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京都の、戦国武将(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)関連スポットを中心に、また、それに限らず周辺をぶらり散歩した1泊2日の旅行でした。<br />うちの小学2年生の息子が歴史に興味を持ち始めたことから、計画したものでした。<br />(夕食は、滋賀に住む親戚の家族と一緒に摂りました。)<br /><br />以下行程です。<br /><br />12/29(木)<br />●京都駅に10時過ぎに到着。地下鉄を烏丸線→東西線と乗り継いで京都市役所前駅へ。<br />●信長最期の地「本能寺」を参拝。<br />●ランチは、先斗町の「花柳」で京料理を堪能。<br />●天井の龍が見応えのある、「建仁寺」へ。<br />●「石塀小路」を歩き、豊臣秀吉ゆかりの寺「高台寺」へ。<br />●タクシーで、豊臣秀吉が祀られている「豊国神社」へ。<br />●(夜は、滋賀の親戚と食事~京都の都ホテル泊)<br /><br />12/30(金)<br />●京都駅から地下鉄とバスを乗り継ぎ、「銀閣寺」へ。<br />●「哲学の道」を、ほんの少し散歩。<br />●タクシーと地下鉄で京都駅まで戻り、最後は京都駅近くの「東本願寺」へ。<br />●京都駅から新幹線で帰宅。

京都の戦国武将関連スポット中心に子連れ散歩 【本能寺、高台寺、豊国神社など】(ランチは先斗町で京料理)

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2022/12/29 - 2022/12/30

347位(同エリア6948件中)

shushu tany

shushu tany さん

この旅行記のスケジュール

2022/12/29

2022/12/30

  • 京都駅→<地下鉄烏丸線>→今出川駅、 今出川駅→<バス>→銀閣寺

  • 銀閣寺→<タクシー>→今出川駅、 今出川駅→<地下鉄烏丸線>→京都駅、 最後に東本願寺訪問

この旅行記スケジュールを元に

京都の、戦国武将(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)関連スポットを中心に、また、それに限らず周辺をぶらり散歩した1泊2日の旅行でした。
うちの小学2年生の息子が歴史に興味を持ち始めたことから、計画したものでした。
(夕食は、滋賀に住む親戚の家族と一緒に摂りました。)

以下行程です。

12/29(木)
●京都駅に10時過ぎに到着。地下鉄を烏丸線→東西線と乗り継いで京都市役所前駅へ。
●信長最期の地「本能寺」を参拝。
●ランチは、先斗町の「花柳」で京料理を堪能。
●天井の龍が見応えのある、「建仁寺」へ。
●「石塀小路」を歩き、豊臣秀吉ゆかりの寺「高台寺」へ。
●タクシーで、豊臣秀吉が祀られている「豊国神社」へ。
●(夜は、滋賀の親戚と食事~京都の都ホテル泊)

12/30(金)
●京都駅から地下鉄とバスを乗り継ぎ、「銀閣寺」へ。
●「哲学の道」を、ほんの少し散歩。
●タクシーと地下鉄で京都駅まで戻り、最後は京都駅近くの「東本願寺」へ。
●京都駅から新幹線で帰宅。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
家族旅行
交通手段
高速・路線バス タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
  • 京都駅→<地下鉄烏丸線→東西線>→京都市役所前駅<br /><br />京都駅から、まずは言わずと知れた、織田信長最期の地、本能寺へ。<br />こちらは、京都市役所前駅から近くの、東側から細い路地を入っていく「河原町門」です。

    京都駅→<地下鉄烏丸線→東西線>→京都市役所前駅

    京都駅から、まずは言わずと知れた、織田信長最期の地、本能寺へ。
    こちらは、京都市役所前駅から近くの、東側から細い路地を入っていく「河原町門」です。

    本能寺 寺・神社・教会

  • 言わずと知れた、「本能寺の変」で有名なお寺ですが、当時はもう少し南西の場所に位置していたようです。

    言わずと知れた、「本能寺の変」で有名なお寺ですが、当時はもう少し南西の場所に位置していたようです。

  • 信長の公廟をお参りします。<br />公式ホームページによると、信長は京都訪問時、頻繁に本能寺に泊まっていたことが説明されています。<br />信長としては、なじみの本能寺に投宿していたが、不意に明智光秀に襲われたということでしょうか。<br /><br />歴史好きでなくても誰もが知るお寺ですが、実際に訪問できたのが感慨深いです。

