2026/06/23 - 2026/06/23
145位(同エリア222件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1931冊
- クチコミ1231件
- Q&A回答73件
- 3,921,284アクセス
- フォロワー185人
アルチの「ジムスカン ホリデイ ホーム/HOTEL ALCHI ZIMISKHANG」での夜が明けましたが、いつものように早朝に目が覚めてしまいました。二度寝は出来ないので身支度をしてブラブラと村の中を歩いてみることにしてみます。歩いてみて分かったのはホテルから「アルチ チョスコル ゴンパ/Alchi Monastery - Choskhor」へ行く参道くらいしか歩くところはありませんでした。もちろん店は閉まっているので静かな村の雰囲気を感じることが出来ました。ホテルに戻った後は屋上で変化していく夜明けを眺めながら太陽が出てきて劇的に景色が変化するところを期待したのですが、そこまで調子よくはいきませんでした。朝食を食べた後はホテルを出発して昨日と同じ道をレーに向かって戻りますが、前日の曇天とは違って快晴になってきました。全く印象が違うことに驚きながら、景色の美しい所ではフォトストップもあるので写真撮影も楽しめました。もちろん助手席からの眺めのいいので車内からもいい写真が撮れました。トヨタのミニバンAUVモデルのイノーバ(Innova Crysta)にはBluetooth機能もあるのでスマホに中にある「キャラバン」のサントラを聴きながらの旅になりました。ドライバーのディグダンもチベット仏教に通じる「オンマニペメフム」の歌詞が気に入ったようで2人で歌いながらのドライブです。午前中の移動は「リキル ゴンパ/Likir Gompa」で、脇道をかなり進んだ僧院に近づくと金色に輝くマイトレーヤ(弥勒菩薩)像が見えてきます。今回のツアーではかなり高度のある場所に建つ僧院なので周囲の風景も絶景でした。「リキル」の名はル・キール(水の精霊)として知られ、かつてそこに住んでいたナーガ(水の精霊)の名前の由来となっています。ラダックの第5代王ラチェン・ギャルポは1065年に瞑想の名手であるラマ・ドゥワンス・チョスジェに修道院建設のための土地を提供したと言われています。ここでスタンダードなゴンパのレイアウトや描かれる壁画のモチーフについても学ぶことが出来てとても勉強になりました。堂内の壁画はここも写真が撮れないのはちょっと残念でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
早朝にホテルを出てアレチの村を散歩して見ることにします。昨日の午後にやってきたのは欧米人のライダーたちで、表にはインドのメーカーのロイヤルエンフィールド( Royal Enfield)のヒマラヤ(Himalayan)です。イギリス発祥のオートバイメーカーでしたが、現在はインドのアイシャー・モーターズの一部門となっています。
-
昨日はホテルの敷地まで車で入ってしまいましたが、その手前にある広場まで出て見ることにします。グーグルマップで大体の村のレイアウトは頭に入れてきましたが、ホテルの敷地を出るとWi-Fiは使えなくなります。
-
広場にはタルチョが掛けられ、朝の風にたなびいています。周囲には4000メートルを超える山々が囲んでいます。
-
レーの町とアレチを結ぶ路線バスがあることも分かりました。この辺りで見掛けるバスにしては新しいアショック・レイランド (Ashok Leyland)の車体です。この会社もルーツをたどればイギリスのレイランド社に行きつきます。
-
広場から伸びる道はいくつかあるようですが、あまり時間も無いので「アルチ チョスコル ゴンパ/Alchi Monastery - Choskhor」に向かって歩くことにします。
-
ホテルの先まで進むと昨日何度も歩いた通りになります。
-
「オンマニペメフム」と唱えながら祠の左側を通ります。母方の祖母の教えなのか子供の頃から迷信深い性格になったようです。「霊柩車を見たら親指を隠す」なんて迷信はほとんど反射的になっていました。親指を隠さないと親に不幸があるとか、親の最期に立ち会えなくなると教えられてましたが、それ以外に親指の爪のあいだから魂が出入りするという考えが江戸時代にはあったようです。
