2026/07/23 - 2026/07/23
1位(同エリア7件中)
さっくんさん
今回のカザン滞在は、4日間、そのうち3日間は其々ツアーを組んでいます。初回は前回紹介した市内観光、2日目はメインコンテンツのボルガル遺跡。3日目はスヴィヤースクを訪れ、4日目は夕刻に帰国の途へ着きます。2日目は片道2時間の行程でガッツリ1日ツアーですが、1日目と3日目は半日程度のツアーなので、日照時間の長い、ロシアの夏に於いてはガッツリその後も観光可能だったので、其々、ツアー編と自力観光の二本立てで紹介していこうと思います。で、今回は初日の午後、カザン市内自力散策の1回目です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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大満足のツアーを終え、この街の概要をしりました。ホテルに戻って一幅するつもりでしたが、興奮が冷めやらず、あっという間にホテルを飛び出しました。
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カザンは猫の物語も有名です。サンクトペテルブルグの冬の宮殿がネズミに荒らされ女王エリザベータは困り果てていました。冬宮殿をネズミから守る為、カザンのネズミ捕りに優れた猫、30匹が、冬宮殿に向かいました。彼らの子孫がエルミタージュの番人猫の起源とされています。そんな伝説を表した猫の銅像は、写真を撮るのも大変な程、観光客が次から次へと記念写真を撮っていました。
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カザンで一番賑やかなボウマン・ストリート。ロシア人とタタール人、二つの民族を結び付けたボウマン・ストリートには、あっという間に到着です。
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ツアーでは、タタール人地区からホテル迄を歩いたので、今度は歩いていない、ホテルからクレムリン迄を歩きます。
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二つの民族を結び付けたボウマン・ストリート。かと言って二つの民族に何も無かった訳ではありません。ロシア帝国時代は様々な差別はあったと言います。例えば教育を受けられる範囲とか、就ける仕事の制約とかです。その制約が無くなったのは、皮肉にも宗教を否定したソビエト時代だったと言います。しかし、こうした差別を受け、鍛え上げられた反骨精神があったからこそ、タタールらしさが生き残ったとも言えます。
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例えば、二つの民族が余りにも近寄り過ぎると、大きい方に同化してしまい、やがて民族意識は失われてしまったかもしれません。勿論それはそれでも、紛争に巻き込まれたり、虐待を受け続ける様な、悲惨なケースも世界では多々あるので、それよりはよっぽどマシな事かもしれませんが。
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タタールスタンでは二つの民族が共生し、且つお互いが自分の民族のアイデンティティをしっかり保っている、理想の形と言えるかもしれません。然しながら、今となっては、白い肌、青い目、茶色い髪、本人たちは理解出来ても、我々には明確に二つの民族の違いが解らないケースの方が多いです。
タタール人であっても、正教会の人も多いです。こうした民族や宗教の事は、センシティブな問題に繋がる事もあるので、むやみに問うのはマナー違反です。よっぽど人間関係を築いている人じゃなければ、会話等から察した方が良いでしょう。 -
カザンにも1系統ではありますが、地下鉄があります。計画されている路線は複数ある様なので、これからもっと便利になるでしょう。
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クレムリンに到着しました。ホテルから直接向かうと、スパスカヤ塔に辿り着きますが、ボウマン・ストリートから向かうと、此処からスパスカヤ塔に登る事になります。
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さて、此処からモスクワのクレムリンでも行った様に、クレムリンの周囲を一周してみようと思います。
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カザン・クレムリンは純白の白漆喰の城壁と、雪国らしいとんがり帽子の尖塔に囲まれています。外周の距離は1.8キロ、敷地面積は15ヘクタール。因みにモスクワのクレムリンは外周2.25キロ、敷地面積が26ヘクタールです。因みに、皇居の外周は約5キロ。敷地面積は115ヘクタール(外苑を除く)こう考えると皇居ってデカい。
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カザンのシンボルであり、カザンの紋章にも登場する翼竜、ジラント越しに眺めるクル・シャリーフ・モスク。
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イチオシ
因みにこのジラント、地下鉄の出入り口に構えています。
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クレムリンの出入りは一般的に表玄関のスパスカヤ塔と、真逆の裏口の二か所ですが、時間によってはクル・シャリーフ・モスク脇からも出入りできます。
