Rolleiguyさんへのコメント一覧(15ページ)全299件
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アルンシュタットの街
Rolleiguyさん、こんばんは。
旅行はどこへいくのも楽しいものですが、特に思い入れのあるところに行くのは、格別な喜びがありますね。私は先月ニュージーランドを訪れたのですが、何十年も前に訪れていて、その美しさに感動し、もう一度来てみたいと思ったところを訪ねることが出来ました。やっと来れたという喜びをしみじみと感じました。
Rolleiguyさんは、声楽をされていて、バッハがお好きで、バッハが若い頃にオルガニストとして出発した教会や影響を与えた地を訪問されたいと思っておられ、この年に念願がかなったのですね!きっと、旅行記で書かれている以上の大きな喜びがあったことでしょう。
私も名前も聞いたことがなかったアルンシュタットの街を、このようにバッハを通して知ることが出来て楽しかったです。みなさんの趣味などを通して自分のよく知らない世界を知るのはとても勉強になりますし、世界が広がります。マタイ受難曲も終盤を中心に聞かせてもらいました。こんな大作をバッハ本人は広く演奏されることには余り興味がなかったそうで、100年も後に発見されたということを知り、意外で驚きました。
ご紹介ありがとうございました。
akikoRE: アルンシュタットの街
akikoさん、今晩は。今年もよろしくお願いいたします。
昨年はニュージーランドに旅行されたのですね。美しい写真を沢山拝見しました。
私もニュージーランドでトレッキングをしたいと長年思っていますが、実現していません。
アルンシュタットの旅行記をご覧頂き有難うございます。私は有名な観光地も勿論興味はあるのですが、こうした、有名ではなくても、私の趣味や生き方に関わる場所には格別の思い入れがあります。
長い人生を送って来ると、自分の歴史を振り返るものですが、単にノスタルジーで惹かれるのではなく、関心を持つ意味が大切だと考えています。毎日忙しい忙しいと言いながら、もう適当に仕事にけりをつければいいのにと思いつつ、社会との関わりを保ちたいという思いがあって続けているのですが、4トラもそうした一環だと思っています。なので、ご訪問くださる方からコメントを頂くととても嬉しいのです。
今年は何とかドイツに行きたいと思っています。物欲に意味を見出さない修道士の祈りと労働の場である修道院をいくつか見学したいと思っています。
あと、余裕があればスイスでクライミングもしたいと思います。
今年は7月に予定されていた夏のコンサートが延期されそうなので、旅行が可能になるかもしれません。2月には別のコンサートがあり、日本の歌を歌う予定で毎週練習しています。
あれもこれもすることだらけで一向に暇になりません。
またakikoさんの旅行記にお邪魔します。
Rolleiguy
2019年01月08日23時48分 返信する -
クーアフィルステン *☆°
Rolleiguyさんへ
皆さまお揃いで楽しいお正月だったと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2014年を最後にヨーロッパに行ってないのですが、近年どこも
旅行者が増えているようですね。
Rolleiguyさんがお気に入りの場所、ここはまだ知られていないと
いいのですが。私も訪れたいと思いました。
クーアフィルステンは他で見られない面白い山容ですね。年々静かな
場所が落ち着くようになりました。
公私ともにお忙しいようですが、今年はご旅行に行けるといいですね。
この冬は暖冬のようですが、お風邪など引きませんように♪
cheriko330RE: クーアフィルステン *☆°
cheriko330さん、新年おめでとうございます。
こちらこそよろしくお願いいたします。
昨年は結局どこにも行かずじまいになってしまいました。
今年は夏に2回コンサートが予定されているため、今年の旅行も
制約の中で考えねばならないかと思っていましたが、7月のコンサートが
延期される可能性があるため、海外旅行が可能になるかもしれません。
今年は、ドイツの修道院をいくつか巡りたいと思っています。
一度しかない人生を、修道院という祈りの場で送ることを選んだ人たちの
心にまで触れることは難しいでしょうが、千数百年の歴史の流れとともに
感じることが出来ればと思っています。贅沢、溢れるほどの物、快適さ
とは無縁の世界がいまも存在しているのは、生きることの価値を我々凡人とは違う
規範で律しているのだと想像しています。自分が経験出来ない世界は、いつの
世でも引き付ける力がありますね。
スイスにも行く余裕があれば、今年はそろそろ限界に近いかもしれないので、
少しチャレンジングな登山をしたいと思っています。一昨年のスイスで、
まだ上に上る力はありそうだと思いましたので、ガイドを頼んでクライミングを
してみたいと考えています。ザイルを結んだときの引き締まった気持ちを
もう一度経験してみたいと思っているからです。氷やIII級(難しい)は
無理でも、両手を使うくらいの比較的易しい岩場なら、何とかなるのではと
思っています。なので、少し体を鍛えねばと思っています。
でもいざとなると躊躇してしまうかもしれません。
そうした希望をもって新年を迎えた次第です。
cheriko330さんにとり、良い1年となりますようお祈りしております。
Rolleiguy
2019年01月08日10時00分 返信する -
良いお年をお迎えください!