-
その先の「アルチ チョスコル ゴンパ」の脇にある聖なる木です。看板には「THE ORIGINAL WALKING STICK OF LAMA LOTSAVA RINCHEN ZANGPO(大訳経官リンチェン・サンポの伝説の杖)」と書かれています。
-
西チベット・グゲ王国の王イェシェ・ウ(Yeshe Ö)は当時国内で乱れていた仏教を正すため、国内から21人の優秀な若者を選び、仏教の最先端の地であったインドへ留学させました。過酷な環境と激しい暑さと疫病により、21人中19人がインドで病死するという悲劇に見舞われます。生き延びてチベットに戻ることができたのはリンチェン・サンポともう1人の僧だけでした。彼らは17年以上におよぶ3回の留学を経て、膨大なサンスクリット語の経典をチベット語に極めて正確に翻訳しました。彼の登場以降の翻訳は「新訳派」と呼ばれ、現在のチベット仏教の基礎となっています。
-
「杖の伝説」
リンチェン・サンポはラダック、西チベット、スピティ、ヒマラヤ一帯に108もの寺院を建立したと伝えられています。これには次のような不思議な伝説が残されています。彼は旅をする際に常に「しなびた楊の枝の杖」を何本も持ち歩いていました。各地を巡りながらその杖を地面に挿していくと不思議な力によって一晩のうちに寺院が立ち現れたといわれています。アルチ・ゴンパの伝説では彼が近くのスムダ村に寺を建てて戻ってきたところ、ここに挿しておいた杖が根を張り、青々とした楊の木に成長していたため、ここを重要な聖地と確信してアルチ僧院を建立したとされています。 -
リンチェン・サンポは2回目のインド留学から戻る際にカシミール地方から32人の優れた建築家、画家、仏師をチベットへ連れ帰りました。これにより当時の高度なカシミール様式の仏教美術がラダックや西チベットに直接もたらされました。アルチ・ゴンパに残る極彩色の美しい壁画や細密な木彫りの装飾はまさにこのカシミールの芸術家たちの手によって作られた貴重な遺産といえます。
-
僧院の外の壁を時計回りに廻ります。信者から寄進された摩尼車を回しながら「オンマニペメフム」も唱えます。さすがに3200メートルの高地で膨大の数の摩尼車を回しながら六字大明呪(ろくじだいみょうじゅ)を唱えるのは息が切れます。
-
少し川沿いに広がる崖を降りてみます。
-
インダス川の河原まで降りることも出来ましたが、怪我でもしては大変なので上から眺めるだけにしておきます。
-
僧院のエントランスへ向かう一部には屋根が掛けられていました。この太い梁丸太は蔵のあちこちに生えているポプラの木です。そして細い枝は楊の木です。この組み合わせはこの後に訪ねた民家や僧院でも同じでした。
-
昨日も回した大きな摩尼車です。左脇には摩尼石も置かれています。
-
その側面の壁にも小さな摩尼車が納められています。
-
昨日の日中の通りがかりに欧米人の観光客に説明をしているガイドさんの説明をちょっと耳にしていました。
-
この古い刳り抜き丸太の摩尼車は経年の使用で割れていて、中から経典1帙が納められています。経典1帙(いっちつ)は経典を1つの「帙」にまとめたものという意味で、経典が何冊か入っています。
-
僧院の扉は午前6時ではまだ閉まったままです。2枚の扉の2つの獣面ノッカーはインド神話やヒンドゥー教、そしてチベット密教に共通する聖獣「キルティムカ(Kirtimukha)」、あるいは「ジバク(Zeeba)」と呼ばれる魔神・龍神が元になっています。キルティムカは「栄光の面(かお)」を意味し、あらゆる貪欲さを飲み込み、最終的に自らの体まで食べ尽くして顔だけが残ったという神話があります。古代から中国の「饕餮(とうてつ)」や日本の「獅子口・鬼瓦」と同様に「邪気を払い内に悪しきものを入れない門番」として、数百年以上にわたり扉の装飾に選ばれてきました
-
