2024/08/09 - 2024/08/09
560位(同エリア796件中)
kojikojiさん
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- 旅行記1792冊
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- フォロワー171人
この旅行記スケジュールを元に
「Hatonova 三光丸 境港」で美味しい魚介を食べた後は再び「水木しげる記念館」まで戻りました。ここから「水木しげるロード」の北側を駅に向かって戻りながらスタンプと妖怪の像の写真を撮ります。通りの北側を歩くので南側と違って午後の陽射しが直接当たるのでさらに厚さを感じます。小学生の中に混じってスタンプを押していると自分も小学生になったような気分になれました。何とか「妖怪ガイドブック」のスタンプ欄を全部押した後は「隠岐汽船 境港フェリーターミナル」の中の観光案内所に向かいます。ここで金色の妖怪博士のスタンプを押してもらって終了です。これで大人に戻れました。フェリーターミナルの乗船口を見ると早く隠岐の島への旅を計画しなければと思います。美味しい魚を食べて、記念館とロードも歩いてしまうとすることもないので早々にシャトルバスに乗って「境夢みなとターミナル」に戻りました。魚をお土産に買おうと思って「夢みなとタワー」に併設しているお土産屋に向かいましたが、営業していないようでした。「境港さかなセンター」なんて看板が大きく掲げたままですが紛らわしいです。大きな駐車場を抜けて「大漁市場なかうら」に入ります。魚屋さんだけあって冷房が効いていて気持ちいです。妻はまずソフトクリームを食べて一息つきます。並んでいる魚はどれも美味しそうでしたが、クルーズはまだ1週間ほど残っているので冷凍にして送ってもらうしかありません。どれも美味しそうで安いのですが、3家族分にしたら結構な金額になってしまいました。届いた魚は濃厚で滋味深く久し振りに美味しい紐のを食べた気がします。結果出港のちょっと前に船に戻り、部屋で着替えてからデッキに上がると釜山に向けて出港するところで、1時間ほどデッキで美しい境港の風景を眺めました。浅野入港時には上半分が隠れていた伯耆大山も山頂まできれいに見ることが出来ました。美保関から日本海に出ると夕焼けがとてもきれいでした。プールサイドが賑やかなので覗いてみると、船上での夏祭りが催されています。妻を呼びに戻ってお好み焼きやタコ焼きをつまみながら縁日のような夕暮れを楽しみました。この日の夕食は「Vivaldi」を予約してありましたが、給仕のフィリピン人の女性がとても親切で楽しい時間が過ごせました。日本で介護の仕事をするために日本語も介護の仕事も勉強したけど、面接でタトゥーがあることだけが問題で採用されなかったと嘆いていました。そんな話を聞くとなんだかなぁと侘しい気持ちになります。10月のクルーズでも会えるか尋ねてみましたが、日本の周回クルーズが終わったらフィリピンに一度戻るということでした。明日は昨年台風の直撃で抜港になってしまった釜山に入港します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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「猫又」172
江戸時代以降には人家で飼われているネコが年老いて猫又に化けるという考えが一般化し、老いたネコが家から山に移り住んだものとも解釈されるようになりました。そのためにネコを長い年月にわたって飼うものではないという俗信も、日本各地に生まれるようになります。水木しげる記念館 美術館・博物館
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「倉ぼっこ」173
子供ほどの背丈で全身毛むくじゃらか頭髪が体全体を被うほど長い姿で描かれることが多く、人に危害を加えずに人を助けるといわれます。座敷童子に類する妖怪であり、倉ぼっこが倉から離れると家運が徐々に傾くといいます。民俗学者の柳田國男の著書「遠野物語拾遺」では「御蔵ボッコ(おくらボッコ)」の名で述べられていて、遠野のある家で倉に籾殻を撒いておくと足跡が残るので存在がわかると書かれてあります。水木しげるロード 名所・史跡
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「家鳴り」174
小さな鬼のような妖怪がいたずらをして家を揺すって家鳴を起こしていると考えられ、現代では西洋でいうところのポルターガイスト現象と同一のものと解釈されています。 -
現代でも温度や湿度等の変動が原因で家の構造材が軋むような音を発する事を「家鳴り」と呼びます。特に建材が馴染んでいない新築の家で起こることが多い現象です。
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「水木しげる記念館」は2024年の4月にリニュアルオープンしていたことをこのポスターで知りました。
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「ひょうとく」175
