2013/06/08 - 2013/06/08
15位(同エリア415件中)
Rolleiguyさん
- RolleiguyさんTOP
- 旅行記71冊
- クチコミ2件
- Q&A回答10件
- 122,117アクセス
- フォロワー58人
2013年のドイツ・スイス旅行は5月29日から6月15日までだったのですが、数百年ぶりという大雨にたたられたため、適当な写真が少なく、旅行記はほんの少ししか作っていませんが、記録のために整理しておくことにして、今回ドイツの分を簡単に作成することにしました。
この時の旅は、以前の職場での同僚と一緒に、ミュンヘンにいる友人のドイツ人夫妻を訪ね、その後ベルリン、ポツダム、ドレスデン、マイセン、ヴァイマル、エアフルト、アルンシュタット、レーゲンスブルクと回りました。アルンシュタット以外はいずれも有名な観光地ですので、4トラでも旅行記が沢山ありますから、その都市の紹介というよりも、行った時の出会いが多少格別なものであったと思えたものを、旅行記にしようと思います。アルンシュタット(Arnstadt)には、バッハがオルガニストとしての最初の(有給の)職を得た教会があり、前々から一度訪ねてみたいと思っていました。少年から青年に成長する時期のバッハが暮らした町だと思うと、大成してからの関わりの街であるライプチッヒなどとは一味違う趣を感じつつ見学しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アルンシュタットの城館と塔。この町は、音楽家の家系として知られているバッハ一族が、1620年から1792年まで長い期間活動した拠点でした。バッハ自身はアイゼナハの生まれですが、父ヨハン・アンブロジウスはこの町で生まれ育ちました。当時の人口は3800人で、皮なめし業、毛織物業の町でしたが、1617年に当時の市長が小麦ビール(ヴァイツェン・ビール)の製法を編み出し、その後はビールの町としても知られていたそうです。
-
「バッハからゲーテへ」と表示してありました。マルチン・ルターもここに来たことがあるようです。いくつか見所がありそうですが、時間が少ないので限られた見学になりました。
-
城館の中庭。 今は駐車場になっていてとても簡素ですが、昔は多分もっと美しい庭だったのでしょう。
-
城館の通用口。 中庭にある大きな木の葉の色が日本では余り見かけない赤紫蘇色です。ヨーロッパで初めてこの木を目にしたときには、ああ、異国に来たんだと思ったものです。大昔の話。
-
この城に来たことのある人物名が記されていました。ルターも宿泊したようですし、1539年には、シュマールカルデン同盟(Schmalkaldische Bund)の会議も開かれたとあります。名前は記憶にあるけれど、なんの同盟だったっけ、と思い出せませんでした。日本の西洋史教育が年代や地名、人名などを覚えることに重点が置かれていたので、(勉強不足の)私は歴史の面白さを知るのが遅れてしまい、とっても(強調)損をしたと思っています。
(シュマールカルデン同盟は、カトリックの神聖ローマ帝国皇帝・ドイツ王カール5世(ハプスブルク)に対抗するために、プロテスタントの諸侯が1531年に共同防衛のために作った同盟でしたが、内部分裂で弱体化し、1546年にカール5世に倒されてしまいました。しかし、カール5世も1555年の「アウクスブルクの和議」で、プロテスタントにカトリックと同等の権利を認めざるを得なくなりました)。 -
塔の外観。地震のない国だからこうした構造物が可能だったのでしょう。多分鉄筋などは入っていないので、横揺れには弱いのではないかと思います。この場所は、かつてナイデック城があった場所で、この塔はそのお城の一部でしたが、後年再建されたものだそうです。
-
結構な高さでした。歩いて登ります。60メートルくらいあります。
-
これが時計の動力部分か。
-
塔の内部の階段。錯覚ですが、階段の踏み板が傾いていて、足をかけたら隙間から落ちてしまい、歩けないように見えます。
-
塔の上から見た城館と中庭。建物は現在博物館として使われているそうです。
人形のコレクションで知られており、毎年人形祭りがあるそうです。日本と中国の1700年ころの磁器が1000ほどあり、これも知られているようです。時間が無くて見学はしませんでした。文化財は、この建物のように博物館としてではなく、使いながら保存する動態保存という方法があり、ドイツでも別の用途に使われているケースもあるそうですが、日本ではフランク・ロイド・ライトが設計し、国の重要文化財に指定された、池袋の「自由学園明日館」が知られています。 -