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クレムリン城壁の尖塔から眺めるクル・シャリーフ・モスク。
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城壁一周のつもりが、入れるのならと、ついついモスクを眺めにきてしまうモスク好きの私。
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やはり美しいと思うものは美しい。私はモスクの左右対称、即ちシンクロニシティから来る安定感、そして丸みを基調としたデザインから来る優しい雰囲気、そんな箇所が好きです。
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ブラゴヴェシチェンスキー大聖堂とスュユンビケ塔。
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スュユンビケ塔と大統領官邸。
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イワン雷帝に求婚された、敗れた側のカザン・ハーン国最後の王妃が身を投げたと言う悲話が有名な塔ですが、史実に照らし合わせるとかち合わない部分も多々あります。イワン雷帝と言えば、様々な恐ろしいエピソードが残る曰くつきの人物、(だからこその雷の呼称)聖ワシリィ寺院を建立し、これを凌ぐ寺院を建立させない様に、建築技師の目をくり抜いたと言うエピソード同様、イワン雷帝の恐ろしさを語るエピソードとして創作された物語としての性格が強いでしょう。
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再び城外に戻って、クレムリン一周に戻ります。クレムリンは高台に築かれているので、周囲の展望も素晴らしいです。
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モスクワは勿論、此処カザンのクレムリンも素敵です。二つのクレムリンを見てきましたが、幾つかの共通点を見つけました。例えば重要な塔にスパスカヤ塔と名付けられる塔を持つ。とかクレムリンの直近に百貨店がある。川沿いに築かれている。とかです。ロシアに平和が訪れたなら、ロシアのクレムリン巡りも楽しいと思います。調べればいっぱい存在しますから。
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あれ?ピラミッドがあります。いったいあれはなんでしょう?後日ガイドさんに聞いてみたら、劇場及び多目的ホールと言う事です。
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私は元々バックパッカー的スタイルで旅をしていたので、自由気ままに旅をする事が好きです。只歳を重ね、知的欲求も強くなったので、ガイドをしっかり受ける事も好きになりました。今回のカザンの街の形成の素敵なエピソード(前回)なんて、ガイドを受けなかったら、全く気づけなかった事で、これを知るか知らないかでは、この街の印象が大きく変わっていた筈です。
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だから、旅の全てで出来る訳ではありませんが、ガイドを受けた街を、さらに自分の足でも歩く、この二足の草鞋を履く旅が私の一番贅沢な旅となっています。そして此処カザンでそれが実行出来ている事が嬉しいです。
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モスクワのクレムリンも脇にモスクワ川が流れますが、カザンのクレムリンも同様、更にヴォルガ川とカザンカ川の合流点と言う自然の要衝に建てられています。後日訪れる歴史的な場所も、漏れなくヴォルガ川と他の川の合流点と言う事で共通しています。
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これは昨年訪れた、武田家滅亡の舞台ともなった岩殿城も川の合流点に建てられており、川の合流点は世界共通して、軍事的要衝として用いられてきた環境だったのでしょう。
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但し、日本の狭い国土では、川は急流となり、また大風などの気象の影響を受けやすかった事もあり、川を利用する水運は限度がありましたし、水害を常に考慮する必要がありました。
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ヴォルガ川は場所によっては海と間違える程川幅を持ちます。また、雪国ですので多くの雪解けから生まれる大量の水もあります。川沿いに建築を建てて大丈夫だったのでしょうか?日本人としては心配してしまうところで、ガイドさんに何度か尋ねましたが、それほど大きな水害は無かったと言います。ロシアは国土が大きく、ヴォルガ川も、海の様な幅を持つので、雪解け水さえ受け止める程懐が深いのかもしれません。
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普通尖塔の天辺には、カザンでは小旗の様なレリーフ、モスクワではソビエト時代の赤い星が掲げられていますが、裏口の尖塔には、ちゃっかり世界遺産のマークが掲げられています。此処が世界遺産な事は間違いないですが、これってアリなのでしょうか?
