
2023/06/03 - 2023/06/05
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タリンはバルト海フィンランド湾に臨む美しい港町。
13世紀半ばにハンザ同盟に加盟し、ヨーロッパとロシアを結ぶ
交易の拠点として繁栄しました。
中世の面影を色濃く残す旧市街は『中世の生きた博物館』と称され
まるで童話の世界のような可愛らしさ☆彡
1997年に『タリン歴史地区』として世界遺産登録されています。
~・~・~・~・~・~・~・~ 旅程 ~・~・~・~・~・~・~・~
5/27(土) HND発22:50(JL047)→(機中泊)→
5/28(日) ヘルシンキ着06:35(乗り継ぎ)ヘルシンキ発11:30(AY1107)
→ヴィリニュス着13:10《ヴィリニュス泊》
5/29(月) ヴィリニュス観光《ヴィリニュス泊》
5/30(火) カウナスへ日帰り観光《ヴィリニュス泊》
5/31(水) ヴィリニュス発10:45(by Train)→シャウレイ着12:59
「十字架の丘」見学
シャウレイ発16:20(by Bus)→リガ着18:40《リガ泊》
6/01(木) リガ観光《リガ泊》
6/02(金) リガ観光《リガ泊》
★6/03(土) リガ発09:00(by Bus)→タリン着13:25《タリン泊》
★6/04(日) タリン観光《タリン泊》
★6/05(月) タリン発13:30(by Ferry)→ヘルシンキ着15:30《ヘルシンキ泊》
6/06(火) 市内観光《ヘルシンキ泊》
6/07(水) ヘルシンキ発16:40(JL048)→(機中泊)→
6/08(木) HND着12:55
(旅行時 1ユーロ≒150円)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
"Lux Express"社のバスでリガからタリンへ移動してきました。
(コロナ予防を考慮し、ラウンジ席の一人席を利用しました)
※リガ発09:00 → タリン着13:25(4時間25分)
バスを降りるとすぐ脇にタクシーが並んでいたので
トラムの番号もチェックしていたけれど迷わずタクシーへ(^^ゞバスターミナル (タリン) バス系
-
旧市街にある"Schlössle Hotel"に2泊します。
15世紀のハンザ商人の館を改装したホテルです。
(国旗が並んでいるクリーム色と水色の壁面がホテル)シュロスレ ホテル - スモール ラグジュアリー ホテルズ オブ ザ ワールド ホテル
-
(写真上)
パステルグリーンの小屋根が2つ並んでいますが
左がレストラン、右がホテルの入口です。
(写真下)
外観はメルヘンっぽいけれど内装はシックで重厚な雰囲気で
天井の梁や柱が歴史を感じさせます。 -
私の部屋はお庭に面した別棟にありました。
このドアを開けると左手が私の部屋で、右側にもう1部屋あり
2階にも2部屋あるようでした。
2階へ上がる階段が、古い教会の塔に登る時みたいな
石の螺旋階段だったのでびっくり~! -
部屋のインテリアは女性好みのエレガントな雰囲気です。
-
早速、街へ出かけましょう。
ホテル前の道を進んだ先には「聖霊教会」が。
14世紀初めの記録に載っているという古い教会です。
(14世紀半ばには既にこの姿だったそう)聖霊教会 寺院・教会
-
【聖霊教会】(Püha Vaimu kirik)
外壁の大時計は1684年製で、タリンで初めて設置された
公共時計だそうです。
四隅に福音書記者の彫像が見られます。 -
【聖霊教会】(Püha Vaimu kirik)
タリンの他の教会は裕福な貿易商人のためのものでしたが
「聖霊教会」は下層の人々(エストニア人の一般庶民)の教会として
重要な役割を果たしていました。 -
【聖霊教会】主祭壇
タリンは「中世の生きた博物館」とも称され、建築のみならず
貴重な中世の芸術作品がいくつか保存されています。
その1つがベルント・ノトケBernt Notke(1435-1508)制作の
15世紀の木製祭壇で、「聖霊の降臨」が表現されています。 -
【聖霊教会】主祭壇
彩色された木彫り像の『聖母マリアと12使徒』 -
【聖霊教会】(Püha Vaimu kirik)
