谷根千旅行記(ブログ) 一覧に戻る
東京下町巡り第5回目として、谷根千と弥生を歩きました。<br />日暮里駅より谷中(霊園 各種寺社 旧吉田家酒店 ヒマラヤ杉 谷中ギンザ 夕焼けダンダン) 弥生式土器ノ碑 根津(根津神社等) 千駄木(各種坂 鴎外ノ観潮楼跡)と歩き、日暮里駅に戻ります。<br />(谷根千)<br />関東大震災や東京大空襲でも大きな被災を免れ、江戸・明治・大正・昭和の町割りと建物が残っています。<br />(谷中)<br />谷地にある寺町。1625年寛永寺創建後、近い谷中に子院が集まった。墓参りの行楽地として町屋が並びました。今でも70以上の寺が集まっています。<br />(根津)<br />根津神社の門前町で台地の谷間に発展。甲府藩主徳川綱重の屋敷が有り、その子綱豊が5代将軍綱吉の世継ぎとなり、家宣として将軍になると、その屋敷跡に根津神社を建てた。社殿新造のため職人が集まり、遊郭も誕生。明治まで存続したが東大が開設された為、遊郭は洲崎(江東区東陽)に移転。<br />(千駄木) <br />台地と低地が入り組んだ地形で武家町であった。台地には太田道灌の子孫の武家屋敷があり、低地には下級武士が住んだ。東大に近いことから、夏目漱石 森鷗外 川端康成等の文人が居を構えた。<br />今回の谷根千と前回の上野・お茶ノ水は予備校 学校 会社と10数年間通い慣れた所ですが、知らない事が多く楽しんで歩けました。<br />{旅程}<br />①2021年8月5日(木)<br />自宅(JR)8:13日暮里駅に着きます。<br />(谷中・根津・千駄木)所謂、谷根千を歩き回ります。<br />1)(谷中観光)<br />御殿坂 朝倉彫塑館 ジネンジョ(薬膳カレー) 小倉屋(質屋) 観音寺築地塀を見て <br />2)谷中霊園(出羽海 長谷川一夫 五重塔跡 横山大観 鳩山一郎 渋沢栄一 徳川慶喜公 宮城道夫 ニコライ 川上音二郎の墓を見て) ギャラリー柏湯(1787年創業元銭湯) 愛玉子(昭和9年台湾喫茶)を通り <br />3)下町風俗資料館付設展示場(吉田屋酒店)(無料) カヤバ珈琲(昭和13年2F和室) 喜久月 谷中ヒマラヤ杉 大名時計博物館(江戸時代の時計) 赤字坂 澤ノ屋 三浦坂を歩きます。<br />4)(根津観光)<br />はん亭(串揚げ木造3階建て) 根津駅 弥生坂 根津ノ谷 異人坂 サトウハチロウー旧居跡弥生式土器発掘ユカリノ地記念碑 東大弥生門 竹久夢二記念館 おばけ階段 根津教会 根津ノ鯛焼 藍染大通り 芋甚(甘味処大正元年1912年)と坂道を歩き、 <br />5)根津神社参拝(110-113年に創建 宝永3年(1706年)に現地に鎮座した。当時の社殿が残り、重文。鳥居 表参道 神橋 神池 文豪の石 楼門 ツツジ苑唐門 手水舎 本・拝・幣殿 一本桜 西門 透塀 千本鳥居 乙女稲荷神社 駒込稲荷神社 <br />6)(千駄木観光)<br />夢境庵(ソバ) 一炉庵(和菓子 夏目漱石) 日本医大 夏目漱石旧居跡 汐見坂 だんだん坂 薮下通り 鴎外記念本郷図書館 東都六地蔵第二番(金剛仏) 団子坂と坂道を歩き回り、 <br />7)(谷中観光)<br />さんさき坂 菊見煎餅(明治8年) 菊寿堂イセ辰(千代紙)を見て<br />8)(昼食)「スシ乃池」(穴子寿司8貫2500円)(12:35-13:00)を戴きます。<br />大圓寺(美女笠森オセン碑) 全生庵 谷中小学校 ヘビ道 ヨミセ通り HAGISO(古民家カフェ) 岡倉天心史蹟記念堂 谷中銀座(肉のスズキ(昭和8年メンチカツ) 布風船(猫雑貨) 後藤の飴 花籠ノ翠屋(竹細工) 夕焼けダンダン 御殿坂を歩きます。 <br />日暮里駅13:57(JR)14:01田端で乗換、自宅に戻ります。<br />

2021年8月東京(5)谷中(霊園 各種寺院 谷中ギンザ ダンダン坂)・弥生(東大)・根津(根津神社)・千駄木(文豪の跡地 坂道)