編み込まれている鮮やかな多色の布(青・黄・赤・白・緑)はチベット仏教において宇宙を構成する「五大(地・水・火・風・空)」を表しています。寺院の入り口や聖なる道具にこれらの色布を結びつける風習はチベットの古来の民間信仰(ボン教)と仏教が融合する中で発展しました。神聖な場所への敬意を示し、建物全体のエネルギーを調和させ、幸運を呼び込む(招福)ための祈りが込められています。
-
摩尼車を最後まで回した後はお土産物屋の裏側の通りを少し歩いてみます。
-
ホテルの裏側辺りには芥子菜、マスタードの黄色い花がきれいです。
-
日本では菜の花が多く見られますが、インドではからし菜や油用マスタードであることがほとんどです。インドのマスタード畑は主にインディアンマスタード(Brassica juncea )で、刺激のある香りと辛みを感じやすく、料理に独特の風味を出します。
-
ホテルの部屋からも見えた牛と目が合いました。インドでは朝になると勝手に牛は家を出て、夕方になると戻ってくると言われます。デリーの町中にいる牛も野良ではなくほとんどは飼い主がいるそうです。
-
ホテルに戻った後は30分ほど屋上に上がってみました。東の山並みの向こうから太陽が上がってくるのを観たいと思いましたが、雲が熱かったので見ることは出来ませんでした。雲間から差し込む光線が白いゴンパの壁にあたってとてもきれいでした。
-
太陽光線は当たりませんでしたが、周囲はだんだんと明るくなり、美しい山塊を見せてくれます。
-
刻一刻と雲は流れていき、時折その奥にある雪山の峰を覗かせてくれます。
-
子供の頃に父と「岩波ホール」だったかで観たガストン・レビュファーというフランス人アルピニストの映画「星にのばされたザイル」と「天と地の間に」を思い出しました。登山については小学校から高校までに北アルプスと南アルプスの首座を登った後は止めてしまい、その後はヨーロッパアルプスのスキーと夏山のハイキング程度で終わりました。旅や山の楽しさを教えてくれた父には感謝していますが、ちょっと影響が強すぎました。
-
レーからインダス川沿いに下って来た道はこの山並みの向こう側だと思うと感慨深いものがあります。近いうちにもう一度ネパールに行ってポカラ当たりのハイキングもしてみたくなりますが、もう妻は付いてきてくれないだろうと思います。
-
あまりにも美しい山並みはいくら見ていても飽きてきません。こんな時間があるのであればちゃんとしたスケッチブックやスケッチ道具を持ってくればよかったと思います。
-
ようやく太陽光線が差し込んできました。するとこれまでの景色が突然に生き生きと輝いてきます。
-
スマホに入れた音楽を聴きながら贅沢な時間を過ごし、朝食を摂るとアルチを出発する時間になります。
-
この日も昨日と同じトヨタのミニバンAUVモデルのイノーバ(Innova Crysta)に分乗しては「リキル ゴンパ/Likir Gompa」を目指して来た道を戻ります。
-
この辺りはヒッチハイクがポピュラーなようで、木陰でおばあさんが座っていました。知り合いを見つけては車に乗せてもらうのでしょう。
-
昨日は小雨交じりの中をレー空港からアルチに向かいましたが、今朝は太陽も出ているので全く印象が違います。
-
ストゥーパは仏塔のことで、チベット仏教ではチョルテンとも呼ばれます。もともとは仏舎利や聖者に関わるものを納める塔で、のちに悟りそのものを象徴する宗教建築として発展しました。信者がそのまわりを右回りに巡る礼拝も重要です。
-
チベット仏教では、ストゥーパ全体が宇宙観や悟りへの道を表すと考えられます。形の各部分に意味があり、基壇は大地を丸みのある部分は包容性や生命、上部は上昇と覚醒を示すと解釈されます。
-
ラダックの山岳地帯の道路には言発呼ばれる僧院への参道という意味でこのようなウェルカムゲートが設けられています。上部の車輪は法輪、左右の鹿は仏の教えを聞く衆生を表し、法輪は仏法そのものを示し、仏が教えを説き始めたことを法輪を回すと表現します。三色のストゥーパ(チョルテン)は「三族姓尊(リグスム・ゴンポ)と呼ばれる仏教の重要な3人の菩薩(観音菩薩・金剛手菩薩・文殊菩薩)を表します。
-
インドのトラックのフロントグリルに見られる口髭(ムッチ)は男らしさや権威の象徴、魔除けや安全祈願として施されます。同じように三つ編みのような黒い毛糸の束は「ナザール・バットゥ(Nazar Battu)」と呼ばれる強力な魔除けのアイテムです。「ナザール・バットゥ」はラダック・レー周辺ではほとんど見掛けませんでした。
