Rolleiguyさんへのコメント一覧(18ページ)全299件
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メリー・クリスマス♪♪
Rolleiguyさん、こんばんは。
スイスでのお嬢様、お孫さんとのハイキング旅から一転して、
オーストリアの歴史を訪ねる旅へ。
今年の旅はRolleiguyさんの今を楽しむ旅と過去を懐かしむ旅の
両方が満たされた旅のようにお見受けしました^^
ハインブルクもマルヒフェルトも聞いたことのない地名でしたが、
Rolleiguyさんのコメントで女帝マリア・テレジア以前のハプスブルク家
のお勉強が出来ました。
確かにRolleiguyさんのお言葉にもありましたが、歴史を知って訪れるか
否かでは、知見にも感動にも大きな差がありますね!
またホーフ城の主とお城の設計者がウィーンのベルヴェデーレ宮殿と同じ
だと知り、このホーフ城にも俄然興味が湧きました。
庭園もお写真で拝見するだけで、ここがいかに手を入れられた見事な
庭園かと言うことが見て取れます。
古戦場だった小高い丘が、刈り取られた後の様子のせいか、4トラの
旅行記で見かけるイタリアのトスカーナ地方を連想しました。
今年もRolleiguyさんのお写真で、自然の美しさや素晴らしさに出会い、
たくさんの感動をいただきました。どうもありがとうございました。
来年もまた素敵な景色をご紹介してくださいね。
どうぞよいお年をお迎えください☆ ドロミティ
Re: メリー・クリスマス♪♪
ドロミティさん
メリー・クリスマス。ホワイト・クリスマスではありませんが、暖かな陽光を浴びて春を待ち望むのも嬉しいものです。
旅行記がようやく完成しました。今回は5千枚撮影したので、一時はどうしようかと思いましたが、皆さまに見て頂く喜びが不精な私を後ろから押してくれました。痛切な反省は、今回の旅行は初めての場所がなかったにも拘わらず、見学している時には知らなかった歴史を、今になって学んでいることです。事前勉強のない旅行は、昔がそうだったように、結婚式当日に初めてお相手に会うようなものだと思いました。
びっくり、感激、嬉しさはあるでしょうが、それなりのお金をかけて、時間も使っているので、周到な準備と勉強がないと、底の浅い旅行になってしまうなと思いました。後から調べてそれらしく旅行記を作るのはもう止めにせねばと反省しきりです。
とは言え、ドロミティさんを始めとする沢山の方に書き込みをしていただき、とても嬉しく思いました。
あれこれパクつくのではなく、焦点を絞った旅行もいいなと思いますので、次回はその可能性も検討してみます。
例えば、オタカルII世の足跡を辿るのなどは、案外面白いのではないかと思います。ハインブルクの古城がリチャード獅子心王の身代金で
拡張されたと知っていたら、もっと興味津々で見学したのは、間違いありません。ドロミティさんの旅行記に刺激を受けて、スイス・オーストリア以外にも足を延ばしたいとも思います。
どうぞよい新年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。
Rolleiguy2017年12月25日14時18分 返信する -
初めまして
Rolleiguyさん あちらへのご投票ありがとうございます。
懐かしかったり興味深い旅行記がいっぱいで、どこに書き込もうか迷いますが……
他の皆さんも仰るように、画像がとても神秘的というか引き込まれる感じがします。高校生まで、近くの北見に住んでいたので、この付近は訪れたことがありますが、正直こんなにきれいだったっけ!?と思いました(また、よく行った銭湯の壁画が美幌峠からの屈斜路湖でした、笑)
当たり前でしょうと言われそうですが、Rolleiguyさんの旅はとても深いですね。私も自分の足で歩くを旅の基本にしたいと思っていますが、さらに二段も三段も。
スイスやオーストリアの旅行記も素晴らしいです。ゆっくり読ませてください。Re: 初めまして
ねもさん、今日は。
沢山ご覧頂きまして有難うございます。北見にお住まいだったとのこと、
さぞ冬は寒かったでしょう。今、私の姪が北見に住んでいます。
北海道には学生時代に住んでいましたので、結構歩き回ったのですが、
行く季節や時間帯の違いで、同じ場所でも随分違った印象を受けるものだと思います。屈斜路湖は素晴らしい湖ですね。観光地ではあるものの、俗っぽくないことが魅力を高めています。
