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2019年春、羽田から全日本空輸でロンドンに到着し、イギリス、オランダ、ベルギー、イタリア、ドイツのヨーロッパ5カ国を訪問し、ミュンヘンから羽田に帰って来ました。途中オランダでの思わぬ事故で、フランス.パリをキャンセルする事になりました。今回の旅行も絵画鑑賞が主な目的です。<br /><br />この27回目の旅行記は、ヴェネツィアで、アッカデミア美術館や教会を巡り美術鑑賞の1日を過ごしました。<br /><br />全体の旅程の概略です。<br />★ 2月26-27日 ANAでロンドンへ。ロンドンの北、ビスターの友人宅泊。<br />★ 2月28日 バーミンガム泊。<br />★ 3月1~2日 リバプール泊。<br />★ 3月3日 チェスター泊。<br />★ 3月4~5日 ロンドン泊。<br />★ 3月6日    船中泊<br />★ 3月7~13日 デン.ハーグ泊<br />★ 3月14日 シャルルドゴール空港泊<br />★ 3月15~16日 ナポリ泊。<br />★ 3月17~19日 フィレンツェ泊。<br />★ 3月20~22日 シエナ泊。<br />★ 3月23~25日 ヴェネツィア泊。<br />★ 3月26日 ミュンヘン空港泊。<br />★ 3月27日 ミュンヘン空港からANAで羽田へ。

シニア夫婦の欧州5カ国ゆっくり旅行30日 (27)晴天の下ヴェネツィアで美術館.教会巡りです(3月25日)

22いいね!

2019/02/26 - 2019/03/29

831位(同エリア3933件中)

さわ子さん

2019年春、羽田から全日本空輸でロンドンに到着し、イギリス、オランダ、ベルギー、イタリア、ドイツのヨーロッパ5カ国を訪問し、ミュンヘンから羽田に帰って来ました。途中オランダでの思わぬ事故で、フランス.パリをキャンセルする事になりました。今回の旅行も絵画鑑賞が主な目的です。

この27回目の旅行記は、ヴェネツィアで、アッカデミア美術館や教会を巡り美術鑑賞の1日を過ごしました。

全体の旅程の概略です。
★ 2月26-27日 ANAでロンドンへ。ロンドンの北、ビスターの友人宅泊。
★ 2月28日 バーミンガム泊。
★ 3月1~2日 リバプール泊。
★ 3月3日 チェスター泊。
★ 3月4~5日 ロンドン泊。
★ 3月6日    船中泊
★ 3月7~13日 デン.ハーグ泊
★ 3月14日 シャルルドゴール空港泊
★ 3月15~16日 ナポリ泊。
★ 3月17~19日 フィレンツェ泊。
★ 3月20~22日 シエナ泊。
★ 3月23~25日 ヴェネツィア泊。
★ 3月26日 ミュンヘン空港泊。
★ 3月27日 ミュンヘン空港からANAで羽田へ。

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配

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  • 朝6時50分です。朝靄で霞んでいます。でも雲がなさそうなので、今日は晴天になるのでしょうか?

    朝6時50分です。朝靄で霞んでいます。でも雲がなさそうなので、今日は晴天になるのでしょうか?

  • 早朝の清掃作業のようです。普通の都市であれば、ブラシと散水装置を備えた自動車で清掃とゴミ収集をしていますが、ヴェネツィアでは人海戦術です。この橋の階段が難問で、スーツケースを持っての上り下りが大変でした。以前は滑り台が端に設置してありましたが、今回はありません。

    早朝の清掃作業のようです。普通の都市であれば、ブラシと散水装置を備えた自動車で清掃とゴミ収集をしていますが、ヴェネツィアでは人海戦術です。この橋の階段が難問で、スーツケースを持っての上り下りが大変でした。以前は滑り台が端に設置してありましたが、今回はありません。

  • 冬の海は綺麗で魚釣りの人も見かけます。

    冬の海は綺麗で魚釣りの人も見かけます。

  • 朝靄の中、ホテルの部屋から望遠レンズで撮影しました。手前に旧税関のプンタ.デッラ.ドガーナと奥にサンタ.マリア.デッラ.サルーテ聖堂です。

    朝靄の中、ホテルの部屋から望遠レンズで撮影しました。手前に旧税関のプンタ.デッラ.ドガーナと奥にサンタ.マリア.デッラ.サルーテ聖堂です。

  • ドゥカーレ宮殿、サン.マルコ大聖堂の鐘楼、ホテル.ダニエッリ、サン.マルコ大聖堂のドームの頂部が写っています。

    ドゥカーレ宮殿、サン.マルコ大聖堂の鐘楼、ホテル.ダニエッリ、サン.マルコ大聖堂のドームの頂部が写っています。

  • 右端にピアッツエッタ.サン.マルコ前の国立マルチャーナ図書館、中央にサント.ステファノ教会の鐘楼、その左はサン.モイゼ教会の鐘楼です。

    右端にピアッツエッタ.サン.マルコ前の国立マルチャーナ図書館、中央にサント.ステファノ教会の鐘楼、その左はサン.モイゼ教会の鐘楼です。

  • でんと建つドゥカーレ宮殿です。

    でんと建つドゥカーレ宮殿です。

  • サン.ザッカリア船着場です。右側にエマヌエル2世像が見えています。

    サン.ザッカリア船着場です。右側にエマヌエル2世像が見えています。

  • 今朝もアルセナーレから4.2番線でサン.ザッカリアまで、そこから1番線のヴァポレットでアッカデミアまで来ました。船着場は、アッカデミア橋の手前の&quot;C&quot;船着場です。丁度この綺麗な装飾のパラッツォ.バルバリゴの右側にあります。<br />パラッツォ.バルバリゴは、典型的な16世紀の建物です。適度な大きさの3階建で、ファサードのデザインが際立っています。1階は、2つのアーチ状の入り口から運河に通じています。グラン.カナルの最も特徴的なファサードを持つ建物の1つで、1886年に当時の所有者であるテストリーニの意志によりムラーノ.ガラスのモザイク画で装飾されました。

    今朝もアルセナーレから4.2番線でサン.ザッカリアまで、そこから1番線のヴァポレットでアッカデミアまで来ました。船着場は、アッカデミア橋の手前の"C"船着場です。丁度この綺麗な装飾のパラッツォ.バルバリゴの右側にあります。
    パラッツォ.バルバリゴは、典型的な16世紀の建物です。適度な大きさの3階建で、ファサードのデザインが際立っています。1階は、2つのアーチ状の入り口から運河に通じています。グラン.カナルの最も特徴的なファサードを持つ建物の1つで、1886年に当時の所有者であるテストリーニの意志によりムラーノ.ガラスのモザイク画で装飾されました。

  • アッカデミア&quot;C&quot;船着場から少し歩いて美術館に向かいます。水路に架かる橋で、グラン.カナルから2番目の橋の上からの写真です。水路右側の建物がパラッツォ.バルバリゴです。

    アッカデミア"C"船着場から少し歩いて美術館に向かいます。水路に架かる橋で、グラン.カナルから2番目の橋の上からの写真です。水路右側の建物がパラッツォ.バルバリゴです。

  • 水路の反対側を眺めています。<br />

    水路の反対側を眺めています。

  • この絵は、ロンドンのナショナル.ギャラリーに展示してあるカナレットの1726-30年頃の作品「石工の作業場」です。グラン.カナルの北側からカナル越しに、左側のサンタ.マリア.デッラ.カリタ教会と右隣りで少し後ろのラテラン.カノン修道院を望んでいます。ここは丁度アッカデミア橋が架けられている場所になります。サンタ.マリア.デッラ.カリタ教会の鐘楼は、1744年に崩壊したそうです。

    この絵は、ロンドンのナショナル.ギャラリーに展示してあるカナレットの1726-30年頃の作品「石工の作業場」です。グラン.カナルの北側からカナル越しに、左側のサンタ.マリア.デッラ.カリタ教会と右隣りで少し後ろのラテラン.カノン修道院を望んでいます。ここは丁度アッカデミア橋が架けられている場所になります。サンタ.マリア.デッラ.カリタ教会の鐘楼は、1744年に崩壊したそうです。

