浅草旅行記(ブログ) 一覧に戻る
桜餅は1717年(享保2年)長命寺につかえた山本新六<br />が墨堤の桜の葉を集めて塩漬けにして、その葉で餅をくるんで門前で売ったところ大評判となり、以後名物となりました。<br />樋口一葉の日記「若葉かげ」には「かへるさには長命寺の桜もちゐ求めて妹に渡しぬ。こは母君にまゐらせんとて也」と記されています。<br /><br />昔かーし、昔の物語です。小学生の私たちにとって放課後に先生から<br />○○君、これを手伝って、と頼まれるのは、名誉なことでとっても嬉しかったのです。<br />何人かの生徒は先生のおっしゃる通りに、言われたことを誠心誠意やりました。「君たち、どうもありがとう、少し休んでいいよ」<br />女の先生たちは机の上のお花の模様の入った紙包みを開きました。中にはうす桃色の餅を包んだ柔らかそうな若葉が目に入りました。<br />子供たちの目は輝きました、なぜって、きっと「君たちも食べなさい」と言われるんじゃないかなと、期待したのです。<br />お正月にいただくお餅は知っていますが、桃色に染まった桜餅なんて、食べたこともないのです。このころは甘いものに憧れていました。甘いものは、年に一度の夏祭りに母が作ってくれたおまんじゅうくらいなものですから。<br />ましてや薄桃色に透き通った餅につつまれたあんこなど、夢のような世界の物です。<br />でも、最後まで「食べなさい」という言葉はなかったのです。これは実話です。談笑しながら食べている女の先生、私たちがどんなにか羨ましかったかおわかりでしょうか?<br /><br />参考文献 東京都の歴史散歩 山川出版社 ウィキペディア

江戸郊外の行楽地墨田堤 東京歴史散歩 ⑧ 向島

51いいね!

2021/12/26 - 2021/12/26

491位(同エリア4336件中)

旅行記グループ 東京小さな旅

18

53

pedaru

pedaruさん

桜餅は1717年(享保2年)長命寺につかえた山本新六
が墨堤の桜の葉を集めて塩漬けにして、その葉で餅をくるんで門前で売ったところ大評判となり、以後名物となりました。
樋口一葉の日記「若葉かげ」には「かへるさには長命寺の桜もちゐ求めて妹に渡しぬ。こは母君にまゐらせんとて也」と記されています。

昔かーし、昔の物語です。小学生の私たちにとって放課後に先生から
○○君、これを手伝って、と頼まれるのは、名誉なことでとっても嬉しかったのです。
何人かの生徒は先生のおっしゃる通りに、言われたことを誠心誠意やりました。「君たち、どうもありがとう、少し休んでいいよ」
女の先生たちは机の上のお花の模様の入った紙包みを開きました。中にはうす桃色の餅を包んだ柔らかそうな若葉が目に入りました。
子供たちの目は輝きました、なぜって、きっと「君たちも食べなさい」と言われるんじゃないかなと、期待したのです。
お正月にいただくお餅は知っていますが、桃色に染まった桜餅なんて、食べたこともないのです。このころは甘いものに憧れていました。甘いものは、年に一度の夏祭りに母が作ってくれたおまんじゅうくらいなものですから。
ましてや薄桃色に透き通った餅につつまれたあんこなど、夢のような世界の物です。
でも、最後まで「食べなさい」という言葉はなかったのです。これは実話です。談笑しながら食べている女の先生、私たちがどんなにか羨ましかったかおわかりでしょうか?

参考文献 東京都の歴史散歩 山川出版社 ウィキペディア

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  • 長命寺に向かう途中小さなショーウインドウを見つけました、そこには手仕事のぬくもりの感じられる張りこの虎やお正月のお飾りなどを売る店でした。

    長命寺に向かう途中小さなショーウインドウを見つけました、そこには手仕事のぬくもりの感じられる張りこの虎やお正月のお飾りなどを売る店でした。

  • X字型の変形のような形の歩行者専用の桜橋と言う名の橋がありました。<br />1985年(昭和60年)に完成しました。

    X字型の変形のような形の歩行者専用の桜橋と言う名の橋がありました。
    1985年(昭和60年)に完成しました。

  • 隅田川を上り下りする船のための灯台の役目を果たした常夜灯が江戸時代から立っています。

    隅田川を上り下りする船のための灯台の役目を果たした常夜灯が江戸時代から立っています。

  • 土手の上から立派な屋根のお寺が目に留まりました。たぶんあの寺は弘福寺だと思います。

    土手の上から立派な屋根のお寺が目に留まりました。たぶんあの寺は弘福寺だと思います。

  • 正岡子規は長命寺桜餅の山本やが気に入り、2階に3か月ほど住んだ。<br />「花の香を 若葉にこめて かぐわしき 家つとにせよ」そこで詠んだ歌です。

    正岡子規は長命寺桜餅の山本やが気に入り、2階に3か月ほど住んだ。
    「花の香を 若葉にこめて かぐわしき 家つとにせよ」そこで詠んだ歌です。

  • 入口にはコロナ対策として 人数制限をして入店を制限していますが、この時は私一人の入店でした。

    入口にはコロナ対策として 人数制限をして入店を制限していますが、この時は私一人の入店でした。

  • お土産用の品が展示用の棚に並んでいます。<br />記念にと最小限の品を買いました。

    お土産用の品が展示用の棚に並んでいます。
    記念にと最小限の品を買いました。

  • 普通桜餅は桃色に染めてありますが、この日見た限りでは、ここの餅は白いままで、普通のより大きめです。桜の葉は3枚で包んであります。<br />

    普通桜餅は桃色に染めてありますが、この日見た限りでは、ここの餅は白いままで、普通のより大きめです。桜の葉は3枚で包んであります。

  • 土手の上にある感じの長命寺桜餅の「山本や」です。建物は変わりましたが、正岡子規はこの2階に住んでいたのですね。

    土手の上にある感じの長命寺桜餅の「山本や」です。建物は変わりましたが、正岡子規はこの2階に住んでいたのですね。

  • 店の横から土手を降りて、長命寺に入りました。裏口です。<br /><br />長命寺には50を超える歌碑、句碑、塚、石造物があります。<br />写真は成島柳北の碑です。柳北は幕末の随筆家であり実業家です。<br />ヨーロッパに外遊し帰国後は朝野新聞の社長となり、時事を風刺しました。<br />日本初の生命保険明治安田生命の前身の共済五百名社の創設に尽力しました。