あるお爺さんが柴刈りの最中に穴を見つけ、穴は災いをもたらすので塞いでしまおうと、大量の柴を押し込んでいると中から呼び声がして、立派な御殿のある世界に連れられます。呼んでいたのは美女で、さらに白髪の翁から褒美としてヘソから金を生む奇妙な顔の子供を譲り受けます。お爺さんは子供を気に入って育てましたが、欲張りな婆さんはより大きな金を欲しがり、ヘソを火箸で無理やり突いたために子供は死んでしまいます。悲しむお爺さんに自分に似せた面を竈の前に架けておけば家が富み栄えると夢枕に立ったという話が岩手県に伝わります。その子の名前が「ひょうとく」であったことから、「ひょっとこ」という名称が生まれたとされます。 -
「水木しげるロード」を駅方面に戻る途中には「ゲゲゲの妖怪楽園」という施設もありました。リアルな妖怪たちが呼んでいるので入ってみることにします。
ゲゲゲの妖怪楽園 テーマパーク
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壁の前には「ぬり壁」が立っています。前に立ったら塗り込められそうなので離れています。
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敷地の奥には鬼太郎の家がありました。ねずみ男の後ろには妖怪ポストまで再現されています。
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大きな「がしゃどくろ」は今晩の夢に出てきそうです。
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ファン付きのベストを着た丸顔の妻が鬼太郎のように見えます。重たすぎるのか一反木綿がかわいそうな気がします。
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「天井なめ」176
長い舌を使ってほこりの集った天井をなめる妖怪で、天井の板などに発生する「しみ」はこの舐め跡であると子供の頃に読んだ本で知りました。母に連れられて京都の外祖父母の住む二条陣屋に里帰りすると、夜中に天井の「しみ」が気になって怖かったのを思い出します。築300年を越える家だったので、外祖母からも不思議なものが見えると聞かされていました。 -
「いそがし」177
水木しげるの設定によれば、人間がこの妖怪に憑依されると落ち着きがなくなるとされます。しかし不快な気分ではなく、忙しく動き回ることでなぜか安心感に浸ることができ、逆におとなしくしていると、何か悪さをしているような気持ちになってしまうといいます。60歳でリタイアするまで憑りつかれていたかもしれません。 -
「鉄鼠(てつそ)」116
ここでは小さなブロンズ像で表されていますが、平安時代の園城寺の僧頼豪の怨霊とネズミにまつわる日本の妖怪です。 -
お土産屋さんの店先にこんなフレームがあったので妻に立ってもらいました。この写真と目玉おやじと一緒に撮った写真をLINEで中学生の姪に送ったら大うけでした。
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「高女(たかおんな)」117
高女は家の2階を覗きこむもので、嫉妬深い醜い女が男に相手にされないあまり、遊女屋などの2階を覗いて歩くものとされているそうです。 -
「すっぽんの幽霊」118
江戸時代の怪異譚などに登場する妖怪で、文字通りすっぽんの霊魂が化けた存在だとされます。すっぽんは一度噛み付いたら離さない特性を持ち、そこから執念深い性格だと考えられるようになりました。すっぽんを大量に食すという事は彼らの恨みを買う事であり、人間に取り憑いてすっぽんのような顔にさせたりするなどの祟りを引き起こすとされました。しばらく食べていないので、9月の京都の旅では食べに行こうかなと思います。 -
「鍛冶がばばあ」119
江戸時代の奇談集「絵本百物語」では「鍛冶が嬶」と題し、オオカミに食い殺された女の霊がオオカミに憑いて人を襲う話となっており、挿絵ではオオカミの群れが樹上に向かって梯子状に肩車を組む姿が描かれています。 -
「うわん」120
古びた寺の近くに現れて人が通りかかるとその名の通り「うわん」と奇声を出して驚かせ、人が気を抜いたときに命を奪い取ってしまうが、言われた側が同じように言い返すことが出来ればうわんは逃げ去ってしまうといいます。 -
「青女房」121
室町時代から江戸時代にかけて多数制作された「百鬼夜行絵巻」には、几帳の前で鏡で顔をのぞきながらお歯黒をつけたりする女官の妖怪が描かれています。 -
「百々爺(ももんじい)」122
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「火取摩(ひとりま)」123
加賀の山中温泉のこおろぎ橋の近くに姥の懐と呼ばれる場所があり、夜にここを提灯を灯して人が通ると、提灯の火がまるで吸い取られるように細くなり、通り過ぎるとまた元通り明るくなるといい、土地の住民からはこの現象は火取り魔という妖怪の仕業と呼ばれていました。水木しげるの妖怪画では、火取り魔は上半身が炎で下半身が着流し姿の人間といった姿に描かれています。 -
「ケンモン」124
これは奄美大島を旅した時に現地のバスガイドさんから詳しく教わりました。土地ごとに相違があるものの、河童や沖縄の精霊であるキジムナーと共通する外観や性質があるようです。 -