桟敷に描かれた57枚の新旧聖書の物語は”貧者の聖書”と呼ばれ
文字の読めない人々の教化にも使われたそうです。
(写真下)アダムとイヴの物語が描かれています。 -
【聖霊教会】ステンドグラス
この日は土曜日で(ガイド本には書かれていませんでしたが)
午後4時からオルガンコンサートがあり、少しだけ聴きました。
(入場料は2ユーロ)
リガ大聖堂で聴いた荘厳な響きに比べ、聖霊教会のオルガンは
軽やかな音色で全く異なる印象でした。 -
【聖霊教会】ステンドグラス
左から『受胎告知』『キリストの誕生』『東方三博士の礼拝』が
描かれています。 -
アーチの先は旧市街の中心「ラエコヤ広場」
右手は旧市庁舎です。ラエコヤ広場 広場・公園
-
【ラエコヤ広場】
13世紀初頭にデンマーク支配下となる以前から広場では
青空市が立ち、処刑や様々な行事も行われていました。
週末なので物凄い人出でした。 -
【市議会薬局】(Raeapteek)
ヨーロッパ最古の(現役の)薬局の1つで、1422年の記録に
載っている時点で既に3人目の経営者だったそうです。
16世紀にはロシアのピョートル大帝の治療にも関わったとか。市議会薬局 史跡・遺跡
-
【市議会薬局】
店内の奥には中世の薬品類や器具などが展示されています。 -
「ピック(Pikk)通り」
ピックとは”長い”という意味で、約800mの長い通りです。
中世には港とお城を結ぶメインストリートとして
船荷や商人たちが行き交い、賑わっていたようです。ピック通り 散歩・街歩き
-
「三人姉妹(Kolm Õde)」と呼ばれる15世紀の商家の集合体です。
中世タリンの住宅はハンザ都市リューベックの法律に則り
建物の正面部分が道路に面し、上部には屋根裏の倉庫に物品を
引き上げるためのクレーンが取り付けられています。
以前は有名な5つ星ホテルでしたが、コロナ渦で閉業してしまい
現在は”由緒ある史跡”扱いになっています。
本当にクローズしてしまったのか信じ難かったのですが
やはりドア(写真左)には鍵がかかっていました。
↑開けようと試みた(^^ゞ
入口の上部には”THE THREE SISTERS HOTEL”の文字が
読み取れて寂しい気がしました。
いつか再オープンするといいですね。三人姉妹 史跡・遺跡
-
正面は「スールランナ門」"Suur Rannavärav"
旧市街を囲んでいた城壁の北の城門です。スール ランナ門 史跡・遺跡
-
「スールランナ門」を通り抜けて外側から眺めると
左手に隣接しているのは「ふとっちょマルガレータ」
1529年に建設された砲塔で、街の出入口を守っていました。
直径は24m、壁の厚さは4.7mもあるのだそう。
現在は「海洋博物館」になっています。エストニア海洋博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
「ライ(Lai)通り」
ライとは”広い”という意味で、ピック通りが賑やかな商人たちの通りだったのに対し、ライ通りは閑静な職人たちの通りでした。
(写真左)ライ通りから眺める「聖オラフ教会」
(写真右)iPhoneで超広角撮影した「聖オラフ教会」
※「聖オレフ教会」と記載されることもあります
13世紀半ばの記録に登場する古い教会ですが
1840年に現在の姿に修復されています。
15世紀には塔の高さは159mで世界一だったそうですが、その後
雷で焼け落ち、現在の塔の高さは旧市街一の124mです。
実はこの塔に登るのを凄く楽しみにしていました♪ライ通り 散歩・街歩き
-
「聖オラフ(オレヴィステ)教会」"Oleviste Kirik"
※教会は入場無料ですが、塔は5ユーロ
塔は18:00まで(7月と8月は20:00まで)ですが、この時点で17:20を過ぎていたためか、ほかに登って来る人も上から降りてくる人もいなくて、一人で黙々と232段の石段を上っていたら永遠に続いてるような気がしてきました(;・∀・)聖オラフ教会 寺院・教会
-
「聖オラフ(オレヴィステ)教会」塔の展望台にて
ようやく塔の上の展望スペースに出ると
まだ数人の人たちがいたのでホッ。
周囲をぐるりと一周できます。聖オラフ教会の塔 建造物
-
「聖オラフ(オレヴィステ)教会」塔の展望台にて
北の方角にはフェリーが停泊する港が見えます。 -