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更に城壁沿いに周回を進めます。大地の緑、純白の城壁、そして空の青、最高の散策日和です。
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カザンカ川の対岸に、再び不思議な建築が見えました。カザン・ファミリー・センターと呼ばれる建物です。カザンと言う街の名前は「大鍋」を意味し、だから大鍋の様な建物なのだそうです。愛が満ちる盃である様にとの事で、結婚式場の役割もあるとの事です。少子高齢化や物価高騰の煽りを受けて、日本の式場は青息吐息の様ですが、こんな派手なの造って大丈夫なのでしょうか?なんか私、心配してばっかりです。でも、カップル用施設なら、私に縁遠い施設だなぁ…。
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クレムリンも裏側に回ってきました。スュユンビケ塔は何処からでも目印となります。
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此処からカザンカ川の川沿いは、カザンっ子の余暇を過ごす格好の場所となっているそうです。チラ見、と~っても、リア充さん達のスペースでした。此処も私には縁遠いスポットかもしれません(´;ω;`)
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そのリア充スペースの端っこのゴーカート場からクレムリンを見上げます。
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正面に農学者宮殿と呼ばれる建物が見えてきました。日本で言えば農林水産省の建物ですが、何故農林水産省だけこんなに立派な建物なのでしょう?国会議事堂に値する建物より豪勢です。
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ブラゴヴェシチェンスキー大聖堂を見上げつつ…。
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イチオシ
農学者宮殿の懐までやって来ましたが、大き過ぎて全てをファインダーに入れるのに一苦労です。
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勝手にこちら側をクレムリンの裏側と呼んでいますが、此方は北側に当たるので、多くの時間が逆光となってしまうのです。クル・シャリーフ・モスクも多くが隠れてしまい、ミナレットしか臨めません。
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農学者宮殿の屋根に身構えているのは、翼竜ジラントと共にカザンのシンボルとなっている翼を持った雪豹、アル・バクスです。
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横から眺める農学者宮殿。
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クレムリンを約四分の三周ってきたと思います。
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歴史的な遺構が唐突に残されていました。
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有翼の雪豹が守る、農学者宮殿のドーム。
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そして再び見上げたクレムリンの裏からの風景。
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パラスケヴァ金曜教会が見えてきました。農学者宮殿が余りに巨大で、その脇にある事で付属品みたいになってしまっていますが、此方はイワン雷帝がカザンを奪取した頃に作られた歴史的正教会の教会です。名前は殉教者の名に因みます。
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さて、そろそろクレムリン一周の旅もラストスパートです。
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周囲には瀟洒な街並みが広がっています。午前中訪れた自由広場があり、現代のカザンの政治機能の中心があります。
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エッサカホッサカ、最後の坂道を登っていきます。あの尖塔を曲がれば、スパスカヤ塔が見えてくる筈です。
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先程の街並みがどんどん眼下となっていきます。因みに眼科は無かった筈です。多分。
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イチオシ
そして、クレムリン正門に到達しました。門からクル・シャリーフ・モスクが覗いています。
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正門の反対側の風景です。クレムリンの正門前だけあって、重厚な建築が並びます。右手最前列は、モスクワのグム百貨店の様に百貨店がありましたが、現在では博物館として利用されています。左側に3ブロック程歩くと、宿泊しているジュセッペ・ホテルがあります。
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振り返れば、スパスカヤ塔が健闘を称えてくれている様です。
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イチオシ
そして、クレムリン一周達成です!とても素敵な散歩となりました。
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一周を始める際、反対側から翼竜ジラントの写真を撮りましたが、実は地下鉄の入り口に立っているのです。では、今度こそ地下鉄に乗車します。向かうところはカザンカ川の反対側。先程眺めた私には縁遠い筈のカザン・ファミリー・センターです。
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カザンの地下鉄は未だ1系統ですし、装飾が施されている駅は少ないですが、此処はクレムリン直結の駅だけあって、カザンで一番美しい駅です。旅人としては、之から私が向かう、カザンカ川対岸方面、及び、逆側に一駅向かった、タタール人地区に近い駅への移動に便利です。
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白を基調とした清潔感溢れる構内。