Rolleiguyさん、おはようございます^^
今年もたいへんお世話になりありがとうございました。
フェックス谷の素晴らしい景色を眺めて、慌ただしく雑事に追われている中で一服させていただきました。
Rolleiguyさんが最初のところで「圧倒的な自然の美を前にした時に、人は謙虚になると言われますが、エンガディンの美はちょっと違い、同化したいという気持ちだろうと思います。」と仰ってますが、改めて強く頷きました。
毎年の旅行中にたくさんの素晴らしい景色に出会いますが、正にこの谷に住みたい!と思ったことを思い出しました。
この谷はRolleiguyさんに教えて頂かなければ未だ知らずにいたかも知れません。
本当に感謝しています。
今年もあと2日となりました。
年末寒波の襲来でとても寒いですから風邪を召されませんように、平成最後のお正月を穏やかにお迎えくださいね。
来年もどうぞよろしくお願いいたします☆彡 ドロミティ
RE: 良いお年をお迎えください!
ドロミティさん、今日は。
今年も終わりですね。新年を迎える忙しさがあるのではないかと
思いますが、年末のご挨拶を頂戴し恐縮しております。
今年もドロミティさんの旅行記を楽しく拝見することが出来て、自分で
旅行しているような気分になり、得をしたと思っています。
私は結局今年は海外旅行はおろか、国内旅行もせずに終わってしまいました。
来年は、ドイツの友人を訪ねて、修道院、城、教会を巡ろうと思っています。
その後で、スイスとオーストリアに行ければいいなと思いますが、まとまった
期間を確保するのが難しいかもしれず、年齢を考えると早いうちに山歩きを
もっとしておきたいし、かといって仕事を放り出すわけにもいかず、
何を優先すべきか悩んでいます。
シルスは、犬養道子さんが最後の地として挙げていた場所ですが、私もそういう
気持ちは理解できるものの、ではそこで最後を迎えるかと聞かれると、
晩年に何日か過ごすのはいいが、それ以上は?と日和ってしまいます。
来年、もしスイスに行く機会を作ることが出来れば、街はもういいので、
山にしたいと思っています。もう4000メートル級は無理ですが、もうちょっと
楽な山にハイキングではない登山をしてみたいと思います。ザイルをつないだ
緊張感をもう一度味わいたい気分です。でも体力がもつかどうか。
どうぞ来年もよいご旅行をなさり、楽しい旅行記を見せてくださいますよう。
2019年がドロミティさんにとり良き1年となりますようお祈りしております。
Rolleiguy2018年12月30日12時33分 返信する -
どうぞよいお年を♪
Rolleiguyさん、こんばんは
いつも旅行記のみならず、クチコミにまでポチッとして下さいまして
本当にありがとうございます。
にもかかわらず、一昨年の旅行記の最終編をまだ拝見しておりませんでした。
申し訳ございません_(._.)_
表紙のお写真はピッツ・ムラーユという湖だったのですね。
透明感ある水面に映る山肌の色合いが美しいですね~☆彡
1枚目のお写真は一瞬何かと思いました。
首を右に傾けて見ればよいのですね(笑)
Rolleiguyさんの柔軟な発想力と遊び心にフフッとしてしまいました。
その次のお写真、青い朝のシルス湖は幻想的な雰囲気が漂い
思わず引き込まれました。
しばらく山歩き(と言っても、我が家はハイキング程度ですが)の旅行は
していないので、ハーフボードのホテルが恋しいです。
↑恋しいのは山歩きより山岳ホテルのお食事?!(´艸`*)
ところで、今回旅行記を拝読し岩石氷河(Blockgletscher)なるものの
存在を初めて知りました。
氷河は白い(又は薄い水色)とばかり思っていましたが
岩屑と細かい氷がミックスしてできたものが岩石氷河なのですね~。
教えていただかなかったら、普通の岩山だと思っていたと思います。
ムルメルティーアの姿はとても可愛らしく、見事な激写です!