-
ようやくアルチからレーへ向かうメイン道路の分岐点まで戻ってきました。
-
インダス川に架かる鉄橋の上をタルチョに囲まれて通過します。
-
再びインダス川に沿ってレー方面に向かって走ります。
-
先日は「サンガムビューポイント/Sangam View Point」でインダス川とザンスカール川の合流点を眺めましたが、渓谷沿いにはいくつものビューポイントがあるようです。
-
再びビューポイントでフォトストップです。この時期チノパンにネルシャツと薄いダウン程度で暑くも寒くもありませんでした。ゴンパの参拝では靴を脱ぐことが多いので、昨日からビーチサンダルで過ごしていました。怪我の事を考えたら靴下をはいてサンダルの方がいいかもしれません。
-
街道に出ると大型のトラックと行き交うことが多くなります。
-
畑から雑草を刈った人は背中に背負って自宅に持ち帰り、家畜の餌にするのでしょう。
-
道路のカーブに差し掛かるにつれて風景はどんどんと変化して、谷筋から雪を残した岩山が現れます。
-
上空を流れる雲によって出来る影は秒単位で変化していきます。
-
助手席からの眺めに飽きることはありません。
-
見渡す限り人が生活している様子は見当たりません。
-
そしてトラックが爆走していきます。
-
道路脇の牧草地では馬や羊が放牧されています。どこからやって来たのか、そしてどこへ行くのか分かりません。
-
路線バスも無いようなところでこの人たちは何をしているのか…。
-
レーへのメイン道路から「リキル ゴンパ/Likir Gompa」への道に進むとどんどんと高度が上がっていきます。それにつれて周囲の風景も変化していきます。
-
果てしなく続くような雪山を望むポイントで車列は停車してフォトストップになりました。このようなフォトストップは1日に数回ありましたが、これはその時の天候によると思います。
-
昨日も同じような所を走っていましたが、見えるのはインダス川の川筋の山々だけでした。
-
ストゥーパの先の丘の上に「リキル ゴンパ/Likir Gompa」が見えてきました。
-
主要な僧院は山や丘の斜面に沿って建てられることが多く、僧侶たちが住む「僧坊」が外壁のように配置され、中心部に最も重要な「大殿(本堂)」がそびえ立つ構造で要塞のようにも見えます。
-
下から見上げると白い壁と屋根が空に向かって積み重なるように見えます。これは訪れる民衆に宗教的な畏怖の念と統治者としての圧倒的な力を見せつける効果があるようです。
-
ウェルカムゲートをくぐり、僧院の敷地の中に入ります。
-
僧院は標高3700メートルに位置し、レーの西約52キロメートルにあります。インダス川近くのリキール村の小さな丘の上に絵のように美しい位置にあり、スリニガルからレーへ向かうメイン道路から北へ約9.5キロメートルの距離にあります。
-
この寺僧院はチベット仏教のゲルク派に属し、1065年にラダックの第5代王ラチェン・ギャルポの命令でラマ・ドゥワン・チョスジェによって設立されました。
-
現在のリキールは比較的孤立していますが、かつてはティングモスガングからヘミス、リキールを経てレーへ至る主要な交易路の1つだったようです。
-
ここは第14代ダライ・ラマの弟の現現化身であるガリ・リンポチェの座で、彼はここに恒久的に住んでいませんでしたが、重要なプージャには出席します。
-
仏教においてプージャ(供物または礼拝)とは仏陀や神格、または三宝に対して行われる儀式的な献身行為です。ガリ・リンポチェは2026年2月にダラムサラで亡くなっています。
-
車を降りた後も坂道を登ることになり、さらに階段が続いています。チベット仏教の赤い僧衣を着たおじいさんがゆっくりと階段を上がっていきます。
-
上半身を覆う衣「僧伽梨」にあたる衣は「ラゴ」と呼ばれます。以前に妻と2人で旅した中国雲南省の香格里拉の「松賛林寺」で「僧伽梨」を買ったことがありました。
-
チベット仏教の僧衣は落ち着いた赤褐色やえんじ色が使われ、僧院の伝統的な服色として定着しています。これはチベット仏教が北伝仏教と密教の流れの中で発展した歴史とも重なります。
