2024/06/20 - 2024/06/20
59位(同エリア360件中)
さっくんさん
15年前、この街で出逢った少女は美しい大人の女性に成長し結婚され、可愛らしい子供にも恵まれました。ええ、私は15年経って劣化したばかりですが(笑)では15年と言う月日はヒヴァと言う街をどう変えたのでしょうか?
15年前のヒヴァの旅行記
https://4travel.jp/travelogue/11763315
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昨日あれだけ活動していたと言うのに、今朝も早起きして陽が昇る前にイチャン・カラを散歩しました。
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15年前に比べ、広場が増えました。お洒落な銅像も増えました。行先表示も増えました。より快適に散策出来る様になりました。でも、それだけ空間が空いたと言う事は、此処を去った家屋があった事を意味します。去らざる得ない状況じゃ無かった事を切に願います。
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イチャン・カラに残った住人はホテルや店舗など何某かで観光に関連している業種に携わっている人々です。一般人が暮らしている感覚は減りました。
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民族舞踏の練習風景に出くわしました。早起きは三文の得です。
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未だ薄暗い路地裏を抜ければ
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あ!一日が始まろうとしています。
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夜が明けました。良い一日を!
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小さな霊廟?
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可愛らしいミナレット発見!
適当に散歩していると、メインな見所以外にも、様々な!が見つかります。 -
南門に到達しました。
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南門周辺の城壁。
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南門付近の城壁からイチャン・カラを眺めました。
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イスラーム圏と言えば猫。預言者ムハンマドは猫を愛せよとハディースに残しています。ヒヴァに猫は少ないなぁと思っていましたが、早朝散歩すればいました!いました!昼間は暑過ぎるので猫もグロッキーなのでしょう。
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散歩して驚いた事はホテルの数です。15年前はイチャン・カラ内の宿泊施設なんて数少なくてプレミアム的な感覚でした。今では犬も歩けば状態です。こんな状態は過剰なのでは?と思いましたが、コロナの時は例外として、ピーク時は埋まってしまうとの事です。それだけ観光需要も急激に増えたと言う事で、更に驚きました。
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早朝でこそ、ひっそりとした旧市街を楽しめますが、あと少し経てば小さな街は、世界中から集まった観光客で埋め尽くされます。メインストリートや各マドラサでは定時になると人形劇等様々なイベントが開催され、まるでテーマパークの様な様相です。案の定、世界遺産の協会から指摘を受けた点も幾つかある様です。世界遺産としての歴史の保全と、観光客のニーズへの対応のバランスを取る事はとても重要な課題だと思います。
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15年前はメインストリートを外れて南北に足を進めれば、結構ひなびた風景だった様な気がしますが、今やすっかりシェイプアップされて美しい風景に変わりました。
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そろそろ朝食が始まる時間です。マドラサに戻りましょう。
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マドラサの中庭で朝食を!
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ビュッフェではありませんが、しっかり食べられるボリュームです。
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お腹の給油を済ませたら、早速出陣です。ひと時も時間を無駄にしたくない!
