2021/11/20 - 2021/11/20
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pedaruさん
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佃島は火事や地震、空襲にもさしたる被害も受けなかったため、古い家屋が残り、江戸時代の風情のある町である、とガイドブックには書いてあった。江戸時代はともかく、何十年も前に、写真で見た佃島の様子は、屋根の上に木製の洗濯物干し場のある家々が軒を連ね、せまい路地には様々な植木鉢に入った草花が並び、時には穴の開いたヤカンや洗面器に植えた菊の花などが見られた。
一度は見てみたいと思いながら行く機会を逸していた。コロナが収束に向かうこの時期にこそ、チャンスが巡ってきたのだ。
果たして、江戸の風情はあったろうか?観光化した宿場や家並は各地で人気を保ち、保存と生活とを両立させて人々を迎えてくれる。
しかし、普通の町では古い家屋は老朽化し、新建材の家へと生まれ変わる、新築しない家はボロになるばかりである。こんなところに江戸の風情などがあるわけがない。ここで私は考えを改めた、タイムスリップはできないが、渡船の跡地に立ち、掘割を眺め、船溜まりに江戸の生活の跡を空想する、これこそ歴史散歩の醍醐味だと気が付いた。
資料は「東京都の歴史散歩」山川出版社より引用しました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コロナの影響で暫く途絶えていた東京歴史散歩を再開しました。
総武線平井駅のレンタサイクルで自転車を借ります。
今回は初めて電動アシストの自転車を借りました。24時間借りてもたった340円です。江戸川区は太っ腹です。 -
初めて乗った電動アシスト、最初のペダルのひと踏みが驚き、グンッと反応して飛び出しました。あっと言う間に旧中川に架かる江東新橋に達しました。
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橋の上から朝霧のかかる亀戸中央公園が見えます。
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この道を真っすぐ行けば、日本橋、浅草橋に着きます。
足に何の負担もなく自転車は走ります。 -
蔵前橋通りを真っすぐ行くつもりが、何故か公園に魅かれて丸八通りに曲がってしまい、こんな橋の上に着きました。
どうやら横十間川のようです。 -
今度は大横川らしいです。水面が静かで対岸の景色を映しています。
この辺から勘で走っています。 -
立派な塀に囲まれた幼稚園がありました。続いて、経営者のお寺さんがあります。
古刹の霊巌寺です。お地蔵さんの前の花活けの水を飲んでいる猫ちゃんがいました。 -
他に長毛の猫仲間もいました。
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入り口に「松平定信の墓」と彫った石柱があったので、寺の中に入ってみます。
入って右側に、おかみさんを小さくしたような銅像がありました。よく見ると
勢至丸さまと書かれてありました、法然上人のご幼少の像だそうです。 -
寺の一角に墓地がありました。
これらは大名の石塔です。 -
桑名藩主歴代の墓 右側には家族の墓
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鉄の扉で閉められたひろい一角がありました。
これが松平定信の墓です。定信は白河藩の殿様で白河楽翁を号していました。
天明年間に老中になり、ご存知寛政の改革を断行した人物として有名ですね。 -
ズームすると楽翁公の墓と言う文字だけ見えました。
庭掃除の人が扉を閉めたばかりで近づけませんでした。 -
清澄通に面して法乗院と言うお寺がありました。
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正面の低い階に仏像が見えたのが、平等院鳳凰堂の阿弥陀様が見える形式に似ている気がしました。
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門前仲町の火の見やぐら 復元されました。
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大横川の橋の上 舟形の花壇です。
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スポーツニッポン新聞社の社屋です。立派なビルです、新聞て儲かるんですね。
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越中島を通ります、榊原越中守の別邸があったところからついた名前です。
ここに東京海洋大学があります。この大学は幾多の歴史を経てきました。
明治維新には陸軍糧秣本廠・東京商船学校・水産講習所、戦後は米軍が進駐し1950年には東京予備隊本部となり、東京商船大学となりました。
大学は1875年岩崎弥太郎が開設した三菱商船学校に始まり、国立となって東京高等商船学校となり更に商船大学に発展、現在は東京水産大学と統合して東京海洋大学となったそうです。
写真は第一観測台です。赤道義室と呼ばれ、明治36年に建設されました。当時東洋一の天体望遠鏡を備えておりました。 -
