がおちんさんへのコメント一覧(7ページ)全113件
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頭をポンポン!
がおちんさん
Halonです、お久しぶりです。
暫くネットと疎遠な時期がありまして、最近また活動し始めました。
過去の旅行記をひとつずつ読ませてもらってます。
>すると、後方からスチュワーデスが「請坐!請坐」と叫びながら、
>手に丸めたノートか何かで乗客の頭をポンポン叩いて行った。
こんなこともあったんですね。
ここを読んで、声を出して笑ってしまいました。
僕も85年末に中国民航に乗ったんですが、
初めての海外で全然余裕がなくてスチュワーデスとか
機内食のことを全然覚えてません。
写真もあまり撮ってないし。
きっとコッペパン食べたんだろうなあ。
>JALのような、わざとらしい笑顔の無いスチュワーデスが、
>ちょっとカッコよかった。
「ほらっ」ってよこすスチュワーデスかあ。
なんか、あの頃の中国も今思うと面白かったなあ。
自分の写真が少ないだけに、がおちんさんの写真は貴重です。
通りの様子とか、飯とか。
まじまじと見ていると、忘れた記憶がよみがえるような気がします。
arfaさんみたいに5時間一気読みはないかもしれませんが、
のんびり他のも読ませていただきますね。
ではまた。
Halon
RE: 頭をポンポン!
Halonさん
お久しぶりです。
昔の旅行記を読んでいただき、ありがとうございます。
> なんか、あの頃の中国も今思うと面白かったなあ。
私も当時は嫌な思いばかりだったのですが、あのエゲツナサが今では懐かしいです。
> 自分の写真が少ないだけに、がおちんさんの写真は貴重です。
> 通りの様子とか、飯とか。
> まじまじと見ていると、忘れた記憶がよみがえるような気がします。
フィルムの頃って、もったいなくて気軽にシャッターが押せなかったですね。
そのぶん、一枚一枚に対する思い入れはデジタルよりも強いです。
私も撮らなかった旅がいくつもあるので、残念です。
> 暫くネットと疎遠な時期がありまして、最近また活動し始めました。
それは何よりです。Halonさんの2ヶ月以上にわたるインド旅行記、今度ゆっくり読ませていただきます。
がおちん2011年03月10日23時07分 返信する -
羨ましく拝見しました。
>懐中電灯で乗客を照らしながら回り、何人かがバスを降ろされた。
>身分証を見せろと言われたらアウトだったが、農民姿になっていたのが幸
>いしてか、私はセーフ。兵士の鋭い視線が怖かった。
ひえええ。恐ろしいです。でも後に続く写真を拝見すると、やはり行って良かったですね。十分価値があったと思います。当時の未開放地区、大変興味深く拝見しました。20年の歳月で今はすっかり様変わりしてしまっているんでしょうね〜。
帰りも同じように銃を持った兵士の厳しい検査があったのでしょうか。
>父ちゃんの尻当てとかばんの汚れかたが、リアルな農民を表していた。
生活感がにじみ出ていて、本当にリアルですね。
一つの街に色々な民族がそれぞれに独自の文化を守りながら暮らして、又は行き来している姿はさぞ壮観だったと思います。まさに辺境の旅の醍醐味って感じですね。
次回作も楽しみにしております。
RE: 羨ましく拝見しました。
captainfutureさん
こんばんは、がおちんです。
> ひえええ。恐ろしいです。でも後に続く写真を拝見すると、やはり行って良かったですね。
このときは本当に怖かったですが、行ってよかったです。未開放にもいろいろあって、経済的に貧しい(それを見られたくない)ためだったり、国境付近だったりしますが、国防的な理由の場合は特に厳しかったです。でも、そういう所に少数民族が住んでいたりするんですよね。
後日、面倒な目に遭うのが嫌で、地元政府を通して辺境の村に行ったのに、国境警備隊に拘束されたことがありました。結局は筋を通しても通さなくても、嫌な思いをさせられるのが中国だと悟りました。
それでも、当時の雲南は宝箱のふたを開けたような楽しさがあったので、あまり苦には感じませんでした。今のようになってしまうと、友人に会いに行く以外は行く気がしません。
> 帰りも同じように銃を持った兵士の厳しい検査があったのでしょうか。
いいえ、軍によるものはありませんでした。助かりました。
> 一つの街に色々な民族がそれぞれに独自の文化を守りながら暮らして、又は行き来している姿はさぞ壮観だったと思います。まさに辺境の旅の醍醐味って感じですね。