至って簡素な城址。3つ見える旗は、ドイツ、チューリンゲン、アルンシュタットです。
-
アルンシュタットの街並み。小さな街ですが、歴史が凝縮されたように家並が存在感を示しています。
-
右手前にバッハ縁りの教会堂が見えます。
-
バッハ縁りの町に来て嬉しくなり、気分爽快だったので記念写真を一枚。顔出しは如何なものかとは思うのですが、人物を写す以上、マスクやモザイクをかけるのには抵抗があるため、そのまま。悪用する人がいませんように。(勿論、4トラ会員のことではありません)
-
小さな街なので、これから行く広場以外では歩いている人はまばらでした。
先ほどの城館の正面はこちらです。 -
遠くの山の上に見えるお城は何だったか。
-
塔の周りには、この町や周辺の著名な建物のミニチュアがいくつか展示してありました。
-
ミニチュアをいくつか紹介します。
バッハは、この教会(1581年に焼失したボニファティウス教会の跡地に、1683年に再建されて、新教会と呼ばれた)が完成した後、新しいオルガンが出来た時に、試奏をして完成を確認する役目をしたそうで、その後でオルガニストとして採用されました。18歳でした。教会の名前は、バッハを讃えるために、1935年にヨハン・セバスチャン・バッハ教会という名前に改称されました。 -
これがそのミニチュア。精巧なつくりでした。
-
新教会は、当時資金が不足して、極めて質素なものだったそうで、オルガンもなかったそうです。オルガンの設置を願った人たちが寄附をして、漸く1703年に実現したのだそうです。
-
次はバルトロメオ教会。バッハは、1707年10月に、22歳で従姉妹のマリア・バルバラ・バッハとの結婚式を、この教会で挙げたそうです。結婚に先立つ6月にアルンシュタットでの仕事を辞めて、ミュールハウゼンのオルガニストになっていました。結婚生活は13年間で、1720年にマリア・バルバラが亡くなり、翌年アンナ・マクダレーナと再婚しました。マリア・バルバラとの間に生まれた子供では、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが作曲家として知られています。
-
ドイツの小さな町や村にある教会はこのようなものが多いですね。
-
次は、エアフルトのマリア大聖堂。アルンシュタットはエアフルトの行政区域にあります。エアフルトもバッハ一族と関わりの深い街ですが、ここはチューリンゲン地方の中心都市として人口1万人を超えていたようです。マルチン・ルターはここの大学で学びました。
-
大聖堂。エアフルトは1994年に新しい司教区になったので、この教会堂は名実ともに大聖堂になりました。司教座の教会堂である大聖堂は、フランス、スペイン、イギリスなどではカテドラール(カテドラーレ、キャシードラル)と呼ばれますが、ドイツではドーム(Dom)またはミュンスター(Muenster)と呼ばれています。一般的にはドームですが、元々修道院との結びつきの強かった場所などでは、ミュンスターと呼ばれることが多いようです。アーヘン、ボン、エッセン、フライブルク、ウルム、シュトラスブルク(アルザス)は、皆ミュンスターです。
-
ナイデック城。今は更地になってしまい、今見て来た塔だけが再建されたそうです。13世紀には既に原初の城があったとの記録があり、その後下の写真のような城が領主のギュンター・フォン・シュヴァルツブルクによって建てられたとのこと。後年、領主が別の町に城を作り、このお城は厩舎にされて、やがて橋を作るために、城の石が建材にされてしまうという不幸な人生(?)を送ったようです。勿体ない。
-
小さいけれどそれなりに美しい城だったようで、調べてみると、このお城は周囲を水をたたえた堀で囲まれていたそうです。
ここの見学を終えてバッハ教会に行きます。 -
念願のバッハ教会にやって来ました。観光客はいませんでした。
-
様子を窺います。築3百年くらいですが、もっと古い時代の建物のように見えます。大きな石積みではなく、小さい石を積み上げ、ベトンで固めたのでしょう。
町の財政的制約のなかで再建されたと言われていますが、そうした歴史を感じさせる造りです。 -