重要文化財 明治丸が門の外から見えました。
コロナの影響で大学構内には入れませんでしたが、こんな近くで見られてよかったです。
この船は明治天皇の東北巡幸にも使用され、その後は学生の練習艦として世界各地を回りました。 -
広い水路を挟んで対岸に林立する高層ビル、上海の外灘の対岸にあたる浦東新区を
思い出しました。 -
目的地佃島に到着 古ぼけた店舗が並んでいます。
懐かしい昭和がそのままに -
ブリキ職人の技を駆使した銅板葺きの洋風外観のお店がありました。
想像するだけでその技術に感嘆します。
上部の格子模様のところもすべて手作業で、細かくカットした銅板をかみ合わせて組んでいきます。ハンダも所々使いますが、基本は折り紙のように、折ってかみ合わせます、平面の所はすべてそうですね。 -
古い家屋の特徴ある家が並んでいます。ここは観光地ではなく、生活の場ですから
住みやすいように改築しています。 -
珍しく(笑)立派な日本建築がありました。屋根は入母屋造、二階の窓には木製の
手すり、雨戸は天然木の板戸、堂々とした構えです。 -
この家も古く、二階部分が後退してその分、一階の屋根の上に物干し台などが作られています。この構造を出し桁造りと言うそうです。
-
こういった家は、建て替えられてマンションなどに変貌しています。
このような光景を見られるのは時間の問題ですね。 -
狭い路地裏は洗濯機や物置などが置かれています。生活第一ですね。
-
三角公園という小さな空き地にいた三毛猫、三角の目が親分の貫禄を漂わせています。きれいな毛並みですから、可愛がられている家猫でしょう。
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住吉神社のある一角を囲んでいる掘割にかかる朱塗りの佃小橋。
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佃まちかど展示館の窓ガラスに映った佃小橋。
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奥に佃神社の建物が見えるところ、掘割には漁船が係留されています。この場所を
船溜まりと言うそうです。水も綺麗で、ほっとする情緒ある場所です。 -
佃島は寛永年間、徳川家康に呼ばれた大阪の漁師30人が、隅田川河口にできた干潟を埋め立てて居住地としたのに始まります。
彼らは本願寺の門徒であり、築地も埋め立てて本願寺を再建しました。
江戸時代の地図を見ると、佃島と石川島と月島の一部だけが載っています。 -
これが現在の地図です。月島の造成が完成したのは明治25年と言われています。
-
船溜まりの所のベンチに掛けている建設作業員に方に挨拶をして隣に腰掛けました。かれはお昼のお弁当のパンくずをスズメに与えていました。
フレンドリーな方でたくさんお話をしました。
「バブルの頃は毎晩遊び歩いたよ、マンションが買えるくらい使ったなぁ、だから今は何も残らないよ。だからこんな歳でまだ働いているのさ」
「そうですか、私など全く夜遊びしたことないけど、今何も残っていませんよ。」と私も話します。 -
「水のある景色っていいねぇ、ここに座っていると、気分が落ち着くねー」
「お、?このスズメは強いねぇ、鳩に負けてないね、ふつう、鳩に蹴散らされるんだけどね」「いつも私の顔を見ているので、そばまで寄ってくるのさ」
鳥の生態、魚の種類、船のことなど妙に詳しい人でした。 -
住吉神社を鳥居ごと映しました。扁額は陶製の珍しい物です。
「住吉神社」の題字は有栖川宮幟仁親王(ありすがわのみやたかひとしんのう)
です。 -
本殿は銅板葺きの整った屋根です。緑青がいい色を出しています。
「名月や ここ住吉の つくだじま」と松尾芭蕉の高弟宝井其角がここ住吉神社を
詠んでいます1644年(正保元年)佃島の漁師が摂津の住吉神社の霊を分けて創建
し、海運業者や問屋業者から篤く崇敬されました。
佃島の漁師はパワーがありますね。埋め立てて島を作ったり、本願寺を再興させたり、神社を創建したり。 -
境内にある石碑、「和らかで かたく持ちたし 人ごころ」と刻まれた石碑は川柳五世をついだ水谷緑亭の句碑です。
-
土手に上ってみると、住吉神社が遠くに見えます。後ろのビルがミスマッチです。
-
隅田川に面した高いところに江戸時代の灯台が復元されてました。
GPSのない時代、燈台の役目は重要でした。先ほどの作業員の言によれば
今や、燈台は記念碑でしかない、すべて船はGPSで航行しているそうです。 -
古い建物が密集する佃島と比べて、川を挟んだ中央区、さすが最先端のビルが林立しています。
ここは土手の上、隣は石川島公園、ここに老中松平定信は寛政の改革の一環として人足寄場を作った。無宿物や軽犯罪者に職業訓練をやらせ手に職をつけさせて更正させたそうです。
鍛冶、紙漉き、駕籠、彫り物、屋根葺き、エクセル、ワードなど多種多様な技術が教えられ、赦免のさいは仕事道具や工賃の積立金が支給されたそうです。お上も味なことをやりますなぁ。威張ってばかりじゃないのですね。 -
これは住吉水門です。単葉のローラーゲート水門、隅田川の流入の水量を調節して
佃川周辺の水害を防ぐための水門です。ローラーゲートとは、開閉用の鉄の扉にベアリングが付いたもので、これをワイヤーで引き上げる際は、スムーズに動きます。 -
「雪降れば 佃は古き 江戸の島」劇作家 北条修司の俳句です。.
