がおちんさんへのコメント一覧(6ページ)全113件
-
会話
こんにちは
お久しぶりです
四川での再会 すばらしいですね。
旧友との再会は格別でしたでしょう。
薬の論議の会話 あういう会話でもお分かりになるんですね。
すごいです。
没有ぐらいしかわからなかったですよ。私は・・・。2011年08月29日11時28分返信する -
感慨深い一日となりましたね〜。
コメントは最終回になってからと思っていたのですが・・・。
はるばる行って来たかいがありましたね〜〜〜〜〜!!!
額縁に当時の写真をまだ飾ってくれていたというのも感動です。
街の様子が変わっても当時と同じように接してくれる人情というのは嬉しいですよね。
それも言葉が出来るからこそ、ここまで深い交流ができるのだと思うと、がおちんさんが羨ましくなりました。
続編楽しみにしております。 -
ディープ・サウス・チャイナ
がおちんさん、
ご無沙汰しております、鯨の味噌汁です。
行ってらしたのですね、ディープ・サウス・チャイナの旅。
定点観測のがおちんさんにとって、変わったところ・変わらないところを確かめるようにして歩く旅なのですね。
民族衣装が少なくなり、お祭りが大規模になり、クルマだらけになり。
けれども大家族で、みんながいっしょになってゴハンを食べるところは変わっていないんですね。
大家族が遠い昔の話になってしまった日本人にとっては、懐かしく感じる光景ですね。RE: ディープ・サウス・チャイナ
鯨の味噌汁さん
こんにちは、コメントをありがとうございます。
> 行ってらしたのですね、ディープ・サウス・チャイナの旅。
昔の旅行記を書いてたら懐かしくなり、今年は瀘沽湖を再訪することにしたのですが、サニ族の友人が「雲南に来るなら石林に寄れ」と言ってくれたので、今回は石林から旅を始めることにしました。
> 定点観測のがおちんさんにとって、変わったところ・変わらないところを確かめるようにして歩く旅なのですね。
さすが鯨の味噌汁さん、次回からは定点観測が沢山出てきます(笑)。
若いときに交流した少数民族の人たちの印象が強烈だったことや、この20年間で彼らの生活環境が激変したことなどが、いろいろ絡み合っての想いになっていると自覚しています。雲南以外の地域や他の国を旅行しても、あまり思い入れが無いんです。
何十年しかない人生の間で、20年ぶりに会いに行きたくなる人や地域って、私の場合は雲南がダントツに多いです。
がおちん2011年08月23日17時21分 返信する -
昆明から悪路4日もかけて来たかいがホントにありましたね。
今回もいい〜な〜〜、を連発しながら拝見しました(笑)。
写真のがおちんさんも若い!
今はどうなっているんだろう、まだ少しでもこのような情緒が残っているなら是非行かねば!と思い「瀘沽湖・左所」で検索すると・・・、あれあれあれ・・・、がおちんさん、他にHPお持ちだったんですね。
こちらの方が詳しく解説されているので、むさぼるように読ませて頂きました。
>ザックを開けると、Z君からの手紙が入っていた。
・・・泣かせますね。
地元の人たちとの、しかも同世代との沢山の友情の思い出がこれほどまでに凝縮された旅、いつまでも忘れられないでしょうね。
今でも彼らは元気に暮らしているのでしょうか、漢化もされずにいればいいのですが・・・、気になるところですね。RE: 昆明から悪路4日もかけて来たかいがホントにありましたね。
captainfutureさん
こんにちは。さすがに21年も経つと、顔も体型もえらく変わりますね(笑)。自分ではそんなに変わってないつもりなのですが、写真を見ると歴然です。
>>がおちんさん、他にHPお持ちだったんですね。
実は2009年の旅で雲南への思いが再燃してしまい、HPを作ったのですが、4トラベルのほうが簡単に作成できるため、旅行記はこちらへアップすることにしました。HPは更新する時間も無いので、そのうち閉鎖するつもりです。
> 今でも彼らは元気に暮らしているのでしょうか、漢化もされずにいればいいのですが・・・、気になるところですね。
今回の旅行記を作成していたら、私もふと彼らに会いたくなってしまい、今年の7月に瀘沽湖に行くことにしました。ただ、旅行記の感想をメールしてくださった方によると、現在の瀘沽湖はすでに俗化されているそうです。残念ですが、今や日本からもツアーが出ているほどですから仕方ありませんね。
彼らに再会できるかわかりませんが、とりあえず行ってみます。
がおちん2011年04月30日18時48分 返信するRE: RE: 昆明から悪路4日もかけて来たかいがホントにありましたね。
>彼らに再会できるかわかりませんが、とりあえず行ってみます。
おお、そうでしたか。
彼らに再会できることを僕も念じております。
俗化されているといえども、どこか当時の面影が残っているといいですね。再訪のご報告、楽しみにしております。2011年04月30日19時11分 返信する -
■世界の美しい湖 コミュニティご参加ありがとうございます。
がおちんさん、こんにちは!
