2026/07/25 - 2026/07/25
6位(同エリア7件中)
さっくんさん
本日はカザンのツアー第三弾。今回は前回とは逆方向、つまりヴォルガ川上流、即ちモスクワ方面、スヴィヤースクを目指します。前回のボルガルがタタールスタンの始まりを巡る旅だとすれば、今回はカザン・ハーン国の終焉とロシア統治の始まりを巡る旅となります。距離的にボルガルの約半分となる事から半日ツアー扱いとなります。船便もありますが、各駅停車で時間もかかる為、車での移動となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
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勿論今朝もガッツリ詰め込みます。今日はツアー第3弾、スヴィヤースクに向かいます。
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これも、恒例となった、ツアー開始前の一服タイム。
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さて、出発です。昨日はヴォルガ川を南に降りましたが、今日はヴォルガ川を北西に遡ります。勿論船でも行けますが、ボルガル行きの様にダイレクトでは無い様なので、車で向かいます。
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スヴィヤースクは、イワン雷帝が、カザン包囲戦に向かう為、迅速に築いた要塞跡です。日本なら墨俣一夜城、トルコなら、ビザンティン帝国のコンスタンティノープルを陥落させる為、オスマン帝国が築いた、ルメリ・ヒサルの様な立ち位置でしょうか。
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とは言っても、今となっては、軍事的要素は殆ど失われ、それ以上に幾つも残る、歴史的正教会の建築群が有名です
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要塞は、カザンやボルガル同様、複数の河川が合流する自然の要衝に築かれています。要塞は小高い丘の上に築かれましたが、ダムの建設により水位が上昇、結果現在は、モンサンミッシェルの様に、ヴォルガ川に浮かぶ円形の島になりました。因みに、1本の中州で河岸と繋がっているので、車で島に直接乗り込めます。
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私は、カザン滞在中、三つのツアーを組み合わせました。初日はカザン市内観光で、カザンの歴史を。二日目はタタール人発祥の地を、そして今日、カザン・ハーン国終焉の歴史を学びます。我ながら、バランスの良い工程を組めました。
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昨日訪れたボルガルは、この地に暮らすムスリムにとって聖地でした。一方スヴィヤースクは、この地に暮らす正教徒にとって聖地である事でしょう。さぁ、もう一つの聖地を巡ります。
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因みに、スヴィヤースクと言う地名ですが、海外地名あるあるですが、翻訳が安定しません。ウィキペディアはスヴィヤシュスク表記を使い、その他数パターン見かけました。スクの前にzがあるのですが、これをどう発音するかで翻訳が変わる様です。
もし、興味を持ってくださり、検索する時は注意してください。 -
教会群は駐車場より、更に高い位置に建っています。此処がダムに沈んだ地と鑑みれば、相当高い場所。日本で言う山城の様な要塞だったのかもしれません。
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巡礼者や観光客が多いので、案内書きも充実しています。タタールスタンでは基本ロシア語とタタール語は併記されており、場所によっては英語が加わります。昨今の中国人旅行客増加に対応し、中国語表記も増えています。
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教会の金色に輝く蝋燭の炎が、早く来いよ!と呼んでいます。
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地図も完備されていました。川に浮かぶ島なのが、お解り頂けるかと存じます。
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では、参りましょう。
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振り返れば、今来た道が、参道の様に大陸へと続いています。
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このヴォルガ川を遡り、タタール人の先祖は、遥かブルガリアからやってきました。そしてこのヴォルガ川を降って攻め寄せたロシアにより、征服されました。奇跡的に両者は共存の道を歩んでいます。
哀しみも、喜びも乗せ、ヴォルガ川は滔々と流れています。 -
イチオシ
大陸へと続く1本の道、両側を覆うヴォルガ川、そして真っ平らな地平線が素敵です。
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教会群が近づいてきました。此方は主昇天門上教会。字の如く、教会群への門を兼ねた教会です。
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スヴィヤースクは周囲約3㎞、長さ1.1㎞、幅700mの島です。この規模の島が浮かんで尚、余裕の幅を持つヴォルガ川の大河ぶり。
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この島に貴重な教会群が残されたのは、イワン雷帝がカザンを攻略した後、カザンにクレムリンを築いたと言う事は、政治と経済の中心を其処に置いたと言う事です。そしてカザン攻略が完遂し、要塞としての役割が終わったスヴィヤースクは宗教の中心として整備されたのです。
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と、書くと美しい物語ですが、本当にそうでしょうか?戦争と言う修羅を体験した帰還兵は心を病んでいるものです。殺戮の中の殺戮で、まともでいられる人間は、英雄では無くサイコパスです。いや、英雄だったとしても戦争が終わったら、職を探さなければなりません。そして戦争で傷つき、仕事を失うのは兵士だけではありません。それ以上、いや何倍もの一般市民がいた事でしょう。
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そんな彼等には心の支えが必要でした。仕事が必要でした。為政者は彼等を救う必要がありました。戦争が生んだ民衆が抱えている、心の病を取り除き、仕事を与え、民衆の怨嗟の想いを逸らさなければなりませんでした。それらすべてを叶えらえる事と言えば、信仰のみ。そしてそれがスヴィヤースクだったのでは無いでしょうか?穿った見方でしょうか?