  • 現在の美術館は、12世紀に建てられ、19世紀初頭に閉鎖されたサンタ.マリア.デッラ.カリタ教会とラテラン.カノン修道院、13世紀に遡るスクオラ.グランデ.ディ.サンタ.マリア.デッラ.チャリティとによって構成される広大な複合宗教施設に開設されました。今の美術館の入り口は、旧ラテラン.カノン修道院の入り口を利用しています。上掲の絵画のファサードが刷新されているのが分かります。

    現在の美術館は、12世紀に建てられ、19世紀初頭に閉鎖されたサンタ.マリア.デッラ.カリタ教会とラテラン.カノン修道院、13世紀に遡るスクオラ.グランデ.ディ.サンタ.マリア.デッラ.チャリティとによって構成される広大な複合宗教施設に開設されました。今の美術館の入り口は、旧ラテラン.カノン修道院の入り口を利用しています。上掲の絵画のファサードが刷新されているのが分かります。

  • 美術館のエントランス.ホールです。出入口方向を望んでいます。

    美術館のエントランス.ホールです。出入口方向を望んでいます。

  • このエントランス.ホールの出入り口近くの両側に、2階に上がる階段があります。

    このエントランス.ホールの出入り口近くの両側に、2階に上がる階段があります。

  • 階段の途中から1階を見下ろしています。

    階段の途中から1階を見下ろしています。

  • 階段を上がった2階は第1展示室で、14世紀終わりから15世紀中頃までの中世の絵画が展示してあります。写真の左右の端に階段の手摺が写っています。

    階段を上がった2階は第1展示室で、14世紀終わりから15世紀中頃までの中世の絵画が展示してあります。写真の左右の端に階段の手摺が写っています。

  • こちらは、この展示室の過去の状況を示す絵画です。手前左右に階段の手摺が見えるので、同じ方向から眺めた絵です。壁面にも大きな絵画が掛けられています。細密景観画で有名なジュゼッペ.ボルサート(1771 - 1849)の1828年の作品「フラーリ教会のカノーヴァ記念碑について説明するレオポルド.チコニャーラ」です。右側の縁台に立つ人物がレオポルド.チコニャーラのようで、中央にある大きな絵画は、ティチアーノが1518年に完成させた「聖母被昇天」で、1817年から1921年頃までアッカデミア美術館に展示されていたそうです。

    こちらは、この展示室の過去の状況を示す絵画です。手前左右に階段の手摺が見えるので、同じ方向から眺めた絵です。壁面にも大きな絵画が掛けられています。細密景観画で有名なジュゼッペ.ボルサート(1771 - 1849)の1828年の作品「フラーリ教会のカノーヴァ記念碑について説明するレオポルド.チコニャーラ」です。右側の縁台に立つ人物がレオポルド.チコニャーラのようで、中央にある大きな絵画は、ティチアーノが1518年に完成させた「聖母被昇天」で、1817年から1921年頃までアッカデミア美術館に展示されていたそうです。

  • 第2展示室に入りました。この壁面には、左からヴィットーレ.カルパッチョ、ジョヴァンニ.ベッリーニ、マルコ.バサイティの大型の作品が並んでいます。

    第2展示室に入りました。この壁面には、左からヴィットーレ.カルパッチョ、ジョヴァンニ.ベッリーニ、マルコ.バサイティの大型の作品が並んでいます。

  • ジョヴァンニ.ベッリーニ(1434/39 - 1516)の1487年頃の作品「サン.ジョッベの祭壇画」です。玉座の聖母と幼子の左側に、フランチェスコ、ジョヴァンニ.バッティスタ(洗礼者ヨハネ)、ジョッベが、右側にドメニコ、セバスティアーノ、ルドヴィコ.ダ.トロサの聖人たちが囲んでいます。

    ジョヴァンニ.ベッリーニ(1434/39 - 1516)の1487年頃の作品「サン.ジョッベの祭壇画」です。玉座の聖母と幼子の左側に、フランチェスコ、ジョヴァンニ.バッティスタ(洗礼者ヨハネ)、ジョッベが、右側にドメニコ、セバスティアーノ、ルドヴィコ.ダ.トロサの聖人たちが囲んでいます。

  • 中央部を拡大しました。ベッリーニの特徴である遠くを眺めているような聖母マリア、そして玉座の下で奏楽する可愛い天使達です。

    中央部を拡大しました。ベッリーニの特徴である遠くを眺めているような聖母マリア、そして玉座の下で奏楽する可愛い天使達です。

  • こちらもジョヴァンニ.ベッリーニとアシスタントとの共作で1510-1516年頃の作品「ピエタ」です。マリアの周りには、ジュゼッペ.ダリマテア、マッダレーナ、マルタ、フィリッポ.ベニツィ(?)の聖人達が囲んでいます。

    こちらもジョヴァンニ.ベッリーニとアシスタントとの共作で1510-1516年頃の作品「ピエタ」です。マリアの周りには、ジュゼッペ.ダリマテア、マッダレーナ、マルタ、フィリッポ.ベニツィ(?)の聖人達が囲んでいます。

  • 後方の景色を拡大しました。

    後方の景色を拡大しました。

  • ヴィットーレ.カルパッチョ(1460頃 - 1526)の1510年の作品「キリストの神殿奉献」です。ヴェネツィアのサン.ジョッベ教会の祭壇画を準備する際、カルパッチョは、20年ほど前に同じ教会のためにジョヴァンニ.ベッリーニが描いた前掲の壮大なパネルを念頭に置いていました。ベリーニの祭壇画と比較すると、カルパッチョのニッチの大理石の部分はさらに記念碑的であり、楽器、クルム.ホルン、リュート、竪琴を演奏する天使の動きなど、完璧に判断された動きのバランスが取れています。

    ヴィットーレ.カルパッチョ(1460頃 - 1526)の1510年の作品「キリストの神殿奉献」です。ヴェネツィアのサン.ジョッベ教会の祭壇画を準備する際、カルパッチョは、20年ほど前に同じ教会のためにジョヴァンニ.ベッリーニが描いた前掲の壮大なパネルを念頭に置いていました。ベリーニの祭壇画と比較すると、カルパッチョのニッチの大理石の部分はさらに記念碑的であり、楽器、クルム.ホルン、リュート、竪琴を演奏する天使の動きなど、完璧に判断された動きのバランスが取れています。

  • 神殿奉献で献上するため、御付きの女性の一人が2羽の鳩を持っています。

    神殿奉献で献上するため、御付きの女性の一人が2羽の鳩を持っています。

  • こちらの絵画でも可愛い奏楽の天使達が描かれています。

    こちらの絵画でも可愛い奏楽の天使達が描かれています。

  • 第2展示室のこちらの壁面には、チーマ.ダ.コネリヤーノ(1459 - 1517)の3作品が並んでいます。この画家は、風景の背景と作品の静かな雰囲気に重点を置いて描いています。

    第2展示室のこちらの壁面には、チーマ.ダ.コネリヤーノ(1459 - 1517)の3作品が並んでいます。この画家は、風景の背景と作品の静かな雰囲気に重点を置いて描いています。

  • チーマ.ダ.コネリヤーノの1496-99年の作品「ドラガンの祭壇画」です。玉座の聖母と幼子の左側に、カテリーナ(?)、ジョルジョ、ニコラが、右側にアントニオ.アバテ、セバスティアーノ、ルチア(?)の聖人達が囲んでいます。この作品も、前掲のジョヴァンニ.ベッリーニのサン.ジョッベ祭壇画に触発されていました。

    チーマ.ダ.コネリヤーノの1496-99年の作品「ドラガンの祭壇画」です。玉座の聖母と幼子の左側に、カテリーナ(?)、ジョルジョ、ニコラが、右側にアントニオ.アバテ、セバスティアーノ、ルチア(?)の聖人達が囲んでいます。この作品も、前掲のジョヴァンニ.ベッリーニのサン.ジョッベ祭壇画に触発されていました。