私の旅行記は、余りメジャーではない場所が多くて、皆様のご旅行の参考にはならないかもしれませんが、ガイドブックとは違う旅行の楽しみをお伝えできればと思っています。それもあって、ホテルや食べ物のことは殆ど触れていません。ねもさんの旅行記はまだ少ししか拝見していませんが、これからゆっくり拝見したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
Rolleiguy2017年12月25日14時30分 返信する -
ヴィレンドルフのヴィーナス♪
Rolleiguyさん、こんばんは
いつもありがとうございます^^
ヴァッハウ渓谷のクルーズではこのヴィレンドルフのヴィーナスに関するアナウンスがあったように記憶しています。 土産物屋の絵葉書でも見たことがありましたが、11センチの大きさ(小ささ?笑)とは知りませんでした。 いかにも多産系のお母さんという感じですね。 大地に根付いてる気がします。 本物は自然史博物館にあると聞いてましたので、今度ウィーンに行ったら見てみたいと思っていましたが、Rolleiguyさんの旅行記を拝読したところ、常設展示ではないようで残念に思いました。
アックシュタイン城は船から見上げただけでしたが、お城からの眺めも絶景ですね!
デュルンシュタインはヴァッハウ渓谷の中でも大好きな街です。 たしかハネムーンの時にシュロスホテルに泊まりました。 2011年にはWeissenkirchenに滞在し、デュルンシュタインに行ったら葡萄畑の中でおばちゃんがsturmを販売していて飲んだら、冷えていなくてガッカリでした(笑)
Kremsでは買ってこなくて後悔している園芸用品があり、この地域はいつか再訪してみたいです☆ そんな思いとともに懐かしく旅行記を拝見させていただきました^^
寒くなりましたのでご自愛下さいね。
sanaboRe: ヴィレンドルフのヴィーナス♪
sanaboさん、お早うございます。
ヴィレンドルフのヴィーナスはとても親しみを感じる体形ですね。
本物ではありませんが、実物大のコピーがウィーンの自然史博物館に展示してあるのを見たことがあります。ヴィーナスの発見場所は、ドナウ川からそれほど上がっていない場所なので、2万5千年も前からドナウ川はそれほど浸食が進んでいないのだなと思いました。急流であれば、ずっと大きな変化になったでしょう。デュルンシュタインのシュロスホテルにお泊りになったのですね。川に面したホテルのレストランでヴァッハウワインを楽しまれたことでしょう。
シュトゥルムを葡萄畑のなかで販売していたのですか、それはちょっと驚きますね。シュトゥルムの前の段階はモストと呼んでいますが、ブドウジュースに近いもので、季節の風物詩のようなもので、ああ今年も秋になったのだなと思いつつ飲むと、それなりに味わえますので、今度お試しください。
クレムスで買いそこなった園芸品は何だったのでしょう。今ではネットで国外発送もしてくれることがありますから、お探しになっては如何ですか。もっとも、ローカル過ぎる品物だと探すことが難しいかもしれませんね。
いよいよ師走も押し迫って参りました。寒さにめげずご自愛くださいますよう。
Rolleiguy2017年12月21日08時32分 返信する -
ウィーン
Rolleiguyさん、こんばんは。
ウィーンはRolleiguyさんが6年ほど住まれた懐かしの地なのですね。
私も一度ですが、訪れたことがあります。ウィーンは芸術の都で見どころが多く、観光する場所を選ぶのに困ったことを覚えています。
行かずに後悔している場所の一つが国立図書館です。確か国立図書館の大広間は、"世界で最も美しい図書館ホール"とされているんですよね。学校の生徒さんたちが座り込んでいるあたりですね!美術館か博物館かと見間違えるほど立派な造りで・・・ここは死ぬまでに一度は訪れてみたいと改めて思いました。
この時、フリーメイソンの展覧会が行われていたとのこと。フリーメイソンの「メイソン」とは「石工」という意味だったんですね。宗教関係から派生した秘密結社のようなものかと勝手に思い込んでいましたが、石工職人の組合が始まりだったのですね。今も昔も世界を動かしている(いた)のはフリーメイソンの人たちだという説がありますよね。
アインシュタインなどの有名人だけではなく、マリア・テレジアの夫も一時会員だったとことも知りませんでした。このような公の場所でフリーメイソンの展覧会が開催されていたこともそうですが、内容もとても興味深かったです!
