2026/07/21 - 2026/07/21
1833位(同エリア1846件中)
さっくんさん
モスクワと言えば、美しい地下鉄で有名です。私的にはクレムリン周辺のみの散策予定だったので、主だって利用する予定は無かったのですが、やはり地下鉄は見たいと…。
思えば、地下鉄の見所はホームにあるので、駅から出る必要は無い。しかも地下鉄は山手線以上に頻繁に来る。何なら環状5号線、一気に全部見ちゃいましょう!
では、出発、進行!!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
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モスクワと言えば地下鉄が有名です。と言う訳で目的地も無く、ぶらりと地下鉄に乗ってみる事にしました。そして元鉄ちゃんとして思いついてしまいました。モスクワの地下鉄の見所はホームにあり。と言う事は地下鉄のホームから出ないでも良いと言う事。即ち、乗車状態で周れるので、一度の乗車料金でホームは見放題と言う事です。こうして僅か90ルーブルで地下鉄のホーム巡りの始まりです。
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先ず乗車した駅はブローシャチ・レヴォリューツィ駅はクレムリンに程近くに位置する、つまりモスクワの中心に位置する地下鉄駅です。東京の地下鉄の様に、近隣のチアトラーリナヤ駅と連結しています。因みに前者は日本語では革命広場駅、後者は劇場前駅となります。劇場とは有名なボリジョイ劇場の事です。
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核シェルターの役割もあったと言う地下鉄構内はかなり深い位置まで掘り下げられています。構内は現代的にはちょっと窮屈感を覚えるサイズで、日本で言えば銀座線を思い起こします。只、日本の地下鉄と違うのは、環状線である5号線内の地下鉄駅構内には、美しい装飾が施された駅が数多くある事です。
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しかも、それは画一的なものでは無く、各駅非常に個性的なところがさらに魅力的です。此処ブローシャチ・レヴォリューツィ駅は数多く設置された銅像が魅力的です。銅像と言っても、良くある権力者達の偉そうな立像では無く、ソ連時代の様々な職業の市民が描かれているところが素晴らしいです。
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ソ連時代なら、これを写してしまうと逮捕されかねない時代でしたが、現在では自由に撮影できます。然しながら狭い構内にひっきりなしに通勤されるモスクワ市民の合間を縫っての撮影になるので、決して邪魔にならない様な配慮は忘れてはいけません。
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お姉さん!読書に夢中になり過ぎて、電車のドアが閉まってしまいますよ!
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銅像は、実際本当にこんな人がホームに居そうな程写実的です。日本ではこれと同じジャンルを羅漢様が務めてくれていると思います。動きが日常的で親近感が沸くところが大好きでたまりません。
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イチオシ
ついつい写真を撮るのが捗り過ぎて、過ぎてゆく時間を忘れてしまいますが、心配はいりません。地下鉄は驚く程間隔なく走っています。下手をすれば、いや、山手線より間隔が短いかもしれません。1本逃しても次から次へと入線してくるのです。これには驚きました。良くこれで事故が起こらないものです。おかげで乗降客は多いものの、日本の様な混雑はありません。非常に快適です。
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地下鉄の治安も何ら問題がありません。リアル・バイオハザードのアメリカの地下鉄と比べれば天と地の差があります。ヨーロッパの地下鉄と比べても、遜色無いどころか、モスクワの地下鉄の方が安全に感じます。但し、私は構内にしか滞在していないので、辺鄙な駅の辺鄙な出入り口の状態は解りません。でも、たぶんアメリカの様に、ヤバい出入口から入ったら、薬物中毒の黒人が、暗闇に保護色となって奇声を上げて飛び掛かってくる様な、お化け屋敷状態は有り得ないと思います。(実体験)
