2026/07/20 - 2026/07/20
214位(同エリア1852件中)
さっくんさん
今回の旅はロシア内のタタールスタン共和国の首都カザンを中心とした旅です。ユーラシアを旅すれば、必ずや見る事になるジンギス・ハーンの踏み散らかした痕跡の数々。荒らすだけ荒らしてモンゴル帝国は彼の死後4つの国に分かれました。現在の中国である元。現在の中央アジア諸国であるチャガタイ・ハーン国、現在のイラクやイランにはイル・ハーン国。そして最後の一つが今回訪れるキプチャク・ハーン国の末裔が残る、現在のタタールスタン共和国のカザンです。
本来はカザンと、その郊外を巡るだけの旅でしたが、乗り継ぎの関係で旅行社からは、私の想定していたカザン直行便より、モスクワ乗り継ぎを案内され、それならいっそモスクワも滞在してみようと言う事になり、急遽モスクワが加わりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- その他
-
ちょっといつもより遅くなりましたが、本年度上半期の旅が始まりました。これ迄イラク、アフガニスタン、リビアとイスラームの旅に於いて退避勧告に阻まれてきた国々を旅してきました。私もアラ還となった今、死ぬ迄に赴けなかったら後悔するだろう国々です。しかし、今年の健康診断で実際に腫瘍が発見され、その想いは更に強くなりました。
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有難い事に未だ経過観察の段階だそうですが、いつそれが癌に変化するか解らない現状、何も戦時中に?と言う声もあるでしょうが、現状軍需産業が盛んな事でなんとかGDP値を保っているロシアが停戦してしまうと、経済政策で弱っているロシア経済が一気に崩壊してしまうと言う予測もあり、そうなると現状以上に情勢が悪化してしまう恐れがあります。
世界情勢など、悲しい事にあっという間に変わってしまいます。行きたいと思ったらその時に赴く。私の人生も先行きが解らなくなった今、先行きの読めない国から訪れようと思ったからです。 -
ロシアと言うとモスクワとサンクトペテルブルクを訪れば、それでOK的な感覚があります。確かにロシアの熟成期の歴史を追うのならそれも理解出来ます。しかし私は全く異なった視点からロシア史にアプローチしました。それに、サンクトペテルブルグの世界観は残念ながら私の苦手とする世界観で、なるべく避けたい方面でもあります。
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私はこれ迄、イラク、中央アジア、アフガニスタンと旅を続けてきました。それらの国すべてに共通する事に、ジンギス・ハーンの侵攻を受けた国々であると言う事が挙げられます。モンゴル帝国はジンギス・ハーンの死後、四つの国に分割されました。中国を元が、中央アジアをチャガタイ・ハーン。イラク、イランをイル・ハーンが。そして北方アジアをキプチャク・ハーンが領有しました。
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今回の訪問先は、そのキプチャク・ハーン国の系統が残る、ロシア連邦内タタールスタン共和国です。ロシア視点から言うと「タタールのくびき」と呼ばれる時代の物語です。タタールのくびきの時代は約240年続き、ロシアにとって屈辱の時代でもあったと考えられている様ですが、この時代があったからこそ今のロシアがあるとも考えられると思います。
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キプチャク・ハーン国は時代の変遷と共に更に分裂しました。その分裂した中から、今回の目的であるカザン・ハーン国が生まれます。国が分裂したのですから、ロシアにとっては支配から逃れる格好の機会であったのですが、ロシアにとっても内戦などが起こり纏まらない状態が続きました。
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そんな事情と、ヴォルガ川とカザンカ川に挟まれた鉄壁の防御を持つカザン・ハーン国の居城に阻まれて、大変苦節を重ねましたが、モスクワ公国のイワン雷帝が遂にカザンを攻略し、長いモンゴル支配の時代に終止符を打ちました。その後モスクワ公国はロマノフ王朝を経て、ピョートル大帝の時代に帝国へと姿を変えます。
つまり、ロシアにとってカザンは、それまで有力諸侯の一つに過ぎなかったモスクワ公国が、カザンを奪取できた事で、ロシアと言うひとつの強力な国家に成長を遂げた、余りにも重要なターニングポイントとなった街でもあるのです。つまりイスラーム史にとっても、ロシア史にとっても、カザンは見逃せない重要な街なのです。そんなカザンに向かえると思うとワクワクが止まりません。 -