ウィーンの最後の夜に行かれたグリンツィングのホイリゲ、私も行きました。Rolleiguyさんはいつも 楽士さんに「会議は踊る」をリクエストされるのだそうですね。私が訪れた時は、演奏をお願いもしたわけではないのに、日本人だと思ったのでしょう「上を向いて歩こう」など日本の歌を数曲を勝手に!?歌ってくれ、結局チップを払ったのでした(笑)ホイリゲの並ぶグリンツィング一帯の雰囲気がとても素敵だったことも思い出しました。それなのに、最近はさびれがちなのですか。それは残念です~~。
akikoRE: ウィーン
akikoさん、今晩は。
書き込み有難うございます。ウィーンでの生活はチューリッヒとは楽しみ方が違い、自然人から芸術かぶれになったような気がしました。私は絵画よりも音楽の方がより興味があったので、コンサートにはかなり頻繁に行きました。オペラも行ったのですが、当時はまだ字幕がなくて、筋は追えても、歌詞やセリフを十分理解することは出来ず、深い楽しみとは行きませんでした。曲の表面的な美しさを楽しむだけではなくて、音楽を聴くことの喜びをもっと深めたいと思ったのですが、中学校までの知識ではそれも出来ず、コンサートでも少しフラストレーションがたまりました。数年前に「音楽の聴き方」という初心者向けの新書を読んで、少し理解出来るようになりました。
フリーメーソンはやはりよく分からない人たちですね。イギリスとフランス、あるいは他の国とではグループが違っていると、必ずしも仲良しでもないそうですし。
グリンツィングが寂れているのはとても残念でしたが、2009年に行った時には既にそういう状態でした。何でなのかと聞いたところ、最近の観光客は市内で済ませてグリンツィングまで足を伸ばさないからという説明でした。しかし、地元の人も少ないようだったので、私の推測では、90年代初頭まではワインを飲んで運転して帰ることに寛容だった社会が、それを全く許さないようになり、そのため、遠くまで来なくなったのではないかという気がします。大分前のことですが、馴染みの店にいた楽士のペアが一人になっていたので、彼はどうしたのかと聞いたら、数年前に亡くなったと聞かされ、次に行った時には店自体が無くなっていて、とても残念に思ったことがあります。グリンツィングの楽しいところは、日本の居酒屋では歌って騒ぐことは出来ませんが、ホイリゲであれば、傍若無人にならない限り、控えめの声で歌を歌うことはむしろ歓迎されるので、別のグループの人たちと一緒にワインジョッキ(あそこはグラスではなくてジョッキ)を掲げて互いに知っている歌を歌うのは楽しかったです。またそういう場所になってくれるといいなと思います。
真冬の寒さが続くようですので、お風邪をひかれませんように。
Rolleiguy
2017年12月17日23時44分 返信する -
充実のウィーン
Rolleiguyさんこんばんは
ご無沙汰しておりました。
早いものでもう年の瀬ですね。
要約版を拝見した時から、ウィーンのこのお写真が
気になっていました。
やっぱり表紙で登場ですね!嬉しいです(^^)
美しい形のランプ(ですか?)に
ヨーロッパらしいアーチの先に見える教会の尖塔と
重なり合う街燈のシルエットが見事ですね~!
今までの旅行記から、Rolleiguyさんといえばスイス!と
思っておりましたが、ウィーンにも長く
お住まいだったのですね。
お仕事であれば単純に生活を楽しむだけでは
すまない面もありますから、こうして時間が経って
訪れると特別な感慨もあることと思います。
駐在員が夫婦でワルツ教室に通うというのも
面白いですね。
私は夫の海外勤務でバンコクに住んだことがあるのですが、
彼の地では駐在員は猫も杓子もゴルフ漬けでした。
右にならえ的な感じで皆が同じことをする風潮って
どこも似ていますね。
私も内心反発を感じるタイプです(笑)
図書館は他の旅行記でも拝見したことがありますが、
ここだけで一日撮影に費やせそうなくらいの
美しさですね!