-
「佃島 渡し舟」という記念碑です。 地味な記念碑。
昭和39年まで佃島と対岸の築地は渡し舟で結ばれていました。明治初年の渡し賃が5厘だったので「5厘の渡し」と呼ばれていたそうです。 -
狭い佃島の一部に3つの神社と一つの地蔵尊があります。そのうちの一つ於咲稲荷神社(おさきいなりじんじゃ)・波除稲荷神社(なみよけいなりじんじゃ)2つの神社が共同で祀られています。
波除稲荷神社は水辺の土地らしい神社で地元の人の願いが込められています。 -
日本一狭い参道ではないかと思われる地蔵尊がありました。
「佃天台地蔵尊」といいます。
幅は1mあるか無しかの路地が参道?です。では入ってみましょう。 -
狭ーい、日本で一番狭い参道ではないかっ。足元の水道のホースをけ飛ばさないように!
中間で右に曲がります。手水鉢があります。 -
太いイチョウの木の先に地蔵尊はありました。
-
佃煮の老舗 天安 天安門とは関係なさそうです。ほかに2件老舗はあるそうです。
佃煮は不漁のときの保存食でしたが、江戸庶民に人気となり、佃島の名物となりました。
記念に後で買おうと思っておりましたが、忘れました。 -
この先の路地を入ってみます。
推量ですが、この広い道は家があったところで、取り壊されて道路のなったと思われます。違っていたらごめんなさい。 -
古い家の前に戦前の防火用水のコンクリート製の器がありました。
これに貯めた水で火事の時バケツで汲みだして火を消したのです。
普段はメダカや金魚を飼う家がありましたね。天水桶と呼んでいました。
この設備は江戸時代から置かれたそうです。雨どいなどに繋ぎ、雨水をためていました。私が子供の頃は何処の家にもありましたが、いつの間にかなくなってしまいました。 -
路地の奥にも立派な家がありました。
雨どいは、銅板製で曲がりのところも美しい曲線に工夫をこらした作りです。
二階の戸袋は、驚いたことに天然木の一枚板です。100年以上、恐らく200年以上の大木から取られた板です。 -
これも懐かしい井戸のポンプ、樋口一葉の使った井戸を見たことがありますが、
子供の頃には我が家も井戸水を使っていました。
蛇口の先に、ガーゼでできた袋をつけて、布越しに水が出ていました。きれいな水のはずが、いつの間にか布は茶色く変色していました。
ポンプのハンドルに棒などを縛り付けて長くして、水が楽に組めるように工夫した家もありました。ポンプが水を汲みださなくなったときは、汲み置きの水をボールなどに入れて上から注いでやると、再び水が出て来たりしました。呼び水というのでしょうか。 -
隣の月島には「もんじゃストリート」と言うのがあって、なん十件ももんじゃ焼きの店が並んでいます。せっかく来たのだからと、食べてみたいと思いましたが、若い人たちで混んでいて、一人の老人が入るには異邦人と言う感じで勇気がありませんでした。
どこかで日本蕎麦などを食べようと帰り道に店を探しながら行くと、やっとありました。ドアの前に立つと、営業時間は2時まで、と書いてあり、10分遅れの我が身の不運を嘆き、諦めて自転車を走らせ空腹のまま、飴などしゃぶって、家路につきました。
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この旅行記へのコメント (25)
-
- 白い華さん 2021/12/14 05:07:01
- JR『平井駅』から、電動自転車・・で『佃島』へ・・・。
- お早う御座います。
『東京散歩』って、4トラベルに 参加した・・ばかり。の 頃
けっこう、あちこち・・歩いて「投稿していた! 思い出」が あります。
でも、最近の 私。は「海外。国内 遠方旅行・・で ない、と 投稿するコト」が ありません。
だから、こんな・・身近!な「東京(都内)」を 改めて、掘り下げて見るコト。
「すごく、新鮮」で ワクワク・・しながら この旅行記。ご一緒・気分で、楽しませてもらいました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
JR『平井駅』から、電動自転車・・で『佃島』へ・・・。って 選択は
「けっこうな 長距離・サイクリングを 沢山、体験済み」の pedaruさんらしくて
いいデスネ。
「電動自転車」って 疲れない!位・・の 進み」って 時代は、違いマスネ。
疲れ。ストレスも 感じない!で 「東京の 海辺!に 近い・・下町風景」。
裏通り!の あまり・・知られていない、神社など。 可愛い~!猫ちゃん・・と 共に、映し出される。と「素敵な 一枚」に なるモンデス。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『佃島』の 船溜まり。
真っ赤!な 欄干・・の 橋。漁船。そして、ミスマッチ!な 高層ビル群。
と 「こんな 『お江戸! 東京』を また「日本びいき!な 外国人達」に 見てもらいたい。
って 思いながら この、コメント・・を 入れさせてもらいました。
- pedaruさん からの返信 2021/12/14 06:54:56
- Re: JR『平井駅』から、電動自転車・・で『佃島』へ・・・。
- 白い華さん おはようございます。
コロナでどこにも出かけずにいましたが、平井駅までなら電車に乗ってもいいだろう、という事で行ってきました。
旅行というには近過ぎて、これはまさに散歩です。東京の無名の土地でも行ってみれば、意外な面白いところが沢山ありますね。
華さんは東京育ちですからご近所でも歴史あるところばかり、住んでいると意外に気づかないものです。一度、歩いてみたらどうでしょうか?