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人は都合の良い生き物です。政治家と呼ばれる人達は特にそうです。激しい権力争いの末、不幸に追いやった菅原道真や崇徳上皇は神に祀り上げられました。困った時はいつだって神頼みです。いや、もしかすると宗教とは、この様にして生まれてきたのかもしれません。
神様は、人類の紡ぐ歴史の中で、常に争いの尻拭いを担ってきたのかもしれません。こう考えると、キリスト教徒の言う、人は元々罪があると言う、原罪も、あながち嘘では無い様な気がします。 -
とは言え、それまでムスリムの暮らす地であったカザンに東方正教を布教する為の中心地として、スヴィヤースクは重要な地として定められたのは間違い無く、その為に建設された教会、修道院が今にその姿を残しています。
まず最初に訪れたのはスヴィヤースクで一番高い鐘楼を持つ、聖ニコライ食堂聖堂です。食堂聖堂の翻訳に、思わず変換ミスじゃないかと思いましたが、修道院の食堂兼用の建物であったのだそうです。 -
実は旅行記を書くに当たって、建物を記すため、記憶は勿論の事、グーグルマップやAIによる検索、多々を照らし合わせたのですが、非常に混乱しました。結論としてこの教会群は、生神女就寝男子修道院と言う、宗教施設の複合体であり、此処は修道院内の食堂棟にあたる様です。勿論此処にも建物名があるのですが、そっちもひっくるめて修道院と紹介されてしまうケースもあるので、こんがらがってしまいました。
更に生神女と言う聞きなれないフレーズは時にアサンプションと表記されたり、聖母被昇天となったり…。どれが同名で、どれが異なるのか…。キリスト教の知識が薄かったり、言語学に弱かったりすると混乱します。例えば聖ゲオルギウスが、聖ジョージ程度は想像出来ますが、聖ユーリ(クロアチア)と言われても誰?って思ってしまいます。因みに日本では聖譲二って言うそうです。(嘘)本当に奥が深い…頑張らねば! -
モスクのミナレットは細く狭いので、螺旋階段になる事が殆どですが、鐘楼はある程度幅があるので、この様な梯子状の急な階段になるケースが多いです。これが危ないんだよなぁ…。螺旋階段なら途中で引っ掛かって止まりますが、階段は足を滑らせたら最後、真っ逆さまです。
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何とか無傷で鐘楼の上に登れました。鐘楼の上から眺めると大陸に続く道以外は360度ヴォルガ川に囲まれ、此処が島である事を実感します。眼下には先程潜った主昇天門上教会が鎮座しています。
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あの一本道を辿って、スヴィヤースクに訪れました。
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此方は大平原に民家がかなり余裕を持って点在しています。スヴィヤースクには現在でも200人ほどが暮らしています。
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イチオシ
スヴィヤースクの最大の見どころと言うべき、生神女就寝大聖堂、またの名を聖母被昇天大聖堂です。
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あれ?ロシアでは珍しいビザンティン様式の教会があります。実は女性用修道院の様です。後に訪れましょう。
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白い修道院の建物の向こう側がスヴィヤースクのメインストリートにあたります。
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鐘楼から降りてきました。蝋燭を見ると正教会に来たなぁと実感します。カソリックも蝋燭を使う様ですが、あんまりイメージがありません。やはり両者の礼拝の作法に於いて、蝋燭の立ち位置に違いがあり、そこから正教会=蝋燭と言うイメージが私に定着したのでしょう。
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イコノスタシスも勿論あります。本当に此処が食堂だったのでしょうか?私は食べ物が喉を通らなくなりそうです。
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丁重な装飾を施されたイコンから、さぞかし重要人物だったと思われます。もしかして聖ニコライさん?