    信長の公廟をお参りします。
    公式ホームページによると、信長は京都訪問時、頻繁に本能寺に泊まっていたことが説明されています。
    信長としては、なじみの本能寺に投宿していたが、不意に明智光秀に襲われたということでしょうか。

    歴史好きでなくても誰もが知るお寺ですが、実際に訪問できたのが感慨深いです。

  • 寺内を散策していきます。

    寺内を散策していきます。

  • こちらが総門です。

    こちらが総門です。

  • 昼食の時間になってきました。<br />先斗町へ向かいます。先斗町を歩いていると、「京都に来た」という感を強くします。<br />コロナ後、インバウンドも結構戻っている印象です。

    昼食の時間になってきました。
    先斗町へ向かいます。先斗町を歩いていると、「京都に来た」という感を強くします。
    コロナ後、インバウンドも結構戻っている印象です。

  • 子連れで入れる京料理店をいろいろと検索していたら、「花柳」というお店がヒットしました。子連れで先斗町の京料理というとハードルが高いですが、こちらは一応子連れOKのようです。<br />このように狭い通路を入っていきます。

    子連れで入れる京料理店をいろいろと検索していたら、「花柳」というお店がヒットしました。子連れで先斗町の京料理というとハードルが高いですが、こちらは一応子連れOKのようです。
    このように狭い通路を入っていきます。

    鍋と旬菜と京料理 花柳 グルメ・レストラン

  • 子連れOKということで、もう少しカジュアルな感じを想像していたのですが、わりと料亭っぽい雰囲気で少し緊張します。

    子連れOKということで、もう少しカジュアルな感じを想像していたのですが、わりと料亭っぽい雰囲気で少し緊張します。

  • このような、古い木造建築で個室に案内されます。<br />あまりこういうところで食事をする機会はないので、テンションが上がります。

    このような、古い木造建築で個室に案内されます。
    あまりこういうところで食事をする機会はないので、テンションが上がります。

  • どれもおいしいものばかりでした。豆腐も絶品。

    どれもおいしいものばかりでした。豆腐も絶品。

  • さて、先斗町を後にし、四条大橋を渡り、鴨川の東側に向かいます。<br />この後は、うちの子が一番好きな戦国武将の豊臣秀吉関連スポット(高台寺、豊国神社)を訪問する予定です。<br />この橋から見る鴨川の風景はいつ見ても良いです。

    さて、先斗町を後にし、四条大橋を渡り、鴨川の東側に向かいます。
    この後は、うちの子が一番好きな戦国武将の豊臣秀吉関連スポット(高台寺、豊国神社)を訪問する予定です。
    この橋から見る鴨川の風景はいつ見ても良いです。

    四条大橋 名所・史跡

  • その前に、通り道にあるので、建仁寺に立ち寄ります。<br />戦国時代との関わりが特に深いというわけではなさそうですが、豊臣秀吉に仕えた安国寺恵瓊、織田信長の弟で茶人の織田有楽斎、軍師・黒田官兵衛の子である黒田長政など戦国武将と縁の深い寺としても知られているそう。

    その前に、通り道にあるので、建仁寺に立ち寄ります。
    戦国時代との関わりが特に深いというわけではなさそうですが、豊臣秀吉に仕えた安国寺恵瓊、織田信長の弟で茶人の織田有楽斎、軍師・黒田官兵衛の子である黒田長政など戦国武将と縁の深い寺としても知られているそう。

  • もともと建仁寺は、臨済宗建仁寺派の大本山で、1202年にできたそうです。開山は栄西禅師、開基は源頼家とのこと。

    もともと建仁寺は、臨済宗建仁寺派の大本山で、1202年にできたそうです。開山は栄西禅師、開基は源頼家とのこと。

    建仁寺 寺・神社・教会

  • 方丈を見学します。<br />ふすまの龍の絵が眼を引きます。

    方丈を見学します。
    ふすまの龍の絵が眼を引きます。

  • 方丈庭園、いくつかありますが、こちらは「大雄苑」。

    方丈庭園、いくつかありますが、こちらは「大雄苑」。

  • こちらは方丈庭園の「潮音庭」。紅葉の時はさぞ素晴らしい光景になるのでしょう。

    こちらは方丈庭園の「潮音庭」。紅葉の時はさぞ素晴らしい光景になるのでしょう。

  • 法堂に入ると、平成14年に創建八百年を記念して小泉淳作という画家が描いた双龍に圧倒されます!