「■世界の美しい湖」コミュニティ管理人のbigwellです。
この度は、コミュニティにご参加いただきありがとうございます。
「絶景!未開放の瀘沽湖(ルグフ)へ〜雲南をゆく1990 (9)」拝見しました。
雄大な風景、鏡のような湖面、湖畔で生活する人々。感動の旅が伝わってきます。
旅先で出会った美しい湖を、その時感じたご感想と共にご紹介ください。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
by bigwell
-
彝族
がおちんさん、こんにちは
良いですね、この雰囲気。
でも1990年から20年以上経ったいまは、まるっきり違った風景になっているのかもしれませんね。でも行って見たいです。
ところで「彝族」ってどう読むのですか?
TedRE: イ族です
Tedさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。
文山は2009年に再訪したのですが、すっかり都会になっていました。
旧市街には昔の面影も感じられましたが、民族衣装で歩いている人はおらず、ただ通り過ぎてしまいました。↓そのときの旅行記です。
http://4travel.jp/traveler/gaochin/album/10407503/
> ところで「彝族」ってどう読むのですか?
「いぞく」です。雲南省や四川省に多く暮らしています。
人情があって義理堅く、熱い心を持った人々です。今回の震災に関しても、彝族の友人や知人からは手紙や国際電話をいただきました。2011年04月06日17時09分 返信するRE: RE: イ族です
がおちんさん、こんにちは
2009年の旅行記みました。
まるで違う街になっているのですね。
「西洋化」が「近代化」と言うなら、ブータンのように近代化を拒むのも一つの生き方のようなきがします。
イ族って魅力的ですね。
また来ます。2011年04月07日14時55分 返信するRE: RE: RE: イ族です
Tedさん
同感です。日本もそうですが、便利さと引きかえに人情や個性が失われ、損得勘定で生きる人間が増えるのが西洋化=近代化の現実ですね。
彝族をはじめ少数民族の人が、いつまでも個性を失わないでいて欲しいと願っているのですが、もうこれからの中国では無理かもしれません。
ヨセミテの旅行記、また拝見させていただきます。
がおちん2011年04月07日19時55分 返信するRE: RE: イ族です
がおさん
こんにちは!
雲南省麗江市寧蒗県出身のイ族です。
ルグフの文章を拝見しました。10年前のこととは言え、がおさんの文字を読むたび、ルグフでの思い出が生き生きと浮かんできます。
私もルグフが大好きです!
お会いできて嬉しいです!
