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短い記録である。<br />福岡市の中心部にはさまざまな史跡が残っている。梅雨の晴れ間に地下鉄西新駅の周辺にある元寇の遺跡を訪れた。<br />(2021.06.11作成開始)

福岡市中心部の史跡を歩く~元寇防塁~

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2021/06/10 - 2021/06/10

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旅行記グループ 令和3年の国内逍遥記

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短い記録である。
福岡市の中心部にはさまざまな史跡が残っている。梅雨の晴れ間に地下鉄西新駅の周辺にある元寇の遺跡を訪れた。
(2021.06.11作成開始)

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  • 令和3年6月上旬。梅雨の晴れ間で気温もかなり高い。午前10時頃、福岡市営地下鉄空港線の西新(にしじん)駅で下車。

    令和3年6月上旬。梅雨の晴れ間で気温もかなり高い。午前10時頃、福岡市営地下鉄空港線の西新(にしじん)駅で下車。

    西新駅

  • 地上に出て県立修猷館(しゅうゆうかん)高校の東側の道を北へ歩いて行く。

    地上に出て県立修猷館(しゅうゆうかん)高校の東側の道を北へ歩いて行く。

  • この道は地元では「サザエさん通り」として知られている。

    この道は地元では「サザエさん通り」として知られている。

    サザエさん通り 名所・史跡

  • 修猷館高校の北側にある西南学院大学のキャンパス。この角を左に曲がり高校の敷地の北側を歩いて行く。

    修猷館高校の北側にある西南学院大学のキャンパス。この角を左に曲がり高校の敷地の北側を歩いて行く。

  • 写真は西南学院大学1号館の北側の入口。かなり大きな建物である。<br />最初に、この建物の中にある元寇防塁遺跡を訪れる。

    写真は西南学院大学1号館の北側の入口。かなり大きな建物である。
    最初に、この建物の中にある元寇防塁遺跡を訪れる。

  • 建物の南側入口にある案内表示。

    建物の南側入口にある案内表示。

  • 南北どちらの入口から入っても一段高い場所がホールになっている。ここは2階である。

    南北どちらの入口から入っても一段高い場所がホールになっている。ここは2階である。

  • ホールの奥に目をやるとガラスの奥が中庭(ライトコート)になっている。その1階の高さに復元された元寇防塁遺跡がある。

    ホールの奥に目をやるとガラスの奥が中庭(ライトコート)になっている。その1階の高さに復元された元寇防塁遺跡がある。

    元寇防塁遺跡 (西南学院大学 第1号館ライトコート)  名所・史跡

  • ライトコートを見下ろす二階は四方がガラス張りになっている。いろいろな角度から元寇防塁遺跡を見ることができる。

    ライトコートを見下ろす二階は四方がガラス張りになっている。いろいろな角度から元寇防塁遺跡を見ることができる。

  • 壁には解説板が貼られている。ほぼ同じ内容のリーフレットも来訪者のために用意されている。

    壁には解説板が貼られている。ほぼ同じ内容のリーフレットも来訪者のために用意されている。

  • 案内に従ってエレベーターで1階へ下りる。

    案内に従ってエレベーターで1階へ下りる。

  • 1階に2箇所あるライトコートへの出入口。

    1階に2箇所あるライトコートへの出入口。

  • 間近に見ると迫力がある。<br />写真は両面に石を積んだ堅固な防塁。高さ2.4m。<br />同様の防塁の遺構はこの建物の西側でも屋外で保存されている(この後で訪れる)。

    間近に見ると迫力がある。
    写真は両面に石を積んだ堅固な防塁。高さ2.4m。
    同様の防塁の遺構はこの建物の西側でも屋外で保存されている(この後で訪れる)。

  • 前の写真の土塁から約1mの間隔をおいて南側に、粘土と砂を積み重ねた土塁の遺構が西南学院大学の第1号館の新築にあたって1999年発見された。このタイプの土塁の遺構が発見されたのは初めてであった。<br />復元された土塁の高さは1.3m。

    前の写真の土塁から約1mの間隔をおいて南側に、粘土と砂を積み重ねた土塁の遺構が西南学院大学の第1号館の新築にあたって1999年発見された。このタイプの土塁の遺構が発見されたのは初めてであった。
    復元された土塁の高さは1.3m。

  • 発見された二種類の土塁の遺構は現在は1号館の南側の地下にある。粘土と砂を積み重ねた土塁の遺構の貴重な発見を生かすため、遺構の約12m北東に移築・復元された。2001年から一般に公開されている。

    発見された二種類の土塁の遺構は現在は1号館の南側の地下にある。粘土と砂を積み重ねた土塁の遺構の貴重な発見を生かすため、遺構の約12m北東に移築・復元された。2001年から一般に公開されている。

  • 西南学院大学1号館の南側の道路を西へ向かう。

    西南学院大学1号館の南側の道路を西へ向かう。

  • 大学の体育館の南側が東西方向に細長く緑地になっている。<br />その一番東側に元寇神社と表示されたコンクリート製の小さな祠が設置されている。いわれはよく分からない。

    大学の体育館の南側が東西方向に細長く緑地になっている。
    その一番東側に元寇神社と表示されたコンクリート製の小さな祠が設置されている。いわれはよく分からない。