今回は、久しぶりに成田から出発です。この頃以前なら成田空港からしか飛んでいなかった航空会社も殆どが羽田に引っ越して、格安航空会社かマニアックな便くらいしか成田に来る理由がありません。今回はカタール航空利用、カタール空港も羽田発着を持っていますが、乗り継ぎの関係で成田発をチョイスしました。
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でも…余りにもの衰退ぶりに驚きました。特に制限ゾーン。全くお店がありません。昔は不味くて高い蕎麦屋とかあったけれど、今はインバウンド向け超高価格のボッタクリフードコートがあるだけ。この値段出して、雑多な雰囲気で食事したくありません。食欲が一気に失せました。
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コロナをきっかけに空港バスが大きく変化したと思います。成田空港行きのバスが激減しているのです。人材不足も大きな理由の一つですが、成田空港自体の需要の減少も大きく関わっていると思います。
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さて、今回何故カタール航空なのか?現在ロシアへは日本は勿論、西側諸国の便はありません。そんな現状ロシアへ向かうのに最適なのは中国乗り継ぎ便を利用する事です。しかし、この季節は中国に台風が直撃する可能性が高く、そうでなくとも上海は濃霧が発生する可能性が高く、お国柄もあって定時運航率に難があります。値段、時間的に中国乗り継ぎは圧倒的で魅力的ですが、今回は帰りはどうでも良いから中国乗り継ぎを利用しますが、往路はリスクを鑑み中東周りをチョイスしました。
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なんでこんなに神経質になるのか?だってイラクから始まり、前回のリビア迄3回連続色々起こり続けているのです。イラクの時は出発直前二日前にエディハド航空がまさかのフライトキャンセル。アフガニスタンの時はエミレーツが機材不調で3時間遅れ、続いてアフガニスタンに向かうカム・エアーがイスラエルのヒトラーが放ったミサイルにより1時間機内待機。そしてリビアの時は天候不順でイスタンブールでは無くイズミールに着陸。
あんまりに往路で様々な不幸に巡り合ったので、もっと良い乗り継ぎ時間もあったのに、5時間の乗り継ぎ時間をチョイスし、モスクワでクッションを置く事で、何か大きく遅延してもカザンの予定は崩さないようスケジュールを組みました。 -
しかし、折角安牌を狙って中東周りを設定したのに、アメリカのオオカミ老人が余計な事をしやがります。「イランとの合意」と言う口から出まかせに何度か冷や汗を搔きましたが。数度後には「嗚呼また口から出まかせ言ってやがる。」くらいにしか思わなくなりました(笑)
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カタール航空はエミレーツに比べればエンターティメント系では劣りますが、中東系の航空会社はとても安定感があり、落ち着いて搭乗できます。これに慣れてしまうと帰りの中国東方航空が怖いなぁ…。
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ドーハのハマド国際空港に到着しました。あれ?こんな庭園以前あったかな?ちょっと来ないとあっという間にアップデートされてる?どんどん何も無くなっていく成田空港とはまるで対照的です(泣)
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勿論店舗もギッシリ入っています。ドバイよりは混雑が少なくスッキリしたスペースもあるので、乗り継ぎの待ち時間が快適です。やっぱり制限ゾーンが充実していてこそ乗り継ぎが快適になります。そうした制限ゾーンの充実と言う点では日本の空港は大変出遅れていると感じます。
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乗り継ぎ客は入国して迄制限ゾーン外に買い物に出かけませんし、国内に滞在した旅人も、厄介な諸手続きを終え、制限ゾーンに入ってから、搭乗する迄ゆっくり買い物を楽しみたいから、制限ゾーン外はスルーしがちです。
かと言って現地に暮らす人々も、現地のもっと規模の大きいショッピングモールに買い物へ行くから、空港の制限ゾーン外に立派なモールを作っても意味が無いのです。日本の空港の設計は完璧に間違っていると思います。羽田や成田でも、空港に直結して作られた施設が大コケしていますが、当然の事に思えます。 -
