はちのすけさんのクチコミ(123ページ)全3,638件
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- 基本情報
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:3.5
ハッとするような見事な二重門だ。勧業博覧会の会場として建築された平安神宮だが、この門がイベント会場の入口であったのであれば、入場者はさぞかし心が弾んだことだろう。いまでも訪れるたびに心打たれるような見事な朱塗りだ。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:3.5
平安神宮は平安遷都千百年紀念祭と第4回内国勧業博覧会の会場施設として建築されたが、同時に桓武天皇を祭る本殿も設けられ、神社としても機能してきた。大極殿は平安時代に天皇がお出ましした場所で、神宮の中ではおそらく拝殿のような位置にある。明治時代の建築ではあるが、いにしえの京都を再現したテーマパークのような場所だ。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:3.5
スサノオノミコトとその妻のクシナダヒメを祭る神社。この辺りは野ウサギが多く生息していたことから神使はウサギで、狛犬ならぬ狛ウサギも鎮座している。スサノオに子どもが八人いたことや神使のウサギが多産であることに由来し、子授けや安産、縁結びにご利益があるという。桓武天皇が遷都の際に都の守護として置いた神社の一つ。境内のあちこちにウサギの像があり、インスタ映えを求める女性やカップルに人気だった。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:3.0
公式や法要や行事が執り行われる南禅寺の中心となる建物だ。創建当時の建物はすでになく、現在の建物は1909(明治42)年に再建されたものだ。内部は非公開なので観光スポットとしてはいまいち。ただ、ここで線香をあげていく参拝客は多い。
- 旅行時期
- 2019年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:3.5
哲学の道を代表する紅葉の名所だ。本堂までの参道は公開されているが、本堂内は拝観できない。11月末に訪れたが、茶会をしており、大混雑。寺内をうまく見ることができなかったのは残念だ。白砂壇(びゃくしゃだん)は波とカエデだった。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
白川通りに近く、観光寺院の集中地からは離れているので、静寂な印象がある寺院だ。浄土宗の大本山。あわただしくなく、じっくりと参拝できるだけに京都に行くたびに参拝している。個人的に文殊菩薩が守り神なので、ここの文殊菩薩像をよくたずねる。紅葉だけでなく、青葉の季節もきれいなお寺だ。長大な年月で螺髪が伸びてアフロヘアのようになった「五劫思惟阿弥陀仏」もここ。山門も素晴らしい。一度、特別公開に参加したが、通常公開されているところも含め見所が多いお寺だ。
- 旅行時期
- 2019年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
3月に縦6メートル、幅4メートルの巨大な涅槃図が本堂内で公開される。今回はこの涅槃図を見るために足を運んだ。海北友松らの作という。実は、この前にやはり京都の本法寺で公開されていた長谷川等伯作の涅槃図を鑑賞する機会に恵まれ、くしくも二つの巨大な涅槃図を心に刻むことができた。等伯涅槃図とは異なる雰囲気があり、その場でずっと座り込んでしまうほどだ。この折は本堂内も公開されており、重森千青氏が作庭した「随縁の庭」や涅槃の庭なども観賞することができた。花供曽と書いて「はなくそ」と読むお菓子がいただけるが、これを食すると無病息災という。
- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
この森ほど森厳とした場所はないのではないか。賀茂川と高野川が合流する三角州に今でも残る原生林だ。年中水温が変わらない地下水のような空気をたたえており、この地を歩くだけで生気を取り戻すようだ。その空気感は都が置かれた平安時代と変わらないのではないか。いや、もっと古く、森の精霊がすんでいるような感じすらする。歴史上の多くの人物が歩いた呼吸を共有するような場所だ。鴨の七不思議という伝承もあり、訪ね歩くのも楽しい。京都を訪れた際は足を運びたいスポットだ。
- 旅行時期
- 2019年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
