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楽しかった瑞麗の街歩きに続き、ミャンマー国境めぐりへ。畹町(わんちょう・ワンディン)、屯洪、姐告、弄島の4ヶ所をまわりました。<br /><br />社会主義市場経済が導入される前の辺境貿易は細々としたもので、現在ビルが立ち並ぶ姐告口岸には、水牛が国境をまたいで草を食べていました。<br /><br />のどかだった時代の瑞麗旅行記です。<br /><br /><br /><br />

対外開放された直後の瑞麗(国境編)~雲南をゆく1990 (14)

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1990/07/31 - 1990/08/02

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がおちん

がおちんさん

楽しかった瑞麗の街歩きに続き、ミャンマー国境めぐりへ。畹町(わんちょう・ワンディン)、屯洪、姐告、弄島の4ヶ所をまわりました。

社会主義市場経済が導入される前の辺境貿易は細々としたもので、現在ビルが立ち並ぶ姐告口岸には、水牛が国境をまたいで草を食べていました。

のどかだった時代の瑞麗旅行記です。



同行者
カップル・夫婦
交通手段
高速・路線バス 自転車 徒歩
  • 1990年7月31日(火)<br /><br />今日は瑞麗の街からミャンマー国境を見に行く。<br /><br />地元の人から情報を仕入れたところ、4ヶ所ほど回れそうだ。

    1990年7月31日(火)

    今日は瑞麗の街からミャンマー国境を見に行く。

    地元の人から情報を仕入れたところ、4ヶ所ほど回れそうだ。

  • まずは畹町(わんちょう・ワンディン)の国境へ、ミニバスで向う。<br /><br />どうやら、そこが唯一の貿易拠点となっているらしい。<br /><br />

    まずは畹町(わんちょう・ワンディン)の国境へ、ミニバスで向う。

    どうやら、そこが唯一の貿易拠点となっているらしい。

  • 30分ほどで畹町(ワンディン)へ到着。<br /><br />写真は、当時の雲南では「おおっ」って思ったモダンなビルディング。屋上に掲げられたサインが自慢げだ。<br /><br />ところが完成しているのは外装のみで、内部はガラーンとしたまま。<br /><br />対外開放に合わせて建てようとしたけど、間に合わなかったのだろう。<br />

    30分ほどで畹町(ワンディン)へ到着。

    写真は、当時の雲南では「おおっ」って思ったモダンなビルディング。屋上に掲げられたサインが自慢げだ。

    ところが完成しているのは外装のみで、内部はガラーンとしたまま。

    対外開放に合わせて建てようとしたけど、間に合わなかったのだろう。

  • ワンディン国境に到着。<br /><br />暑くてゆるーい雰囲気のなか、国境検査の係員が暇そうに座っていた。<br /><br />

    ワンディン国境に到着。

    暑くてゆるーい雰囲気のなか、国境検査の係員が暇そうに座っていた。

  • 写真を撮ってもいいかと、聞きにいく。<br /><br />「橋を渡らなければ構わない」と快諾。<br /><br />

    写真を撮ってもいいかと、聞きにいく。

    「橋を渡らなければ構わない」と快諾。

  • 後ろにある橋がミャンマーとの国境。<br /><br />ワンディンもかつて抗日戦争の舞台となった場所である。<br /><br />

    後ろにある橋がミャンマーとの国境。

    ワンディンもかつて抗日戦争の舞台となった場所である。

  • 畹町橋のプレート。<br /><br />「1938年に石の橋が建てられ、抗日戦争時に破壊されて鉄製の橋がかけられ、現在のものは1979年に修復された」と、橋の由来があっさり書かれてある。<br /><br />当時は今のような反日的な表現はされておらず、のちに戦跡として有名になるとは思いもしなかった。中国で急激に反日表現が目立つようになったのは、1994年に江沢民政権が「愛国主義教育実施要綱」を出してからである。それまでの中国の対応はもっとスマートだった。留学中は「悪いのは軍国主義であって、日本人が悪いわけではない」と中国の人から言われたものだが、今や日本人そのものが憎まれる対象になってしまった。<br /><br />現在、この橋には写真展示や抗日戦争勝利60周年記念の碑まで立っているそうだ。ずいぶん雰囲気も変わったことだろう。<br /><br /><br /><br />

