はちのすけさんのクチコミ(143ページ)全3,564件
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投稿日 2019年02月24日
総合評価:3.5
香林坊から兼六園に向かう途中の緑が豊かな通り沿いにある記念館だ。ナンバースクールの記念館があるとは地元の人の熱意を感じる。四高記念館と近代文学館が一つの建物を案分するように同居しており、四高記念館が無料ゾーン、近代文学館が有料ゾーンに分かれている。正面から赤煉瓦の建物を見ただけで、四高の歴史を感じるから不思議だ。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2019年02月24日
総合評価:3.5
この日は石川門から三の丸広場に入った。広々としたスペースが広がるが、幕藩時代から広場のあったところで城郭の再建が進んでいないわけではないという。正面に河北門、五十間長屋、橋爪門と並び、景観的にも巨大な木造建築物が並ぶさまは見応えを感じる。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年02月24日
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投稿日 2019年02月24日
総合評価:3.5
現地の説明版によると、金沢市で採掘される赤戸室石を11枚使用し、雁が夕空に列をなして飛んでいく様を描いたことからこの名がついたという。雁行は秋の季語なので、季節を限定しているかもしれない。1枚1枚の石が亀甲の形をしていることから「亀甲橋」の異名があり、この橋を渡ると長生きするとされてきたが、現在は石の磨耗が著しく通行できない。さらに「かりがね橋」とも呼ばれるという。雁が音は水鳥のガンの一種。水面を行く水鳥のように池に配された石の様子をそう呼んだのだろうか。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月24日
総合評価:4.0
二の丸から橋を渡った高台のような場所にある。2階建てのやぐらで、幕末の安政5(1858)年に建築された。近年に整備された再建建築物ではなく、石川門と並んで重要文化財に指定されている。軍備品の蔵として使用され、千飯や鉄砲が貯えられていたらしい。城内にはこうした長屋が14カ所あったという。今は他の建築から少し離れた場所にぽつねんと建っているが、武骨な迫力がある。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月24日
総合評価:3.5
橋爪門は二の丸の正門だ。「一の門」と石垣と二重塀で囲われた「枡形」、櫓門の「二の門」で構成されている。橋爪門が平成27年に完成したことで、三の丸の景観が蘇ったとされる。枡形が城内最大であるなど門の格も高く、二の門の床には戸室石が敷かれている。新しいので歴史を感じるエイジングはないが、巨大な木造建築物だけに見応え、迫力はある。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月24日
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投稿日 2019年02月24日
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投稿日 2019年02月24日
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投稿日 2019年02月22日
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投稿日 2019年02月22日
総合評価:3.5
兼六園の観光を終えて石川門から石川城に入ると、三の丸に向かう方向に分厚い、骨太なたたずまいの門が見える。それが河北門だ。観光客の思い込みで言うと、兼六園と接続する石川門を正門と思いがちだが、本来の正門はこの河北門だと後から知った。石川門などとならんで石川城の三御門と呼ばれていたが、明治時代になくなって以来、平成22年にようやく再建された。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月22日
総合評価:4.0
延べ床面積約1895平方メートルは、明治以降に建てられた木造城郭建築物としては全国最大規模だという。当然、金沢城の復元建築物の中で最大のものだ。長さ100メートル近い姿は金沢城の新しいシンボルでもある。長屋はもともと倉庫なので、内部はがらんどうだ。釘を使わない建築方法の紹介や資料が展示してある。ここから見る景色はとてもいい。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月22日
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投稿日 2019年02月22日
総合評価:4.0
兼六園のすぐそばにある、幕末に藩主奥方のために建築されたという贅を尽くした建物だ。前庭、門構えからしてさすがは加賀百万石。使う材も、建築方法も、飾りも細部に至るまで工夫が凝らされており、素人が言及できるものではない。前田家は百万石という富を加賀文化の深化に費やしてきたが、幕末のこの建物は深化を突き詰めたある形なのだろう。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月22日
総合評価:3.5
城内に引水された辰巳用水を水源とする池泉回遊式の大名庭園で、平成27年に復元されたばかりだ。加賀藩三代藩主の時代に築庭が始まっていたというが、その後数代にわたって改修され、明治維新の折に廃絶された。外の人々に見せる兼六園に比べ、藩主の内庭としての性格が強い庭園だったとという。こじんまりとしているが、冬支度が始まっており、雪吊りなど風情たっぷりだった。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年02月22日
総合評価:4.0
前田利家をはじめ前田家は築城に熱心な家風があり、当然、石垣にも造詣が深かった。さらに金沢市内には加工しやすい「戸室石」という石材が多数産出された。そのため、金沢城は同一の城ながら多種多様な石垣が積まれており「石垣の博物館」と呼ばれるほどだ。城内ではその石垣の多彩さを使いみちやデザイン、効果の面から平易に展示・解説しており、専門家でなければわからない要素を一般化して観光客の楽しみにしている。この取り組みにはとても感心した。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月22日
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投稿日 2019年02月19日
総合評価:3.5
金沢の風流は川のそばに発生するらしい。犀川もそうだが、浅野川のそばにはひがし茶屋街、主計町茶屋街が形成されている。川が魅惑的な雰囲気を醸し出すのだろうか。そうした雰囲気は泉鏡花や徳田秋声ら文豪をはぐくみ、結果として彼らの記念館や碑、銅像などが浅野川沿岸につくられ、観光客を吸引し、二つの茶屋街を潤している。観光客的に言えば架かる橋もいい。浅野川大橋は三連アーチ橋で水面に移る姿はきれいだし、木橋風のデザインを採用した梅ノ橋では、新郎新婦の写真撮りが行われていた。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2019年02月19日
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投稿日 2019年02月19日





























