はちのすけさんのクチコミ全3,633件
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投稿日 2026年03月08日
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投稿日 2026年03月08日
総合評価:3.0
神戸に住んでいないとこんな歴史上の事実は知らないかもしれない。明治以降に始まった海外移民のうち、ブラジルへの移民船はここ神戸港から出航していた。1908年から1971年まで約25万人が渡航した。像は世界に旅立とうとする移住者の親子3人の家族像。台座には「希望の船出」とある。もともとブラジル日系人団体から神戸市に出された陳情がきっかけだったという。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月08日
総合評価:3.5
神戸事件ですべての責を負って切腹した瀧善三郎の故郷・岡山市ではまちおこしと兼ねて業績の再評価が始まっている。瀧の切腹は英国の新聞でセンセーショナルに取り上げられたほか、新渡戸稲造が英語で上梓した『武士道』で瀧と神戸事件を紹介し、時のセオドア・ルーズベルト米国大統領の目に触れたという。こうした歴史上のインパクトを表現するため、瀧は地元で「ラストサムライ」と呼ばれている。繁華街の現地は石碑があるだけだが、こうした背景を踏まえると、少し味わい深くなる。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月07日
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投稿日 2026年03月07日
総合評価:3.0
神戸元町商店街のアーケード西端、ビルの壁に埋め込まれた碑だ。現地の説明によると、明治維新時の兵庫港開港で1867(慶応3)年に外国人居留地を設けた時につくられた14の関門(番所)の内の一つの跡という。相当な警戒だ。二百数十年ぶりに外国に門戸を開いた折のおっかなびっくりぶりがうかがえるようだ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 1.0
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年02月28日
総合評価:3.0
神戸開港120周年と元町アーケード完成を記念してつくられたモニュメントだ。1868年1月1日に神戸港の開港を祝って入港した12隻のうち、英国の旗艦がロドニー号だ。この時、ロドニー号は祝砲21発を打ち鳴らしたという。アーケードに吊り下げられるかたちで展示されているが、スケルトン風のモニュメントは英国にある設計図をもとに制作されたという。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年02月28日
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投稿日 2026年02月28日
総合評価:3.0
門柱に取り付けられた説明板には次のようにある。「この煉瓦造りの門柱は、かつて旧外国人居留地83番の英国商館に建っていたものである。明治37-8年ごろの建造になり、明治の名残りを留める貴重な文化遺産として、ここに 移し保存する。昭和53年秋 神戸市」。ジャーディン・マセソン商会は1832年、広州で設立された英国の貿易商社で、後年、幕末の横浜にも支店を出す。長州藩を支援する一方で、幕府にも最新兵器を売るなどした。坂本龍馬も支援を受けたとされる。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年02月28日
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投稿日 2026年02月28日
総合評価:3.0
つくづく神戸は国際都市なのだと思う。この教会は戦後まもなく中国から来日した米国人宣教師が日本に住む中国人のために開設した教会だ。当時、中国人のためのキリスト教会は日本で初めてだったという。近くには神戸ムスリムムスクもあるし、宗教の面から見ても海外に開けていたのだ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年02月28日
総合評価:3.0
現地の説明看板にとても詳しく解説されていた。二つのルーツが推測されている。一つは1873(明治6)年にウィーン万博事務副総裁だった佐野常民が持ち帰って神戸に植え付けたものだ。もう一つは1878年にパリ万博日本館館長の前田正名がオリーブ2000本を日本に持ち帰ったが、そのうち神戸に植え付けた550本だ。どちらかの1本を境内に受けて、神社が大切に育ててきた。二人の人物と湊川神社の主がとても仲良かったらしい。明治維新後、海外に開けていった日本が入手したオリーブの木、という感じだ。オリーブとしては見上げるような大木。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年02月23日
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投稿日 2026年02月23日
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投稿日 2026年02月23日
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投稿日 2026年02月23日
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投稿日 2026年02月23日
総合評価:3.5
道路そのものは観光名所でも何でもないのだが、名所や食事で神戸を巡っていると、知らぬ間に何度も歩いている通りだ。三宮神社、ランチで寄ったトアロードデリカテッセン、買い物で神戸北野ノスタ、お菓子を買いにラヴニュー、珍しいのでモスク、外観だけだが神戸北野ホテル、そして北野異人館街とつながっていく。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5



