    店の横から土手を降りて、長命寺に入りました。裏口です。

    長命寺には50を超える歌碑、句碑、塚、石造物があります。
    写真は成島柳北の碑です。柳北は幕末の随筆家であり実業家です。
    ヨーロッパに外遊し帰国後は朝野新聞の社長となり、時事を風刺しました。
    日本初の生命保険明治安田生命の前身の共済五百名社の創設に尽力しました。

  • 長命寺は雪見の名所でもありました。ここを詠んだ芭蕉の句碑があります。<br />「いざさらば 雪見にころぶ ところまで」 芭蕉

    長命寺は雪見の名所でもありました。ここを詠んだ芭蕉の句碑があります。
    「いざさらば 雪見にころぶ ところまで」 芭蕉

  • 写真では分かりにくいですが、有名な文人の石碑があります。<br />写真は 十返舎一九、蜀山人ら5人の狂歌の辞世碑です。<br /> 「此世をは ど里やお暇に せん古うの 煙りと供に 者ひ左様南ら」 十返舎一九<br /><br /> 「どのやふ那 なん題目を かけ累とも よむは妙法連歌狂哥師」 太田蜀山人

    写真では分かりにくいですが、有名な文人の石碑があります。
    写真は 十返舎一九、蜀山人ら5人の狂歌の辞世碑です。
     「此世をは ど里やお暇に せん古うの 煙りと供に 者ひ左様南ら」 十返舎一九

     「どのやふ那 なん題目を かけ累とも よむは妙法連歌狂哥師」 太田蜀山人

  • 「六助塚」という石碑がありました。<br />猫よりもネズミ捕りがうまい犬がいました。名まえを六助といいました。<br /><br />気づきにくいのですが、碑の足元に、首だけだした犬の像があります。

    「六助塚」という石碑がありました。
    猫よりもネズミ捕りがうまい犬がいました。名まえを六助といいました。

    気づきにくいのですが、碑の足元に、首だけだした犬の像があります。

  • 寛永年間に三代将軍の家光が鷹狩の途中で腹痛をおこし、この寺の井戸水で薬を飲んだところ、たちまち痛みがおさまった。よろこんだ家光は井戸水を長命水、寺名を宝寿山長命寺と命名したといいます。それがこの井戸です。<br />水というより、薬が効いたんじゃね?将軍というのは寺名まで勝手に決めちゃうんですね。

    寛永年間に三代将軍の家光が鷹狩の途中で腹痛をおこし、この寺の井戸水で薬を飲んだところ、たちまち痛みがおさまった。よろこんだ家光は井戸水を長命水、寺名を宝寿山長命寺と命名したといいます。それがこの井戸です。
    水というより、薬が効いたんじゃね?将軍というのは寺名まで勝手に決めちゃうんですね。

  • 長命寺はコンクリート造りの趣のない寺ですが、雪見の名所であり、風流の寺として<br />文人墨客に好まれました。<br />

    長命寺はコンクリート造りの趣のない寺ですが、雪見の名所であり、風流の寺として
    文人墨客に好まれました。

  • さて 長命寺の隣に、木造の壮麗な寺がありました。<br />宇治萬福寺(京都)の末寺である弘福寺(黄檗宗)です。<br />山門、本堂は黄檗宗特有の中国風の堂々とした建物で、関東大震災で焼失後、昭和8年古式どおりに再建されました。<br />

    さて 長命寺の隣に、木造の壮麗な寺がありました。
    宇治萬福寺(京都)の末寺である弘福寺(黄檗宗)です。
    山門、本堂は黄檗宗特有の中国風の堂々とした建物で、関東大震災で焼失後、昭和8年古式どおりに再建されました。

  • 森鷗外はこの寺を好み、その遺志でこの寺に葬られました。<br />その後、現在は三鷹市禅林寺に、遺志に反し(笑)改葬されています。

    森鷗外はこの寺を好み、その遺志でこの寺に葬られました。
    その後、現在は三鷹市禅林寺に、遺志に反し(笑)改葬されています。

  • 社務所?

    社務所?

  • 井伊直武が寄進したという「貞享5年(1688)の碑文のある梵鐘があります。

    井伊直武が寄進したという「貞享5年(1688)の碑文のある梵鐘があります。

  • 池田冠山定常の墓<br />因幡の国、若桜藩の五代藩主の墓です。大名の墓としては質素ですね。<br /><br />池田冠山は学問を好み、沢山の書を著しています。

    池田冠山定常の墓
    因幡の国、若桜藩の五代藩主の墓です。大名の墓としては質素ですね。

    池田冠山は学問を好み、沢山の書を著しています。

  • 落語のなかにも出てくる火伏の神社 「秋葉神社」です。<br /><br />水戸街道の東にあります。祭神は火産霊命(ほほでのみこと)です。<br />大名や大奥女中の信仰を集めたといいます。また紅葉の名所でもあり、墨堤遊覧を兼ねて参拝するものも多かったそうです。

    落語のなかにも出てくる火伏の神社 「秋葉神社」です。

    水戸街道の東にあります。祭神は火産霊命(ほほでのみこと)です。
    大名や大奥女中の信仰を集めたといいます。また紅葉の名所でもあり、墨堤遊覧を兼ねて参拝するものも多かったそうです。

  • 秋葉大神と彫られた石碑です。<br /><br />秋葉といっても秋葉原とは関係ありません。あちらはアキバと呼んでいます(笑)。

    秋葉大神と彫られた石碑です。

    秋葉といっても秋葉原とは関係ありません。あちらはアキバと呼んでいます(笑)。

  • よく磨かれた石の表面に歌が彫られていました。<br />鏡のように磨かれているので、私が乗ってきた自転車が写っています。<br /><br />野口雨情の歌碑です。<br />「都鳥さえ夜長のころは 水に歌書く夢も見る」

