2022/08/06 - 2022/08/06
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pedaruさん
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浅草通の両側には、多くの寺院が集中し、寺町の性格を残している。明暦の大火後、江戸幕府は防災上の理由で、寺院の郊外移転をすすめた。
この地には神田・湯島近辺の寺院が移され、新寺町が形成された。
街の中に寺がある、というより、寺の中に町があるといえるような、軒並みお寺さんである。そのためか、近くには仏壇専門店が軒を連ねている。
これら寺院の中には、文人や画家、科学者、学者、政治家など、世に影響を与えた偉人がたくさん眠っている墓がある。その業績をしのび、その生涯に思いを馳せる小さな旅となった。
参考文献 東京都の歴史散歩 東京都歴史教育研究会編
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
江東新橋を渡り、右折すると、北十間川の向こうに見えたビル
-
紺色の壁に浮き上がる模様、壁の亀裂を生かしたアート作品 でしょうか?
すべての面が異なる模様で覆われています。 -
木造モルタルの古い建物に文字看板が浮き出ています。
打ち抜きのための型を作る工場かと推察します。
この立体的な文字は、打ち抜き型を作る技術の高さを誇らしげに
表現しているように思えました。
ちなみに打ち抜き型とはプレス機にセットして、鉄板などを打ち抜くための
精密な型をつくる仕事です。 -
振り向くとスカイツリーが道路の真ん中にあるような・・・
-
隅田川 桟橋があります。
-
駒形橋
ここには「駒形の渡し」がありましたが、関東大震災の後、復興の一環として昭和2年に架設されたそうです。もう95歳になりますね。私と何年も違わない。(笑) -
駒形橋を渡ります。
-
再建された駒形堂です。
942(天慶5年)、平公雅(たいらのきんまさ)が浅草寺観音堂を造立したとき、ここに小堂をたて馬頭観音をまつったことから始まります。
駒形堂の名前の由来、浅草寺に奉納する絵馬をかけた駒掛堂から転じたといわれています。 -
名所江戸百景 広重描くところの駒形堂と吾妻橋遠景
吉原の高尾太夫が仙台藩主伊達綱宗に贈った「君はいま 駒形あたり 時鳥(ほととぎす)」の句で有名です。
広重の絵では、駒形堂の屋根の上を時鳥が飛んでいます。鳥が飛んでる意味が分かりました。 -
浅草通りと江戸通りの交差点
-
江戸通りを行くとサルスベリの花が迎えてくれます。
https://www.youtube.com/watch?v=612nx1xqCkE -
右歩道、左自転車専用道路 ありがたいですね。
-
素敵な料亭がありました。値段 高そー
-
まず等光寺にきました。ここには親友土岐善麿ゆかりの寺ですが、その縁で石川啄木はこの寺に一時葬られました。
-
「浅草の 夜のにぎはひに まぎれ入り まぎれ出で来し さびしき心」
これが石川啄木の歌碑です。
ちなみにこの寺の表札には「土岐」とありました。 -
宗恩寺の門前に立ちます。
台東区教育委員会の表示板があります。 -
ここ宗恩寺には「織田得能」の墓がありますが、この方は、わが国で初めて
仏教辞典を著しました。得能はたったひとりで、寺の土蔵の中で、亡くなるまで
続けられました。生前刊行されることはありませんでした。 -
得能の筆による「念佛成佛」が顕彰碑として建立されています。
-
次に訪れたのは徳本寺です。
三河の国に創建され、のちに檀家本田正信に請われ、江戸神田に移り、明暦の大火後、現在地に移りました。
受付で墓を参拝したいと申し出ると、見学者にはお線香をあげていただきます。
線香代100円を頂戴します、と丁寧に言われました。
線香は2束用意されて、火もつけてくださり、墓まで案内されました。 -
墓地には佐野善左衛門政言の墓と宗紫石の墓が並んでいます。
このころの墓石は材質が悪いのか、わずか250年足らずの年月を経て
このように原形をとどめないほど傷んでいます。
左側が佐野善左衛門の墓です。彼は1784(天明4)年江戸城内で若年寄田沼意知を斬り、切腹を命じられました。田沼意次、意知父子に批判的な江戸庶民は、善左衛門を世直し大明神とあがめたといいます。
テロがもてはやされた時代だったのですね。 -
こちらは宗紫石(そうしせき)の墓です。
長崎に遊学し、南ひん派の画風を学んだ花鳥画家です。 -
一角にあった庭を見学して退出します。
事務所で会釈をして帰ろうとすると、近寄ってこられて、丁寧にご挨拶を
なさいました。野次馬根性だけで見学しているのに、申し訳ない気持ちに
なりました。 -
普通の家のような佇まいのお寺「願竜寺」です。
ここには、山田宗偏、柳川春三の墓があります。
山田宗偏は江戸前期の茶人で宗偏流の祖。小堀遠州、千宗旦に学び、宗旦からその家の号、不審庵・今日庵を継承しました。 -
お二人の墓がどこにあるのか、墓地をうろうろしていると、若い女性二人組が、この墓をお参りしていましたので、訊くと、山田宗偏の墓だと教えてくださいました。
若いのに、墓を巡るなんて趣味の人がいるんですねー。よほど変人じゃないかな?