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そう言えばこの独特の十字架も特徴ですね。でも上下に横線を二つ加えたら、最早十字架とは呼べないのでは?あ、はい、湿原でした。もとい、失言でした。このロシア正教独特の十字は、八端十字架と呼ばれ、上部に付け加えられた横棒は、イエス・キリストの罪状書きを表し、下部に加えられた一本はキリストの足台を意味し、天秤の様に、人間の罪と救済を象徴しています。
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そして此方がスヴィヤースクのメインベント、生神女就寝大聖堂、つまり聖母被昇天大聖堂。大人気なので、時間毎に入場する定員制です。
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と言う事で、周囲で時間を潰します。此処は修道院の馬場。今日はお馬さんお休みの様です。
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スヴィヤースクのメインストリートをウロチョロ。早く時間が来ないかなぁ…。あ、なんか、いやな予感がします。ガイドさんも心配そう。
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慌てて、写真が斜めになってる。実はこの大聖堂、雨が降ると立ち入り禁止になってしまうのです。ロシアの変わりやすい天気が、先程迄晴れていたのに、ヤバそうな雲に覆われ始めたのです。天気雨なんて日常茶飯事なので、晴れ間があっても安心は出来ません。
この大聖堂のフレスコ画は、凄く貴重なもので、古いフレスコ画は湿気に弱いので、雨が降ると、雨の湿気が聖堂内に入るのを防ぐ為、入場禁止になってしまうのです。よりによって…。 -
空を睨みつつ、入場時間迄なんとか雨が降らない様に祈りながら大聖堂の前に立てば、管理人のオバチャンがフライングして入場させてくれました。優しい!
天井に描かれた聖人さんも、セーフと言っています。 -
館内にはオリジナルをそのまま残す部分も敢えて残されています。これらを守る為、厳格にルールを守って参観しているのです。我々の我儘で壊す訳にはいきません。
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その奥には荘厳なイコノスタシスが覗いています。アーチにも抜かり無くイコンが描かれています。
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イコノスタシスも素晴らしいですが、色遣いのトーンも淡くて素敵です。見上げれば吸い込まれそうです。
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凄いなぁ、こんな昔から、信者が見上げた時を想定して、作者は此処に絵を描いたのです。
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この方は、聖クリストフォロス。人食い族や蛮族出身の男でありましたが、そんな彼でさえ、改心しキリストに仕えたと言う事で、一般的には犬の頭で描かれますが、ロシア正教では時に馬の頭として表現されました。まるでキリスト教版ガネーシャの様な存在ですが、後世、こうしたイコンを描くことが禁止され、多くが廃却されてしまいました。此処に残るイコンはそうした中の生き残りで、大変貴重なものなのです。
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勿論、列記とした聖人さんも多数描かれています。
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素晴らしい遺産を拝見させて頂きました。でも、ふと思うのです。雨は未遂に終わりましたが、一旦入場してしまい、拝観中に雨が降ってしまった場合、雨が止むまで館内に閉じ込められると言う事でしょうか?ルールを厳格に考えるとそう言う事になります。…でも、こうした事は深堀するのは野暮と言うものでしょう。
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スヴィヤースクの女性用修道院、ヨハネ洗礼者修道院に向かいます。危ない、危ない、雨がパラりと降って来ました。危うく閉じ込めら兼ねませんでした。
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ひときわ目立つ、ネオ・ビザンティン様式の大きなドームを持つ聖堂は、スグールプリエ(全傷者の喜び)聖堂です。この聖堂だけが様式も色合いも異なるのは、この聖堂がかなり後世の建築であり、それ以前より建築技術が向上し、大雪にも耐えられる構造のドームを作れるようになった事は勿論、当時の建築の流行にも影響しています。
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聖堂の脇には、由緒ある木造のトロイツカヤ教会も残されています。トロイツカヤは三位一体を表します。
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ロシアは本来木造建築が多い地域です。ロシア正教ならではのとんがり屋根に蠟燭の炎をモチーフとしたドームの様式も、大雪の降るロシアの気候から生まれた様式です。
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日本人にとって、やはり木造建築は親近感を感じます。歴史ある木造建築独特の黒ずんだ色合いとか、踏みしめた時の感触とか、日本の現存天守閣を歩いた時を思い起こします。
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緻密な造形を組み合わせてドームが作られているのが解ります。
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小さな教会でしたが、美しさは大小ではありません。素敵な教会でした。
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聖堂にぞろぞろと吸い込まれていきます。観光ツアーの人々でしょうか?それとも巡礼者さん達でしょうか?