「聖オラフ(オレヴィステ)教会」塔の展望台にて
南西の方角がフォトジェニックなので楽しみにしていたのに
逆光気味で変な色の写真になってしまいました。
明日のお昼まで待てばよかったと大後悔…( ;∀;) -
「聖オラフ(オレヴィステ)教会」塔の上から
南東の方角には城壁のヘレマン塔とムンカデタグネ塔(写真左手)が。
(翌日、この城壁の上を歩きました)
全員塔の上から降りたと思われて出入口の扉を閉められたら
困るので、さっさと降りなくては~(汗) -
「三人姉妹」と呼ばれる建物群に対し
こちらは「三人兄弟」と呼ばれる商家の建物の集合体。
iPhoneの超広角でようやく三兄弟がフレームに収まりました^^三人兄弟 史跡・遺跡
-
「ブラックヘッドの会館」"Mustpeade maja"
1399年に組織された『ブラックヘッド』の友愛会の会館です。
ブラックヘッドとは外国人や未婚の若い商人が
大ギルドに加わる前に籍を置いたギルドのような社交団体でした。ブラックヘッドの会館 史跡・遺跡
-
「ブラックヘッドの会館」
17世紀のカラフルなドアが印象的です。
入口の上部には友愛会の守護聖人である聖マリティウスが
レリーフで描かれています。 -
行きに通った時にパトカーが停まっていたのですが
帰りにもまだ停まっていました。
そして実は毎日、この場所にパトカーが待機していたのでした。 -
なぜなら、前方右手のピンク色の建物がロシア大使館だから。
手前の角からロシア大使館まで、建物の前には
バリケードが張られ物々しい様相です。
このピック通りはタリンを訪れる観光客が必ず通る場所なのに…ロシア大使館 (タリン) 建造物
-
バリケードにはロシアやプーチン大統領を非難する
抗議のビラや垂れ幕がびっしりと括り付けられていました。
英語やウクライナ語、ロシア語でも書かれていて
たとえ言葉が分からなくてもその色調や絵から
激しい怒りや厳しい内容が伝わってきました。 -
お夕食はラエコヤ広場に面したレストラン「カエラヤーン」を
予約しておきました。
(写真上)サーモングリル サフランソース
(写真下)"Vana Tallinn" 入りティラミス
※"Vana Tallinn" はラム酒ベースのエストニアのリキュール
ロケーションも良くトリップアドバイザーの評価も悪くなく
お料理も美味しかったのでお薦めです。カエラヤーン 地元の料理
-
「ヴァイム通り」(ヴァイムとは「幽霊」のこと)
この小道にある家のオランダ商人が妻を惨殺し
幽霊が出るようになったことから、17世紀に
正式に”幽霊通り”と名付けられたのだとか。
幽霊が?と疑いながらも、暗くなってから通るのは気味悪いかも…ヴァイム通り 散歩・街歩き
-
(翌朝)
ホテルの朝食のお部屋は洞窟のようなインテリアでした。 -
ホテルの朝食ビュッフェ
-
ビュッフェのお料理のほかに、好みのホットディッシュをメニューからオーダーできるので、今日は "Estonian breakfast"(写真下)にしてみました。
カッテージチーズやリンゴンベリージャムが添えられているのが特徴です。
メニューには"fried black pudding"(イギリスやドイツでも見かける血のソーセージ)も書かれてたのでそれは要らないとお伝えしたら、ポークソーセージに替えて下さいました。 -
「ヴィル門」"Viru Väravad"
左右の監視塔は14世紀の建造で、旧市街への入口です。
背後に塔が幾つも見え、”お伽の国”へといざなわれます♪ヴィル門 建造物
-
ヴィル門の外側にはずら~っとお花屋さんが並んでいて
「こんなに需要があるの?」とびっくり! -
奥に薔薇の切り花も並んでいますが
ほとんどはブーケで20~35ユーロくらい。
お花が欠かせないエストニアの暮らし、素敵ですね☆彡 -
ベンチの牛さんを撮っていたら、いきなり現れたのがこの方(´艸`*)
お芝居の宣伝か何かをされていたのだと思います。 -
ヴィル門からラエコヤ広場へと続く
メインストリートの「ヴィル(Viru)通り」ヴィル通り 散歩・街歩き
-
ヴィル通りにある「エストニアンハウス」というショップで
探していたものを見つけ、きゃあ嬉しい~♪
買いたかったのは『クランベリー入りの蜂蜜』(写真右下)
ピューレ状のクランベリーが入っている甘酸っぱい蜂蜜で