変人の老人に言われたくないっ!!と思うでしょう、 -
清光寺に来ました。啄木の等光寺の隣です。
-
おや、ずいぶん立派な碑があります。
長谷川一夫の顕彰碑です。碑も大きけりゃ、字数も多いですね。
お若い方はご存じないかもしれませんが、日本を代表する時代劇役者です。
二枚目の代表でした。銭形平次役ははまり役でしたね。大河ドラマでは大石内蔵助
役の鼻にかかった声で「おのおのがた、討ち入りでござる」は有名です。 -
おっと、肝心な人が後になってしまいました。
歌舞伎文字勘亭流の祖とされる岡崎屋勘六の墓があります。
先祖代々と彫られた円筒形の墓石です。下部に岡崎屋勘六と書かれています。
墓石の裏側には辞世の句が勘亭流で書かれているそうです。
ザンネーン、見落としましたー。 -
手入れの行き届いた境内です。
ここは浄土宗聖徳寺です。
玉川兄弟の墓があります。
江戸の都市的発展に伴い、これまでの神田上水だけでは良質の飲料水確保が困難になったため、1653年、多摩郡羽村で多摩川から取水し、四谷大木戸に至る全長43kmの玉川上水が開削されたのでした。
以来、1901(明治34)年まで江戸・東京の飲料水を供給し続けました。 -
立派な墓地がありました。
玉川上水の建設に功のあった玉川兄弟の墓です。 -
墓所の入り口には大きな顕彰碑がありました。
昭和12年に水道研究会という団体が建てたものらしいです。
はじめ碑を見たとき、どうせ漢文で書かれたものだろうという気持ちでいましたから
無視していましたが、カタカナ交じりの読みやすい説明でした。 -
頭が重そうな墓石ですが、これは先祖代々の墓となっていました。
兄弟の名前はありません。 -
並んで建っている墓石は、庄右衛門、清右衛門の名前はわかりません、戒名で書かれているので、残念です。
よく見ると従五位の官位を授けられたと書いてありますが、これが誰なのかは分かりません。たぶん玉川兄弟の功績が認められた証しでしょうね。 -
西浅草を中心としてたくさんのお寺が集まっていますが、そのほとんどは、明暦の大火の後幕府は防災上の理由で、寺院の郊外移転を進めました。
寺が集中することが防災に役立つとはよく理解できませんが、電気製品の店が秋葉原に集中していることは便利さの点では理解できます(笑)。 -
立派な門のあるお寺でしたが、山門不幸という立札がありました。
住職が亡くなったのでしょうか? -
浄土真宗のお寺 東京本願寺
徳川家康の命で教如が創建した江戸神田光瑞寺に始まり、明暦野の大火の後、現在地に移りました。1711年以来朝鮮通信使の宿舎になっております。 -
周りの寺と比べて格段の差がある巨大な建物です。
-
現在の堂宇は昭和35年に完成しました。
本尊の木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代の作です。 -
浄土宗源空寺に着きました。こちらは正門ではなく側門ですが、木造のおしゃれな作りです。後ろに見えるのが鐘楼です。
開祖本然坊源空にちなみ源空寺としたそうです。 -
鐘楼を手前に本堂を写してみました。
この銅鍾は、江戸期のものとしては最大を誇ります。たて2m22cmあります。
胴回りの銘文には、徳川家康、秀忠の法号、家光の官職名が刻まれております。
ちなみに、家光の官職・姓名「淳和奨学両院別当氏長者正二位内大臣征夷大将軍源家光公」ジュゲムに続く長い名前です。 -
墓地は道路を挟んで南側にありました。