しかし広くなり過ぎて、最早あの恒例の熊が何処にいるのかわかりません。ふと途中見かけた掲示板を見てビックリ。先程確認したゲート表示が消えています。つまり白紙撤回されています。普通ならゲートチェンジなら新たな表示が出ている筈です。
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途轍もなく嫌な予感がしてヤフーニュースを見れば、案の定ウクライナがモスクワ近郊に爆撃を仕掛けたと言うニュースが飛び込んできました。よりによって今日…。思わずこれまで苦労した日々を思い返します。空港に近くなければ良いのですが…。
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今回の旅で、唯一心配しているのは飛行機が飛ぶか飛ばないかです。現地に着いてしまえば、私の行動半径は大概二つの街のクレムリン周辺、即ち中心地です。ゼレンスキーが発狂でもしない限り、彼はクレムリン周辺を攻撃する事は無いでしょう。そんなことをしたら最後、プーチンはキエフに向かって核を使うでしょうし、それ以前に、クレムリン周辺に攻撃を加えた時点で多くの支援国から無視される事になるでしょう。
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もうこうなったら坂上二郎さんを召喚するしかありません。
「飛びます!飛びます!」
まぁ、こうなったら慌てても仕方ありません。いつもの事です。現地で待っていてくれるだろう旅行社への伝達や、其れ以降のスケジュールの組み方でも考えた方がマシな時間の使い方です。 -
なんか素敵な名前のレストランが…。常時これじゃ鼻を摘ままれますが、決して譲れないものもある。自分にとって切り札にはWagamamaでいたいものです。私にとってそれが旅です。大好きな小島監督の作品メタルギアソリッド2のセリフを借りれば
「俺達は政府や誰かの道具じゃ無い。」 -
「我々の敵であるロシアを弱らせる為、虐めなくてはならないので、国民もロシアでお金をおとしてはいけません!」
西側諸国の権力者達はそう言いたいのでしょうが、当方ロシア人に何の怨みも無いし、性分的にそんな村八分的な行動に加担したくないのです。 -
小学生の低学年の時です。私は友人にミニカーを盗まれました。ガキだった頃で親の助けもあって、私は友人と和解する事が出来ました。彼も恐縮しながら正直に謝ってくれました。しかし彼はクラスのほかの友人にも同じ様な事をしていた様でした。それから数週間後、彼は「泥棒」呼ばわりされクラスの中で四面楚歌になってしまいました。私は必死に庇いましたが私は無力でした。彼は転校してしまいました。今もやるせなく思います。
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彼が間違った事をした事は間違いないでしょう。盗まれたクラスメイトが彼を叱責するのは仕方ない事です。でも、全く関係無いだろうクラスメイト達もよってたかって彼を追い詰めました。私はそれがとても汚らしく感じました。
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そんな性分だから、9・11のテロが発生し、日本中がイスラームに反感を感じた時、私は旅人なら、自分で旅してから答を出さないのは卑怯者のする事だと思いました。その答はもう書く必要も無いでしょう。
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そんな自分にとってロシアへの旅は、ある意味当然の帰結だったのかもしれません。勿論これまでロシアに良い印象は持っていませんでしたし、共産党には嫌悪感さえ感じています。しかし、イラク、アフガニスタン、リビア…実際現地へ赴いてみれば、イメージや世間で流布されている認識とは180度異なった世界観がそこに広がっていました。人や文化は、政治や国とは全く異なります。きっと、ロシアも良い旅が出来る。私は信じています。
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但し、こうした旅先では不足な事態も起きかねないことを知っています。更にキリル文字を全く理解出来ない事、ロシアの歴史にも疎い事から、適材適所ガイドさんのバックアップを依頼する事にしました。
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しかし昨今のウクライナ紛争の影響で、日本は愚か海外発でさえ、ロシアを案内してくれる旅行社を見つける事は難しいものでした。しかし灯台下暗し、日本のユーラストラヴェルさんが、積極的にはツアーを催行していないものの、受動的に需要があれば、オペレーションしてくださる事を知り、私の意向を全面的に取り入れてくれて今回の旅が成就しました。