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2021/08/06 - 2021/08/06

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愛猫シロネコ

愛猫シロネコさん

東京下町巡り第5回目として、谷根千と弥生を歩きました。
日暮里駅より谷中(霊園 各種寺社 旧吉田家酒店 ヒマラヤ杉 谷中ギンザ 夕焼けダンダン) 弥生式土器ノ碑 根津(根津神社等) 千駄木(各種坂 鴎外ノ観潮楼跡)と歩き、日暮里駅に戻ります。
(谷根千)
関東大震災や東京大空襲でも大きな被災を免れ、江戸・明治・大正・昭和の町割りと建物が残っています。
(谷中)
谷地にある寺町。1625年寛永寺創建後、近い谷中に子院が集まった。墓参りの行楽地として町屋が並びました。今でも70以上の寺が集まっています。
(根津)
根津神社の門前町で台地の谷間に発展。甲府藩主徳川綱重の屋敷が有り、その子綱豊が5代将軍綱吉の世継ぎとなり、家宣として将軍になると、その屋敷跡に根津神社を建てた。社殿新造のため職人が集まり、遊郭も誕生。明治まで存続したが東大が開設された為、遊郭は洲崎(江東区東陽)に移転。
(千駄木)
台地と低地が入り組んだ地形で武家町であった。台地には太田道灌の子孫の武家屋敷があり、低地には下級武士が住んだ。東大に近いことから、夏目漱石 森鷗外 川端康成等の文人が居を構えた。
今回の谷根千と前回の上野・お茶ノ水は予備校 学校 会社と10数年間通い慣れた所ですが、知らない事が多く楽しんで歩けました。
{旅程}
①2021年8月5日(木)
自宅(JR)8:13日暮里駅に着きます。
(谷中・根津・千駄木)所謂、谷根千を歩き回ります。
1)(谷中観光)
御殿坂 朝倉彫塑館 ジネンジョ(薬膳カレー) 小倉屋(質屋) 観音寺築地塀を見て
2)谷中霊園(出羽海 長谷川一夫 五重塔跡 横山大観 鳩山一郎 渋沢栄一 徳川慶喜公 宮城道夫 ニコライ 川上音二郎の墓を見て) ギャラリー柏湯(1787年創業元銭湯) 愛玉子(昭和9年台湾喫茶)を通り
3)下町風俗資料館付設展示場(吉田屋酒店)(無料) カヤバ珈琲(昭和13年2F和室) 喜久月 谷中ヒマラヤ杉 大名時計博物館(江戸時代の時計) 赤字坂 澤ノ屋 三浦坂を歩きます。
4)(根津観光)
はん亭(串揚げ木造3階建て) 根津駅 弥生坂 根津ノ谷 異人坂 サトウハチロウー旧居跡弥生式土器発掘ユカリノ地記念碑 東大弥生門 竹久夢二記念館 おばけ階段 根津教会 根津ノ鯛焼 藍染大通り 芋甚(甘味処大正元年1912年)と坂道を歩き、
5)根津神社参拝(110-113年に創建 宝永3年(1706年)に現地に鎮座した。当時の社殿が残り、重文。鳥居 表参道 神橋 神池 文豪の石 楼門 ツツジ苑唐門 手水舎 本・拝・幣殿 一本桜 西門 透塀 千本鳥居 乙女稲荷神社 駒込稲荷神社
6)(千駄木観光)
夢境庵(ソバ) 一炉庵(和菓子 夏目漱石) 日本医大 夏目漱石旧居跡 汐見坂 だんだん坂 薮下通り 鴎外記念本郷図書館 東都六地蔵第二番(金剛仏) 団子坂と坂道を歩き回り、
7)(谷中観光)
さんさき坂 菊見煎餅(明治8年) 菊寿堂イセ辰(千代紙)を見て
8)(昼食)「スシ乃池」(穴子寿司8貫2500円)(12:35-13:00)を戴きます。
大圓寺(美女笠森オセン碑) 全生庵 谷中小学校 ヘビ道 ヨミセ通り HAGISO(古民家カフェ) 岡倉天心史蹟記念堂 谷中銀座(肉のスズキ(昭和8年メンチカツ) 布風船(猫雑貨) 後藤の飴 花籠ノ翠屋(竹細工) 夕焼けダンダン 御殿坂を歩きます。
日暮里駅13:57(JR)14:01田端で乗換、自宅に戻ります。

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 日暮里駅で下車します。谷根千を歩き、再び、西日暮里駅に戻ってきます。

    日暮里駅で下車します。谷根千を歩き、再び、西日暮里駅に戻ってきます。

  • 日暮里駅

    日暮里駅

    日暮里駅

  • 台東区立朝倉彫塑館

    台東区立朝倉彫塑館

    台東区立朝倉彫塑館 美術館・博物館

  • 朝倉彫塑館前の薬膳カレー「じねんじょ」

    朝倉彫塑館前の薬膳カレー「じねんじょ」

  • 常在寺(谷中はお寺が70以上あります。)

    常在寺(谷中はお寺が70以上あります。)

  • すぺーす小倉屋(江戸末期に建造された建物で昭和15年まで質屋さんでした。今はギャラリーです。)

    すぺーす小倉屋(江戸末期に建造された建物で昭和15年まで質屋さんでした。今はギャラリーです。)

  • 赤塚べっ甲店

    赤塚べっ甲店

  • 観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

    観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

  • 観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

    観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

  • 観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

    観音寺の築地塀(上野戦争の弾痕跡が残るといわれています。)

  • 都立谷中霊園(大きな木々が多く、墓地というより公園の感じです。涼しさもあります。)初めは谷中天王寺の敷地でしたが、東京都が引き継いでいます。今も、寛永寺や天王寺の墓地とが入り組んでいます。)

    都立谷中霊園(大きな木々が多く、墓地というより公園の感じです。涼しさもあります。)初めは谷中天王寺の敷地でしたが、東京都が引き継いでいます。今も、寛永寺や天王寺の墓地とが入り組んでいます。)

  • 都立谷中霊園(大きな木々が多く、墓地というより公園の感じです。涼しさもあります。)初めは谷中天王寺の敷地でしたが、東京都が引き継いでいます。今も、寛永寺や天王寺の墓地とが入り組んでいます。)