ここがバッハがオルガニストとして職を得た教会かと思うと、とても感慨深いものがありました。私はバッハがとても好きで、管弦楽、チェロ、バイオリン、フルート、オルガン、チェンバロなどの器楽曲、声楽それぞれ好きですが、どれが最も好きかと問われれば、躊躇なく「マタイ受難曲」と答えます。3時間近い壮大な宗教的叙事詩と音楽のこの上ない美しさに、聞く度に涙しそうになります。特に結びの合唱は、音楽の美しさと、イエスの受難を受け止める人々の叙情的描写の歌詞が同化して、震えるような感動を覚えます。でも、西洋音楽とキリスト教の関わりに、知識としての関心しか持たない人であれば、そうは思わないのだろうなとも思います。どう受け止めるかは個々人の自由ですが。ユーチューブにフリッツ・ヴェルナー指揮の演奏があります。私が40年以上前に初めて聴いたマタイです。1955年のフランスのディスク大賞を取った演奏です。https://www.youtube.com/watch?v=ISHlrDfxy-A
-
この教会のオルガンは、珍しいことに、上下2段にそれぞれ別のパイプオルガンが設置されています。最初に設置されたのは上のヴェンダー・オルガン(2段鍵盤。21ストップ)で、製作者はヨハン・フリードリッヒ・ヴェンダーでした。より大きい下のシュタインマイヤー・オルガン(3段鍵盤。55ストップ)は、1913年に設置されました。何故2段になっているかと言うと、ヴェンダー・オルガンがバロック時代の音作り(澄んで、明瞭な音)なので、ロマン派時代の主流であった、より音量が大きく、音の移動が滑らかなものが望まれたのだそうです。ヴェンダー・オルガンは1252本のパイブがありますが、後に大改造されてオリジナルのパイプは320本だけ使われているそうです。ロマン派時代のオルガンはまるで管弦楽オルガンのようだと言われ、行き過ぎではないかとの声が高まり、その後はまたバロックオルガンに回帰したりしたそうです。 オルガンにも流行があったとは知りませんでした。訪れた日は残念ながら演奏を聴くことが出来ませんでした。いつか聴き比べてみたいものです。
-
プロテスタントの教会なので、内部は簡素です。バッハの信仰はプロテスタントでしたが、カトリック教会のミサ曲も作曲しています。
-
バッハは作曲を終えると、楽譜の最後に ”Soli Deo Gloria”(「 ただ神にのみ栄光あれ」)と記したそうです。名声獲得に汲々とする世の俗人たちとは違い、神の栄光のみを願ったバッハは、作品が広く演奏されることには余り興味がなかったようで、「マタイ受難曲」もライプチッヒのトーマス教会で演奏されただけで、忘れられてしまい、100年以上たってからメンデルスゾーンに発見され、1829年に再演されて有名になりました。バッハ作品の精神性の高さが再認識される上で、非常に重要な再演だったと言われています。
-
バッハがアルンシュタットにいたのは18歳から22歳までだったので、この時代の作曲はまだ少なかったようですが、オルガン曲やカンタータがいくつかあり、
幻想曲(バッハ作品番号BWV563,570)、前奏曲とフーガ(BWV531)などを作曲しています。 ここのオルガンを弾きながら作曲したんだなと思うと感激もひとしおです。 -
教会をぐるっと回ってみました。
-
教会堂としては格別特徴のあるものではありません。
-
旅行中に自分の写真は余り撮らないのですが、ここだけは欲しかったので、何枚か撮りました。ここで買ったポスターを手に持って。教会堂の入り口も地味でした。
それにしてもこの壁の石の不揃いなこと。立派な教会堂ばかり見て来たので、これは珍しい教会堂だと思いました。貧しさの中で人々の支えで出来たのですね。 -
街の広場から見たバッハ教会を背景に。写真を撮っていたらドイツ人から日本語で話しかけられました。仕事で日本に住んでいたとのことでしたが、どこに行っても、思いがけずにそうしたことがあります。
私は日本人に見えるのか、中国人や韓国人に間違われたことはありません。 -
アルンシュタットの紋章であるワシをデザインした水場。
-
市が出ていました。この広場に町の観光協会があります。
-
感激に浸ってゆっくりしたかったのですが、今日は、これからまだ200キロ以上走って、レーゲンスブルクまで行かねばならないので、名残りを惜しみつつ後にしました。そのため、すぐ近くにあるバッハ博物館も次回に取っておくことになりました。バッハ好きでもないと、この町には来ないでしょうが、小さな田舎町にも来訪者に歴史を思い起こさせてくれる意外性があるのが、旅の楽しみでもありますね。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (10)
-
- こあひるさん 2019/01/19 13:59:18
- 想いあふれた・・・
- Rolleiguyさん、こんにちは。
思い入れのある街と教会・・・ついに訪れることができたという喜びと慈しみが伝わってきました。