あの辺は(想像ですが)鳥越神社、柳橋、向こう柳原、浅草橋、神田川、
秋田藩佐竹家上屋敷跡、(佐竹商店街)など沢山あります。
海外旅行も遠のいてしましましたので、東京をくまなく見てみたいと思います。では
pedaru
-
- わんぱく大将さん 2021/12/13 01:05:47
- 営業時間2時まで
- pedaruさん
もう一度送ります。 なんか、送れへんかったわあ。
蕎麦屋、営業は2時まで。わかるわあ~ 私の今日の名古屋からの新幹線はタッチの差で。 おかげで(そんな時には使わんやろ?) そばやではなくきしめんの店は開いてましたが、昼に食べたからええかと。 姫路に着いた頃には渋沢栄一終わっとりましたわ。 くそっ! わしゃ、よしぃこか?
いまだに電動自転車は試したことはありましぇん。
大将
- pedaruさん からの返信 2021/12/13 05:39:22
- Re: 営業時間2時まで
- 大将さん おはようございます。
きちんと2時で閉める蕎麦屋さんは、美味しいのを出してくれそうな気がします。今日は2人目、なんて店は贅沢言ってられません。いつでも入ってOKです。
この日は、腹をすかして帰ってきました。よくあるんですよ、飢えてることが・・・・電動アシスト自転車で走ってもお腹すきませんけどね。
pedaru
-
- 旅猫さん 2021/12/11 09:26:05
- 佃島
- pedaruさん、こんにちは。
佃島へ行かれたのですね。
私も、かなり前ですが歩いたことがあります。
当時は木造の家ばかりでしたが、今もかなり残っているようですね。
高層ビル群は当時できたばかりで、異様な感じがしました。
船溜まりから観ると、全く別な街が隣り合わせていて、不思議な空間です。
佃天台地蔵尊も訪れたことがあります。
懐かしいなぁ、あの狭い路地。
霊巌寺の松平定信の墓も懐かしい。
彼が、市井に詳しい長谷川平蔵の建策を取り上げて設けられたのが人足寄場。
平蔵は、史実でも多くの盗賊を捕縛した有能な幕臣でした。
それにしても、雀が人に慣れるとは珍しいですね。
すぐ逃げてしまうので。
コロナが落ち着いているうちに、また都内を歩かないと。
明日にでも、久しぶり佃島に行ってみようかな。
旅猫
- pedaruさん からの返信 2021/12/12 06:20:03
- RE: 佃島
旅猫さん おはようございます。
街歩きの達人の旅猫さんに佃島旅行記を見ていただき、嬉しいやら、恥ずかしいやらです。
さすが佃島には既に、訪問済みなのですね。確かに、話題に上るほどの特徴ある街ではありますが、あまり期待をして行くとがっかりしますね。
佃天台地蔵尊の参道?というか民家の通り抜けのような路地にはびっくりしました。しめた、これはネタになる!なんて思って・・・4トラベラーはこんなとき卑しいですね(笑)。
ギリシャのメテオラと言う街は、背後に巨大な石が迫っていて、ビルのような高さでしたが、佃島の背後にも、高層マンションが迫って、似たようだなぁ、と思いました。
小さな町でも歴史を調べて行くと、印象に残る町に見えてくるから不思議です。
旅猫さんの佃島旅行気が見られたら、最高です。
pedaru
-
- cheriko330さん 2021/12/10 01:02:16
- 祝☆.。.:* 東京歴史散歩♪再開
- pedaruさん、こんばんは☆彡続きまして。
遅ればせながら、おじゃまします。いよいよ歴史散歩を
再開されましたね。電動アシストで☆楽ができてスイスイ
進みますね。
もんじゃ焼きの月島くらいしか行ったことがありません。
佃煮が好きなので、佃島も一度は訪れようと思いながら。
歴史ある建物に、日本建築、井戸のポンプもありましたね。
少し離れただけで、下町情緒たっぷりですね。
住吉神社は博多駅の近くにもあります。全国にもたくさん
ありますよね。
娘もコロナを心配して、ずっと地下鉄などは使わずに
電動アシストでどうしてもの用事がある時のみ、都心まで
行っています。
pedaru さんの東京の以前の旅行記で、有楽町や銀座が
出てくる分、私も同じようなところの写真も撮りました。
今回の上京で歩き過ぎて小指に大きな豆を作ってしまい
痛いながらも歩き倒しました。
電動アシストを使えば、痛い思いをしないで済みましたね。
東京は色々に楽しめて、やっぱり良いですね。
cheriko330
- pedaruさん からの返信 2021/12/10 06:07:30
- Re: 祝☆.。.:* 東京歴史散歩♪再開
- cheriko330さん おはようございます。
東京には長い間住んでいました、とくに修業時代は都心に3年くらい住んでいましたが、若い頃って、有名なところや、博物館や美術館くらいしか興味が無くて、東京のことはあまり知りませんでした。
特に4トラベルをやってから、旅行記を作るためには必然的に下調べなどして、興味が深くなりました。
