いっちゃん2013さんのクチコミ(3ページ)全736件
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投稿日 2022年11月11日
総合評価:4.0
壱岐の東側の「内海」(うちめ)という湾に「小島神社」が有ります。
干潮時には砂州で繋がった陸繋島(りくけいとう)となり、満潮時には離島となります。
行ったときはPM2時過ぎで、離島となっていました。砂州が水面下数十cmで、とても綺麗な海で、心が洗われました。
向こうに白い鳥居が見えて、神秘的でした。眺めながら、拝みました。
「壱岐のモンサンミッシェル」だそうですが、コジマだよ!あれとは別の神秘です。
護岸にハート形の石が有ります。石工さんの仕業でしょうか。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年11月11日
総合評価:4.0
高速船で壱岐島(いきのしま)の芦辺港に着き、歩き始め、いくつもの神社を目にしました。岬の丘を上がり、真新しい鳥居の「壱岐神社」へ行きました。
ここは第二次世界大戦中の昭和19年(1944年)に造営されたそうで、壱岐で最も新しい神社だそうです。元寇を戦われた亀山天皇様、後宇多天皇様、少弐資時(しょうにすけとき)公、壱岐市内護国御英霊様が祀られています。本殿へお参りしました。
辺りは少弐公園となっており、突端は龍神崎。素晴らしい見晴らしで、海が綺麗でした。
ここは弘安の役古戦場で、頂部に少弐資時公のお墓が有ります。壱岐と日本を守り、19歳で戦死された少弐資時公に感謝申し上げました。
階段を下ると、海沿いも歩けました。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年11月05日
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投稿日 2022年10月09日
総合評価:4.0
10月の土曜日、北柏駅からのウォーキングで、「布施弁天通り」はあまり歩かず、「あけぼの山公園」へ行きました。風車が有り、コスモスが花盛りで、賑わっていました。
隣接の布施弁天 東海寺へお参りしました。大同2年(807年)に嵯峨天皇の勅願により空海様が創建したとのことで、由緒有る古刹です。利根川近くですが、そそり立つ高台に建っており、高度感が有ります。
楼門は竜宮城のような白い袴腰が有ります。三重塔も有ります。鐘楼は円形で、ユニークです。この鐘楼は文化15年(1818年)の建立だそうで、江戸時代の名主で発明家であった「からくり伊賀七」こと飯塚伊賀七さんの設計によるものだそうです。
本堂へお参りし、弁財天様を拝みました。七五三の子供連れが来ており、良い景色でした。
寺費を捻出するため境内地を柏市へ売却したのが、「あけぼの山公園」だそうです。お布施とはお金だけじゃないそうで、大事だと思いました。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年10月02日
総合評価:4.0
10月の土曜日、青梅市より御岳(みたけ)山を登り、尾根を日の出山へ歩き、下山し、15時頃、この「生涯青春の湯つるつる温泉」に到着。私がここに来たのは2度目でした。多くのハイカーがこのルートを歩いたと思います。
ここは平成8年にオープンしました。「生涯青春の湯」というネーミングが良い。東京の山の温浴施設は限られており、ここは混雑気味です。
手のアルコール消毒、マスクの着用など、ちょっとお客さんに厳しいお風呂のよう。下駄箱のカギを預けなければならなかった。私の入浴料は860円でした。
この日は和風「美人の湯」が男用でした。脱衣所、あんまり広くないです。洗い場は始め満席でしたが、数分で席が空きました。
汗を流して、入浴しました。屋内の内風呂、ドライサウナ、露天の岩風呂が有るだけのシンプルなお風呂です。いわゆるアルカリ性で、ヌルヌルするお湯です。40~42℃だそうで、熱過ぎないお湯でした。循環しているようで、僅かな白濁と塩素臭が有りました。しばらくのんびりしました。ま、良い湯でした。
帰りがトレーラーバスの「機関車バス」に乗れました。トレーラーバスは日本でここだけだと思います。運転席と客室が別で、車掌さんが乗っており、「けん引二種」の免許が必要だそうです。この路線の一部の便だけで、なかなか乗れないものであり、ラッキーでした。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 3.5
- 雰囲気:
- 3.5
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投稿日 2022年08月27日
総合評価:4.0