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ホームにはタタールスタンを意識した壁画が飾られています。一枚一枚別のものです。
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ロシア連邦となってから出来上がった、ロシアで一番新しい地下鉄なので、モスクワの様な歴史的重厚さこそ、ありませんが、素敵な地下鉄駅である事に違いありません。
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ミナレットを意識した柱の上、天井にはイスラームを意識したレリーフが描かれています。
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地下鉄駅は新しいものですが、列車は多分モスクワとかからのおさがりだと思います。結構年季が入った車両が走っており、モスクワ同様、様々な年代の車両が使われています。
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私の乗る車両は、先程走ってきた逆方面より一回り新しい車両の様でした。
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ファミリー・センターに到着しました。結婚式場として使われている施設ですが、2018年のワールドカップ時にはカップだけあり、スタジアムも近く、巨大なスクリーンが設けられパブリックビューイング会場となりました。また、カザンは日本代表のキャンプ地となった為、それを目的にカザンを訪れた日本人観光客も多かった様です。
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周囲はカザンの二大シンボル、翼竜ジラントと有翼の雪豹が守護しています。此方はジラント。
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このファミリー・センターは登る事が出来、そしてこの光景は私の心を鷲掴みにしました。此処が結婚式場として利用されるのも合点です。この街の象徴、カザン・クレムリンの一番格好良く見えるポイントなのですから。
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イチオシ
右にシュユンビケ塔、中央にクル・シャリーフ・モスク、左にブラゴヴェシチェンスキー大聖堂。そして中央前部に大統領官邸。
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カザンカ川に浮かぶ様にカザン・クレムリン要塞が、構えています。現在とは大きく様相は違うでしょうが、此処を奪いに訪れた、イワン雷帝もまた、私と同じ視点でカザン要塞を睨んでいたに違いありません。
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農学者宮殿の威容も眺められます。
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要塞と書くと威圧感バリバリですが、モスクや教会の曲線美と色使いで、お伽の国感も持ち合わせます。
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左側を眺めれば、カザン創設千年を記念して造られたミレニアム橋。
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反対側は、住宅街が広がります。
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右側にはカザンカ川を渡る通路が伸びますが、私的には、この大河を此処まで堰き止めてしまって水害が起こらないか心配でたまりませんが、大丈夫なのだそうです。とても快適な散策路です。
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此方側を守護するは、有翼の雪豹アク・バルスです。
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イチオシ
まるで、カザン・クレムリンと対峙するかの様に構えています。
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顔は…チョッピリブサイクさん漢は顔じゃ無い!
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私もアク・バルスの様に、カザン・クレムリンを眺めます。盃の上に登らずとも、此処からも十分クレムリンを眺められます。
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高度が無い分立体感では劣りますが、水面ギリギリから眺める事により、カザンカ川に浮かぶ様な迫力では、此方が勝ると思います。
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この街と言えば此処!って言うキメの構図があると、強烈に人の印象に残ると思いますが、私にとって、この場所がカザンのイチオシの構図です。
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盃の上は、それなりに混雑していましたが、外界は広大で、思い思いの場所で、リラックス出来ます。暑くて茹で上がっていたと同時に、素敵な物語を持つこの街の特等席に陣取って、熱が醒める迄、思う存分眺め続けました。
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農学者宮殿も、俺を忘れるなと言っています。
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国立図書館も見えました。カザンの人々が夏目漱石フェアを楽しんでいるなら、私もタタール文学に目を通さねばなりません。
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そして、此処が結婚式場なら、これが無い訳ありません。
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クレムリン方面には地下鉄で戻るのが一番早いのですが、先程眺めた緑道が、余りにも魅力的で歩いてクレムリン迄戻ります。
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ファミリー・センターが遠ざかっていきます。
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緑道には所々ベンチが設けられています。なんと回転します。なんか、外国に来ると、採算が…って言葉が頭に浮かんでしまうのは、日本人の弱点でしょうか?長所でしょうか?
