2026/07/25 - 2026/07/25
9位(同エリア8件中)
さっくんさん
私のカザンでのツアー三連チャンは無事終了しました。大満足の収穫のあるツアーだったと思います。後は翌日の夕方の出発まで自由時間です。大体が既出の場所の再訪となる為、退屈させてしまうかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
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スヴィヤースクのツアーが終わり、予定しているカザンでのツアーが無事全て終了しました。後は明日の帰国まで自由時間です。未だ見ていない目的地は全宗教寺院だったので、鉄道駅に向かいましたが、色々厄介でそそくさに退散し、明日出直す事にしました。
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街の端にある鉄道駅から適当に引き返していると、ピラミッドの様な多目的ホールに到達しました。
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と言う事は、その先はクレムリンです。
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結局私は吸い寄せられる様に、クレムリンに戻ってきてしまいます(笑)
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カザンカ川に繋がる小川に永遠と噴水が上がっています。
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クル・シャリーフ・モスクに向かい、ハートマークの花壇が続いています。
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潜るのに、ちょっと照れてしまう花壇です。
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反対側はピラミッドに通じています。
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クレムリンを見上げて、クル・シャリーフ・モスクにご挨拶。
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カザンのシンボル、翼竜ジラント君にもこんにちは!
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更に視点をずらして、クレムリンの正門に聳えるスパスカヤ塔。
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そして、此処から始まるボウマン・ストリート。もう何度も歩いた道。ロシア人とタタール人を結び付けた異民族共存の象徴の様な、カザンで一番賑やかな道。
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そんなボウマン・ストリートの歴史的経緯の物語を知ってしまえば、この道ばかりを歩きたくなるものですが、今回は敢えて外れます。
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適当な箇所で右に曲がって。
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イチオシ
一本向こうの道に向かえば、ボウマンストリートと並行して、カザンカ川から小川がタタール人地区にあるカバン湖迄続いています。
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その道中、全てに噴水が設けられ、両脇は緑が覆い、橋には花壇が設けられ、この季節は花が咲き乱れます。とっても美しい小川沿いの道。ボウマンストリートの魅力に、ついうっかり見落としてしまうところでした。
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カザンの道は快適な道が多く、街歩きが捗ります。
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イチオシ
タタール人地区の入り口に建つヌルラ・モスク。古代ボルガル等の様式を参考に建てられたモスクです。
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カバン湖畔に建つ、ガリアスガル・カマル記念タタール国立アカデミー劇場です。新しい劇場が湖畔の反対側に完成し、旧劇場に変わりつつあります。
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カバン湖を眺めます。湖岸にはデッキが設けられ、現在進行形で延伸工事が進められています。
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カバン湖の向こうにザカパンナヤ・モスクを眺めました。まんま「カバン湖の向こう側のモスク」と言う意味です。ヴォルガ・ブルガルによるイスラーム受容千周年を記念して建てられました。
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此方は昨夜夕食を頂いたレストラン。グシさんです。料理も眺めも、店員さんも、三拍子揃ったレストランでした。
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タタール人地区を散策します。イワン雷帝によりカザン・ハーン国は滅び、タタール人達は、当時湖しか無い、荒れ果てたこの地に移り住むしかありませんでした。そしてゼロから街を作り上げたのです。
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そして広がるロシア人地区と変わらぬ発展を遂げ、嘗てこの地を奪ったロシア人と奪われたタタール人地区は、接し合う程の大きさとなり、彼等は争いでは無く、ボウマンストリートを通じて、交易を交わし、やがて二つの街は一つになりました。
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そんなタタール人の心の支えになり続けたタタール地区の中心を成すモスクが、アル・マルジャニ・モスクです。
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シンプルながら、清潔感のあるモスクです。ミナレットの先のとんがり屋根も、急傾斜の三角屋根も、雪深いこの地ならではのデザインでしょう。今は雪深い事が想像出来ない程蒸し暑いです。
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典型的なタタール建築がありました。低層は石造りで、高層は木造で作られています。これはロシア帝国時代、取り決めで石造の三階建ての建築を禁止されたので、材質の違う健在で3階建ての建物を建てたのが始まりと言います。