エストニアのオリジナル商品のようです。
ストロベリー入りの蜂蜜も購入しましたが
クランベリーの方がインパクトあるお味でした。
(ジャムや蜂蜜はお店でテイスティングできます)
店内にはクラフト製品やワイン、チョコなども並んでいて
お土産選びに最適です。
ティーポットマット(写真左下)が可愛らしくて素敵でしたけど
使わないのは明らかなので買いませんでした(^^ゞエストニアンハウス お土産店
-
ヴェネ(Vene)通りを進んで行くと右手に
「ピエール ショコラテリエ」の可愛らしい三輪自転車が。
後ろの建物のアーチを潜った先にお店があります。 -
"MASTERS' COURTYARD" と書かれた矢印の先を進んで行くと
『職人の中庭』と呼ばれる隠家的なスポットがあります。職人の中庭 観光名所
-
陶器やジュエリーなどの工房やカフェがある中庭はホッとする空間で
右手が「ピエール ショコラテリエ」です。
ホットチョコレートがお薦めらしいですが、ゆっくり立ち寄る
時間がありませんでした。ピエールショコラテリエ カフェ
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リネン製品の専門店「ズィズィ(Zizi)」
品質の良さそうな商品が並んでいましたが
お値段もそれなりだったのですぐに退散^^;ズィズィ 専門店
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「ドミニコ修道院」の南側の壁面沿いの小道『聖カタリーナ通り』は
旧市街で最も美しい通りと言われています。
(写真右)左手が修道院の壁面聖カタリーナ通り 散歩・街歩き
-
『聖カタリーナ通り』
(一枚上の写真とは逆方向から眺めているので右手が修道院)
写真だと上手く雰囲気が伝わらないかもしれませんが
風情ある佇まいの小道で素敵です。ドミニコ修道院 博物館・美術館・ギャラリー
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ヴィル門から北に伸びる城壁は「セーターの壁」と呼ばれ
セーターや靴下などのニット製品を売る露店がずらりと
並んでいるはずなのに、全く見当たりません。
今日が日曜日だからなのか、それともコロナ渦で
無くなってしまったのか、ホテルで確認するのを忘れていました。
ミステリーだわぁ…セーターの壁 専門店
-
タリンに最初の木造の城壁が作られたのは13世紀前半ですが
その後14~16世紀にかけて石造りの城壁で補強されました。
へレマン塔の入口から入り、城壁の上を歩いてみましょう。
※入場料は4ユーロ城壁入口 (ヘレマン塔) 史跡・遺跡
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「へレマン塔」から望むタリン歴史地区
左から「聖ニコラス教会の塔」
「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」
「市庁舎の塔」
「聖母マリア大聖堂の塔」
さながら『お伽の国』のようですね☆彡タリン歴史地区 旧市街・古い町並み
-
「ヘルマン塔」にて
(手前から前方の「ムンカデタグネ塔」まで伸びている
オレンジ色の部分は、城壁上の通路の屋根)
昨日塔に登った「聖オレフ教会」が正面に見えます。ムンカデタグネ塔 観光名所
-
ヘルマン塔から降りて、城壁の上の通路を歩いて行きます。
旧市街の城壁 旧市街・古い町並み
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「ヘルマン塔」の上から見た時とはアングルが変わり
右端に見えるのは「聖霊教会」の塔。 -
「ムンカデタグネ塔」の出入口から出てきました。
(ここから城壁に上って歩くことも可能です) -
中世をテーマにしたレストラン「オルデ・ハンザ」は
お店のスタッフも中世のいでたちです。
立ち姿がキマッテますね^^オルデ ハンザ 地元の料理
-
「オルデ・ハンザ」のショップでも
おねえさんたちが中世の雰囲気を醸し出しています。 -
「オルデ・ハンザ」の屋台からは
ローストアーモンドの香ばしい薫りが.。.:*・゚ -
「大ギルドの会館」"Suurgildi Hoone"