入口に近いところに、高橋景保の墓がありました。高橋景康は天文学者・洋学者・天文方・書物奉行をつとめたが、1828(文政11)年シーボルトに日本地図を贈ったことがばれて、捕らえられ翌年獄死しております。
墓石は近年のものですが、傍らには彼の業績をしるした大きな石碑があります。 -
「先ず、天下の為に」というようなことが書かれているような。
-
その隣が谷文晁の墓です。
谷文晁は下谷根岸の生まれ、狩野派や南画・洋画などを学び、文人画を大成しました。松平定信につかえ、渡辺崋山、田能村竹田らも門下でした。江戸画壇の重鎮でした。 -
絵が描かれた墓石がありました。どなたのかはわかりませんが、めずらしいですね。
上段に鳥の絵、下段には女性の像が描かれています。 -
地蔵形の二基の墓石は幡随院長兵衛墓とその妻の墓です。旗本奴の横暴に立ち向かい
命を落とし、江戸っ子のヒーローとして歌舞伎狂言に取り上げられました。
子供の頃見た映画で坂東妻三郎演じる幡随院長兵衛が風呂場で旗本に槍で突き殺されるシーンを見た記憶があります。 -
幡随院長兵衛をたたえる歌が書かれた石碑が傍らにありました。
上の四角のマスの中は幡随院長兵衛之墓とあります。恥ずかしながら読み取ることができません。最後の江戸桜というのだけが読み取れます。 -
つぎに高橋景保の父で、寛政改暦の中心となった天文方高橋至時の墓です。
正面には「東岡高橋君墓」の文字、他の三面には尾藤二洲の撰文が刻まれています。
普通、先祖代々の墓、あるいは戒名が書かれておりますが、これは俗名が書かれて
分かりやすくていいですねー。 -
尾藤二洲の撰文
-
これは伊能忠敬の墓です。正面には「東河伊能先生の墓」とあり他の三面は
儒者佐藤一斎の撰文です。
伊能忠敬は下総国佐原の名主・酒造家でしたが、50歳で家督を子に譲り、高橋至時に天文学・測量学を学びました。1800(寛政12年)より全国各地を歩き、
「大日本沿海輿地全図」を完成させました。 -
儒者佐藤一斎の撰文です。(撰文とは記念碑などに文章を刻むことをいいます。)
大き目の墓石にびっしりと、文が書かれています。 -
墓地の隣にはおしゃれな趣味の店という感じの店がありました。
-
近くにはお店を持とうとする人の聖地、かっぱ橋道具街があります。写真は象徴的なコックさんの像があります。40~50年前に来た時もありました。
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おやー、ビルの側面に巨大なカブトムシがよじ登ろうとしています。
大事件なのに人々は澄ました顔で通り過ぎます。 -
食堂関連の陶器や小物を置いてある店です。
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店頭にガラクタの材料などが散乱しています。ここはショウケースなどを製造している店ですね。私の店でも開店するときかっぱ橋でショウケースを注文しました、うん10年前のことです。
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ここでも陶磁器、漆器、ガラス器などを取り扱っております。
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右のほうには真鍮のタガのはまった木製の桶があります、お寿司屋さんでつかうのかな?