わたしなんて、よく勉強もせず、見かけだけで旅先を決めてしまい、見かけだけ眺めて写真を撮って・・・なんて旅ですので、Rolleiguyさんのように、歴史を学び感じるために訪れたら、また見方が全然ちがうんだろうな~と、反省しつつ・・・そういう姿勢で旅をする方って、旅人のどのくらいの割合なんだろうな~と考えさせられてしまいました。
こあひる
- Rolleiguyさん からの返信 2019/01/19 16:34:18
- Re: 想いあふれた・・・
- こあひるさん、今日は。
コメントを有難うございました。私が事前に歴史を学び、十分な知識で旅行していると思われたのでしたら、それは大いなる誤解です。一部には、事前勉強したものや、以前から関心を持っていた先などもありますが、大方は大した知識もないままの状態で訪問し、帰って来てから後付けで説明したものも少なくありません。バッハは別格です。その他の旅行記では、例えばオーストリアの
(1)から(4)は、基本的な知識(歴史上の人物とか、当時の世界など)はある程度知っていた状態で旅行し、旅行記を作成する段階で情報を寄せ集めて作ったものが多いです。それによって更に学んで再訪したいと言う気になります。でも、旅行の楽しみ方は人それぞれですので、私とは違う視点での旅行記も楽しく拝見しています。こあひるさんの昨年のポーランド旅行記は、沢山の美しい写真を楽しみました。それが百万以上のビューに反映されているのだなあと思った次第です。
Rolleiguy
-
- akikoさん 2019/01/08 23:18:01
- アルンシュタットの街
- Rolleiguyさん、こんばんは。
旅行はどこへいくのも楽しいものですが、特に思い入れのあるところに行くのは、格別な喜びがありますね。私は先月ニュージーランドを訪れたのですが、何十年も前に訪れていて、その美しさに感動し、もう一度来てみたいと思ったところを訪ねることが出来ました。やっと来れたという喜びをしみじみと感じました。
Rolleiguyさんは、声楽をされていて、バッハがお好きで、バッハが若い頃にオルガニストとして出発した教会や影響を与えた地を訪問されたいと思っておられ、この年に念願がかなったのですね!きっと、旅行記で書かれている以上の大きな喜びがあったことでしょう。
私も名前も聞いたことがなかったアルンシュタットの街を、このようにバッハを通して知ることが出来て楽しかったです。みなさんの趣味などを通して自分のよく知らない世界を知るのはとても勉強になりますし、世界が広がります。マタイ受難曲も終盤を中心に聞かせてもらいました。こんな大作をバッハ本人は広く演奏されることには余り興味がなかったそうで、100年も後に発見されたということを知り、意外で驚きました。
ご紹介ありがとうございました。
akiko
- Rolleiguyさん からの返信 2019/01/08 23:48:31
- RE: アルンシュタットの街
- akikoさん、今晩は。今年もよろしくお願いいたします。
昨年はニュージーランドに旅行されたのですね。美しい写真を沢山拝見しました。
私もニュージーランドでトレッキングをしたいと長年思っていますが、実現していません。
アルンシュタットの旅行記をご覧頂き有難うございます。私は有名な観光地も勿論興味はあるのですが、こうした、有名ではなくても、私の趣味や生き方に関わる場所には格別の思い入れがあります。
長い人生を送って来ると、自分の歴史を振り返るものですが、単にノスタルジーで惹かれるのではなく、関心を持つ意味が大切だと考えています。毎日忙しい忙しいと言いながら、もう適当に仕事にけりをつければいいのにと思いつつ、社会との関わりを保ちたいという思いがあって続けているのですが、4トラもそうした一環だと思っています。なので、ご訪問くださる方からコメントを頂くととても嬉しいのです。
今年は何とかドイツに行きたいと思っています。物欲に意味を見出さない修道士の祈りと労働の場である修道院をいくつか見学したいと思っています。
あと、余裕があればスイスでクライミングもしたいと思います。
今年は7月に予定されていた夏のコンサートが延期されそうなので、旅行が可能になるかもしれません。2月には別のコンサートがあり、日本の歌を歌う予定で毎週練習しています。
あれもこれもすることだらけで一向に暇になりません。
またakikoさんの旅行記にお邪魔します。
Rolleiguy
-
- jijidarumaさん 2018/06/01 14:08:17
- アルンシュタットもなかなか興味深い町ですね!