さて、コロナの影響もあって、お休みしていた東京歴史散歩もやっと再開です。が、先日は腰を痛めて、散歩は中止、今週はまだ無理かな?では来週から、おっと、そうは問屋が卸さない(笑)。実は白内障手術で入院です。
せめて年内には一度歴史散歩にいければと考えて居ります。
cherikoさんから 祝☆.。.:* 東京歴史散歩♪再開 と横断幕でお祝いをいただいたのに前途多難です、 でもありがとうございました。
pedaru
- cheriko330さん からの返信 2021/12/11 00:40:59
- Re: 祝☆.。.:* 東京歴史散歩♪再開
- pedaruさん、こんばんは~
あらっ!まぁ!! すぐに再開、第2弾がって思っていましたが
手術で中断ですね。自覚症状があったのかしら?入院っていうことは
両目されるのですね。白内障の手術は一般的になり、外来ですることも
多いですね。目の手術も2回目。どうぞご自愛ください、お大事に。
術後は電気アシストで、見る景色もくっきりと鮮明に違う景色に
なることでしょう。ご無理しないで早い時期の完全復帰を祈ります。
cheriko330
-
- 前日光さん 2021/12/08 23:53:54
- 月島までは行ったのですが。。。
- 師匠、こんばんは。
久しぶりの東京歴史散歩、それも電動自転車とは考えましたね!
訪れた場所が佃島、ここまでは行ってないですねぇ。
コロナ禍と腰痛症で、ますます東京散歩はできなくなりつつあり。。。
11月末に孫姫に会いに上京。
その前に国立近代美術館や外苑通りの銀杏並木を歩いてきました。
東京って、歩きますねぇ(ーー;)
地下鉄の乗り換えなんてやっていると、あっという間に15000歩も歩いてしまいました!
いつもは数百歩と言うことも多い田舎暮らしですので、大変疲れました( ̄∇ ̄)
ドア to ドア の生活は健康には良くありませんねぇ。
自転車だと、電動でもいろんな筋肉を使いますから、マイカー暮らしよりもいいのだろうなと思います。
あまり駐車場の心配もしなくて済むし。
佃島と大阪の漁師の関係については、ついこの間トラベラーの「バモスさん」の旅行記で拝読したばかりです。
佃島って、大阪と関係あり!だったんですねぇ。
佃煮が甘いのは関西風だからでしょうか?
江戸と関西が混じって、独特の甘さになったのでしょうかねぇ。
私は佃煮や江戸紫を最後まで食べきったことがありません。
途中で飽きてしまうのです。
塩分も糖分も多めで、健康上気にもなるし。
月島ではもんじゃ焼きなるものを食べましたが、空腹でないときに食べたせいか、再トライしようという気は起きません。
観光客がなるべく少なめのエリアを歩かれる師匠の旅スタイルは、私といっしょです。
目立たぬ狭き路地こそ見どころ多けれ。
いずれにしても師匠の久しぶりの町歩き、楽しく拝見させていただきました。
前日光
- pedaruさん からの返信 2021/12/09 07:16:36
- RE: 月島までは行ったのですが。。。
前日光さん おはようございます。
旅行とは言えない、散歩の範疇にはいるような佃訪問、電動アシスト自転車で走ると、体力使わないので更に散歩感が増します。
目的地に着く前に、途中で、旅行記を終わらせたいほど面白いところがありますね。
松平定信の墓のある古い寺や、公園、モニュメント、等々道草を食ってると帰る時間になってしまいます。
実はこの次の週、やはり電動アシスト自転車で千住まで出かけました。
このあと今まで経験しなかった腰痛でダウンして、3っ日間寝ておりました。ストレッチのやり過ぎと無理な調子乗りのサイクリング、複合的な原因でこうなったようです。
東京を歩いて15000歩はすごいですね、私の街歩きは足に自信がないので、すべて自転車を借りて、観光する方針です。
今では、個人的な感想では佃島は情緒ある街でもなんでもありません、ただ
震災にも戦災にも合わなかった貴重な下町ですので、見方によっては興味深い町ではあります。
佃煮は記念にと思い帰りに買おうと思いながら忘れてしまいました。買ってきても、いまでも残って冷蔵庫にあると思います。
なんだか締まらない返信になってしまいました。久しぶりに前日光さん宛てだと緊張するのかなぁ。
pedaru
-
- ふわっくまさん 2021/12/06 12:13:57
- 佃煮・発祥の地・・
- pedaruさん、こんにちは。
伏兵とウワサしていただいたようですが、遅出になってしまいました・・
佃島まで、歴史散歩にお出かけされたご様子で・・
朧気に佃煮に関係があるのかなぁと思っていたら、ピンポーン!だったので内心嬉しく思いました(笑)
元は漁師町ということで、パワーを感じられたのですね。
すずめにパンくずをあげる建設作業員さんとの会話も、ほのぼのと感じました(^^♪
佃天台地蔵尊への日本一狭い参道や、路地奥の純和風建築の建物など・・
