2024/08/10 - 2024/08/10
3495位(同エリア7398件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1780冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,485,833アクセス
- フォロワー170人
この旅行記のスケジュール
2024/08/10
この旅行記スケジュールを元に
早朝に目が覚めてデッキに出てみると釜山に入港するタイミングでした。釜山に入港するのはこれが2回目で、1度目は2005年に大阪で「心斎橋そごう」の新築の仕事をしている時でした。金曜日のオープンを確認してその日の夕方に大阪南港からパンスターフェリーの「パンスター・ドリーム」に乗って3泊4日の釜山ツアーに参加した時のことでした。当時大阪のJTBで予約して25,900円という値段でした。何となく記憶に残ってる「五六島」や防波堤を過ぎると前方に「釜山港大橋」が見えてきました。これは2014年に開通した影島と南区を結ぶ海上橋なので、以前来たときにはまだ影も形もありませんでした。そして周囲に建つ高層マンションの多さにも驚きます。以前は「釜山タワー」が目印のように見えましたが、現在はその姿はビルの陰にひっそりと見える程度です。2階建ての古い「釜山港国際旅客ターミナル」は近代的なデザインの真っ白な巨大なビルに変わっていました。さらに漁船がひしめき合っていたエリア港のエリアも全く姿を変えてしまい、オペラハウスを建設していました。これらは2030年の釜山万博誘致を目指していたものでしたが、実際はサウジアラビアのリヤドでの開催が決まっています。すっかりきれいになった釜山を見てまた大阪南港からフェリーで遊びに来てもいいかなと思います。今回の釜山の観光は高いけれども船のエクスカーションの「慶州1日ツアー」を申し込んでいました。着岸したのは「釜山港国際旅客ターミナル クルーズ船搭乗場」の方で、入国手続きを済ませた後は迎えに来たバスに乗って慶州を目指します。韓国は釜山とソウルをちょっとだけ観光しただけなので、じっくり旅したいと思っていました。ただここ何十年かの日韓関係を考えるととても旅行する気になれず、尹 錫悦(ユン・ソンニョル)が大統領になってからは少しは改善されているように思えました。関係の良い時期に旅しようかと考えていますが、年末からのごたごたでまた当分先になりそうです。20人ほどのお客を乗せたツアーバスは2時間弱走り「仏国寺」の前で停車します。総門の前からは寺院の参拝を1時間ほどかけて行いました。影響は受けながらも中国の寺院とはまた違った韓国の寺院を参拝するのは初めてのことです。その違いや共通点を探しながら楽しい時間でした。8月ということもありヒグラシが鳴く参道は夏の終わりも感じさせます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
翌朝に目が覚めると釜山に入港する時間になっていました。慌ててデッキに出てみると右舷には「五六島」と「五六島気象観測所」が見えていました。五六島を構成する島は陸地から近い順にパンペ島、ソル島、スリ島、ソンゴッ島、窟島、灯台島で、これらの島々が引き潮の時は5つとなり、満ち潮の時は6つになることから「五六島」と名付けられました。
-
前方には2014年に開通した影島と南区を結ぶ総延長3,368メートルの海上橋「釜山港大橋」が見えてきました。橋の全景はスタイリッシュなデザインで、主塔部分は馬が走る姿をイメージしているそうです。
-
左舷には「影島灯台」が見えています。釜山に来たのは2005年に大阪の心斎橋で「心斎橋そごう」をオープンさせた年でした。オープンした金曜日の午後に阪急を申請して、翌月曜日の午前中を半休しました。
-
同じプロジェクトで仕事していた妻と向かったのは「大阪南港」で、そこからパンスタフェリーのパンスタードリームに乗って釜山を目指しました。瀬戸内海を越えて翌朝に見たのがこの風景でした。往復船中泊と釜山のホテルに1泊する3泊4日で、会社を休まなくても海外旅行が出来るという訳です。
-