  • こちらもチーマ.ダ.コネリヤーノの1495年頃の作品で「オレンジの木の聖母」です。聖母子の左にジロラモ、右にルドヴィコ.ダ.トロサの聖人達です。後方では、聖ヨセフが聖家族を運んだロバの世話をしています。右遠方にはヴェネト地方のアルプスのなだらかな丘陵地帯が、左の山の上には城塞が見えます。

    こちらもチーマ.ダ.コネリヤーノの1495年頃の作品で「オレンジの木の聖母」です。聖母子の左にジロラモ、右にルドヴィコ.ダ.トロサの聖人達です。後方では、聖ヨセフが聖家族を運んだロバの世話をしています。右遠方にはヴェネト地方のアルプスのなだらかな丘陵地帯が、左の山の上には城塞が見えます。

  • 第3展示室に入りました。<br />チーマ.ダ.コネリヤーノの作品で「トビオロ」です。この旅行記の20回目で紹介した同じ旧約聖書のトビト記からの題材です。眼病に罹り死を覚悟したトビトは、貸した金の回収に息子トビアスをメディアの地に旅立たせます。途中ティグリス川で密かに同行していた大天使ラファエレがトビアスを呑み込まんとした魚を捕まえます。魚を持つ右の男の子がトビアスです。題材と全く関係はありませんが、左にニコロ、右にジャコモ.マッジョーレの聖人達が描かれています。

    第3展示室に入りました。
    チーマ.ダ.コネリヤーノの作品で「トビオロ」です。この旅行記の20回目で紹介した同じ旧約聖書のトビト記からの題材です。眼病に罹り死を覚悟したトビトは、貸した金の回収に息子トビアスをメディアの地に旅立たせます。途中ティグリス川で密かに同行していた大天使ラファエレがトビアスを呑み込まんとした魚を捕まえます。魚を持つ右の男の子がトビアスです。題材と全く関係はありませんが、左にニコロ、右にジャコモ.マッジョーレの聖人達が描かれています。

  • ジョヴァンニ.ベッリーニの「聖母子」の絵画2枚です。これは1487年に製作された「アルベレッティのマドンナ」です。

    ジョヴァンニ.ベッリーニの「聖母子」の絵画2枚です。これは1487年に製作された「アルベレッティのマドンナ」です。

  • こちらは前掲の絵画の後に製作された作品です。

    こちらは前掲の絵画の後に製作された作品です。

  • 第6展示室で、パオロ.ヴェロネーゼの1583年の作品「聖母戴冠」です。ヴェロネーゼは、このキャンバスの比較的小さなスペースに50人以上の人物を集めました。教会が捧げられた諸聖人の日(オニサンティ)を祝うために、ヴェロネーゼは、雲の上に浮かぶ半円を小さくして、多くの預言者、使徒、福音書記者、聖人、教父を配置しました。頂上に、聖母は三位一体によって戴冠され、天国に歓迎されます。 彼女の謙遜さは、オニサンティ教会が所属していたカシーヌ修道女の模範でした。

    第6展示室で、パオロ.ヴェロネーゼの1583年の作品「聖母戴冠」です。ヴェロネーゼは、このキャンバスの比較的小さなスペースに50人以上の人物を集めました。教会が捧げられた諸聖人の日(オニサンティ)を祝うために、ヴェロネーゼは、雲の上に浮かぶ半円を小さくして、多くの預言者、使徒、福音書記者、聖人、教父を配置しました。頂上に、聖母は三位一体によって戴冠され、天国に歓迎されます。 彼女の謙遜さは、オニサンティ教会が所属していたカシーヌ修道女の模範でした。

  • これも第6展示室の作品で、チーマ.ダ.コネリアーノ作の「サン.マルコのライオンと聖人達」です。左に洗礼者聖ヨハネと福音記者聖ヨハネ、右にサンタ.マリア.マッダレーナとサン.ジロラモを従えています。頭に円光を持ち、「私の伝道者マルコよ、あなたに平安あれ」と書かれた本を支えるライオンとしてのサン.マルコが描かれています。伝説によると、これは翼を持つライオンの形をした天使が、ラグーンの真ん中で難破したサン.マルコに、そこで休むことを告げたそうです。構図の中のライオンの荘厳さは、風景に広がる静けさと聖人の瞑想的な落ち着きによって和らげられます。

    これも第6展示室の作品で、チーマ.ダ.コネリアーノ作の「サン.マルコのライオンと聖人達」です。左に洗礼者聖ヨハネと福音記者聖ヨハネ、右にサンタ.マリア.マッダレーナとサン.ジロラモを従えています。頭に円光を持ち、「私の伝道者マルコよ、あなたに平安あれ」と書かれた本を支えるライオンとしてのサン.マルコが描かれています。伝説によると、これは翼を持つライオンの形をした天使が、ラグーンの真ん中で難破したサン.マルコに、そこで休むことを告げたそうです。構図の中のライオンの荘厳さは、風景に広がる静けさと聖人の瞑想的な落ち着きによって和らげられます。

  • 右側のサンタ.マリア.マッダレーナとサン.ジロラモを拡大しました。多くのチーマの作品に見られる遠景の都市景観が背景に描かれています。

    右側のサンタ.マリア.マッダレーナとサン.ジロラモを拡大しました。多くのチーマの作品に見られる遠景の都市景観が背景に描かれています。

  • 第10展示室のヴェロネーゼの1573年の作品「レヴィ家の饗宴」です。<br />この大きなキャンバスは、左下の柱の基部の日付が示すように、1573年4月にヴェネツィアのサンティ.ジョヴァンニ.e.パオロ教会の食堂のためにヴェロネーゼによって描かれました。 一時ナポレオン軍に押収され、パリに運ばれた後、1815年に返還されました。豪華な宴会は、柱廊玄関の大きなアーチに囲まれている場所で催されています。背景建築の淡い緑色の玉虫織効果に対して、キリストの両側の人物は、多色の素晴らしさとポーズとジェスチャーの相互作用の中に描かれています。この絵は当初「最後の晩餐」として描かれたましたが、異端審問で最後の晩餐の宗教的テーマを傷つけたとして描き換えが命令されましたが、ヴェロネーゼは従わず、題名を変える事で宗教性を薄めました。

    第10展示室のヴェロネーゼの1573年の作品「レヴィ家の饗宴」です。
    この大きなキャンバスは、左下の柱の基部の日付が示すように、1573年4月にヴェネツィアのサンティ.ジョヴァンニ.e.パオロ教会の食堂のためにヴェロネーゼによって描かれました。 一時ナポレオン軍に押収され、パリに運ばれた後、1815年に返還されました。豪華な宴会は、柱廊玄関の大きなアーチに囲まれている場所で催されています。背景建築の淡い緑色の玉虫織効果に対して、キリストの両側の人物は、多色の素晴らしさとポーズとジェスチャーの相互作用の中に描かれています。この絵は当初「最後の晩餐」として描かれたましたが、異端審問で最後の晩餐の宗教的テーマを傷つけたとして描き換えが命令されましたが、ヴェロネーゼは従わず、題名を変える事で宗教性を薄めました。

  • 左側の光景を拡大しました。右下の二人は芸人でしょうか。

    左側の光景を拡大しました。右下の二人は芸人でしょうか。

  • テーブル中央のキリストです。右手前にいるワンちゃんは、テーブルの下にいる猫を注視しています。

    テーブル中央のキリストです。右手前にいるワンちゃんは、テーブルの下にいる猫を注視しています。

  • 右側の光景を拡大しました。

    右側の光景を拡大しました。

  • こちらはヴェロネーゼの1565-1570年頃の作品「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」です。3世紀のアレクサンドリアの女王カテリーナの、人生の最も有名な伝説上のエピソードがここに描かれています。キリストとの「神秘的な結婚」が象徴化されています。このエピソードは、サンタ.カテリーナ.デイ.サッキのアウグスチニア修道女と、修道院で教育を受け、結婚の準備をした地元の貴族の少女達に、彼らの献身の心を育てるための啓蒙的な例を提供しました。ここでも、ヴェロネーゼはいつもの宗教的な祝宴の絵画のように、宗教的な主題と社交的な華やかさや儀式をうまく組み合わせて、神聖なイベントを豪華な16世紀の祭りに変えています。彼はエピソードの設定を変更することによって、これを部分的に達成しています。ここは、もはやアレクサンドリアではなく、典型的なベネチアの場所です。