    畹町橋のプレート。

    「1938年に石の橋が建てられ、抗日戦争時に破壊されて鉄製の橋がかけられ、現在のものは1979年に修復された」と、橋の由来があっさり書かれてある。

    当時は今のような反日的な表現はされておらず、のちに戦跡として有名になるとは思いもしなかった。中国で急激に反日表現が目立つようになったのは、1994年に江沢民政権が「愛国主義教育実施要綱」を出してからである。それまでの中国の対応はもっとスマートだった。留学中は「悪いのは軍国主義であって、日本人が悪いわけではない」と中国の人から言われたものだが、今や日本人そのものが憎まれる対象になってしまった。

    現在、この橋には写真展示や抗日戦争勝利60周年記念の碑まで立っているそうだ。ずいぶん雰囲気も変わったことだろう。



  • 国境の橋にはダイ族などが行きかい、ローカルな雰囲気が漂っていた。<br /><br />地元民は当然のようにフリーパス。<br /><br />裸足の女の子も、気軽に越境中。<br /><br /><br />※なお、この橋と国境検査室は、同年に製作された『黒色走廊』という映画のワンシーンに出てきます。麻薬取調べのシーンが、いかにもという感じで笑えます。<br /><br />主演はブルース・リーのそっくりさん俳優で有名な呂小龍(ブルース・リ、またはブルース・レ)だけあって、完全にC級作品ですが、黒煙を出しながら走るトラジや少数民族のエキストラなど、1990年当時の瑞麗を見ることができて楽しいです。<br />

    国境の橋にはダイ族などが行きかい、ローカルな雰囲気が漂っていた。

    地元民は当然のようにフリーパス。

    裸足の女の子も、気軽に越境中。


    ※なお、この橋と国境検査室は、同年に製作された『黒色走廊』という映画のワンシーンに出てきます。麻薬取調べのシーンが、いかにもという感じで笑えます。

    主演はブルース・リーのそっくりさん俳優で有名な呂小龍(ブルース・リ、またはブルース・レ)だけあって、完全にC級作品ですが、黒煙を出しながら走るトラジや少数民族のエキストラなど、1990年当時の瑞麗を見ることができて楽しいです。

  • 三脚を立ててタイマーで撮ったら、地元の人が写りこんでしまった。<br /><br />

    三脚を立ててタイマーで撮ったら、地元の人が写りこんでしまった。

  • ワンディンの市場にて。<br /><br />タイから入ってきた生活日常品や服などが売られている。<br /><br />昆明では流通していない品が多く、見ているだけで楽しかった。<br /><br />