8月の金曜日の吉川市への観光・散策の終盤、吉川駅北口近くのこの「よしかわ天然温泉ゆあみ」へ寄りました。なまずの足湯が有って、黒いナマズがユニーク。
下駄箱の鍵を預け、タグを受け取りました。私の入浴料は1,000円で、お手頃だと思いました。2つ水槽が有り、ナマズのゆーちゃんとあみちゃんが居ます。実物が見られるこういう観光は良い。
このタグはロッカーキーじゃないですね。2階の脱衣所へ行きました。
ビルのお風呂で、2階と3階のそれぞれにお風呂と洗い場が有り、階段で行き来します。
洗い場のシャワーはちょっとケチなタイプで、レバーを押すとお湯が出て、ちょっとすると止まっちゃうもので、頻繁にレバーを押しました。
浴槽がとてもたくさん有ります。2階と3階のそれぞれに温泉の浴槽有ります。地下1500mより湧出する天然温泉だそうで、黄土色。塩分を含んでおり、ピリッとして効きそう。歩きの疲れをほぐし、すぐに温まりました。
3階の露天にぬるい浴槽が有り、そこでのんびりしました。PM3時過ぎでした。年配のお客さんが多かった。テレビに赤坂のテレビ局の役に立たなさそうな情報番組が映っていました。
やや年季の入ったお風呂です。のんびりして、時間調整もでき、リフレッシュしました。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 泉質:
- 3.5
- 雰囲気:
- 3.5
-
投稿日 2022年08月13日
総合評価:4.0
東武東上線の高坂駅で下車。「巌殿」のノボリが立っており、「ごんでん」って人名かなと思いながら歩きました。
弁天沼、坂上田村麻呂公の伝説が伝わっており、カエルがすまない「鳴かずの池」とのこと。鎌倉時代よりずっと前の話だぞ。
岩殿観音へのほぼ真っ直ぐな参道、良いですね。
石段を昇り、正法寺(しょうぼうじ)へお参りしました。振り返ると、参道の良い景色。
養老年間の開山という古刹、期に源頼朝公の命で比企能員(ひきよしかず)公が復興したとのこと。
「巌殿」が「いわどの」ですね。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年06月26日
総合評価:4.0
仕事で西武多摩湖線の一橋学園駅の辺りへ行き、この近くにこの「平櫛田中彫刻美術館」が有ることを知りました。開館時間がPM4時までで、PM3時半までに入館してほしいとのこと。仕事帰りじゃ、観覧できないですね。
昼休みの僅かな時間で訪れました。玉川上水の近くです。私の入館料は300円でした。
平櫛田中(ひらくしでんちゅう)さんは上野にアトリエを構えており、小平のここが自宅跡だそうです。
1階、2階、地下1階が展示室となっており、駆け足で見物しました。可愛らしく微笑ましい彫刻や写実的な人物の彫刻など、魅力的な素晴らしい作品がたくさん展示されています。ほんの10分の見物でしたが、楽しめました。
敷地内に旧宅が有り、記念館とされています。この旧宅は耐震性不足だそうで、中に入れないようでした。でも、維持して欲しいな。
小平の住宅地でこのような美術品と史跡が残されているのが良いです。- 旅行時期
- 2022年06月
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2022年05月29日
総合評価:4.0
ハイキングの終盤、この鳥居観音様へ向かいました。金比羅山の金比羅神社跡からの道は摩擦力が効きづらい急坂で、倒木も有り、危ない感じがしました。
近付き、白亜の何かが見えて、凄い感じがしました。おっかない階段を下ると、玄奘三蔵塔(げんじょうさんぞうとう)の前でした。
玄奘三蔵塔は3層の塔です。北に救世(ぐぜ)大観音様、梵天様、帝釈天様が立っており、納経塔が建っています。南東側にはユニバーサルスタジオのような平和観音様がいらっしゃいます。
この白雲山鳥居観音様は平沼彌太郎氏がその母の遺言を受け、この名栗の山中で30年かけて、作ったいくつもの建造物やお仏様です。平沼彌太郎氏は旧名栗村の林業家で、飯能銀行会長、埼玉銀行頭取、名栗村長、参議院議員、参議院大蔵委員長などを務められ、彫刻家としてここのお仏様を彫られたそうです。
緑豊かな山腹に大観音様や綺麗な建造物が立っており、素敵な景色でした。
救世大観音様の所へ行きました。拝観料は200円でした。開いている日は限られているようです。足下はお堂となっており、多くのお仏様がいらっしゃいます。螺旋階段を上りました。お堂と観音様の胎内を上り、頂部はハシゴです。小さな鉄扉を開け、観音様の後頭部に出ました。名栗川(入間川)沿いが見張らせました。それぞれのお仏様へお参りしました。
大観音様への道はここで行き止まりとなっています。歩行者用の道を下りました。歩行者用は歩きで上り約40分、自動車用の車道は有料で、車で約5分だそうです。それぞれで見える建造物が違っています。