    よく磨かれた石の表面に歌が彫られていました。
    鏡のように磨かれているので、私が乗ってきた自転車が写っています。

    野口雨情の歌碑です。
    「都鳥さえ夜長のころは 水に歌書く夢も見る」

  • 隅田川沿いにある墨田公園少年野球場です。<br />戦後の荒廃した時代に、少年に将来の希望を持たせようと、有志や子供たちも力を合わせ、荒地を整備して汗の結晶ともいうべき日本初の少年野球場が完成しました。<br />以来、数多くの球児が巣立っていきました。ホームラン王の王貞治さんもその一人です。

    隅田川沿いにある墨田公園少年野球場です。
    戦後の荒廃した時代に、少年に将来の希望を持たせようと、有志や子供たちも力を合わせ、荒地を整備して汗の結晶ともいうべき日本初の少年野球場が完成しました。
    以来、数多くの球児が巣立っていきました。ホームラン王の王貞治さんもその一人です。

  • 白髭神社にも寄ってみました。<br />近江琵琶湖畔の白髭神社より分霊して1682年(天和2年)東向島に創建されました。<br /><br />主祭神は猿田彦命です。猿田彦命は交通安全の守護神として警視庁にも祀られているそうです。トラベラーにとっては安全な旅をお守りする神様でもあります。<br />しかし、遅刻やスリ被害には自己責任で、とのお言葉です。<br /><br />

    白髭神社にも寄ってみました。
    近江琵琶湖畔の白髭神社より分霊して1682年(天和2年)東向島に創建されました。

    主祭神は猿田彦命です。猿田彦命は交通安全の守護神として警視庁にも祀られているそうです。トラベラーにとっては安全な旅をお守りする神様でもあります。
    しかし、遅刻やスリ被害には自己責任で、とのお言葉です。

  • ひときわ立派な神輿が飾られてました。賽銭箱がありましたが、神輿の修理費用に<br />役立てたいという趣旨とみえます。

    ひときわ立派な神輿が飾られてました。賽銭箱がありましたが、神輿の修理費用に
    役立てたいという趣旨とみえます。

  • 幸田露伴の自宅跡があると聞いて、探しましたが、よく解らず、自転車でグルグル回りました。グルグルマワップ。<br /><br />ありました、公園になっております。「幸田露伴児童遊園」

    幸田露伴の自宅跡があると聞いて、探しましたが、よく解らず、自転車でグルグル回りました。グルグルマワップ。

    ありました、公園になっております。「幸田露伴児童遊園」

  • 露伴はここに明治41年から大正13年まで住んでいました。蝸牛庵と名付けています。<br />残念ながら?建物は明治村に移築されています。<br /><br />ちなみに露伴は最晩年をわが町市川市に住んでいました、行ってみましたが、痕跡も見られませんでした、誰ーれも知らない。<br />しかし、市内の白幡天神社には永井荷風とともに幸田露伴の文学碑があります。<br />この時の建設に私も義理で寄付をしました。

    露伴はここに明治41年から大正13年まで住んでいました。蝸牛庵と名付けています。
    残念ながら?建物は明治村に移築されています。

    ちなみに露伴は最晩年をわが町市川市に住んでいました、行ってみましたが、痕跡も見られませんでした、誰ーれも知らない。
    しかし、市内の白幡天神社には永井荷風とともに幸田露伴の文学碑があります。
    この時の建設に私も義理で寄付をしました。

  • 幸田露伴の文学碑がありました。<br />「世おのづから数といふもの有りや。・・・・」<br />と難しいことが書いてあります。

    幸田露伴の文学碑がありました。
    「世おのづから数といふもの有りや。・・・・」
    と難しいことが書いてあります。

  • 向島文学散歩 向島を愛した文学者を紹介しています。 <br />知っているだけでも堀辰雄 幸田露伴 正岡子規 谷崎潤一郎 佐多稲子 吉川英治<br />森鷗外などが挙げられます。

    向島文学散歩 向島を愛した文学者を紹介しています。 
    知っているだけでも堀辰雄 幸田露伴 正岡子規 谷崎潤一郎 佐多稲子 吉川英治
    森鷗外などが挙げられます。

  • 蓮花寺 れんげじと読みます。<br />1246年(寛文4年)時頼の開基と言われています。時頼の兄の北条経時の菩提を弔うために、鎌倉佐介谷(現・神奈川県鎌倉市佐助)に創建されたという。その後、経時の子の頼助によって、1280年(弘安3年)に現在地に移転しました。<br /><br />当寺は「寺島大師」とも呼ばれ、川崎大師、西新井大師とともに「江戸三大師」と呼ばれていました。川崎って江戸?<br /><br />門前には「弘法大師」の文字の入った石碑がありました。女人済度、御自筆、とも書いてあります。<br /><br />

    蓮花寺 れんげじと読みます。
    1246年(寛文4年)時頼の開基と言われています。時頼の兄の北条経時の菩提を弔うために、鎌倉佐介谷(現・神奈川県鎌倉市佐助)に創建されたという。その後、経時の子の頼助によって、1280年(弘安3年)に現在地に移転しました。

    当寺は「寺島大師」とも呼ばれ、川崎大師、西新井大師とともに「江戸三大師」と呼ばれていました。川崎って江戸?