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歩けば、歩く程、クレムリンの迫力が増していきます。
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農学者宮殿だって…。
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徒歩による散策の良いところは、歩く度に見え方が少しづつ変わる、シャッターチャンスが無限大と言うところ。
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真下に地下鉄走っているのに、この緑道が快適過ぎるのか、カザンっ子がウジャウジャ歩いてる。これじゃ地下鉄の採算が…(笑)でも本当に快適過ぎる。クレムリンが美し過ぎる。
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ファミリー・センターの盃も、最早あんなに小さくなりました。
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イチオシ
嘗てこの地を奪ったロシア人、奪われたタタール人、クレムリンがある一等地を奪われ、街のはずれの何も無い土地に追いやられ、其処から一からやり直したタタール人。
やがてそれぞれの街は発展を遂げ、やがて接触する程大きくなった。其処で再び紛争が始まると言うのが世の常ですが、彼等が始めたのは交易だった。 -
やがてお互いの居住区を繋ぐ道には市が立ち、両者を繋いだ道は現在でも多くの人が集うボウマン・ストリートとなった。
それでもロシア帝国時代には、タタール人には様々な制限があった。しかしそれ故の反骨精神は、民族意識を高め、同化されるのを防いだ。
争い合う事無く、仲は良いけれど、此処のアイデンティティはしっかり保つ。人間関係として、これほど理想的なスタイル、あるでしょうか?それを成し遂げたカザンだからこそ、更にこの景色が美しく映えます。 -
カザンカ川は、クレムリン付近に残された水路で上流と下流が繋がれています。これだけの大河が、こんなボトルネックな構造だと、水害が発生した時危険地帯になるのではないか?日本の川の事を考えてしまうと、つい心配してしまう、心配性の私(笑)
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クレムリンに手が届きそうな、クレムリンの袂で、車道に阻まれクレムリン方面にはいけません。仕方無くカザンカ川沿いにクレムリンを眺めながら歩きます。
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ある程度進むと、アンダーパスでクレムリン側に潜れました。しかし私はそれには従わず、そのままカザンカ川沿いに進みました。其処はカザンっ子たちの憩いの場だと聞いていたからです。
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其処は、普通の私なら絶対避ける、リア充の皆様のスペース。でもこの街、大好きになったから、カザンっ子が楽しそうにしていると私も嬉しくなります。
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それにしても、人出が多いなぁ。みんな仕事を終えて集まってきたのでしょうか?残業無いのでしょうか?みんな遊んでて大丈夫なのでしょうか?またまた、心配性の私。
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なんでしょう?ヘンテコリンなダンスが披露されています。伝統的なものではありません。でもTikTokみたいな今流行りのキレキレのダンスでもありません。ヘンテコリンなダンスです。若い人もいますがお年を召した人も多いです。婚活ダンスでしょうか?でも、微笑ましいダンスです。本当は動画も撮ったのですが、音楽の版権が厳しい様でNGになってしまいました。音楽自体も面白い作品だったので、披露出来ず残念です。
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あ!あれは、嘗てマクドナルドだった、マガイ・ナルドではあ~りませんか?今回は有人の販売員がいたので、インチッキー・フライド・チキンで惨敗したリベンジです。でも、結局キリル文字が解らず、背後の画面に映されたセット商品を指さし注文。店員さんがあれですね!って指さし確認した瞬間、切り替わる画面!
なんでやね~ん! -
そして其処で気づきました。販売員さんは注文を受けるだけ。キリル文字のレシートは何が書いているか解らず、私は自分の注文したセットの名前も言葉に出せず、こんな状態で、ごった返す受取カウンターで、自分の注文した品を待たなければならない、この心細さ。
でも、唯一解る方法があったのです。此処は先述した通り、リア充さんの場所。一人で来店しているのは私一人なのです(笑)だから一人分のトレーが出てきたら、一発で分かった(笑)勿論ビンゴです(笑)…どうせいつだって、独りぼっちだよ!