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昨日はタシュ・ハウリ宮殿のハーレムを見学しました。今朝は続きで謁見の間を見学しました。
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安定の美しいタイルワーク。
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部屋が青い紋様に埋め尽くされています。
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此処でも中庭にはユルタが設置されていました。先に寒い冬の為と書きましたが、謁見に来た遊牧民族をもてなす為との説もあります。現在でも中央アジア5か国中、4か国がテュルク系の遊牧民族の国々。力を蓄えた遊牧民族が突如中央アジアを席巻し、全てを灰燼に帰してしまう様な事が度々起こりました。モンゴルの襲来は象徴的な事件です。
そんな遊牧民に四方を囲まれているので、そんな彼等との関係を深める事はとても重要な事でした。 -
ところで、中央アジアの国々の中で、歴史的な街並みが残されている街の殆どがウズベキスタンに集中しています。どうしてなのでしょう?それは先述した通り、中央アジアの殆どの国が、テュルク系の遊牧民族からなる国家だからです。
遊牧民族は定住する事無くユルタで暮らし、特定の条件で移動を繰り返し暮らしています。故に建築を後世に残す事はありませんでした。あれだけユーラシアを恐怖に陥れ、席巻したモンゴル帝国でさえ、現在では殆どその痕跡を残していません。 -
然しながらそんな遊牧民族も、国家を形成します。モンゴル帝国は多くの領土を奪い取った後、ジンギス・ハーンの死後、子孫達が分割統治しました。しかし遊牧民族は建築のノウハウを持っていません。だから奪った領土の御当地の建築様式や文化を流用しながら国家を運営しました。
ですから、中国を担当したフビライ・ハーン率いる元は急激に中華化していきました。中央アジアのハーン諸国も、御当地のイスラームの国々へと戻っていったのです。 -
ウズベキスタンのブハラやサマルカンドにはペルシャ系の定住民族のタジク人が、サーマーン朝以来数多く暮らしていました。テュルク系の遊牧民族であるウズベク人は、そんなタジク人が持つペルシャ様式の建築や文化を吸収しながら、タジク人と混血を繰り返しながら、この地で国家運営を始めました。
ブハラ・ハーン国、ヒヴァ・ハーン国、コーカンド・ハーン国…。国家運営を行うと言う事は定住すると言う事。
即ちウズベク人とは、定住化したテュルク系の遊牧民族と言っても良いのではないでしょうか?そして中央アジアの中心に位置するウズベキスタンの大地に、いくつもの王朝の都市が築かれた事により(定住化した事により)ウズベキスタンに限って歴史的都市が幾つも残される事になったのです。 -
私は中央アジアの国々の違いをざっくりと説明したい時は、こう答える様にしています。(現在中央アジアの国々が5つの国に分かれたのは、ソ連の意図により分割されたものではありますが…。)
ペルシャ系定住民族のタジク人の暮らすタジキスタン。
テュルク系の遊牧民族が砂漠で暮らす、トルクメニスタン。
テュルク系の遊牧民族が総草原で暮らす、カザフスタン。
テュルク系の遊牧民族が山岳で暮らす、キルギス。
そして
定住化したテュルク系の遊牧民族が暮らす、ウズベキスタン。 -
ガイドさんにヒヴァ鉄道駅付近迄、昼飯に行かないかと誘われました。イチャン・カラにも素敵なレストランは数々あるのに、どうして駅まで行くのでしょう?15年ぶりのデシャン・カラの姿も気になるので二つ返事で駅まで散歩に出かけます。
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ヒヴァ・ハーン国時代は、東門には奴隷市場があったと言います。
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東門を出て驚きました。何もかもが無くなっていました。広大な空間が生まれていました。其処にあった筈のバザール、ゴミゴミと、でも生き生きとした路地も、何もかも…。
この旅に出る前、私は15年前のヒヴァの旅行記をアップしました。その中で私は
町は入場料が必要な内城イチャン・カラと外城デシャン・カラに分かれますが、観光スポットは内城に集中するものの、外城も他都市の旧市街に相当する景観で、時間があれば是非デシャン・カラも散策して欲しいと思います。
と、述べました。謝罪して訂正せねば、なりません。 -
イチャン・カラは世界遺産なので、大きく変わる事はありません。しかし外城のデシャン・カラはその制限がありません。15年前と比べ、桁違いに増加した観光客。それに対応する為、新しく鉄道駅が完成し、駅からイチャン・カラヘ続く、広くて快適な目抜き通りが出来たのです。
その他にもバスターミナルも拡張せねばなりません。ヒヴァの住人だって、娯楽施設で楽しみたいです。こうした需要を満たす為、デシャン・カラは大きな変貌を遂げていました。 -
ヒヴァの鉄道駅。此処から図太いメインストリートがイチャン・カラの東門迄続いています。これでは迷いたくても、迷い様がありません。ただ、此処で暮らしていた人々は、何処へ行ってしまったのでしょう?
