ってやろうとしたとき、無表情だった顔が初めてくしゃくしゃの笑顔にかわった。
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