-
チベット仏教寺院の平面構成は本尊を安置する中心空間、読経や法会のための広間、その周囲の巡拝動線、外側の僧房や付属施設で構成されています。
-
信仰の中心と集団修行の場と生活の場が一体になっているのが特徴です。残念ながらこの僧院では本堂の内部の写真撮影は出来ませんでした。
-
周囲の僧房や関連施設の屋根越しにインダス川の川筋までが見渡せます。
-
八吉祥(はちきっしょう)はヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教といったいくつかの宗教に特有の8つの吉祥文様の神聖な組合せのことです。チベット仏教徒はタシータギェー(アシュタマンガラ)と呼ばれる8つの吉祥紋を民家や寺院、公共美術に用いています。また、チベットの家庭では正月(ロサル)を迎えるにあたり、旧年中のチベット暦12月29日に大掃除を終えたあと、家屋の正面の塀にタシータギェーを小麦粉で描くという習慣が見られます。
-
「吉祥紐」「蓮華」「勝幢」「法輪」「宝瓶」「金魚」「宝傘」「法螺貝」などが中庭に向かって描かれてありました。
-
本堂の内部は写真撮影は出来ませんが、入り口までは良いですよということなので写真を撮らせていただきます。
-
チベット仏教では四天王は寺院の門や本堂前の壁画やタンカに大きく描かれ、伽藍と教法を守る存在として強調されます。日本の寺院と中国の寺院でも持ち物などに違いがあるので興味深く壁画を見てみます。
-
描かれているのは四天王の一尊である「広目天(こうもくてん)」で、チベット語でチェミザンです。チベット仏教(ラダック地方などのゴンパ)の図像学に基づいた特徴は伝統的に広目天(西方守護)は青色の身体で表されることが多く、この壁画の青い肌と一致します。持ち物 右手と左手で蛇を捕らえて操るようなポーズを取っています。チベット様式の広目天は左手に蛇、右手に紐や宝珠、あるいは両手で蛇を持つ姿が代表的です。チベットの寺院では本堂(ドゥカン)へと続く前室の左右の壁に魔除けとして四天王の壁画が必ず一対で描かれます。
-
「持国天(持国天)」はユルコルスンと呼ばれています。ユルは場所、コルは周辺や領域、スンは防衛するを合わせて「国土を守る者」「領域の守護者」という意味になります。チベットの寺院では本堂の入り口(前室)の壁画に他の四天王たちと共に描かれて、門番のような役割を果たしています。
-
「増長天(ぞうちょうてん)」はパキェポと呼ばれ、南方の守護神として配置されます。持ち物は右手に邪悪を断ち切る大きな「剣」を持つのが最大の特徴です。この壁画でも中央の擦れて白くなっている部分の右側に、剣を握っている腕の構えが残っています。チベットの四天王は日本の仏像とは異なり、モンゴルや中国の元や明代の甲冑の影響を受けた非常にカラフルで重厚な衣装をまとって描かれるのが特徴です。
-
黄色の身体と甲冑の姿から四天王の北方を守護する「多聞天(毘沙門天)」、あるいはチベット仏教で同一視される財宝神の「ジャンバラ」を表しています。それぞれのチベット語での呼び名は「多聞天(毘沙門天)」としての呼び名ナムトゥセです。日本の「多聞天(=多くを聞く者)」の直訳にあたる高貴な呼び名です。 四天王としての総称ギェルチェンは「偉大なる王(大王)」を意味し、四天王の全員に対して使われる尊称です。財宝神としての呼び名「ジャンバラ」は黄色い身体の姿は「セルポ・ジャンバラ」 と呼ばれ、富や財運、幸運をもたらす非常に人気の高い守護尊です。
-
チベット仏教で世界観や輪廻転生を視覚的に表した「六道輪廻図(または生命の輪 / バヴァチャクラ)」と呼ばれる仏画・壁画です。恐ろしい姿をした「無常大鬼」(死の神)が巨大な輪を抱え、その内部で衆生が生まれ変わりを繰り返す世界を描いています。中央の円(三毒)には迷いの根源である「貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかさ)」を象徴する「鶏」「蛇」「豚」が描かれています。
-