そうなんです。外部の情報はほとんど入らないし、観光化もされてなかったから面白かったんですね。当時の雲南はそういうところがまだ沢山ありました。
> 次回作も楽しみにしております。
ありがとうございます。次は瀘沽湖の予定です。自前サイトにも載せているので内容がだぶりますが、時間があるときにフィルムスキャンをしてアップします。よろしくお願いします。2011年02月27日22時02分 返信する -
はじめまして。
旅行記大変興味深く読ませていただきました。
昔の旅行の記録をノートにとっておくといいですね。
あーいう風に鮮明な記憶を30年後に掘り返すことができるのですから。
私もそういう記録をしておけば良かったと後悔しています。
風景もおぼろげになり会話した内容もおおまかになっていきますからね。
大変参考になりました。
また、がおちんさんの旅行記をちょくちょく拝見いたしますのでよろしくお願いします。
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懐かしい〜〜
私の小学校の外です、懐かしい〜 あんな時代に、周りカメラを持っているひとがいなかった、今はこの通学道を見て、涙を出るよう。RE: 懐かしい〜〜
ミマカロさん
はじめまして、コメントをありがとうございます。
ミマカロさんは昆明の人ですか?
当時の昆明を懐かしく思ってくれる方がいて、私も嬉しいです。
がおちん
云南是我第二个故乡。如果可能的话,很想再去那个时代的昆明!
小高2011年01月13日21時17分 返信する -
賀正
あけましておめでとうございます、arfaです。
年々仕事も多忙になってきて、なかなかアップできず旅行記も遅れ気味で申し訳ないです。
今回もインドのバスをだいぶ撮ってきていますが雲南号といい勝負のバスでしょう。違いはインドのバスは大陸なのか大きいバスが多いのが特徴です。10年前はともかく現在は中国のほうがインドよりはるかにバスは良くなりましたね。
'90年の雲南、続編を楽しみにしています。
では本年もよろしくお願いいたします。 -
こんばんは
今回も一枚一枚楽しく拝見しました。
この街の街歩きの楽しさが伝わってきます。
「干巴」を乾かしている順城街の光景等、昔の日本を彷彿とさせますね。。。懐かしい感じです。
>頭にロッドを巻いたまま外出するという離れ業
笑ってしまいました。きっとかなりのやり手のおばさんとお見受けしました。
次回も楽しみにしております。
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あ、雲南号ですね!
いよいよトップ画像の話しが出てきましたね。
>下り道はエンジンを切ってニュートラルで疾走する。
>とここで観光客側の男が拳銃を取り出し、
>観光客側の女性が蹴りを入れるなど、物々しい展開が続いた。
・・・スゴイです。のっけから驚きの連続です。
>雲南ではちょこちょこ進むのが良い。
じっくりそれぞれの地元の風俗を堪能しながらの旅、がおちんさんらしい、気持ちに余裕を持ちながらの旅でいいなあと思いました。
自分もこういう旅が好きです。
>永勝は古い町並みが残る町だ。
こういう写真を見るとワクワクしてきます。
人々の姿など、特別の日だからということでなく、
日常の中にこういう光景があるというところがいいですね〜。
拝見していると、民族衣装は女性だけなんですね。
男性はあまり漢族と変わらないような・・・。
>峠から来た道を振り返ると、
こんな高いところまで越えていくとはスゴイです。
でも見てみたいという衝動がどんどん高まっていく気持ち、自分も良く分かります。
>時代の流れには逆らえない。雲南の魅力も長くは続かないはずだ。
切ないですね。
>中世の世界にでも来たような感覚がした。
特に今回は一枚一枚、童話の中の絵を見ているようでした。
人民政府で受けた親切、いいですね〜。
きっとまだすれていない田舎だったころならではの感じがします。
今回の「今回の雲南をゆく」(1)(2)は僭越ですが、特に共感しながら拝見しました。
直ぐにでも行ってみたい気持ちに駆られますが、毎回思うのですが、もうほとんど無くなったであろう光景かと思うと何とも残念な気持ちになります。
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もう最終回とは!