-
-
吾妻橋を渡って帰ります。
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この旅行記へのコメント (16)
-
- 白い華さん 2022/11/08 13:08:18
- 実家!に 至近距離・・過ぎて「知らない! 西浅草」でした。
- 今日は。
東京の 下町・・を「詳し~~く、掘り下げた! 各地の 歴史遺産・レポート」は
pedaruさんが、ペダルを 踏んで・・巡ってくれた
「渾身作」と 感じています。
今回は『西浅草』を グルリ!と「歴史書」を 見ながら、廻ったンデスネ。
この 辺り!は 実家!に 至近距離・・過ぎて
お寺など「詳しく・・見てみよう。観察してみよう」とは、 思わない。
って ありますヨネ。
いろいろな「偉人!が 眠っていたりして」
さすが!「東京・・の 江戸時代、一番 賑わった『浅草』(界隈)」って 感じ。なんですね~。
この 辺り!は「寺町」って 感じ・・デスネ。
そうゆうの。 好き!な 私・・なのに
「知らない! 町」だと、 俄然・・張り切って、写真・片手!に 動く。のに。。。
って ところ。(笑)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
写真に あった、「料亭」も、
私が 子供時代! 父親が、同業者を 沢山、ご招待して「法事を したり」と
うん。 覚えていますヨ。
また、大きな お寺『東本願寺』には
『徳風 幼稚園』って あって、
今、93歳・・の 私の 父。の「幼稚園」(88年位 昔のこと)です。
当時は、「幼稚園」な~んて、 行かれる・・子供は ほとんど、居なかったそう。
上野。浅草・・の 「寛永寺。浅草寺」など、大寺院!って
「幼稚園 経営」も してて、
私が 子供時代・・は、「ちょっと、いい~!幼稚園」(ハイクラス)って あったみたい。
私は「ご近所・・の お寺・経営の 幼稚園!に 行きマシタ」が 今は、アリマセン。
そんなコト!を 懐かしく・・思いながら
実家!周辺・・の「知られざるコト」を 沢山、
この 旅行記・・で 勉強させてもらっています。
有難う御座います。 これからもよろしくお願いします。
- pedaruさん からの返信 2022/11/09 04:36:02
- Re: 実家!に 至近距離・・過ぎて「知らない! 西浅草」でした。
- 白い華さん おはようございます
東京はいろんな才能が集まる所です。昔から都には都会生まれの人以外に、地方からも江戸でなくてはダメだ、と上京してきますね。
その中の一握りの人が成功して、東京のお寺の墓地に葬られます。
小説や歴史で知った人たちに会えるのが墓地でもあるのですね。
東京歴史散歩はお墓だけではありません(笑)が、細かく見てみると、いろんな
歴史に巡り合えます。江戸っ子が素朴な気持ちでお参りしたお不動様、観音様などを訪れると当時の江戸の町を想像させますね。
華さんのお父様は長生きの江戸っ子なんですね。きっと江戸弁をつかう、粋な方なんでしょうね。
生まれ育ったところは、珍しくもなんともないから、関心もありません、一度旅人になって気持ちを切り替えて町内をみると、意外な発見があるかもしれません。
東京は街が広いので、まだまだ歴史散歩は続きます。よろしくお願いします。
pedaru
-
- yamayuri2001さん 2022/09/28 10:35:42
- 寺町・・・
- pedaruさん、こんにちは。
寺町がこちらにあるから、上野には大きな仏具店が
軒を連ねているのでしょうか?
あの界隈を歩くと、威圧感を感じます。
石川啄木が一時的に埋葬されたお寺・・・
pedaruさんだからこそ、そんな史実を紹介してくださるんですね。
深い!!
徳本寺のお庭も格別に魅力がありますね。
長谷川一夫さんも、今は年配の人ではないと
知りませんね。
昭和の名優でした・・・
フォントの勘亭流って、歌舞伎文字だったんですか?
初めて知りました。
ここが、pedaruさんの旅行記の真骨頂です!
伊能忠敬の墓だって、これでは誰の墓か
私には分かりません・・・
pedaruさん、ショーケースをお買い求めになった???