    こちらはヴェロネーゼの1565-1570年頃の作品「サンタ.カテリーナの神秘的な結婚」です。3世紀のアレクサンドリアの女王カテリーナの、人生の最も有名な伝説上のエピソードがここに描かれています。キリストとの「神秘的な結婚」が象徴化されています。このエピソードは、サンタ.カテリーナ.デイ.サッキのアウグスチニア修道女と、修道院で教育を受け、結婚の準備をした地元の貴族の少女達に、彼らの献身の心を育てるための啓蒙的な例を提供しました。ここでも、ヴェロネーゼはいつもの宗教的な祝宴の絵画のように、宗教的な主題と社交的な華やかさや儀式をうまく組み合わせて、神聖なイベントを豪華な16世紀の祭りに変えています。彼はエピソードの設定を変更することによって、これを部分的に達成しています。ここは、もはやアレクサンドリアではなく、典型的なベネチアの場所です。

  • 聖母マリア、幼児イエス、サンタカテリーナを拡大しました。

    聖母マリア、幼児イエス、サンタカテリーナを拡大しました。

  • 1562年頃の作品「サン.ザッカリアの祭壇画」です。聖母子の周りに聖人達、椰子の木の葉を持つジュスティーナ、フランチェスコ、ジュゼッペ(ヨセフ)、ジロラモ(ヒエロニムス)が描かれています。聖母子の前にある台の上の子供のジョヴァンニ.バッティスタ(洗礼者ヨハネ)もいます。ここにも背景に大きな石の柱が描かれています。

    1562年頃の作品「サン.ザッカリアの祭壇画」です。聖母子の周りに聖人達、椰子の木の葉を持つジュスティーナ、フランチェスコ、ジュゼッペ(ヨセフ)、ジロラモ(ヒエロニムス)が描かれています。聖母子の前にある台の上の子供のジョヴァンニ.バッティスタ(洗礼者ヨハネ)もいます。ここにも背景に大きな石の柱が描かれています。

  • 聖家族を拡大しました。

    聖家族を拡大しました。

  • 第10展示室の作品で、ティチアーノ(1480/85 - 1576)の最後の作品「ピエタ」です。埋葬作品として考えられたこの絵は、多くの象徴的な要素がほのめかしている死、聖体の犠牲、そして復活のテーマに集中しています。後陣のモザイク状の半ドームには、キリストの犠牲と復活の象徴である、自分の血を若者に与えるために胸をつつくペリカンが見られます。獅子頭のある2つの台座の上には、モーゼの像(左側)とヘレスポンティン.シビルの像(右側)があります。マリアの左には、悲劇的な出来事に取り乱したマグダラのマリアが、世界中の人々に彼女の痛みを叫びます。

    第10展示室の作品で、ティチアーノ(1480/85 - 1576)の最後の作品「ピエタ」です。埋葬作品として考えられたこの絵は、多くの象徴的な要素がほのめかしている死、聖体の犠牲、そして復活のテーマに集中しています。後陣のモザイク状の半ドームには、キリストの犠牲と復活の象徴である、自分の血を若者に与えるために胸をつつくペリカンが見られます。獅子頭のある2つの台座の上には、モーゼの像(左側)とヘレスポンティン.シビルの像(右側)があります。マリアの左には、悲劇的な出来事に取り乱したマグダラのマリアが、世界中の人々に彼女の痛みを叫びます。

  • 画面の中央部のマグダラのマリア、聖母マリア、死せるキリスト、ニコデモ(又はアリマタヤのヨセフ)を拡大しました。

    画面の中央部のマグダラのマリア、聖母マリア、死せるキリスト、ニコデモ(又はアリマタヤのヨセフ)を拡大しました。

  • 第11展示室にあるティントレット(1519 - 1594)の1555年頃の作品「磔刑」です。構図は、左側にはためく旗を持った百人隊長、右側がサイコロを振ってキリストのローブを賭けている騎手と兵士のグループによって囲まれた多くの人物で溢れています。このキャンバスは、おそらくパオロ.ヴェロネーゼの影響を受けているようで、鮮やかな赤と青の豊かで鮮やかな色彩が特徴です。

    第11展示室にあるティントレット(1519 - 1594)の1555年頃の作品「磔刑」です。構図は、左側にはためく旗を持った百人隊長、右側がサイコロを振ってキリストのローブを賭けている騎手と兵士のグループによって囲まれた多くの人物で溢れています。このキャンバスは、おそらくパオロ.ヴェロネーゼの影響を受けているようで、鮮やかな赤と青の豊かで鮮やかな色彩が特徴です。

  • 失神するマリアとその周りの女性達を拡大しました。

    失神するマリアとその周りの女性達を拡大しました。

  • 第11展示室の作品で、ティントレットの1554-55年頃の作品で「イエスの神殿奉献」です。この絵は、ルカの福音書から取られたエピソードに基づいています。 エルサレム神殿の大祭司シメオンに子供イエスを差し出すマリアとヨセフを描いています。ユダヤ教の律法によれば、主に奉献されるためには、各子供は2羽の犠牲の鳩と一緒に神殿に連れて行かなければなりませんでした。

    第11展示室の作品で、ティントレットの1554-55年頃の作品で「イエスの神殿奉献」です。この絵は、ルカの福音書から取られたエピソードに基づいています。 エルサレム神殿の大祭司シメオンに子供イエスを差し出すマリアとヨセフを描いています。ユダヤ教の律法によれば、主に奉献されるためには、各子供は2羽の犠牲の鳩と一緒に神殿に連れて行かなければなりませんでした。

  • テーブルの上にマリアが連れてきた小さな鳩が2羽見えます。

    テーブルの上にマリアが連れてきた小さな鳩が2羽見えます。

  • 第16展示室のカナレットの作品です。リオ.デイ.メンディカンティ水路の橋上から北の方向に聖マルコ同信会館の正面を望んでいます。右端の建物の影になっていますが、サンティ.ジョヴァンニ.e.パオロ聖堂があります。

    第16展示室のカナレットの作品です。リオ.デイ.メンディカンティ水路の橋上から北の方向に聖マルコ同信会館の正面を望んでいます。右端の建物の影になっていますが、サンティ.ジョヴァンニ.e.パオロ聖堂があります。

  • これは現在の景色です。聖マルコ同信会館は、現在市民病院となっています。

    これは現在の景色です。聖マルコ同信会館は、現在市民病院となっています。

  • 第19展示室の絵画で、ボッカッチーオ.ボッカッチーノ(1466 - 1524/25)作の「サンタ.カテリーナとの神秘的な結婚」です。聖母子の右側にサンタ.ローザ、サン.ピエトロ、洗礼者ヨハネが儀式を見守り、背景には羊飼いへの告知、エジプトへの逃避、乗馬のマギが小さく描かれています。

    第19展示室の絵画で、ボッカッチーオ.ボッカッチーノ(1466 - 1524/25)作の「サンタ.カテリーナとの神秘的な結婚」です。聖母子の右側にサンタ.ローザ、サン.ピエトロ、洗礼者ヨハネが儀式を見守り、背景には羊飼いへの告知、エジプトへの逃避、乗馬のマギが小さく描かれています。