50メートルも離れていたというのによく気付かれましたね。
山を愛するお気持ちと見識の深さが滲み出る素晴らしい旅行記を
ありがとうございました。
今年も残すところ、あとわずかとなりましたね。
どうぞお元気で良いお年をお迎えくださいませ。
sanabo
RE: どうぞよいお年を♪
sanaboさん、今日は。
師走の忙しないなかでコメント下さり有難うございます。
楽しかったスイスの旅も記憶に残るものとなりました。
エンガディンの美しさは格別だったと思います。
今年は公私に多忙でとうとうどこにも行けずじまいになってしまいました。
来年は先に旅行計画を立てて、そこには何も入れないとでもしないと
また今年と同じになってしまいかねないと思っていますので、
早めに準備するつもりです。いつも何も準備しないで出かけて、
後で後悔するパターンなので、事前勉強をします。sanaboさんの旅行記を
拝見すると、確かな準備をしておられるようですね。予期せぬ出会いは旅行の楽しみでも
ありますが、見落としの可能性の方が高いので、勉強、勉強。
ムルメルティーアは声のする方に双眼鏡を向けて探します。
大体穴の傍にいるので、地面が露出していて白く見えるところを
探すのがコツです。
また来年もよろしくお願いいたします。
よい新年をお迎えくださいますよう。
Rolleiguy
2018年12月22日15時27分 返信する -
シンプルであることの良さ
Rolleiguyさん、こんばんは。
表紙の写真を見て、美しい景色だなぁと思いながらコメントを拝見すると、「余計なもの、余分なものがないのが良い。・・・生きるのにいらないものを取り去っていったら、あるいは最初からつくらなかったら、環境というものはかくも素晴らしいものになるものか、という気分にさせてくれる」という部分にその答えがありました。
一本の道があり、周りには緑豊かな牧草地や林があって、道の先には修道院の鐘楼が見える風景。看板もないし、電柱も、余計なものがないから良いのですね。牧草地の中にぽつんと小屋だけがある景色も素敵です!"Simple is best."という言葉がありますが、まさにそういうことなんですね!
教会についても、ロココ様式の装飾が多く施されている内部も美しいですが、Rolleiguyさんが言われるように、簡素な、例えば初期のロマネスク様式の教会のように、石造りで、厚い壁や半円アーチを持ち、小さな窓がいくつかあって、そこから入る太陽の光が神々しい、というような教会にも心惹かれます。飾りたてることだけが美しいのではないですね。
素敵な風景の広がる田舎町を紹介していただきました♪
akikoRe: シンプルであることの良さ
akikoさん、今晩は。
akikoさんもそう思われましたか? 日本の文化にも豪華絢爛ばかりでなく、簡素(でもお金はかけてある)なものが貴ばれた歴史がありますね。
キリスト教美術は見ていると疲れてしまうものが少なくありませんが、イエス・キリストの清貧さが本来のものであったと思いますので、初期の教会堂に見られるような簡素な美しさをもっと愛でていいのではないかと言う気がします。カルミナ・ブラーナを是非お聴きになってください。
Rolleiguy2018年10月04日23時51分 返信する -
おはようございます♪
Rolleiguyさん、おはようございます^^
今日は爽やかな一日になりそうですね!
アンデックス修道院、長閑な田園風景の中に建っていて郷愁を誘いますね。
欧州の方には当たり前の風景かもしれませんが、雑然とした都会に住んでいる身にはとても新鮮で癒される景色です。
人間の手の入っていない豊かな自然と健康的な空気と質素な修道院、また教会内部のロココ調の豪華さに目を奪われました。
そんな中で飲まれたビールはさぞかし美味しかったことと羨ましく推察いたしました!