- Rolleiguyさん、
こんにちは、お久しぶりです。
アルンシュタットもなかなか興味深い町ですね。ここは行って居りません。
文中の3点について、下記します。
①中庭にある大きな木の葉の色が日本では余り見かけない赤紫蘇色です。=>
2012年の旅でまた再訪した。元来は水城であったSchloss Neckarbischofsheim 古城ホテル ネッカービショッフスハイム城の庭には見事なBlutbuchen(血のような葉を茂らせたブナ)巨木がありました。
②シュマールカルデン同盟(Schmalkaldische Bund) =>
2011年にMeiningenマイニンゲンを訪れた時、Kurort Schmalkalden保養地シュマルカルデンを見学したかったのですが、時間的に無理で断念しました。おっしゃるように世界史では30年戦争ぐらいで、シュマールカルデン同盟の名前も出てきませんね。
テューリンゲンの森の南西斜面に陽光に恵まれた小国の居城地シュマルカルデンがあり、1530年にカトリックの神聖ローマ皇帝カール五世に対し、プロテスタント諸侯と諸都市はSchmalkaldischer Bundシュマルカルデン同盟を結び反旗を翻した事で知られる。町の中心部の9割は木骨組建築の建物で、文化財に指定され保護されている。人口2万人。 http://www.stadt.schmalkalden.de/
③遠くの山の上に見えるお城は何だったか。=>
多分こちらの要塞でしょう。
Veste Wachsenburg 1, 99334 Amt Wachsenburg
https://www.wachsenburg.com/
jijidaruma
- Rolleiguyさん からの返信 2018/06/02 09:10:52
- RE: アルンシュタットもなかなか興味深い町ですね!
- jijidarumaさん、今日は。
そうですか、あの木はBlutbuchenという名前ですか。ブナという名前を聞くとシューマンの「流浪の民」を思い出します。私の母が娘時代に歌っていたそうですから、日本でも随分昔に紹介されていたのですね。
山の上のお城を教えて下さり有難うございます。確かにヴァクセンブルクのようですね。
ウィキペディアで見てみると、売りに出されていたようですね。山の上にあってさぞ眺望が良いことでしょう。如何せん少し田舎過ぎて観光客が押し寄せるということはないでしょうから、経営的には難しいかもしれませんね。
ドイツは田舎にも見るべきものが多くて、この点は首都に多くが集中する国とは違うなと
思います。今年は出来ればドイツに行きたいと思っていますが、仕事との兼ね合いでどうなるか予定も立てられないでおります。
アスパラガスを堪能されましたか?
Rolleiguy
-
- cheriko330さん 2018/05/28 11:21:02
- 念願のバッハ教会 ♪
- Rolleiguyさんへ
お忙しい中での久々の旅行記とても嬉しいです。
ドイツの知らない街をご紹介下さりありがとうございます。
塔から眺めるヨーロッパ独特の赤レンガ色の家の街並みは
本当に素敵ですね。仰るとおりに歴史を感じます。
コッツウォルズでミニュチュアハウスを見ましたが、こちらのは
精巧に出来ていますね。
紫蘇を木にしたようなものをヨーロッパで見かけて、驚いたものですが
4トラでも余り見かけなくってRolleiguyさんので見れて嬉しいです。
若い頃はクラシック音楽に興味を示さなかったのですが、ポピュラー
ソングの『ラヴァース・コンチェルト』を知ってから原曲がバッハのだと
知り少しずつ興味を持つようになりました。
でも後で本当はバッハの曲ではなかった?と知りました@@
念願のバッハ教会での記念写真はRolleiguyさんが本当に念願がったことを
物語っていますね。
人々の深い信仰心で、こちらの教会が建てられたと思うと感動します。
私もいつの日かアルンシュタットを含めドイツだけを廻ってみたいと
思いました。何となく日本となじみ深い国ですよね。
南九州が梅雨入りしたので北部九州ももう直だと思います。
ジメジメして嫌な季節になりますね。体調管理が大事な時期ですね☆
では続きも楽しみにしています。
cheriko330
- Rolleiguyさん からの返信 2018/05/28 14:19:30
- RE: 念願のバッハ教会 ♪