  • 聖母子と印象的なサンタ.ローザを拡大しました。

    聖母子と印象的なサンタ.ローザを拡大しました。

  • 第20展示室の作品です。サン.ジョバンニ.エヴァンゲリスタのスクオラ.グランデのサラ.デッラ.クローチェを飾る「真の十字架の伝説」を描いた(さまざまなアーティストによる)一連の9枚の絵画の1つです。<br />この絵は、ヴィットーレ.カルパチョ作の「リアルト橋の十字架の遺物の奇跡」です。リアルト橋近くのグラン.カナルのサン.シルヴェストロ宮殿で、総主教が聖十字架の遺物で狂人を癒したという奇跡を描いています。シーンは非対称の構図で、左手前に大勢の人物が群がり、後ろに運河に続く建物のファサードが見えます。建物は中世のヴェネツィアの典型的な逆円錐形の煙突を備えています。

    第20展示室の作品です。サン.ジョバンニ.エヴァンゲリスタのスクオラ.グランデのサラ.デッラ.クローチェを飾る「真の十字架の伝説」を描いた(さまざまなアーティストによる)一連の9枚の絵画の1つです。
    この絵は、ヴィットーレ.カルパチョ作の「リアルト橋の十字架の遺物の奇跡」です。リアルト橋近くのグラン.カナルのサン.シルヴェストロ宮殿で、総主教が聖十字架の遺物で狂人を癒したという奇跡を描いています。シーンは非対称の構図で、左手前に大勢の人物が群がり、後ろに運河に続く建物のファサードが見えます。建物は中世のヴェネツィアの典型的な逆円錐形の煙突を備えています。

  • 奇跡的なイベントは、画面の左上隅の広いロッジアに追いやられています。

    奇跡的なイベントは、画面の左上隅の広いロッジアに追いやられています。

  • 右側は、1505年1月に火事で損壊した、15世紀のフォンダコ.デイ.テデスキの外観です。ドイツ商館として建てられ、中央郵便局を経て現在は免税店の建物になっています。その他の建築上の特徴には、サン.ジョバンニ.クリソストモ教会の鐘楼、カダモストの柱廊玄関、サンティ.アポストリ教会の鐘楼などがあります。

    右側は、1505年1月に火事で損壊した、15世紀のフォンダコ.デイ.テデスキの外観です。ドイツ商館として建てられ、中央郵便局を経て現在は免税店の建物になっています。その他の建築上の特徴には、サン.ジョバンニ.クリソストモ教会の鐘楼、カダモストの柱廊玄関、サンティ.アポストリ教会の鐘楼などがあります。

  • これは、コッレール博物館に展示してある、ヤコポ.デ.バルバリ(1450 - 1516)が1500年に描いたヴェネツィアのいわゆる鳥瞰画の拡大写真です。木造橋が描かれています。この木造橋は、1444年と1524年に人混みの重さに耐えかねて崩壊しています。現在の石橋は、1591年に完成しています。

    これは、コッレール博物館に展示してある、ヤコポ.デ.バルバリ(1450 - 1516)が1500年に描いたヴェネツィアのいわゆる鳥瞰画の拡大写真です。木造橋が描かれています。この木造橋は、1444年と1524年に人混みの重さに耐えかねて崩壊しています。現在の石橋は、1591年に完成しています。

  • キャンバスのほとんどは、多数の人物と建物、ゴンドラ等で占められています。人々には、遺物に続く宗教的な行列に先行する橋の上の歩行者のグループが含まれます。

    キャンバスのほとんどは、多数の人物と建物、ゴンドラ等で占められています。人々には、遺物に続く宗教的な行列に先行する橋の上の歩行者のグループが含まれます。

  • 橋は1524年に崩壊する前と同じように、まだ木造です。現在のバージョン(1591年から)と同様に、側面には2列の店があり、橋の頂部は、可動式になっていて、背の高い船が通行できるようにしていました。

    橋は1524年に崩壊する前と同じように、まだ木造です。現在のバージョン(1591年から)と同様に、側面には2列の店があり、橋の頂部は、可動式になっていて、背の高い船が通行できるようにしていました。

  • カナルにはゴンドラから儀式を見守る人々がいます。

    カナルにはゴンドラから儀式を見守る人々がいます。

  • こちらは、ジェンティーレ.ベッリーニ作のサン.ロレンツォ橋の近くで起こった奇跡です。毎年行われるスクオラの&quot;真の十字架&quot;の行列の途中で、この聖遺物が水路に落ちてしまいました。その後、スクオラでの管理人であるアンドレア.ヴェンドラミンが見つけるまで、多くの人々が水中を探し回りました。

    こちらは、ジェンティーレ.ベッリーニ作のサン.ロレンツォ橋の近くで起こった奇跡です。毎年行われるスクオラの"真の十字架"の行列の途中で、この聖遺物が水路に落ちてしまいました。その後、スクオラでの管理人であるアンドレア.ヴェンドラミンが見つけるまで、多くの人々が水中を探し回りました。

  • 橋の上には、行列に参加している人々が足を止めて見守っています。

    橋の上には、行列に参加している人々が足を止めて見守っています。

  • こちらの家の女主人は、ムーア人の奴隷を水に跳びこむように追い立てています。

    こちらの家の女主人は、ムーア人の奴隷を水に跳びこむように追い立てています。

  • スクオラでの管理人であるアンドレア.ヴェンドラミンが、聖遺物の十字架を見つけて水面に上がってきました。

    スクオラでの管理人であるアンドレア.ヴェンドラミンが、聖遺物の十字架を見つけて水面に上がってきました。

  • 左側の河岸の様子です。

    左側の河岸の様子です。

  • こちらでは多くの女性が前列に同じような服装を着て捜索を見守っています。

    こちらでは多くの女性が前列に同じような服装を着て捜索を見守っています。

  • こちらは、ラッザーロ.バスティアーニ(1425/30 - 1512)作の「サン.ジョバンニ.エヴァンゲリスタのスクオラの兄弟たちへの十字架の遺物の献上」です。このキャンバスは、聖十字架の遺物の歴史の中で最も重要な瞬間を描いています。1369年にフィリップ.デ.メジエールによってサン.ジョヴァンニ.エヴァンジェリスタ.スクオラに聖遺物が献上された式典です。サン.ジョヴァンニ.エヴァンジェリスタ教会内で行われた儀式が教会の外から眺められています。今日では完全に変更された外観をしていますが、当時のヴェネツィアの最も典型的な建築的特徴を示す教会の姿が記録されています。

    こちらは、ラッザーロ.バスティアーニ(1425/30 - 1512)作の「サン.ジョバンニ.エヴァンゲリスタのスクオラの兄弟たちへの十字架の遺物の献上」です。このキャンバスは、聖十字架の遺物の歴史の中で最も重要な瞬間を描いています。1369年にフィリップ.デ.メジエールによってサン.ジョヴァンニ.エヴァンジェリスタ.スクオラに聖遺物が献上された式典です。サン.ジョヴァンニ.エヴァンジェリスタ教会内で行われた儀式が教会の外から眺められています。今日では完全に変更された外観をしていますが、当時のヴェネツィアの最も典型的な建築的特徴を示す教会の姿が記録されています。

  • 中央部分を拡大しました。

    中央部分を拡大しました。

  • これは、ジョヴァンニ.マンスエティ(1465 - 1527)作の「カンポ.サン.リオの十字架の遺物の奇跡」です。このキャンバスは、1474年に聖十字架の遺物を一生信じていなかった同胞団のメンバーの葬式中に起こった奇跡的な出来事を扱っています。聖遺物箱がサン.リオ教会の葬式に運ばれましたが、教会の外の広場で突然重くなり、敷居を越えることができませんでした。したがって、聖遺物箱ががサン. リオの教区司祭の手に委託されている間、別の十字架を使用する必要がありました。この絵画の表現は、かなり静的であり、形象のリズムは単調で、色彩は豊かさと興味にやや欠けていますが、それでもこの絵は当時の建築と衣装の証拠として価値があります。