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地下鉄はクレムリンのあるブローシャチ・レボリューツィ駅から放射状に幾重にも広がり、環状線が回る路線図は、東京のそれに酷似しています。地下鉄2号線の幾つかの駅からは、シェレメーチヴォ空港に向かうアエロ・エクスプレスや高速バスが連絡し、初めてモスクワに訪れる観光客でも、簡単に市内にアプローチ出来ます。
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この赤ちゃんを抱きあげ、まるで電車を眺めさせている様な銅像、とても素敵だと思います。世界共通、子供は電車大好きです。
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イチオシ
此方はお母さんが子供と一緒に地下鉄を眺めています。
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地下鉄駅の構造はどの駅も共通しており、中央に通路が設けられ、規模の大きい駅では通路の両端に、小さな駅では片側に、地上へのエスカレーターが設置されています。そして左右に複数設けられた空間から、左右のホーム部分に繋がっています。左右のホーム部分、中央の通路部分はそれぞれ円筒形をしているので、断面図は、かまぼこ型を三つ繋げた様な構造となります。
ブローシャチ・レボリューツィ駅では、まるで乗降客を出迎える様に、出入り口の左右に銅像が設けられています。さて、地下鉄に乗ってみましょう。 -
地下鉄2号線に乗って、マヤコフスカヤ駅で下車しました。天井の装飾が見事です。駅名は、詩人ウラジミール・マヤコフスキーに因みます。
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モスクワの地下鉄は様々な時代の列車が使われており鉄ちゃんは涎ものでしょう。旧式の列車も味わいがあるし、新型の列車は案内板もきれいに整備されて旅人に優しいです。あっという間に次の列車が来るので、何度か見送って列車を観察するのも楽しいでしょう。
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2号線で一駅移動し、①ベラルースカヤ駅に降り立ちました。ベラルースカヤと言う駅名はベラルーシを意味し、実際ベラルーシ方面に向かう国際列車が発着するベラルーシ駅に連絡しています。また、空港から延びるアエロ・エキスプレスの到着駅ともなっているので、ロシアを訪れた旅人さんにとっては利用回数が多いだろう地下鉄駅となっています。
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なんと20年間も行方不明となっていたそうなソビエト・ベラルーシの銅像が飾られています。ロシア、ベラルーシ、ウクライナは同じルーシ族を発端とする三兄弟の様な存在ですが、現在血を血で洗う兄弟喧嘩に発展してしまったのは、とても残念な事です。そして彼等のそんな関係を知りつつ、ウクライナの中で親ロ派とNATO派がいる事を良い事に、ウクライナに接近し、彼等を唆したNATOのやり口もえげつなさが過ぎると思います。
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此方はベラルーシのパルチザン像。第二次世界大戦時に祖国を守ったパルチザン達の像です。確かに勇ましいですが、私的にはやっぱりブローシャチ・レボリューツィ駅の市民の生き生きとした像の方が心に刺さります。
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ひとつ前の駅構内とガラリと雰囲気が変わっています。天井にはいくつものモザイク画が描かれています。
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このモザイクにはソビエトのシンボルがそのまま残されています。
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天井のモザイクを眺める為、真上を見上げてしまいますが、駅構内には沢山の通勤の地元の人々でごったがえしているので、ぶつからないように気を付けなくてはいけません。駅構内が博物館か美術館の様な装いです。
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ベラルースカヤ駅から、環状線である5号線に乗り換えます。こうなったら、環状線全駅で下車して、地下鉄駅構内を散策しようと思いつきました。走行距離は20キロ弱、駅数は12駅で、山手線の30キロ30駅と比べれば小ぶりですし、山手線以上に運行間隔が短いので、やってやれない事は無いでしょう。さぁ、出発進行!進行方向は時計回り、山手線で言えば外回りで行きましょう!