    法堂に入ると、平成14年に創建八百年を記念して小泉淳作という画家が描いた双龍に圧倒されます!

  • 建仁寺から高台寺方面へ西へ向かって歩いて行くと、ザ・京都!という感じの路地を歩くことができます。

    建仁寺から高台寺方面へ西へ向かって歩いて行くと、ザ・京都!という感じの路地を歩くことができます。

    石塀小路 名所・史跡

  • さて、高台寺に到着。<br />紅葉がまだ残っています。

    さて、高台寺に到着。
    紅葉がまだ残っています。

    高台寺 寺・神社・教会

  • 高台寺は、先ほどの建仁寺と同じく、臨済宗建仁寺派の寺院とのこと!<br />豊臣秀吉の正室である北政所(通称「ねね」)が、秀吉の冥福を祈るため建立した寺院です。<br />豊臣秀吉が好きなうちの息子が行きたがったものでした。

    高台寺は、先ほどの建仁寺と同じく、臨済宗建仁寺派の寺院とのこと!
    豊臣秀吉の正室である北政所(通称「ねね」)が、秀吉の冥福を祈るため建立した寺院です。
    豊臣秀吉が好きなうちの息子が行きたがったものでした。

  • この「開山堂」は1605年に建築され、高台寺の創建当初から残る建物だとのことです!

    この「開山堂」は1605年に建築され、高台寺の創建当初から残る建物だとのことです!

  • 臥龍池ごしに見ると、さらに趣があります。

    臥龍池ごしに見ると、さらに趣があります。

  • こちらは「霊屋(おたまや)」。<br />こちらも、1606年建てられ、国の重要文化財に指定されているとのこと。<br />本尊の右側には豊臣秀吉の坐像、左側には正室の北政所(ねね)の木像が安置されており、うちの息子的には一番印象に残ったようです。<br />

    こちらは「霊屋(おたまや)」。
    こちらも、1606年建てられ、国の重要文化財に指定されているとのこと。
    本尊の右側には豊臣秀吉の坐像、左側には正室の北政所(ねね)の木像が安置されており、うちの息子的には一番印象に残ったようです。

  • こういった撮影スポットもあります。

    こういった撮影スポットもあります。

  • 続いて、豊臣秀吉を祀る豊国神社へ。<br />高台寺から少し距離があったので、タクシーを用いました。

    続いて、豊臣秀吉を祀る豊国神社へ。
    高台寺から少し距離があったので、タクシーを用いました。

    豊国神社 寺・神社・教会

  • 豊国神社は、秀吉が亡くなった後に秀吉を祀るために建てられたが、1615年に大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、徳川家によって廃せられてしまったとのこと。それが明治時代になって再興されたものだそうです。

    豊国神社は、秀吉が亡くなった後に秀吉を祀るために建てられたが、1615年に大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、徳川家によって廃せられてしまったとのこと。それが明治時代になって再興されたものだそうです。

  • 宝物館が見応えがあります。秀吉が生前使用していたものや、重要文化財になっている桃山時代の絵画など、貴重なものが見られます。<br />また、この建物自体も、大正時代の当時としては貴重な鉄筋コンクリート造りのものだそうです。

    宝物館が見応えがあります。秀吉が生前使用していたものや、重要文化財になっている桃山時代の絵画など、貴重なものが見られます。
    また、この建物自体も、大正時代の当時としては貴重な鉄筋コンクリート造りのものだそうです。

    豊国神社 宝物館 名所・史跡

  • また、近くには、日本一重たいといわれる鐘もあります。<br />確かに大きい!

    また、近くには、日本一重たいといわれる鐘もあります。
    確かに大きい!

