がおちんさんへのコメント一覧(5ページ)全113件
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民度
がおちんさ〜ん!
最初に行かれた上海の記事、大変興味深く拝見しました〜♪
おっしゃる様に、1990年前後ってまだまだ民度も今と比べてかなり低かったのですね〜^^。
・・・そして、雲南へ・・・
とっても面白いです!
って言うか、これぞ冒険旅行〜\(^o^)/
又、拝見しに来ますね〜♪
ではでは〜〜〜^^
多良
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ご無事で何よりでした。
22年前のがおちんさん、それに奥様もお若いですね!
しかもたくましい!
どんなトラブルかとドキドキしながら読み進めたのですが。
なんとまぁ、ソッチの方の災難でしたか。
ご無事で何よりでした。
ワシもそーいえば、若いころに白人にケツを狙われたことがございます。
若い日本人はキュートに見えるらしい。
ワンコが子供の雲古をたべちゃうところがすごいですね。(⇒西原理恵子とか椎名誠の旅行記にもあります)
ちなみにワシは、狼がイヌになったキッカケは、ニンゲンの雲古をエサにすることを覚えたからではないかと空想してるるヒトです。RE: ご無事で何よりでした。
こんにちは。
鯨の味噌汁さんもそういうトラブルを経験されましたか(笑)。
例の寺ですが、もし一人旅だったら絶対に逃げ出していたと思います。旅先じゃ何が起こるかわかりませんね。
> ワンコが子供の雲古をたべちゃうところがすごいですね。
少数民族の村にはトイレが無いので、その辺で済ますわけですが、犬や豚が察知して集まって来るんです。油断すると犬に尻を舐められてしまうので、いつも石や棒を用意していました。しゃがんでいると、食べる順番をめぐって犬がケンカを始めるので怖かったです。
まあ、その犬が家の中にある料理用の水を飲んでいたのが、もっとショックでしたが(笑)。2012年04月24日16時47分 返信する -
こんなに情緒が残っている時代に行かれたとは本当に羨ましい!
こんばんは。
>右端では小さな子がウンチすると、すかさず犬が食べてしまい、おしりも舐めあげているの図。
思わず拡大して見てしまいました。(笑)
青鼻垂らした子供達もまさに自由に伸び伸びしている感じがします。子守りのお姉ちゃん達もこの年でしっかりと兄弟の世話をしていて健気です。
きっと今は激変(?)した村(あるいは街)に住んでいるであろう彼らは、この当時を振り返ってみることはあるのでしょうかね。
>前回の滞在では非礼なふるまいをしてしまったので、今回はプレゼントを持ってきた。
あ!覚えています。その言葉にピンときて、ちょうど3年前2009年3月に再訪された「【雲南省旅行記 2009】Vol.4 再びプーラン族の村へ」も一緒に合わせて読みました。
>最初は子供の服→部屋のすだれ→孫のおんぶ布と、19年間も使い続けてくれていた。
ほんとに嬉しくなってくる話です。Dさんも当時のお顔の面影が十分残っていますね。
この当時を巡られたがおちんさんが本当に羨ましくなってきます。 -
小泉さんではないけれど、感動をありがとう!!
がおちんさん、お久しぶり。
こちら4トラベルで頑張っていますね(^0^)
〜瀘沽湖、青春の思い出をもう一度〜2011年雲南・四川の旅〜
読んですごく感銘を受けました。
と申しますのは、私も瀘沽湖を4年前に訪ねたことがあるからです。
周りの風景も湖の景色もあの頃とあまり変わっていません。
何より感動したのはH君とZ君と出会いシーンです。
それから想い出を個所を重ね合わせて撮ったショットも素晴らしいですね。
しかし何と言っても、お互いの記憶の中に今も存在していたとは・・・
これが本当の友情、生涯の宝物ではなかろうかと思います。
僕もいつかプノンペンのバイタクのトシとマサルに合いに行きたい。
とは言うものの、
はたして彼らが今、プノンペンに元気でいるかが疑問ですけど・・・
RE: 小泉さんではないけれど、感動をありがとう!!
