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武家屋敷が立ち並ぶ長町を抜けて、金沢聖霊修道院聖堂へ。<br />昭和初期に建てられたカトリック教会で、聖堂内は畳もありました。<br />昔の素敵な教会です。<br /><br />そして足軽資料館へ。<br />足軽は、鎌倉時代に身分の低い歩兵として登場します。<br />身軽に行動できることから足軽と呼ばれるようになりました。<br />戦国時代になってからは、「忍び、放火、言葉で罵り合う言葉戦い」などのゲリラ隊から、弓、やり、鉄砲などの実践部隊などが編成されました。<br />豊臣秀吉のように、足軽から出世することも可能だったのですね。農民の多くが足軽に志願するようになったのもわかりますね。<br />戦国時代が終わって平穏な江戸時代になると、世の中は泰平。足軽は数が制限されてリストラに合います。<br />少数の足軽は、戦に備えた武術訓練や武具の手入れ、そして門番や主君のお供など、多忙になりました。<br />そんな忙しい中でも、仕事の合間を縫って、勉強するような勤勉な足軽も多かったようです。<br />金沢にいる際は多忙であった足軽も、参勤交代で江戸に行った際は屋敷のお庭番と門番と気楽だったようです。それに給金も江戸詰めの方が高く、足軽は喜んで江戸に行ったようです。<br /><br />旧加賀藩士高田家跡に寄ってから一度ホテルに戻って着替えて金沢おでんを戴きに。。。<br />そして金沢の素敵なジャズバーへ。。。<br />金沢の夜は更けていきました。<br />

10日間でくるっと石川県を巡ってきました。その13 金沢聖霊修道院聖堂~足軽資料館~旧加賀藩士高田家跡~金沢おでんの夕飯~ジャズバー。

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2023/11/02 - 2023/11/12

589位(同エリア4763件中)

nichi

nichiさん

武家屋敷が立ち並ぶ長町を抜けて、金沢聖霊修道院聖堂へ。
昭和初期に建てられたカトリック教会で、聖堂内は畳もありました。
昔の素敵な教会です。

そして足軽資料館へ。
足軽は、鎌倉時代に身分の低い歩兵として登場します。
身軽に行動できることから足軽と呼ばれるようになりました。
戦国時代になってからは、「忍び、放火、言葉で罵り合う言葉戦い」などのゲリラ隊から、弓、やり、鉄砲などの実践部隊などが編成されました。
豊臣秀吉のように、足軽から出世することも可能だったのですね。農民の多くが足軽に志願するようになったのもわかりますね。
戦国時代が終わって平穏な江戸時代になると、世の中は泰平。足軽は数が制限されてリストラに合います。
少数の足軽は、戦に備えた武術訓練や武具の手入れ、そして門番や主君のお供など、多忙になりました。
そんな忙しい中でも、仕事の合間を縫って、勉強するような勤勉な足軽も多かったようです。
金沢にいる際は多忙であった足軽も、参勤交代で江戸に行った際は屋敷のお庭番と門番と気楽だったようです。それに給金も江戸詰めの方が高く、足軽は喜んで江戸に行ったようです。

旧加賀藩士高田家跡に寄ってから一度ホテルに戻って着替えて金沢おでんを戴きに。。。
そして金沢の素敵なジャズバーへ。。。
金沢の夜は更けていきました。

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩

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  • 武家屋敷のすぐ近くにある聖霊病院の敷地内にある金沢聖霊修道院聖堂。<br />昭和6年(1931)に建てられました。<br />ロマネスク様式ですね。<br /><br />そもそも聖霊病院はドイツ人宣教師によってつくられたカトリック系の病院なのですね。<br /><br />

    武家屋敷のすぐ近くにある聖霊病院の敷地内にある金沢聖霊修道院聖堂。
    昭和6年(1931)に建てられました。
    ロマネスク様式ですね。

    そもそも聖霊病院はドイツ人宣教師によってつくられたカトリック系の病院なのですね。

  • お邪魔します。

    お邪魔します。

  • 聖堂内へ。

    聖堂内へ。

  • 聖堂の右半分が畳だ~<br />昔の聖堂ではこういった聖堂、残ってますね~

    聖堂の右半分が畳だ~
    昔の聖堂ではこういった聖堂、残ってますね~

  • 厳かです。

    厳かです。

  • 聖堂の両サイドにもミニ聖堂がありました。

    聖堂の両サイドにもミニ聖堂がありました。

  • そこにはそえぞれヨゼフ様とマリア様。

    そこにはそえぞれヨゼフ様とマリア様。

  • 祭壇付近から聖堂を見てみました。<br />落ち着いた雰囲気がいいですね~<br /><br />柱身は黒漆仕上げ、これは金沢の伝統工芸なんだそうです。

    祭壇付近から聖堂を見てみました。
    落ち着いた雰囲気がいいですね~

    柱身は黒漆仕上げ、これは金沢の伝統工芸なんだそうです。

  • 白い白壁と、焦げ茶色の窓枠のコントラストがかっこいいですね~

    白い白壁と、焦げ茶色の窓枠のコントラストがかっこいいですね~

  • 金沢聖霊修道院聖堂<br />をあとにしました。

    金沢聖霊修道院聖堂
    をあとにしました。

  • そのまま歩いて「足軽資料館」へ。<br />長町武家屋敷跡の一角に位置し、横を大野庄用水が流れています。<br />江戸時代の貴重な足軽屋敷2棟を移築再現した建物があります。