    これは、ジョヴァンニ.マンスエティ(1465 - 1527)作の「カンポ.サン.リオの十字架の遺物の奇跡」です。このキャンバスは、1474年に聖十字架の遺物を一生信じていなかった同胞団のメンバーの葬式中に起こった奇跡的な出来事を扱っています。聖遺物箱がサン.リオ教会の葬式に運ばれましたが、教会の外の広場で突然重くなり、敷居を越えることができませんでした。したがって、聖遺物箱ががサン. リオの教区司祭の手に委託されている間、別の十字架を使用する必要がありました。この絵画の表現は、かなり静的であり、形象のリズムは単調で、色彩は豊かさと興味にやや欠けていますが、それでもこの絵は当時の建築と衣装の証拠として価値があります。

  • 背景の建物の左側です。

    背景の建物の左側です。

  • こちらは右側です。

    こちらは右側です。

  • 同じジョヴァンニ.マンスエティ作の「サン.ポロのベンヴェグヌードの娘の奇跡的な癒し」です。生まれてから麻痺していた彼女は、父親が聖十字架の遺物に置いた3本のろうそくに触れた後、手足が使えるようになりました。豪華な装飾と家具が施された部屋のインテリアと観客のアニメーションは、創造的な正確さで描写されています。

    同じジョヴァンニ.マンスエティ作の「サン.ポロのベンヴェグヌードの娘の奇跡的な癒し」です。生まれてから麻痺していた彼女は、父親が聖十字架の遺物に置いた3本のろうそくに触れた後、手足が使えるようになりました。豪華な装飾と家具が施された部屋のインテリアと観客のアニメーションは、創造的な正確さで描写されています。

  • 建物の2階で父親のベンヴェグヌードと治癒した娘が感謝の祈りをしているようです。

    建物の2階で父親のベンヴェグヌードと治癒した娘が感謝の祈りをしているようです。

  • 元サンタ.マリア.デッラ.カリタ教会の第23展示室には、2016年に修復を終えたヒエロニムス.ボスの三つの作品が展示してあります。<br />この三連祭壇画は1504年頃の作品「隠者達」です。

    元サンタ.マリア.デッラ.カリタ教会の第23展示室には、2016年に修復を終えたヒエロニムス.ボスの三つの作品が展示してあります。
    この三連祭壇画は1504年頃の作品「隠者達」です。

  • こちらは1505-1515年頃の作品「来世のヴィジョン」です。

    こちらは1505-1515年頃の作品「来世のヴィジョン」です。

  • これは1505-1515年頃の作品「聖女リベレータの殉教」です。

    これは1505-1515年頃の作品「聖女リベレータの殉教」です。

  • ヴェネツィアに生まれヴェネツィア美術アカデミーを卒業して主にミラノで活躍したフランチェスコ.アイエツ(1791 - 1882)の1867年の作品「エルサレムの神殿の破壊」です。視覚的に印象的な構図は、大虐殺が最高潮に達した瞬間の神殿の破壊、すでに炎に包まれた建物、そしてクライマックスでの破壊的な怒りを描いています。このシーンは、自由を奪われたユダヤ人の劇的な窮状を物語っています。

    ヴェネツィアに生まれヴェネツィア美術アカデミーを卒業して主にミラノで活躍したフランチェスコ.アイエツ(1791 - 1882)の1867年の作品「エルサレムの神殿の破壊」です。視覚的に印象的な構図は、大虐殺が最高潮に達した瞬間の神殿の破壊、すでに炎に包まれた建物、そしてクライマックスでの破壊的な怒りを描いています。このシーンは、自由を奪われたユダヤ人の劇的な窮状を物語っています。

  • 城壁から転落する人々です。一人一人の恐怖に満ちた表情がリアルに表現されています。

    城壁から転落する人々です。一人一人の恐怖に満ちた表情がリアルに表現されています。

  • こちらは落下した人々です。

    こちらは落下した人々です。

  • カナレット風で多くのヴェネツィアの景観画を描いているヴィンチェンツォ.チローネ(1758 - 1839)の1815年の作品「サン.マルコ寺院のプロナオスに馬を再配置する式典」です。この4頭の馬は、コンスタンチノープルから戦利品として持ち込まれ、1254年頃にサン・マルコ大聖堂のファサード上に設置されました。その後ナポレオンに奪われましたが1815年に返還されました。この絵はその受け入れ式典で、釣り上げるためのクレーンも設置されています。

    カナレット風で多くのヴェネツィアの景観画を描いているヴィンチェンツォ.チローネ(1758 - 1839)の1815年の作品「サン.マルコ寺院のプロナオスに馬を再配置する式典」です。この4頭の馬は、コンスタンチノープルから戦利品として持ち込まれ、1254年頃にサン・マルコ大聖堂のファサード上に設置されました。その後ナポレオンに奪われましたが1815年に返還されました。この絵はその受け入れ式典で、釣り上げるためのクレーンも設置されています。

  • 最後の第24展示室です。左側の扉から向こうの第1展示室に戻ります。この展示室の目玉は、ティチアーノがこの部屋の壁面を飾るために1534-1538年に描いた「マリアの神殿奉献」です。絵画は、舞台美術の形象リズムで構成されています。壮大な建築を背景にして階段の上の右側で司祭と助手は、聖なる円光に囲まれ更に小さく見えるマリアを待っています。左側には、山岳地帯を背景に多くの見物人の群れが立っています。

    最後の第24展示室です。左側の扉から向こうの第1展示室に戻ります。この展示室の目玉は、ティチアーノがこの部屋の壁面を飾るために1534-1538年に描いた「マリアの神殿奉献」です。絵画は、舞台美術の形象リズムで構成されています。壮大な建築を背景にして階段の上の右側で司祭と助手は、聖なる円光に囲まれ更に小さく見えるマリアを待っています。左側には、山岳地帯を背景に多くの見物人の群れが立っています。

  • スカートを右手で摘んだ可愛いマリアが司祭に対面しています。

    スカートを右手で摘んだ可愛いマリアが司祭に対面しています。

  • 第24展示室の天井の装飾です。15世紀末の製作で4人の福音書記者を周りに、中央には聖なる父が彩色レリーフで作られています。<br />第21展示室の聖ウルスラの物語は、室内の改装で今回は入れませんでした。

    第24展示室の天井の装飾です。15世紀末の製作で4人の福音書記者を周りに、中央には聖なる父が彩色レリーフで作られています。
    第21展示室の聖ウルスラの物語は、室内の改装で今回は入れませんでした。

  • アッカデミア美術館を出て南にジュデッカ運河北沿いにあるサンタ.マリア.デル.ロザリオ教会に向かいます。昨日対岸から写した右にある教会です。1743年にドメニコ会の教会として完成しました。

    アッカデミア美術館を出て南にジュデッカ運河北沿いにあるサンタ.マリア.デル.ロザリオ教会に向かいます。昨日対岸から写した右にある教会です。1743年にドメニコ会の教会として完成しました。

  • この絵は、サンタ.マリア.フォルモーザ教会の南にあるフォンダツィオーネ.クエリーニ.スタンパリア美術館で見つけました。作者や年代は不明ですが、サンタ.マリア.デル.ロザリオ教会を描いています。右奥には、サン.マルコ大聖堂の鐘楼も描かれています。

    この絵は、サンタ.マリア.フォルモーザ教会の南にあるフォンダツィオーネ.クエリーニ.スタンパリア美術館で見つけました。作者や年代は不明ですが、サンタ.マリア.デル.ロザリオ教会を描いています。右奥には、サン.マルコ大聖堂の鐘楼も描かれています。