    ワンディンの市場にて。

    タイから入ってきた生活日常品や服などが売られている。

    昆明では流通していない品が多く、見ているだけで楽しかった。

  • 次に向ったのは姐勒金塔。<br /><br />交通が不便なので行くのに苦労した。<br /><br />仏塔は田舎道を歩いた村の中にある。

    次に向ったのは姐勒金塔。

    交通が不便なので行くのに苦労した。

    仏塔は田舎道を歩いた村の中にある。

  • 姐勒金塔は、ダイ族の言葉で「廣母賀卯」と呼ばれる。<br /><br />瑞麗壩の仏塔という意味らしい。

    姐勒金塔は、ダイ族の言葉で「廣母賀卯」と呼ばれる。

    瑞麗壩の仏塔という意味らしい。

  • 中国の他の場所と同じく、文革時に破壊されたため、現在の仏塔は80年代に修復されたものだ。

    中国の他の場所と同じく、文革時に破壊されたため、現在の仏塔は80年代に修復されたものだ。

  • 姐勒は歴代の土司の館が建てられ、政治、経済、文化の中心となった地であるという。<br /><br />村には見事な木が生えていた。

    姐勒は歴代の土司の館が建てられ、政治、経済、文化の中心となった地であるという。

    村には見事な木が生えていた。

  • お堂にある釈迦牟尼仏の前でポーズをとる、地元の女性。

    お堂にある釈迦牟尼仏の前でポーズをとる、地元の女性。

  • 午後は瑞麗に戻り、街をブラブラ。

    午後は瑞麗に戻り、街をブラブラ。

  • タナカをぬった女性。<br /><br />瑞麗市街にはミャンマー人が多い。

    タナカをぬった女性。

    瑞麗市街にはミャンマー人が多い。

  • 瑞麗では蟹も食えるのだ。

    瑞麗では蟹も食えるのだ。

  • 1990年8月1日(水)<br /><br />今日もミャンマー国境めぐりを見に行く。<br /><br />朝食はミャンマー風味にアレンジされた米線にトライ。<br />タレがドロッとして、微妙なカレー味。<br /><br />アヒルの卵はしょっぱかった。

    1990年8月1日(水)

    今日もミャンマー国境めぐりを見に行く。

    朝食はミャンマー風味にアレンジされた米線にトライ。
    タレがドロッとして、微妙なカレー味。

    アヒルの卵はしょっぱかった。

  • 効率よく国境めぐりをするために、今日はオート三輪をチャーターした。<br /><br />荷台に乗り込んで出発。

    効率よく国境めぐりをするために、今日はオート三輪をチャーターした。

    荷台に乗り込んで出発。

  • まず向ったのが、瑞麗とミューズ(Muse)を結ぶ屯洪渡口。<br /><br />後ろが船着場だ。<br />

    まず向ったのが、瑞麗とミューズ(Muse)を結ぶ屯洪渡口。

    後ろが船着場だ。

  • ストゥーパのような形の標識。<br /><br />漢字とダイ族文字とピンインで表記されている。<br />

    ストゥーパのような形の標識。

    漢字とダイ族文字とピンインで表記されている。

  • 中国側の船着場。

    中国側の船着場。

  • のどかな雰囲気の中、ミャンマーに向けて小船が進む。

    のどかな雰囲気の中、ミャンマーに向けて小船が進む。

  • 国境警備員は川の水で掃除中。

    国境警備員は川の水で掃除中。

  • 瑞麗江を往復する小船と乗客。

    瑞麗江を往復する小船と乗客。

  • ミャンマー側の船着場。<br /><br />田舎っぽさがたまらん。

    ミャンマー側の船着場。

    田舎っぽさがたまらん。

  • オート三輪の運転手はダイ族の青年。<br /><br />寡黙だが親切な人だった。

    オート三輪の運転手はダイ族の青年。

    寡黙だが親切な人だった。

  • 次に向ったのは姐告の国境。<br /><br />ここは川を越えた向こうに国境があり、去年(1989年)できたばかりの姐告大橋を渡る。

    次に向ったのは姐告の国境。

    ここは川を越えた向こうに国境があり、去年(1989年)できたばかりの姐告大橋を渡る。

  • 橋は時間差による一方通行になっている。<br /><br />ちょっと待ってから、GO!

    橋は時間差による一方通行になっている。

    ちょっと待ってから、GO!

  • 瑞麗江を渡る。

    瑞麗江を渡る。

  • 風が気持ちいい。<br /><br />気分最高!

    風が気持ちいい。

    気分最高!

  • 姐告に到着。<br /><br />左手の小屋は検問所だが、別にチェックは無し。

    姐告に到着。

    左手の小屋は検問所だが、別にチェックは無し。

  • と、思ったら、竹で編んだ小屋の窓からは国境警備隊が睨みをきかしていた。<br /><br />怪しいと思われたら調べられるのかな?<br /><br />国境線はもうちょっと先に行ったところにある。

    と、思ったら、竹で編んだ小屋の窓からは国境警備隊が睨みをきかしていた。

    怪しいと思われたら調べられるのかな?