仰る通り、昔は識字率も低く、本は限られた人々のもので
所有すること自体が富と権力の象徴だったのですね。
でも発端はどんな理由だったとしても
素晴らしいものが時代を超えて残り、
子供たちの情緒を育み、我々観光客を
楽しませてくれるのはありがたいことですね。
他にも地図のお店や教会コンサートの模様など、
1日で周られたとは思えない充実のウィーンを
興味深く拝見しました。
次が最終章になるのですね。
楽しみにお待ちしております。
ネコパンチRE: 充実のウィーン
ネコパンチさん こんばんは
本当に師走です。私も走り回っています。
表紙の写真を気に入って下さり嬉しいです。市庁舎の正面の外階段を上がったところ
から撮りました。 多分ランプなのでしょうが、灯が燈ったところを見たことは
ありません。
ウィーンの生活は、スイスのときよりも仕事上の守備範囲が広く、プライベートな
楽しみは割と限られていましたが、コンサートとオペラを楽しむには最高の場所
だったろうと思います。クラシック音楽が好きと言っても、私はただ美しいなと
受け止めていただけで、何故、どう美しいのか、五線譜に設計された構築物が
クラシックの定義だと言われても、どこに芸術性があるのか、などを
理解するまでには至らず、勿体なかったと思います。何事も勉強ですね。
ウィーンで私が親しくしていた同業者に、バンコック勤務の経験がある人がいて、
ネコパンチさんが仰るような生活だったと言っていました。それをエンジョイ
する人には天国かもしれませんね。
図書館は他の旅行記でも拝見したことがありますが、
> ここだけで一日撮影に費やせそうなくらいの
> 美しさですね!
> 仰る通り、昔は識字率も低く、本は限られた人々のもので
> 所有すること自体が富と権力の象徴だったのですね。
> でも発端はどんな理由だったとしても
> 素晴らしいものが時代を超えて残り、
> 子供たちの情緒を育み、我々観光客を
> 楽しませてくれるのはありがたいことですね。
本当にそう思います。図書館の魅力はもっと語られてもいいのではないかと思います。
どなただったか失念しましたが、4トラ会員でオーストリアのアドモント(Admont)という
地方都市にある図書館まで訪れた方がおられます。掘り起こせばもう少し出て来そうですね。
脱線しますが、高校の社会では、地理と歴史(主に西洋史)が必修で、それなりの勉強しか
しませんでしたが、今思うと、地理が好きな人はスイスが、歴史が好きな人はオーストリアが好きになるのではないかなという気がします。受験科目としては地理の方が容易だったので、そちらに力を入れましたが、長い人生で見ると逆の方が良かったですね。
どうぞまたお出で下さい。
Rolleiguy2017年12月07日21時19分 返信する -
Rolleiguyさんの第二の故郷♪ウィーン ☆
Rolleiguy、こんにちは 。
ご友人とは、またウィーンで合流されたのですね。
住んでいたからこその、お話も色々聞かせていただきました。
国立図書館の内部は、豪華絢爛ですね。
リヒアルト・クーデンホーフ・カレルギーさんは、光子さんの
ご次男で映画 『カサブランカ』のモデルにもなったそうですね。
映画はテレビでチラッと見た程度ですが。
中世の書物は、まるで工芸品ですね。素晴らしいです。
ウィーンの街のお写真のどれもが、素敵でとってもきれいですね。
奥行きもありますね。改めてウィーンは素敵な街だと思いました。
珍しく、お料理の写真が載っていましたが、そういうことだったの
ですね。
ユリウス・マインルは私のお気に入りで、Rolleiguyさんに評判を
お聞きしてみようと思っていましたが、そういうお店だったのですね。
トルコ帽が可愛いのですが。
ウィーンは是非ともまた行きたい街です☆
先週、あまいみかんさん(cheriko220?)とakikoさんにお誘いを受けて
思い切って京都へ出掛けました。夢のような一日を過ごすことが
できました。これも偏にRolleiguyさんのお陰でもあります。
久々で旅が出来ました。ありがとうございます。
最終章も伺いますのでよろしくお願いいたします。
ずい分と寒くなりました。ご自愛くださいね。
cheriko330RE: Rolleiguyさんの第二の故郷♪ウィーン ☆
cheriko330さん
今日は。
早速書き込みいただき有難うございます。
「カサブランカ」のモデルになったとは存じませんでした。
大分前に見ましたが、筋書きもうろ覚えです。