  • この教会は側廊がない単身廊で、両側の三つの窪みに礼拝所が造られています。

    この教会は側廊がない単身廊で、両側の三つの窪みに礼拝所が造られています。

  • 教会の右側面の1番目と2番目の礼拝所です。

    教会の右側面の1番目と2番目の礼拝所です。

  • 同じ右側面で、2番目と3番目の礼拝所です。

    同じ右側面で、2番目と3番目の礼拝所です。

  • こちらは左側面の1番目と2番目の礼拝所です。

    こちらは左側面の1番目と2番目の礼拝所です。

  • 左側面の2番目と3番目の礼拝所です。

    左側面の2番目と3番目の礼拝所です。

  • 天井の装飾は、1737年5月にドミニコ会と契約を結んだジョヴァンニ.バッティスタ.ティエポロに委託され、1739年までに完成しました。

    天井の装飾は、1737年5月にドミニコ会と契約を結んだジョヴァンニ.バッティスタ.ティエポロに委託され、1739年までに完成しました。

  • 入り口に最も近い天井にはサン.ドミニコの栄光(昇天)が描かれています。

    入り口に最も近い天井にはサン.ドミニコの栄光(昇天)が描かれています。

  • チェラブ(天童)や天使が舞う青い空にいる聖母は、聖ドミニコに数珠を差し出す幼子キリストを抱いています。聖人は大理石の階段の頂上に立っており、そこから、総督や教皇を含み金持ちや貧乏人のあらゆる人々がロザリオを利用できるようにしています。一番下では、絵の最も暗い部分である、呪われた魂(異端者)が額縁から転がり落ちています。これは、ティエポロの最初の大規模なフレスコ画の1つでした。

    チェラブ(天童)や天使が舞う青い空にいる聖母は、聖ドミニコに数珠を差し出す幼子キリストを抱いています。聖人は大理石の階段の頂上に立っており、そこから、総督や教皇を含み金持ちや貧乏人のあらゆる人々がロザリオを利用できるようにしています。一番下では、絵の最も暗い部分である、呪われた魂(異端者)が額縁から転がり落ちています。これは、ティエポロの最初の大規模なフレスコ画の1つでした。

  • 中央の大きな絵を4枚に分けて拡大しました。天空に舞う天使達です。

    中央の大きな絵を4枚に分けて拡大しました。天空に舞う天使達です。

  • ロザリオを持つ幼子のキリストを抱くマリアです。

    ロザリオを持つ幼子のキリストを抱くマリアです。

  • 地上にいる聖ドミニコです。

    地上にいる聖ドミニコです。

  • 最下部は転がり落ちる異端者です。

    最下部は転がり落ちる異端者です。

  • 祭壇に最も近い天井には聖ドミニコへの聖母の出現を描いています。

    祭壇に最も近い天井には聖ドミニコへの聖母の出現を描いています。

  • 右側面の1番目の礼拝所です。祭壇画は、ジャン.バッティスタ.ティエポロ作の「ドミニコ会の聖人達への聖母の出現」です。荊の冠を被り、十字架につけられたキリストの彫刻を持って左側に立っているのは、シエナのサンタ.カテリーナです。その右隣りには、リマのサンタ.ローザがバラを持っている幼子のキリストを抱き立っています。右端は、黒い僧衣を着たモンテプルチャーノのサンタニェーゼ(1726年に列聖されたばかり)で、小さな十字架を持って座っています。3人の聖人の後ろで上段に座っているのはマドンナで、彼らから離れていて気づかれていないように見えます。

    右側面の1番目の礼拝所です。祭壇画は、ジャン.バッティスタ.ティエポロ作の「ドミニコ会の聖人達への聖母の出現」です。荊の冠を被り、十字架につけられたキリストの彫刻を持って左側に立っているのは、シエナのサンタ.カテリーナです。その右隣りには、リマのサンタ.ローザがバラを持っている幼子のキリストを抱き立っています。右端は、黒い僧衣を着たモンテプルチャーノのサンタニェーゼ(1726年に列聖されたばかり)で、小さな十字架を持って座っています。3人の聖人の後ろで上段に座っているのはマドンナで、彼らから離れていて気づかれていないように見えます。

  • 3人の聖人達を拡大しました。

    3人の聖人達を拡大しました。

  • 教会の右側面の3番目の礼拝所です。この祭壇画は、ジャンバッティスタ.ピアッツェッタ(1682-1754)作の「3人のドメニコ会の聖人達」です。<br />左手前の黒衣の人物は、カリブ海に宣教師として赴任したスペインの聖人、サン.ルイジ.ベルトランドです。そこでは、現地人の司祭が彼を毒殺しようとしたと言われています(彼が保持している聖杯の蛇によって象徴されています)。彼の向こうには、幻影でサン.ルイジ.ベルトランドの前に現れたと言われた白衣のサン.ヴィンツェンゾ.フェッレールがいます。右端の聖人は、東方への宣教師として赴いたサン.ジアチントです。彼は聖体顕示台と、彼が奇跡的に救われたドニエストル川の荒れ狂う急流に彼が持参した聖母子の映像を保持しています。

    教会の右側面の3番目の礼拝所です。この祭壇画は、ジャンバッティスタ.ピアッツェッタ(1682-1754)作の「3人のドメニコ会の聖人達」です。
    左手前の黒衣の人物は、カリブ海に宣教師として赴任したスペインの聖人、サン.ルイジ.ベルトランドです。そこでは、現地人の司祭が彼を毒殺しようとしたと言われています(彼が保持している聖杯の蛇によって象徴されています)。彼の向こうには、幻影でサン.ルイジ.ベルトランドの前に現れたと言われた白衣のサン.ヴィンツェンゾ.フェッレールがいます。右端の聖人は、東方への宣教師として赴いたサン.ジアチントです。彼は聖体顕示台と、彼が奇跡的に救われたドニエストル川の荒れ狂う急流に彼が持参した聖母子の映像を保持しています。

  • 左側面の1番目の礼拝所です。この祭壇画は、セバスティアーノ.リッチ(1659 - 1734)作の「教皇ピオ5世、トッマソ.ダクイノ、殉教者のサン.ピエトロ」です。その上には3人の天使がいて、1人はヤシの木の葉を持っています。この祭壇画は1732年から33年に描かれ、1734年に亡くなったセバスティアーノ.リッチの最後の作品の1つでした。教皇ピオ5世(1712年に列聖された)は、プロテスタントの強硬な反対者でした。彼は左側にいるトッマソ.ダクイノ(1226?74)を大いに尊敬し、彼を教会博士にしました。トッマソ.ダクイノは彼の胸の太陽と彼の右手に持っている本、彼の神学大全によって識別されます。右側のサン.ピエトロ殉教者は、通常彼が殺された刃物が頭から突き出ているように描かれます。リッチは、頭の傷は残しても少しエレガントに、刃物を地面に置いています。

    左側面の1番目の礼拝所です。この祭壇画は、セバスティアーノ.リッチ(1659 - 1734)作の「教皇ピオ5世、トッマソ.ダクイノ、殉教者のサン.ピエトロ」です。その上には3人の天使がいて、1人はヤシの木の葉を持っています。この祭壇画は1732年から33年に描かれ、1734年に亡くなったセバスティアーノ.リッチの最後の作品の1つでした。教皇ピオ5世(1712年に列聖された)は、プロテスタントの強硬な反対者でした。彼は左側にいるトッマソ.ダクイノ(1226?74)を大いに尊敬し、彼を教会博士にしました。トッマソ.ダクイノは彼の胸の太陽と彼の右手に持っている本、彼の神学大全によって識別されます。右側のサン.ピエトロ殉教者は、通常彼が殺された刃物が頭から突き出ているように描かれます。リッチは、頭の傷は残しても少しエレガントに、刃物を地面に置いています。

  • 左側面の3番目の礼拝所です。この祭壇画は、ヤコポ.ティントレットの1560年頃の作品である「磔刑」です。これは教会内で最も古い絵画です。その後絵画の状態が悪くなり、ドミニコ会は1743年にピアッツェッタに修復をお願いしました。

    左側面の3番目の礼拝所です。この祭壇画は、ヤコポ.ティントレットの1560年頃の作品である「磔刑」です。これは教会内で最も古い絵画です。その後絵画の状態が悪くなり、ドミニコ会は1743年にピアッツェッタに修復をお願いしました。