「影島灯台」の沖合いに浮かぶ岩礁は通称ケトル島というそうで、海釣りのメッカのようです。不思議な形をした灯台のようなものが見えます。
-
驚いたのは以前に来たときは全く無かった超高層のマンションが林立していたことでした。ぱっと見で50階くらいはありそうです。この20年ほどで韓国の経済も発展したのだと思います。
-
朝島(アチ島)の沖に浮かぶ防波堤は以前にもありましたが、奇麗に整備されています。この灯台も新しく出来たもののようです。
-
「釜山港大橋」がどんどん近づいてきます。
-
境港で水木しげるの妖怪にどっぷり浸かってきたばかりなので、この「五六島灯台」も妖怪の住処のように見えてしまいます。
-
この風景を見て以前に横須賀港から新門司港へ向かう途中の航路の風景を思い出しました。東九フェリーの「すずらん」の船上から見たの風景は、外洋を航行する外国籍のクルーズ船より岸に近いところを通るので美しいです。豊後水道の中央に位置する無人島である水ノ子島にある石造の「水ノ子島灯台」に似ています。
-
ヴィクトル・ユゴーも「エディストーン灯台」を描いており、水木しげるはその絵を元に「妖怪城」や「日本沈没破滅滅亡教」の教団本部を描いています。
-
右舷側にアメリカ軍の施設があるようで、航空母艦が停泊しています。2024年8月20日から米韓合同軍事訓練「乙支フリーダムシールド」が始まる前に港に集結しているのでしょうか。
-
空母の「ジョージ・ワシントン」、駆逐艦の「ヒギンズ」と「マッキャンベル」と「デューイ」などが参加していました。
-
それ以外にもイージス艦が参画しているようです。
-
釜山港の港湾施設も整備され、巨大なガントリークレーンがものすごい数並んでいます。
-
釜山には山がたくさんあり、もともと釜山という地名も釜をひっくり返したような地形をしていたのが由来になっています。金井山(クムジョンサン)や荒嶺山(ファンリョンサン)をはじめとした16の山々に囲まれています。
-
たくさんの貨物船が出港していきます。
-
「五六島」のうち4つまでは確認できましたが、それ以上は追いかけること出来ませんでした。
-
キリンのようなガントリークレーンが並んでいます。
-
「釜山国際クルーズターミナル」の脇には「国立海洋博物館」の美しい建物が見えました。今回停泊するのは「釜山港大橋」の先の「釜山港国際旅客ターミナル クルーズ船搭乗場」のようです。
-
懐かしい「釜山タワー」が見えてきました。19年前に来たときはこのタワーの下の「龍頭山公園」で朝鮮通信使の再現パレードを見ることが出来ました。朝鮮通信使は朝鮮時代に日本に派遣された大規模な平和使節団で、日本からは国書を持参する官僚以外にも医師や画家、技芸団員などの派遣を要請していたようです。
-
「釜山港大橋」の下を通過するタイミングになりました。横浜の出港時には「横浜ベイブリッジ」の下を通過するのでたくさんの乗客がデッキに集まり舞いsたが、釜山は人気がないようで数えるほどの人しかいません。
釜山港大橋 建造物
-
橋の長さは3,331メートルで橋区間は1,114メートル、幅は18.6メートルから28.7メートルで、主塔の高さは190メートルの斜張橋です。海面から橋の天板までの桁下高は60メートルあるので、55メートルのベイブリッジよりも5メートル高いです。
-
主塔部分は馬が走る姿をイメージしているそうです。
-
この後のプリンセスクルーズのエクスカーションに参加した際に、慶州へ向かうバスはこの橋の上を通過しましたが、この時はまだ知る由もありません。
-
以前は古い漁船が密集していた辺りもきれいに整備されていました。
-
一般的に知られている釜山港とは、「釜山旧港」または「釜山北港」といわれる地域で、釜山駅前に広がっている港湾です。以前この辺りは漁船が密集していましたが、影島の裏側の漁港的性格の強い「釜山南港」に移ったのでしょうか。
-
以前は「釜山タワー」だけが突出していた印象ですが、近い将来には見えなくなりそうです。白く巨大な「釜山北港再開発灯台」や巨大なアーチが完成しています。
-
その右には建設中のオペラハウスも見えます。建築設計はノルウェーの事務所スノヘッタ(Snohetta)が手掛け、建物の形は天と地を傾斜面で連結する幾何学的構造が特徴です。3面が海に面して、オーストラリアのシドニーのオペラハウスのように、海を眺めることができるようです。地面と屋根を連結する傾斜面は都市と海を結ぶ洞窟を表しているようです。