1410年建築の大ギルドの集会などに使用された建物です。
当時、職人組合のギルドなどが幾つかありましたが
大ギルドはその最高位にあり、市長や市議会議員は
そこから選出されたのだそう。
1920年にギルドは解散し、現在は「エストニア歴史博物館」として
使用されています。大ギルドの会館 (エストニア歴史博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
-
ホテルのお部屋に立ち寄りました。
外出するときは鍵を預けるように言われましたが、いちいち面倒なので3回目からは正面玄関ではなく、脇のガーデンレストラン用の入口から出入りしていました(^^ゞ -
プロのガーデナーさんが手掛けたと思われる
プランターやハンギングのお花がゴージャスでとても綺麗☆彡
夏季にはここでランチやお茶をしたら気持ち良さそうです。 -
旧市街の散策を続けましょう。
今度は高さ24mの丘の上にあるトームペアと呼ばれる
「山の手」地区へ向かいます。
権力の象徴だった「トームペア城」のある「山の手」地区と
市議会が支配する下町は政治的にも物理的にも隔てられていました。 -
前方に見えるのは「ピカハラバラバトルン」"Pika jala väravatorn"
英訳すると"Long Leg Gate Tower"という意味で
塔のアーチの下を通り抜けられます。ピカハラバラバトルン 建造物
-
塔の手前を左折すると「ラタスカエヴ通り」
この通りで見たかったのが、こちらのレストラン。
入口の上の目玉焼きが入ったフライパン、
可愛くないですか~?(*´▽`*)ラタスカエヴ通り 散歩・街歩き
-
その少し先の、ドゥンクリ通りと交差する広場のような所に
井戸があり、「猫の井戸」と呼ばれています。
(ラタスカエヴ通りのラタスカエヴとは「つるべ井戸」のことだそう)
かつてここには魔物が住んでおり、住民が生贄として猫を投げ込んだため、水が汚染されて井戸が使えなくなってしまったとか。本当のお話?
右手の「ラタスカエブ16」というレストランをお夕食に予約してあります。猫井戸 建造物
-
上り坂のリュヒケ ヤルク(Lühike jalg)通りを通って
トームペアへ向かいます。リュヒケ ヤルク通り 旧市街・古い町並み
-
「山の手」のトームペアにある観光郵便局
日曜日でお休みでしたが、記念切手で手紙を出せるそうです。
オープンしていたら、記念切手を見たかったな…観光郵便局 観光名所
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「トームペア城」"Toompea Loss"
13世紀前半にリヴォニア帯剣騎士団の城として建造されましたが
18世紀後半にエカテリーナ2世により現在の宮殿のような外観に
改築されました。
パステルピンクの優しい佇まいですが、現在は国会議事堂として
使用されています。(そのため内部見学は不可)トームペア城 城・宮殿
-
「のっぽのヘルマン」"Pikk Hermann"
トームペア城の南側にある高さ50.2mの塔です。
国旗が掲げられ、国を象徴する存在なのだそう。のっぽのヘルマン 建造物
-
「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」"Aleksander Nevski Katedraal"
1901年に当時の支配者だった帝政ロシアにより建設された
ロシア正教の教会です。(内部撮影は禁止)
(写真下)入口上部のキリストのモザイク画アレクサンドル ネフスキー大聖堂 寺院・教会
-
「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」の南側の城壁
城壁沿いにある2つの塔は「ネイツィトルン」(左)と
「キーク・イン・デ・キョク」(右) -
(写真左)
城壁のアーチを潜り抜けると、トームペアの高台からは
下町の家々の屋根や聖ニコラス教会の塔が目の前に現れます。
(写真右)
城壁を振り返ってトームペア 散歩・街歩き
-
(写真上)
四角い塔が「ネイツィトルン」で、その先の
(左手の)円錐形の屋根の塔は「キーク・イン・デ・キョク」
(写真下)
手前は「ネイツィトルン」の入口
