DoubleO7さんのクチコミ(2ページ)全771件
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坂東三十三所第5番札所・飯泉観音・境内には歴史が一杯詰まっています
投稿日 2020年01月04日
総合評価:4.0
坂東三十三所第5番札所の勝福寺を参拝しました。飯泉観音とも呼ばれます。東海道線の鴨宮駅から歩いて25分程です。鴨宮北口商店街を進み新幹線の高架下をくぐると程なく県道に出ます。県道をヤマダ電機のあるほう方向、左に進みます。巡礼街道と呼ばれる県道は広く両側に歩道があります。飯泉の交差点を渡ると住宅街に入り歩道はなくなり途中鍵の手に曲がりますが基本道なりに進むと右手に勝福寺の仁王門が現れます。風格を感じる門で迫力ある二体の仁王像が安置されています。仁王門をくぐると正面やや左手に樹齢七百有余年の大イチョウがあります。右手には鐘楼や水鉢があります。水鉢は青銅の船形で船首に龍、船尾に十一面観音を配した独特のもので印象的です。正面に本堂が建っています。奈良時代孝謙天皇・上皇の信頼厚かった弓削道鏡が天皇の没後左遷され下野国薬師寺へ赴く途中、上皇から賜った十一面観音を安置するために堂宇を建立したのが勝福寺の始まりとされます。本堂は宝永3年(1706年)の建築です。本堂内の外陣まで入れます。内陣を伺うと十一面観音のお前立が見えました。有難く家内安全と健康長寿を祈願しました。外陣と内陣を隔てる欄間の極彩色の彫刻が見事です。本堂右手前に二宮金次郎像があります。薪を背負い読書する像ではなく本堂に向かい静かに合掌する姿が印象的です。本堂左には大日如来堂(北向大師堂)、最強力士と言われる雷電仇討土俵跡、馬頭観音を祀った八角堂があります。お寺の左は境なく八幡神社の境内となっています。境内には歴史が一杯詰まっている感じです。御朱印は境内右手の門をくぐった先の本坊で頂けます。
- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2020年01月03日
総合評価:4.0
12月の日曜日、銀座三越で買い物の後、昼食で利用しました。7歳の孫の銀座での昼食は不二家と決まっていましたが何故かこの日は天ぷらが食べたいと言い出し12階の天一に向かいました。11時半の開店に一番のりです。娘、孫、家内が一緒で4名です。窓際のテーブル席に案内されました。全面ガラスの窓から銀座のビル街が見渡せます。孫はランチ天ぷら(税抜2,000円)、娘と家内がレディース膳(税抜2,350円)、私は小天丼と天ぷら(税抜2,350円)にしました。ランチ天ぷらは海老2、野菜2、かき揚げ1ですがカボチャが大好きな孫は海老をカボチャに変えて貰います。レディース膳は天ぷら5品、サラダ、茶わん蒸し、わらび餅、小天丼と天ぷらは天ぷら5品、かき揚げの小天丼、サラダ、わらび餅という内容です。まず大人3人のサラダが供されました。手持無沙汰の孫に家内がサラダを渡すと最近野菜をよく食べる孫は美味しそうにあっという間に完食しました。天ぷらは当然のことながら揚げたてを一皿に持ってきます。さすがにどれもサクサクで美味しいです。小天丼は小さめのどんぶりにかき揚げがのっています。タレがよくしみており美味です。孫の天ぷらが一番後になりましたが美味しそうに食べる孫を見ながらの食事は最高です。孫はさすがに満腹となったのか天ぷらを少し残しました。品数を減らした子供用のメニューがあってもいいようにも思いました。椀は全員シジミ汁でした。
- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
- 利用形態
- ランチ
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投稿日 2019年12月30日
総合評価:4.5
杉並公会堂での6歳の孫のピアノ発表会の後、早めの夕食で利用しました。荻窪ルミネ5階のレストラン街にある蕎麦とうどんのお店です。6歳と4歳の兄弟の孫と母親、7歳の孫娘と母親、家内と私で総勢7名での賑やかな夕食です。店頭のショーウィンドーに様々なメニューが陳列されています。明るく開放的な店内は幼児連れでも入りやすい雰囲気です。夕方の4時過ぎでしたが結構お客様が入っています。奥の長いテーブル席に案内されました。6歳の孫は野菜天ざるそば、4歳の孫はママと天ぷらと小鉢セット(ざるそば・かやくご飯付き)をシェア、7歳の孫娘はママと唐揚と小鉢セット(ざるそば・かやくご飯付き)をシェア、家内と私はのどぐろ天ざるそばにしました。孫達は全員麺類が大好きです。目の前の食べる勢いを見てざるそばを一枚追加しました。孫達が美味しそうに食べる様子を見ながらの夕食は最高です。デザートも食べたいということになり和パフェ抹茶プリン、お抹茶プリン、和パフェ抹茶白玉、抹茶アイス、抹茶チーズケーキ、白玉あずき、和パフェお芋と見事に7名の注文が分かれました。全員デザートも完食しました。〆て10,120円のとても楽しい夕食のひと時でした。
- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- ディナー
-
投稿日 2019年12月30日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の寺と城巡り旅の最終日、名古屋駅からの帰りの新幹線ひかり526号乗車まで時間に余裕があったため休憩で利用しました。名古屋駅中央通路沿いのベーカリーでカフェが併設されています。名古屋駅にはスターバックスなど他にもいくつかカフェがありましたがどこも混んでおりマーメイドカフェにしました。パン、サンドイッチ、ケーキの豊富なメニューの中から季節限定の柿シフォン・ドリンクセット(税込959円)にしました。シフォンケーキの上に熟した次郎柿がのり晩秋の味わいを楽しみました。店内は程よい客の入りで慌ただしい感じもなくゆっくりと休憩と土産物の整理ができました。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- その他
-
投稿日 2019年12月30日
総合評価:3.5
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の最終日に華厳寺と横蔵寺を参拝後に利用しました。揖斐から大垣までの利用です。13時55分揖斐発の電車は銀色の車体に緑の横線が入る車両でした。東急で使っていた車両です。2両編成だったように思います。華厳寺への行きに利用した樽見鉄道はローカル色溢れる鉄道でしたが養老鉄道は田園風景の中を走るものの樽見鉄道程のローカル色は感じられません。乗客も多く地方の町と町を結ぶ生活の足としての鉄道を強く感じました。大垣まで9駅で25分程でした。大垣駅で下車したホームの向いには丸みをおびた赤いクラシックな車両が停まっていました。
- 旅行時期
- 2019年11月
-
投稿日 2019年12月29日
総合評価:5.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の最終日は華厳寺の後、横蔵寺を参拝しました。華厳寺への行きと同様に揖斐川町はなももバスを華厳寺仁王門前11:50で予約できました。門前の富岡屋で満願そばの昼食を済ませ目の前のバス停に向かうと程なく車が来ました。同乗者は行き一緒だった中年の女性です。定刻より早めに出発し女性を樽見鉄道の谷汲口駅で降ろし横蔵寺に向かいます。駅から華厳寺総門前の道を通り山間の道を進み横蔵寺近くの上神原集会所で車を降りました。12時5分でした。横蔵寺へは徒歩で5分程緩やかな坂道を上ります。お寺の入り口に南無大師瑠璃光如来の白い幟がはためき横に両界山横蔵寺と刻した石柱が立ちます。ピークは過ぎていましたが紅葉・黄葉が見事です。飛鳥川という小川にかかる朱塗りの医王橋を渡ると正面に戦国時代の山城を思わせる石垣が続きます。その真正面に仁王門(山門)があります。風情と歴史を感ずる仁王門をくぐると深山幽谷の世界です。正面の石段上に本堂が見えその右手に美しい三重塔が建っています。本堂に家内安全と健康長寿を祈願した後、案内表示に従い進むと高みに舎利堂と瑠璃殿があります。横蔵寺「ミイラのある寺」として知られています。舎利堂に安置される「舎利仏(即身仏)」は文化14年(1817年)に断食し入定、即身仏となったと妙心法師の遺体です。堂内にあがり即身仏を拝見します。お体は意外と小さく見えます。手足は枯れ木のようになっています。薄暗く目を凝らさないと細部は見えませんが表情もうかがえます。口を開いて何かを叫んでいるように見えました。延暦20年(801年)伝教大師開山の横蔵寺は美濃の正倉院とも呼ばれ多くの文化財を有します。舎利堂向かいの瑠璃殿内には多くの仏像が並び圧巻です。薬師如来、四天王、十二神将、二体の金剛力士、大日如来、深沙大将といった木造の尊像が並びます。どれも見応えがありますが中でも特に迫力ある表情・姿の深沙大将立像、穏やかで優雅な大日如来坐像、二体の大きな金剛力士像(仁王門から移管)が印象に残ります。瑠璃殿は12月から3月までは寒さが厳しいので休館になるとのことでした。拝観料は舎利堂と瑠璃殿をあわせて500円です。参拝者が引きも切らなかった華厳寺に比べ晩秋の横蔵寺は訪れる人もまばらで深閑とした雰囲気でした。帰りもはなももバスが13:30で予約でき養老鉄道の揖斐駅まで送ってもらいました。揖斐駅まで30分弱、料金は300円でした。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2019年12月27日
