2009/04/16 - 2009/04/16
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さっくんさん
西安は秦、漢、唐…私の大好きな部分の中国史が凝縮された様な街、西安。残念ながら乗継地の上海の悪天候により、2日しかない日程の半日が潰れてしまったので初日は街の中心を散策しました。当初は弾丸の旅の一貫としての旅だったのですが、西安の西門、安定門に立った時、遥か昔、シルクロードを遥かアラブから辿り着いただろうイスラームの商人達、密出国までして経典を求めて旅立った玄奘三蔵法師。彼等の歩いた道を旅してみたい…そんな強い想いに駆られ、それは翌年のシルクロードの旅へと繋がっていきます。と言う訳で今回の西安の旅、そして翌年のシルクロードの旅を続けて紹介したいと思います。
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西安の中心に建つ鐘楼に到着しました。乗り継ぎ地の上海の気候条件の為フライトが大幅に遅延し上海市で一泊せざる得ない状況となった為、元々二日しかない滞在時間のうち半日をロストしてしまいました。
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泣き言を言っていても時間は過ぎてしまいます。さっそく歩き始めましょう。当初は初日に郊外を周り、二日目に城内を見る予定でしたが、本日も半分は終わってしまっているので城内を散策します。
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鐘楼から周囲を見渡します。それぞれ遠くに城門が見えます。
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此方は鼓楼、中国の歴史ある街で大抵鐘楼とセットになって存在します。どちらも時を告げる為のものでしょうが、どう使い分けていたのでしょう?
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西安は嘗て長安と呼ばれ、中国の幾つもの王朝の首都となった、中国の歴史が凝縮された様な街です。長安を手本に作られた日本の古都京都同様、細かい見所までくまなく訪れようとするなら、旅と言うより暮らさなければならない程見所があります。
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しかし残念ながら先の様な理由でじっくり観光とはいきません。私の旅の重要なテーマ、イスラーム文化を堪能する事。イブン・バトゥータと並び旅人として尊敬する玄奘三艘。そして秦始皇帝の三つに重きを置いて西安を散策しようと思います。
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中国なのにイスラーム?と思う人も多いかも知れませんが、西安から西はシルクロード交易を通してイスラーム商人が訪れ、やがて現地の人々の信徒も増えました。それは現在でも変わる事無く彼等は回教徒と呼ばれています。
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回教と言う名の由来は、メッカのカアバ神殿を回りながら巡礼する彼等の巡礼方法から、とかスーフィーと呼ばれる、グルグルと回り続ける宗教的舞踏からきた、とか幾つか諸説があります。
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此方は西安名物、餃子の有名店。西安は粉ものの食文化が盛んです。それは西安が米作には不利な土地柄であった事や、元々粉ものを主食としているイスラーム系の人々が多く暮らしている事に起因しているでしょう。
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そんな街の中心からさほど離れていない場所にイスラーム街が広がっており、食を中心に観光スポットともなっています。
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街は何処のイスラームのスークとも共通して賑やかな喧騒に満ちています。
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西羊市もイスラームの食材や食べ物の屋台が集まり始終喧騒に包まれています。
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昭和では日本でもこんなオープンな商店街、あった様な気がしますが、衛生問題もあって日本では難しいでしょうねぇ。
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そんなイスラーム街の一画に立派な中華様式の寺院があります。実はこの寺院はモスクで化覚巷清真大寺と言います。清真とは中国人語でイスラームを指します。
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境内は四つのセクション(進院)に別れ、それぞれ中国の伝統様式に沿って建てられていますが、同時にイスラームのモスクの様式にも忠実に従って作られています。侵略では無く、交流の中、自然と伝わったからこそのミックス・カルチャー。イスラームでは多くの地域でこの様なミックス・カルチャーを見る事が出来ます。
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第二進院の石牌坊
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第三進院の省心楼と名付けられた楼は礼拝を呼び掛けるミナレットの役割を果たしていました。
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第四進院に建つ鳳凰殿
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そして最深部に礼拝大殿が控えます。
もし此処がモスクと知らず訪れたなら、此処のお寺さんの仏様、何処行ったのかしら?と思う程中華寺院らしさのモスクです。 -
この門の上部にはアラビア語で
ラー・イッラーハ・イッァッラー
ムハンマダン・ラッスールッラー
(神は絶対ににして唯一なるもの、ムハンマドは預言者である事)
と書かれています。 -
礼拝大殿はメッカの方向に建てられています。勿論偶像は一切ありません。
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正面の掛軸に描かれたカリグラフィが、此処がモスクである事を語っています。
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メッカの方角を示すミフラーブです。
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イスラームは戦争により勝ち取った領土も無論ありますが、交易を通じて拡大した地域も広大にあります。
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中国もその例であり、中国でイスラーム政権が興った事は一度もありません。
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イスラームは交易を通じて緩く広がった事により、特に末端部分では、現地の文化と融合して特徴あるモスクが生まれました。
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マレーシアのマラッカ等高温多雨な東南アジアでは雨を避ける為、庇の長い三角屋根のモスクが作られました。木材や石材も乏しいアフリカのマリでは泥のモスクが有名です。そして今回訪れたまるでおの様な清真寺もまた、イスラーム文化と御当地の文化の融和性を示す好例とも言えます。
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そんな地域毎の多様性を知る事が出来るのも、イスラームをテーマとした旅の面白さです。アジア、中東、アフリカ、そしてヨーロッパに迄絡んでくるので、それぞれの地域の歴史、文化を楽しみながら学ぶ事が出来ました。キリスト教文化も大航海(大侵略)時代以降世界中に広まりはしましたが、彼等は征服した土地の文化や建築を徹底的に破壊し、其処に自分達の文化、建築を押し付けたので、中南米やアフリカ、アジアに広がるキリスト教由来のコロニアルな街を歩いても、何処かフランチャイズな街を歩いている感覚になってしまいます。