「ネイツィトルン」は”乙女の塔”という意味で、中世に
売春婦の牢として使われたことが名の由来だとか。ネイツィトルン 建造物
-
ネイツィトルン前の広場から下町に至る辺りは、「デンマーク王の庭」と呼ばれています。
エストニア人との戦いで窮地に陥った王が神に祈ると、赤地に白十字の旗が舞い降りて来て、それに鼓舞された彼らは砦を落とすことができたと言われています。(13世紀前半、デンマークがタリンを支配)
その旗が後にデンマークの旗となり、庭園の一角にデンマーク国旗が掲げられていたようですが、すっかり見忘れました(>_<)デンマーク国王の庭園 テーマパーク・動物園・水族館・植物園
-
「キーク・イン・デ・キョク」
ドイツ語の方言で「台所をのぞけ」という意味の名が付いた塔は
15世紀末の建造で、高さは49m。
塔の上からは下町の家々の台所がのぞき見えたことが名の由来だそう。
現在は歴史資料を展示する博物館になっています。
(写真右上)
外壁には9つの砲弾が埋め込まれたままになっています。
町の防衛に奮闘したのですね!キーク イン デ キョク 博物館・美術館・ギャラリー
-
(写真は)「リンダの像」
エストニアの神話によると、トームペアは古代の王カレフが眠る墓陵とされており、王とその妃に纏わる言い伝えが残されています。
王妃リンダは王を埋葬した後、墓陵を造るために大きな石を集めて運びましたが、最後の石をエプロンに包んで丘を登っていた時にエプロンの紐が切れ、石が転げ落ちてしまいました。
疲れ果てていた彼女が悲嘆にくれて涙を流すと、その涙がウレミステ湖になったと伝えられています。リンダの像 モニュメント・記念碑
-
【聖母マリア大聖堂】"Toomkirik"
1219年にデンマーク人がトームペアを占領してすぐに創建した
エストニア本土で最古の教会です。
ただし1684年のトームペアの大火災で焼失し、その後
現在の教会が再建されました。聖母マリア大聖堂 寺院・教会
-
【聖母マリア大聖堂】
教会であるとともに”墓所”でもあり、古い石棺や墓標、墓石などが
見られます。(中には13世紀に遡る古いものも) -
【聖母マリア大聖堂】
主にトームペアの貴族たちが葬られていますが
のちにトームペアの職人も加わったそうです。
パイプオルガン(写真左)の下には18世紀の、
動物が描かれた肉屋のギルドの墓石(写真右上)と
靴屋のギルドの墓石(写真右下)があります。 -
【コフトウッツァ展望台】"Kohtuotsa Vaateplats" にて
トームペアの丘から世界遺産タリンの旧市街を
一望できる絶好の場所です☆彡コフトウッツァ展望台 建造物
-
【パットクリ展望台】”Patkuli Vaateplats” にて
「コフトウッツァ展望台」から徒歩数分の北側にあり
手前に「修道女の塔」が顔を出すので、より一層
”お伽の国” 度数が高いかも(^_-)-☆パットクリ展望台 建造物
-
先ほど「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂」脇の城壁を潜った
前方に見えたのは、こちらの「聖ニコラス教会」の塔でした。
リュートゥリ(Rüütli)通りに面しています。
リュートゥリとは「騎士」を意味し、タリンでは最も古い
通りの1つだそう。リュートゥリ通り 散歩・街歩き
-
《リュートゥリ通り7/9番地》(iPhoneで超広角撮影)
中世には救貧院だった建物ですが、現在は
「聖ミカエル・スウェーデン教会」になっています。
内部は荘厳で当時の見事なアーチ柱が並んでいるそうです。
(残念ながら中には入れませんでした) -
《リュートゥリ通り16番》(iPhoneで超広角撮影)
かつて町の死刑執行人が住んだ家だそうです。
そう聞いてしまうと、霊が出現しそうで
怖くてここには住めないかも?! -
「ラエコヤ広場」(iPhoneで超広角撮影)
旧市庁舎(右手の建物)の塔には(逆光でない)
明日の午前中に登る予定です。 -
「ラエコヤ広場」
滞在中にこの広場を何度も横切りましたが、早口の日本語が聞こえた気がして振り返ると西欧の人だった、ということが数回ありました。
恐らくフィンランド語だったと思うのですが、綴りを見ると子音の後ろに母音が来ることが多く発音が日本語に似かよっているような…?