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投稿日 2019年12月27日
総合評価:5.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の最終日に華厳寺を参拝しました。西国三十三所第33番札所で満願結願のお寺です。大垣駅で樽見鉄道に乗る際に券売所で華厳寺に行く旨を伝えるとバスの予約が必要と言われました。揖斐川町コミュニティバス(路線バスが)が10月から揖斐川町はなももバスと名を変えてデマンド交通となったようです。最低1時間前に希望の時間を伝えるとバス側の配車スケジュールを見て迎えの場所と時刻が決まります。最寄り駅の谷汲口駅に樽見鉄道は9時51分に到着しますが10時で予約できました。谷汲口駅で降りるとバスが既に待機していました。乗客は同じ電車で降りた中年の女性が一人です。10分程で華厳寺の仁王門前に到着しました。料金は300円です。華厳寺の総門から仁王門までの1km程の参道は左右に土産物店、飲食店、旅館などが建ち並びソメイヨシノとモミジの並木道になっていますが紅葉が道を覆い紅葉のトンネルの中を進むようです。華厳寺は延暦17年(798年)、会津黒河郷の豪族大口大領なる人物によって創建されたと伝わります。豪壮な仁王門をくぐると本堂までは石畳の参道となります。紅葉、黄葉が息を吞むような美しさです。参道の突き当りの石段を上ると本堂があります。御本尊の十一面観音は秘仏ですが有難く家内安全と健康長寿を祈願しました。本堂の納経所で三つの御朱印を頂きます。本堂(観音堂)・満願堂、笈摺堂の御朱印でそれぞれ現世・過去世・未来世を意味するとされています。本堂から仁王門からの参道が見渡せます。緑、黄、紅の樹々に溢れ美しさに心が洗われるようです。参拝者は引きも切りません。本堂の左右の柱に阿吽の口をした「精進落としの鯉」がかかっています。皆が撫でていくので頭のあたりは光沢を放っています。本堂背後に笈摺堂があります。西国三十三所巡礼を終えた人々の笈摺が沢山奉納されていました。笈摺に因み折り鶴(千羽鶴)も多数奉納されているのも印象的です。本堂の裏手の高みに満願堂があります。石段を上った先に建つお堂です。周囲の紅葉が一際鮮やかです。巡礼者は満願堂に納め札を納めます。お堂のそばには狸の石像が並びます。紅葉の華厳寺は忘れ難い参拝となりました。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の最終日はまず華厳寺に向かいます。岐阜駅からJRで大垣まで出て樽見鉄道に乗り換え谷汲口まで乗車します。岐阜駅ではスイカで乗車しましたが大垣乗り換えでは改札を出ずに直接樽見鉄道に乗るためスイカ精算は樽見鉄道券売所(樽見鉄道は現金のみです)で証明書を貰い帰りにJR大垣駅で行いました。車両は1両編成です。ローカル色豊かな鉄道です。市街地を抜けるとのどかな田園風景となります。どこかハイキングに出かけるシニアのグループが同乗して車内は賑やかです。途中駅で団体客乗車の為一両連結しました。根尾川の渓流なども車窓から眺めるうち大垣から40分で華厳寺の最寄り駅である谷汲口に着きました。大勢の方が降りると思いきや下車したのは私の他に1名だけでした。
- 旅行時期
- 2019年11月
-
満足の夕食でした
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の一人旅の二日目は彦根城、大師寺、岐阜城を巡りました。夕食は名鉄岐阜駅前の三代目鳥メロにしました。宿泊先のイルクレド岐阜から歩いてすぐの居酒屋です。店員さのいらっしゃいませの声が大きく活気を感じるお店です。中生2杯に、焼鳥5種盛、玉ねぎサラダ、よだれ鶏を食べましがどれも大変美味しかったです。よだれ鶏はビールのおつまみだけでなくご飯のおかずにもなりました。ご飯もほかほかで美味でした。しめて2,518円、満足の夕食でした。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
- 利用形態
- ディナー