-
釜山は2030年の「釜山万博」を目指していましたが、2023年の総会でサウジアラビアの首都リヤドに119票対29票の大差で開催を逃しています。それとは別に港湾施設の再開発は進んでいるようです。
-
以前来たときは2階建ての簡単な建物だった「釜山港国際旅客ターミナル」は巨大な美しい建物に変わっていました。
釜山港国際旅客ターミナル 船系
-
大阪発着の「パンスターフェリー」や博多発着の「カメリアライン」の船はここに停泊するようです。
-
釜山と対馬を結ぶ航路の高速船がその場で180度旋回して、水面に丸い円が出来上がりました。2012年に対馬市の3つの神社や寺院から、韓国人窃盗団によって重要文化財の仏像2体などが連続盗難された事件ではこの航路が使われたのだろうかと思います。
-
その後も2014年に対馬市の梅林寺から誕生仏と大般若経を盗み、韓国に持ち出そうとした韓国人の男5人が対馬南警察署に逮捕されていますし、2018年に仏像返還を差し止める仮処分が決定したことを受け、「九州国立博物館」が韓国の博物館との共催を予定していた「百済展」に対して日本側の出品予定者から韓国での展示を懸念する声が高まったために「百済展」は中止されています。
-
山の上に大きなモニュメントがあり、調べてみると「民主公園」という場所で、日本植民地時代の抗日闘争から4・19革命、釜馬民主抗争、6・10民主抗争へと続いてきた釜山市民の民主主義の象徴のようです。
-
ダイヤモンド・プリンセスは「釜山港国際旅客ターミナル クルーズ船搭乗場」という巨大な駐車場のような場所に接岸しました。この日は釜山から慶州を観光するエクスカーションを申し込んであるので午前8時に7階のシアターに向かいます。
-
慶州を訪ねる1日ツアーは1人24,000円とかなり高価なものです。昨年も同じツアーを申し込んでいたのですが、抜港になってしまったのでリベンジでの参加です。
-
釜山港ではかなり多くの食材や水屋アルコール類も積み込まれていました。船内で購入できるミネラルウォーターやレストランで飲むバドワイザーなどもみんな韓国製でした。
-
釜山の上陸後は入国手続きが必要で、パスポートのチェックがありましたがスタンプは押されず、QRコード付きの小さな紙が渡されました。これは再度乗船するときに必要になります。
-
小さなターミナルでは観光案内所でパンフレットをもらったりしておきます。この時は12月にトラピックス社の釜山inソウルoutの5日間のツアーを申し込んでいました。結果的にはチェジュ航空の航空券が手配できないという理由で中止になりましたが、その後の大統領の戒厳令と航空機事故と続いたので催行中止で良かったかもしれません。早く落ち着いてくれることを望みます。
-
ターミナルを出るとすごい数の観光バスが並んでいて、自分の乗るバスを探してバスに乗り込みます。陽射しが当たらないように左側の座席に座りましたが、これは正解で時間的に景色もこちらが良かったです。
-
釜山港に沿ってバスは走ります。港に停泊していたのはHANBANDOという練習船で、船名は韓半島を意味する言葉です。
-
先ほど通過してきた「釜山港大橋」がきれいに見えます。ここまで来ると端を通過するのだろうということが分かってきます。
-
ボロボロの貨物船はこれから解体されるのでしょうか。その向こうにダイヤモンド・プリンセスの姿が見えます。
-
真っ白な船体に朝日が当たってとてもきれいです。
-
走っている影島区側から東行きの橋へのアプローチはループ線構造になっています。ぐるぐる旋回しながら橋脚の高さまで登っていきます。
-
昔懐かし残っているようで安心いるようで安心します。
-
「釜山港大橋」の上からダイヤモンド・プリンセスを眺めることが出来ました。帰りはこのルートではないので往路だけの眺めです。
-
続いてバスは「広安大橋」を通過します。橋としてはこちらの方が総延長は7,420メートルと「釜山港大橋」よりも長いです。「広安里ビーチ」の弓型の砂浜が美しいです。
-