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イチオシ
残念ながらこの聖堂は、現在でも活動中の聖堂なので、内部の撮影は出来ません。女性用修道院だからか、私のイメージからか、普通でも淡く、柔らかい正教会の内装がより優しい色使いに感じました。
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トロイツカヤ教会を眺めながら、女性用修道院を後にします。
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スグールプリエ(全傷者の喜び)聖堂を見上げながら散策を続けます。先程パラついた雨はもうすっかり何処かへ行ってしまいました。
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先に見えてきたのは消防署。たった200人の暮らす集落ですから、のんびりとしたものですが、守っているのが世界遺産と数多く訪れる観光客ですから、責任重大です。
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スグールプリエ(全傷者の喜び)聖堂方面を振り返りました。
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ヴォルガ川対岸の小さな聖堂も有名な聖堂で、一緒に巡礼する巡礼者さんも多いそうです。
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島の反対側に到達しました。
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此方はレヴィ・トルジョーク。中世を再現した小さなテーマパークの様なものです。ガイドさんはリアルRPGの場所と言っていました。成程、ドラクエのパーティーの様な人々がいました。日本で言えばコスプレですね。
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場内にはお土産屋さんが沢山入っています。あ!あれは!私の大好物の干物じゃないですか!
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流石大河のヴォルガ川、魚のサイズもビッグです。でもホテルじゃ調理出来ないし、持ち帰っても検疫でボッシュートでしょうから諦めました。
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代わりに現地のお菓子と紅茶を頂きました。
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昔ながらの真ん中に煙突がある湯沸かし器が可愛いです。
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此方は小学校。200人規模の村にしては立派な小学校です。歴史を感じる校舎に、周囲は世界遺産。学ぶに最適な環境です。
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この小さな聖堂は、スヴィヤースクが出来た頃から残る貴重な聖堂、等分使徒・皇帝コンスタンティヌスとその母・ヘレナ聖堂と言う長い長い名前を持つ聖堂で、スヴィヤースクで唯一残る、歴史的な非修道院系の一般教会です。
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坂道を下り、湖岸を目指しました。
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スヴィヤースクの反対側に到達しました。其処には港がありました。つまり、車で来るのと、船で来るのと、真逆な位置からアプローチします。ボルガルでも同様でした。
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大型船が入港しました。船員さんが可憐な手つきで綱を投げ、あの巨大な船を接岸させます。思わず見惚れてしまいました。
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此方はスヴィヤースクの博物館です。
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先程の長い長い名前の教会に引き返します。
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この小さな建物は内戦博物館。スヴィヤースクは、ロシア内戦初期の舞台ともなりました。赤軍の指導者レフ・トロツキーが此処で指揮を執っていたのだそうです。
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メインストリートをガイドさんと語らいながら引き返します。
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ツアーの出発点となった主昇天門上教会に戻って来ました。
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スヴィヤースクはソビエト時代は閉ざされた島になりました。精神病院と言う建前の政治犯収容所となったのです。正にソビエト版アルカトラズです。これはそれを偲ぶ石碑です。
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スヴィヤースクを堪能しました。イワン雷帝が、カザンを攻略する為築いた要塞が、カザン陥落後は、この地に正教を伝達する宗教的中心地となり、内戦時の赤軍の拠点となり、ソビエト時代は政治犯の収容所と、数奇な運命を辿った歴史を学びました。
最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。
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