ちょうど訪れた時にフォトグラファーが三門の柱を額縁に見立ててモデルの撮影をしていた。周囲の風景も含め、実に絵になる門だ。同じ京都の知恩院三門などと並び「日本三大門」の一つに数えられる。方丈庭園などの拝観料とは別に三門専用の拝観料を支払うと楼閣に上ることができる。周囲の森林の背が高く、思ったよりも遠望は開けていないが、気持ちはいい。
- 旅行時期
- 2019年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
東山の紅葉ツアーの一環でぶらぶら歩いた。南禅寺、永観堂、霊鑑寺(秋の特別拝観中)、安楽寺、法然院と見て回った。京都でも屈指の紅葉の名所を、これまた名所として知られる哲学の道で回るのは、とてもぜいたくな気分だ。個人的には北の銀閣寺から南下する方が気分的には好きだ。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
明治維新後、東京遷都で京都は衰退していった。そんな古都を救う一手として繰り出されたのが、琵琶湖疏水計画だ。琵琶湖の水を約20キロ離れた京都に水路で導くことで、水と物資運搬という産業の基盤を強固にしようというものだ。逢坂の関を越えて湖水を都にもたらすという計画は、時の権力者にとって蠱惑的なものだったらしい。豊臣秀吉などあまたの権力者がプランを立てたが、あまりの難工事に挫折を繰り返した。その難工事の指揮を執り、やり遂げたのが当時21歳の若者だったから驚きだ。かくして出来上がったのが、この水路閣である。古代の首都を巡ってみると、その衰退に驚かされる。明日香、奈良、鎌倉。これらのまちと異なり遷都後も京都が隆盛を保ったのは、奇抜な水路やこうした若者の出現に代表される進取の気風があったからだろう。そんなことを感じ取れるレンガの遺構でもある。
- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
平安遷都1100年を記念して明治期に建設された。大極殿や応天門、蒼龍楼、白虎楼など唐様の壮麗な建築物が並び、映画『ラストエンペラー』の一場面のようだ。桓武天皇が平安京を開いた当時の政庁を少し小さくして再現したという。それだけに朱塗りがまぶしくエイジングの味わいはないが、テーマパーク的な楽しさはあるかもしれない。神苑は広大な庭で、別途入場料がかかる。もしも時間があれば見ておきたい庭園だ。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2019年09月23日
総合評価:4.0
青紅葉と紅葉、御朱印ツアーで何度も訪れたが、いつ来ても落ち着く寺院だ。地下鉄の蹴上駅から「ねじりまんぽ」を通り、金地院の前を過ぎて参道に出る。山門と木々のコントラストがいつ来ても見事だ。春から初夏の青もみじ、秋の紅葉と四季折々に楽しめる。水路閣を含む境内は拝観無料。9時ごろにあく本堂内や山門は有料だ。哲学の道の端にあり、早朝から多くの人でにぎわっている。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年09月22日
総合評価:3.0
中立売門から清和院御門に向かう途中に説明版を見つけた。平安時代の摂政・太政大臣だった藤原道長の邸宅跡だという。道長は「この世をば我が世とぞ思ふ 望月の欠けたることのなしと思へば」という和歌で有名だが、いかんせん看板一つしかないので、当時の権勢は想像できない。ただ、仙洞御所のすぐ隣という隣地だけが、その権勢を伝えている。息子の頼道が残した宇治の平等院に比べるべくもなく。
- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2019年09月18日
総合評価:3.0
護王神社の北側の道路沿いに石碑が立っている。すぐそばに説明版があり、この場所の価値がわかる。水戸黄門で知られる徳川光圀は大日本史の編纂で知られるが、史料収集のため、京都に数多くの担当者が派遣され、この藩邸で史料を書き写したという。現地は石碑があるのみだが、大日本史の編纂が行われた場所だという付加価値を感じる。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2019年09月18日
総合評価:3.0
京都御苑から東側の梨木神社方面に抜ける方角にある門だ。かつて門の近くには清和天皇譲位後の後院として清和院が設けられた。そこに近い門ということで「清和院御門」の名前がついた。火災などの影響で清和院は移転したが、名前はそのまま残っている。烏丸通り側と異なり人通りは少ないが、閑静でいいエリアだ。
- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0



