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そして漸く熊を見つけました。やはりコイツに逢わないとドーハに来た気がしません。
「久しぶり!元気だったかい?」 -
そんなこんなしていると、掲示板が私の乗るべくモスクワ行きのゲートが点灯しました。嗚呼これで四度目の正直で定刻通りに現地に到着出来そうです。あ、いやいや、着陸するまで気は抜けません。
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それにしても、折角熊に逢いに来たというのに、変わったゲートは行き来た道を逆戻り…。そうとう歩いてきたよなぁ…。何故か端っこの端っこのゲートに変わってしまいちょいと不貞腐れる。これが今のロシアの扱いなのか…。
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もう一度列車に乗って引き返します。
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また、此処迄戻ってきてしまいました。でもロシアにどうやら定刻に到達出来そうなので足取りは軽いです。
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そして振出しに戻りました。結局熊に逢いに行くためだけに、空港内を端から端まで歩かされてしまいました。
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そして、遂に搭乗が始まりました。四度目の正直に胸が熱くなります。そして、遂に嘗てソ連と呼ばれた国に赴きます。映画、小説、ゲームそして現実…常に西側に生きる我々にとって敵国として描かれてきた国、私の最大の食わず嫌いな国。でも私は確信があります。イラク、アフガニスタン、リビア…常に側の外側に存在する国は過剰に悪者に祀り上げられていたと言う事。きっと今回も素敵な旅となる事を。
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搭乗に際して一人の日本人に出逢いました。こんな時に日本人と出逢うのも珍しいなと思いましたが、現地で任務を継続している公務員さんの親御さんだと言う事です。渡航以前、情報集めに、この戦時中にロシアに渡航した旅人さんの記事を参考にさせて頂きましたが、その旅人さん達の殆どが同様なケースだった気がします。やはり、その様な経緯じゃないと渡航する動機とならないのかもしれません。
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機内食が始まりました。私は記録として機内食を撮影しますが、嘗てソ連だった時は、機内で写真を写そうとしたなら、あっという間にスチュワーデスが飛んできて、カメラを没収されたと聞きます。それらは伝説の一つなのかもしれませんが、管理の厳しい国だった事は間違いないでしょう。
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此方はドーハからモスクワへ向かう航路です。真直ぐ飛べば良いものを、クランクを曲がるように蛇行しています。考え過ぎかもしれませんが、良く見ればイラン、ウクライナ、即ち紛争地を避ける様な航路を選択している気がします。
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朝食のスナックが配られました。もう着陸が近いです。最早鉄のカーテンを通過しました。私の定時到着を阻むものがあるとすれば、最後の難関、入国審査です。ネットでは別室送りになり長時間の尋問を受けたケース等が挙げられています。別室送りはイスラエル等で数度経験があるので怖くもなんでも無いのですが、四度目の正直をそんな事で阻まれるのは困ります。
成田空港出発の時も、ロシア渡航者は所持金などを検疫に尋問されると情報もありましたが、実際検疫迄自ら出向きましたが、そんな必要はありませんでした。旅行社からも、現在はロシアの入国も増加する中国人にスポットが移り、日本人に対して以前ほど厳しさは無くなったから大丈夫だろうとの事でした。
そして遂に入国審査。え?隣の入国審査官とくっちゃべってるではありませんか?俺を見ろよ!質問は無いのか?と思っているとパスポートが返されました。拍子抜けです。宜しかったら仕事が終わったらお茶でもしたかったのに…。
そんな訳で予想以上にすんなりと鉄のカーテンは開かれました。さて、ロシアの旅が始まります!
最後までご覧になって下さり、ありがとうございます。
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