    門前には「弘法大師」の文字の入った石碑がありました。女人済度、御自筆、とも書いてあります。

  • 執権北条時頼の甥 頼助が鎌倉の蓮華寺を当地に遷したとされ、小さなお堂を建て、<br />なかに聖徳太子像を安置したと言われているので、これがそのお堂かと思われます。

    執権北条時頼の甥 頼助が鎌倉の蓮華寺を当地に遷したとされ、小さなお堂を建て、
    なかに聖徳太子像を安置したと言われているので、これがそのお堂かと思われます。

  • 中には案の定観音様のような木像がありました。これが聖徳太子像なのでしょうか?<br />一切説明板などありませんので、私の推察です。間違っていたら<br />お知らせください。

    中には案の定観音様のような木像がありました。これが聖徳太子像なのでしょうか?
    一切説明板などありませんので、私の推察です。間違っていたら
    お知らせください。

  • 向島百花園入り口です。<br />入園料 150円 65歳以上 70円<br /><br />仙台出身の骨董商、佐原鞠塢(さはらきくう)がもと「多賀屋敷」と呼ばれていた土地を入手し、1804年(文化元年)に開園した。360本もの梅の木を植えたことから当時亀戸(現・江東区)にあった「梅屋敷」に倣って「新梅屋敷」とも、「花屋敷」とも呼ばれていたが、1809年(文化6年)頃より「百花園」と呼ばれるようになった。  以下ウィキペディアより

    向島百花園入り口です。
    入園料 150円 65歳以上 70円

    仙台出身の骨董商、佐原鞠塢(さはらきくう)がもと「多賀屋敷」と呼ばれていた土地を入手し、1804年(文化元年)に開園した。360本もの梅の木を植えたことから当時亀戸(現・江東区)にあった「梅屋敷」に倣って「新梅屋敷」とも、「花屋敷」とも呼ばれていたが、1809年(文化6年)頃より「百花園」と呼ばれるようになった。  以下ウィキペディアより

  • 江戸時代には文人墨客のサロンとして利用され、著名な利用者には「梅は百花にさきがけて咲く」といって「百花園」の命名者であった絵師酒井抱一や門の額を書いた狂歌師大田南畝らがいた。

    江戸時代には文人墨客のサロンとして利用され、著名な利用者には「梅は百花にさきがけて咲く」といって「百花園」の命名者であった絵師酒井抱一や門の額を書いた狂歌師大田南畝らがいた。

  • この時期(12月26日)訪れる人もなく、寒々としています。一輪の花もなく、常緑樹以外は枯れ野のようです。園のお勧めは早春の梅、秋の萩だそうですが、いったいどれが萩なのかススキなのか分かりません。<br />最初から何か期待して入園したのではなく、一度は見てみたいという好奇心だけですから、足を踏み入れただけで満足です。

    この時期(12月26日)訪れる人もなく、寒々としています。一輪の花もなく、常緑樹以外は枯れ野のようです。園のお勧めは早春の梅、秋の萩だそうですが、いったいどれが萩なのかススキなのか分かりません。
    最初から何か期待して入園したのではなく、一度は見てみたいという好奇心だけですから、足を踏み入れただけで満足です。

  • 向こうに粗末な小屋のような店がありました。って失礼なことを申しました。<br />園に馴染む造りに敢えて設計したものと思われます。  いいなぁ、こういう店。

    向こうに粗末な小屋のような店がありました。って失礼なことを申しました。
    園に馴染む造りに敢えて設計したものと思われます。  いいなぁ、こういう店。

  • 百花園でしか買えないお土産が売られてました。<br />ショーケースの下にプラスチックの箱が置いてあるところなど、いいなぁ。

    百花園でしか買えないお土産が売られてました。
    ショーケースの下にプラスチックの箱が置いてあるところなど、いいなぁ。

  • 外は薄寒くなってきたので、甘酒を注文しました。<br />運ばれて来た甘酒はぬるかったけど、火鉢にかかったヤカンの 湯気で暖まりました。

    外は薄寒くなってきたので、甘酒を注文しました。
    運ばれて来た甘酒はぬるかったけど、火鉢にかかったヤカンの 湯気で暖まりました。

  • 外に出ると、寂しさが身に染みて、山の奥にも鹿ぞ鳴くなる という雰囲気でした。<br /><br />奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の声きく時ぞ 秋は悲しき ・・・冬はことさらに

    外に出ると、寂しさが身に染みて、山の奥にも鹿ぞ鳴くなる という雰囲気でした。

    奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の声きく時ぞ 秋は悲しき ・・・冬はことさらに

  • 山上憶良の歌碑がありました。<br /><br />秋の野に 先たる花を 指折り かき数うれば 七種(ななくさ)の花

    山上憶良の歌碑がありました。

    秋の野に 先たる花を 指折り かき数うれば 七種(ななくさ)の花

  • ガイドブックには載ってませんでしたが、端正なお寺があったので、寄ってみました。美しい寺ながら背後に高層のマンションがそびえていました。

    ガイドブックには載ってませんでしたが、端正なお寺があったので、寄ってみました。美しい寺ながら背後に高層のマンションがそびえていました。

  • 窪俊満の歌碑です。<br />窪俊萬は江戸時代の浮世絵師、戯作者、歌人。<br /><br />「故郷の親の袖にもやどるかと おもへば月は ふたつなきもの」 

    窪俊満の歌碑です。
    窪俊萬は江戸時代の浮世絵師、戯作者、歌人。

    「故郷の親の袖にもやどるかと おもへば月は ふたつなきもの」 

  • 昔は人気のあるお寺でした。浮世絵が物語っています。

    昔は人気のあるお寺でした。浮世絵が物語っています。

  • 隅田川神社にも寄ってみました。<br /> この神社の創建については不詳であるが、言い伝えによれば 源頼朝 が創建したものと伝えられます。 もとの名を 浮島神社 といい、古くは水神社、水神宮、浮島宮などとも呼ばれ、「 水神さん 」として親しまれてきました。<br /><br />源頼朝が平氏打倒の兵をあげ、下総から武蔵に入るとき、仮設の船橋をかけて隅田川をを渡りました。その折に、水神の霊に感じて社殿を造営したと伝えられています。NHK大河ドラマでは兵を集めるのに四苦八苦していましたね。<br />主祭神: 速秋津日子神・比売神 ほか<br />後ろに高速道路の橋げたが迫り、景観はよくありません。お気の毒です。

    隅田川神社にも寄ってみました。
    この神社の創建については不詳であるが、言い伝えによれば 源頼朝 が創建したものと伝えられます。 もとの名を 浮島神社 といい、古くは水神社、水神宮、浮島宮などとも呼ばれ、「 水神さん 」として親しまれてきました。

    源頼朝が平氏打倒の兵をあげ、下総から武蔵に入るとき、仮設の船橋をかけて隅田川をを渡りました。その折に、水神の霊に感じて社殿を造営したと伝えられています。NHK大河ドラマでは兵を集めるのに四苦八苦していましたね。
    主祭神: 速秋津日子神・比売神 ほか
    後ろに高速道路の橋げたが迫り、景観はよくありません。お気の毒です。