    国境線はもうちょっと先に行ったところにある。

  • 姐告の国境に到着。<br /><br />とても開放的なのだ。

    姐告の国境に到着。

    とても開放的なのだ。

  • ダイ族おばさん、ゆっくりとミャンマーに歩いていく。<br /><br />後ろでは水牛が草を食っている。

    ダイ族おばさん、ゆっくりとミャンマーに歩いていく。

    後ろでは水牛が草を食っている。

  • おそらく雲南省で一番ミャンマーに近い米線屋。<br /><br />国境線スレスレだ。

    おそらく雲南省で一番ミャンマーに近い米線屋。

    国境線スレスレだ。

  • こっちはミャンマーで最も雲南に近い屋台。<br /><br />モヒンガーを食べるには越境しなくてはならない。<br /><br />「大丈夫、おいでよ」とミャンマー青年が誘う。<br /><br />なんともゆるーい国境だった。<br />

    こっちはミャンマーで最も雲南に近い屋台。

    モヒンガーを食べるには越境しなくてはならない。

    「大丈夫、おいでよ」とミャンマー青年が誘う。

    なんともゆるーい国境だった。

  • 次は雲南で最も西南部にある、弄島の国境へと向う。<br /><br />その途中で、「ちょっと寺に寄って行きましょう」とオート三輪の青年。<br /><br />急ぐ旅でもないので同意する。

    次は雲南で最も西南部にある、弄島の国境へと向う。

    その途中で、「ちょっと寺に寄って行きましょう」とオート三輪の青年。

    急ぐ旅でもないので同意する。

  • 喊沙奘寺に着いた。<br /><br />緑に囲まれており、暑さが少しやわらぐ。

    喊沙奘寺に着いた。

    緑に囲まれており、暑さが少しやわらぐ。

  • 迫力ある大木。

    迫力ある大木。

  • 奘房の内部。<br /><br />仏像は新しかった。<br /><br />ここでも文革の嵐が吹いたのだろう。<br /><br /><br />

    奘房の内部。

    仏像は新しかった。

    ここでも文革の嵐が吹いたのだろう。


  • お供え物なのか、紙幣を並べて貼った垂れ幕のような物が吊るされている。<br /><br />ここの住職は面白い人で、「先日、重要な役で映画に出演したので、ぜひとも観てくれ」と言う。それが、ブルース・レ主演の「黒色走廊」だった。<br /><br />後日、昆明のデン池電影に観に行くと、たしかに映画には喊沙奘寺が出てきて、小坊主に説法する住職がアップで映っていた。ただ、瑞麗ではなくてミャンマーの寺という設定になっていたけど、住職はそれを知っていたのかなあ?<br /><br /><br /><br />※しつこいですが、この映画の感想をもう少し。<br /><br />『黒色走廊』では瑞麗や昆明がロケ地になったので、当時の雲南の様子が垣間見れます。夜の昆明のシーンでは、灯りの暗い広場で少数民族が踊っていたり、公安の車両が並んで登場したりします。瑞麗のロケでも、主演のレが屋台で米線食べるシーンや、ニセモノのワ族の踊りがあって、雲南ファンには笑えます。<br /><br />また、地下プロレスみたいな場所で大男が羊の内臓を出したり、演技の下手な白人ヒロインのアクション&amp;ラストシーンには呆れてしまいました。戦闘シーンでは戦車まで出てくるし、爆発する場面ではスタントマンは命がけと、変な所に見入ってしまう映画です。<br /><br />黒と言う字を簡体字にして『?色走廊』か、英語名「Vicious Passageway」で検索すると、ネットで動画が見れます。

    お供え物なのか、紙幣を並べて貼った垂れ幕のような物が吊るされている。

    ここの住職は面白い人で、「先日、重要な役で映画に出演したので、ぜひとも観てくれ」と言う。それが、ブルース・レ主演の「黒色走廊」だった。

    後日、昆明のデン池電影に観に行くと、たしかに映画には喊沙奘寺が出てきて、小坊主に説法する住職がアップで映っていた。ただ、瑞麗ではなくてミャンマーの寺という設定になっていたけど、住職はそれを知っていたのかなあ?