埼玉の人は奥ゆかしいので、素晴らしい所なのに、あまり知られていないと思います。観光地としても魅力的だと思いました。
山麓に本堂が有ります。
連慶(れんけい)橋を渡り、連慶橋のバス停より国際興業バスで帰りました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 1.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2022年05月01日
総合評価:4.0
雨の休日、訪れました。成田空港の南東に有ります。歩きでは行かない方か良いです。割引券を使ったので、私の入館料は1割引の630円でした。
入った所にボーイング747のジェットエンジンと輪切りが有ります。いわゆる「ジャンボジェット」、過去のものとなりつつあります。でかいです。
1、2階が展示室です。エレベーターが遅いので、階段を上りました。3~4階が長い。5階は展望台で、管制塔の展示が有ります。悪天候でしたが、良い見晴らしでした。
屋外に多数の飛行機などの展示が有ります。隣に「成田空港空と大地の歴史館」が有ります。- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2022年05月01日
総合評価:4.0
成田空港沿いの散策の途中、「三里塚御料牧場記念館」へ寄りました。
「三里塚」は反対闘争の代名詞ですが、江戸から多古町のお寺までの道のりに築かれた塚の3番目に由来するそうです。
元は江戸幕府の放牧場の「牧」(まき)が有り、明治になり、宮内庁の御料牧場となりました。ヨーロッパの王族専用牧場を模したそうです。
歴代の天皇陛下を始め、多くの皇族がいらっしゃっており、外国大使などをもてなすために用いられたそうです。馬、牛、羊、鶏などが飼育されていました。羊肉の「ジンギスカン」も供されていたそうです。この「ジンギスカン」はモンゴルは関係無く、日本発祥の料理なんですね。
空港建設のため、1969年(昭和44年)8月に閉場しました。
遊興のための馬車などが展示されています。ツツジが綺麗でした。昭和天皇陛下の誕生日の日の訪問でした。
入館無料です。詳しく説明してくれました。- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2022年05月01日
総合評価:4.0
連休初日に、成田空港に行くと見せ掛けて、電車を乗り継ぎ、「東成田」という駅で下車しました。
凄い雰囲気でした。このときは広い地下ホームに私1人。島式ホーム2面、線路が4本有りますが、使っているのは半分のみで、残り半分は消灯されていました。
1978年(昭和53年)5月に成田空港が開港し、このとき、「京成上野駅」から「成田空港駅」までが京成本線でした。1991年(平成3年)3月に第1ターミナル直下に新たな「成田空港駅」ができ、当初の「成田空港駅」が「東成田駅」に、京成成田駅から東成田駅までが「東成田線」となりました。
東成田駅は閑散としていますが、元はターミナル駅であり、立派なコンコースが有ります。成田空港への地下道が有り、主に空港への通勤客が使っているそうです。コンコースで他の見物客が居ました。あの人も変態さんかな。
地上には冊が多く、歩行者が行ける所が限られています。第5ゲート側より地上へ出て、行ける方へ進みました。この駅も秘境駅だな。- 旅行時期
- 2022年04月
- 施設の快適度:
- 3.0
-
投稿日 2022年04月17日
総合評価:4.0
土曜日の午後、京成本線の秘境駅「大佐倉駅」で下車し、北西側の裏口より本佐倉城を登城しました。
深い堀が有り、観光用の整備がされておらず、まさに、ワクワクする攻城でした。
北東端では印旛沼を臨む広大な低地を見晴らせました。東山虎口より標識に導かれ、南側の城山まで登りました。佐倉市と酒々井町に跨る城です。
南東側が城跡の入り口で、駐車場と案内所が有ります。案内所には模型等の展示が有り、ガイドさんから詳しい説明を聞きました。
千葉氏の本拠地の城だったそうです。半島状の複雑な地形の丘陵で、湿地に囲まれ、守りに有利な地で、北に印旛沼の湊が有ったそうです。- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2022年03月06日
総合評価:3.5
「21世紀の森と広場」は千駄堀池の自然を残し活かした公園だそうです。
千葉県道51号線けやき通りを北から歩いて訪れたのですが、なかなかは入れませんでした。この道路の西側の歩道沿いに入り口は1か所のみのようです。
50.5haの広大な公園に出入り口は5か所のみのよう。この公園に入ると、閉じ込められたような感じがしました。
県道の歩道より入った所に「松戸市立博物館」が有ります。私の観覧料は310円でした。
