はちのすけさんのクチコミ全3,644件
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投稿日 2026年05月05日
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投稿日 2026年05月05日
総合評価:3.0
サンタ・マリア号はコロンブスが新大陸発見を果たした船団の主要3隻のうち最大の船だ。コロンブスの新大陸発見500年を機に復元され、寄贈された神戸市がメリケンパークなどで展示していたが、老朽化のため、解体。復元後、スペインから到着した同じ場所にモニュメントとして展示されることになった。いかり2つとメーンマストの望楼を設置したほか、サンタ・マリア号の航海経路や寄港先などを記した案内板を展示した。
メリケンパークには多種多様な神戸の歴史を物語る資料が集まっているものだと感心する。- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年05月05日
総合評価:3.0
1917年の火災で焼失し、再建された時に尖塔や壁面彫刻などいわゆる「インド仏教式」の意匠を採用した。この時期に建築された西本願寺の寺院にはこうした例が多いという。1995年には阪神大震災後に再建されるが、やはりこの時も意匠を受け継いでいる。この意匠には何らかの意図があったと思うが、旅先ではわからなかった。神戸市内には教会も多いし、モスクもあり、宗教施設もエキゾチックな気がする。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2026年05月05日
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投稿日 2026年05月03日
総合評価:3.0
神戸元町商店街の「まち活拠点まちラボ」の前にあるモニュメントだ。このエリアが発展し、次第に西国街道が元町商店街になっていく歴史を説明している。もともとは兵庫津をしのぐほどの良港で、運送の拠点だったこの地域が1868年の神戸開港や鉄道開通で役割が変化していく。古地図もあり、わかりやすいモニュメントだ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年05月03日
総合評価:3.5
明治建築をファザード保存した1990年の建物だ。威厳ある赤レンガと、1990年当時流行したハーフミラーのビルディングが不思議な調和を醸し出している。もともとは1904(明治37)年に建築された庁舎がベース。ドイツで建築を学んだ河合浩蔵が設計したドイツルネサンス風の建物だったという。太平洋戦争の空襲で焼失したが、一部残った壁を生かして再建。その後、1990年の建て替えに当たっても赤レンガは残された。二度の改築でも残されたのだから、不思議な運命を持った赤レンガだ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2026年03月29日
総合評価:3.0
漢字で「神戸税関 萬國波止場碑」と「メリケン波止場碑」の二つの表記がある。「昔なつかし メリケン波止場」と題した碑文が味わい深い。「ころは明治のはじめ ここに小さな突堤があり…」。碑の上部には灯台の電球のようなライトがある。面白いのは碑の寄贈者とみられる二人の名前だ。洲崎喜夫と小野米吉とある。面白いもので「神戸海軍操練所跡碑」にも同じ名前がある。コンビで碑を寄贈しているのだろうか。洲崎氏は貿易社長とする記録がネット上にあるが、小野氏は不明だ。メリケン地蔵を建立したのが港湾荷役従事者の小野米吉氏という記述があるが、同一人物かどうかはわからない。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月29日
総合評価:3.0
この日は湊川神社に参拝した後、元町商店街のアーケードをぶらぶらと散策。アーケードを見上げると、この神社の大きな看板を見つけた。「神戸元町の天神さん、厄神さん」とある。さらには「八幡厄除大祭」とも。天神さんと厄神が同居しているのも珍しいが、由来を調べて納得がいった。もともと現在の場所に天満宮があり、明治時代に近くの八幡神社を合祀したという。八幡神は厄除けとして有名なことから、二つの効能を持つことになったようだ。合祀した際、この地域が走水村と呼ばれていたことから、現在の社名になった。まちなかの神社なので、こじんまりとした境内だ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月28日
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投稿日 2026年03月28日
総合評価:3.5
三国志のヒーローの一人である関羽を商売の神様「関聖帝君」として祭る中国式の寺院だ。神戸における華僑の信仰の中心だという。現地に行くと、普通の街並みの中にポコッと中国式寺院が出現するので、ある種の驚きがある。形、建物、色などすべてエキゾチックだ。仙人など数体が並ぶ屋根飾りも珍しい。ところで、関羽がなぜ商売の神様となったのか。やはり、劉備玄徳を裏切ることなく、悲劇的な最期まで忠義を尽くしたことが、商売の基本である「義」に通じたようだ。ただ、忠義だけであれば張飛など他のメンバーもいる。やはり、風貌や知的さ、曹操にとらわれの身になっても忠義を曲げなかったエピソードなどが作用しているのだろう。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2026年03月28日
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投稿日 2026年03月08日
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投稿日 2026年03月08日
総合評価:3.0
神戸に住んでいないとこんな歴史上の事実は知らないかもしれない。明治以降に始まった海外移民のうち、ブラジルへの移民船はここ神戸港から出航していた。1908年から1971年まで約25万人が渡航した。像は世界に旅立とうとする移住者の親子3人の家族像。台座には「希望の船出」とある。もともとブラジル日系人団体から神戸市に出された陳情がきっかけだったという。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月08日
総合評価:3.5
神戸事件ですべての責を負って切腹した瀧善三郎の故郷・岡山市ではまちおこしと兼ねて業績の再評価が始まっている。瀧の切腹は英国の新聞でセンセーショナルに取り上げられたほか、新渡戸稲造が英語で上梓した『武士道』で瀧と神戸事件を紹介し、時のセオドア・ルーズベルト米国大統領の目に触れたという。こうした歴史上のインパクトを表現するため、瀧は地元で「ラストサムライ」と呼ばれている。繁華街の現地は石碑があるだけだが、こうした背景を踏まえると、少し味わい深くなる。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2026年03月07日
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投稿日 2026年03月07日
総合評価:3.0
神戸元町商店街のアーケード西端、ビルの壁に埋め込まれた碑だ。現地の説明によると、明治維新時の兵庫港開港で1867(慶応3)年に外国人居留地を設けた時につくられた14の関門(番所)の内の一つの跡という。相当な警戒だ。二百数十年ぶりに外国に門戸を開いた折のおっかなびっくりぶりがうかがえるようだ。
- 旅行時期
- 2026年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 1.0
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日
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投稿日 2026年03月01日