    ※しつこいですが、この映画の感想をもう少し。

    『黒色走廊』では瑞麗や昆明がロケ地になったので、当時の雲南の様子が垣間見れます。夜の昆明のシーンでは、灯りの暗い広場で少数民族が踊っていたり、公安の車両が並んで登場したりします。瑞麗のロケでも、主演のレが屋台で米線食べるシーンや、ニセモノのワ族の踊りがあって、雲南ファンには笑えます。

    また、地下プロレスみたいな場所で大男が羊の内臓を出したり、演技の下手な白人ヒロインのアクション&ラストシーンには呆れてしまいました。戦闘シーンでは戦車まで出てくるし、爆発する場面ではスタントマンは命がけと、変な所に見入ってしまう映画です。

    黒と言う字を簡体字にして『?色走廊』か、英語名「Vicious Passageway」で検索すると、ネットで動画が見れます。

  • 後ろにある大木の所が、住職が映画でお経をあげていた場所。

    後ろにある大木の所が、住職が映画でお経をあげていた場所。

  • 最後に向ったのは弄島の国境。<br /><br />通り雨が降ったので、道がぐっちゃぐちゃ。<br /><br />ダイ族の姉さんも自転車を押して歩くしかない。<br />

    最後に向ったのは弄島の国境。

    通り雨が降ったので、道がぐっちゃぐちゃ。

    ダイ族の姉さんも自転車を押して歩くしかない。

  • 田んぼの脇にポツンとあった、国境の石碑。<br /><br />何とも説得力の無い国境だ。<br />

    田んぼの脇にポツンとあった、国境の石碑。

    何とも説得力の無い国境だ。

  • 弄島も船の渡し場になっており、地元民は自由に往来していた。

    弄島も船の渡し場になっており、地元民は自由に往来していた。

  • ミャンマーから来た人々。<br /><br />これもいちおう国際航路なんだろうな。

    ミャンマーから来た人々。

    これもいちおう国際航路なんだろうな。

  • 国境の川で遊ぶ子供たち。

    国境の川で遊ぶ子供たち。

  • 対岸に見える、ミャンマーの寺。

    対岸に見える、ミャンマーの寺。

  • 国境の石碑と記念撮影。

    国境の石碑と記念撮影。

  • 瑞麗に帰るとき、オート三輪の運転手が連れて行ってくれたダイ族の村。<br /><br />この集落までが中国だという。<br /><br />写真は村にある井戸。

    瑞麗に帰るとき、オート三輪の運転手が連れて行ってくれたダイ族の村。

    この集落までが中国だという。

    写真は村にある井戸。

  • この先はミャンマー領になるそうだ。<br /><br />しかし道は続いている。

    この先はミャンマー領になるそうだ。

    しかし道は続いている。

  • 地元の人に自転車を借りて、ちょっとミャンマーまでサイクリングに行く。<br /><br />でも、何も変わらん(笑)。

    地元の人に自転車を借りて、ちょっとミャンマーまでサイクリングに行く。

    でも、何も変わらん(笑)。

  • 「版納みたい」と喜ぶ妻。<br /><br />元々そこに住んでた地元民からすれば、国境なんてあまり意味の無いものだろう。

    「版納みたい」と喜ぶ妻。

    元々そこに住んでた地元民からすれば、国境なんてあまり意味の無いものだろう。

  • シブイ家と、そこに住むミャンマーの子供。

    シブイ家と、そこに住むミャンマーの子供。

  • 思わぬオマケも楽しんで瑞麗へと戻った。

    思わぬオマケも楽しんで瑞麗へと戻った。

  • 1990年8月2日(木)<br /><br />楽しかった瑞麗の旅を終え、朝のバスで盈江経由で騰衝に向った。

    1990年8月2日(木)

    楽しかった瑞麗の旅を終え、朝のバスで盈江経由で騰衝に向った。

  • ところが途中で行われた公安の検査で、リュックの中身をすべて道路にぶちまけられ、妻が憤慨。<br /><br />おまけに今日の雲南号(バス)はポンコツで窓ガラスも閉じられず、雨が入ってくるので車内で傘をさすはめになる。3人掛けシートは2.5人分の幅しかないため、雨を避けようとして通路側にずれることもできず、服がビショビショになる。<br /><br />通路側座席のおじさんも半ケツで耐えてくれたが、私たちが窓から遠ざかろうとグイグイ寄るので、しまいには怒り出した。もう最低のバスの旅。<br /><br />写真は検査で憤慨中の妻。

    ところが途中で行われた公安の検査で、リュックの中身をすべて道路にぶちまけられ、妻が憤慨。

    おまけに今日の雲南号(バス)はポンコツで窓ガラスも閉じられず、雨が入ってくるので車内で傘をさすはめになる。3人掛けシートは2.5人分の幅しかないため、雨を避けようとして通路側にずれることもできず、服がビショビショになる。