先日教えていただいた、山小屋の風景をオンデマンドで見ることができました。
因みに1番組216円でした^^
フェレ谷の雄大な景色、素晴らしかったですね♪
モンテローザ小屋やヘンルリ小屋など魅力的で興味深かったです。
どうもありがとうございました!
ドロミティ
Re: おはようございます♪
ドロミティさん、今日は。
昨日、今日と暑い日が戻って来ました。秋分の日を過ぎてから夏の日が戻ると、ドイツやスイスでは「お婆さんの夏」と言っていました。余り良い言葉ではないと思っていましたが、お婆さんが若返ったと考えれば、悪いことではないのかもしれません。久しく忘れていた言葉でしたが、先日ドイツ人の友人(女性)からドイツでは今そうだと言ってきたので思い出しました。
苦しいほどの猛暑が終わり、漸く秋の爽やかな日を楽しむことが出来るように
なりました。 NHKの番組をご覧になったとのこと、ドロミティさんが行かれた小屋は番組でも世界最高の眺めと自慢していましたので、是非そのうちに
行って見たいものです。
Rolleiguy2018年10月02日16時59分 返信する -
ベルリン街歩きと様々な思い
Rolleiguyさん、
こんばんは。遅ればせながら、書き込みさせて頂きます。
①表紙の写真、面白いですね。
ドイツを巡ると、この種の「目がある屋根」を持つ建物をよく見ますが、鼻まであるのは珍しいかもしれません。
②街角のソーセージスタンドで食べていたのを秘書に見つかり、今後一切ああいうところで食べてはいけないと云われたエピソード:
私もこの点はよく分かりますよ。当時のウィーン社会、素晴らしい秘書の忠告であったと思います。ドイツ駐在当初よく言われたのは「身銭を切って、きちんとした(白いテーブルクロスが敷かれた)レストランで食事をしなさい」でした。
これは格式あるレストランでも物おじせずようになりましたから、とても為になりました。
しかし、旅に出ればテューリンガー風焼きソーセージの魅力に勝てません。
③第二次大戦後のドイツ人追放は苛酷でした。デュッセルドルフの同僚や友人・知人にもこうした方もいて、とくにズデーテンラントから追放された方が多かったようです。
デュッセルドルフはそれらの人々を雇う経済力もあったので、恵まれていましたけど、Landshutランツフートで出会った小父さんは「1997年のドイツ=チェコ和解宣言について、ズデーテン・ドイツ人団体として納得していない」と言われていた事を思い出しました。
④文中、気になった点に付き検索してみました。結果は不十分ながら、ご参考までに:
Die Liste der NSDAPナチ党のメンバーの番号リストがあり、そこにはNationalsozialistischen Deutschen Arbeiterpartei国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)のメンバーであった事が知られている人たちの一覧表になっている(完璧なものではない)。
(1925–1945)のリストでは番号1にAdolf Hitlerアドルフ・ヒトラーとあります。最後は10.174.581の番号で終わっています。
写真集を検索してみるとHitler Listeヒトラーリスト(候補者)はListe1となっており、
また、当時のSozialdemokratische Partei Deutschlandsドイツ社会民主党(SPD)の候補者はListe2になっているようです。
あるListe2のデザインはgegen Papenパーペン 、Hitlerテールマン 、Thaelmannテールマンの名前の表記と共に其々のイメージである王冠、ハーケンクロイツ、ドイツ共産党の旗に槍を突き刺す図柄があり、下部にSozialdemokraten Liste2とあります。SPDはこれら諸勢力に対抗した候補者を出したのでしょう。
*Franz von Papenフランツ・フォン・パーペン(第13代首相)
ヴァイマル共和政末期の1932年にヒンデンブルク大統領の大統領内閣の首相を務めたが、半年ほどで瓦解した。その後、国家社会主義ドイツ労働者党のアドルフ・ヒトラーと接近し、彼が首相になれるよう尽力するなどナチ党の権力掌握に大きな役割を果たした。1933年のヒトラー内閣成立でヒトラーに次ぐ副首相の座に就いた。
