2024/06/21 - 2024/06/21
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さっくんさん
オリンピック終わりましたね。史上最悪に不潔なオリンピックでしたね。フランスの国民性が良く出たオリンピックだったと思います。そんな劣悪な環境な中、差別を受けながら頑張った日本人選手の健闘だけが、唯一の救いでした。障碍者を食い物にする24時間テレビ、スポーツ選手を出汁に金儲けするオリンピック。もう時代遅れですよぉ!
この旅三度タシュケントに戻ってきました。本日はタシュケントを観光します。今度こそ本当にウズベキスタンとお別れです。観光は前回訪れた時も訪れたハズラティ・イマーム広場やチョルスー・バザール。前回は訪れる時間が無かったナヴォイ劇場等々を散策しました。
15年前のタシュケントの旅行記
https://4travel.jp/travelogue/11763320
- 旅行の満足度
- 5.0
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深夜1時を過ぎる頃、漸くタシュケントに戻ってきました。明日と言うか、今日も早いです。早速寝ましょう。
おやすみなさい。 -
流石に今朝の朝食は軽目に済ませました。
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自分の体調より、ガイドさんの体調の方が心配です。自分の好みで無茶するのと、仕事で無茶するのは全く違う事ですから。
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先ず始めに訪れたのは、ナヴォイ劇場です。ソ連に抑留された日本人が腕を振るって作った劇場です。大震災にも倒れる事無かったその丁寧な作品は、ウズベキスタンの人々を驚かせ、ウズベキスタンの人々の親日感を高めたと言います。
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彼等は、単に建築物を作る事に留まらず、信頼を築き、ウズベキスタンと日本を繋いでくれました。今、我々が心地良く旅が出来るのも、抑留と言う、普通なら、不貞腐れたり、絶望してもおかしくない様な状況の中、誠心誠意この劇場を作ってくれた彼等がいてこそだと感じます。
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石碑にこの劇場の来歴が彫られていました。
遠い異国で…本当にありがとうございました。
15年前、私の乗った飛行機に、搭乗していた日本人は私只一人でした。
今回の旅では、驚く程の日本人が機内にいました。ウズベキスタンが日本人にとって、より身近な国となってきました。
貴方方の健闘があったからこそだと思います。
安らかにねむってください。此処を旅する日本人を見守ってください。 -
旧市街のハズラティ・イマーム広場を訪れました。モスク、マドラサ、クルアーン博物館等、イスラーム関連施設が集まる広場です。
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先ずはハズラティ・イマーム・モスクを見学しました。
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このモスク、大き過ぎて、正面の道路を渡ったくらいでは、全体を捉えきれません。
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左右に一つづつ設けられたドーム。
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左端にマッカを示す、ミフラーブ。
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背後からハズラティ・イマーム・モスクの全体を捉えました。
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更に引いて撮影しました。
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ムイ・ムバラク・マドラサ。小さなマドラサで、現在ではクルアーン博物館として機能しています。
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広場の横では、更に巨大なモスクらしき建造物が目下工事中でした。15年前は共産主義に毒されてイスラームとしてぬるま湯に浸ったかの様な体たらくな部分も見受けましたが、昨今はイスラームにかなり力を入れている様で嬉しい限りです。
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嘗て中央アジアのイスラーム本庁が置かれていたバラク・ハーン・マドラサ。現在では各国に本庁が置かれているので、ウズベキスタンの本庁となります。
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正門の巨大なアイヴァンが立ちはだかり、正面からマドラサを眺めると中央のドームは隠れてしまいます。これはウズベキスタンのイスラーム建築特有のデザインです。どうして態々イスラーム建築の象徴とも言えるドームを隠してしまうのでしょう?この疑問を、この旅で出逢った各国のガイドさんにぶつけてみましたが、それぞれ推測はして頂けたものの、竹を割った様な解答には至りませんでした。もしイスラーム建築に詳しい方がいらっしゃいましたら、是非教えて頂けると嬉しいです。