    そのまま歩いて「足軽資料館」へ。
    長町武家屋敷跡の一角に位置し、横を大野庄用水が流れています。
    江戸時代の貴重な足軽屋敷2棟を移築再現した建物があります。

  • こちらは旧清水家。

    こちらは旧清水家。

  • お邪魔します。

    お邪魔します。

  • 1990年(平成2年)まで実際の住居として使用されていた建物です。

    1990年(平成2年)まで実際の住居として使用されていた建物です。

  • ここは下級武士であった足軽の家の座敷です。<br />普通の武士と同様に接客を第一に考えられていた建物で、ここはその接客で使われた部屋です。

    ここは下級武士であった足軽の家の座敷です。
    普通の武士と同様に接客を第一に考えられていた建物で、ここはその接客で使われた部屋です。

  • 座敷は庭に面しており、小さな家の中で一番いい部屋でした。

    座敷は庭に面しており、小さな家の中で一番いい部屋でした。

  • でもその庭は、上級武士の自宅の庭のような観賞用ではなく、野菜や果汁などを栽培するための自給自足のための庭でした。<br /><br />また、足軽屋敷の庭は互いに向かい合っており、お互いの庭木が生垣越しに借景となり、それぞれに庭としての風情を補い合っていました。

    でもその庭は、上級武士の自宅の庭のような観賞用ではなく、野菜や果汁などを栽培するための自給自足のための庭でした。

    また、足軽屋敷の庭は互いに向かい合っており、お互いの庭木が生垣越しに借景となり、それぞれに庭としての風情を補い合っていました。

  • 床の間には学問の神様である天満宮(菅原道真)の掛け軸。<br />加賀藩では菅原道真は前田家のご先祖として大切に祀られていました。<br /><br />前田家の紋章は、梅の花を愛した菅原道真に因んで梅鉢の紋。<br />金沢市の市章は、梅鉢の紋です。<br />ふ~~~ん。。。<br /><br />足軽は身分的には武家社会の最下位層にありましたが、武士である以上、それ相応の教養を身に付けていなければなりませんでした。<br />多くの足軽は、公務と生計を立てるための内職で時間を費やしていましたが、勤勉な足軽は、時間を見つけて文学書や歴史書、和歌集や漢詩集を読み、教養を深めていたようです。

    床の間には学問の神様である天満宮(菅原道真)の掛け軸。
    加賀藩では菅原道真は前田家のご先祖として大切に祀られていました。

    前田家の紋章は、梅の花を愛した菅原道真に因んで梅鉢の紋。
    金沢市の市章は、梅鉢の紋です。
    ふ~~~ん。。。

    足軽は身分的には武家社会の最下位層にありましたが、武士である以上、それ相応の教養を身に付けていなければなりませんでした。
    多くの足軽は、公務と生計を立てるための内職で時間を費やしていましたが、勤勉な足軽は、時間を見つけて文学書や歴史書、和歌集や漢詩集を読み、教養を深めていたようです。

  • これがトイレ。

    これがトイレ。

  • 狭いですが、ココアが家族団らんの空間であった、茶の間です。

    狭いですが、ココアが家族団らんの空間であった、茶の間です。

  • 台所

    台所

  • 上に部屋が見えて、右に梯子があります。

    上に部屋が見えて、右に梯子があります。

  • 「あま」という屋根裏の物置です。<br />本来は冬に備えて薪を収納するスペースでしたが、畳を敷いて居室としていた足軽屋敷もあったようです。

    「あま」という屋根裏の物置です。
    本来は冬に備えて薪を収納するスペースでしたが、畳を敷いて居室としていた足軽屋敷もあったようです。

  • ここは納戸です。<br />生活に使われる日用品が置かれていた部屋ですが、寝室としても利用されていました。

    ここは納戸です。
    生活に使われる日用品が置かれていた部屋ですが、寝室としても利用されていました。

  • 家族が納戸である狭い部屋に布団を並べて寝ていたのですね。<br /><br />加賀藩では足軽の定数は決まっており、前任者の退職または死亡に伴って実子か養子を召し抱えていました。<br />実態は世襲だったのですね。