今回の旅行では日本人遭遇率が極めて低く、日本語(らしき言語)に即反応しては勘違いに気づき、苦笑していました^^; -
ラエコヤ広場の南西の角から徒歩1分の所に
ツーリスト・インフォメーションがあります。
現地到着後にホテルに電話したりツーリストインフォで予約をしてもらいながら旅をしていた頃は『今夜寝る所がない?』と覚悟したことも何度か…。(結局野宿は免れましたけど)
全てネット予約して準備万端で出かける今より、ずっとドキドキワクワク感が大きくて楽しかった気がします。タリン観光案内所 散歩・街歩き
-
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】"Niguliste Kirik"
午後4時からオルガンのショートコンサートがあるので
やって来ました。(入場料は15ユーロ)
※入口はニグリステ通り側のこちら(写真右)聖ニコラス教会 寺院・教会
-
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
13世紀前半にドイツ商人の居住区に建てられた教会ですが
要塞の機能も果たしていたため堅固な造りです。
1944年のソ連の空襲で破壊されたためオリジナルの内装は残っておらず
現在は博物館およびコンサートホールとして使用されています。 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
教会内には中世の貴重な芸術作品が幾つも保存されています。
その筆頭がドイツ人画家ベルント・ノトケ(Bernt Notke)により
15世紀末に描かれた「死のダンス(Surmatants)」です。
縦1.6m、横7.5mのキャンバスに生者と死者がダンスを繰り広げる様子が描かれた、エストニアの中世美術の至宝です。
『死の舞踏(ダンス)』は14世紀の黒死病(ペスト)の流行を背景に『老若男女、身分に関わらず死は万人に訪れる』という死生観を寓意的に表現したもので、中世ヨーロッパにおける芸術のテーマのひとつでした。詩や絵画、版画などでも描かれています。 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
(写真は)「死のダンス」現存部分の左半分
元々は幅30mほどの大作でしたが、最初の6.5mほどの部分だけが現存しています。
中世にキャンバスに描かれた「死の舞踏」としては、世界で唯一の現存作品だそうです。
強化ガラスで保護されているため照明が反射して見づらいのですが、教皇や皇帝、枢機卿や国王などが死者の骸骨と一人置きに描かれています。
失われた続きの部分には、あらゆる階層の人々が50人ほど描かれていたらしいです。 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
(写真は)「死のダンス」現存部分の右半分
14世紀にヨーロッパを襲った黒死病では、人口の3割(地域によっては5割)の人が罹患し命を落としました。
当時の人々の恐怖や混乱ぶりを想像しつつ、不気味でもありユーモラスな構図に惹きつけられました。 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
15世紀のリューベックの職人ヘルメン・ローデ(Hermen Rode)作の
主祭壇も見逃せません。
二重の観音開きの構造になっており、普段は聖ニコラスと聖ヴィクトルの生涯を描いた第一面が開かれています。(写真の状態)
さらに中央部分を左右に開くと第二面には40体の聖人像が彫られており、その様子がモニターの動画で流されていました。
オルガンコンサートの音色をBGMに展示物を鑑賞する人が多かったです。 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】
13世紀の教会にスケルトンのエレベーターがなんとも不釣り合いですが、チケット売り場やクロークも近代的な造りでした。
(現在は博物館でありコンサートホールですので)
エレベーターで塔の上に登れますが、石段もあります(写真下) -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】塔の上から
北側に広がる旧市街の街並みが絶景で~す☆彡 -
【聖ニコラス(ニグリステ)教会】塔の上から
聖オラフ教会の塔の左手には城壁沿いの見張り塔が
たくさん並び、やはりここは“お伽の国” (*´▽`*) -
旧市街のすぐ外側にある「煙突掃除人の銅像」
エストニアに限らずヨーロッパでは、煙突掃除人に出逢うと
幸運が訪れるという言い伝えがあるそうです。
幸運にあやかろうと皆さんが触るので
鼻の頭と服のボタンがピッカピカ!煙突掃除夫の像 モニュメント・記念碑
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お夕食にやって来たのは「ラタスカエブ16」というレストラン。
(店名の由来は住所がラタスカエヴ通り16番地だから。笑)
予約が取れない人気店とのことなので、2週間ほど前に
ネット予約しておきました。ラタスカエヴ 16 その他の料理
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(写真右上)前菜:お豆とマッシュルームのフムス
(写真右下)メイン:ヒラメのソテー 数の子とサワークリームのソース
(写真左下)デザート:ラズベリーアイスクリーム
斬新な盛り付けの遊び心を感じるお料理で、とても美味しかったです。
店内はカジュアルな雰囲気でコスパも悪くなかったので
次回があればまた行きたいお店です。 -