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アイヴァンを潜り、中庭に入りました。本堂のアイヴァンに半分隠れて、漸くドームを窺う事が出来ました。マドラサとしての機能はチョルスー・バザール近くのクカルダシュ・マドラサに譲り、今はウズベキスタンのイスラーム本庁及び、土産物屋さん等が運営されています。
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本来イスラーム建築はシンメトリーにこだわりがあるので、正面から眺めるのが建築家が表現したかった通りを写せると私は捉えています。ですからアイバンにドームが隠されているのは、それなりの理由がある筈です。しかしドームを写したい私は、今回ばかりは敢て斜めに構える事で、三つのドームを収めてみました。
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再びハズラティ・イマーム・モスクに戻って来ました。このモスクの正面もまた、スペースが足りなくて、モスクを正面から捉え難いモスクです。
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中央アジア随一の規模を誇るチョルスー・バザールを訪れました。
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メインのドーム内に突入しました。午前中だけあってとても活気があります。どよめいています。
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15年前、このバザールを訪れた時はワールドカップ予選の日本とウズベキスタン戦の前日でした。もろアウェイの中の訪問に緊張しましたが、逆にバザールの人々の大注目を浴びて、日本人選手の誰に注目すべきか?とかインタビュー受け捲りで、最後にはいっぱいお土産さえ頂いて、とても楽しい訪問でした。いつもは紳士気取りだけど、サッカーの事になると暴力団に変貌する某国とは大違いな、これぞ本当の真摯な人々でした。
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広大なバザールです。余りキョロキョロしていると迷子になりそうです。
昔からすぐ迷子になる子供でした。親を探して走り回っていると、店員に拉致されました
。
「この子元気に走り回っていました。」
と笑いながら親に私を引き渡す店員に
「探していたから走ってたんで、何も好きで走ったんじゃない!」
昔から減らず口の絶えないクソガキだった様です(笑) -
ある時再び私が全速で走っていて、何某かに額を強打して私は卒倒しました。緊急で病院に運び込まれ、医者様に
「沁みるけど、我慢するんだぞ!」
と諭され消毒液を患部に塗られた時
「なんのこれしき!」
とリアクションしたとか。これにはお医者様も看護婦さん一同も大笑い。
「笑うとか不届き者メ!」
時代劇が大好きな婆ちゃん子で育ったので、時代劇で日本語を覚えたらしいです(笑) -
肉を良く食べるお国柄、肉のコーナーはとても充実しています。
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牛さんが丸ごと吊るされています。
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此方は下半身のみ。セクシーですね。
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二階は乾物、特に干し葡萄が目玉商品です。中国のトルファンから此処ウズベキスタン迄干し葡萄はシルクロードを代表するお土産品です。
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屋外では果物がパワー陳列されています。中央アジアの果物は強烈な陽射しを受けて育つので、甘くて美味しいです。ただ余りに強烈な陽射しの為、葉野菜は弱点だと思います。
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中国のハミ瓜も美味しかったけど、タシュケントの瓜も負けてません。カット・フルーツは衛生的に問題はありますが、こうした活気あるバザールは切ったそばから胃袋に消えていくので、新鮮そのものです。
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ウズベキスタン国立歴史博物館を訪れました。何と言う不手際でしょう。休館日でした。しっかり下調べをしなかった自分のミスです。
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気を取り直して別の博物館へ向かいます。タシュケントの大通りは、中央アジアらしくゆとりを持った広さがあり、大きな並木が強烈な中央アジアの陽射しから私を守ってくれました。
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私が向かったのはウズベキスタン国立応用博物館。旧名ウズベキスタン工芸博物館です。
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イスラームと扉の装飾の美しさは有名です。イスラームは外観は質素にしなければなりません。羨ましがられる事は悪徳です。商業の宗教であるイスラーム。商業はどうしても貧富の差を生みます。貧しい人々の心を傷つけない為にも、人を羨ましが焦る様な華美な装飾は悪徳と見做します。ですからムスリマは美しさをベールで隠し、庭は中庭を築きます。家の外観で、装飾を許されるのは扉のみ。だからムスリムは扉に美意識を凝縮させたのです。