私の故郷の下町だって、15年と言う月日は街の景観をまるっきり変えてしまったものです。ヒヴァだって当然の事なのです。だけど…。余りにも…。 -
鉄道駅付近には立派なレストランや遊戯施設が新設されていました。その需要の殆どは地元の人々です。観光客は、我先にイチャン・カラを目指し、其処で大量の金を落とします。インバウンドで裕福になったイチャン・カラの人々は、城壁の外を目指し、遊戯施設で楽しんだ後、こうした料金高めの設定のレストランで食事をします。15年前には考えられ無い風景です。
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勿論、ヒヴァの人々が豊かになった事は喜ばしい事です。ただちょっと先程見た東門前の広大な空間に、未だ順応出来ていない自分がいます。15年の如何にも地方都市の旧市街的デシャン・カラの風景が好きだった故、喪失感が半端ないのです。15年前写したデシャン・カラの風景は、もう写せなくなってしまいました。
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とは言え、レストランのレベルも半端ないです。イチャン・カラから遠いので、観光客は殆どいませんが、鉄道利用なら駅から近いので、オススメです。
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ヒヴァ鉄道駅付近のお洒落なレストランは、ガイドさんのオススメで向かいました。15年前の姿から大きな進歩を遂げた、今の姿を私に紹介したかった事もあると思います。しかし、余りの変貌ぶりは私には、ちょっと刺激が強過ぎたかもしれません。
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さて、仕切り直して再びイチャン・カラの散策を続行します。
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クフナ・アルク付属のオクシャイフ・ボボの見張り台に登ります。イチャン・カラには入場券とは別に、オプション・チケットを購入しないと入場出来ない施設がいくつかあります。此処もそんな中の一つですが、15年前と比べ、インフレが激しく、ビックリしました。
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先ずはヒヴァの城壁を眺めました。
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そして、なんと言ってもこの画角です。ヒヴァには、いくつか展望スポットはありますが、どれか一つを選べと言われたら、私は迷わず此処を推します。
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カルタ・ミナル。ジュマ・モスクのミナレット、イスラーム・ホッジャのミナレット。全て画角に入れられ、バランスも良い。これぞヒヴァって写真を収められます。
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此方が、見張り台です。
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クフナ・アルクを見下ろしました。
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カルタ・ミナルとムハンマド・アミン・ハーン・マドラサ。マドラサ・ホテルの元祖です。
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パフラヴァン・ムハマド廟とイスラーム・ホッジャのミナレット。ウズベキスタンと言えば青いドームで有名ですが、意外にもヒヴァで青いドームはこの廟だけです。それだけ神聖で特別な廟です。
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デシャン・カラを眺めます。
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此処に私が泊まっています。ムハンマド・ラヒム・ハーン・マドラサです。
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再びデシャン・カラ。世界遺産であり大きな変化は望め無いイチャン・カラとは対照的に、デシャン・カラはこれからも、大きく変化していく事でしょう。
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クフナ・アルク、謁見の間をズームアップしました。
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ヒヴァ駅方面をズームアップしました。其処に別世界が広がっていました。
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クフナ・アルクを囲む城壁。
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アラクリ・ハーンのマドラサです。アラクリ・ハーンはタシュ・ハウリ宮殿の製作者でもあります。ヒヴァでは権力者が自分の威勢を示す為、競う様にマドラサを建設しました。小さなイチャン・カラに過剰とも思える施されマドラサが建ち並びます。現在では、それぞれ博物館やホテルに改装されています。
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パフラヴァン・ムハマド廟、遠望。
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ヒヴァはトルクメニスタン編で紹介した、クフナ・ウルゲンチがアムダリヤ川の流れが変わり衰退してしまった為、首都機能を移された事で発展を遂げました。
クフナ・ウルゲンチ
https://4travel.jp/travelogue/11914032 -
その後、ヒヴァ・ハーン国の首都として、東隣りのブハラ・ハーン国と小競り合いをしながらも、ロシアに吸収される迄存続しました。
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このブハラ・ハーン国とヒヴァ・ハーン国の確執には、様々なエピソードがあります。
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イチャン・カラの西門を潜ると太く背の低い印象的なミナレットがあります。カルタ・ミナルと呼ばれる未完のミナレットです。