がおちんさんの少数民族に対する愛情がひしひしと伝わってくる旅行記でした。
この地がもう二度とは戻れない時代にこれほどの体験をなさっていて本当に羨ましいです。
>ツアーで石林に来ると添乗員から「土産売りはしつこいので無視するように」と言われるそうだ>が、馬鹿げている。
>これが彼女達の本当の姿だ。
がおちんさんの旅行記を拝見していると本当にそう思います。
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こんばんは、arfaです。
思い出の雲南シリーズもこれで最終回になりましたか。
やっぱり、良き時代を新たに見ることができたドラマの終了は寂しいです。
漢族とは全く違う、我々日本人の生活習慣。雲南の少数民族やラオ族、クメール族、タイ族などに共通の習慣は見られるそうです。例えば正月の七草粥にお水取り、萱葺きの屋根の家などが漢族になく上記の民族に見られる習慣だそうです。
おそらく良く言われている通り、黄河流域で起きた干ばつ、飢饉のため漢族の大量の南下。揚子江文明エリアの漢族の侵入による崩壊を経て南へ逃げた人々が伝えたのが雲南から東南アジアにかけての少数民族やラオ族、クメール族、タイ族などの生活習慣、揚子江からボートピープルになって逃げ、黒潮に乗って列島にたどり着いたのが日本人の祖先の一部だと思っています。
先住民と交わりながら、伝えられた共通の文化や習慣があるというのが素晴しいですね。RE: こんばんは、arfaです。
arfaさん
こんばんは。
> 思い出の雲南シリーズもこれで最終回になりましたか。
> やっぱり、良き時代を新たに見ることができたドラマの終了は寂しいです。
「雲南の旅 1989」は終わりですが、次回から1990〜を載せます。翌年は昆明で言葉や少数民族の歴史・文化を学びながら、旅をしました。
1991年以降は開発が加速していったので、この頃の雲南が一番楽しかったです。
日本人の起源説、いろいろありますね。雲南でもダイ族やワ族などが稲作を日本に持ち込んだという説があるようです。
苗族の新年に行ったら、日本と全く同じ餅つきをしていました。きなこをつけて食べるのも同じ。私がついて見せると、彼らの方が「なんで知っている?」と驚いていました。2010年10月13日23時49分 返信するRE: こんばんは、arfaです。
arfaさん
がおちんさん、こんばんは。
>「雲南の旅 1989」は終わりですが、次回から1990〜を載せます。翌年は昆明で言葉や少数民族の歴史・文化を学びながら、旅をしました。
1991年以降は開発が加速していったので、この頃の雲南が一番楽しかったです。
そうですか、是非是非、楽しみにしています。
>苗族の新年に行ったら、日本と全く同じ餅つきをしていました。きなこをつけて食べるのも同じ。私がついて見せると、彼らの方が「なんで知っている?」と驚いていました。
そうですか、餅つきは臼と杵なので似たようなものですが、キナコまで一緒とは驚きですね。遠い祖先がお隣だったりと考えてしまいますね。(笑;2010年10月14日00時18分 返信する -
こんばんは。
よくぞこれほどの各地の民族衣装の人々を一堂に集めたという感じですね!
がおちんさんの興奮の度合いが伝わってきました。
私も現場にいたら、生涯忘れられなくなりそうです。