    都立谷中霊園(大きな木々が多く、墓地というより公園の感じです。涼しさもあります。)初めは谷中天王寺の敷地でしたが、東京都が引き継いでいます。今も、寛永寺や天王寺の墓地とが入り組んでいます。)

  • 第19代横綱「出羽海」(常陸山)墓

    第19代横綱「出羽海」(常陸山)墓

  • 長谷川一夫家墓所(昔の有名な俳優)

    長谷川一夫家墓所(昔の有名な俳優)

  • 長谷川一夫家墓所(昔の有名な俳優)

    長谷川一夫家墓所(昔の有名な俳優)

  • 天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

    天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

  • 天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

    天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

  • 天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

    天王寺五重塔跡(昭和32年、放火で焼失 谷中のシンボルでした。礎石が残ります。)

  • 鳩山一郎墓所(首相)

    鳩山一郎墓所(首相)

  • 鳩山威一郎墓所(鳩山由紀夫の父 鳩山一郎の子供)

    鳩山威一郎墓所(鳩山由紀夫の父 鳩山一郎の子供)

  • 横山大観墓所(日本画家)

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  • 立派な墓がありました。(禊教教祖)

    立派な墓がありました。(禊教教祖)

  • 立派な墓がありました。(禊教教祖)

    立派な墓がありました。(禊教教祖)

  • 立体埋蔵施設(第2区)(集団墓地です。)

    立体埋蔵施設(第2区)(集団墓地です。)

  • 渋沢家墓所

    渋沢家墓所

  • 渋沢栄一墓所(今年のブームの日本経済を作った明治時代の実業家)

    渋沢栄一墓所(今年のブームの日本経済を作った明治時代の実業家)

    渋沢栄一墓所 名所・史跡

  • 渋沢栄一墓所(今年のブームの日本経済を作った明治時代の実業家)

    渋沢栄一墓所(今年のブームの日本経済を作った明治時代の実業家)

  • 渋沢栄一墓所前の大きな木

    渋沢栄一墓所前の大きな木

  • 渋沢家墓所

    渋沢家墓所

  • 徳川慶喜公墓所(NHK大河ドラマの渋沢栄一との2人がこんな近くに墓所があるとは思いませんでした。)<br />

    徳川慶喜公墓所(NHK大河ドラマの渋沢栄一との2人がこんな近くに墓所があるとは思いませんでした。)

  • 徳川慶喜公墓所(大正2年に77歳で亡くなりました。)

    徳川慶喜公墓所(大正2年に77歳で亡くなりました。)

  • 徳川慶喜公墓所全景(3つの円墳があり、右が徳川美賀子墓所 中央が慶喜公 左端にもう一つの円墳があります。)

    徳川慶喜公墓所全景(3つの円墳があり、右が徳川美賀子墓所 中央が慶喜公 左端にもう一つの円墳があります。)

  • 真ん中の徳川慶喜公墓所

    真ん中の徳川慶喜公墓所

  • 徳川慶喜公墓所全景(入口)

    徳川慶喜公墓所全景(入口)

    徳川慶喜の墓 名所・史跡

  • 宮城道雄墓所(箏曲家で「春の海」の作曲家)

    宮城道雄墓所(箏曲家で「春の海」の作曲家)

  • 宮城道雄墓所(箏曲家で「春の海」の作曲家)

    宮城道雄墓所(箏曲家で「春の海」の作曲家)

  • ニコライ墓所(日本正教会創建者)<br />

    ニコライ墓所(日本正教会創建者)

  • ニコライ墓所(日本正教会創建者)

    ニコライ墓所(日本正教会創建者)

  • 川上音二郎碑(新派俳優 墓は博多にあります。)

    川上音二郎碑(新派俳優 墓は博多にあります。)

  • 川上音二郎碑(新派俳優 墓は博多にあります。)

    川上音二郎碑(新派俳優 墓は博多にあります。)

  • 谷中霊園内には何種類かの竹垣が点在しています。(竹垣の形式は様々です。その一つの「光悦垣」京都の光悦寺にあるものを基本とする透かし垣)

    谷中霊園内には何種類かの竹垣が点在しています。(竹垣の形式は様々です。その一つの「光悦垣」京都の光悦寺にあるものを基本とする透かし垣)

  • 谷中霊園内には何種類かの竹垣が点在しています。(竹垣の形式は様々です。その一つの「光悦垣」京都の光悦寺にあるものを基本とする透かし垣)

    谷中霊園内には何種類かの竹垣が点在しています。(竹垣の形式は様々です。その一つの「光悦垣」京都の光悦寺にあるものを基本とする透かし垣)

  • 谷中霊園案内図

    谷中霊園案内図

  • 谷中霊園竹垣マップ

    谷中霊園竹垣マップ

  • 谷中霊園管理所(墓所の地図があります。)

    谷中霊園管理所(墓所の地図があります。)

  • 元銭湯「柏湯」(今はギャラリーとなっています。)(江戸末期建造)修理中

    元銭湯「柏湯」(今はギャラリーとなっています。)(江戸末期建造)修理中

  • 台湾喫茶「愛玉子」(愛玉子はクワ科の植物でデザートにします。)

    台湾喫茶「愛玉子」(愛玉子はクワ科の植物でデザートにします。)

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

    下町風俗資料館付設展示場旧吉田屋酒店 美術館・博物館

  • かやば珈琲(1900年代始めに建築 2Fは和室になっています。)