  • その左手に立つ「史跡 元寇防塁」の碑。碑の側面には昭和6年10月建設と刻まれている。

    その左手に立つ「史跡 元寇防塁」の碑。碑の側面には昭和6年10月建設と刻まれている。

  • 石碑の左手に元寇防塁跡がある。写真の右側が南。<br />先ほど西南学院大学の第1号館で見てきた復元された防塁と比べると、この防塁は底部の方の一部が土に埋まった状態であることがわかる。

    石碑の左手に元寇防塁跡がある。写真の右側が南。
    先ほど西南学院大学の第1号館で見てきた復元された防塁と比べると、この防塁は底部の方の一部が土に埋まった状態であることがわかる。

    元寇防塁跡 名所・史跡

  • 傍らに詳しい解説板が設置されている。

    傍らに詳しい解説板が設置されている。

  • さらに西へ行くと民家の前の空き地のような場所に先程のものと同じ「史跡 元寇防塁」の碑が立っている。

    さらに西へ行くと民家の前の空き地のような場所に先程のものと同じ「史跡 元寇防塁」の碑が立っている。

  • 空き地の西側は公園になっている。西端は小さな墓地である。<br />写真(右が北側)の柵の中が元寇防塁の遺構。ほぼ土に埋まってしまっている。

    空き地の西側は公園になっている。西端は小さな墓地である。
    写真(右が北側)の柵の中が元寇防塁の遺構。ほぼ土に埋まってしまっている。

    元寇防塁 (百道) 名所・史跡

  • ここにも詳しい解説板が設置されている。<br /><br />短時間に元寇防塁の遺構を3箇所も見学できた。やはり最初に見た西南学院大学1号館内にある復元された遺構が最も迫力があった。

    ここにも詳しい解説板が設置されている。

    短時間に元寇防塁の遺構を3箇所も見学できた。やはり最初に見た西南学院大学1号館内にある復元された遺構が最も迫力があった。

  • 元寇防塁遺構を見終えた後、早良区役所前を通って地下鉄藤崎駅方面へ行く。<br />駅の近くにある猿田彦神社に参詣する。

    元寇防塁遺構を見終えた後、早良区役所前を通って地下鉄藤崎駅方面へ行く。
    駅の近くにある猿田彦神社に参詣する。

    猿田彦神社 寺・神社

  • 天照大御神の命により天孫降臨したニニギノミコトを道案内した猿田彦大神を祀っている。<br />もともと街道の出入り口に祀られる道祖神として伝えられてきたものだが、猿の字を冠する神様ということから庚申信仰と結びついたとされる。

    天照大御神の命により天孫降臨したニニギノミコトを道案内した猿田彦大神を祀っている。
    もともと街道の出入り口に祀られる道祖神として伝えられてきたものだが、猿の字を冠する神様ということから庚申信仰と結びついたとされる。

  • 以来、60日ごとの庚申(かのえさる)の日に祭りを行い、猿にちなみ「災難が去る」「幸福が訪れる」という信心を集めてきた。<br />ここ藤崎の猿田彦神社も唐津に延びる唐津街道の出入り口に建立され、数百年の歴史を持つとのこと。

    以来、60日ごとの庚申(かのえさる)の日に祭りを行い、猿にちなみ「災難が去る」「幸福が訪れる」という信心を集めてきた。
    ここ藤崎の猿田彦神社も唐津に延びる唐津街道の出入り口に建立され、数百年の歴史を持つとのこと。

  • この後、祖原(そはら)公園を訪れた。藤崎駅の南東約800mくらいに位置している。

    この後、祖原(そはら)公園を訪れた。藤崎駅の南東約800mくらいに位置している。

    祖原公園 公園・植物園

  • 公園全体が小高い丘になっている。案内図の黄色い道沿いに丘の頂上部へ向かう。

    公園全体が小高い丘になっている。案内図の黄色い道沿いに丘の頂上部へ向かう。

  • 丘の麓に「元寇遺跡」の碑が立っている。

    丘の麓に「元寇遺跡」の碑が立っている。

  • 文永11(1274)年、元・高麗軍が博多の町に上陸した際の古戦場のひとつが祖原山(標高33m)である。<br />祖原公園はこの丘陵を生かした起伏のある公園で、頂上からは街並みが見晴らせ「元寇麁原(そはら)戦跡」の記念碑が建っている。

    文永11(1274)年、元・高麗軍が博多の町に上陸した際の古戦場のひとつが祖原山(標高33m)である。
    祖原公園はこの丘陵を生かした起伏のある公園で、頂上からは街並みが見晴らせ「元寇麁原(そはら)戦跡」の記念碑が建っている。

  • 公園の頂上部はなだらかな広場である。

    公園の頂上部はなだらかな広場である。

  • 頂上近くの「元寇麁原(そはら)戦跡」の記念碑。北側には福岡の街並み、その先には博多湾が見晴らせる。<br />博多湾に攻め寄せた元・高麗軍がここを占拠し陣を置いた理由がよく分かる。<br />【了】

    頂上近くの「元寇麁原(そはら)戦跡」の記念碑。北側には福岡の街並み、その先には博多湾が見晴らせる。
    博多湾に攻め寄せた元・高麗軍がここを占拠し陣を置いた理由がよく分かる。
    【了】

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