「水?(けんもん)」と記述され、相撲好きで人に逢えば挑戦するとされ、画では頭に皿があって河童と同様な姿です。かつては人害を及ばさず木こりや薪拾いが運ぶのを手伝ったといわれます。
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あまりの暑さに妻が壊れてきてしまいました。ファンベスト持って来ても暑いものは暑いです。
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「針女」125
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「水虎」126
水虎(すいこ)は中国湖北省などの川にいたとされる伝説上の生き物で、3歳から4歳ぐらいの子供の大きさをしており、水虎という呼び名は虎に似た要素を体に持っていることに由来しています。 -
「海女房」127
出雲の伝承では赤ん坊を抱いた化物とされています。海を住処としますが陸上でも数日間程度なら生きていることができ、人間の言葉を話す者もいるといいます。海で水死した女性の化身や海坊主の妻などの説があります。水木しげるの妖怪画では、鱗とひれを持つずんぐり太った海女房が魚を食べている姿で描かれています。 -
「異獣(いじゅう)」128
越後国魚沼郡に出現したとされる謎の生物で、「猿に似て猿に非ず」と形容され、この地方特産の織物や縮(ちぢみ)の生産者たちに伝わる話だそうです。猿に似ているが猿ではなく、頭の毛が背中に垂れるほど長く、背丈は人間よりも大きかったそうです。山中で弁当を食べていると現れ、弁当を分けてやるとその後は重い荷物を背負って山を下りてくれたという話が残っています。 -
「雪女」129
雪女は人間の精気を奪うとされ、人間を凍死させるなどといわれ、子供の頃に父に寝物語として本を読んでもらった時は恐ろしくて眠れなくなりました。夜寝ていて冷え性の妻が近づくとそんな「雪女」の話を思い出しました。昔の妻はスレンダーでしたが、最近は「雪女」というよりも「雪だるま」になってしまったような気がします。 -
「こなき爺」130
民俗学者の柳田國男の著書「妖怪談義」に記述のある妖怪の1つで、本来は老人の姿をしていますが、夜道で赤ん坊のような産声をあげるとされます。泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れずに遂には命を奪ってします。 -
「油すまし」131
元々は熊本の天草に伝わる妖怪ですが、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する蓑を羽織った地蔵のような姿の油すましや、大映映画の妖怪シリーズ「妖怪百物語」「妖怪大戦争」に登場する油すましのイメージとなったようです。 -
ブロンズ像はすぐに見つかりますが、マップを持った妻が先に探してくれたので助かりました。スタンプ台は設置場所が店の店頭だったりいろいろなので、先に探してくれました。小学生の子供と一緒になってスタンプを押していましたが、そんな子供たちのママも「〇〇ちゃん、スタンプここよ。」と同じようでした。
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「木の葉天狗」132
静岡県の大井川で夜間に大勢で魚を捕らえていた木の葉天狗の目撃談があり、それによれば鼻の高い山伏姿の天狗とは異なり、大きな鳥のような姿で翼はトビに似ており翼長が6尺(約1.8メートル)ほどあり、人の気配を感じるとたちまち逃げ去ってしまったそうです。 -
「山わろ」133
中国の古書「神異経」には西方の深い山の中に住んでおり、身長は約1丈余り、エビやカニを捕らえて焼いて食べ、爆竹などの大きな音を嫌うとあります。また、これを害した者は病気にかかるといわれます。日本での山?(やまわろ)は木曽の深い山の中に住んでいる大男で、「やまおとこ」とも呼ばれます。 -
「見上入道」134
佐渡島に伝わる妖怪で、夜中に小坂路を登って行くと小坊主のような姿で前方に現れ、こちらが見上げると背が高くなり、見ている人は後ろに倒れてしまうといいます。「見上入道、見越した」と唱え、前に打ち伏すと消えるといわれています。これとは別ですが、子供の頃に読んだ何かで加牟波理入道(がんばりにゅうどう)という妖怪のことを知り、大晦日の夜に「加牟波理入道入道郭公(がんばりにゅうどうほととぎす)」と3回唱えるとこの妖怪が現れないいうことを覚えていました。これはいまだに年末になると思い出して唱えています。 -
「寒戸の婆(さむとのばんば)」135
民俗学者の柳田國男の著書「遠野物語」にある日本の伝説の1つで、岩手県の遠野を旅した際に読み込んだのでよく覚えていました。寒戸という地にいた娘がある日、木の下に草履を残して消息を絶ってしまいます。その30年後に親戚たちが集まっているところへその娘がすっかり老いさらばえた姿で帰ってきました。事情を尋ねる親戚たちに対し、娘はみんなに逢いたくて帰って来たものの、山に帰らなければならないと言って去って行きます。その日は風が強かったので遠野ではそれ以来、強風の日は「寒戸の婆が帰ってきそうな日だ」といわれたというそうです。 -
「豆狸」136