    家族が納戸である狭い部屋に布団を並べて寝ていたのですね。

    加賀藩では足軽の定数は決まっており、前任者の退職または死亡に伴って実子か養子を召し抱えていました。
    実態は世襲だったのですね。

  • 家族が増え荷物が増えると、納戸での就寝や収納に無理が生じます。<br />するとこの鍵の間という部屋が増築されました。<br />内職の場であったり、子供たちの勉強の間、および就寝の間であったわけです。

    家族が増え荷物が増えると、納戸での就寝や収納に無理が生じます。
    するとこの鍵の間という部屋が増築されました。
    内職の場であったり、子供たちの勉強の間、および就寝の間であったわけです。

  • こちらも足軽屋敷である高西家です。<br />1994年(平成6年)まで実際の住居として使用されていました。

    こちらも足軽屋敷である高西家です。
    1994年(平成6年)まで実際の住居として使用されていました。

  • お邪魔します。<br /><br />お城からの命で招集されるとき、お城からの使者は玄関から入ってくる場合と、勝手口から入ってくる場合があります。<br />昇進や拝領などの吉報は玄関から。しかしお咎めなど悪い知らせは勝手口から入ってきました。<br />

    お邪魔します。

    お城からの命で招集されるとき、お城からの使者は玄関から入ってくる場合と、勝手口から入ってくる場合があります。
    昇進や拝領などの吉報は玄関から。しかしお咎めなど悪い知らせは勝手口から入ってきました。

  • ここは流し。<br />台所ですね。

    ここは流し。
    台所ですね。

  • 最初の小さな部屋は玄関の間。

    最初の小さな部屋は玄関の間。

  • その奥は座敷。<br />土縁から庭につながります。

    その奥は座敷。
    土縁から庭につながります。

  • 足軽の住居は多くの藩では長屋住まいが多いのですが、ここ加賀藩では各々が庭付き一戸建てを住居にしました。<br />裕福だったのですね。<br /><br />

    足軽の住居は多くの藩では長屋住まいが多いのですが、ここ加賀藩では各々が庭付き一戸建てを住居にしました。
    裕福だったのですね。

  • 庭付き一戸建ての家が均等に割付された組地があり、、そこに各足軽が家族で住んでいました。<br />家々の庭に桃の花が咲き揃う組地があり、「桃の組地」と呼ばれていたそうです。<br />足軽屋敷が長屋ではなく一戸建て群であったから生まれたとのことでした。<br />お洒落だな~<br />

    庭付き一戸建ての家が均等に割付された組地があり、、そこに各足軽が家族で住んでいました。
    家々の庭に桃の花が咲き揃う組地があり、「桃の組地」と呼ばれていたそうです。
    足軽屋敷が長屋ではなく一戸建て群であったから生まれたとのことでした。
    お洒落だな~

  • 足軽屋敷をあとにします。

    足軽屋敷をあとにします。

  • 旧加賀藩士高田家跡にやってきました。

    旧加賀藩士高田家跡にやってきました。

  • 藩政時代の長屋門と庭園が公開されていました。

    藩政時代の長屋門と庭園が公開されていました。

  • 長屋門の中を拝見します。

    長屋門の中を拝見します。

  • 加賀藩高田家の長屋門を復元したものです。<br />加賀藩の多くの家臣の中で、中クラス以上の屋敷には門だけではなくこのような長屋や厩を付けることが認められていました。<br />その、仲間(奉公人)部屋、厩を拝見することができました。

    加賀藩高田家の長屋門を復元したものです。
    加賀藩の多くの家臣の中で、中クラス以上の屋敷には門だけではなくこのような長屋や厩を付けることが認められていました。
    その、仲間(奉公人)部屋、厩を拝見することができました。

  • ここは長屋門にある仲間(ちゅうげん)部屋。<br />奉公人部屋です。<br />

    ここは長屋門にある仲間(ちゅうげん)部屋。
    奉公人部屋です。

  • 狭いですが、ここに住み込んで、門番やお供の仕事をしていました。

    狭いですが、ここに住み込んで、門番やお供の仕事をしていました。

  • 右にある小さな窓。<br />ここから覗いて出入りする人を監視して、大扉の開閉の判断をしていたそうです。

    右にある小さな窓。
    ここから覗いて出入りする人を監視して、大扉の開閉の判断をしていたそうです。

  • 旧加賀藩士高田家跡をあとにします。

    旧加賀藩士高田家跡をあとにします。

  • 長町武家屋敷街を歩きます。

    長町武家屋敷街を歩きます。

  • 絵になりますね。

    絵になりますね。

  • だいぶ暗くなってきたので、風情があります。<br /><br />歩いてホテルに戻って、シニア夫婦は部屋でビール飲んで、

    だいぶ暗くなってきたので、風情があります。

    歩いてホテルに戻って、シニア夫婦は部屋でビール飲んで、

  • 着替えてホテルを出発。<br /><br />ホテルから歩いて数分。<br />夜はココ!