    通路側座席のおじさんも半ケツで耐えてくれたが、私たちが窓から遠ざかろうとグイグイ寄るので、しまいには怒り出した。もう最低のバスの旅。

    写真は検査で憤慨中の妻。

  • 長時間にわたって雨に濡れたため、妻が発熱。騰衝で2日間、寝込むことになってしまった。<br /><br />宿は木造三階建てで、その古さにもビックリした。<br /><br /><br /><br />麗江から少数民族の町ニンランへ〜雲南をゆく1990 (15)に続く<br />http://4travel.jp/travelogue/10640777<br />

    長時間にわたって雨に濡れたため、妻が発熱。騰衝で2日間、寝込むことになってしまった。

    宿は木造三階建てで、その古さにもビックリした。



    麗江から少数民族の町ニンランへ〜雲南をゆく1990 (15)に続く
    http://4travel.jp/travelogue/10640777

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  • 李俊&#39049;さん 2019/12/17 21:33:02
    Very good photos
    Hello, I was very excited to see your photo album. I am from the place where you took the photo: Yunnan Ruili, I was only 2 months old at the time. Thank you, let me feel the charm of time and film. Now Ruili has changed a lot , The previous simplicity has completely disappeared
  • captainfutureさん 2011/12/04 16:41:43
    この時代に行ってみたい!!
    >中国で急激に反日表現が目立つようになったのは、1994年に江沢民政権が「愛国主義教育実施要綱」を出してからである。
    ふーむ、そうだったんですか。

    >「大丈夫、おいでよ」とミャンマー青年が誘う。
    なんか、いいですね〜〜〜〜。
    国境をまたぐ、なんては本来はドラマチックな感じがするのでしょうけれど、このゆる〜〜い感じがたまりませんね。
    今ではもうこんなことは地元の人でも許されないんでしょうか。

    黒色走廊、3分しかありませんでしたがYou Tubeで見ました。
    瑞麗、昆明らしきところはほとんどカットされていましたが、
    今となっては図らずも貴重なシーンになっているんでしょうね。

    不便さを取るか、情緒も無い近代化を取るか。でも今の中国の近代化は情緒が無さすぎのような気が。
    ウイグルも雲南もそうですが、もうちょっと配慮してもらいたいですね。

    がおちん

    がおちんさん からの返信 2011/12/05 10:34:28
    RE: この時代に行ってみたい!!
    captainfutureさん

    > 国境をまたぐ、なんては本来はドラマチックな感じがするのでしょうけれど、このゆる〜〜い感じがたまりませんね。

    おそらく雲南で最も印象が変わったのが、ここだと思います。グーグル画像で「姐告」と検索してみてください。当時の面影は全くないです。


    > 黒色走廊、3分しかありませんでしたがYou Tubeで見ました。
    > 瑞麗、昆明らしきところはほとんどカットされていましたが、
    > 今となっては図らずも貴重なシーンになっているんでしょうね。

    映画の後半は雲南ロケなので、当時の長閑さや田舎っぽさは伝わってくると思います。私も久しぶりに動画を見たのですが、ストーリーとは関係ないところで楽しめました(笑)。

    ↓ここでフルバージョン(90分)が見れます。
    http://v.youku.com/v_show/id_XMTg2MTEyNTMy.html


    > 不便さを取るか、情緒も無い近代化を取るか。でも今の中国の近代化は情緒が無さすぎのような気が。
    > ウイグルも雲南もそうですが、もうちょっと配慮してもらいたいですね。

    同感です。民族独自のものを残しておいて欲しいですね。


    がおちん

    captainfuture

    captainfutureさん からの返信 2011/12/05 23:13:20
    RE: RE: この時代に行ってみたい!!
    がおちんさん、

    >グーグル画像で「姐告」と検索してみてください。当時の面影は全くないです。
    見ました。スゴイ変わり様です!

    >ここでフルバージョン(90分)が見れます。
    さすが中国、フルバージョンがUPされているっていうところもこれまたスゴイです。^^; あとでじっくり見てみます!

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