    かやば珈琲(1900年代始めに建築 2Fは和室になっています。)

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)明治43年建造をここに移築

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)(樽 徳利 さお秤等を展示)

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)(樽 徳利 さお秤等を展示)

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)昔のポスターや看板 2Fは主として住み込み店員の部屋

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)昔のポスターや看板 2Fは主として住み込み店員の部屋

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)帳場

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)帳場

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)天井

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)天井

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)軒下に桁が張り出しています。(出桁造り)

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)軒下に桁が張り出しています。(出桁造り)

  • 台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)玄関の戸が揚げ戸になっています。

    台東区立下町風俗資料館付設展示場(旧吉田屋酒店)玄関の戸が揚げ戸になっています。

  • 喜久月(和菓子屋店)

    喜久月(和菓子屋店)

  • 変わったマンション?

    変わったマンション?

  • 谷中富士(説明)

    谷中富士(説明)

  • 谷中富士

    谷中富士

  • 妙行寺

    妙行寺

  • 谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木(令和元年10月の台風で倒れ、枝を大幅にカットされました。)

    谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木(令和元年10月の台風で倒れ、枝を大幅にカットされました。)

    谷中 ヒマラヤ杉 自然・景勝地

  • 隣のみかどパン

    隣のみかどパン

  • 谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木(令和元年10月の台風で倒れ、枝を大幅にカットされました。)とみかどパン

    谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木(令和元年10月の台風で倒れ、枝を大幅にカットされました。)とみかどパン

  • 延寿寺日荷堂(狭い道に沢山の寺院がありますが、各宗派のお寺がまとまって建てられています。)

    延寿寺日荷堂(狭い道に沢山の寺院がありますが、各宗派のお寺がまとまって建てられています。)

  • 蓮華寺(狭い道に沢山の寺院がありますが、各宗派のお寺がまとまって建てられています。)

    蓮華寺(狭い道に沢山の寺院がありますが、各宗派のお寺がまとまって建てられています。)

  • みかどパンと谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木

    みかどパンと谷中のシンボルのヒマラヤ杉の巨木

  • 大名時計博物館(江戸時代に大名お抱えの時計師が作った時計の展示館です。)7-9月は休館中でした。

    大名時計博物館(江戸時代に大名お抱えの時計師が作った時計の展示館です。)7-9月は休館中でした。

  • 大名時計博物館(江戸時代に大名お抱えの時計師が作った時計の展示館です。)

    大名時計博物館(江戸時代に大名お抱えの時計師が作った時計の展示館です。)

  • 赤字坂(名の由来は以前、ここに銀行の頭取が住んでおり、世界大恐慌の時に、銀行が倒産し大赤字になったという事から付けられた。)

    赤字坂(名の由来は以前、ここに銀行の頭取が住んでおり、世界大恐慌の時に、銀行が倒産し大赤字になったという事から付けられた。)

  • 地蔵堂 

    地蔵堂 

  • 旅館「澤の屋」(昭和24年創業の大正ロマン風の宿で外国人に人気があります。部屋数は12で和室のみ 露天風呂などもあります。) 

    旅館「澤の屋」(昭和24年創業の大正ロマン風の宿で外国人に人気があります。部屋数は12で和室のみ 露天風呂などもあります。) 

  • 旅館「澤の屋」(昭和24年創業の大正ロマン風の宿で外国人に人気があります。部屋数は12で和室のみ 露天風呂などもあります。) 

    旅館「澤の屋」(昭和24年創業の大正ロマン風の宿で外国人に人気があります。部屋数は12で和室のみ 露天風呂などもあります。) 

  • 鳥のいるカフェ(鳥と触れ合えるそうです。) <br />

    鳥のいるカフェ(鳥と触れ合えるそうです。) 

  • 三浦坂(説明) 

    三浦坂(説明) 

  • 三浦坂(三浦家下屋敷前の坂道) 

    三浦坂(三浦家下屋敷前の坂道) 

  • 根津のパン

    根津のパン

  • はん亭(串揚げ専門店)

    はん亭(串揚げ専門店)

  • はん亭(串揚げ専門店)大正6年建造の木造3階建の元下駄の爪皮屋。 明治43年に建てられた蔵が内蔵されています。(根津の名物店で何回か食べて美味しかったです。) 

    はん亭(串揚げ専門店)大正6年建造の木造3階建の元下駄の爪皮屋。 明治43年に建てられた蔵が内蔵されています。(根津の名物店で何回か食べて美味しかったです。) 

    はん亭 根津本店 グルメ・レストラン

  • はん亭(串揚げ専門店)大正6年建造の木造3階建の元下駄の爪皮屋。 明治43年に建てられた蔵が内蔵されています。(根津の名物店で何回か食べて美味しかったです。)

    はん亭(串揚げ専門店)大正6年建造の木造3階建の元下駄の爪皮屋。 明治43年に建てられた蔵が内蔵されています。(根津の名物店で何回か食べて美味しかったです。)

  • はん亭(串揚げ専門店)3F

    はん亭(串揚げ専門店)3F

  • 左右の不忍通り 上下に言問通りで左上に弥生坂(鉄砲坂とも言い、江戸時代、幕府の射撃場がありました。)があります。

    左右の不忍通り 上下に言問通りで左上に弥生坂(鉄砲坂とも言い、江戸時代、幕府の射撃場がありました。)があります。

  • 根津の谷(玄米菜食のお店です。)