機会があればぜひまた麗江へ足を伸ばしてください。2011年07月22日18時12分 返信するRE: 瀘沽湖
敏さん
はじめまして、がおちんです。
返事が遅くなってごめんなさい。
敏さんは寧蒗県出身なのですね? では小涼山彝族の方でしょうか。
実は、敏さんにコメントをいただいた7月22日より雲南へ行っており、本日帰国したところです。麗江から寧蒗への道が雨で不通となってしまい、急遽、攀枝花-盐源を経由して瀘沽湖へ旧友を訪ねてきました。
寧蒗では1990年の火把节に参加したことがあります。とても懐かしい思い出です。
近々、今回の旅行記も載せますので、また見に来てください。2011年08月05日11時24分 返信するRE: 彝族
> がおちんさん、こんにちは
返信ありがとうございます。
お話したとおり、寧蒗県は小涼山で、四川省は大涼山です。私は寧蒗県地元のイ族です。中学校二年の時麗江市へ引っ越してきました。今は北京で院生生活を送っています。
7月の末に私も寧蒗へ親友訪問に行ってきましたよ。麗江へ戻る途中、土石流が発生し、2時間も待たせて、いらいらした私はタクシーを拾って、また寧蒗方向へ向かいました。
機会があれば、私たちと一緒に火把节を過ごしましょうか。
2011年08月18日11時43分 返信する -
順城街
なつかしの順城街が!そうです、この風景ですよ!10年ぶりに今頭の中に当時の思い出が鮮明によみがえってきました。僕もよく通ったなあ・・・ぐすん。
今ほど当時のフィルムをなくしてしまったことを後悔したことはありません。これからも懐かしい雲南の姿を見せていただけるのを楽しみにしていますね。
-
涙が出てきました
がおちんさん、ご無沙汰しております。東京に戻ったシュンスケです。
1990年の昆明、こんな姿だったんですね。今も面影を残す民院の正門を見て不覚にも涙が出てしまいました。昨年の話では今年2011年には北のほうに学校ごと移る予定のようです。今の場所からなくなる前にもう一度この目に焼きつけておきたいです。
この後98年の花博に向けて急ピッチに再開発が進んだと聞いています。僕がいた2000年には、すでに写真のような町並みは残っていなくて、雲南省博物館付近の順城街にわずかに残されていただけでした。
その順城街も僕のいた間に再開発が進んで今では新しく老街が建設されたと聞いています。順城街は回族のシシカバブ屋が屋台を並べていて、そこを歩くのが毎週末の楽しみでした。10年早く生まれたかったです。
今の昆明も住みやすくていい街なんですけど、昔を知るものからすると別の街ですよね。これからも昔の雲南楽しみにしています。RE: 涙が出てきました
シュンスケさん
ご無沙汰しております。残念ながら中国で白酒を酌み交わすことは叶わなくなってしまいましたね。
> この後98年の花博に向けて急ピッチに再開発が進んだと聞いています。僕がいた2000年には、すでに写真のような町並みは残っていなくて、雲南省博物館付近の順城街にわずかに残されていただけでした。
そうなんです。90年から91年はゆるやかだったのですが、92年、93年になると開発が加速し始めました。小西門から雲南飯店あたりの東風西路は高い街路樹が植えてあり、強い日差しを避けられる心地よい散歩道だったのですが、市長が変わると道路を拡張する際に木を全部切ってしまったそうです。古い建築物も壊し、中国のどこでもあるような漢族の町になってしまいました。95年から96年には車が渋滞するようになり、昆明からのどかさが消えてしまった。あっという間の数年間でした。
その後、古鎮遊ブームが起きたのは皮肉ですね。しかし古鎮も少数民族の祭りも観光化されてしまいました。
今はただ懐かしいです。
がおちん2011年03月29日21時03分 返信する -
時間を遡りたくなる
がおちんさん、おはようございます。
モンフンとその周辺の旅行記、読ませてもらってます。
時々出てくる、おばさんの「オウ!」っていう相槌ち、いいですね。
こう言われると、意思が伝わっている以上に、仲間に入れてもらっているような気がします。
それにしてもいい時代に、いい所に行かれましたね。
今となってはタイムマシンがない限り、この風景には辿り着けません。
がおちんさんの旅行記は、時間を経るごとに輝き増していくことでしょう。
ロンタン村で立ち寄られた民家の中は、僕がサパで見た光景とも少し重なります。
昔の雲南には会えないけれど、それに近い風景を求めて、雲南やベトナムやラオスの奥地を探索してみたくなりました。
RE: 時間を遡りたくなる
Halonさん
お久しぶりです。返事が遅くなって申し訳ありません。コメントをありがとうございました。
モンフンと周辺の村を歩き、それまで自分の持っていた価値観がひっくり返りました。少数民族の人たちは生活は貧しくても、明るい笑顔を持ち、他人にも優しい。豊かさとは何だろうと考えさせられました。これまでで最も印象に残る旅のひとつでもあります。
つい、こないだのような気がするのですが、もう22年も過ぎてしまいました。記憶よりも現実世界の変わり方がはやく、ちょっととまどってしまいます。
Halonさんの新しい旅行記も、ゆっくり読ませてもらいますね。
がおちん2011年03月29日19時22分 返信する