「水営江」を越えて釜山郊外に差し掛かると林立する高層マンションに驚かされます。
-
いつの間にか日本は韓国に追い越されてしまったのではないかと思えてきます。同じようなことは春に行った香港や国境を越えてはいった深圳でも同じことを感じました。
-
「海雲台(へうんで)」の料金所を通過しました。19年前に来たときは弟も一緒で、弟がニューヨークに住んでいた時の韓国の友人がわざわざソウルから来てくれました。当時日本で放送されていた「宮廷女官チャングムの誓い」のサントラCDが欲しくて一緒に探してもらったのが海雲台でした。
-
1時間ほど走ったところでサービスエリアでトイレ休憩がありました。年配の参加者が多く、車椅子を出したり仕舞ったり、杖の人も多いので休憩時間も長くなります。
-
ここで写真を撮っていたら子供連れのおばさんが感心したように頷きながら笑っていました。この帽子はフェイスカバーが一体になっているので以前銀行の担当をしていてくれた友人にお土産にしました。現在の支店は自転車で周らなければならないらしく、日焼け防止は必須のようです。
-
売店の裏は小さな公園になっていて、その中には慶州にある「瞻星台(せんせいだい)」の模型がありました。新羅時代に建造された東洋最古の天文台遺跡と呼ばれるものですが、今回の観光コースには含まれていません。
-
実際の「瞻星台」は円筒状で上に行くほど窄まって、高さは9.108メートル、地上部分の直径は4.98メートルあるそうです。花崗岩は厚さ約30センチあるので、その積み上げた工法が図解されていました。
-
トイレ休憩だけでしたが、30分ほどかかって再出発です。ここから慶州の「仏国寺」までは30分ほどの移動でした。
-
慶州の町は山に囲まれた盆地のようなところなので、奈良を思いださせるような雰囲気でした。緩やかな坂道を登った先に「仏国寺」はありました。
仏国寺 寺院・教会
-
吐含山の麓にある「仏国寺(プルグクサ)」は韓国仏教界の曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の寺院で、石窟庵とともに「石窟庵と仏国寺」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
-
新羅景徳王の時代の751年(景徳王10年)に宰相だった金大城により建立が始まり、774年 新羅(恵恭王10年)に完成しました。仏国寺の扁額が掛かっている「一柱門(イルチュムン)」を抜けて中に入ります。この「一柱門」は2本の柱が一列になっているところから名付けられました。神聖な伽藍に入場するためには世俗の煩悩をきれいに洗い流して通過しなければならないという意味がこめられています。
-
参道は「一柱門」から真っすぐ伸びていますが、階段があるので平らな池の畔を周ることになりました。
-
こちらはあまり人が通らないので静かな雰囲気が良かったですが、この日も晴天で風もなく暑い日でした。
-
モミジの枝にはヒグラシが止まり、カナカナカナと鳴いています。今年初めて聴いた蝉の声が夏の終わりを感じさせる「寒蝉(ヒグラシ)」でした。子供の頃は夏休みには清水寺の裏で蝉を捕っていましたが、ある日アブラゼミが腹にセミヤドリガに寄生されて白っぽくなっているのを見て気持ち悪くなって蝉捕りを止めました。
-
参道をまっすぐ進むと「天王門」に続いています。仏法を守護する四天王がここに祀られ、寺院を邪悪なものから守っています。また通過する人々を神聖な気持ちで本堂に向かわせる役割も担っています。
-
ここは帰り道に通ることにして先へ進みます。この日のガイドさんは李さんという可愛らしい女性で、日本語も上手なので説明も分かりやすかったです。
-
伽藍の中にある国宝の「釈迦塔(ソッカタプ)」や「多宝塔(タボタプ)」を修復するために解体した際にたくさんの宝物が出てきたそうです。
-
参道の右手には「寺刹博物館」があってそこで見ることが出来るのですが、見学する時間は無さそうです。参道にあった案内看板の写真だけ撮っておきました。
-
本堂の伽藍の前までやってきました。「紫霞門(チャハムン)」と「安養門(アニャンムン)」を「泛影楼(ポミョンル)」がつなぐ姿は新羅建築の雄大さを感じさせます。
-