  • 夕食は、滋賀に住む親戚の家族と一緒にするため、いったん大津まで行き、夕食後はまた京都に戻ってホテルに宿泊します。

    夕食は、滋賀に住む親戚の家族と一緒にするため、いったん大津まで行き、夕食後はまた京都に戻ってホテルに宿泊します。

    都ホテル 京都八条 宿・ホテル

  • 翌日は(12/30)は、午前中まで京都に滞在できます。<br />うちの息子が銀閣寺に行きたいと言ったので、銀閣寺へ。<br />織田信長が自身の正当性を示すために足利義昭を擁立し、義昭のために二条城を築いた際、銀閣寺の庭園の名石九山八海石を引き抜いて使用したそうです。こうして銀閣寺は室町幕府の衰退と共に荒廃していったようです。そういった歴史があるのを初めて知りました。

    翌日は(12/30)は、午前中まで京都に滞在できます。
    うちの息子が銀閣寺に行きたいと言ったので、銀閣寺へ。
    織田信長が自身の正当性を示すために足利義昭を擁立し、義昭のために二条城を築いた際、銀閣寺の庭園の名石九山八海石を引き抜いて使用したそうです。こうして銀閣寺は室町幕府の衰退と共に荒廃していったようです。そういった歴史があるのを初めて知りました。

    銀閣寺 (慈照寺) 寺・神社・教会

  • 受付を済ませ、入っていきます。<br /><br />ホームページの説明では、<br />「室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とし、義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺とされた」<br />と書かれています。<br />寺院になったのが、足利義政の没後だという事実も初めて知りました。学校では、<br />「足利義政=東山文化の時代=銀閣寺」というように習ったイメージが強かったです。少々意外でした。

    受付を済ませ、入っていきます。

    ホームページの説明では、
    「室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とし、義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺とされた」
    と書かれています。
    寺院になったのが、足利義政の没後だという事実も初めて知りました。学校では、
    「足利義政=東山文化の時代=銀閣寺」というように習ったイメージが強かったです。少々意外でした。

  • 私自身は何回目かの訪問ですが、何回来ても良いですね。

    私自身は何回目かの訪問ですが、何回来ても良いですね。

  • 「向月台」と呼ばれる砂盛りがあります。<br />月待山に上る月を観賞する為に作られたという説と、月の光を反射させて本堂を照らす役割があるという説の、2つの説があるそうです。

    「向月台」と呼ばれる砂盛りがあります。
    月待山に上る月を観賞する為に作られたという説と、月の光を反射させて本堂を照らす役割があるという説の、2つの説があるそうです。

  • 散策路からは、いろいろな距離、角度から銀閣を望むことができます。

    散策路からは、いろいろな距離、角度から銀閣を望むことができます。

  • 池を挟んで見るのも秀逸。

    池を挟んで見るのも秀逸。

  • 美しいです。

    美しいです。

  • どの角度から見ても美しいですね。

    どの角度から見ても美しいですね。

  • さて、銀閣寺をあとにし、「哲学の小道」を、時間がないのでほんの少しだけ散歩します。

    さて、銀閣寺をあとにし、「哲学の小道」を、時間がないのでほんの少しだけ散歩します。

    哲学の道 名所・史跡

  • ほんの少しだけです。。

    ほんの少しだけです。。

  • この旅行最後は、京都駅から近い東本願寺を訪問します。<br />とにかく巨大です。<br />戦国武将にも関連があります。徳川家康が、豊臣秀吉の命で隠居させられていた教如に寺領を寄進したことによりできたお寺です。いろいろなところで、豊臣秀吉と徳川家康とのライバル関係をみることができます。<br />これによって、浄土真宗が、本願寺派と大谷派に分裂したとのことです。

    この旅行最後は、京都駅から近い東本願寺を訪問します。
    とにかく巨大です。
    戦国武将にも関連があります。徳川家康が、豊臣秀吉の命で隠居させられていた教如に寺領を寄進したことによりできたお寺です。いろいろなところで、豊臣秀吉と徳川家康とのライバル関係をみることができます。
    これによって、浄土真宗が、本願寺派と大谷派に分裂したとのことです。

    東本願寺(お東さん) 寺・神社・教会

  • とにかく、でかいことが魅力です。

    とにかく、でかいことが魅力です。

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