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投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の一人旅の二日目に宿泊しました。JR岐阜駅、名鉄岐阜駅から徒歩数分と大変便利な立地です。目の前の通りに各方面へのバス停が並んでおり岐阜城(岐阜公園)観光にも最適です。シングルルームは15.9㎡とやや広め、ベッド幅も160cmで快適でした。デスクも大きめで通常の壁際配置ではなく書斎風で使いやすかったです。設備も清潔でした。バスルーム、朝食のビュッフェは標準的です。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
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投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.5
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の二日目は午前中に彦根城を見学した後、岐阜に移動して岐阜城を見学しました。金華山ロープウェイで約4分、山頂駅に着きました。すぐにお城があると思いきやお城までは10分弱急な坂道を上ります。目の前に岐阜城が現れました。岩山の堅固な石垣の上に建つ美しいお城です。白亜の城郭が晴天の青空に映え実に見事です。の周辺の紅葉した樹々が美しさに彩を添えます。お城は金華山山頂に位置し、1201年に鎌倉幕府執事二階堂行政により初めて砦が築かれたといわれています。難攻不落の城としても知られ『美濃を制すものは天下を制す』と言われるほどでした。戦国時代には斎藤道三の居城でもありました。その後、永禄10年(1567年)に織田信長がこの城を攻略し、城主となり「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めたといわれています。現在のお城は、昭和31年に復興され、鉄筋コンクリート造り3層4階構造です。城内を見学(200円)しました。資料展示室になっており信長の座像が目を引きました。最上階からの眺めは実に見事です。眼下に長良川が流れます。東には恵那山や木曽御岳山、北には乗鞍・日本アルプスがうっすらと見えました。西には伊吹山・養老山脈、南には濃尾平野や伊勢湾まで雄大な眺望を楽しむことができました。岐阜城資料館は当日閉館していました。
- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の二日目は午前中に彦根城を見学した後、岐阜に移動して岐阜城を見学しました。宿泊先のイルクレド岐阜の目の前の名鉄岐阜バス停から岐阜バスに乗り岐阜公園で下車し緑豊かな公園内を進むと金華山ロープウェイ駅があります。毎時15分間隔の運行です。往復1,100円ですがHISのクーポンを使うと1,000円に割引になりました。クレジットカードも使えます。金華山の山頂駅へは約4分です。眼下には自然林に覆われた金華山と長良川の自然美、岐阜市の街並みが一望でき見事な眺めです。上り始めてすぐ左に三重塔が見えますが大正天皇の即位を祝い大正6年に岐阜市が建立したもので鮮やかな朱が印象的です。
- 旅行時期
- 2019年11月
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投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の二日目は午前中に彦根城を見学した後、岐阜に移動して岐阜城を見学しました。宿泊先のイルクレド岐阜の目の前の名鉄岐阜バス停から岐阜バスに乗り岐阜公園で下車しました。岐阜公園は金華山の麓に広がる緑豊かな公園です。入り口にブロンズ像と噴水があり噴水をとり囲むようには花々が綺麗に植えられています。すぐ隣に岐阜市歴史館がありますが「麒麟がくる 岐阜 大河ドラマ館」開催準備に伴い閉館中でした。公園は広くすぐ目の前に金華山が迫ります。公園は戦国時代の岐阜城主であった斎藤道三や織田信長の居館があったとされる場所です。木々の一部が色づき始めています。庭園もあります。菊花展を開催しており数々の見事な菊が展示されていました。自然豊かな公園です。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.5