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ガブドゥルラ・トゥカイ文学博物館。同名のタタールスタンの国民的詩人の記念館です。
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ゴルバヤ・モスクは青いモスクと言う意味です。タタール人地区だけあり、比較的狭い範囲にモスクが点在しています。
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然しながら、タタール建築が残されているのは、カバン湖の畔、アル・マルジャニ・モスク界隈に限られており、三次元で散策を楽しむには至りません。でも、目下古き良きタタール人地区をリノベーションしようと言う心意気は伝わって来ました。
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現地ではアジサイが咲き誇っていましたが、何故か色彩が無いんですよねぇ。
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タタールスタンは独自性が強く、ロシア連邦の中でも最大の勢力を誇る共和国です。では、何故中央アジア諸国の様に独立しなかったのでしょう?答は立地的に独立しようにも出来なかったのでしょう。もし独立しても、周囲を全てロシアに囲まれた、ロシア連邦内の内陸国になってしまいます。反発を受けながら、独立を強行しても、結局はロシアとの付き合いを断ち切る訳にはいかないのです。
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また、ロシアとしてもカザンは歴史的にも、経済的にも、重要な立ち位置にある町ですから、何としても失いたくないでしょうから、武力衝突につながる可能性が高いです。カザンを始めタタールスタンはロシア人も多く暮らします。そして、これ迄見てきた様に、ロシア人とタタール人が共存してきた歴史があります。
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今回のウクライナ紛争で、タタール人は多く徴兵され、全く関係の無い戦争に多くの犠牲を払わされました。然しながら、これ迄培ってきたロシア人との共生の文化を保つ為にも、唇を嚙みしめても、ロシア連邦に踏み止まっているタタールスタンの姿勢に私は敬意を払いたいと思います。
国内のロシア人とタタール人が、仲良く共生している。これは重要な事なのです。ある意味、軍事力以上の防衛手段でもあるのです。ウクライナ紛争は、ウクライナが親露派と親NATO派に二分していた事が、付け込まれる要因となりました。プーチンがタタールスタンに介入したくとも、ロシア人とタタール人が友好的に過ごしているのなら、付け入る隙が無いのです。 -
私はタタール人地区で食べたいオヤツがありました。でも、キリル文字が解りません。解ったとしても発音出来ません。下噛みそうな名前です。ロシアで言うとピロシキに近いものですが、三角形の可愛らしい形をしています。此処は写真がありましたが、なんか高そうな雰囲気です。
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此処はテラス席もあって手頃そうです。しかも、お店のアイコンに食べたいオヤツが描かれています。
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店員さんを捕まえたら、オイラ英語が話せないって、英語が話せる店員を紹介してくれました。
「あれはなんですか?」って尋ねたら、その青年
「あれは、オジサンです。」って答えるではありませんか!私はツボにはまってしまいました。こう言うボケ、私は大好きです。彼を爆笑しながら見つめていると、彼が若い頃のリヴォルバー・オセロットに見えてきました。大塚明夫さんの様な渋い声で
「いい~センスだ!」
「って言うか、ちゃうわい!オジサンの手に持ってるの食べたいんじゃ~?」
https://youtube.com/shorts/-6HkwTIhW-Q?si=ojoKwfuR38oFAKH6 -
やっと手に入れました。エチポチマクと読む様です。舌噛みそうです。可愛いです。お肉とジャガイモが入っていて、三角形でタタールスタン風お握りって立ち位置です。大満足です。お会計で、オセロットがではお釣り持ってきま~す!と言うから「いらんわ!」って言ったら大喜びしてました。
頑張ってボケを磨けよ! -
愉快な店員さんの軽食屋さんでエチポチマクに満足し、散策を再開します。カバン湖周囲は噴水のある公園が整備され、開放的な雰囲気です。
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カバン湖沿いにアル・マルジャニ・モスクを眺めます。
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カバン湖湖畔を散策しました。カバン湖にはカザンがイワン雷帝により陥落した時、タタール人が敵の手に渡るのを恐れた人々が、財宝をこの湖に隠したと言う伝説が残っています。
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旧ガリアスガル・カマル記念タタール国立アカデミー劇場。
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此方が新ガリアスガル・カマル記念タタール国立アカデミー劇場。
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日本人建築家が設計に加わっているそうです。ガラスのパネルが印象的です。
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旧劇場も、まだまだ頑張れそうな感じですが、新たな劇場を新造するとは、ロシアの劇場の立ち位置の高さを感じます。
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あの、印象的なガラスのパネルは、何か効能はあるのでしょうか?
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湖畔をゆっくり散策しながら引き返します。此処まで来ると、観光客はほとんど皆無で、周囲はカザンっ子ばっかりでファミリーが多いです。
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カザンの中心、クレムリン付近を追われたタタールの人々が再起を目指しこの湖の畔で奮闘した。この湖もまた、アル・マルジャニ・モスクと共に、タタールの人々にとってかけがえの無い存在なのだと思います。
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ゆっくり日が傾いていきます。湖にはカザンっ子がボートに乗って、思い思いの時を過ごしています。此処を訪れる前は、こんな平和な光景を眺める事が出来るとは思いませんでした。誰もがネットを閲覧出来る時代になり、情報が錯乱しています。人々はネットから情報を収集し、都合の良い情報を信じ込み、何でも解った気になり、やがて頭でっかちになっていきます。本当にそれは真実でしょうか?