内側の円(六道)には「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の6つの世界(境涯)があり、それぞれの苦しみや営みが表現されています。外周には人が迷いの世界を輪廻する原因となる「十二因縁」の図像が配置されています。
-
バヴァチャクラを見ると六道はただの場所というより、生きものが業によって生まれ変わる6つのあり方を指しているようです。「地獄道」は強い苦痛に満ちる世界で、「餓鬼道」は欲しても満たされぬ世界、「畜生道」は本能に縛られやすい世界
、「修羅道」は怒りと争いの世界、「人間道」は苦楽が交じる世界、「天道」は大きな楽しみの世界とされます。 -
基本的には堂内への入り口には四天王像が必ず描かれています。これはこの後参拝した僧院全てにおいて共通することでした。
-
今回の旅で気になったものの1つが鍵でした。これまで中国や韓国、ベトナムやミャンマーなどの国々を旅してアンティーク屋で古い鍵を買い求めてきました。
-
特にコレクターというわけではないのですが、このタイプの鍵は初めて見るものでした。この後に行った僧院の博物館でも見掛け、レーの町中で連れて行ってもらったアンティーク店でもいくつか手に取ることが出来ました。それらはかなりの確率で内側のシリンダーが壊れていて、修復されていました。それでも1つくらい買ってきても良かったかなと思います。
-
中庭まで戻り回廊に設けられた窓からは周囲の風景が美しく見えました。分厚いレンガの回廊の壁に開けられた窓は何のために必要だったのでしょう。
-
仏教では古くから仏や菩薩に光を供える灯明が供養の1つでした。香や花や供物と並ぶ基本的な供物の中に灯明が含まれており、これはチベット仏教でも受け継がれています。チベット高原では木や植物油が得にくい地域が多く、入手しやすい乳製品の脂肪分を燃料にしたバターランプが発達しました。
-
ここでも地域的に得やすいポプラの丸太と揚の枝が屋根材に使われています。
-
黒い窓枠はただ黒く塗るだけでなく、上がやや狭く下が広い形になることがあります。これは牛の角を表す形とされ、幸運を招く意匠とされています。
-
僧院よりさらに高い位置にストゥーパ(チョルテン)が並んでいます。その上を雲が通り過ぎていきます。
-
高さ23メートルの弥勒菩薩座像(マイトレーヤ)は1990年に出来たそうです。。チベット仏教では「愛の主」または「高貴な愛する者」(パクパ・ジャンパ)として知られています。仏教のすべての宗派において弥勒はゴータマ(釈迦牟尼)仏の直接の後継者と見なされています。現在のカルパの最後の仏として、弥勒の教えは地上での仏法の再確立にあてられます。
-
すべての仏教伝統において弥勒はこの世に現れる次の仏陀であると予言され、遠い未来の56億7000万年後に仏位を得るとされます。我々のよく知る釈迦牟尼仏陀は倶留孫仏、倶那含牟尼仏、そして迦葉仏に続く現在賢劫千仏の4人目にあたり、弥勒菩薩は賢劫千仏の5番目となります。この辺りはミャンマーのバガンへ行った際にいろいろ勉強しました。
バガンの寺院:https://4travel.jp/travelogue/10941227 -
とても23メートルあるとは思えない弥勒菩薩と記念写真です。
-
僧院の出口には湧き水がありました。冷たくてとても美味しい水でした。空のペットボトルがあったので水を汲んで、家に持ち帰って両親の位牌の前に供えました。
-
4日間お世話になったトヨタのミニバンAUVモデルのイノーバ(Innova Crysta)です。ほとんど新車のようでしたが、この車はレー周辺では観光用にたくさん走っていました。ここでも日本車の信頼は非常に高かったです。
-
僧院から坂道を居りかかるとヤギの群れを連れた女性がいました。こんなにたくさんどうやって移動させるのかと思います。
-
車が通れるように彼女が考えたのは石を投げることで、うまい具合に目先に落ちるとちゃんと道路脇に寄せることが出来ました。この後はお昼を食べて、レーの町外れにある「シャンティ・ストゥーパ/Shanti Stupa」に向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2026ラダック・レーの旅
-
前の旅行記