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ベラルースカヤ駅から時計回りに一駅、環状5号線二つ目の駅は②ノヴォスロボーツカヤ駅です。通路の両側に32枚の美しいステンドグラスが設けられています。
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美しい壁画が飾られています。駅名は同名の通りの名から決まりました。ノヴォ(新しい)スロヴォダ(自由人)の言葉から、特定のグループが暮らしていた地域が地名となったのでしょう。
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イチオシ
幻想的と言う部門では、モスクワ地下鉄一位では無いでしょうか?思わず息を飲んでしまう美しさがあります。
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一枚、一枚、緻密に彩られた素晴らしいステンドグラスが飾られています。
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ホーム側にもステンドグラスが手を抜く事無く配置されています。
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続いて③プロスペクト・ミーラ駅です。日本語にすると平和大通り駅です。嘗ては植物園駅だったそうです。落ち着いた風情を感じます。
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植物園の最寄り駅である為、植物をモチーフとしている様ですが、余り関連が解りませんでした。
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しかし絵柄的には優しい構図が多く、そうした部分でも、また駅の彩色的にも優しい雰囲気を醸し出しています。結構こうした雰囲気は重要なファクターともなり得ます。嘗て札幌の地下鉄は三本走っていますが、南北線に自殺者が集中していました。その理由の一つに、南北線だけ車輪が鉄では無く、タイヤだった事。そしてイメージカラーが暖色系で優しいイメージが自殺者を呼び込んでしまうのではないか?と推測された事がありました。この場合、優しいイメージが裏目に出てしまった様です。(現在はホームドアが完備され、自殺者の激減が叶ったそうです。)
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続いてはモスクワの地下鉄駅でも1、2の人気を誇る④コムソモーリスカヤ駅です。美しさの人気だけでは無く、サンクトペテルブルグ方面に向かうレニングラーツキー駅、ヤロスラブリ方面に向かうヤロスラフスキー駅、カザンに向かうカザンスキー駅にも近く、交通網としても重要な乗換駅となっています。
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駅名は他の駅とは違い、地名や人名の由来では無く、ズバリ、共産主義青年同盟。建設されたソビエト時代から、重要な駅として位置づけられているかが解ります。
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イチオシ
流石、ロシア第二の街サンクトペテルブルクと第三の街カザンへの駅との連絡駅だけあって、豪華絢爛の雰囲気を感じますが、柔らかい色合いを使う事で、威圧感を緩和していると思います。
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モスクワの地下鉄駅と言えば、この駅の構内の写真を取り上げられることが多いですが、それも納得の美しさです。
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通路部分とホーム部分を隔てる壁面の処理も素晴らしいです。デザイン性と利便性を兼ね備えており見事です。
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日本では新型車両が導入されると、一斉に車両が入れ替わってしまいますが、モスクワでは様々な年代の車両が現役で走っています。鉄ちゃんにとっては嬉しい限りで、古い車両も味わい深いです。一方新型車両には、写真の様に視覚的に解りやすいルート解説も表示され、非常に便利です。
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続いて下車したのは⑤クールスカヤ駅です。名前の由来はクルスク行の列車が発着するクールスキー駅と連絡している事です。全く語彙に関連はありませんが、クールスカヤなだけあって、クールでスッキリした風情がある駅でした。
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ホーム部分もシンプルそのものです。モスクワの地下鉄で、装飾が豪華な駅は、やはりこの環状五号線の内側に集中し、外側の郊外部分や新しい駅には少ない様ですが、中には新しい解釈で現代的なアートを施した駅もある様なので、次回はそんな駅も探索してみたいです。
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続いて六駅目、即ち環状5号線の旅も半周してきました。⑥ダガンスカヤ駅です。駅名は同名の広場の名前が由来です。嘗ては職人街だったそうです。地下鉄は開通当時から増結を続け、それに対応すべくホームも延伸されたのでしょう。車両の端で降りると、そっけない造りとなり、通路に出れる部分まで引き返さなければなりません。大きな駅では通路も延伸されていますが、規模の小さな駅は中央通路は短いままなので、結構引き返す事となります。
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駅構内は、水色を基調とした装飾が施され、その中心にソビエト軍の英雄の横顔のマジョリカ焼きのレリーフが飾られています。
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モスクワの地下鉄が深く掘られているのは、核シェルターの役割があるとも言われます。そう言えば核武装の相方アメリカも、核攻撃が行われた事を描いた恐怖映画を幾つも作っています。核を作り世界を核で脅している双方が、自ら作った非人道武器の存在に怯えるとは、なんと滑稽な事でしょう?
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ふと、この歌の歌詞を思い出します。実は自分の離婚闘争を描いた歌でもある様ですが、戦争をモチーフとしながら文学的味わいのある歌詞が印象的です。
Fortress around your heart Sting
As I returned across the fields I'd known
I recognised the walls that I once made
I had to stop in my tracks for fear
of walking on the mines I'd laid
見知った原野に引き返せば、嘗て自分が築いた城壁が立ちはだかっていた。
私は恐れ戦き歩みを止めた。嘗て自分が捲いた地雷を踏んでしまわないかと…
https://youtu.be/S_P0xltLyCY?si=iHmKMjadPHUwPmIW -
此処に飾られていると言う事は、彼は戦死したのでしょう。英雄として祀り上げられて、彼はあの世で喜んでいるでしょうか?人は都合の良い生き物です。彼を戦場に送り、そして彼が死ぬと英雄として祀り上げる。人は彼の英雄譚を称え、その悲しみを生んだ人の罪を忘れてしまう。
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まぁ、戦死した兵士達の本音でレリーフを作ったら、駅はお化け屋敷になってしまうでしょう。
「戦争なんかで死にたくなかった!」
「お父さん!お母さん!」
「恨めしや~」 -
現在のウクライナ紛争が終わった暁には、また新しいレリーフが駅に飾られるのでしょうか?もうこの様なレリーフが増えない事を、切に願いたいと思います。偏屈者のの私にとっては、こうした戦死者慰霊の地は、彼等の英雄譚を湛えるより、彼等の声に出せなかった、隠して散っていった心の奥底の声に耳を傾けてしまい切なくなります。
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続いて⑦パヴェレツカヤ駅に到着です。2号線、アエロ・エクスプレスに連結しドモジェドヴォ国際空港に向かえます。リャザン州のパヴェレツに向かうパヴェレツキー駅行の列車が出る広場に建てられた事が駅名の所以です。
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此方の駅もシンプルな構成です。モスクワの環状線は全部で12駅ありますが、そのどれもがいずれかの地下鉄、及び鉄道と連絡しており単独の駅が存在しません。ホームの装飾も号線毎に違うので、見比べるのも楽しいと思いますが、それを全駅でやってしまうと体力も時間も足りないので、今回は5号線のみに絞らせて頂きます。
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壁面に幾何学的な文様が施されています。
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ホーム部分も通路部分と共通したシャンデリアが使われています。シャンデリアも駅毎にデザインが変わるので、慣れてくるとシャンデリアの形状で駅名を当てられるかも?
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続いて⑧ドブルイニンスカヤ駅です。革命家ペテル・ドブルイニンに因んだ駅名です。
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駅名表も味わい深いです。これだけ繰り返されると~スカヤ駅のスカヤ部分で、キリル文字の読み方が解ってきます。キリル文字ってアルファベットを反転させた文字が多くて、なんか暗号っぽくって格好良いです。
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規模の大きい駅では通路の両端にエスカレーターがあり出口に繋がっているのですが、片側が壁の駅も多く、そして多くの場合銅像などが飾られているのですが、この駅は…まるで牢獄の様に檻上の柵が設けられていました。調べたのですが理由はハッキリしませんでした。
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続いて⑨オクチャーブリスカヤ駅。10月革命が駅名の由来です。
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此方の駅も装飾は控えめですが、旧共産国らしいスパルタンなデザインとなっており清潔感を感じます。
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ホームには至る所にこの紋章が飾られていました。これも経緯が解りませんが、地元の人ならきっと知っているのでは無いでしょうか?多分ソビエト由来。駅名から推測すると、10月革命時の何かのシンボルでしょうか?
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此方がオクチャブリスカヤの駅名表です。
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ホーム側の壁面にも例の紋章が掲げられています。
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さぁて、五号線巡りも終盤です。⑩パールク・クリトゥールイ駅に到着です。日本語にすれば文化公園駅。近隣にあるゴーリキー記念文化公園がその由来です。
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此方の駅の端部にはかなり控えめの横顔のレリーフが。レーニンさんかな?ゴーリキーさんかな?
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この駅は天井のデザインが他の駅とは違っていて、シンプルながら雰囲気が唯一無二です。
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壁面のレリーフも文化公園だけあって、平和なテーマがモチーフとなっている様です。
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立っている人と座っている人<何を語らっているのでしょう?
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派手さは無いものの、印象に残る駅でした。
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環状5号線は山手線とは違い、独立した正真正銘の環状線です。(山手線は環状運転していますが、路線名としては東北本線と東海道線を含み、山手線部分は品川~新宿~田端間のみです。)
なので終始グルグル回っているので、始発も糞も無いのですが、5号線の環状運転が開始される前は、この駅が始点となっていた事から、形式上環状5号線の始点とされています。 -
すみません。乗り継ぎの都合上一駅飛ばして⑫クラスノプレスネンスカヤ駅と言う舌を噛みそうな名前の駅です。五号線巡りもこれで一回り。次の駅は集会を始めたベラルースカヤ駅となります。近くを走るクラスナヤ・プレスニャ通りに因み命名されました。
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構内には、共産主義運動やロシアの歴史をテーマとしたレリーフが飾られています。
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如何にもソビエト時代と言うレリーフ。
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ロシアに来る前に、予習としてユーチューブチャンネルを検索しましたが、どのチャンネルも、「戦時中のロシアへ行ってみた!」的なサムネでちょっとイラっとしました。現状確かに戦時中ですし、私も時に使用しますが、ただ単に視聴率稼ぎや話題作りに戦時中の国に訪れるのって、ちょっと違うと思います。私も訪れているのだから、同じ穴の狢ですが…。同じ狢であっても訪れた意味合いをしっかり持っていたいと思います。
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私には理解し兼ねますが、これが当時のここに暮らした人々の世界観なのだと思います。我々は常に自分の生まれた環境に依存して暮らしています。自分達の暮らしている社会が正しくて、そうではない世界が間違っていると。その構造など深堀もせず、只妄信して暮らしているものです。
シリア政権が崩壊した時、見るからに新米記者が解説者に「これからシリアは民主主義が生まれるでしょうか?」と尋ねていました。別にシリアがどんな主義だろうが幸せな社会に変わればそれで良いのに、彼は民主主義こそが平和な社会への唯一の答だと言わんばかりの口ぶりでした。
彼は新米なので、思想の押し付けをしている訳では無いのです。いや、寧ろ民主主義と言う思想しか知らないのです。まるでカルト宗教の信者の妄信の様に、純粋に民主主義=平和への解答だと信じ込んでいるのです。私は身震いする様な寒さを覚えました。 -
共産主義は確実に失敗したと言って良いでしょう。では民主主義こそ正解でしょうか?私の大好きなゲームの中のセリフで、「君は『民意』が社会に反映されるのを見た事があるのかね?」と言う台詞に頭を金槌で殴られた想いを感じた事があります。
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資本主義も上手く回っているからこそ誰も疑問は抱きませんが、歯車が崩れれば、それは只の弱肉強食なシステムです。資本主義の本家とも言えるアメリカの現状はどうでしょう?富裕層はその力を自由に発揮してべらぼうな富を蓄える一方、多くの人々がホームレスとして街を彷徨う。ハーバードをはじめ世界トップクラスの教育機関が集まる一方、国民の五人に一人は語学を自由に操れない。
自由の国アメリカと言うのは、極1%の富裕層にとっての言葉であり、実質カースト制度もびっくりの階級制社会です。
果たして、こんな社会を理想だと言えるでしょうか? -
自分の生きている世界観を疑問を持ち、鉄のカーテンの向こう側から我々の世界観を俯瞰してみれば、また異なった見方が出来る様になるのかもしれません。国も人と同じ様に、多くの失敗を重ねながら、より良い生き方を模索しているのかもしれません。余りにも多くの血を流しながら…。
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先の駅から一駅後戻りして、これで環状五号線各駅停車の旅、完了です。最後の駅名は⑪キエフスカヤ駅です。今となっては運航している筈も無いですが、名前の通りウクライナのキエフに通ずるキエフスキー駅と直結しており、五号線のホームには今となっては皮肉ですが、ロシアとウクライナの友好の歴史をテーマに、これから乗り継ぐ3号線のホームにはウクライナの民族衣装や生活をテーマとしたモザイク壁画が飾られています。
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此方は5号線のホームです。構造は先のクラスノプレスネンスカヤ駅と同様に壁面に壁画が飾られています。5号線のホームはウクライナとの友好を示す絵画が飾られています。
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イチオシ
ロシアの歴史を辿れば、キエフ大公国に辿り着きます。其処からモンゴル軍の侵攻を受け、キエフ大公国は陥落、二百年以上のモンゴル統治時代を忍び、その中で力を蓄えたモスクワ公国のイワン雷帝が、モンゴル帝国、当時はカザン・ハーン国を制圧した事で、タタールのくびきの時代を終了させ、ロマノフ朝を経てロシア帝国と成長していきます。
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そうした意味合いでは、二千年以上前の故郷を聖地としてパレスティナを侵略、実効支配するユダヤ人の程誇大妄想では無いにしろ、プーチンにとって、ロシアの生誕の地であるキエフが、ウクライナにあるのは許せるとして、自らが敵対していた西側諸国の手に堕ちる事は何が何でも阻止したいと思うのは理解出来ない話ではありません。
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つまり、プーチンはウクライナの領土が欲しい訳では無いのだと思います。停戦の条件に、領土の保全(元とは言えばウクライナの領土ですが…。)とウクライナのNATO参加を認めない事、二つの条件を掲げていますが、私は領土より、NATO不参加の方がプーチンにとっては重要な要素だと感じています。プーチンにとってキエフは、ユダヤ人にとってのエルサレムと同様なのだと思います。(だからと言って、それに幾重もの屍を重ねる事は許しがたい事と思います。)
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両国の友好を示したこの絵画達が、本来の意味を発揮できる日は来るのでしょうか?ウクライナ人とロシア人、兄弟の様に濃い血で結ばれているからこそ、憎しみ合ったその時は…。私の兄弟もそんな関係だから…難しさは良く解ります。例え出来たとしても何世紀も必要な事に思います。でも、いつか成し遂げて欲しいと思います。私?私はもう…無理ですが(笑)
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さて、これで環状5号線の駅を全駅訪問しました。幾ら何でもこれだけ地下に潜んでいると圧迫感を感じます。地上に戻りましょう。では当駅で3号線に乗り換えて、最初に乗車したブローシャチ・レヴォリューツィ駅へ戻ろうと思います。
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此方が3号線のキエフスカヤ駅構内です。メインデザインは共通していますが、壁画の枠の色やデザイン、シャンデリアのデザイン、そして壁画のテーマが異なります。
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絵画のテーマはウクライナの民族衣装と生活です。
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ウクライナ、ベラルーシ…私の旅の空白地帯、いつか訪れて見れたらと思います。ウクライナにとって悲劇だった事は、国内に親露派と親NATO派の分裂状態が長く続いた事だと思います。
国が二分している状況。嘗てNATO諸国は、アフリカ諸国を植民地支配するのに、この状況を巧みに利用する事で推進しました。その国の従順な勢力に近づき、恩を売り、その国の国内勢力を争い合わせ、国力を削ぎ、そして征服する。
彼等は何もアフリカだけに留まらず、我が国をも標的にしました。イギリスは薩摩に近寄り、フランスは幕府に忍び寄りました。然し我が国は大政奉還と言うウルトラCを敢行して国を一つに纏めてしまったので、彼等は梯子を外されてしまったのです。 -
私はこのウクライナ紛争はNATOが裏で操っていると考えています。ゼレンスキーはNATOに踊らされ、プーチンは嵌められたのです。ウクライナはプーチンに襲われ、ゼレンスキーは必死に国を守る…だから我々はウクライナを守らなければならない!…NATOが描いた作戦です。
NATOはゼレンスキーに忍び寄ります。もっと派手にロシアを挑発しろ!俺達が助けてやる。お前支持率ヤバいだろ?(事実ウクライナ紛争直前ゼレンスキーは支持率の低迷に怯えていた。)ロシアを引っ張り出せば、お前は英雄になれる!(此処でゼレンスキーは戦争を回避できる選択肢もあった筈…でも…。)
戦争が始まれば、NATOのお偉い方は、もうスマホのソシャゲで遊ぶ様なもの。外側には正義の仮面を被りつつ、ウクライナが苦境に立たされたら、武器をポチっとなと課金するだけ、自分達の兵士は傷一つつける事はありません。NATOの企みは、ウクライナの国民がその命を捧げて達成してくれるのです。 -
ロシアもウクライナは兄弟の様なもの、その兄弟を激しい兄弟喧嘩に持ち込み、それぞれを疲弊させる。これ迄ロシアを脅威と捉えていたNATO諸国は笑いが止まらないでしょう。更にウクライナが勝った暁には、もうウクライナが持つ資源はNATOのものの様なものです。
最早、NATOの描いた絵に沿って、報道はロシアの蛮行を日々報道し、ユーチューバーは更にそれを煽ります。悪のロシアがウクライナに攻め込んだのだから、ウクライナを助ける我々は正義!群衆は単純な構図の善と悪の物語が大好きなものです。
嘗て、ソビエトが崩壊し、ベルリンの壁が取り払われた時、東西冷戦は終わったと人は胸を撫で下ろしました。然しその構図が取り払われる事は無く、現在も色濃く残ります。そして今回もまた、その東西分裂にウクライナが巻き込まれ、引き裂かれています。そして、この構造が生き続ける限り、ウクライナ紛争が終わっても、紛争は次のターゲットを探し続ける事でしょう。
あ、いや、もう次のターゲットは決まっているのかもしれません。台湾有事ですね。もう今から前ぶりを盛んにCM流してますから。こんな茶番に流されてはいけません。争い合ってはならぬのです。彼等の思う壺に嵌りたくなければ…。 -
三号線のアルバーツカヤ駅で最後の途中下車。アルバート通りや地区が駅名の由来です。アルバート通りと言えば、モスクワ屈指の有名な通りですが、アルバートと言う単語をさらに深堀すると、イスラーム(アラビア語)やタタール語にルーツがあると言われます。こんな部分にも現在までタタールのくびきの残り香がロシアには残ります。
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この駅の全長はとても長く、構成や装飾自体はシンプルですが、壮観です。私の生まれる15年前に同じ誕生日に生まれたそうです。それを知ると親近感沸くなぁ。来年の誕生日は一緒に祝おうか?
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私はゼレンスキーに戦争を呼び込んで欲しくなかった。多くの人は唐突にロシアが攻め込んで来た様に捉えている人も多いかもしれませんが、そうじゃない。幾らプーチンが老いたとは言え、其処迄狂人では無い。ロシアによるクリミア及び東部の併合に怒り心頭なのは良く解ります。親NATO派として、下降するばかりの支持率を上げる為、積極的な行動に出ざる得なかった事も良く解ります。
嘗て戦国末期から、江戸時代初期、前田家は散々徳川家から、有り得ない要求を受け挑発を受けました。前田家の家督を継いだ利長迄徳川との戦いを支持する中、前田松は、自らを犠牲にして迄、争いを回避させ、前田家を守り切りました。あの時、挑発に乗ったら、加賀百万石は無かったでしょう。前田松は解っていたのだと思います。争う事。それは敵の思う壺だと言う事を。 -
西側諸国を味方に付け、仮にこの戦いに勝利したとして、争いで荒廃しきった国土、それ以上に失われた多くの命、それは取り戻した領土と天秤にかけたら釣り合うものでしょうか?そして勝ったとて、自力ではありません。復興を大義名分に、NATO諸国の資本がウクライナを占領し尽くす事でしょう。しかも、現状停戦合意が叶ったとして、いくらウクライナが健闘しているとは言え、ウクライナの主張が100%叶う事は100%無いでしょう。
今回のウクライナ紛争、どんな理由があろうとも攻め込んだのはプーチンであり、プーチンに最大の日があります。然しながらゼレンスキーにも紛争を回避する手段はあったと思います。とても残念なことに思います。 -
これにて今回の地下鉄の旅は終了です。それにしても運行間隔が短すぎます。日本なら、安全性、採算性、双方の観点から、こうは出来ないと思います。どうやりくりしているのか教えて欲しい。結果我々はぎゅぎゅう詰めの列車に乗らされて運ばれる。どっちが幸せな事なのでしょう?
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漸くブローシャチ・レヴォリューツィ駅に戻って来ました。当駅から探索を始め、2号線から、環状5号線に乗り換え、3号線で戻って来ました。
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日本の鉄道では時間も記録されていますし、退場も切符が必要なので、同じ駅で下車すると問題が発生しますが、ロシアの地下鉄は下車はフリーなので、たった1回分の乗車券で2~3時間?モスクワの地下鉄を満喫出来ました。
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少年少女たちの銅像が出迎えてくれました。
「おかえりなさい!」 -
地下鉄に乗って、十数駅、ホームをウロチョロして撮影を続けてきましたが、怪しい人間は一人も遭遇しませんでした。みんな整然と動き回り、寧ろカメラを構えてウロチョロしている私が一番怪しい人間だったかもしれません。これがアメリカの地下鉄だったら、とてもこんなことを私は出来ないと思います。
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イチオシ
たった90ルーブルで生きた博物館、美術館を堪能した気分に浸れました。
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現状は難しいかもしれませんが、モスクワを訪れたなら、是非2時間程時間を割いて、地下鉄巡りをされては如何でしょうか?多くの観光客が夏場にモスクワを訪れると思いますが、7月頃の日中はとても蒸し暑いです。日が沈むのは遅いですし、地下鉄構内はエアコンが効いていて涼しいです。涼みがてらにも最適です。
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空港で出逢ったロシアに在住する国家機関で働く娘さんに会いにロシアを訪れた父親。「こんな時勢に大変ですね。」と私の声に父親は、娘ははねっ返りの気質が強い娘で、自らの意思でロシアを選んだ事や、そんな娘さんが、ロシアは閉ざされた世界だから、昔ながらの文化や歴史がしっかり残っていると語っていると伝えてくれました。
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なんか、馬が合いそうだなぁと思いましたし、彼女の様な性格があってこそ、この様な状態で日本の為にロシアで活躍できるのでしょう。閉鎖された環境…の部分は良く解ります。パキスタン、アフガニスタン、イラク、リビア…。紛争と各国の退避勧告により、観光客が訪れなくなった各国。其処には観光客ずれした国々では薄れてしまった、イスラーム本来の美しい文化に触れられる事が出来ました。
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恐ロシア…なんて人は言います。国に限ってはある意味当たっているところがあるかもしれません。しかし、此処に暮らす人々や、文化に限っては、それは全くのデマだと解りました。それだけでもここを旅した価値があると思います。
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地下鉄にはごみ一つ落ちている事が無く、常に快適に過ごせました。欧米では、地下鉄は低所得者が集まる場所であり、安全な場所とは言い切れません。モスクワの地下鉄では民度の高さを感じました。どんな芸術的価値がある地下鉄であろうと、環境が悪ければ、その価値も台無しです。芸術と環境が伴っているのが、モスクワの地下鉄の素晴らしいところです。
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日頃の通勤では、苦痛でしかない地下鉄移動ですが、本当に楽しいひと時を過ごせました。美しいだけでは無く、余りに短い間隔で運行され、混雑を知らない地下鉄は乗車も快適でした。実は日本なら帰宅ラッシュと重なっていました。日本ならとてもカメラを構えている余裕は無いでしょう。本当に素晴らしい文化、歴史を拝見させて頂きました。いつしか、問題が解決され、お互いの旅人が、ストレス無く行き来出来る日が来ることを願って止みません。さて、地上に戻ります。
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース6サアラ・デ・ラ・シエラ
2014/06/09~
サアラ・デ・ラ・シエラ
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース7セテニル・デ・ラス・ボデガス
2014/06/10~
セテニル
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース8ロンダ~アルヘシラス
2014/06/11~
ロンダ
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース9モロッコ・タンジェ
2014/06/12~
タンジェ
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース10フリヒリアナ
2014/06/13~
フリヒリアナ
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース11マラガ及び近郊
2014/06/14~
マラガ
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イスラームの残り香を探しにアル・アンダルース12タリン&ヘルシンキ
2014/06/15~
タリン
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イスラーム最北の聖地を目指した。 act1 出発
2026/07/20~
モスクワ
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イスラーム最北の聖地を目指した。 act2 ロシアより愛をこめて from 赤の広場
2026/07/21~
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イスラーム最北の聖地を目指した。 act3 モスクワ地下鉄環状五号線、ぶらり各駅停車の旅
2026/07/21~
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旅行記グループ ヨーロッパの旅
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