何を売っていらっしゃるのか。
知識・・・ならショーケースは要らないはず・・・
今日も、少しだけ学びました。
ありがとうございました。
yamayuri2001
- pedaruさん からの返信 2022/09/30 06:21:01
- RE: 寺町・・・
yamayuriさん おはようございます
仏壇専門店がずらーっと並ぶ通りですが、おっしゃるようにこの辺はお寺ばかりですから
寺の数だけ檀家はあるのですから、商売になるのでしょうね。
カラーボックスに毛が生えたような小さな箱さえ、15000円でしたから、田舎の家の仏間にある仏壇なんて、百万円をこえてしまうのでないか、と思いました。
ウィキペディアで土岐善麿を調べると、啄木との付き合いは1年間に過ぎないのに、二人は親友としてともに歌人としての才能を認め合い、深い付き合いをされたとのことです。
訪れた等光寺の表札には土岐と書かれていましたが、啄木亡き後も家族の面倒をみるなど
人格的にも優れた人だと尊敬します。この寺の庭に足を踏み入れただけで感動です。
長谷川一夫のことを父などは林長二郎などと呼んでいました。古いですねー、私も古いが、もっと古い、あたりまえです、父ですから(笑)。
今の人なら長谷川といえば長谷川京子でしょう(笑)。
> 何を売っていらっしゃるのか。
> 知識・・・ならショーケースは要らないはず・・・
yamayuriさん、なんと機知にとんだお言葉でしょう。音楽だけでなく文学も精通していらっしゃいます。
私は知識は売るほど持ち合わせがありません、もっぱらウィキペディアで無料でいただいております。
普通墓石には俗名は書かず、戒名がかいてあるのが多いですね。これでは誰の墓かわかりません、でも伊能忠敬の墓はわかりにくいですが名前が書いてあったと思います。
墓を見ると百分の一くらいは本人に会えたきがしますから不思議です。
pedaru
-
- mom Kさん 2022/09/16 11:14:10
- 年を重ねる喜び
- 朝のルーティーンを終えたところです、pedaruさん。拝見後、しばらく浸っておりました。心穏やか、足腰お元気。これを幸せと言わずに何ぞや、です。
佐野善右衛門のお墓が本当にあるのですね。
時代小説で出会った人で、事実だったんだあ。彼(著者)のますますのファンになります。作家さんとはすごいなあとあらためて痛感。
幡随院長兵衛さんは、奥様と並んでは、私もうれしいなあ。一般の人で、あの時代で。
それほど人々は熱狂支持したのでしょう。この形に見ほれます。(お墓に?)
長谷川和夫さんについては、91歳まで生きた母の思い出の一つ。歌舞伎やお芝居が大好きで、子供のころから彼女は溺愛の祖母に連れられての観劇の賜物。一夫氏がTVに登場すると、「劇場全体を見渡す目が素晴らしかった。あの色気は、長谷川和夫だけ!」と毎回繰り返していました。だから、沢田研二が大好き。歌でなく、彼の目なのです。
「長谷川和夫の目にそっくり!」と、これも毎度はしゃいでいました。
もう一度落ち着いて、本旅行記拝見。見落としがもったいなくて。拝
- pedaruさん からの返信 2022/09/19 09:38:49
- Re: 年を重ねる喜び
- mom Kさん おはようございます
>もう一度落ち着いて、本旅行記拝見。見落としがもったいなくて。拝
なんという誉め言葉でしょう、恥ずかしいやら、うれしいやらです。
みなさん時間とお金を費やして、本当の旅をなさっています。そんななか、時間も、お金もかけずに、ご近所を歩いて、ひっそりと日記をつけるような旅行記と呼べないものですが、大勢の中には、これを評価してくださるお方がいらっしゃるのは、うれしいです。
佐野善左衛門をご存じでしたか?小説を読んだことがないので、テロをやった侍だという認識でいました。 江戸庶民の喝さいを浴びるには、それなりの理由があるのだろうと思っていました。
長谷川一夫は子供の私でも良く見た俳優です。後年はテレビでも銭形平次役で出演していた記憶があります。「あの流し目がたまらない」などとおばちゃんたちが言っていたのには理解できませんでした(笑)。
猛暑の夏も終わって、気候さえよければ毎週出かけたいと、残り少ない人生を大切に、後悔のないように生きていきたいですね。
pedaru
-
- hot chocolateさん 2022/09/10 21:57:14
- 西浅草巡り