「 絵本百物語」の記述によれば広げると八畳もある陰嚢を持ち、関西以西に多く棲んでいたといいます。犬くらいの大きさながら通常のタヌキよりもずっと知能が高く、陰嚢に息を吹きかけることで大きく広げて幻を人に見せたり、自ら陰嚢をかぶって別の者に化けたりしたといいます。この像も股間から伸びた陰嚢を頭に乗せています。 -
「泥田坊」137
泥田坊は顔が片目のみで手の指が3本しかなく、泥田から上半身のみを現した姿で描かれています。「今昔百鬼拾遺」には北国に住む翁が子孫のために田を買って耕作し、その田を遺して亡くなりましたが、その息子は農業を継ぐどころか酒を飲んでばかりで果ては田を売り払ってしまい、その後夜な夜な田に一つ目の者が現れ「田を返せ、田を返せ」と罵ったといいます。 -
「畳叩き」138
畳叩きは和歌山県、山口県、広島県、高知県に伝わる怪音現象で、夜中に畳を叩くような音が聞こえたことから破多破多(ばたばた)とも呼ばれたようです。山口県岩国で文久年間の秋から冬にかけての時期に起こった現象では午後10時頃から翌朝未明まで渋紙を打つような、もしくは大きなうちわを激しく仰ぐようなバタバタという怪音が町中で聞こえたそうです。 -
「雨ふり小僧」139
「今昔画図続百鬼」では中骨を抜いた和傘を頭に被り、提灯を持った姿で描かれ」解説文には「雨のかみを雨師(うし)といふ 雨ふり小僧といへるものは めしつかはるる侍童(じどう)にや」とあり、中国の雨の神である「雨師」に仕える侍童(貴人に仕える子供)であることが述べられています。 -
「算盤坊主」140
京都府船井郡西別院に伝わる妖怪で、夜中に寺のそばにあるカヤの木の下に坊主の姿で現れ、木の下で盛んに算盤を弾き始めるものを「算盤坊主」と呼んだそうです。タヌキの仕業ともいわれていますが、その寺ではかつて計算を間違えて和尚に叱られた小坊主がその木で首を吊って自殺したと言われており、その坊主の霊とも言われています。 -
「猿猴(えんこう)」141
河童の一種といわれ、3歳ほどの子供のようで手足は長く爪があり、体はナマズのようにぬめっているといいます。土佐国で生け捕りになったとされる猿猴は顔は赤く、足は人に似ていたといい、手は伸縮自在とされています。 -
「岩魚坊主」142
釣り人が川で釣りをしている最中に1人の坊主が現れて長話に興じ、この近くは寺の土地なので釣りはあまりしないようにと釣り人に注意しますが、釣り人が持っていたご飯を振るまったので気をよくして帰って行きました。その後、とても大きな岩魚がかかり、持って帰って捌いてみると腹から坊主に振る舞ったご飯が出てきたそうです。 -
「ねずみ男」143
ねずみ男の像は「水木しげるロード」には行くとか置かれています。「ゲゲゲの鬼太郎」のメインキャラクターの1人なので人気があるのでしょうね。 -
「水木しげる夫妻」
武良 布枝(むら ぬのえ)は水木しげる(本名:武良 茂)の妻で、自伝「ゲゲゲの女房」の著者でもあります。 -
「カワエロ」146
河童の仲間とされ、川の中にいる時には決して姿を見せないので、その正体は、誰にもわからないといわれます。川底から出てくると、よく猿に化けるといわれ、その化けた猿の足あとは踵(かかと)がないので、それとわかるそうです。顔が白くて眉の黒い猿は、たいていカワエロが化けたものとされ、人が欲しがるものに化けて人をからかうそうです。 -
「河童」147
体格は子供のようで、全身は緑色または赤色をしています。頭頂部に皿があり、皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れていて、皿が乾いたり割れたりすると力を失ったり死んでしまいます。口は短い嘴で背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがあるとすされ、肛門が3つあるとも言われます。遠野を旅した時はここなら本当に河童がいるかもしれないと思えました。 -
「川猿」148
名前は「猿」ですが、カワウソや河童に近い種とされ、体中に魚の臭気があるそうです。子供の姿となって人を化かすこともある他、馬は川猿に会っただけで倒れて死んでしまうと言われ、馬の疫神として恐れられていました。また人間から害を加えられた際には、相手の体中の皮膚や肉をかきむしって重傷を負わせます。弱点は目と股で、ここに矢を受ければたちまち力が弱まってしまいます。性格的には本来は臆病者ですが、自分を助けてくれた人間の顔は忘れないといいます。 -
「土用坊主」69
土用(四季の終わりの18日間)になると邸地内に現れると言われ、この期間に土をいじることは土用坊主の頭を引っかくことになるため、土いじりも草むしりも行なってはならないとされます。陰陽道における土公神も同様に所在時に土を動かすと祟りがあるといわれることから、土用坊主とはこの土公神を指すものと見られています。 -
「金霊(かねだま)」70
善行に努める家にはこの金霊が現れ、土蔵が大判小判であふれるといいます。8月になって株価が3段階に暴落していたので、この像だけご利益があるように撫でておきました。 -
「夜行さん(やぎょうさん)」71
大晦日、節分、庚申の日、夜行日(陰陽道による忌み日)になると現れ、首切れ馬(首のない馬の妖怪)に乗って徘徊する鬼とされます。遭遇してしまった人は投げ飛ばされたり、馬の足で蹴り飛ばされたりしてしまいます。そのため人々は出現日の夜の外出を控えるよう戒められていました。運悪く遭遇してしまった場合は草履を頭に載せて地面に伏せていると夜行さんは通り過ぎて行くので、この難から逃れることができたそうです。 -