    根津の谷(玄米菜食のお店です。)

  • 異人坂(この坂の上に東大の外国人教師の宿舎があったそうです。)

    異人坂(この坂の上に東大の外国人教師の宿舎があったそうです。)

  • 異人坂(説明)この坂の上に東大の外国人教師の宿舎があったそうです。

    異人坂(説明)この坂の上に東大の外国人教師の宿舎があったそうです。

  • サトウハチロー旧居跡(岩手県に移築)

    サトウハチロー旧居跡(岩手県に移築)

  • 弥生式土器発掘ゆかりの地記念碑(1884年(明治17年)3月4日 向ヶ岡貝塚で貝や縄文土器がと共にほぼ完成形の赤焼の壺が出土しました。それが、弥生式土器でした。実際は東大浅野キャンパス構内にありますが、都市化の中ではっきりしなくなりました。) 

    弥生式土器発掘ゆかりの地記念碑(1884年(明治17年)3月4日 向ヶ岡貝塚で貝や縄文土器がと共にほぼ完成形の赤焼の壺が出土しました。それが、弥生式土器でした。実際は東大浅野キャンパス構内にありますが、都市化の中ではっきりしなくなりました。) 

  • 東大弥生門

    東大弥生門

  • 弥生美術館・竹久夢二美術館<br />

    弥生美術館・竹久夢二美術館

    竹久夢二美術館 美術館・博物館

  • 弥生美術館・竹久夢二美術館

    弥生美術館・竹久夢二美術館

  • 立原道造記念館

    立原道造記念館

  • 弥生式土器発掘ゆかりの地記念碑(1884年(明治17年)3月4日 向井ヶ岡貝塚で貝や縄文土器が都ともにほぼ完成形の赤焼の壺が出土しました。それが、弥生式土器でした。実際は東大浅野キャンパス構内にありますが、都市化の中ではっきりしなくなりました。)

    弥生式土器発掘ゆかりの地記念碑(1884年(明治17年)3月4日 向井ヶ岡貝塚で貝や縄文土器が都ともにほぼ完成形の赤焼の壺が出土しました。それが、弥生式土器でした。実際は東大浅野キャンパス構内にありますが、都市化の中ではっきりしなくなりました。)

    弥生貝塚 名所・史跡

  • おばけ階段(上から)登り・下りで段数が違うので「おばけ」と呼ばれています。中間に踊り場があるので違うそうです。又、下る時に話をするとお化けが出てくるそうです。) 

    おばけ階段(上から)登り・下りで段数が違うので「おばけ」と呼ばれています。中間に踊り場があるので違うそうです。又、下る時に話をするとお化けが出てくるそうです。) 

  • おばけ階段(下から)登り・下りで段数が違うので「おばけ」と呼ばれています。中間に踊り場があるので違うそうです。又、下る時に話をするとお化けが出てくるそうです。) 

    おばけ階段(下から)登り・下りで段数が違うので「おばけ」と呼ばれています。中間に踊り場があるので違うそうです。又、下る時に話をするとお化けが出てくるそうです。) 

  • 根津教会(大正8年竣工の礼拝堂) 

    根津教会(大正8年竣工の礼拝堂) 

  • 藍染大通り 

    藍染大通り 

  • 芋甚(甘味処)大正元年創業であんみつが有名 

    芋甚(甘味処)大正元年創業であんみつが有名 

  • 根津のたいやき((根津の有名店)1個210円で買いました。 

    根津のたいやき((根津の有名店)1個210円で買いました。 

  • 根津神社近くの古い建物です。 

    根津神社近くの古い建物です。 

  • 根津遊郭跡の看板(杉本染物舗の横にあります。)社殿新造のため職人が集まり、遊郭も誕生。明治まで存続したが東大が開設された為、遊郭は洲崎(江東区東陽)に移転しました。  

    根津遊郭跡の看板(杉本染物舗の横にあります。)社殿新造のため職人が集まり、遊郭も誕生。明治まで存続したが東大が開設された為、遊郭は洲崎(江東区東陽)に移転しました。  

  • 根津神社前の杉本染物舗 

    根津神社前の杉本染物舗 

  • 根津神社(表参道口)(景行天皇(110-113年)の時、日本武尊の東征中に創建されたと伝えられています。現地には宝永3年(1706年)鎮座しました。ここは甲府藩主徳川綱重公の屋敷でその子は5代将軍綱吉の継子となり6代将軍家斉となった為、ここに1706年、根津神社を造りました。<br />例大祭は毎年9月で江戸三大祭りの一つです。 

    根津神社(表参道口)(景行天皇(110-113年)の時、日本武尊の東征中に創建されたと伝えられています。現地には宝永3年(1706年)鎮座しました。ここは甲府藩主徳川綱重公の屋敷でその子は5代将軍綱吉の継子となり6代将軍家斉となった為、ここに1706年、根津神社を造りました。
    例大祭は毎年9月で江戸三大祭りの一つです。 

    根津神社 寺・神社・教会

  • 根津神社(境内図)(景行天皇(110-113年)の時、日本武尊の東征中に創建されたと伝えられています。現地には宝永3年(1706年)鎮座しました。ここは甲府藩主徳川綱重公の屋敷でその子は5代将軍綱吉の継子となり6代将軍家斉となった為、ここに1706年、根津神社を造りました。<br />例大祭は毎年9月で江戸三大祭りの一つです。 