- pedaruさま
こんばんは。
西浅草ですか・・・
うーん、この辺も電車で通っていると思われるのに知らないのです。
駒形には、昔「渡し」があったのですね。
そして、駒形といえば、有名な「どぜう」です。
子供の頃、父親に連れられて「どぜう鍋」を食べに行ったことがあります。
どこに行ったのかは記憶にございません。
この辺は寺院が多く、しかも歴史的にも有名な人物のお墓も沢山あって、
興味深いですね。
伊能忠敬や長谷川和夫、佐野善左衛門など、私も地図を片手にお墓巡りを
してみたいですよ。
かっぱ橋道具街のビルの上にあるコックさんの像、ビルの側面にある
巨大なカブトムシ、これは意味不明だけど面白いですね。
hot choco
- pedaruさん からの返信 2022/09/11 07:05:26
- RE: 西浅草巡り
hot chocolateさん おはようございます
街歩きは楽しいのですが、ちょっと皆さんの旅行記とはことなる路線です。
列車や飛行機にのり、長距離の末、たどり着く土地こそ、自分を日常から解放して、
自由な世界に浸るというのが、定番ですね。
これこそ本当の旅のような気がしますが、東京は昔から、何かをしようとすると必ず
人が集まる所ですから、あらゆる分野の人たちが、東京でなければだめだ、という意識を持っています。
ということで、自然有名人が集まり、死んでいきます。本の中で知った歴史上の人物に、お墓は時空を超えてその魂に会うことができる気がします。
犬も歩けば・・・pedaruも歩けば、変なもの、面白いものに出会うことがあります。
それが街歩きの醍醐味ですね。費用もかけず、なんか、貧者の旅、という感じではずかしいですが、何もしないで、いつのまにか歳をとってしまった、というのよりはいいかな、と思っております。
pedaru
-
- チーママ散歩さん 2022/09/10 05:43:10
- お変わりありませんか
- おはようございます。師匠。
目の具合はいかがですか。
師匠の旅はかなり事前調査が必要な旅ですね。
どこに何があるかわからないと回れないですものね。
計画的に、、、最近風任せ的なところがあり
ズルズル旅に反省^ ^
文字型抜き。昔はプレスが主流でしたね。
今はレーザーへ。
金型も要らなくなり加工形態が変わって来た
のですね。
職人技が光ります。
味がありますね。
少しずつ秋が近づいてきましたね。
お体大切にお過ごし下さいませ。
- pedaruさん からの返信 2022/09/10 12:10:06
- Re: お変わりありませんか
- チーママ散歩さん こんにちは
いつも私の目のことを心配してくださってありがとうございます。
白内障の手術をしたのがきっかけなのか、そういう歳なのか分かりませんが、
手術したほうの目が、霧の中にいるような状態で治りません。
もう片方の目は老眼鏡いらず、虫メガネ級の鮮明度ですが。
私の旅行記は東京の歴史を散歩形式で訪ねる本に沿って歩いています。
ですから、本に従って、歴史も学べますし、アドリブも書けます。でたらめは
流石書けませんけどね。
なるほど今では型抜きもプレスからレーザーなのですね。私がよそ見をしている間に、仕事の形態が変わってしまいました(笑)。それにしても、女子のチーママさんがこういうことに詳しいとは新たな発見です。
ではお元気で
pedaru
-
- cheriko330さん 2022/09/09 15:06:38
- 西浅草 寺町☆・゚:*
- pedaruさん、こんにちは(^^
朝晩は、めっきり涼しくなりましたね。
浅草や上野はよく行ったのですが、ちょうど真ん中のこの辺りは
未踏です。お寺が、たくさんあるのですね。
お恥ずかしいことに、書かれているお名前は知らない方のほうが
多いです。
お若い方も、お墓巡りをされているのですね。お茶でも習われて
いるのでしょうかね。
玉川上水の辺りも、お散歩にちょうど良いです。pedaruさん宅
からは少し遠いですね。
ビルの壁が、ひびアートになっていたり、ベランダに大きな
カブトムシがいたり、発見が多いですね。でもあの部屋には
絶対に住みたくないです。
合羽橋も楽しそう。最後は、お決まりのアサヒグループ本社ビル。
何だかホッとします。
季節の変わり目、体調にご留意くださいね。
cheriko330
- pedaruさん からの返信 2022/09/10 11:30:47