ハンバーガーを食べながら思います。アメリカが国民皆保険制度が無い事が問題視される事がありますが、塩分、加工肉、脂分、糖分…不健康のフルコース!こんな食生活が日常な国民に国民皆保険制度を適用したら、そりゃ国が崩壊すると思います。こんな食生活で健康損ねたら自己責任で治療が当然です。日本もアメリカに近づいているから、日本の保険制度がとても心配です。 -
何でもない一日なのに、まるでお祭り騒ぎの様な和やかな雰囲気の中歩く、カザンカ河岸通り。アラブ風に言えばコルニーシュ。あ、コルニーシュは海岸通りです。
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カザンを訪れる前は、ヴォルガ川沿いの街としてカザンを認識していましたが、カザンっ子にとっては、存在感は圧倒的にカザンカ川の圧勝です。勿論ヴォルガ川はないがしろにされている訳ではありません。ヴォルガ川は海運じゃなくて川運?等、仕事や移動の場としてカザンを支えています。
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素敵なカップルさん、幸せそうなご家族さん。これからファミリー・センターの盃で式を挙げる人と挙げた人でしょうか?此処から対岸に聳える盃を眺め、その日に想いを馳せる二人と、懐かしむ二人。嗚呼私にもそんな選択肢があった筈なのに…。
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20時を過ぎて、ようやく太陽が良い感じになって来ました。
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振り返ればクレムリン。ブラゴヴェシチェンスキー大聖堂の玉葱ドームと、クル・シャリーフ・モスクのミナレット。
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河岸通りから、一歩内陸側には静けさに満ちた公園があります。河岸通りのあまりのリア充ぶりに、耐えられなくなったら、此処で独りに浸りましょう。
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カザンカ川の対岸に、盃が聳えます。先程あそこからクレムリンを眺めていたのです。そして将来あそこで式を挙げる人と、挙げた人に囲まれながら、一日の終わりを楽しんでいます。
https://youtu.be/YBcdt6DsLQA?si=oHwWtUlxOB7FBqLe -
長閑に、平和に、一日が暮れていきます。この暖かい、ささやかな、ありふれた光景を、穢されなければならない理由なぞ、何処にありますか?プーチンさん?
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振り向けばモスクのミナレットが聳えます。嘗てはタタール人地区に限られていた時もありますが、現在では何処にでもあります。
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私は此処で大失態を!なんとカメラを落としてしまいました。言い訳ですが、治安の悪い場所では体とカメラをチェーンで繋いでいるのですが、ロシアでは脅威を感じなかったので、繋いでいませんでした。画面はエラーが出て動きません。
( ノД`)シクシク… -
イチオシ
リリーフは控えていますが、コイツと数々の思い出を撮って来ました。一か八かでズームをガチャガチャ手動で弄っていると奇跡が起きました。ごめんよ。リア充に囲まれながら、一人ギャン泣き状態でカメラを弄る私。
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夕日を眺めに、短いロシアの夏を満喫するかの様に、ジェットスキーが走ります。
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イチオシ
やんちゃ君が波しぶきを上げ、無茶な運転を披露します。
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楽しくて、有意義だった一日が終わろうとしています。時刻は8時を大きく回っています。
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カザンっ子と一緒になって河岸通りの手摺に凭れて一日の最期の儀式を見守ります。
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何処からか遊覧ボートもやってきました。
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太陽が、ビルとビルの間に沈んでいきます。今日一日ありがとうございました。
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ロシアでは珍しく出店を見つけたので、小腹が減ったので茹でトウモロコシを食べました。血圧が高く、減塩中でしたが、今日は暑過ぎて一日中歩き倒して、体中の塩分を出し尽くしてしまっているので、逆に塩分補給です。お医者様の言う減塩は、一日中エアコンの中に居られるハッピーセットな人を基準としているので、日頃から炎天下一日中動き回っている私は、お医者様の言葉を鵜飲みにしたら、即効熱中症で昇天します。
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日が沈んでもまだまだ空は明るいです。家族連れはまだ楽しんでいます。前でお子ちゃまがハンドルをぶんぶん回し、自分が運転してる気満々です。微笑ましいなぁ。
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沈んだ後の空色も良いよね!
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河岸通りでサンセットを楽しんだカザンっ子は群れを成して今度はクレムリンに向かいます。クレムリンに向かって、クレムリンのライトアップを楽しむのです。おまえ達、毎日こんななの?羨まし過ぎだろ!