古きよき時代の名残は、ぜひ後世まで残していただきたいなーと思います。
・・林立するビル群を見て、ふと思いました(^_-)-☆
ふわっくま
- pedaruさん からの返信 2021/12/07 06:05:58
- RE: 佃煮・発祥の地・・
ふわっくまさん おはようございます。
いつもありがとうございます。今ではnorisaさんに敵うのはふわっくまさん以外にはありえないというのが巷の噂です(笑)。
佃島が佃煮の発祥の地だと思われたのはさすが鋭い考察です。最初は余った魚を保存食として、自分たちだけで食べていたそうです。
建設作業員さんは住まいが小岩だと言うので、小岩に住んだことのある私としては親しみを感じ、話が盛り上がりました。かなり高齢の方ですが、まだ働いているというのは偉いと思いました。
レトロな佇まいと、素朴な信仰、片や超高層マンション、二つの時代が同時に感じられる不思議な街でした。
田舎町の雰囲気ですが、住所は中央区、銀座や日本橋とは同じ区域ですから、都心にはすぐです。渡し舟しかなかった頃は不便でしたでしょうが、今は便利な街ですね。
pedaru
-
- pedaruさん 2021/12/06 06:16:21
- どこでも旅行記
- misitralさん おはようございます。
普通旅のレポートといえば、素晴らしい歴史を持った所とか、歴史的建造物、目を見張る絶景などが定番ですね。ところが4トラベルと言うサイトはどんなものでも受け入れてくれます。誰も注目してくれない隣町の路地でさえも、旅行記として書けば、皆さん興味を持ってみてくださいます.
ローマのコロッセオも佃の船溜まりも同じ視点で見られます、これが4トラベルのいいところですね。
特にmisitralさんは、どんなものにも興味を持って、深く追及されるタイプですので、沢山の引き出しをお持ちです、私の旅行記に興味を持って下さって嬉しく思います。
一般的な視点からすれば、佃島は既に、見る物はありません(笑)、我々のような、興味深い連中(言い換えると物好きな)だけが喜ぶ街になっております。
mistralさんが佃島を書いたらどんな旅行記になるか興味津々です。期待してます。
pedaru
- mistralさん からの返信 2021/12/06 07:54:41
- RE: どこでも旅行記
- pedaruさん
おはようございます。
時々、私も、返信する際に新たにメッセージを書いたような形でお返事を書いてしまって
いたことがあります。
確かにおっしゃるとおり、目玉となるような目的物がなくても、歩く本人が興味を持って
楽しんで歩いたなら、立派な旅行記になりますね。
物好きな (私もあまり人が興味を持たないようなものに価値を見出してしまうので)
連中には絶好な投稿サイト!とおもいます。
佃島レポートは、pedaru さんのこの旅行記で書き尽くされた感がありますね。
ちょっと私には新たな発見は出来そうもありません。
ただ、電動自転車で巡ることは真似してみたくおもいました。
mistral
> 普通旅のレポートといえば、素晴らしい歴史を持った所とか、歴史的建造物、目を見張る絶景などが定番ですね。ところが4トラベルと言うサイトはどんなものでも受け入れてくれます。誰も注目してくれない隣町の路地でさえも、旅行記として書けば、皆さん興味を持ってみてくださいます.
> ローマのコロッセオも佃の船溜まりも同じ視点で見られます、これが4トラベルのいいところですね。
> 特にmisitralさんは、どんなものにも興味を持って、深く追及されるタイプですので、沢山の引き出しをお持ちです、私の旅行記に興味を持って下さって嬉しく思います。
> 一般的な視点からすれば、佃島は既に、見る物はありません(笑)、我々のような、興味深い連中(言い換えると物好きな)だけが喜ぶ街になっております。
>
> mistralさんが佃島を書いたらどんな旅行記になるか興味津々です。期待してます。
>
> pedaru
>
-
- ポテのお散歩さん 2021/12/04 20:38:13
- 東京歴史散歩
- pedaruさん こんばんは。
佃島の民家の背後に高層マンションがそびえるギャップが、
かえって懐かしい下町の風情を感じますね。
船溜まりも佃島らしいです。
私もこの辺りを歩いたことがありますが、もう20年以上前です。
少しは変化していると思いますが、変化の激しい東京でまだこんなに
佃島らしい風景が残っているとも思えます。
この辺りを歩いたのですが、行きつく先は月島のもんじゃ焼き屋さん
でした (*^-^*)
先日、私にとっての鬼平、中村吉右衛門さんがお亡くなりになりました。
東京の下町の地名は、本所・深川などの名前を聞くだけで嬉しくなります。
もし今、東京に近い所に住んでいたら、鬼平犯科帳を読み直して
出てきた地名を電動自転車で巡りたいです。 佃島も舞台になったのかな?
火付け盗賊改めは南町? 北町? そこから調べないと…ですね(^-^;
東京歴史散歩、楽しみにしています。
ポテ
- pedaruさん からの返信 2021/12/06 07:05:06
- Re: 東京歴史散歩
- ポテのお散歩さん おはようございます。
20年以上前に、すでに佃島は訪問済みでしたか?そのころは高層マンションなどはもうありましたか?恐らく、古い日本家屋がまだたくさん残っていたと思います。そのころから既に月島のもんじゃ焼きは名物だったのですね。
私は気が小さいので、食べずに帰ってきました。
時代劇にでてくる地名が今もあるなんて嬉しいですね。最近古地図をダウンロードしました。小名木川辺りも大名の屋敷が沢山ありましたから、古地図と照らし合わせると、夢が広がりますね。
ポテのお散歩さんは目の付け所が素晴らしいです。寛政の改革の松平定信が石川島に人足寄せ場を作り、この設置を進言したのは火つけ盗賊改め役の長谷川平蔵だそうで、これこそ池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」の主人公鬼平は、この長谷川平蔵がモデルだそうです。
こんな旅行記でも興味を持って見てくださる方がいて、嬉しいです。
pedaru
-
- mistralさん 2021/12/04 18:56:56
- 電動自転車で巡る旅。
- pedaruさん
お久しぶりの東京歴史散歩の旅行記ですね。
今回は電動自転車を平井駅でレンタルされたとのこと。
私も飛鳥で史跡巡りにレンタルしました。
走り始めに、ちょっとしたコツ?が要りましたが、あとは楽チンでした。
上り坂で威力を発揮してくれますよね!
下町情緒の残る街、佃島、
実は私も狙っていました。
なかなか実行出来ずにいましたが。
おっしゃるように、以前よりは変貌を遂げているのかもしれませんが、
まだまだ下町情緒が残された街ですね。
かたわらに佇み、かつての景観、賑わいに思いを馳せる、それもなかなか
オツなものと思いました。
上海の浦東地区かと思うような高層ビルの建ち並ぶ景観に目を見張り
すぐ先にはブリキ職人さんの技を駆使した銅板葺の商店建築、
これはきっと、亀戸に立ち並んだ(こちらは新しいものでしたが)看板建築をめぐり
旅行記にしましたが、
正真正銘の由緒正しい物なのでしょう。
超狭い路地とか、時代劇に出てきそうな天水桶、ポンプ式の井戸などなど
まだまだあちこちに風情ある街並みが残っているようですね。
一緒に自転車を走らせているような気分で楽しませていただきました。
mistral
- pedaruさん からの返信 2021/12/06 06:38:35
- Re: 電動自転車で巡る旅。
- mistralさん
変なことになってしまいました。コメントの返信のつもりが、旅行記にコメントする欄に書いてしまったようです。4トラベルでも初の珍事です。
わたしのお返事は2つ前をご覧ください。pedaruらしいミスです、お許しください。
-
- チーママ散歩さん 2021/12/04 13:01:30
- こんにちは
- 今回の師匠のペダルは電動でしたか。
かなりグッと発進時引かれると聞いて。
普段のママチャリで転ぶ私は、まだ電動未経験です。
佃天台地蔵尊の細道。
風情があると言えばそうですが、見落とされますね。
もっとも地元の方をお守りするのでしょうね。
井戸とか防水貯蔵のコンクリート囲いなど。
現代っ子には不思議に写る事でしょうね。
私も後者は分かりませんでした。
昔の伝統も伝えてつつ、新しいものを取り入れて。
ところが、今はコロナのせいであらゆるものが急速に変化していくのが残念です。
ペダル散歩いい汗かきましたか?
師匠の語りを聞いて一緒に散歩した気分になりました。
お邪魔しました。
- pedaruさん からの返信 2021/12/04 16:50:19
- Re: こんにちは
- チーママ散歩さん こんにちは
電動アシスト自転車は、初めての経験です。驚きました、どんなに走っても全然疲れません。しかも坂もスイスイ、魔法の自転車です。
昔はバイクにも乗っていましたが、自転車のほうがいいですね、音はしないし、歩道でも場所によっては走れます。
佃天台地蔵尊の細道、・・・・細道なんてものではありません、体格のいいひとなら、肩がつかえそうな狭さです。これでも地元の方の崇敬を集めているのですね。
天水桶をご存じないでしょうね。どこの家にもありました。だいたい円筒状の物が多くて、寒い冬などに天水桶に張った氷を取り出して、大きなレンズのようなのを持ち歩いたものです、最後に地面にたたきつけて、割ったりしました。こういうことをするのは男の子と決まっていましたね。
今後の東京散歩はこの電動自転車で通そうと思っております。現地で歩くより楽なのでそうしているだけですけどね。
次は、小塚原の刑場跡の見学です。怖いですよ~
pedaru
-
- yamayuri2001さん 2021/12/03 15:08:37
- レンタサイクル!
- こんにちは、pedaruさん。
レンタサイクルの旅は、まさにpedaruさんにピッタリ!
松平定信の墓は、こんな所にあったのですね。
初めて知りました。
おかみさんを小さくした???この表現に思わず爆笑!
でも、とっても良く実像をとらえていらっしゃいます。
佃島は、夏の暑い日に 一部を回りました。
でも、写真などは撮影しなかったので、全く覚えていません。
こうして記録に残すことはとても大切ですね!
ベンチでの初体面の方との会話、pedaruさんの優しさが
伝わります。
pedaruさんの旅行記ですと、歴史的なことがとてもたくさん
学べます。
私は、月島でもんじゃを食べたことだけが 唯一の思い出です。
全く・・・
頭脳が発達した方と胃袋が発達した私との違いは
鮮明だなと思いながら、拝見しました。
yamayuri2001
- pedaruさん からの返信 2021/12/04 16:34:30
- Re: レンタサイクル!
- yamayuri2001さん こんにちは
松平定信の墓がこの寺にあるとはちっとも知りませんでした。たまたまこのコースを通っていて目に付きました。一本隣の道を走っていたら、一生松平定信の墓には出会わなかったでしょうね。見えざる運命の糸に繋がれていたとしか思えません。・・・なんて、そんな大げさなことではありません。
この頃の寺院は、お金が余り気味なのか、品のない大きな仏像を作った
り、やたらとおみくじを連発したり、信者サービスに余念がありませんね。
信者と言っても、ほんとの信者なんて一人もいなくて、お寺はエンターテインメントの場所だと思って、やれ、恋が成就するだの、病気が治るだのと、
キャーキャー騒いでいます。
ところがこの霊巌寺は地味な寺で、幼稚園経営くらいが収入源、後は大名のお墓をお守りして、子孫の富豪からお布施をもらうくらいなものでしょう。
しまったー、言いたいことばかり言ってしまいました。
私は頭脳は明晰ではありませんが、胃袋は丈夫です、何故なら十分食べるほどの量を提供されないのです。歳をとったらあまり食べ過ぎないように、と
温かい妻の配慮です。ですからいつでもお腹が空いています。
戦後の子供のようです。同じものを食べてなぜ妻はあんなにふくよかなのか謎です。
pedaru
-
- norisaさん 2021/12/03 12:15:24
- 再開
- pedaruさん
こんにちは。
ふーっ、伏兵ふわっくまさんに負けないように駆けつけるのは至難の業。
今回は勝利の女神が微笑んだかも?!(苦笑)
さて、佃島って佃煮の地ですよね?
(無知でスミマセン)
このあたりは全く散策したことがないので大いに参考になりました。
確かに新しいものと古いものが入り交じったこの地。
これでバランスを取れというのは至難の業です。
お迎えの中央区のように全部近代的なものにする方がよっぽど楽ですね。
海洋大学の塔や船は立派ですね。
コロナの影響がなくなったら是非間近で見たいものです。
書かれている昔を思う想像力、これが大事ですね!
でも、しばしば過激な妄想にとらわれるpedaru師匠、これ以上の想像力は不要かと!?(失礼!)
空腹になると余計空想/妄想しやすくなりすよ(笑)
norisa
- pedaruさん からの返信 2021/12/04 16:03:40
- RE: 再開
norisaさん こんにちは
今日は昼間からお返事を書いています。何故かというと、腰を痛めてどこにも出かけられないのです。土曜日は「東京都歴史散歩」を再開して出かける予定でした。
なぜ腰を痛めてしまったかと言うと、それが間抜けな原因なのです。
私はあるスポーツ系のサークルに入っていて、柔軟体操では、「○○さん、どうやったらそんなに柔らかくなるの?」なんて女性部員から言われて、気をよくして、youtubeのストレッチを50分間一生懸命にやったところ、腰を痛めてしまったのです。
過ぎたるは猶及ばざるが如し と言う格言通りになってしまいました。
さて佃島は大都会から至近の距離にありながら、独特の風土を培い、ガラパゴス化しているとの情報を得て出かけました。しかし、この情報は30年前のもので、いまでは何らの特徴のない下町でした。しかし、歴史はそこそこあり、行って良かったと思っています。
食堂に入るのが苦手なので、空腹を抱えて帰宅することが結構あります。帰ってきて、「やっぱり、家の食事が一番うまいね。」などと妻にお世辞を言うのが常であります。
pedaru
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