今回、ウィーンは一人で回りましたので、誰か(今回の友人ではありません)と一緒だと、〇〇はまたセンチメンタル・ジャーニーしていると思われそうなので、体裁を気にする小心者の私としては、誰にも煩わされずにとても楽しく見学出来ました。
ユリウス・マインルは別に評判が悪い訳ではありませんので、どうぞウィーンにお出での際はお買い物下さい。質の高いモノが多いです。ウィーン人は、京都人のようなところがあると言われており、これは分かりやすい比喩だと思います。私の友人はインスブルックの出身ですが、もう何十年もウィーンで仕事をしているのに、未だにそれを感じると言っています。オーストリア人がそう思うのですから、外人である私が感じてもおかしくありませんね。どの世界にも光と影がありますから、他人を批判する資格はないとも思います。
あまいみかんさんとakikoさんとのお三方の楽し気な一日を羨ましく拝見しました。
地元(に近い)方が案内して下さると、見学の深みも増しますね。
またお出でくださいますよう。
Rolleiguy
2017年12月06日17時57分 返信する -
エリーザベット?発音が良さそう~
☆先日、私も駆け足のオーストリア観光に出かけて見ましたが。。。
☆ステンドグラスにはstoryがあるとか?それも披露して頂ければ幸い(ad.だけは覚えました)。。。
☆プラハは広すぎて1日観光では何が何だか~通過するだけの観光客?
☆swarovskyの爪磨きだけが想い出です~時計台の傍の~RE: エリーザベット?発音が良さそう?
salsaladyさん
今日は。オーストリアに旅行されたのですね。旅行記拝見しました。
このステンドグラスは、ローマ時代の殉教者聖チェチーリア(セシリア)と聖カタリナを
モチーフとしたものです。チェチーリアは楽器を奏でて神を賛美したと言われており、カトリック教会では音楽家の聖人だそうです。アフリカで殉教し、後に聖人にされました。カタリナはアレクサンドリア出身の人で、ローマ帝国時代のキリスト教徒への迫害をやめるように皇帝に訴えて殉教した人です。2人とも聖人としてよく知られているそうです。
中央に聖チェチリアが楽器を持って、背後に神の使い3人、手前に殉教のシュロを持つ天使を従えています。左右は、左がバプテスマのヨハネ(イエス・キリストに洗礼を施した人)、右が聖チェチーリアです。一番下の左右の円形の肖像は、このステンド・グラスを寄進したオスカー・ベネの両親だそうです。
以上は、勿論見学した時には知りませんでした。salsaladyさんから思いもよらぬご質問を受け、慌てて調べました。でも、そうしたことを予め知っておれば、もっと楽しめただろうと思います。これも準備に時間をかけず、行き当たりばったり主義の私の後悔先に立たず、です。
エリーザベットと書きましたのは、それがドイツ語での発音だからなのですが、別に
拘らなくてもいいのに、エリザベートという書き方に抵抗があるため、頑固者の私は
そのように書いてしまいました。
またお出かけ下さい。
Rolleiguy
2017年12月06日17時37分 返信する -
ヴィーナスの誕生日♪
Rolleiguyさん、おはようございます。
表紙にもされたヴィーナスは、ぽっちゃりと何だか親しみのあるお姿で・・
手をつないで円陣を組み、あまり知られていない歌を歌って誕生日をお祝いする光景をご覧になったのですね・・
少し怪しくも感じられたそうですが、大事に祀られている様子が伝わってきました。
それにしても青空に白い雲がポッカリと、また絶景の数々を拝見して・・
ウィーンのドナウ川等々、一生に1回は見てみたい!と改めて思いました。
Rolleiguyさんは(日本人の)私も紳士的な方だと思いましたが、中国レディからも同様に思われたそうですね☆
中国人の方々も、最近自覚されてきたというか・・
ネット情報の浸透の影響でしょうか・・少し静かに行動されているようにも、思っている今日この頃です。
ふわっくまRE: ヴィーナスの誕生日♪
ふわっくまさん、今日は。
ご覧下さり有難うございます。
こうした太古の作品(?)を見ると、その素朴さがとても素敵で、
後世の大芸術家の作品を愛でるのとは違う感激がありますね。
ぽっちゃり感はふわっくまさんがお持ちのクマ(?)さんに似ている気がします。
今年ももう師走ですね。 来年はもう少しいい年だといいなと思います。
近日中に、ウィーンの旅行記をアップしますので、是非ご覧くださいますよう。
妹さんはもうお元気になられましたか?