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ペルシャ直伝の絨毯。イスラームはモスクで膝をついて礼拝を行う為、絨毯は必須品なので絨毯の製作が発達しました。絨毯作りに於いてペルシャは他にライバルは存在しません。ぶっちぎりの世界一です。
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ベッドの上に卓袱台を置いた様な、ウズベキスタン独特の食卓。観光地のレストランでは様式の席と別に、こうした伝統様式の席を用意している店も多いです。日本人にとってはとても寛げるので、是非体験してください。
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最下部がギュッと窄む中央アジア独特の美しい柱に支えられたテラス。
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天井の美しい装飾が気になって、どうしてもカメラが上を向いてしまいます。
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屋根の淵には細やかなムカルナスが施されていました。ムカルナスとは鍾乳石造りとも呼ばれ、イスラーム建築特有の天井に用いれられる装飾です。
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ウズベキスタンの建築は屋根の装飾がとても美しいので、結果首が痛くなります。
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国立歴史博物館に比べ、物理的な規模も、展示品の規模も、小振りなのは確実ですが、今まで私が訪れて現地で見学してきた歴史的な品々を上から俯瞰するのではなく、等倍率な展示を見れた気がします。
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ウズベキスタンの地下鉄を見学します。アメリカの地下鉄は、変な出入り口に入ってしまうと、リアル・バイオハザードですが、ウズベキスタンは、そんな心配はいりません。
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ソ連の地下鉄は核シェルターとしての機能を持ち合わせているので頑丈だと言いますが、タシュケントの地下鉄は左程深い位置にはありません。ソ連の地下鉄には独特の美しさはある事は認めますが、イスラームの国に偶像は好ましくありません。
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ホームに新型車両が入選しました。
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と、今度は反対側の車線に旧型車両が到着です。やっぱりレトロな車両の方が趣きがあります。
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駅を出ると、その向こうに目下整備が進んでいるタシュケントの新市街が見えました。
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2014年に新造されたミノール・モスクを訪れました。このモスクも巨大なアイヴァンがドームを隠してしまっています。
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巨大なアイヴァンを潜って中庭に出て尚、本堂のアイヴァンに阻まれて、正面からドームを捉える事は出来ませんでした。
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敷地から、タシュケント・タワーが見えました。
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これだけ角度を作っても、未だドームを捉えられず。
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此処迄横にズレ、漸くドームを捉える事が出来ました。一般的なイスラーム建築はその象徴とも言えるドームをデザインの核としています。
そのドームを隠してしまうと言う事は、ウズベキスタンのイスラーム建築では、イスラームの秘匿性の観点から、例えばムスリマが、その美しさをベールで隠すが如く、アイヴァンによりドームを隠す必要性があったのではないかと私は推測してみました。 -
一日に1.5トンのプロフを焚き上げると言うプロフ・センターを訪れました。勿論プロフを食べる為です。
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駐車場にはカザフ・ナンバーの車や、キルギス・ナンバーの車も、このセンターの人気っぷりを証明しています。
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プロフ、即ちピラフは中央アジアの伝統料理であり、中央アジアの歴史と言っても過言ではあいません。発祥はペルシャ系、そしてそれを引き継いだのはテュルク系と言うのも中央アジアの歴史と全く被っています。
アレキサンダー大王がプロフをヨーロッパに齎したとされますが、ならばタジキスタンのホジャンドがヨーロッパのルーツとなります。嗚呼ホジャンドでピラフを食べるべきでした!