    根津神社(境内図)(景行天皇(110-113年)の時、日本武尊の東征中に創建されたと伝えられています。現地には宝永3年(1706年)鎮座しました。ここは甲府藩主徳川綱重公の屋敷でその子は5代将軍綱吉の継子となり6代将軍家斉となった為、ここに1706年、根津神社を造りました。
    例大祭は毎年9月で江戸三大祭りの一つです。 

  • 根津神社は江戸時代(1706年)に建立されたこれらの社殿が関東大震災や戦争で焼けずに残り、重文になりました。都内でこれだけの社殿が残ったのは珍しいそうです。) 

    根津神社は江戸時代(1706年)に建立されたこれらの社殿が関東大震災や戦争で焼けずに残り、重文になりました。都内でこれだけの社殿が残ったのは珍しいそうです。) 

  • 手前が神橋 奥が楼門 

    手前が神橋 奥が楼門 

  • 神橋 

    神橋 

  • 神池(江戸時代には弁財天があった。) 

    神池(江戸時代には弁財天があった。) 

  • 神池の亀 

    神池の亀 

  • 楼門(重文)都内で最古の楼門です。(1706年) 

    楼門(重文)都内で最古の楼門です。(1706年) 

  • 楼門右側の隋神像は水戸光圀公のモデルといわれています。 

    楼門右側の隋神像は水戸光圀公のモデルといわれています。 

  • 楼門 

    楼門 

  • 楼門を後ろより見ます。 

    楼門を後ろより見ます。 

  • 文豪の石(森鴎外等の文豪がこの石に座って思索にふけりました。)  

    文豪の石(森鴎外等の文豪がこの石に座って思索にふけりました。)  

  • 文豪の石に座って、先程買ったたい焼きを戴きました。  

    文豪の石に座って、先程買ったたい焼きを戴きました。  

  • 「鴎外の石」明治39年、森鴎外が奉納した砲弾台座ですが今は水飲み場の石となっています。 

    「鴎外の石」明治39年、森鴎外が奉納した砲弾台座ですが今は水飲み場の石となっています。 

  • つつじ苑(GWの時は綺麗です。) 

    つつじ苑(GWの時は綺麗です。) 

  • つつじ苑(GWの時は綺麗です。) 

    つつじ苑(GWの時は綺麗です。) 

  • 舞殿 

    舞殿 

  • 手水舎(屋根は木造の当時の物です。) 

    手水舎(屋根は木造の当時の物です。) 

  • 唐門(重文) 

    唐門(重文) 

  • 唐門の彫刻 

    唐門の彫刻 

  • 唐門(後ろ) 

    唐門(後ろ) 

  • 拝殿(拝殿と後ろの本殿が一体となった権現造りです。幣殿も連結されています。) 

    拝殿(拝殿と後ろの本殿が一体となった権現造りです。幣殿も連結されています。) 

  • 拝殿 

    拝殿 

  • 拝殿の屋根 

    拝殿の屋根 

  • 拝殿 

    拝殿 

  • カヤの木(白ヘビが住んでいたそうで、パワースポットで願掛けとなっています。) 

    カヤの木(白ヘビが住んでいたそうで、パワースポットで願掛けとなっています。) 

  • 一本桜 

    一本桜 

  • 西門と200mの透塀(今は漆の塗り換えです。) <br />

    西門と200mの透塀(今は漆の塗り換えです。) 

  • 乙女稲荷神社に通じる千本鳥居  

    乙女稲荷神社に通じる千本鳥居  

  • 乙女稲荷神社に通じる千本鳥居  

    乙女稲荷神社に通じる千本鳥居  

  • 乙女稲荷神社(女の厄年の19歳で参拝します。江戸時代までは穴稲荷と言われ背後に穴があります。) 

    乙女稲荷神社(女の厄年の19歳で参拝します。江戸時代までは穴稲荷と言われ背後に穴があります。) 

  • 乙女稲荷神社(女の厄年の19歳で参拝します。江戸時代までは穴稲荷と言われ背後に穴があります。)穴です。 

    乙女稲荷神社(女の厄年の19歳で参拝します。江戸時代までは穴稲荷と言われ背後に穴があります。)穴です。 

  • 乙女稲荷神社より見た右は拝殿 左は本です。手前は透かし塀 

    乙女稲荷神社より見た右は拝殿 左は本です。手前は透かし塀 

  • 乙女稲荷神社より見た境内 

    乙女稲荷神社より見た境内 

  • 徳川家宣胞衣(えな)塚(胞衣とは胎児を包んだ膜と胎盤) 

    徳川家宣胞衣(えな)塚(胞衣とは胎児を包んだ膜と胎盤) 

  • 徳川家宣胞衣(えな)塚(胞衣とは胎児を包んだ膜と胎盤) 

    徳川家宣胞衣(えな)塚(胞衣とは胎児を包んだ膜と胎盤) 

  • 庚申塔(説明) 

    庚申塔(説明) 

  • 6面の庚申塔 

    6面の庚申塔 

  • 塞の大神碑(説明) 

    塞の大神碑(説明) 

  • 塞の大神碑 

    塞の大神碑 

  • 駒込稲荷神社(説明)甲州藩主徳川綱重の邸内社 

    駒込稲荷神社(説明)甲州藩主徳川綱重の邸内社 

  • 駒込稲荷神社(本社)甲州藩主徳川綱重の邸内社 

    駒込稲荷神社(本社)甲州藩主徳川綱重の邸内社 

  • 駒込稲荷神社前の稲荷像 

    駒込稲荷神社前の稲荷像 

  • 根津神社西口門 

    根津神社西口門 

  • 日本医科大学付属病院  <br />

    日本医科大学付属病院  

  • 夢境庵(そば屋でしたが、今は喫茶店になっています。名前は北大路魯山人の茶室の名より取られています。)  