がまだすさん
ご無沙汰しています。コメントをありがとうございました。
> 〜瀘沽湖、青春の思い出をもう一度〜2011年雲南・四川の旅〜
>
> 読んですごく感銘を受けました。
> と申しますのは、私も瀘沽湖を4年前に訪ねたことがあるからです。
> 周りの風景も湖の景色もあの頃とあまり変わっていません。
おお、がまだすさんも瀘沽湖に行かれたのですか。
その土地で出会った人との交流が深いほど、心に残る旅になりますよね。今回は正直言って彼らに会えるか不安でした。21年も経てば世の中も変わっているし、自分の人生もそうであるように、彼らの人生にもいろいろあっただろうからです。引越しをしているかもしれないし、病気や事故で亡くなっているかもしれない。運にかけて出かけました。
> 何より感動したのはH君とZ君と出会いシーンです。
> それから想い出を個所を重ね合わせて撮ったショットも素晴らしいですね。
> しかし何と言っても、お互いの記憶の中に今も存在していたとは・・・
> これが本当の友情、生涯の宝物ではなかろうかと思います。
彼らに会えたときは嬉しくて、胸がドキドキ鳴り出しました。皆が元気で本当に良かった。思い出の場所に向ったときは、4人とも気分は20代の青年に戻っていました。同じ場所でのショットは、しまっておいた宝物を皆で再確認したような気持ちです。
> 僕もいつかプノンペンのバイタクのトシとマサルに合いに行きたい。
> とは言うものの、
> はたして彼らが今、プノンペンに元気でいるかが疑問ですけど・・・
時が経っても会いたいと思う人であれば、相手もがまだすさんに会いたいと思っているはずですよ。それこそが、旅の最も素晴しい部分ではないでしょうか?
がおちん2012年01月05日07時50分 返信する -
この時代に行ってみたい!!
>中国で急激に反日表現が目立つようになったのは、1994年に江沢民政権が「愛国主義教育実施要綱」を出してからである。
ふーむ、そうだったんですか。
>「大丈夫、おいでよ」とミャンマー青年が誘う。
なんか、いいですね〜〜〜〜。
国境をまたぐ、なんては本来はドラマチックな感じがするのでしょうけれど、このゆる〜〜い感じがたまりませんね。
今ではもうこんなことは地元の人でも許されないんでしょうか。
黒色走廊、3分しかありませんでしたがYou Tubeで見ました。
瑞麗、昆明らしきところはほとんどカットされていましたが、
今となっては図らずも貴重なシーンになっているんでしょうね。
不便さを取るか、情緒も無い近代化を取るか。でも今の中国の近代化は情緒が無さすぎのような気が。
ウイグルも雲南もそうですが、もうちょっと配慮してもらいたいですね。RE: この時代に行ってみたい!!
captainfutureさん
> 国境をまたぐ、なんては本来はドラマチックな感じがするのでしょうけれど、このゆる〜〜い感じがたまりませんね。
おそらく雲南で最も印象が変わったのが、ここだと思います。グーグル画像で「姐告」と検索してみてください。当時の面影は全くないです。
> 黒色走廊、3分しかありませんでしたがYou Tubeで見ました。
> 瑞麗、昆明らしきところはほとんどカットされていましたが、
> 今となっては図らずも貴重なシーンになっているんでしょうね。
映画の後半は雲南ロケなので、当時の長閑さや田舎っぽさは伝わってくると思います。私も久しぶりに動画を見たのですが、ストーリーとは関係ないところで楽しめました(笑)。
↓ここでフルバージョン(90分)が見れます。
http://v.youku.com/v_show/id_XMTg2MTEyNTMy.html
> 不便さを取るか、情緒も無い近代化を取るか。でも今の中国の近代化は情緒が無さすぎのような気が。
> ウイグルも雲南もそうですが、もうちょっと配慮してもらいたいですね。
同感です。民族独自のものを残しておいて欲しいですね。
がおちん2011年12月05日10時34分 返信するRE: RE: この時代に行ってみたい!!
がおちんさん、
>グーグル画像で「姐告」と検索してみてください。当時の面影は全くないです。
見ました。スゴイ変わり様です!
>ここでフルバージョン(90分)が見れます。
さすが中国、フルバージョンがUPされているっていうところもこれまたスゴイです。^^; あとでじっくり見てみます!2011年12月05日23時13分 返信する -
秋をおすそ分けしてもらいました。
ご無沙汰しております。
田んぼ独特の稲穂のいい香りがここまでしてきそうです。
バス停のところなんか寅さんがひょっこり出てきそうですね〜。
このかかしのおばさん、中腰の具合があまりにリアル過ぎます(^^)!