これは最近できた像で、観光案内所で買い求めた「妖怪ガイドブック」には記載されていませんでした。江戸期には各地に疫病流行の予言を伝える不思議な妖怪が出現します。越中立山では薬種を堀に来た者の前に現れた「クタベ」が疫病流行を予言し、「自身の姿を見ればその病の難を逃れることができる」と語ったそうです。そして、見ることができない人々のために「自分の絵を描いて知らせなさい」と伝えます。「越中立山のクタベ」のこの話を書いた刷物などが残っており、「顔は人、体は獣」というクタベの姿も描かれているそうです。
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「座敷童子」72
座敷童子(ざしきわらし)は主に岩手県に伝わる妖怪で、座敷または蔵に住む神と言われ、見た者には幸運が訪れ家に富をもたらすなどの伝承があります。最も特徴的な民間信仰として座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退するということが挙げられます。こうした面から座敷童子は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされます。 -
「閻魔大王」73
日本では「十王経」等においては地蔵菩薩と同一の存在と解され、地蔵菩薩の化身ともされています。「十王(じゅうおう)」は道教や仏教で地獄において亡者の審判を行う10尊の裁判官的な尊格で、閻魔大王は死後の五七日(35日目)を司ります。 -
人間を初めとする全ての衆生は、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日から7日ごとに七七日(四十九日)までと百か日、一周忌、三回忌の10回をそれぞれの十王の裁きを受けることとなるという信仰です。
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「井戸の神」74
井戸の神は川の水と通じているところから川の神ともいわれますが、この神をおこらせると水をにごらせたり病気をまきちらしたりすると考えられました。そのために昔はかんたんな神棚をつくり、水神と書いた紙や板をはって、敬意を表しました。井戸の神は意味もなく井戸の中を覗き込むのを嫌がるといわ水を汲む汲むときに柏手を打って敬意を表したり、塩を盛り供えたりするところもあります。 -
「目玉おやじ清めの水」は水木しげる自らがが命名したもので、重さ70キロの白御影石製の手水舎で、全体をお椀に見立ててその中央で目玉おやじが水の力でクルクル回り、水が溢れ出るという仕組みになっています。
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「妖怪神社」には樹齢300年の欅(けやき)の木が茂りっています。
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これとは別に御神体と呼ばれる高さ3メートルと2.5メートルの黒御影石がありました。設置する際にその一部が剥がれ落ち、水木しげるがその場所に目玉おやじを彫るように話していたので、「目玉石」という名前が付いていました。
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「シーサー」75
沖縄県などでみられる伝説の獣像で魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されることが多いとされます。昨年のMSCベリッシマのクルーズで下船した那覇の「久高民芸店」で大嶺實清の弟子だった眞喜屋修のシーサーに出会ってしまい、一対買ってしまいました。 -
「麒麟獅子と猩猩」76/77
麒麟獅子(きりんじし)は鳥取県や兵庫県に伝わる民俗芸能で、獅子舞の一種ですが麒麟がモチーフになっているために通常の獅子舞よりも面長な獅子頭で、色は金色で一本角があり、耳が逆立っています。胴幌は赤色で背筋の部分は黒色となっています。麒麟獅子舞は赤い面を被った「猩々」がつくのが特徴で、長さ1.5メートルほどの赤い棒を持ち、麒麟獅子を先導したり、緩やかな動きで舞ったりします。 -
「方相子」78
節分に豆をまいて鬼を追い払う習慣は平安時代に生まれた「追儺(ついな)」がもとになっています。中国の「大儺(たいな)」に倣ったもので、宮廷での年中行事として執り行われていました。儀式の内容は今の豆まきとは少し違い、選ばれた人がお付きをつれて疫鬼を追い払うという設定でした。追い払う役の人は「方相氏(ほうそうし)」と呼ばれます。 -
「コロポックル」55
コロポックルはアイヌの伝承に登場する小人で、アイヌ語で「蕗の下の人」という意味であると解されています。北海道に映えている蕗は秋田蕗という種類のもので葉の大きさは直径1.5メートルほどにもなります。実際に傘の代わりにこうやってさすことが出来るそうです。 -
「手の目」56