  • ジャーン!これは何でしょう?これはお寺なのですよ。<br /><br />木母寺は山号を梅柳山といい、天台宗に属する墨東第一の名刹といえます。開山は忠円阿闍梨で、平安中期の貞元元年(976)であったと伝えられています。<br />古くは梅若寺といい、隅田院とも称しました。天正18年(1590)家康によって、梅柳山の命名を得、慶長12年(1607)には、前関白近衛信尹が参詣の折、柳の枝を折って「梅」の字を分け「木母寺」として以来、寺号としたといいます。<br /><br />「梅」の字を分ければ「木毎寺」ではないか?なぜ理屈に合わないことが、誰も疑問を持たずに、いられるのか?木に母なら栂(つが)じゃないか?<br />偉い人の言うことだからと、そのまま受け入れていては民主主義は危うい。・・・まぁまぁ、いいじゃないか、この世は矛盾だらけだよ。消費税を上げておいて、その代わりに、法人税を下げたくらいだからね。

    ジャーン!これは何でしょう?これはお寺なのですよ。

    木母寺は山号を梅柳山といい、天台宗に属する墨東第一の名刹といえます。開山は忠円阿闍梨で、平安中期の貞元元年(976)であったと伝えられています。
    古くは梅若寺といい、隅田院とも称しました。天正18年(1590)家康によって、梅柳山の命名を得、慶長12年(1607)には、前関白近衛信尹が参詣の折、柳の枝を折って「梅」の字を分け「木母寺」として以来、寺号としたといいます。

    「梅」の字を分ければ「木毎寺」ではないか?なぜ理屈に合わないことが、誰も疑問を持たずに、いられるのか?木に母なら栂(つが)じゃないか?
    偉い人の言うことだからと、そのまま受け入れていては民主主義は危うい。・・・まぁまぁ、いいじゃないか、この世は矛盾だらけだよ。消費税を上げておいて、その代わりに、法人税を下げたくらいだからね。

  • 梅若塚<br />◆梅若伝説とは◆<br /><br />京都の貴族の子である梅若丸が、人買にさらわれ、連れ回された後に、隅田川のほとりで亡くなりました。<br /><br />そこに居合わせた高僧が、梅若丸の供養のために柳の木を植えて塚を築きました。梅若丸の死後1年が経ち、息子を捜し求めていた梅若丸の母親が、塚の前で念仏を唱えると、そこに梅若丸の亡霊が現れ、悲しみの対面を果たした。という伝説です。なお、伝説に登場する塚は、梅若塚として、現在、木母寺内に再現されています。

    梅若塚
    ◆梅若伝説とは◆

    京都の貴族の子である梅若丸が、人買にさらわれ、連れ回された後に、隅田川のほとりで亡くなりました。

    そこに居合わせた高僧が、梅若丸の供養のために柳の木を植えて塚を築きました。梅若丸の死後1年が経ち、息子を捜し求めていた梅若丸の母親が、塚の前で念仏を唱えると、そこに梅若丸の亡霊が現れ、悲しみの対面を果たした。という伝説です。なお、伝説に登場する塚は、梅若塚として、現在、木母寺内に再現されています。

  • 身代わり地蔵<br />嫌なこと、悲しいこと、病気など不幸なことはすべて引き受けて下さる<br />ありがたい仏様です。<br />身代わり受験は駄目ですよ。

    身代わり地蔵
    嫌なこと、悲しいこと、病気など不幸なことはすべて引き受けて下さる
    ありがたい仏様です。
    身代わり受験は駄目ですよ。

  • 落語家 初代、2代目三遊亭圓生を記念する三遊塚です。

    落語家 初代、2代目三遊亭圓生を記念する三遊塚です。

  • 8畳敷きより大きい石碑があります。<br />「天下の糸平」と彫ってあります。<br />「天下之糸平」とは、幕末~明治の実業家田中平八のことである。天保5年(1834)信濃国生まれ、横浜の生糸問屋奉公から31才で「糸屋」を興し、生糸と洋銀で財を成し、伊藤博文を支援して明治17年(1884)50歳で没した。碑石は高さ5メートル、幅3メートルの粘板岩。糸平は大きな墓を望んだと伝えられる。「天下之糸平」字は伊藤博文の筆。<br /><br />私は唖然として言葉もありません。見て損をした、こんな気持ちです。

    8畳敷きより大きい石碑があります。
    「天下の糸平」と彫ってあります。
    「天下之糸平」とは、幕末~明治の実業家田中平八のことである。天保5年(1834)信濃国生まれ、横浜の生糸問屋奉公から31才で「糸屋」を興し、生糸と洋銀で財を成し、伊藤博文を支援して明治17年(1884)50歳で没した。碑石は高さ5メートル、幅3メートルの粘板岩。糸平は大きな墓を望んだと伝えられる。「天下之糸平」字は伊藤博文の筆。

    私は唖然として言葉もありません。見て損をした、こんな気持ちです。

  • ガラス張りの鞘堂の中に戦災を免れた梅若堂が大切に保存されています。説明板を読むと、なんだ、明治中期の建物でした。

    ガラス張りの鞘堂の中に戦災を免れた梅若堂が大切に保存されています。説明板を読むと、なんだ、明治中期の建物でした。

  • 最後に多聞寺(たもんじ)という真言宗のお寺に着きました。<br />毘沙門天が祀られています。多聞天ともいうところから寺名になりました。<br />山門は茅葺屋根、本柱の前後に2本ずつの控柱をもつ四脚門で、江戸前期の建造と言われ、現存する墨田区内最古の木造建築物です。<br />この門を見たさに帰りがいつもより遅い時間になりました。

    最後に多聞寺(たもんじ)という真言宗のお寺に着きました。
    毘沙門天が祀られています。多聞天ともいうところから寺名になりました。
    山門は茅葺屋根、本柱の前後に2本ずつの控柱をもつ四脚門で、江戸前期の建造と言われ、現存する墨田区内最古の木造建築物です。
    この門を見たさに帰りがいつもより遅い時間になりました。