    夢境庵(そば屋でしたが、今は喫茶店になっています。名前は北大路魯山人の茶室の名より取られています。)  

  • 夢境庵(そば屋でしたが、今は喫茶店になっています。名前は北大路魯山人の茶室の名より取られています。) 

    夢境庵(そば屋でしたが、今は喫茶店になっています。名前は北大路魯山人の茶室の名より取られています。) 

  • 一炉庵(和菓子司)夏目漱石も通ったという名店 

    一炉庵(和菓子司)夏目漱石も通ったという名店 

  • 夏目漱石旧居跡(説明) 

    夏目漱石旧居跡(説明) 

  • 夏目漱石旧居跡(説明) 

    夏目漱石旧居跡(説明) 

  • 夏目漱石旧居跡(塀の上の猫ちゃん「吾輩は猫である」) 

    夏目漱石旧居跡(塀の上の猫ちゃん「吾輩は猫である」) 

  • 千駄木は沢山の坂があります。 

    千駄木は沢山の坂があります。 

  • 汐見坂

    汐見坂

  • この辺りは太田道灌の子孫の屋敷があり、石垣などの風情があり、海食崖となっています。

    この辺りは太田道灌の子孫の屋敷があり、石垣などの風情があり、海食崖となっています。

  • この辺りは太田道灌の子孫の屋敷があり、石垣などの風情があり、海食崖となっています。

    この辺りは太田道灌の子孫の屋敷があり、石垣などの風情があり、海食崖となっています。

  • だんだん坂

    だんだん坂

  • 薮下通り(説明)

    薮下通り(説明)

  • しろへび坂(遠くにスカイツリーが見えます。) 

    しろへび坂(遠くにスカイツリーが見えます。) 

  • しろへび坂(遠くにスカイツリーが見えます。)

    しろへび坂(遠くにスカイツリーが見えます。)

  • 森鷗外記念本郷図書館(森鴎外が明治30年、30歳の時に家を建て亡くなるまでの30年間、ここで暮らしました。当時2Fの自宅より海が見え「観潮楼」と名付けられた。)

    森鷗外記念本郷図書館(森鴎外が明治30年、30歳の時に家を建て亡くなるまでの30年間、ここで暮らしました。当時2Fの自宅より海が見え「観潮楼」と名付けられた。)

  • 森鷗外記念本郷図書館(森鴎外が明治30年、30歳の時に家を建て亡くなるまでの30年間、ここで暮らしました。当時2Fの自宅より海が見え「観潮楼」と名付けられた。)

    森鷗外記念本郷図書館(森鴎外が明治30年、30歳の時に家を建て亡くなるまでの30年間、ここで暮らしました。当時2Fの自宅より海が見え「観潮楼」と名付けられた。)

    文京区立森鴎外記念館 美術館・博物館

  • 観潮楼跡(説明)

    観潮楼跡(説明)

  • 当時の門柱跡と敷石

    当時の門柱跡と敷石

  • 森鴎外当時の大イチョウ

    森鴎外当時の大イチョウ

  • 当時の3人冗語の石

    当時の3人冗語の石

  • 東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

    東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

  • 東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

    東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

    東都六地蔵第二番 名所・史跡

  • 東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

    東都六地蔵第2番の地蔵菩薩立像(元禄4年(1691年)江戸の六カ所に安置されましたが、この像を含む2体しかありません。)

  • 団子坂(上より)昔、坂の下に団子屋さんがあったので付けられた。

    団子坂(上より)昔、坂の下に団子屋さんがあったので付けられた。

  • 菊見せんべい総本店(菊人形の見物客の土産として、明治8年に創業)

    菊見せんべい総本店(菊人形の見物客の土産として、明治8年に創業)

  • 菊寿堂 いせ辰 谷中本店(千代紙)元治元年(1864年創業)

    菊寿堂 いせ辰 谷中本店(千代紙)元治元年(1864年創業)

  • すし乃池(寿司屋)ここで昼食を戴きました。(12:35-13:00)

    すし乃池(寿司屋)ここで昼食を戴きました。(12:35-13:00)

    乃池 グルメ・レストラン

  • すし乃池(寿司屋)メニュー

    すし乃池(寿司屋)メニュー

  • すし乃池(寿司屋)(名物の名代穴子寿司8貫でとろけるような感じで美味しかったです。2500円)

    すし乃池(寿司屋)(名物の名代穴子寿司8貫でとろけるような感じで美味しかったです。2500円)

  • すし乃池(寿司屋)(店内)

    すし乃池(寿司屋)(店内)

  • 谷中小学校(入母屋造りで瓦屋根です。左に大名時計のモニュメントがあります。)

    谷中小学校(入母屋造りで瓦屋根です。左に大名時計のモニュメントがあります。)

  • さんさき坂(三崎坂)(別名「首振り坂」首を振る僧侶がいました。)

    さんさき坂(三崎坂)(別名「首振り坂」首を振る僧侶がいました。)

  • 笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑(おせんは晴信の錦絵で江戸一番の美女といわれた。)

    笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑(おせんは晴信の錦絵で江戸一番の美女といわれた。)