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旅って、とてもアナログな行動だと思うけど、やっぱり本当に訪れて解る事がある。情報と言うのはたった小さな点にしか過ぎず、其処からイメージで補完した世界観なんて、現地へ実際に訪れれば完膚無き迄ぶち壊される事ばかりだった。ポジティブな意味で。やっぱり旅って良い。コスパも、タイパも最悪だけどね。
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トゥカヤ広場駅から地下鉄に乗り、クレムリン駅を越してコージャ・スロボダ駅へ向かいます。非常に開放的なホームに続く階段。
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ホームに飾られたイスラームらしい壁画も素晴らしいです。地下鉄の感覚はモスクワより長いですが、それでも日本と同じくらいの感覚でやって来ます。
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モスクワの地下鉄には無いようですが、カザン地下鉄駅には小さな日用品店や自動販売機等が設置されていて便利です。
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サッカー、ワールドカップが行われた18年。参加国のボールをモチーフにしたオブジェがあります。日本もあったのに完全スルーしてしまった私。
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この駅に降りてやってくると言えば此処。私が大好きになったカザン・ファミリー・センターです。
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ちょっと早めに到着してしまいました。大好きになったこの場所から、ライトアップされたクレムリンを眺めたかったのです。
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なんと月が乱入してきました。夜景を撮るなら、漆黒になる前の青味が残っている夜景が好みです。ほんの一瞬の出来事ですから、全ての場所と言う訳にはいきませんが、ここぞと言う場所は、この時間に合わせたい。それが此処と言う訳です。
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ジワリジワリと空に青味が増していきます。ライトアップが際立ってきます。素敵な時間です。
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この写真だけ見せたら、何処かのテーマパークと勘違いされそうです。でも、此処はリアルなクレムリン、世界中のどんなテーマパークよりも私にとっては刺激的な場所です。
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此処は大好きになったカザンの中でも一番のお気に入りになったスポットです。でも、夜景を眺められるのは今宵が最期。あっという間でした。訪れる前は、カザンで4泊は長過ぎるかな?なんて要らん心配していたくらいなのに…。
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イチオシ
ただ眺めているだけでも最高ですが、その背景、この街が辿ってきた共存の歴史を加えると、更にこの光景が忘れられないものになりました。世界は争いの歴史に満ちています。この国も目下戦争の最中にあります。そんな中、異教徒、異民族が、奪った者と奪われた者が、手と手を取り合って、培ってきたこの街の歴史は、余りにも貴重なもので、そして心を暖かくしてくれました。
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紛争は世界各地に勃発し、戦争のニュースが絶える事はありません。一方共存と言う話題が取り上げられる機会は数少ないです。カザンと言う街自体、日本では知る人が少ない現状、戦争が更にこの街を知る機会を遠ざけてしまってしまっています。
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もっともっと、この街の存在が、そしてこの街が辿った共存の歴史が、世界中に伝わって欲しいと心から思います。我々は争い合わない選択肢もある。共存を叶えた街もある。やろうと思えば叶えられるんだ。心強くしてくれる街でした。
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カザンにありがとう!カザン最後の夜が暮れていきます。素敵な一夜です。
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振り返れば、ファミリー・センターもライトアップされていました。今日此処で新しいファミリーになった人もいた事でしょう。おめでとうございます。お幸せに!
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イチオシ
ファミリー・センターにてクレムリンの夜景を堪能しただろう人々が、月に導かれるかの様に、クレムリンを目指します。
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地下鉄も走っているけれど、こんな素敵な散策路なら、大切な人と語らっていたのなら、あっという間にクレムリンです。地下鉄に乗るよりずっと魅力的でしょう。あ、私はボッチですが。
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これからファミリー・センターに行く人もいるのかな?それとも帰宅する方面なのでしょうか?女性の一人歩きも多い事から、この街の治安が安定している事が解ります。
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クレムリンが目前に迫って来ました。
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イチオシ
当初は、「クレムリンにモスクが存在する。」と言う話題性が私を惹きつけました。でも、今は、カザンのクレムリンにモスクがあるのは必然だった。無くてはならないものの様に感じます。なるべくしてなったのだと思います。
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シュユンビケ塔を見上げながら、クレムリン城内に入ります。
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ブラゴヴェシチェンスキー大聖堂の背後にクル・シャリーフ・モスクのミナレットが煌々と輝きます。
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再びクル・シャリーフ・モスクに帰って来ました。ホテルがクレムリンに程近いから、散歩に出て、散歩から帰る度に、このモスクを通り過ぎる事になります。素敵過ぎるカザンでの習慣です。
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毎度、モスクの周りをグルっと回ってモスクを後にします。今宵もありがとう、おやすみなさい。
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イチオシ
夜に逢えるのは最後となってしまいました。名残惜しいです。
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いつもの様にモスク脇の門からクレムリンを脱出します。
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クレムリン脇の芝生には、夜も更けていると言うのに家族が団欒を過ごしています。
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クレムリンを背景に、ボウマン・ストリートを歩きます。
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物凄い人込みです。東京だと嫌なのに、此処では落ち着きます。何故でしょう?
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最後の夜、珍しくお土産を買いました。タタールスタンの有名なオヤツ、チャクチャクです。小麦を揚げたものをハチミツに絡めたもので、日本のお菓子に例えれば、さっぱりしていて上品なカリントウと言えると思います。なんと、私の大好きなカザンの構図のパッケージがあったので即決です。
最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。
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