  • 境内にはきちんとした美しい庭がありました。<br />いつもより遅い帰り時間なので、妻に電話をしましたが、通じません。<br />まっ いいか、まだ3時35分だもんね。

    境内にはきちんとした美しい庭がありました。
    いつもより遅い帰り時間なので、妻に電話をしましたが、通じません。
    まっ いいか、まだ3時35分だもんね。

51いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

東京小さな旅

この旅行記へのコメント (18)

開く

閉じる

  • 旅猫さん 2022/06/03 06:50:43
    向島
    pedaruさん、こんにちは。

    向島は、あまり歩いたことがありません。
    長命寺の桜餅も食べたことが無いのです。
    向島百花園も訪れたことは無いです。
    この界隈も、いつかは歩いてみないと。
    それにしても、社寺が多い所ですね。
    木母寺は、由緒ある寺ですが、ずいぶんと前衛的な御堂なんですね。
    文人墨客に愛された土地ですが、今はあまり風情は感じないのかな。

    旅猫

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/06/04 07:12:55
    RE: 向島

    旅猫さん おはようございます。

    散歩の達人の旅猫さんが、向島はあまり歩いたことが無いとは意外です。でもわざわざ行く価値があるかどうかは個人次第です。何しろ戦災でほとんど焼けてしまった所ですから、想像力で歩くしかありませんね。

    名前だけは江戸時代から話題に上った名所がありますので、石碑程度は残っております。
    それにしても、神社仏閣には石碑が多いですね。変体仮名などの勉強が必要になりそうです。
    仰るように、あまり風情はありません(笑)。

    pedaru
  • cheriko330さん 2022/02/15 15:42:28
    東京歴史散歩・*:.☆。:*
    pedaruさん、こんにちは。

    オリンピック観戦が忙しくて遅くなりました<(_ _)>
    何が起こるか分からない、北京のオリンピックです。

    向島辺りは、あまり行ったことがなくて楽しませていただきました。
    長命寺の桜もちや言問団子は、いただいたことが何度かあります。
    美味しいですね。小学生時代の pedaruくんは、どんなに桜もちを
    食べたかったか、気持ちがよく分かります。
    向島は、仏閣、神社が多いのですね。
    「多聞寺」のかやぶき屋根の風格ある山門の佇まいが気に入りました。
    pedaruさんも気になっていらしたのですね。境内もしっとりとして
    美しいですね。墨田川のお花見を兼ねて、是非に訪ねてみたいと
    思いました。
    この春に行けると良いのですが。お花見は東京が規模が大きくて
    きれいです。桜の名所もたくさんありますね。pedaruさんもまた
    電動アシストでご紹介くださいね。

     cheriko330

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/16 05:19:36
    RE: 東京歴史散歩・*:.☆。:*

    cheriko330さん おはようございます。

    墨田堤を墨堤、ぼくていと言うらしいことは昨日読んだ向田邦子の本で知りました。江戸時代からの桜の名所ですね。

    cherikoさんも多門寺の山門が気に入りましたか?いろいろ巡ると予期せぬお気に入りに出会いますね。自転車で回ったとき、弥勒寺と言う寺の山門が茅葺でした。最近では深大寺の山門もそうでした。
    茅葺屋根は維持管理がたいへんなのを皆さんが理解していますので、頑張って維持しているのだと思います。ありがたいことです。

    桜の頃にはオミクロン株も収束に向かっているといいですね。お元気にお過ごしください。

    pedaru

  • yamayuri2001さん 2022/02/09 14:21:37
    長命寺の桜餅!
    pedaruさん、こんにちは。
    長命寺の桜餅、シンプルなんですよね!
    でも、なぜあんなに美味しいのか・・・
    添加物が一切入っていないからでしょうか?
    様々な碑があったのは覚えていますが、
    pedaruさんの解説で、とても良く理解できました。
    顔だけ出した犬!気が付きませんでした。

    お隣には、黄檗宗のお寺がありましたか・・・
    白髭神社は、墨田川七福神のひとつでしたか?

    そして、向島百花園は3月に行ったので、
    花が梅だけだった気がします。
    甘酒はぬるかったのですね?
    熱々だと、火傷をします!

    天下之糸平の説明にしても、
    pedaruさんは、歴史学者か文学者か・・・
    ガイドして頂きながら、一緒に廻りたいコースでした。

    奥様への電話、優しいpedaruさんです!
    愛妻家でいらっしゃいますものね!

    yamayuri2001

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/10 07:46:03
    Re: 長命寺の桜餅!
    yamayuri2001さん おはようございます。

    今更この歳になって言う事でもないのですが、物を知らないことに気が付きます。桜餅が長命寺から始まったなんて夢にも知りませんでした。これからは物を食べる時、作られた歴史などを調べながらにしよう。でもあまり
    美味しくなくなってしまいそうです(笑)。

    桜餅の葉っぱが3枚も使ってありましたが、一緒に食べるには多すぎます。
    あの塩気が味を引き立てるのでしょうが、一枚で十分です。
    むかし、桜餅の食べ方を参考に、柏餅を葉っぱごと食べてみました、まずいですねぇ、これで自分が馬鹿だと気付きました(笑)。

    江戸時代からの庭園というのに魅かれて、一度行ってみたいと思っていました。梅や萩の季節に行くべきです。この時は荒野を行くようでした。

    奥さんに帰るコール、恐妻家のpedaruです。

    pedaru
  • 白い華さん 2022/02/06 21:58:46
    東京・下町『向島 散歩』は、風情・・が アリマスネ。
    今晩は。
    最近は、「国内・地方旅行。海外旅行・・しか、なかなか、旅行記に、しなくなってしまいました」が
    こうやって「pedaruさんが、電動自転車・・の ペダルを踏みつつ、お送りしてくれる! 東京散歩」。

    今回も、じっくり!と 拝見する。と 
    「身近・・な 東京を、詳しく・・観察。って とっても、いい~!モノだなぁ~」と 思ったりしました。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    個性豊か!な 寺院群。
    『向島 百花園』は、シーズン・オフだった。けど、
    せっかく・・なので、「入場してみること」に 意義が、ある。にも 納得。