  • 笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑のある大圓寺

    笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑のある大圓寺

  • 笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑

    笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑

  • 笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑

    笠森おせんと浮世絵師鈴木晴信の碑

  • 全生庵内の山岡鉄舟の墓(説明)

    全生庵内の山岡鉄舟の墓(説明)

  • 全生庵(山岡鉄舟の墓と三遊亭円朝の墓があります。)

    全生庵(山岡鉄舟の墓と三遊亭円朝の墓があります。)

  • 全生庵(本堂)山岡鉄舟の墓と三遊亭円朝の墓があります。

    全生庵(本堂)山岡鉄舟の墓と三遊亭円朝の墓があります。

  • 全生庵(三遊亭円朝の碑と鐘楼)

    全生庵(三遊亭円朝の碑と鐘楼)

  • 左は谷中堂(招き猫等の猫グッズのお店) 右はカフェ「猫衛門」

    左は谷中堂(招き猫等の猫グッズのお店) 右はカフェ「猫衛門」

  • 谷中堂(招き猫)にいる猫

    谷中堂(招き猫)にいる猫

  • へび道(旧藍染川で道がくねくねしています。)

    へび道(旧藍染川で道がくねくねしています。)

  • よみせ通り入口(左は大澤べっ甲店 右は大島屋(そば))

    よみせ通り入口(左は大澤べっ甲店 右は大島屋(そば))

  • よみせ通り(左にCIBI(カフェと雑貨の店)<br />

    よみせ通り(左にCIBI(カフェと雑貨の店)

  • よみせ通り

    よみせ通り

  • hanare(「HAGISO」の宿泊棟です。外国からの観光客に人気があります。今はどうなっているのでしょうか?)

    hanare(「HAGISO」の宿泊棟です。外国からの観光客に人気があります。今はどうなっているのでしょうか?)

  • 「HAGISO」(昭和30年築の木造アパート「萩荘」を芸大の建築家の宮崎晃吉がリノベーションし、今はカフェとギャラリーになっています。)

    「HAGISO」(昭和30年築の木造アパート「萩荘」を芸大の建築家の宮崎晃吉がリノベーションし、今はカフェとギャラリーになっています。)

  • 岡倉天心公園内の岡倉天心宅跡(説明)

    岡倉天心公園内の岡倉天心宅跡(説明)

  • 岡倉天心公園内の六角堂

    岡倉天心公園内の六角堂

  • 岡倉天心公園内の六角堂の内部の岡倉天心像

    岡倉天心公園内の六角堂の内部の岡倉天心像

  • 谷中ぎんざ(1950年代よりの昔ながらの商店街 170mに60ものお店があります。)

    谷中ぎんざ(1950年代よりの昔ながらの商店街 170mに60ものお店があります。)

  • 谷中ぎんざを歩きます。人気の「ひみつ堂」(かき氷店で暑い中、沢山の人が並んでいました。)

    谷中ぎんざを歩きます。人気の「ひみつ堂」(かき氷店で暑い中、沢山の人が並んでいました。)

  • 翠屋(竹細工工芸品)

    翠屋(竹細工工芸品)

  • 後藤の飴

    後藤の飴

  • 布風船(猫雑貨)

    布風船(猫雑貨)

  • 肉のすずき(昭和8年創業)

    肉のすずき(昭和8年創業)

    肉のすずき グルメ・レストラン

  • 肉のすずきの牛肉100パーセントの「メンチカツ」(250円)を戴きます。ジューシーでした。

    肉のすずきの牛肉100パーセントの「メンチカツ」(250円)を戴きます。ジューシーでした。

  • ザクロらんぷ家(トルコランプ専門店) 

    ザクロらんぷ家(トルコランプ専門店) 

  • 満満堂(自家焙煎珈琲)

    満満堂(自家焙煎珈琲)

  • 満満堂(自家焙煎珈琲)(ルワンダ マラウィ 東ティモール等、最近 訪れた所の珈琲です。機会があれば、又、来ます。)

    満満堂(自家焙煎珈琲)(ルワンダ マラウィ 東ティモール等、最近 訪れた所の珈琲です。機会があれば、又、来ます。)

  • R「ザクロ」イラン・トルコ・ウズベキスタン料理の店(食べたいです。)

    R「ザクロ」イラン・トルコ・ウズベキスタン料理の店(食べたいです。)

  • 谷中ぎんざ(後ろに「夕やけだんだん」)

    谷中ぎんざ(後ろに「夕やけだんだん」)

  • 有名な「夕やけだんだん」

    有名な「夕やけだんだん」

  • 有名な「夕やけだんだん」(本物の猫は見られませんでした。)

    有名な「夕やけだんだん」(本物の猫は見られませんでした。)

  • 有名な「夕やけだんだん」

    有名な「夕やけだんだん」

  • 「夕やけだんだん」よりの谷中ぎんざ

    「夕やけだんだん」よりの谷中ぎんざ

    夕やけだんだん 名所・史跡

  • 「夕やけだんだん」よりの谷中ぎんざ

    「夕やけだんだん」よりの谷中ぎんざ

  • 御殿坂(左は本行寺 右に日暮里駅)

    御殿坂(左は本行寺 右に日暮里駅)

  • 朝、降りた日暮里駅に戻って来ました。

    朝、降りた日暮里駅に戻って来ました。

    日暮里駅

  • 田端駅で乗り換え、自宅に帰ります。

    田端駅で乗り換え、自宅に帰ります。

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