*スターリンの支援があったErnst Thaelmannエルンスト・テールマン(ドイツ共産党KPD議長)
それではまた。
jijidaruma
RE: ベルリン街歩きと様々な思い
jijidarumaさん、お早うございます。
ソーセージのエピソードは私としては恥ずかしい思い出なのですが、敢えて記しました。
白いテーブルクロスのレストランで食事するようにという忠告は、私もスイス勤務の時代に
上司から受けたことがあります。在勤手当はそうしたことも考慮してあるのだから、外食は完全なプライバシーではないということでした。とは言え、お客さんと一緒でないときに、高いレストランに行くのでは、楽しんで食事も出来ないとも思ったものです。
ズデーテンラントから追放されたドイツ人の思いは理解できます。民族と土地の結びつきは理屈を超えた側面があると思います。オーストリアの旅行記4に、そうしたドイツ人の望郷の思いを刻んだ石碑を載せましたが、今は外国になってしまった故郷ともいうべき町や村が、ひとつひとつ刻まれていました。政治に翻弄される個人は洋の東西を問わず沢山いたのですね。
戦前の選挙のこと、学ぶことが出来ました。Liste 1がナチス、Liste 2がSPDだったのですね。ヒンデンブルク、パーペンなどとヒトラーが接した当時の政治情勢は非常に興味深いです。エルンスト・テールマンの名前を見て、1968年に初めてベルリンを訪問した時に、
偶々日本・DDR友好協会だったか、何かの組織の建物があったのが、エルンスト・テールマン・プラッツという場所でした。ローザ・ルクセンブルクの名前もどこかについていたように思います。ドイツの統合後は地名が変更されたところもあるので、
今はどうなったのか分かりませんが。
当時の学生は、フランスでもドイツでも日本でも、政治思想としては左寄りというか、非保守が結構多かったと思いますが、ノンポリに近かった私は単なる興味本位でドイツを見たのは今思うともったいなかったです。そうした私のような意識レベルに留まっている多数の人が、世論を形成していったのでしょうね。ドイツも日本もおなじだったと言えます。
ひとつの旅行でもいろいろ経験し、勉強できるものだと思います。
Rolleiguy
2018年08月29日10時39分 返信する -
ドイツの風景・・☆
Rolleiguyさん、こんにちは。
人生で一度は行きたい!と思っている国の一つがドイツなのですが、やっぱりどの景色も絵になってステキですね!
ベルヴェデール城からの眺めや、おとぎの国のようなアレクサンドル・ネフスキー記念協会 等々・・
表紙イギリス・テューダー風のツェツィ―リエンホーフも、初めて拝見した建物です。
以前ドイツ料理はジャガイモが結構な頻度で食事についていて、健康にもイイと話に聞いていましたが・・フリードリッヒ大王が、奨励されていたのも初耳でした。
そしてRolleiguyさんがウィーンでお仕事をされていた時、秘書さんがおられたそうで・・さすが!だなぁーと再認識したのでした。
ふわっくま
Re: ドイツの風景・・☆
ふわっくまさん、今晩は。
ドイツは、我々の世代だと、まだ第2次大戦時の同盟関係もあって、格別の思いを抱きますし、大学で第2外国語にドイツ語を選ぶ学生が多かったので、いつかは行ってみたいと思う人は沢山いたと思います。しかし、現在ではドイツ人は
戦争時代のことなど全く考慮に入れませんので、まだ少し残っている日本の片思いなのかもしれませんね。そうしたことは別にしても、ドイツは魅力的です。
特に、ドイツは歴史的に諸侯が力を持っていたこともあり、地方でも文化が高い水準で継承されて来たので、旅の目的地としての魅力がとても高いと思います。
ウィーンでの私の秘書は、私より20歳くらい年上の上品な女性で、中世には貴族だった家柄で、アジア、アフリカへの偏見はおろか、どこの国であっても公平に、文化への敬意を常に忘れない人でした。仕事上の接触のある政府高官の秘書とも親しく、アポを簡単にとることが出来て助けられました。そうした秘書でしたので、ソーセージで叱られたことは、私としてはとても恥ずかしい思いをしたものです。
しかし、ソーセージのような庶民的な食べ物は、本当は街中での立ち食いが一番うまいな、と密かに思っています。ドイツに行かれたら是非お試しください。
Rolleiguy
2018年08月24日21時38分 返信する -
ポツダム会談が行われた宮殿