向かって右側の「紫霞門」に上る階段が国宝第23号に指定されている「青雲橋」「白雲橋」です。2段に別れた上の16段が「白雲橋」で、下の17段が「青雲橋」と呼ばれます。階段であるのに橋と呼ばれているのは「紫霞門」を越えて釈迦如来の彼岸世界に渡るという意味に表したものです。
-
この石造の基壇は751年の時から存在している遺構と考えられています。上段の16段と下段の17段を合わせて33段であすが、仏教で33は未だ仏の境地に達せずという意味があります。
-
左側の「安養門」に上る階段が国宝第22号に指定されている「蓮華橋」と「七宝橋」です。上の8段が「七宝橋」下の10段は「蓮華橋」と呼ばれます。右側の橋と同様に阿弥陀仏の極楽世界に渡る橋という意味が込められています。「蓮華橋」にはその名の通り階段の上部に蓮の花が彫刻されています。
-
韓国の建築は日本と異なり構造は建物の美を構成するものとして鑑賞される役割を与えられてきました。多くの建物においてその屋根裏の構造は露出され、あらゆる部材が構造上の役割と同時に視覚的な美を担って配置されています。
-
天井から吊られた「雲版」は朝と昼の食事と朝課の時に打つものです。輪郭を雲形につくるところからこの「雲版」という名がついています。
-
正面の国宝の石段を上がって伽藍に入ることは出来ないので、右手にある「左経楼」側から入ることになります。
-
「雲版」と並んで木魚の原型である「魚板(魚鼓)」が吊られています。「魚板」とはその名の通り魚の形をした板で、魚は日夜を問わず目を閉じないことから寝る間を惜しんで修行に精進しなさいという意味があります。
-
口にくわえた丸いものは煩悩を表し、魚の背を叩くことで煩悩を吐き出させるという意味合いがあります。
-
「大雄殿」の前にある大きな2つの塔は「多宝塔(タボタプ)」と「釈迦塔(ソッカタプ)」です。
-
入口手前側にあるのが「多宝塔」で奥にあるのが「釈迦塔」です。この2つの石塔と大雄殿前にある小さな石塔は焼失を免れ、8世紀に創建された当時の姿を残しています。
-
国宝第20号に指定されている「多宝塔」は新羅時代に作られた他の石塔に比べ非常に斬新な姿をしています。三層からなる多宝塔の一層目は四角、二層目は八角、 三層目は円と上にいくに従って丸みを帯び、力強さから柔らかさへ変化しているようです。
-
一層目には四方に獅子像が置かれていましたが、3匹は盗まれてしまい現在は1匹しか残っていないようです。
-
「多宝塔」とは対照的にこの「釈迦塔」は統一新羅時代の典型的な造りであるといえます。同型の屋根が上に連なっていくというシンプルな姿で、「釈迦塔」は国宝第21号に指定されています。1966年の補修工事の際に中から発見された舎利荘厳具や世界最古の木版印刷物である無垢浄光大陀羅尼経なども、すべて国宝第126号に指定され、先ほどの「寺刹博物館」に収蔵されています。
-
「丹青(タンチョン)」は韓国でいう建築に施した彩色を指し、五色で描いた華やかな模様が美しいです。タンチョンには、赤、青、黄色、白、黒の五色で世の中の調和を成すという意味が含まれています。
-
ソウルの南大門が放火で焼失した際の復旧で、日本製の顔料を使うことで大問題になったという話を思い出しました。さらに丹青職人の技術は韓国では途絶えていて、下地の膠の使い方が良くなくて顔料が剥がれ落ちたというニュースも後になって伝わりました。ここで彩色を見る限りはそのような問題は無さそうでした。
-
「大雄殿」は仏国寺の本殿にあたり、681年ごろ創建されたと思われます。現在の建物は1765年に再建されたものです。
-
日本の寺院建築とは違った美しさを感じます。中国の仏教や道教寺院も数多く見てきましたが、韓国の仏教寺院の木組みと彩色は素晴らしいです。まだ行ったことは無いですが、ソウルの朝鮮王朝の王宮の建築も見てみたくなります。
-
博物館には寄れませんでしたが、ガイドさんが丁寧に説明してくれるのでとても勉強になりました。
-
「大雄殿」には釈迦三尊仏と呼ばれる釈迦牟尼、文殊菩薩像、普賢菩薩が安置されています。
-
日本でいう提灯のことを韓国語で「燃灯(ヨンドゥン)」というそうです。そして提灯に提げる願い事を書いた札のことは「コリピョ」といいます。合わせて「ヨンドゥンコリピョ」と呼ぶそうです。