テュルク系の遊牧民族はプロフのみならずラグマンを始め様々な料理を東西に伝える料理のアテンダーとしての性格もありました。それ故ユーラシアの東西様々な料理が伝わり融合されたトルコ料理が、世界三大料理とされるのも合点がいきます。
さて、プロフと言う炊き込みご飯はアレキサンダー大王が伝えたヨーロッパのみならずシルクロードを越えて遥々旅を続けました。中央アジアから南へ下ってビリヤーニと名前を変えて、パキスタンから中東へ、アラブの定番料理となりました。
更にイスラームの勢力拡大と共にビリヤーニも旅を続け、その旅は北アフリカから地中海を渡りイベリア半島迄続きます。そして其処でパエリアと名前を変えるのです。
嗚呼炊き込みご飯の歴史を辿るだけでこれ程壮大な旅となるのです。
ラーメンの元祖とも呼ばれるラグマンと共に世界で愛される炊き込みご飯のルーツとも言えるプロフ。中央アジアの歴史が無かったら、我々の食卓は今より貧相なものになっていたかもしれません。 -
ピラフは上記の写真の様に、超大量を一気に炊き込みます。此処は作ればあっと言う間に人々の胃袋に消えてしまうので問題はありませんが、美味しいピラフを食べたかったら、なるべく早い時間に訪れましょう。時間が経ってしまうと、只でさえ日本人にとっては油がきつめですが、更に脂っこくなってしまいます。何はともあれ中央アジアへ旅したのなら、一回はピラフを食べてください。ピラフを食べる事は、中央アジアの歴史を食べる事です。
中央アジアの食事は、串焼きに相当するシシャリク、うどんに相当するラグマン、ピラフに相当するプロフ…と日本人に馴染みがある料理が多く、味も美味しいので、ついつい食べ過ぎてしまいます。しかし残念ながら、使われている油が、日本人にとって馴染みの薄い油で、しかも日本人には強過ぎる様で、お腹を壊してしまう旅人さんが多いです。
現地の人もそうしていますが、シシャリクに必ず付け合わされる玉葱のスライスや、ふんだんに使われるヨーグルト。これは脂っこい料理が多い、中国人が烏龍茶を大量に飲み、中和する様に、油を中和し、腸を整える効果がある様なので、積極的に摂取してください。整腸剤を飲んでおくのも良いかもしれません。
それでもヤバいなと思ったら、シシャリクやプロフを控えて、油分が少なくお腹に優しいうどん料理のラグマンを主体にすると良いでしょう。 -
プロフ・センターはタシュケント・タワーからすぐそばの立地です。
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この旅三度訪れたタシュケント共、遂にお別れの時です。ウズベキスタンとも暫しのお別れです。ガイドさんには本当にお世話になりました。本当お疲れ様です。別れはいつだって後ろ髪を引っ張りますが、この旅の4か国目、キルギスへ向けて出発です。
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キルギスに無事入国を済ませました。運が良い事に、キルギスとカザフスタンはスルーでドライブ出来る設定の様です。初日に出来る事は夕食のみ。
レストランに入って周囲を見渡して驚きました。これまで訪れてきた中央アジア諸国と比べて顔立ちが全然違うのです。彫りの深いペルシャ系のタジク人、タジク人との混血が多いウズベクもまた彫りが深い。トルクメニスタンは名前の通りトルコ系の顔立ちですが、キルギスの人々はまるっきり東洋系の人ばかりです。
キルギスには肉が好きな人はこの地に残り、魚が好きな人は日本に移住したと言う俗説がある様ですが、日本人にも顔立ちが似ていると言われます。私的にはモンゴルの方々に似ているなと言う感想を持ちました。
それにしても、キルギスより東方に暮らす、ウイグル族の方がウズベクの人々に近い彫りの深い顔立ちです。民族分布と言うものは本当に奥が深いです。 -
民族が変われど、国が変われど、シシャリクは変わらず食べられています。
最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。
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