Rolleiguyさん、こんばんは~
ベルリンとポツダムの旅行記を拝見しました。ベルリンは20年ぶりだったそうで、とても懐かしかったのでしょうね。
今回、前半でご紹介いただいたのは、ポツダムにあるサンスーシとツェツィーリエンホーフだそうで、どちらも初めて聞く名前でした。
ツェツィーリエンホーフは、日本に無条件降伏を迫った「ポツダム宣言」を出すための会談が行われた場所だったそうですね。会議の開かれた部屋の写真を見て、ここで日本に関わることが決められたと思うと、ちょっとした感慨を覚えました。それにしてもその宮殿の建物が重厚な石造りの建物ではなく、私の好きなチューダー様式の、どちらかというとカジュアルな建物だったのは少し意外でした。表紙の写真は、本当に窓が目のようで、切妻屋根の鼻まであって、顔のように見えますね~(笑)
サンスーシ宮殿はロココ様式の宮殿のようですが、内部のギャラリーは、真っ赤な壁に多くの絵画が展示されていて、とても印象的でした!じっくり見てみたいですね。
最後に、お食事をされているお写真がありますが、ビールのグラスの大きさは、通常のものの2倍以上はありそうですね!さすが本場ですね~ みなさんで、ビール片手に懐かしのドイツ料理を食べられ、さぞかし美味しかったことでしょう。
akikoRe: ポツダム会談が行われた宮殿
akikoさん、お早うございます。
また猛烈な暑さに戻ってしまい、外出が苦痛ですね。
今日は、娘と孫と一緒に、新潟にいる次女交えて越後湯沢に1泊旅行に行くところです。今年の夏は忙しくてどこにも行けませんでした。
ドイツの旅行記は古くなってしまいましたが、ポツダムはとても印象的だったので、記録しておこうと思った次第です。日本とも関わりのあった場所でしたので、格別の感慨で見学しました。akikoさんはチューダー様式がお好きなのですね。豪華絢爛な建物よりも、飽きの来ない、居心地の良さそうな建物だと思いました。皇太子夫妻が表に出る生活の中で、こうした環境に暮らすことを喜んだのではないかと想像しています。いつか実際にご覧になる機会があるといいですね。暑さにめげずに今日も一日過ごしましょう。
Rolleiguy2018年08月23日06時50分 返信する -
ポツダムとベルリンの今昔
Rolleiguyさん、おはようございます^^
ポツダムとベルリンから思い浮かべるのはやはり先の戦争のことです。
表紙の屋根のお写真にドキッとさせられました。
いったいどのような意図があったのか知りたいものです。
ツェツィーリエンホーフがポツダム宣言の舞台になった場所ということは知っていましたが、これほど美しい宮殿だったとは意外でした。
宮殿と言っても田舎家風の素朴な佇まいに皇太子のお人柄が窺えると思いました。
サンスーシー宮殿とその庭園をつなぐ大層な階段がとてもインパクトがありました。
ベルヴェデール城の展望台からの眺められた緑濃い森と青いハーフェル川、本当に絶景ですね。拡大して魅入ってしまいました^^
ベルリンと聞いて連想するのは光と影、西と東、栄光と挫折、今と昔など何故か相反する言葉が浮かびます。まだ行ったことはありませんが。
たくさん歩かれた後のビール、さぞかし美味しかったことでしょうね(^_-)-☆
素敵な思い出のお裾分けをどうもありがとうございました♪
ドロミティ
RE: ポツダムとベルリンの今昔
ドロミティさん、今日は。
やはり戦争を思い浮かべますね。ドイツが戦争を始めてからもう80年くらい経ち、その時代に戦争の悲惨さを体験した人たちも随分少なくなっています。あと20年くらいで100年になる訳ですが、今でも戦争といえば第2次大戦のことを思い浮かべる世代が多いと思います。
日本も戦後73年になりますが、終戦時の73年前というと1872年ですので、明治5年のことであり、当時であっても大昔だったのではないかと思います。そう考えると、終戦はもう大昔のことになりますが、やはり被害が甚大であったことから、そんな昔のこととは思えないということでしょう。
ベルリンは矢張り歴史のある大都会だと思わされました。是非一度お出でになるといいです。 パリのようなおしゃれな街ではありませんが、ドイツとフランスはこんなに違うんだと感じられると思います。
歴史博物館は大変興味深いのでお勧めします。
Rolleiguy
2018年08月20日17時05分 返信する