ヒヴァで一番高くなるべく建造が開始されたカルタ・ミナルでしたが、その噂を聞きつけたブハラのハーンがそうはさせるか!と建築家を買収しました。しかしその企みはヒヴァ・ハーンの知る所となり、ヒヴァ・ハーンは怒りの余り、建築家を殺してしまった。故にカルタ・ミナルは未完に終わったと言う説です。 -
他にも、余りに背が高く、完成したら、上からハーレムがまる見えになってしまうので、工事が中止になった説。建築時の王が亡くなったので中止になった説等があります。(現在では、この説が真実だと言う事になっています。)
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ウズベキスタンの史跡には、ヒヴァに限らず様々なエピソードが残されています。是非一つでも多くのエピソードに触れて、ウズベキスタンを旅してください。只、結構血生臭いエピソードも多いので、要注意です。
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イスラーム・ホッジャのミナレットはヒヴァの何処からでも眺める事が出来るヒヴァのアイキャッチです。
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それと対になるのが、パフラヴァン・ムハマド廟の青いドームです。
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ヒヴァ・ハーン国のラスト・エンペラー、イスフェンディヤル・ハーンの大臣イスラーム・ホッジャが建てたヒヴァで建てられた最後のマドラサとミナレットです。
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イスラーム・ホッジャはロシアにヒヴァが飲み込まれつつある中、何度もロシアを訪問し、自国の為に努めようとしましたが、こうした行為は常に保守層に睨まれる事となります。そしてホッジャも無念の最期を遂げる事となってしまいました。
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いざ、イスラーム・ホッジャのミナレットに登ります。
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螺旋階段を登りながら、過ぎ去った15年の時の流れを痛感しました。15年前はこんなに息切れしなかった…。
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観光客が増えた今ではあり得ないかもしれませんが、15年前は、ミナレットは地元のカップルのデート・スポットでした。私が螺旋階段を登っていくと、こんな狭い空間で二人でいちゃついています。「何故こんな中途半端なところで?」と思いながら上り詰めると合点がいきました。天辺にも他のカップルがいちゃついていました。天辺とは言え狭い空間です。居辛くてたまりませんでしたし、気を利かせてあげたいところでしたけど、こちとて遥々日本から旅してきたのです。なんとか撮影続行しました。気の利かないオッサンでした(笑)
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そんなウズベキスタンですが15年経って変化も感じます。15年前は共産党時代の名残で宗教観が薄れていましたが、確実にイスラームが戻りつつあります。嬉しい事です。イスラームの国はイスラームらしくあるべきです。
挨拶も以前はロシア語も多かったですが、今では殆どアッサローム・アレイコム!とイスラーム圏共通のアラブ語となりました。ミナレットでいちゃつくなんて本場じゃ大事になる様な事も、最早行われないでしょう。 -
中央の青いドームはパフラヴァン・ムハマド廟。右の平たい屋根は多柱式モスクのジュマ・モスク。
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クフナ・アルクをズームしました。ひときわ高くせり出している建物がオクシャイフ・ボボの見張り台。先程はあそこから、此方を眺めていたのです。
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東門方面の眺めです。
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下界に降りて参りました。
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パフラヴァン・ムハマド廟に入場しました。此方も別料金が必要です。
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パフラヴァン・ムハマドはヒヴァの庇護者で、大臣であり詩人であり、哲学者でもあります。レスラーでもあったとも言われ、即ちマルチな才能の持ち主であり、大の人気者であり尊敬を受けていた人物です。此処の井戸の水を飲むと幸せになれると信じられていますが、日本人が飲むとトイレのお友達になれるでしょう。
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しかし、ヒヴァが豊富に水が湧く立地である事は間違い無い様です。ヒヴァの前身であるクフナ・ウルゲンチが水利の悪化により街を放棄せざる得なくなったので、水利に富んだ立地を詳しく調べた上でヒヴァの街を開いたのでしょう。
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但し、ちょっと水が湧き過ぎるのか?ちょっと困った事も起きています。イスラームは土葬なのですが、地下水が湧くので困った事になってしまいます。ヒヴァの北側の城壁のなだらかな斜面に、古い棺が幾つも置かれているのを見る事が出来ます。地下に埋めると浸水してしまうので致し方無く城壁に棺を安置しているのです。
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ヒヴァで一番人気の聖人なので内装の豪華さも抜きん出ています。
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南門からヒヴァの城壁に登ります。15年前には無かったアトラクション。城壁巡りが出来ます。入場券とは別料金の支払いが必要です。南門と北門から二つのコースがあり、それぞれイチャン・カラを約半周出来ます。今回両方巡る時間が無かったので南回りを選択しました。
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アル・クドゥス(エルサレム)、ドブロブニク、西安…城壁歩きが出来る古都は世界中にありますが、それにヒヴァも加わりました。日常より、一際高い位置から、様々な角度で街を眺める事が出来、私の大好きなアトラクションです。
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イスラーム・ホッジャとジュマ・モスクのミナレットは城壁の何処からでもすぐ見つける事が出来ます。