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(4)アルチ・チョスコル・ゴンパの美しさに驚嘆...
2026/06/22~
レー
-
次の旅行記
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(6)絶景の中を走り抜けシャンティ・ストゥーパ...
2026/06/23~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(1)エアインディアで今年2度目のデリーを目指...
2026/06/21~
デリー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(2)デリーから国内線でレー空港へ飛び、4輪駆...
2026/06/22~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(3)標高3,100メートルのアルチ村の散策と...
2026/06/22~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(4)アルチ・チョスコル・ゴンパの美しさに驚嘆...
2026/06/22~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(5)アルチの村で絶景を楽しんだ後はリキル・ゴ...
2026/06/23~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(6)絶景の中を走り抜けシャンティ・ストゥーパ...
2026/06/23~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(7)ラダック・パレスに投宿し、1人レーの町ま...
2026/06/23~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(8)レーの町から4輪駆動車でツェチュ祭りのへ...
2026/06/24~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(9)念願のヘミス・ゴンパのツェチュ祭りを最高...
2026/06/24~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(10)念願のヘミス・ゴンパのツェチュ祭りを最...
2026/06/24~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(11)ティクセ・ゴンパで美しいチベット仏教の...
2026/06/24~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(12)レーの町の散策の後はホテルに戻って民族...
2026/06/24~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(13)早朝の散歩でシャンティ・ストゥーパの絶...
2026/06/25~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(14)ヘミス・ゴンパ近くのマト・ゴンパの壁画...
2026/06/25~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(15)マト村の民家訪問でバター茶を飲み過ぎ、...
2026/06/25~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(16)2度目の現地旅行会社主催の伝統舞踊と伝...
2026/06/25~
レー
-
トラピックス ヘミス・ツェチュ祭りとインド最北の地ラダックの旅(17)レー空港からデリー空港を経由して羽田空...
2026/06/26~
デリー
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2026ラダック・レーの旅
0
98