Rolleiguy
2017年12月04日14時39分 返信する -
ヴァッハウ渓谷は魅力的ですね。
Rolleiguyさん
こんばんは。
2004年の春に20年ぶりに南ドイツからオーストリアを周遊しました。
東山魁夷画伯の本で知ったヴィレンドルフのヴィーナス像には驚きましたし、Burg Aggstein城址には行きませんでしたが、ヴィーナス像の高台から遠望した城址もたいへん絵になるようすでした。次回は城址に登ってみたいものです。
“ヴァッハウ渓谷の珠玉”と言われるDuernsteinデュルンシュタインは真にロマンチックな小さなまちですね。
また、この町の山頂にあるクエリンガー城址にはイギリスのリチャード獅子心王が十字軍遠征の帰路に捕らえられて幽閉されていた史実もあると、本項に書かれていますが、その後の事もご存知でしょうか?
こちらは2010年の秋にドイツワイン街道を走った時の事です。
Annweiler am Trifelsのアンヴァイラーの町を抜け、山中に入り、一方通行の道を長々と走るとBurg Trifelsトリフェルス城が出てきます。
トリフェルス城の名は三重に割れた岩壁の上にあることからTrifels の名になったそうで、シュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝の帝国城砦の一つです。
1192~1194年3月の間、イングランド王リチャード獅子心王(リチャード1世)が高額の身代金を支払うまで、城内の牢に幽閉されていたことがあり、それを説明した掲示がかかっていました。
イギリスのリチャード獅子心王が十字軍遠征の帰路に、オーストリアのウィーンの近郊で、レオポルド5世に捕らえられ(1192年12月)、ドナウ川・ヴァッハウ渓谷にあるDuernsteinデュルンシュタインの町の山上にあるクエリンガー城(今は城址)に幽閉されていた史実も残っています。
クエリンガー城が最初で、その後トリフェルス城に切り替えられたのか、帰国してから調べてみると、どうもそのようである。
ただ、様々な説明はクエリンガー城の幽囚で終わっていて、Burg Trifelsでの幽囚の事が書かれていないのが不思議でした。
<第3次十字軍とリチャード(Ⅰ世)獅子心王の幽閉(抜粋)>
1187年:「イスラム指導者サラディン」が聖地エルサレムを奪ったことから、
「教皇グレゴリウス8世」が第3回十字軍(1189-1191)を勧請する。
1191:当時フランス領土を戦いで次々と勝ち取っていた「イングランド王リチャード1世」は海路を遠征する。
1191.7.12:「フランス王フィリップ2世」「オーストリア公爵レオポルト5世」も遠征し、独仏英の三ヶ国軍でアッコン奪回した。このときリチャード1世はレオポルト5世の名誉を汚した。
1192.9.2:リチャード1世はエルサレム奪回ができず、サラディンと和約。
・リチャード1世は帰路途中に船が遭難し、陸路オーストリア領内を進む。
ウィーンの近くで捕えられレオポルト5世に引き渡される。
→1192.12-1193.3:クエリンガー城に幽閉される。
(主君を探していた忠実な吟遊詩人Blondelが城の下を通りかかり、歌で王の囚われの場所を見つけた)
→その後神聖ローマ皇帝・ハインリヒ6世に引き渡され、ラインラント・プファルツのトリフェルスの城Burg Trifelsに移され、さらに1年幽閉。
→1194.2:莫大な身代金(15万マルク)を支払って自由の身となる。
1199.4.6:リチャード1世急死・・・弟ジョンがイングランド王に即位。
・・・・・
長くなりました。旅をすると、歴史の何かにあたります。それを興味を持って調べてみると、なにやら点がつながって更に楽しみが生まれます。
jijidarumaRE: ヴァッハウ渓谷は魅力的ですね。
jijidarumaさん、こんにちは。
リチャード獅子心王の幽閉について詳細なお話し有難うございました。
私自身は、そうしたことがあったという以上のことは、十分な知識がありませんので、