座頭姿で両目が顔ではなく両手の平に1つ付いているいる姿で表されます。ある男が京都の七条河原の墓場に肝試しに行ったところ、老人の化け物に襲われ、その化け物には手の平に目玉があありました。男は近くの寺に逃げ込み、その寺の僧に頼んで長持ちの中にかくまってもらったところ、化け物は追いかけてきて長持ちのそばで犬が骨をしゃぶるような音を立ててやがて消え去りました。僧が長持ちを開けると、男は体から骨を抜き取られて皮ばかりになっていたといいます。 -
ようやく「水木しげるロード」の入り口まで戻っていきました。午前中に反対側を進んで、午後にこちら側を戻ってきました。
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「さがり」57
馬の首だけの姿をしており、路傍の古いエノキの木からぶら下がった状態で現れます。鳴き声をあげたりして暗い夜道を歩いている人などを脅かし、これを目にした者は熱病を患ってしまうとして、人々から恐れられていたといいます。 -
「キジムナー」58
キジムナーは沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の妖怪で、ガジュマルの古木の精霊といわれます。人から恐れられることはあまりなく「体中が真っ赤な子ども」あるいは「赤髪の子ども」「赤い顔の子ども」「長髪で全身毛だらけ」の姿で現れると言われます。 -
鬼太郎と同じポーズで記念写真を撮りました。ちょうどファン付きのベストが鬼太郎のちゃんちゃんこのようです。
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夏の夕方の目玉おやじは気を許して頭を触るとめちゃくちゃ熱くなっています。茶碗に水を入れてあげたくなります。
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像の数がどれだけあるのかガイドブックを見ても、出版された後にも増えているようなので確認も出来ません。ほとんど確認できたと思いますが、後々写真と見比べてみると漏れもあったようです。ほとんどへとへとで早く駅まで戻りたい気分です。
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「妖怪広場」の奥にある「河童の泉」にも立ち寄りました。泉の中には泳いでいるねずみ男がいたり、河童とタヌキもいます。
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「小豆洗い」33
ここにも小豆洗いがいました。水が流れているところなので、妙にリアルで動き出しそうです。 -
「テレビくん」41
子供たちの間ではテレビの中に現れる不思議な少年「テレビくん」の事が話題になっていましたが、貧しい暮らしの三太は家にテレビがなく、話についていけませんでした。そんなある日、三太のクラスにテレビくんそっくりの山田という少年が転校してきます。山田はクラスの皆からテレビくんだと問い詰められますが、頑なに否定します。気になった三太は学校の帰りに山田の後をつけてゆき、テレビくんの秘密を知ることになるというすとーりーでした。 -
「コケカキイキイ」44
死期の迫った老婆、捨てられた赤子、公害で弱った老猫、その猫に取り付くシラミというこれら四生物が同時に死を迎えるとき「コケカキイキイ」は誕生します。四生物の死にたくない、生きたいという願望が次元の異なる生物として目覚め、庶民の不満を嗅ぎ取り食べることで満足します。コケカ神として崇められるようになり、様々な超能力を使い怪事件の解決にも活躍します。 -
「サラリーマン山田」45
水木しげるの作品に登場する架空の人物で、メガネ出っ歯などとも呼ばれる共通の特徴を持つ人物の総称です。平凡な一般人を演じるキャラクターで、幸福を夢見て慎ましく日々を過ごしますが、様々な悲劇に遭わされるなど報われることは少ないです。 -
「フ―シギくん」46
超能力を持った「フーシギくん」が妖怪を相手に活躍するというストーリーでした。 -
「悪魔くん(埋れ木真吾)」48
特撮テレビドラマの「悪魔くん」が放送されたころはまだ5歳でしたが、オープニングの曲はよく覚えています。かなりよく覚えているので再放送を見ていたのかもしれません。 -
弟はこの番組を見て、誕生日プレゼントでオカリナを買ってもらっていました。
https://www.youtube.com/watch?v=0e1QjlmkZqg -
「魔法陣の悪魔くんとメフィスト」49/50
悪魔を呼び出す時は魔法陣を前に「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」と呪文を唱えます。これは18世紀から19世紀のフランスで流布した魔法書に記された悪魔を呼び出すために黒い雌鶏を引き裂いて唱える呪文「Eloim, Essaim, frugativi et appelavi.」に由来します。 -
「家獣(かじゅう)」51
悪魔くんには自分に付き従っている部下が複数人いて、それらは「十二使徒」と呼ばれることもあります。この「家獣」もその一つです。十二使徒というとエヴァンゲリオンが有名ですが、水木しげるの方が早かったわけです。 -
交番にはお巡りさんはいませんでしたが、入り口脇にスタンプが置かれてありました。これで本にあったスタンプ欄は全部埋まりました。