- Re: 西浅草 寺町☆・゚:*
- cheriko330さん こんにちは
絶対旅行記にはならない寺町を無理やり書いてみました。
同じ寺でも京都のように味のある古びた建物ならいいのですが、コンクリート作りの建物では風情がありません。大半はそうですが、中にはこのまま100年も経てば、いい味出すだろうなという寺もあります。
空襲ってすごいですよね、しかもそれぞれ生活も人生もある人たちがいるのですよ。ウクライナも他人事ではありませんね。
ビルをよじ登るカブトムシ、色がそっくりなので本物かと思いましたが、実は、なんと本物なんです!!といっても信じてもらえませんね(笑)。
街歩きでも必ず面白いものがあるものですね。
pedaru
-
- norisaさん 2022/09/08 17:05:07
- お墓巡り
- pedaruさん
こんばんわ。
最近は私のところにもご訪問が絶えてなかったので、てっきりご体調をお崩しか、はたまたコロナ禍に巻き込まれたのかと心配していました。
さて、お墓巡りをする若い方もいるとのことですが、今や古墳女子などさらに古い墳墓を溺愛するうら若い乙女も溢れているご時世。
お墓を愛好する方々がいても不思議ではないかもしれませんね(苦笑)
西浅草、このあたりは完全に未踏。
行くべき名所が多いのが東京の困ったところです(笑)
norisa
- pedaruさん からの返信 2022/09/10 07:44:47
- RE: お墓巡り
norisaさん おはようございます
体調は低め安定でどうにか生き延びております(笑)。
インターネットの電波が、草深い我が家には届きが悪くて、4トラさえ停止したり、中止したり、放置したり、あきらめて感知しなかったりで、4トラ活動が滞っております。
昨今は、昔男子専門だった分野が、研究熱心な女子に侵略されつつありますね。
しかも、真面目なだけに詳しく調べて、男もかないません。
先ほど浅草寺のあたりの地図をみていたら、一区画全部寺というところがありました。
寺も過当競争で生き抜くのもたいへんですね。
商売も過当競争は宿命、わが店も,満身創痍、残バラ髪で敗走中です(笑)。
pedaru
-
- ふわっくまさん 2022/09/08 12:08:39
- 西浅草・・
- pedaruさん、こんにちは。
パソコンの調子は、いかがでしょうか・・
新作の旅行記が完成されたようなので、さっそくお邪魔しました(^_-)-☆
さて駒形橋の架設年がpedaru師匠と変わらないなんて、またご冗談を・・(笑)
と思いつつも広重の江戸百景に、時鳥とともに見事に美しく橋が描かれていますね。
また等光寺に行く前に高そーな料亭を拝見して、酔って俳優さんが暴れないか余計な心配をしました。
そして東京には、有名な画家,茶人,役者・学者さんなどのお墓があるのですね。
玉川上水の開削に尽力されたのが玉川兄弟って、そこから地名がついたのかなぁなんて思ったりしました。
・・合羽橋商店街のコックさん、またいつの日か機会があれば見てみたい!です。
今回も味わい深い街歩きを、ありがとうございました。
ふわっくま
- pedaruさん からの返信 2022/09/10 07:28:43
- RE: 西浅草・・
- ふわっくまさん おはようございます
パソコンが調子悪いということは、かなりのストレスです、それだけ日常生活に食い込んでいるということですね。
同級生でも、パソコンをやらない人が結構いますが、スマホを持つようになって、インターネットに自然なじんでいるようです。先日何十年ぶりかで、友人を訪ねましたが、まだ手紙を書いています。といっても、それも何十年も書かなかった気がします。
駒形橋が90年余歳、私も同じようなものです。なにしろ後期高齢者ですからね(笑)。
植木の手入れに高いはしごを上ったり、自転車で東京に出かけたりするものですから、
年寄りの冷や水とからかわれます。(ほんとの意味は違うらしいですが)
本で読むのとは違って、実物を見ると、感慨ひとしおです。映画で見た物語の主人公の墓や、なじみの画家の墓など、見るのは興味深いですね。
電車にも乗らないお手軽な散歩なみの旅行記でも、皆さんと繋がるきっかけになるのがうれしいです。またよろしくお願いいたします。
pedaru
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