    「はぎ。秋・・が 似合いそう」な 雰囲気。 

    私は、『向島 百花園』は、行ったこと、なくて
    「明治通り!沿い・・の 百花園の壁沿い」を 眺めるだけ・・ナンデスヨネ。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    隅田川に 架かる・・「人専用・橋 『桜橋』」って 浅草から 遠くて、
    なかなか、行かないンデスヨ~。

    千葉・市川から・・だと マイカーで
    『東京 スカイツリー』側・・で 車を 一人! 降ろしてもらい ショピング。
    浅草を 目指して 
    最近、出来た・・『東武 鉄橋・下。遊歩道』で 浅草入り。
    更に「浅草・・で ショッピング」して
    「蔵前の 実家!で 主人(日暮里の 実家へ)待機する」って コースが、多かったりします。(笑)

    そうそう『サッポロ ビール』の「モニュメント」って 
    昔・・は、「戦後っぽい! 雰囲気・・の ビール工場」が あったんですよね。
    pedaruさんは、東武線で、東京・浅草が 玄関口。だと
    覚えています ???
    『吾妻橋』の 浅草側!から 見える・・そんな様子が、怖かった、子供時代・・を 忘れていません。(笑)

       これからもよろしくお願いします。

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/07 06:35:28
    RE: 東京・下町『向島 散歩』は、風情・・が アリマスネ。

    白い華さん おはようございます。

    以前は東京は自転車でも近いと感じていましたが、さすが寄る年波、最近は遠のいておりました。しかし、電動アシスト自転車の威力を知って、まだこの最新兵器なら、まだ行けると確信しました。・・・といっても、電アシなんて30年近く前に作られたそうですが。

    華さんは旦那様の運転するレクサスに乗せられて、浅草近くまでショッピングですね。
    蔵前も日暮里も歴史ある町ですね。いつか旅行記にしたいと思っております。

    東京といえば、浅草でした。残念ながら、ビール工場の記憶はありません。浅草で覚えているのは仁丹塔です。いかにもレトロな雰囲気でした。治安は良いとは思えない街で、街を歩くと怖いお兄さんが話しかけて来たりして、子供の私には怖かったですよ。

    オミクロン株が怖くてどこにも行かずにいますが、華さんなら車でどこへでも行けますね。また関東の小都市散策をして旅行記アップを期待しております。

    pedaru
  • ふわっくまさん 2022/02/03 07:26:45
    向島文学散歩・・
    pedaruさん、おはようございます。
    pedaruさんの旅行記を拝見して、つい最近細心の注意を払って月島から佃島に出かけたのですが・・
    ・・向島も、とても魅力的なところですね(^_-)-☆

    蓮花寺の弘法大師の赤い文字が入った、石碑も味わい深いですし・・
    百花園で花が咲く時期も、行ってみたくなりました。
    土産物屋さんのショーケースも、ノスタルジックでいいですね(^^♪

    佃島ではお陰様で念願の歴史ある建物+高層マンションの図が、満喫できましたが・・
    東京では古くて立派なお寺と近代的な建物の景色が、まだたくさん観られるのだなぁーと思いました。
    また多聞寺の門は11月に訪れた隠岐の島の隠岐国分寺のものと似ているように感じ、そちらも興味深かったです。
                ふわっくま

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/04 06:09:01
    RE: 向島文学散歩・・

    ふわっくまさん おはようございます。

    昨日ふわっくまさんの新しい旅行記を拝見して、まもなく書き終わるころ、うっかり変な所を押してしまったため、全部消えてしまいました。じゃぁ、明日と思っているうちに、
    私がコメントを頂くことになってしまいました。
    「人生は無駄が多い、まして私の人生は!」

    とうとう月島、佃島にお出かけでしたか?いかがでしたか?ふわっくまさんなりに満足されましたか?ふわっくまさんのスケールではミニトリップというところですね。

    休日は一日何もしないでも、あっという間に終わってしまいます。
    東京の小さな旅は気軽に行けます。何もしない日と比べて、5倍は長く感じますね。

    東京の小さな旅は始まったばかりです。小さな歴史のある所をしらみつぶしに回ってみようと思っております。 海外一人旅はもう無理かなぁ、と思うこの頃ですから。

    pedaru
  • 旅猫さん 2022/02/02 18:43:16
    桜餅
    pedaruさん、こんばんは。

    向島界隈は、お寺さんが多いですね。
    江戸時代からの寺院が多いですが、だいたい、震災と戦災で焼けているので、建物は新しいものが多いのが、ちょっと悲しい。
    この界隈は、文人墨客にも愛された場所で、昔は風光明媚な土地だったのでしょうね。
    町並みは変わってしまったけど、江戸や文人墨客の息吹は、石碑などに残り息づいている。
    そんなものを見つけるのが、街歩きの楽しみですね。

    長命寺の桜餅、実は食べたことがありません。
    桜餅自体、ほとんど食べたことが無いのです。
    一度は、味わってみたいものです。

    旅猫

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/03 05:40:58
    RE: 桜餅
    猫旅さん  おはようございます。

    幕末くらいまでは国防や尊王攘夷の議論もなく、文人墨客は和歌、俳句,狂歌、などを好み、風光明媚を愛し、平和な時代だったと思います。
    武士さえも武道が達者よりも、小唄の一つもできるほうが、人々に評価された時代ななっていたようです。

    おおげさな歴史の跡でなく、ちいさな庶民の生活の痕跡を訪ねるのもたのしいですね。
    旅猫さんのお陰で、新しいジャンルの街歩きができます。真似をしているようで、いえ、まったく真似をしています(笑)が、 よろしくご指導ください。

    桜餅は特別美味と言うわけではありませんが、季節を味わうという点では、柏餅もそうですが、欧米にはない素晴らしいアイディアですね。話のタネには召し上がってみるのもよろしいかと。

    pedaru
  • ポテのお散歩さん 2022/02/01 23:51:16
    桜餅
    pedaruさん こんばんは。

    『向島』という地名も鬼平などの江戸の事を書いた本に出てくるので
    なんとも言えない響きです♪
    長命寺の桜餅。 買いに行った事があります。
    関西で桜餅と言えば、関東の『道明寺』なので、長命寺のを見た時は
    間違ったものを買ったのか? と思いました(^-^;
    桜餅を食べた記憶はあるのですが、肝心の長命寺にお参りしたかどうか
    記憶に無いのです。 やはり、花より団子の記憶しか残っていません(^^)
     