-
回廊には巨大な太鼓が置かれてありました。
-
太鼓を背中に乗せているのは中国でいう龍生九子の1つの「贔屓」ではないかと思います。龍の産んだ子供の1つである「贔屓」は重いものを背負うのが得意とされ、中国では背中に石碑を乗せた姿で表されます。ベトナムのハノイの「文廟 (孔子廟)」にも同じものがありました。
-
広がった大きな軒を支える垂木や小屋組みも美しいですが、そこに竜の彫刻が施されていました。
-
「大雄殿」の裏手には「無説殿(ムソルジョン)」があります。仏国寺古今創記によればこの「無説殿」は仏国寺の中でもっとも早く造られた建物であり、華厳経の講義を行う学校のようなところだったそうです。「無説殿」という名前には真理の伝達と真理へ到達する方法は言葉や文字を媒介として為されるものではあるが、あくまでも媒介物であって真理そのものではないという意味が込められているそうです。
-
最後に「極楽殿」を参拝します。「極楽殿」にはすべての衆生を救済し、西方極楽浄土に往生させる阿弥陀如来の像が安置されています。「極楽殿」は文禄・慶長の役で焼失してしまい石壇部以外は後年新しく造りなおされたもので、朝鮮時代の1750年に修復したものをさらに1925年に再建しました。
-
「極楽殿」の扁額の裏には獏(ばく)の彫刻が隠されています。
-
「極楽殿」の回廊から階段を降りますが、杖を突かれた方が多いので脇を抱えてお手伝いしました。父が外出する際にサポートしていた頃のことを思い出しました。
-
この時はまだ12月に韓国周遊が出来ると思っていたのですが…。韓国の国内が落ち着いたら早いうちにツアーに申し込もうと思います。
-
主だった伽藍は参拝できたので良かったです。再び「紫霞門(チャハムン)」と「安養門(アニャンムン)」のある南側に戻ってきました。
-
「天子南面す」という中国の故事にもとづいてこの寺院も南に向いて伽藍が配置されていることが分かります。
-
参拝が終わっての戻り道では往路で通らなかった「天王門(チョンワンムン)」を抜けることにしました。門の左右には2体づつ四天王が配置されています。その姿は中国の寺院で見るものと似ています。
-
「持国天」は東方を護る守護神として革製の甲冑を身に着けた唐代の武将風の姿で造像されます。中国の民間信仰と同じ白い顔で琵琶を持った姿で表されています。
-
「増長天」は南方を護る守護神とされます。元来はインド神話に登場するインドラ(帝釈天)の配下ですが後に仏教に取り込まれました。
-
「多聞天」は「毘沙門天」とも呼ばれ北方を護るとされます。日本では四天王の一尊として安置する場合は「多聞天」と呼ばれ、独尊として安置される場合は「毘沙門天」と呼ばれます。左手に宝塔を持つ姿は日本と同じです。
-
「広目天」は西方を護るとされます。また、三昧持物は古くは筆を持ち、巻物に何かを書き留めている姿で表現されてきました。この像は中国に倣って右手に龍を掴んでいます。龍の場合もありますが、蛇を持つ姿で表されることもあります。
-
ようやく仏国寺の参拝が終わりました。再び駐車場からバスに乗り、お昼のレストランに向かうようです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2024リベンジダイヤモンドプリンセス
-
前の旅行記
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(8)「水木しげる記念館」で改めてその足跡の大きさに感嘆し、...
2024/08/09~
境港
-
次の旅行記
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(11)ピョルチェバン校洞サンパプでプルコギのサッパ韓定食を...
2024/08/10~
慶州
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(1)旅の始まりは崎陽軒本店「嘉宮」のランチからシーバスに乗...
2024/08/05~
横浜
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(2)快晴の空の下を青森港に向かって終日航海日。1日の半分は...