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スュユンビケ塔もライトアップされています。
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イワン雷帝に国を滅ぼされた上に、求婚されたカザン・ハーン国最後の王妃が身を投げた悲話が残るスュユンビケ塔。斜塔としても有名です。
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モスクワのクレムリンは、現在も政治が行われている場所ですから、当然観光客は出入りを厳重に管理されますが、カザンは基本的に解放されていますので、観光客は勿論カザンっ子も庭園感覚で此処で寛ぎます。そして人々心に馴染んでいきます。私も滞在中に何度クレムリンを出入りした事でしょう。
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イチオシ
西の空は、まだまだ明るいです。日没が遅かったり、サマータイムがあると、人々は一日を有効に楽しみ、経済的効果も上がると思いますが、日本でそれをやったら、未だ明るいんだから、未だ働けって事になりそうで怖い。
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これだけ多くの観光客が集うのに、ビザの免除以来多くの中国人観光客が押し寄せている事はニュースでも聞いていましたし、実際モスクワでは多く見かけましたが、カザンでは一人も見かけませんでした。日本人も同じですが、皆、モスクワとサンクトペテルブルグだけ観て帰ってしまうのでしょう。私にとっては、そちらの方が都合が良いですが…。
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世界には負の遺産と呼ばれる遺産が数多く残ります。一方カザンの様な共生の遺産は数少なく、また、話題に登る事も少なく、残念に思います。私もガイドを受けなかったら見過ごしてしまったかもしれません。私は、このカザンが培ってきた共生の歴史を、もっと、もっと、推したいと思います。
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嘗て故郷を奪われた民族と奪った民族、でも、カザンの人々はそれを乗り越えました。それは政治家達が行った訳ではありません。市民レベルで繋がっていった。そして政治もそれに介入しなかった。我々は、やろうと思えば出来るんです。やろうとしないだけです。こんなケースもある。人類の歴史は紛争だけの歴史では無いのです。
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世界中の人々にこの街の歴史を伝えたい。プーチン見てるか?ウクライナを操ってるNATOの連中も見てるか?あんた等争い合ってばかりじゃないですか?大政奉還を成し遂げ、一夜にして内紛を回避した日本。徳川の挑発に、自身を犠牲にして迄争いを回避した前田松。
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争いを回避し、和の道を進んだからこそ今の日本があり、加賀百万石が明治まで続いたのです。そして此処カザンの街も、争わなかったからこそ今日まで繁栄を続けているのです。
「争い合ってはならぬのです!」
能登復興を目指し能登演劇堂で行われた劇「まつとおね」で前田松を演じた吉岡里穂さんの台詞です。 -
現在も続くウクライナ紛争、親ロシア派と親NATO派で国が二分してしまったのが最大の要因です。どんなに煽られても、どんなに格好悪かろうと、二つの意見の食い違いを修正出来なくとも、エスカレーションを抑え込む事が出来ていたのなら、プーチンも付け入る隙が無く、紛争は起こらなかった筈なのです。
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こんなケースの歴史もあるんだ。と思うと、人類も未だ、紛争の起きない未来もあるのかと希望を持てる気になります。カザン。歴史も、風景も、素敵な街でした。たった一日歩き倒しただけで、この街が大好きになりました。まだまだ嬉しい事にカザン滞在は続きます。
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最初は、余りに情報が少ないので、そんな街に4泊もするのは退屈するのでは無いかと心配していたのです。(ボルガルとスビヤスクのツアーも含みますが。)でも、実際訪れて見れば、足りなかったくらいです。
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クル・シャリーフ・モスクの脇から一旦外部に出ます。
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カザンのシンボル、ジラント君に、「おやすみなさい」を告げに来ました。
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坂を登って、クレムリンの正門、スパスカヤ塔に向かいます。カザンっ子は坂を登らず、その足でボウマン・ストリートへ。夕食を摂るなり、飲み会を始めるなりするのでしょう。カザンカ川で夕焼けを楽しみ、クレムリンのライトアップを堪能し、ボウマン・ストリートで食って、飲んで…カザンっ子のリア充さんのルーチンが羨まし過ぎます。
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思えば、この門を潜って、カザンの観光が始まりました。そして、この門にて、一日の観光を終えようと思います。
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門からクル・シャリーフ・モスクに「おやすみなさい!」
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さて、ジュセッペホテルも目と鼻の先です。
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結局、十時頃ホテルに戻りました。毎日こんな感じだったので、フロントのお姉さんには夜遊びばっかりしている日本人に思われてしまったかもしれません。本当に素敵な一日でした。明日はいざ、聖地を目指します。其処でタタールスタンのルーツを探ります。そして余りにも意外な展開を私は知る事になりました。
最期迄、ご覧になってくださり、ありがとうございました。
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