    着替えてホテルを出発。

    ホテルから歩いて数分。
    夜はココ!

  • いい感じですね~

    いい感じですね~

  • お目当ては<br />金沢おでん<br /><br />「高砂」さん

    お目当ては
    金沢おでん

    「高砂」さん

  • お邪魔しま~す。<br />17時40分でほぼ満席。。。

    お邪魔しま~す。
    17時40分でほぼ満席。。。

  • かんぱ~い!<br /><br />ホテルの部屋で缶ビール2本づつ飲んできたので、レモンチューハイで乾杯!

    かんぱ~い!

    ホテルの部屋で缶ビール2本づつ飲んできたので、レモンチューハイで乾杯!

  • おでんを戴きます。<br /><br />ひろうず<br />ばい貝<br />車麩<br />かまぼこ<br />ふかし

    おでんを戴きます。

    ひろうず
    ばい貝
    車麩
    かまぼこ
    ふかし

  • しのだ巻<br />たまご<br />すじ

    しのだ巻
    たまご
    すじ

  • 大根<br />こんにゃく

    大根
    こんにゃく

  • 日本酒を冷で。。。。

    日本酒を冷で。。。。

  • このお店の目玉商品です!<br /><br />蟹面<br /><br />これ、美味!<br />日本酒がぴったり!

    このお店の目玉商品です!

    蟹面

    これ、美味!
    日本酒がぴったり!

  • これは、魚麺。

    これは、魚麺。

  • 私は日本酒をお替わりしましたが、家内はレモンチューハイをお替わり。

    私は日本酒をお替わりしましたが、家内はレモンチューハイをお替わり。

  • つみれ<br />タケノコ

    つみれ
    タケノコ

  • 蟹を戴いた後の蟹の甲羅に日本酒を入れて戴きます。<br /><br />これ、最高!!!<br /><br />金沢おでん<br />美味しかったな~

    蟹を戴いた後の蟹の甲羅に日本酒を入れて戴きます。

    これ、最高!!!

    金沢おでん
    美味しかったな~

  • おでん屋さんを出た私たちシニア夫婦は、金沢東急ホテルのすぐ近くの雰囲気ある道を歩いてお目当てのジャズバーへ。

    おでん屋さんを出た私たちシニア夫婦は、金沢東急ホテルのすぐ近くの雰囲気ある道を歩いてお目当てのジャズバーへ。

  • ここです!

    ここです!

  • その名は、<br />YORK<br />です。

    その名は、
    YORK
    です。

  • 古く年季の入った高そうなスピーカーからフォービートが流れてます。

    古く年季の入った高そうなスピーカーからフォービートが流れてます。

  • シニア夫婦はカウンターの席に座りました。

    シニア夫婦はカウンターの席に座りました。

  • 私はハーパーロック、家内はマイヤーズのソーダ割り<br />で乾杯!

    私はハーパーロック、家内はマイヤーズのソーダ割り
    で乾杯!

  • 素敵なジャズバーでした。<br />ホテルに戻って寝ましょう。。。。。<br />つづく

    素敵なジャズバーでした。
    ホテルに戻って寝ましょう。。。。。
    つづく

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この旅行記へのコメント (2)

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  • たらよろさん 2023/12/20 20:43:22
    金沢おでんって
    こんばんは、nichiさん

    金沢は、何度も出かけているけれど、
    なんとなく金沢おでんに食指が動かず未だ食べた事がないんです。
    っていうか、金沢おでんってなんだ??って感じで、
    違いがわかっていないから、
    敢えて行けてないっていうか…。
    こうしてみると、ネタも独特ですね。
    味わいはどんな感じなんだろう?
    美味しいっておっしゃっているし、
    今度機会があれば、試してみようかなー。

    たらよろ

    nichi

    nichiさん からの返信 2023/12/21 17:26:38
    Re: 金沢おでんって
    たらよろさん
    こんにちは。

    金沢おでん、元来は昆布だけでなく、多くの種類の魚節からとった出汁が特徴的だと思います。
    でも、初心者の私たちシニア夫婦は、いくつかあるおでん屋さんの中で、醬油ベースの昆布だしの関東風の出汁のお店「高砂」さんを選びました。
    バイ貝や車麩、香箱蟹などが金沢おでんならではのおでん種だと思います。
    生姜味噌で大根を戴いたのも初めてでした。
    本格金沢おでんの老舗は、「菊一」さんか「三幸」さんでしょうか??
    訪れる前に色々調べましたが、私どももまだまだ金沢おでんを語れるほど知らないんです。 ごめんなさいね。

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