移住されてもう1年半経つのですか〜。
僕も都合がつけばそういう空気が綺麗な環境で暮らしてみたいです。
続編楽しみにしています。 -
ハンワグのブーツ
Halonです。ご無沙汰しています。
7月に瀘沽湖に行かれることは掲示板で見て知っていたのですが、旅行記開始に気づくのが遅れてしまいました。
犬に噛まれた話、命拾いしましたね。
皮製の登山靴がここで役に立つとは思いませんでした。
やつらは弱いところを知っていて、アキレス腱を狙って噛んでくるようです。
僕も旅行中に足元で犬に吠えられて「もうだめか」と思ったことがありましたが、なんとか噛まれずに済んでいます。
辺境の村を訪ね歩くときは頑丈なブーツかプロテクターが必須かもしれませんね。
それにしても断崖の地に広がる村は、現実ではないような不思議な風景ですね。
こんな場所で犬に噛まれたら生きた心地がしません。
RE: ハンワグのブーツ
Halonさん
ご無沙汰しております。
> 犬に噛まれた話、命拾いしましたね。
これまで犬とは何度も対峙してきましたが、噛みつかれたのは初めてでした。
ヘトヘトに疲れていたので、集中力が切れてしまったようです。おっしゃるとおり、あいつらは後ろに回って足首を狙ってきますね。今回は無事でしたが、あとからジワジワと恐怖感がわいてきました。それと崖から落ちそうになって冷や汗をかきました。辺境の地では何かあっても自力で切り抜けないとならないのが辛いですね。
> 断崖の地に広がる村は、現実ではないような不思議な風景ですね。
仙人でも出てきそうな雰囲気でした。あの谷で生まれて、一生をそこで過ごす。少し前までは、そんな人々も多かったのだろうなと思いました。2011年09月30日05時42分 返信する -
青春の思い出
すばらしい再会でしたね。
同じ場所で同じポーズの写真。
若かったころの自分たちを探しに行ったんですね。
「青春の思い出」って、ホントにベタなタイトルですけど。
それ以外に言いようがないですね。
10年後はともかく、20年後だと、みんなオジーチャンになっちゃいますね。
孫を抱えての再会になりそう…
ひとつ素朴な疑問。
なぜこんな南の地に蒙古族が住んでいるのかしら。
チンギスハン遠征の末裔なのでしょうか。
(⇒見落としていたらゴメンナサイ)
蒙古族の保存肉、ウワサには聞いていましたがはじめて見ました。
司馬遼太郎さんは羊の肉を乾燥させて保存食にして、日本まで持ってきた老人の話を書いていましたが、ブタでもやるんですね。
RE: 青春の思い出
鯨の味噌汁さん
長い旅行記におつき合いくださり、ありがとうございます。今回の旅は特に思い入れが強かったので、しつこくなってしまいました。
>若かったころの自分たちを探しに行ったんですね。
同じポーズの写真は、彼らのほうがノリノリでした。20年後にもやってみたいと思います。
> ひとつ素朴な疑問。
> なぜこんな南の地に蒙古族が住んでいるのかしら。
彼ら自身は、1253年にフビライ軍が大理国を攻めた時の末裔であると語っています。フビライ軍は、今の甘粛省のほうから四川省の木里、塩源に至り、永寧から山を越えて金沙江を渡り、麗江から大理に侵攻し、大理国は滅びました。
瀘沽湖の雲南側に住むモソ人(永寧納西族)と言葉や服装、通い婚などの習慣などはほとんど同じですが、中国解放後に四川側は蒙古族、雲南側は納西族とされました。モソとは納西族の古名をさすそうです。昔、ちょっと習った話を書いてありますので、よろしければ参考にしてください。
http://www.yunnanlegend.com/diary/index.html
↑「モソ人とは」という段落です。
また、フビライ軍が大理に向かう途中、金沙江を皮袋に乗って渡ったという場所が何ヶ所かあるようです。このあとの、金沙江トレッキング【その6】に、「革囊渡」というのが出てきますが、ここもそのときの遺址だそうです。
> 蒙古族の保存肉、ウワサには聞いていましたがはじめて見ました。
> 司馬遼太郎さんは羊の肉を乾燥させて保存食にして、日本まで持ってきた老人の話を書いていましたが、ブタでもやるんですね。
瀘沽湖周辺に住む少数民族は豚の保存食を作ります。長い間交通が不便だったことや、この地方の気候や地形などの環境に適した保存方法なのだと思います。
がおちん2011年09月09日21時04分 返信する -
泣けます泣けます
>玄関に掛かる額の中に、私の写真が2枚あった。
>21年も入れていてくれたのだ。
写真の中のセーネンから21年経過して
「白髪が増えたな」。
21年間、毎日見て、思い出してくれていたんですね。
がおちんさんと出会えたことを、ずっと大切にしていてくれたんですね。
私の泣けました。