jijidarumaさんのお話しを受けて、ドイツ・ヤフーで検索してみたところ、Richard der
Loewenherzのウィキペディアに、極めて詳細な説明が載っていました。
海で海賊に襲われたら、偶々海賊の頭領と、リチャードの船のコックが知り合いで、
意気投合して変装して陸に降ろされたこと、ウィーン郊外の宿に逗留し、市内まで食糧の調達に部下を行かせたら、怪しまれて後をつけられ、捕まってしまい、デュルンシュタインに幽閉されたようです。しかし、この情報では、今山の上にある城に閉じ込められたのか、
今は無い別の城なのかは不明とのことでした。身代金だけでなくて、いろいろ条件を付けられた様子や、トリフェルスに送られたことなどが、説明されています。
東方の金貨を支払いに使ったり、宮廷風の振る舞いが疑いを持たれることに繋がったようです。物語としても面白く、当時の欧州諸国の王たちの、相互の人間関係などをじっくり勉強してみたいなと思いました。
そうした勉強をしたうえで再訪すれば、楽しさは幾倍にもなるでしょうね。
jijidarumaさんはドイツ語がお出来になるので、ぜひご覧になって下さい。
Rolleiguy2017年11月30日16時11分 返信する -
再訪したいヴァッハウ渓谷周辺の町
Rolleiguyさん、こんばんは。
オーストリアでは、ヴァッハウ渓谷沿いも巡られたのですね。
私もRolleiguyさんとは逆方向ですが、デュルンシュタインから船に乗ってメルクまで行ったことがあり、とても懐かしく拝見しました。
まず、早起きしてご覧になった朝霧の景色を見て、その空気感が伝わってくるような気がしました。
丘の上に立つ巡礼教会『マリア・ターフェルル』は初めて目にしましたが、色合いや2本の尖塔がある姿はメルク修道院に似ているような・・・ 何れにしてもとても素敵で、特に教会とドナウの眺望の写真には見とれてしまいました。
メルク修道院では、図書室の美しさに圧倒された記憶があります。大きなホールから見えるメルクの町もとても素敵で、時間があれば散策してみたいと思いました。結局、町を歩くことができなかったのが今でも心残りです。
Rolleiguyさんがこの旅で訪れたかったというヴィレンドルフのヴィーナスが眠っていた場所についてですが、表紙の写真がヴィーナスなんですね!最初、このふくよかな像は何??と思いましたが、これがヴィーナスだとわかり興味がわき、ググってみると「この小像は、写実的な肖像というより、むしろ理想化された女性の姿を表している。像の乳房、膨張した腹部は非常に顕著であり、多産・豊穣との密接な関係を示唆している」と書いてありました。なるほどふくよかな姿はそういうことだったんですね!
そしてデュルンシュタイン。あっという間に端から端まで歩いてしまえるメインストリートやバロック様式の水色の修道院の塔が紹介されていて、うれしくなりました。あの水色の塔は、天国に続く道を象徴したものだったんですね。
『レオポルツベルクの展望台』から見えるドナウ川岸の眺望も大変素晴らしく、一緒に楽しませていただきました♪
akikoRe: 再訪したいヴァッハウ渓谷周辺の町
akikoさん、おはようございます。
メルクの図書館は本当に圧倒されますね。一冊でもいいから、本を手にしてみたいと思いました。修道院の性格も変わりつつあり、係の人に聞いたところ、今ではかなり大きな規模のギムナジウムを運営して、数百人の生徒が学んでいるとのこと。ギムナジウムは一般のそれと同じで、特別の宗教教育をしている訳ではないとのことでした。ドロミティさんから頂いた書き込みにも書きましたが、修道院の形だけが残るようなことにならないことを切に願っています。
ヴィーナスはいいでしょう? 大昔の人たちが、家族が増えることを願って作ったのかと思うと、とても親近感が湧きます。
レオポルツベルクからの展望の写真を是非拡大してご覧ください。
Rolleiguy2017年11月27日09時17分 返信する