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城壁には手摺り等無い為、歩きスマホは厳禁です。
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私の旅は、出来るだけ未訪問の国を目指す様にしています。出来る限り未知なる世界を見てみたいからです。自然、一度訪れた場所への再訪のチャンスは少くなります。そんな中、ウズベキスタンは中央アジアのハブと言う事もあり、再訪が叶いました。
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然しながら幾ばくかの不安もありました。以前、世界遺産に認定される以前に、インドのカジュラホに行きました。とても長閑で癒される村でした。その十年後、世界遺産に認定されたカジュラホを再訪しました。あれだけ長閑だった村人は、金の亡者に成り果ててました。
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しかしヒヴァにそんな心配は無用でした。それどころか、15年前の写真しか手掛かりの無い、私の人探しに、ヒヴァのオバチャン達が手を取り合って、願いを叶えてくれました。
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あれから15年、外観こそ変わりませんが、様々な部分でヒヴァは大きく進化を遂げていました。それで尚、人々の優しさは15年前と、ちっとも変わっていませんでした。それが本当に嬉しかった事。
私の人探し
https://4travel.jp/travelogue/11914032 -
右からカルタ・ミナル。イスラーム・ホッジャのミナレット、そしてジュマ・モスクのミナレット。ヒヴァの3大ミナレット。
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イチャン・カラの北端と南端は、イチャン・カラでもローカルな雰囲気を保っている地域。メインストリート界隈の賑わいに疲れたら、南か北にそれてみれば、またイチャン・カラの違った側面を見れると思います。北端では、イチャン・カラで唯一、ローカル向けの雑貨屋を確認する事が出来ました。
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城壁巡りでちょっとした欠点を発見しました。北周り、南周り、それぞれ北門、南門にしか出入り口が無い事です。
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この設計ですと出入り口から、それぞれ東門と西門を往復し出入り口に戻る必要があります。出来るなら、それぞれ東門と西門周辺に出入り口を設ければ、往復の必要も無くなり、更には南北コースを連続して城壁を一周する事も容易になります。売り上げも増加するのではないでしょうか?
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効率や売り上げを気にしてしまうのは日本人らしさ故でしょうか(苦笑)世界遺産なので階段等の設備を設ける事の規制もあるでしょうし、管理する人件費もあるでしょう。往復は非効率ですが、良い旅は効率に比例しないと私は考えます。強制的に2倍見れるのですから儲けものじゃないですか!
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とは言え、東西に走るメインストリートから1番遠い南端迄戻らなければならないので、時間に制約がある人は要注意です。
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のんびり散策していたら、太陽が大分落ちてきました。早くレストランに向かわないと、日没してしまいそうです。急げ!うぷ主!
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間に合いました。屋上のテラスの席もゲット出来ました。
水餃子の盛り合わせ
。Ayvon レストラン
99G6+7Q,Xiva,Xorazm,Viloyati,ウズベキスタン -
デザート♪
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ビンゴです。ジャスト・タイミングで日没する方角も想像通りです。
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15年の月日を経て再訪が叶いました。デシャン・カラの余りにも変貌した姿、まるでテーマパーク化した様なイチャン・カラの姿。こんな表現に私がネガティブな感想を抱いたか?と言えば全く違います。あるとすれば、三丁目の夕日的なノスタルジーに過ぎません。
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ヒヴァは、この15年で劇的な進化を遂げました。このレストランが、その進化を端的に表していると感じます。15年前は、味は一流でも、サービスや雰囲気作りはあと一歩な店が多かったです。でも今のこのレストランは、美味しいのは当たり前。店内は清潔、盛り付けも美しく、雰囲気もバッチリ。確実にレベルの次元をあげています。
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イチャン・カラも勿論、歴史的街並みはそのままに、トイレや休憩所、行き先表示等の整備。銅像等で雰囲気を高め、人形劇や民族舞踏そしてライトアップ等旅人を飽きさせないイベントの数々。
15年前は、チャレンジ精神溢れる旅人にはまたとない旅先です!と言った感触でしたが、15年隔てて訪れた感想は、大きくアップデートせねばなりません。
ライト・ユーザー含む全ての旅人に胸を張って紹介出来る、素晴らしい旅先です!
バックパッカー的には存続チョッピリ寂しくも感じるけどネ。 -
陽が沈みました。楽しかった一日が終わろうとしています。デザートを食べたら、タシュケントに引き返します。ウルゲンチ発の最終便、22時50分発タシュケント着は日が変わります。このツアーちょっと異常じゃ無いですか(笑)
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ツアーと言っても自分一人の大名仕様、担当は出来る限り旅していたい!と言う自分の好みを良く知ってくださってるのです。お陰様で夕陽が沈み切る迄ヒヴァを楽しむ事が出来ました。
最後迄ご覧になって下さり、ありがとうございました。
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