    昔々のお話し、生徒が男の子で良かったです。
    もし、女の子なら食べ物の恨み(特に甘いもの♪)は恐ろしいです(*^-^*)

    我家にも昔々のお話があります。
    奥さんが後で食べようと 大切に残しておいた大学芋を、
    旦那さんが見つけて『こんな所に放っておいて勿体ない。食べちゃおう。』
    と、食べたのでした。楽しみにしていた奥さんが、さぁ食べようと思ったら
    無いではありませんか! お腹が一杯になって昼寝をしていた旦那さんは
    『えーーーーーっ 無い!』と言う大声に驚き飛び起きました。
    それからというもの、何十年経っても ブチブチ言われる旦那さんでした。

      ポテ

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/02 06:43:34
    RE: 桜餅

    ポテのお散歩さん おはようございます。

    桜餅はピンク色で、薄く焼いた餃子の皮のようなもので包んでいますよね。
    それに引き換え、道明寺はつぶつぶの入ったベトベトした餅で包んだもので
    最近はこればっかり食べてます。
    長命寺のは白い大きなもので、桜の葉が3枚で包んでありました。
    長命寺はわざわざお参りするほどの建物ではありませんが、庭の石碑に面白い
    のがありました。

    何十年経っても、記憶がはっきりしていて、言われてしまうのは我が家だけかと
    思っておりました。「えー?そんな古いこと、いつまでもー」と言うと
    「やられた方は忘れないものよー」と言います。

    有る夏のこと、妻が声を出して泣いているので訊いてみると、包丁をタワシで
    洗っていて、指を切ってしまったと言いました。
    「指を切って泣いているのに、自分は笑いながら、スイカを食べていた。」と
    今だに言われます。
    おーっ かわいそうに、と言えば良かったのですが、子供のようにに泣いているのが
    可笑しかったのですよー。

    pedaru
  • チーママ散歩さん 2022/02/01 12:51:11
    想いで
    師匠こんにちは。

    桜餅の少ししょっぱい味の思い出。
    かわいいですね。
    よい子にしていた子供の前で。先生ったら。

    私の小学校の頃の食べ物の恨み・・いえ・・思い出です。
    先生が「今日はしょくじゅさいをやる」
    そう、朝の会で言ってました。
    だからお給食をほとんど手を付けずにおりました。
    何時間経っても、そんなそぶりもなく生徒は校庭へ集められました。
    「しょくじゅさい」のスタートでした。
    てっきり食事祭と思っていたのに。
    そこで初めて「植樹祭」という言葉を知りました。
    なんとなく師匠の思い出を聞いて思い出しました。
    ↑ どうでもいい情報ですが。

    日本にもあるのですね。奇をてらうお寺さん。
    落っこちそうで落ちない。ふふふ♪
    世間の矛盾に喝を入れるまるでご意見番のようですね。
    師匠。
    身代わり地蔵も今は色んなところで活躍する時代。
    この感染者数も誰かが身代わりしてくださったら
    収まりつくのかしら。

    帰るコールするなんて♡
    お優しい旦那様でございますね。
    どうぞ感染拡大に気を付けてお散歩楽しんでくださいませ。
    土浦の旅行記も首を長くしてお待ちしております。




     

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/02 06:21:21
    RE: 想いで

    チーママ散歩さん おはようございます。

    植樹祭には笑いました。他の子が給食を食べている中、かたくなに食事祭を楽しみに
    箸をつけなかった子、可愛いですねぇ。

    子供は経験が浅いから、言葉には勘違いがおおいですね。いとこが言ってました。
    「ぼくは上野動物園に行ったことがないし、下の動物園にも行ったことないよ。」

    帰るコール、実はそんなものには無縁の男なんですよ。ところが、息子に言われました。
    一人で出かけたときは、「今着いたよ、とかもうすぐ帰るよ、くらいは電話してあげなよ、あれで心配しているんだよ」と。

    それで電話すると、いつも出ないんですよねー。不携帯電話なんですよー。

    pedaru 

    とりあえず  https://4travel.jp/travelogue/10795454
  • norisaさん 2022/02/01 06:42:20
    長命水
    pedaruさん

    おはようございます。
    今回は多くの寺社を回られましたね。
    でも、恐らくですが、そんなに祈願漬けということはないでしょうね(笑)

    長命水のエピソード、面白く拝見しました。
    まさしく薬のほうが効いたに違いありませんが、家光のうれしさが伝わってきます。
    健康に勝る喜びはありませんから。

    向島百花園は有名ながら未踏です。
    この時期は確かにハギくらいしかないのでしょうか。
    やはり3月から10月くらいが見頃でしょうね。

    終わりの方の変な建物はお寺ですか!?
    一体どんな趣旨でこんな奇抜な建築をされたのか興味津々です。
    まさか隈研吾さんではないでしょうね(苦笑)
    今回のルート、コロナが落ち着いたら歩いてみたいものですーー。

    norisa

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/02/01 07:44:58
    RE: 長命水

    norisaさん おはようございます。

    早速のコメントありがとうございます。

    たくさんの寺社を巡っても、お祀りすることはありません、人が見ているときだけ、ふりをするだけです。見学させていただいてありがとうございます、と言う会釈くらいはいたします。なんと罰当たりな!と思われるかもしれませんが、既にバチは当たっています。
    目は霞む、鼻水は出る、腰は痛い、自転車にのるとこうなります。
    牛島神社の牛さんを撫でて、健康を祈願すべきでした。

    変な建物には驚きました。本堂は隣に(写真では右側)ありますが、あの箱のようなのはうえに九輪がありましたから、塔のつもりかも知れません。最近の寺は、とんでもないことをする住職が増えた気がします。

    コロナ最盛期(笑)なので、出かけるのはこれが最後です。行きたいところは沢山あるのに残念ですね。

    pedaru

pedaruさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP