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2021年10月25日 曇り<br /> 「文治三年(1187年)、兄頼朝の追討を逃れ、奥州平泉に落ちのびる義経主従が当地にさしかかった時、身重の北の方が産気づいた。弁慶は産湯を求めて沢へ下り、川辺の大岩を薙刀で突き破るとお湯が噴き出た。このお湯で若君の産湯を使い、回復をまって平泉へ向かった。」 これが瀬見温泉発見の由来とされている。<br /> 朝食前の散歩で瀬見温泉に残る義経ゆかりの場所を回った。折からどんよりと曇った肌寒い朝で、山伏姿で笛を吹く義経像が一層悲哀に満ちていた。<br /><br />「和子めでて 瀬見わたりゆく 武者のかげ」<br /><br />  <br />【旅程】<br /> 10/21 神戸空港→花街空港→大沢温泉・湯治屋(泊)<br /> 10/22 大沢温泉・湯治屋→山の駅「昭和の学校」→鉛温泉藤三旅館(立寄り湯)→夏油温泉・湯元夏油(泊)<br /> 10/23 夏油温泉・湯元夏油→猊鼻渓→平泉(中尊寺、毛越寺、達谷窟毘沙門堂、厳美渓)→温湯温泉・佐藤旅館(泊)<br /> 10/24 温湯温泉・佐藤旅館→大湯温泉・安部旅館(立寄り湯)→小安峡→泥湯温泉(湯巡り)→河原毛地獄→瀬見温泉・喜至楼(泊)<br />★10/25 瀬見温泉→中山平温泉(湯巡り)→鳴子峡、尿前の関→東鳴子温泉(湯巡り)→東鳴子温泉・高友旅館(泊)<br /> 10/26 東鳴子温泉・高友旅館→重伝建「金ヶ崎町城内諏訪小路」→花巻空港→伊丹空港

秋の中東北、秘湯とレトロ旅館を巡る旅 10.瀬見温泉 義経ゆかりの地を歩く

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2021/10/25 - 2021/10/25

16位(同エリア124件中)

万歩計

万歩計さん

この旅行記のスケジュール

2021/10/25

この旅行記スケジュールを元に

2021年10月25日 曇り
 「文治三年(1187年)、兄頼朝の追討を逃れ、奥州平泉に落ちのびる義経主従が当地にさしかかった時、身重の北の方が産気づいた。弁慶は産湯を求めて沢へ下り、川辺の大岩を薙刀で突き破るとお湯が噴き出た。このお湯で若君の産湯を使い、回復をまって平泉へ向かった。」 これが瀬見温泉発見の由来とされている。
 朝食前の散歩で瀬見温泉に残る義経ゆかりの場所を回った。折からどんよりと曇った肌寒い朝で、山伏姿で笛を吹く義経像が一層悲哀に満ちていた。

「和子めでて 瀬見わたりゆく 武者のかげ」

  
【旅程】
 10/21 神戸空港→花街空港→大沢温泉・湯治屋(泊)
 10/22 大沢温泉・湯治屋→山の駅「昭和の学校」→鉛温泉藤三旅館(立寄り湯)→夏油温泉・湯元夏油(泊)
 10/23 夏油温泉・湯元夏油→猊鼻渓→平泉(中尊寺、毛越寺、達谷窟毘沙門堂、厳美渓)→温湯温泉・佐藤旅館(泊)
 10/24 温湯温泉・佐藤旅館→大湯温泉・安部旅館(立寄り湯)→小安峡→泥湯温泉(湯巡り)→河原毛地獄→瀬見温泉・喜至楼(泊)
★10/25 瀬見温泉→中山平温泉(湯巡り)→鳴子峡、尿前の関→東鳴子温泉(湯巡り)→東鳴子温泉・高友旅館(泊)
 10/26 東鳴子温泉・高友旅館→重伝建「金ヶ崎町城内諏訪小路」→花巻空港→伊丹空港

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  •  喜至楼から瀬見温泉にある義経・弁慶伝説ゆかりの地を巡ります。

     喜至楼から瀬見温泉にある義経・弁慶伝説ゆかりの地を巡ります。

    瀬見温泉 喜至楼 宿・ホテル

  •  説明板に書かれた義経と瀬見温泉の関わり。<br /><br /> 「文治三年(1187年)、兄頼朝の追討を逃れ、奥州平泉に落ちのびる義経主従が当地にさしかかった時、身重の北の方が産気づいた。弁慶は産湯を求めて沢へ下り、川辺の大岩を薙刀で突き破るとお湯が噴き出た。このお湯で若君の産湯を使い、回復をまって平泉へ向かった。これが瀬見温泉発見の由来である。」

     説明板に書かれた義経と瀬見温泉の関わり。

     「文治三年(1187年)、兄頼朝の追討を逃れ、奥州平泉に落ちのびる義経主従が当地にさしかかった時、身重の北の方が産気づいた。弁慶は産湯を求めて沢へ下り、川辺の大岩を薙刀で突き破るとお湯が噴き出た。このお湯で若君の産湯を使い、回復をまって平泉へ向かった。これが瀬見温泉発見の由来である。」

  •  吉川英治の新平家物語では、義経が奥州平泉に落ちていく様子は詳しく書かれていません。しかし彼が落ち延びた北陸から日本海沿いに平泉に至る経路には、謡曲や歌舞伎で有名な「安宅関」を始め多くの義経伝説が残っています。瀬見温泉もその一つ。

     吉川英治の新平家物語では、義経が奥州平泉に落ちていく様子は詳しく書かれていません。しかし彼が落ち延びた北陸から日本海沿いに平泉に至る経路には、謡曲や歌舞伎で有名な「安宅関」を始め多くの義経伝説が残っています。瀬見温泉もその一つ。

  •  喜至楼の前にある湯前神社と産湯。

     喜至楼の前にある湯前神社と産湯。

    産湯 温泉

    亀若君が使った産湯 by 万歩計さん
  •  義経の子「亀若君」誕生の折、弁慶が岩を割って見付けてという温泉が産湯に使われました。

     義経の子「亀若君」誕生の折、弁慶が岩を割って見付けてという温泉が産湯に使われました。

  •  産湯のモニュメント。飲泉が可能。

     産湯のモニュメント。飲泉が可能。

  •  産湯の奥に湯前神社。瀬見温泉の守り神として祀られています。

     産湯の奥に湯前神社。瀬見温泉の守り神として祀られています。

  •  産湯の道向かいに共同浴場「せみの湯」。

     産湯の道向かいに共同浴場「せみの湯」。

    瀬見温泉共同浴場 名湯ふかし湯 温泉

    3つの風呂が楽しめる共同浴場 by 万歩計さん
  •  瀬見温泉名物の「ふかし湯」をはじめ、内湯、露天風呂、足湯があります。

     瀬見温泉名物の「ふかし湯」をはじめ、内湯、露天風呂、足湯があります。

  •  その横が薬研の湯。弁慶が川辺に湯けむりを見付け、薙刀で岩を砕いて掘り当てた温泉です。

     その横が薬研の湯。弁慶が川辺に湯けむりを見付け、薙刀で岩を砕いて掘り当てた温泉です。

  •  今も立ち上がる湯気。瀬見温泉の名は弁慶の薙刀「せみ王丸」に由来するとも言われています。

     今も立ち上がる湯気。瀬見温泉の名は弁慶の薙刀「せみ王丸」に由来するとも言われています。

    薬研湯 温泉

    弁慶が薙刀で掘りあてた温泉 by 万歩計さん
  •  喜至楼本館の前を通る温泉街のメインストリート。

    イチオシ

    地図を見る

     喜至楼本館の前を通る温泉街のメインストリート。

    瀬見温泉 温泉

    昭和レトロの静かな温泉街 by 万歩計さん
  •  とは言っても狭い道が1本だけ。その両側に30軒程度の旅館や商店が並ぶ小さな温泉地です。

     とは言っても狭い道が1本だけ。その両側に30軒程度の旅館や商店が並ぶ小さな温泉地です。

  •  小国川は鮎が名物らしく、鮎料理店やおとり鮎を扱う店があります。

     小国川は鮎が名物らしく、鮎料理店やおとり鮎を扱う店があります。

  •  旅館は喜至楼を入れて5軒。

     旅館は喜至楼を入れて5軒。

  •  昭和レトロを絵に描いたような温泉街です。 

     昭和レトロを絵に描いたような温泉街です。 

  •  春から秋の毎週日曜の朝のみ開かれる地元の市場。

     春から秋の毎週日曜の朝のみ開かれる地元の市場。

  •  地酒屋さん。銘柄は「此君(このきみ)」。この地で生まれた義経の子「亀若君」を指すのだろう。

     地酒屋さん。銘柄は「此君(このきみ)」。この地で生まれた義経の子「亀若君」を指すのだろう。

  •  亀若大橋を渡ります。

     亀若大橋を渡ります。

  •  橋から見た瀬見温泉と小国川。

    イチオシ

     橋から見た瀬見温泉と小国川。

  •  川原の「薬研の湯」から、立ち上る湯気が見えます。

     川原の「薬研の湯」から、立ち上る湯気が見えます。

  •  橋を渡るとJR陸羽東線の雪囲い。

     橋を渡るとJR陸羽東線の雪囲い。