2024/08/06~
横浜
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(3)青森市内の昼ねぶたには行かず、青森県立美術館でシャガー...
2024/08/07~
青森市内
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(4)炎天下の三内丸山遺跡を彷徨い歩き、納涼の船上からねぶた...
2024/08/07~
青森市内
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(5)青森港から境港に向けての日本海の終日航海日。
2024/08/08~
境港
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(6)51年振りの境港入港に小学校最後の夏休みの隠岐島の家族...
2024/08/09~
境港
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(7)水木しげるロードの悪魔くんとゲゲゲの鬼太郎を見て、51...
2024/08/09~
境港
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(9)小学生の子供と一緒にスタンプを押しながら妖怪を探し回る...
2024/08/09~
境港
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(8)「水木しげる記念館」で改めてその足跡の大きさに感嘆し、...
2024/08/09~
境港
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(10)19年振りの釜山港入港~エクスカーションのバスで仏国...
2024/08/10~
釜山
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(11)ピョルチェバン校洞サンパプでプルコギのサッパ韓定食を...
2024/08/10~
慶州
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(12)「国立慶州博物館」の収蔵品の質の高さと数々の国宝に驚...
2024/08/10~
慶州
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(13)龍頭山の釜山タワーを仰ぎ見て、免税店で買い物した後は...
2024/08/10~
釜山
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(14)釜山港から高知港へ向けて美しい鹿児島県の海岸線を望む...
2024/08/11~
高知市
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(16)2年連続の「よさこい祭り」を楽しんだ後は得月楼(陽暉...
2024/08/11~
高知市
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(17)昨年抜港されて観ることの出来なかった阿波踊りを「あわ...
2024/08/13~
徳島市
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(18)昨年は抜港でチケットを無駄にした南内町演舞場の最前列...
2024/08/13~
徳島市
-
ダイヤモンドプリンセス リベンジの夏祭りクルーズ(19)徳島の小松島赤石埠頭から横浜港に向けての終日航海日は...
2024/08/14~
徳島市
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
釜山(韓国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2024リベンジダイヤモンドプリンセス
0
104