境港市観光案内所 名所・史跡
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「隠岐汽船 境港フェリーターミナル」まで戻ってきました。最後に観光案内所に立ち寄って、終了欄に金色のスタンプを押してもらって「妖怪博士」になりました。
境港フェリーターミナル 乗り物
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へとへとになったので駅前から「境夢みなとターミナル」まで戻るシャトルバスに乗りました。フェリーターミナルから続くブリッジの先には隠岐島へ向かうフェリーが停泊していました。近い将来に絶対に再訪しなければならない、両親と兄弟と行った思い出の島です。
隠岐観光みやげセンター お土産屋・直売所・特産品
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帰り道はお昼を食べた漁港の脇の道を通り、「境水道大橋」を間近に見ることが出来ました。
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港に着く前に「大漁市場なかうら」の横を通過しました。ここで降りたいなと思いましたが無理な話です。
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「境夢みなとターミナル」でバスを降りましたが、そのまま船には戻らずに船上から見えた「境港さかなセンター」に向かいます。ところが行ってみると閉鎖されているようでした。妻は「夢みなとタワー」にも登りたくないというので、先ほどの「大漁市場なかうら」に向かうことにします。
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入口に立つのは「がいな鬼太郎」で、身長7.7メートルもあります。重さは90トンあって右手には松葉ガニを抱えています。こんなの日本では造れないなと思ったらやはり中国で造ったようです。
大漁市場 なかうら グルメ・レストラン
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ここで干物を買おうと思ったのですが、まだクルーズが続くので家で受け取れないので冷凍してもらうことにします。友人たちへのお土産もまとめて家に送ることにします。
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エテガレイにノドグロとタイ、イワシとカマスなどを送りましたが味が濃厚でとても美味しかったです。友人たちにも喜ばれ、自分たちでも取り寄せたり、鳥取と島根に旅した家族もいました。
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食べられないスイカとはどんなものなのでしょう?妻はスイカ好きなので、1アマ描いたそうでしたが、船には持ち込めないので残念がっていました。
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「大漁市場なかうら」を往復したのでかなり歩いてしまいました。もう船に戻ることにします。乗船時にはパスポートが必要で境港の出港は日本出国を意味します。
夢みなとタワー 名所・史跡
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部屋に戻って着替えて一休みした後は出港の時間に合わせてデッキに出ます。
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着岸時に旋回してあったので出港はスムーズでした。
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麻通過してきた航路をなぞるように半島を航行します。
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朝は上半分が雲で隠れていた伯耆大山もダイヤモンド・プリンセスを見送るように顔を見せてくれました。
大山(伯耆富士) 自然・景勝地
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大山には機会が無くて登ったことはありません。雄大でとてもきれいな姿をしています。2年前のツアーで天橋立から日本海側の海岸線を出雲迄バスで移動したことがあり舞いsたが、その時見た伯耆大山もきれいでした。
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「夢みなとタワー」がどんどん小さくなっていきます。
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夜の漁に出港していく漁船がダイヤモンド・プリンセスを追い抜いていきます。
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岩礁を越えて日本海に出るころにはちょうどきれいな夕日になってきました。
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残念ながら隠岐島までは見えませんでした。