(翌朝)ホテルの朝食
昨日ホットディッシュは”エストニアン”を選択したので
今日はイングリッシュブレックファストにしました。
「ホットディッシュと一緒にパンケーキはいかがですか?」と聞かれ、昨日はお断りしたのですが、今日も聞かれたので「卵料理の後にパンケーキも食べるのがエストニア流なのですか?」と聞いたらスタッフのおねえさん曰く"Yes."だそう。
ほんとにそんなに食べるのかしらと思いつつ、私も完食~(o^^o) -
聖霊教会の脇からラエコヤ広場へと続く小道は
『白パンの通路』という意味の ”サイア カンク(Saia-kang)通り”。
その中ほどにあるサーモンピンクの可愛らしい建物は
『私たちの物』という意味の「オマ・アスィ」というショップです。サイア カンク通り 散歩・街歩き
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「オマ・アスィ(Oma Asi)」はアクセサリーや小物などの
雑貨を扱うショップですが、面白い絵葉書(写真下)を買いました。
木造の家の玄関ドアばかりを集めた写真なのですが、お店の方にお聞きすると、ほとんどは郊外か地方にあるそうです。タリン港付近にも数軒あるとのことで教えていただき、スマホのマップにピンを立てましたが、今回はもう時間がないのでまた次の機会に(^_-)
昔ここはタバコ屋で当時はほとんどの人が喫煙者で教会(すぐ後ろの聖霊教会)の行き帰りに立ち寄ったので凄く儲かっていたとか、今は2階がB&Bになっていることなど、すっかり仲良しになったお店のおねえさんが教えてくれました。
「お店の写真をブログに載せてもいい?」と聞いたら「もちろん!」と言って、カメラを意識した表情になって可愛かった~(笑)オマ アスィ お土産店
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カレフ(Kalev)はエストニアの老舗の菓子メーカーですが
何かで見たラム酒入りチョコウェハース(写真右)を
買いたいと思っていました。
チェーンのスーパー"Rimi"で見つけましたが
1袋2.15ユーロとお手軽価格で、美味しかったです。リミ エクスプレス (ヴィリャンディ) スーパー・コンビニ
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「マイアスモック」は1864年創業の
タリン最古のカフェ兼お菓子屋さんマイアスモック カフェ
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昨日の午後に立ち寄った時は満席(写真左上)でしたが
午前10時半頃に覗いたらガラガラでした。
コーヒーカップが乗った観覧車が窓辺に置かれています^^ -
これから旧市庁舎の塔に登りまーす!
旧市庁舎は14世紀半ばの建造で、1404年に増築されて
現在の姿になったそうです。
高さ65mの塔の上にはタリンのシンボル「トーマスおじさん」が。タリン旧市庁舎 史跡・遺跡
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(写真左上)
塔の上の「トーマスおじさん」はレプリカで1530年に
作られたオリジナル像は市庁舎内に保管されています。
(写真右上)
反対側の屋根にいる風見を抱えた獅子が可愛い~
(写真下)
市庁舎外壁の上部には王冠を付けた陽気なドラゴントーマスおじさん モニュメント・記念碑
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ラエコヤ広場側に「市庁舎の塔」の入口があります。
(※入場料は4ユーロ)
115段の石の螺旋階段を上っていきますが
聖オレフ教会の232段に比べたら楽勝でした^^旧市庁舎の塔 建造物
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「市庁舎の塔」の上にて
(写真左)頭上の釣り鐘
(写真右)ラエコヤ広場の北東側 -
「市庁舎の塔」の上にて
ラエコヤ広場の東半分を見下ろしています。
聖霊教会の塔(左)とオラフ教会の塔(右)の背後には
バルト海が広がっていて気分爽快です! -
「市庁舎の塔」から望む南西方向
昨日エレベーターで昇った聖ニコラス教会の塔や
右奥にトームペアの丘が見えます。
どちらを向いても可愛らしい街並みの
”お伽の国”タリンの絶景を存分に楽しめました♪
さあ、ホテルに戻ってフェリーターミナルへ向かいましょう。 -
(写真上)
ヘルシンキ行きのフェリーが出航するDターミナル
(写真中)
フェリー予約票を持っている人はこの機械にコードを入力して
発券する必要があります。
(写真下)
私は昨日アプリでウェブチェックイン済みなので
直接改札へ行きスマホ画面のバーコードを読み込ませると
ドアが開き、簡単でした。タリン港 船系
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ヘルシンキまではタリンクシリヤラインの2022年に完成した
高速フェリーのマイスター号で2時間の船旅です。
(写真上)
乗船ゲートのある階にはショップやカフェもあり
広々としていました。
(写真左下)
乗船時間になり、長~いボーディングブリッジを歩きながら
これから乗るフェリーの写真を撮った、と思ったら・・・
(写真右下)
私が乗るフェリーは、もっとずっと先に停泊していた
こちらの船でした。「あらぁ~・・・」
(ヘルシンキ編へ続きます)タリンク シリヤ ライン 船系
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