- cheriko330さん
お久しぶりです。今日はそちらは雨のようですね。梅雨入りも間近いようです。
書き込み有難うございました。
コッツウォルズには20年ほど前に出張でロンドンに行った時に、一日観光で見て来ました。
大陸ヨーロッパとは違った美しさのある街だと思いました。
あの紫蘇みたいな木は何ていうのでしょうね。
ラヴァーズ・コンチェルトと言う曲は名前だけ聞いたことがあったのですが、どんな曲か
分からないので、ユーチューブで探してみました。あ、これかと思いました。
バッハの2度目の妻の「アンナ・マクダレーナのためのクラヴィーア小曲集」の第2巻に
収められているメヌエットですね。この小曲集にはメヌエット以外にも、バッハの作曲ではない曲がいくつも含まれているようです。選曲も殆ど妻に任せたようで、息子たちの作品も含まれているのだそうです。
今年の旅行は7,8月に2回コンサートというか発表会があって、その準備があるため
夏は難しそうです。秋もいいのですが、やはり侘しさが漂って、折角旅行に行くのだから
もっと晴れ晴れした気持ちで行きたいなと思っています。
ドイツの田舎はいいです。ドイツが統一国家になったのはほんの近世のことなので、
それ以前の諸侯乱立時代の歴史を垣間見ることが出来る地方はとても魅力的だと
思います。 そして、修道院にも行きたいと思います。
夢を見るほど若くはありませんが、あれも見たい、これも見たいと思っているうちがいいのかもしれませんね。
梅雨に負けずに頑張りましょう。
Rolleiguy
-
- ドロミティさん 2018/05/27 11:48:39
- こんにちは!
- Rolleiyguyさん、こんにちは^^
日曜の朝に素晴らしい「マタイ受難曲」を聴かせていただき、
信仰心のない私もいささか敬虔な気持ちになりました。
バッハがオルガン奏者で聖歌を歌う、、などと想像もできませんが、
バッハ教会のお写真を拝見して想像を膨らませてみました。
クラッシック音楽にも疎くてお恥ずかしいですが、私がバッハの曲で
一番好きというか、親しみが持てる曲はアンナマグダレーナです♪
ここのところ、PCの調子が悪くて、皆様の旅行記を拝見していても
途中で画面が消えてしまい、再度アクセスをする繰り返しています。
4トラ以外のサイトではそのようなことは起こらないので、今4トラに
問い合わせています(;’∀’)
梅雨入りも間近ですね。
夏に向けて体調管理にお気をつけてお過ごしくださいね☆ ドロミティ
- Rolleiguyさん からの返信 2018/05/27 20:49:34
- RE: こんにちは!
- ドロミティさん、今日は。
ご無沙汰しております。
梅雨に入りそうで夏になりそうな暑さで、よく分からない天候ですね。
PCの調子が悪い中でご覧頂き、書き込み有難うございました。
私のPCも4年経って動きが遅くなり、今もご返事を書いたところ消えてしまいました。
以前も消えたので、先に文章を作ってここに張り付ける手順をとっていたのですが、
今日は油断しました。
マタイ受難曲をお聴きになられたようで、嬉しいです。何といってもバッハの大作です。
この曲のCDやレコードを数種類もっていますが、最も気に入っているのは、今ではそれほど高く評価されていない、1958年ころに録音されたレコードです。音楽が与えてくれる感動は、演奏者の技術が一定のレベルにあることが前提ではありますが、芸術的完成度だけでなく、それを超える要素があると思わされる録音です。なので、マタイ受難曲を聴くと、そのレコードと比べてしまいます。ところで、バッハの肖像画は、カツラをかぶったものがよく知られていますが、このカツラを取ったらこんな顔になるだろうという絵を見たことがあり、少し強面でイメージが壊れそうでした。感性に訴える芸術では、やはりイメージは大事ですね。今年はドイツに行こうかと考えているのですが、全く具体化していません。
仕事が少し楽になる秋にでもと思っています。
次の旅行はしっかり事前勉強をして行こうと思います。
ドロミティさんも次の準備に取り掛かろうと考えておられるのではないですか。
Rolleiguy
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
その他の都市(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
10
40