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の二日目、彦根城見学、大師寺参拝の後、昼食で利用しました。彦根駅前にあるちゃんぽんのお店です。人気店の為、外で少し待ちました。券売機で食券を買います。迷うことなく近江ちゃんぽん(710円)にします。クレジットカードも使えますが操作方法が分からず戸惑っているとお店の方が手際よく教えてくれました。近江ちゃんぽんは豚肉に野菜がたっぷりです。まろやかで優しい味のスープが麺によく合い抜群の美味しさでした。店内は常に満席でした。スマホの充電テーブルがあり便利に使わせて頂きました。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
-
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
滋賀と岐阜の寺と城巡りの旅の二日目は彦根城の後、大師寺を参拝しました。彦根駅から徒歩5分、地元では彦根駅前の弘法さんとして親しまれています。真言宗のお寺で南無大師遍照金剛の赤い幟がたなびきます。山門を入るとすぐ正面に本堂があります。堂内の中央前面に大きなお坊さんの横たわった銅像があります。寝弘法さんと呼ばれる弘法大師の寝姿の像です。「昭和の時代に大師寺を開山された真浄法尼が横たわり、仮死状態になって弘法大師ご託宣をお聞きになったという逸話から作られたのがこの寝弘法さんといわれています」と気さくなご住職が説明して下さいました。寝弘法さんの頭や体を撫でてお願い事をするとご利益があるといわれており多くの方に撫でられた像は光沢を放っていました。堂奥の御本尊は弘法大師像です。こぢんまりとした境内は明るく開放的な雰囲気で左手には七福神の石像が並び彦根一箇所七福神と呼ばれています。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.5
彦根城と玄宮園を見学後、最後に博物館を見学しました。博物館は江戸時代の表御殿を復元した建物です。大変綺麗な施設に井伊家伝来の甲冑、茶器などが展示されています。井伊の赤備えとして戦場を彩った朱色の旗や甲冑は特に目を引きます。多くの能装束と能面も展示され能舞台もありました。当日は「井伊家の茶の湯」というテーマ展を開催しており茶入れ、茶壷をはじめとする茶道具が展示されていました。展示室内に迫力ある大阪夏の陣図(若江合戦図)があり印象に残ります。展示室の最後にほうの別棟に御座之御間、御客座敷、庭園が復元されており当時の表御殿の生活の一旦が想像できます。見応えのある博物館です。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
歌碑 「一身に責負ひまして、立ちましし、大老ありてこそ、開港はなりぬ」が心に残ります
投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
彦根城と玄宮園を見学後、お城の出口に向かって歩いていくと公園内に井伊直弼大老像がありました。銅像は明治時代、直弼の遺徳を顕彰しようとする旧彦根藩士らによって建立されました。最後の官職だった正四位上左近衛中将の正装です。安政5年(1858年)4月、幕府の大老となった直弼は同年6月「日米修好通商条約」に調印して開国を断行したものの大老の信条を組むことのできなかった水戸浪士達に万延元年(1860年)3月3日桜田門外で暗殺されました。ときに46歳でした。像の横に歌碑がありました。
「一身に責負ひまして、立ちましし、大老ありてこそ、開港はなりぬ」
井伊直弼の孫の妻である井伊文子さんが書いた歌碑です。心に残ります。- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2019年12月25日
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投稿日 2019年12月25日
総合評価:4.0
彦根城を見学後、西の丸三重櫓奥の山崎山道を下り玄宮園に向かいます。下りきると内堀沿いの道に出ます。右に進みます。内堀に二羽の白鳥が優雅な姿で泳いでいます。しばらくすると見える玄宮園の案内板に従い黒門橋を渡ると玄宮園の受付がありました。玄宮園は有料ですが左手に入園無料の楽々園があり入ってみました。立派な書院風の建物があります。玄宮園と共に1677年頃にともに彦根藩4代藩主井伊直興により建立された二の丸御殿で槻御殿と呼ばれていました。大書院、地震の間、雷の間、楽々の間など、工夫を凝らした部屋が残っていて外部から見ることができます。御殿の前は広く開放的な枯山水の庭で見応えがあります。
- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅

































