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「美保関灯台」にも夕日が当たっています。
美保関灯台 名所・史跡
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ダイヤモンド・プリンセスは次の寄港地の釜山を目指してさらに西に向かいます。昨年は釜山港を台風が直撃して、港が閉鎖になって抜港になってしまいました。
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今年は台風も発生していないので、抜港しないでクルーズが終えられそうです。
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船がニシン向かうスピードよりも陽が沈むスピードははるかに速いです。
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あっという間に日が沈んでいきます。
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つかの間の天体ショーでした。
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プールサイドでは夏祭りが開催され、スイカ割もやっています。もちろんこれらのプログラムは子供向けのようです。
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普段はピザを出しているカウンターとバーガーのカウンターは即席の屋台になってタコ焼きやホットドックなどを提供しています。
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急いで妻を呼びに部屋に戻ります。
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ということで晩御飯前にアメリカンドックにタコ焼きにお好み焼きなどをいただきます。
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そしてこの日の夕食のレストランは「ヴィヴァルディ」です。
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カジュアルデーなので縁日からそのまま来てしまいました。
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まずはバドワイザーで乾杯です。
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妻はまた和食メニューを食べるようで、「タコの酢の物」からスタートです。
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前菜は「イカのグリルステーキと茹でた小イカ」です。少量のサラダのような仕立てです。
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さらに妻は「冷ややっこ」まで注文していました。
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こちらも前菜からもう一品で「チリを使ったココナッツスープ」。これはスープというよりもココナッツ味のジュースのようで、上品な甘さを感じます。
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妻のメインは「ポークカレー」です。やはり、去年に比べて今年のダイヤモンド・プリンセスの料理はおいしくなった気がします。
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こちらのメインは「エビとホタテのソテー」です。サフランのリゾットの上にプリプリのエビと大きなホタテが乗っています。
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フィリピンの女性スタッフの方が写真を撮ってくれました。日本語が上手なので尋ねてみると日本で介護の仕事をするために日本語を習って介護の学校にも通ったそうです。ところがそこまで時間と労力もかけながら、タトゥーがあるからという理由で日本で働くことが出来なかったそうです。そんなこと言ってる場合ではないだろうにと思います。
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デザートは「フレンチバニラビーンズ・ブリュレ」にしました。これは美味しくて、次のニュージーランドクルーズでもメニューに載っている日は必ず食べていました。
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妻は「キャラメルピーカン・チーズケーキ」で、これも美味しそうです。明日は19年振りの釜山入港です。
釜山港国際旅客ターミナル 船系
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