  •  昨日走ってきた国道41号線。瀬見温泉の入口にある弁慶大橋。

     昨日走ってきた国道41号線。瀬見温泉の入口にある弁慶大橋。

  •  亀割子安観音。北の方(正室)がお産をした際に、加護のあった観音様を祀っています。地元では子授かりと安産の神として信仰されているそうです。

     亀割子安観音。北の方(正室)がお産をした際に、加護のあった観音様を祀っています。地元では子授かりと安産の神として信仰されているそうです。

    亀割子安観音 寺・神社・教会

    亀若君出産の加護があった観音様 by 万歩計さん
  •  この先の山中が北の方がお産をした場所だそうです。

     この先の山中が北の方がお産をした場所だそうです。

  •  義経の正室は郷御前で河越重頼の娘です。彼女の母は源頼朝の乳母・比企尼の次女(河越尼)でした。義経は静御前を愛していましたが、この結婚は源頼朝の命で決められたものでした。<br /> 静御前とは吉野で別れた後、再会することはありませんでした。

     義経の正室は郷御前で河越重頼の娘です。彼女の母は源頼朝の乳母・比企尼の次女(河越尼)でした。義経は静御前を愛していましたが、この結婚は源頼朝の命で決められたものでした。
     静御前とは吉野で別れた後、再会することはありませんでした。

  •  小国川の対岸から見た瀬見温泉の全景。たったこれだけの小さな温泉街で5軒中4軒の旅館が見えます。

     小国川の対岸から見た瀬見温泉の全景。たったこれだけの小さな温泉街で5軒中4軒の旅館が見えます。

  •  左の大きな建物が「瀬見グランドホテル観松館」、赤い屋根の建物が「喜至楼」。

     左の大きな建物が「瀬見グランドホテル観松館」、赤い屋根の建物が「喜至楼」。

  •  山神社。

     山神社。

  •  産後の北の方がしばらく養生した場所で、後に村人が祠を建てたそうです。

     産後の北の方がしばらく養生した場所で、後に村人が祠を建てたそうです。

  •  陸羽東線の瀬見温泉駅。

     陸羽東線の瀬見温泉駅。

    瀬見温泉駅

    1日9本の列車が停まる無人駅 by 万歩計さん
  •  勿論無人駅。

     勿論無人駅。

  •  停車する列車は1日上下各9本だけ。

     停車する列車は1日上下各9本だけ。

  •  瀬見温泉駅から温泉街に続く義経通りを歩くと、

     瀬見温泉駅から温泉街に続く義経通りを歩くと、

  •  舗道に兜のモザイクタイル。

     舗道に兜のモザイクタイル。

  •  川の横に小さな公園。<br /> 「和子めでて 瀬見わたりゆく 武者のかげ」

     川の横に小さな公園。
     「和子めでて 瀬見わたりゆく 武者のかげ」

  •  弁慶の硯石<br /> 亀若丸の名を付ける時、弁慶が硯として墨をすった岩。近くには弁慶の足跡や馬の足跡が付いた岩もあるそうです。

     弁慶の硯石
     亀若丸の名を付ける時、弁慶が硯として墨をすった岩。近くには弁慶の足跡や馬の足跡が付いた岩もあるそうです。

    弁慶の硯石 名所・史跡

    弁慶が硯として墨をすった岩 by 万歩計さん
  •  弁慶の投げ松<br /> 弁慶が亀若丸の誕生を祝って、峠の頂上から投げた松が根付いたと伝えられています。

     弁慶の投げ松
     弁慶が亀若丸の誕生を祝って、峠の頂上から投げた松が根付いたと伝えられています。

    弁慶の投げ松 名所・史跡

    弁慶が峠の頂上から投げた松 by 万歩計さん
  •  義経大橋に建つ山伏姿の義経像。

     義経大橋に建つ山伏姿の義経像。

  •  どんよりした雲をバックに、笛を吹く表情に悲哀感。

    イチオシ

     どんよりした雲をバックに、笛を吹く表情に悲哀感。

  •  兜のモニュメントも。

     兜のモニュメントも。

  •  瀬見温泉駅から温泉街まで徒歩10分足らず。

     瀬見温泉駅から温泉街まで徒歩10分足らず。

  •  8:10 喜至楼に戻ってきました。これから朝食を頂きます。

     8:10 喜至楼に戻ってきました。これから朝食を頂きます。

    瀬見温泉 喜至楼 宿・ホテル

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