古代、石器や土器、中世の氏族や城、昭和の公団住宅などの展示が有ります。縄文土器は縄文人からのメッセージだと想い、眺めました。
原寸大の常盤平団地の鉄筋コンクリート造の躯体と昭和な屋内がそのままに復元されており、面白かった。博物館は見応えが有りました。
なお、梨の品種「二十世紀」は鳥取県でたくさん栽培されていますが、この松戸市が発祥の地です。- 旅行時期
- 2022年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.5
-
投稿日 2022年03月06日
総合評価:4.0
JR常磐線の北小金駅の南に本土寺(ほんどじ)参道が通っていますが、「本土寺」は北小金駅の北に有ります。駅の北側の高台の参道を歩き、立派な仁王門をくぐると、本堂の前が窪んでいます。
日蓮宗の本山の寺格のお寺で、山号は「長谷山」(ちょうこくさん)。Wikipediaによると、もとは平賀氏の屋敷跡。千葉氏家臣の曾谷教信(そや きょうしん)殿が法華堂を建て、日蓮上人の弟子の日朗(にちろう)上人が建治3年(1277年)に開山したとのこと。
広い境内で、たくさんの歴史を感じる建物やそれらを繋ぐ渡り廊下が巡らされており、その間に池が有ります。エスニックな金色の尖塔は昭和5年に建った宝物殿です。
アジサイ、菖蒲、紅葉で有名だそうですが、3月のいずれも見えない時季でした。梅が少々咲いており、混雑していない境内をのんびり見物しました。
本堂へお参りしました。本堂の横に武田氏家臣の秋山虎康殿の娘で徳川家康公の側室となった秋山夫人のお墓が有ります。
五重塔も立っています。見所の多いテーマパークのようなお寺です。- 旅行時期
- 2022年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2021年12月19日
総合評価:3.5
土曜日の朝霞市の散策で「朝霞市博物館」へ寄りました。ここはJR武蔵野線北朝霞駅、東武東上線朝霞台駅の東約1kmです。入館無料です。
この辺りは遺跡が多いようで、土器等が多数展示されています。
近代には水車が活躍したようで、水車の展示が有ります。
東武東上線とJR武蔵野線が交差しており、それぞれの歴史など、鉄の展示も有ります。鉄道模型の電車がゆっくり走っていました。- 旅行時期
- 2021年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2021年12月19日
総合評価:4.0
朝霞市「根岸台」という地名、台地の際で、木の根のように谷が入り込んでいます。土曜日の散策で、そこに有る「旧高橋家住宅」に寄りました。
茅葺の主屋を中心に附属屋が建っており、農家ですね。ここは移築ではなく、この場所に存していたもののよう。国の重要文化財だそうです。
主屋でおじさんがカマドで火を炊き、建物をいぶしていました。座敷に上がり、見学しました。1室が割った竹を敷いた床となっています。木の板の床よりも古い時代の形式だと思います。
隣の根岸台市民センターの1階にも資料が展示されていました。- 旅行時期
- 2021年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2021年12月12日
総合評価:4.0
観光で大谷へ訪れ、大谷石の奇岩奇形が連なる風景に改めて驚きました。
道路からしばらく歩き、大谷資料館の建物に着きました。私の入館料は800円でした。資料館の展示は昭和のままの感じで、小ぢんまりとしていました。
地下採掘場跡への階段を下りました。地下の巨大空間の見物が素晴らしかった。奥へと続く空間、空間の広がり、巨大な石のボリューム等を感じました。
所々に芸術や様々なロケの写真等が展示されています。様々な人が来ているようです。
全くバリアフリーではありませんが、階段は安全で、通りやすかった。- 旅行時期
- 2021年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2021年11月06日
総合評価:4.0
新府城は天正9年(1581年)に武田勝頼公が築きましたが、その武田家は翌天正10年(1582年)に滅亡してしまいました。
短期間で作られたはずですが、広くて、複雑で、攻められにくい城だったと思います。釜無川と塩川に挟まれた台地上のこの地形はえげつないと感じました。交通の要衝でもあります。
南側に大手門跡と三日月堀跡が有りますが、道路から大手門まで直接行ける道が有りません。無くなってしまったのでしょうか。大手門に道が無いのが不思議でした。
本丸の東側に急な石段が有ります。本丸に藤武神社が有り、お参りしました。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2021年11月06日