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此方はド直球タイプのモスクです。
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イスラーム地区を抜けて街の西を目指します。
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西安の西の門、安定門が見えてきました。
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西の門、即ちシルクロードに繋がる門と言う訳です。
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シルクロードを行き交った旅人達が、様々な想いを込めて潜っただろう門だと思うと旅人の魂が揺さぶられます。
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ただ玄奘三蔵は確か…この門を潜っていません。
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当時唐は入出国が禁止されていたので、密出国した玄奘は他の方法を取ったに違いないでしょう。
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それにこれは明代の長安城壁を再現したもの。唐代では位置も建築も大きく異なっていた事でしょう。
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この城壁が築かれた明の時代では戦乱によりシルクロードは廃れ、海路の発展により貿易の中心は海路に移っていました。
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でも、あんまり細かい事にこだわらずに旅を楽しみましょう。
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城壁には登る事が可能で快適な散策路となっています。
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城壁から眺める景色は、著しく発展した西安の大都会の姿です。
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最早その光景から、長安の歴史を想像摩るのは難しいかもしれません。
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しかし、此処長安は実に13王朝の都として君臨してきた中国史の魅力を凝縮した様な街です。自分の好みの時代の登場人物や歴史的出来事を思い返しながら散歩するのに、こんな格好な散策路は他に無いでしょう。
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貴方はどの時代にタイムスリップしますか?
その行き先が豊富なのは世界有数の街です。 -
ただ、中国の歴史的建築の再建の仕方には留意すべき点もあると感じます。世界遺産の物件なら未だしも一般の再建だと華美に再建されがちに感じます。
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これは法改正前の日本の城の再建でも顕著にあった事です。日本には12塔しか現存する天守閣を持つ城は残っていません。
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それ以外は全部再建された城になります。名古屋城の様に、焼失した原因が第二次世界大戦時の爆撃によるもので、焼失前の写真が残されていたり、忠実な城郭の文献が残っていたりと、史実に沿って再建された天守閣は幾つかはあります。
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しかし観光客誘致を狙って史実には無かった華美な装飾を追加されて再建された天守閣や、天守閣が存在しない城に天守閣が建てられたり、イメージのみで建てられた天守閣が圧倒的に多いのです。
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勿論そうであっても、普段歴史に興味を抱かなかった観光客が歴史に興味を抱くきっかけとなれば大いに意義があると思います。ただ、その建築の史実との忠実性の度合い、解説ボードやパンフレットに細かく提示して欲しいと思います。
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子供の頃戦国時代の偉人伝に没頭した私、親は岐阜城に連れていってくれました。私は大感動だったのですが、成長してから現在の稲葉山城は当時をイメージして建てられたと知り、非常にショックを受けました。
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現在の中国の歴史的建築の再建方法にも当時の日本の歴史の再建手段の危うさを感じます。中国人はエンターテイメント性も重要視するので、ついテーマパークとの境界が曖昧になっている様な気さえします。
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南門にあたる永寧門で城壁を降りました。書院門と書かれた門があります。門があると入ってみたくなります。
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此方は文房具や骨董品のお店が多く集まって、北院門のイスラーム街とは対照的に古き良き中国らしい落ち着いた風情を楽しめました。
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再び西安の中心、鐘楼まで戻ってきました。
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ライトアップが始まってます。
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西安は餃子の本場と聞いたのですが、何処を探しても焼き餃子がありません。不思議に思ったのですが、実は中国では焼き餃子は賄い料理なのだそうです。つまり水餃子等商売用の餃子が余ってしまった餃子を火を通して賄い料理にしていたのです。それが何故か日本に最初に伝わって、日本では焼き餃子が他の餃子よりメジャーな餃子になった様です。
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ですから中国でお店に入って「焼き餃子ありますか?」って聞いても「いえいえ、そんなものお出し出来ません(賄い料理なので)」って事になるのでしょう。有名店のコースにもありませんでした。勿体ないなぁ…焼き餃子美味しいのに…
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夜はやっぱりイスラーム街で過ごします。やっぱりこの雰囲気が一番落ち着きます。
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小道をウロウロ。
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夕食は西安名物の羊肉泡摸(ヤンロウ・パオモウ)です。羊肉のスープにナンを細かくちぎって、入れて食します。私的に、ナンをスープに入れるってのに抵抗がありまして…別々ならそれぞれ美味しいのですが、混ぜないと羊肉泡摸じゃないし…。
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半日はあっという間に過ぎてしまいました。明日は郊外の見所を回ります。最後までご覧になってくださりありがとうございます。
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