  • サンタ.マリア.デル.ロザリオ教会を出て、そのまま河岸を西に歩いて行きます。ヴァポレットの駅ザッテレからサン.バジリオまで一区間を歩いて、サン.セバスティアーノ教会に来ました。この教会は、1548年に完成し、そのファサードは東に向いています。

    サンタ.マリア.デル.ロザリオ教会を出て、そのまま河岸を西に歩いて行きます。ヴァポレットの駅ザッテレからサン.バジリオまで一区間を歩いて、サン.セバスティアーノ教会に来ました。この教会は、1548年に完成し、そのファサードは東に向いています。

  • ファサード側から内陣を眺めています。この教会の内部は、興味深い造りになっています。側廊がない単身廊の形ですが、両側面の礼拝所とファサード裏側に、内側に張り出すように囲いが作られています。この張り出し部分の上部は回廊のようになっているようです。張り出し部分の角4箇所には、写真に見えるように彫像が載せてあります。

    ファサード側から内陣を眺めています。この教会の内部は、興味深い造りになっています。側廊がない単身廊の形ですが、両側面の礼拝所とファサード裏側に、内側に張り出すように囲いが作られています。この張り出し部分の上部は回廊のようになっているようです。張り出し部分の角4箇所には、写真に見えるように彫像が載せてあります。

  • 内陣を仕切る壁面アーチにはヴェロネーゼの受胎告知が描かれています。

    内陣を仕切る壁面アーチにはヴェロネーゼの受胎告知が描かれています。

  • 内陣を仕切る壁面アーチの右側下にある礼拝所のアーチのヴェロネーゼによる装飾です。

    内陣を仕切る壁面アーチの右側下にある礼拝所のアーチのヴェロネーゼによる装飾です。

  • こちらは、同じ内陣を仕切る壁面アーチの左側下にある礼拝所のアーチのヴェロネーゼによる装飾です。

    こちらは、同じ内陣を仕切る壁面アーチの左側下にある礼拝所のアーチのヴェロネーゼによる装飾です。

  • 内陣の中央礼拝所です。この上には、小さなドームがあり礼拝所を明るくしています。ドーム内面にもヴェロネーゼのフレスコ画があったそうですが、消失しています。

    内陣の中央礼拝所です。この上には、小さなドームがあり礼拝所を明るくしています。ドーム内面にもヴェロネーゼのフレスコ画があったそうですが、消失しています。

  • 主祭壇画はパオロ.ヴェロネーゼの作品「栄光の聖母と幼子と諸聖人」です。

    主祭壇画はパオロ.ヴェロネーゼの作品「栄光の聖母と幼子と諸聖人」です。

  • 天空で奏楽の天使に囲まれた聖母子を拡大しました。

    天空で奏楽の天使に囲まれた聖母子を拡大しました。

  • 内陣左壁面は、「サン.セバスティーノの激励を受けるサン.マルコとマルチェッリーノの兄弟」です。内陣には入れないので、写真が斜めになりました。

    内陣左壁面は、「サン.セバスティーノの激励を受けるサン.マルコとマルチェッリーノの兄弟」です。内陣には入れないので、写真が斜めになりました。

  • 注意を引く中央の女性を拡大しました。

    注意を引く中央の女性を拡大しました。

  • そして内陣右壁面は、「サン.セバスティアーノの殉教」です。

    そして内陣右壁面は、「サン.セバスティアーノの殉教」です。

  • 聖セバスティアーノが捕らえられる場面を拡大しました。

    聖セバスティアーノが捕らえられる場面を拡大しました。

  • 身廊左側面礼拝所です。右端はグリマーニ礼拝所で、ヴェロネーゼ作の「聖母子とサンタ.カテリーナとフラテッロ.スパヴェンティ」です。

    身廊左側面礼拝所です。右端はグリマーニ礼拝所で、ヴェロネーゼ作の「聖母子とサンタ.カテリーナとフラテッロ.スパヴェンティ」です。

  • 祭壇画の「聖母子とサンタ.カテリーナとフラテッロ.スパヴェンティ」を拡大しました。

    祭壇画の「聖母子とサンタ.カテリーナとフラテッロ.スパヴェンティ」を拡大しました。

  • 左側面礼拝所の中央は、ヴェロネーゼの弟で助手として活躍したベネデット.カリアーニ(1538 - 1598)作の「キリストの洗礼」です。

    左側面礼拝所の中央は、ヴェロネーゼの弟で助手として活躍したベネデット.カリアーニ(1538 - 1598)作の「キリストの洗礼」です。

  • 左側面アーチの上の装飾を拡大します。これらもヴェロネーゼの作品です。

    左側面アーチの上の装飾を拡大します。これらもヴェロネーゼの作品です。

  • 左側面の右手です。<br />

    左側面の右手です。

  • 左側壁にあるオルガンの扉です。ヴェロネーゼ作の「キリストの神殿奉献」です。

    左側壁にあるオルガンの扉です。ヴェロネーゼ作の「キリストの神殿奉献」です。

  • 身廊右側面礼拝所です。左端はヴェロネーゼ作の「磔刑」です。

    身廊右側面礼拝所です。左端はヴェロネーゼ作の「磔刑」です。

  • ヴェロネーゼ作の「磔刑」を拡大しました。

    ヴェロネーゼ作の「磔刑」を拡大しました。

  • 右側面アーチの上の装飾を拡大します。これもヴェロネーゼの作品です。

    右側面アーチの上の装飾を拡大します。これもヴェロネーゼの作品です。

  • 右側面の左手です。

    右側面の左手です。

  • 右側面で、オルガンに対面したリヴィオ. ポダカッタロ司教の碑の上部の装飾絵画です。<br />

    右側面で、オルガンに対面したリヴィオ. ポダカッタロ司教の碑の上部の装飾絵画です。

  • 天井の装飾です。下の方向が内陣になります。

    天井の装飾です。下の方向が内陣になります。

  • こちらは、上の方向がファサード裏側になります。

    こちらは、上の方向がファサード裏側になります。

  • ファサード側のキャンバスで「ワシュテイの否認」です。

    ファサード側のキャンバスで「ワシュテイの否認」です。

  • 拡大しました。

    拡大しました。

  • これは中央にある「アハシュエロスによるエステルへの戴冠」です。

    これは中央にある「アハシュエロスによるエステルへの戴冠」です。

  • こちらは内陣側で、「モルデカイの勝利」です。

    こちらは内陣側で、「モルデカイの勝利」です。

  • 中央部を拡大しました。

    中央部を拡大しました。

  • 中央の3枚のキャンバスの両側にある装飾です。騙し絵の欄干に果物などの植栽が飾られています。

    中央の3枚のキャンバスの両側にある装飾です。騙し絵の欄干に果物などの植栽が飾られています。

  • 天井の四隅にあるこの形の装飾画は、天井の中央下から見上げる事を意識した欄干の騙し絵になっています。

    天井の四隅にあるこの形の装飾画は、天井の中央下から見上げる事を意識した欄干の騙し絵になっています。

  • 教会の外で左奥にある聖具室に入ります。壁面で中央の「磔刑」は、ドメニコ.リッチオ(1516 - 1567)の作品です。

    教会の外で左奥にある聖具室に入ります。壁面で中央の「磔刑」は、ドメニコ.リッチオ(1516 - 1567)の作品です。

  • こちらはアントニオ.パルマ(1510 - 1575)作の「復活」です。<br />

    こちらはアントニオ.パルマ(1510 - 1575)作の「復活」です。

  • 聖具室の天井もヴェロネーゼの作品で飾られています。天井の四隅に福音書記者4人の絵画が飾られています。これは側にライオンを置く「マルコ」です。

    聖具室の天井もヴェロネーゼの作品で飾られています。天井の四隅に福音書記者4人の絵画が飾られています。これは側にライオンを置く「マルコ」です。

  • こちらは天使を側に置く「マッテオ」です。

    こちらは天使を側に置く「マッテオ」です。

  • 二人を拡大しました。

    二人を拡大しました。

  • これは雄牛を側に置く「ルカ」です。

    これは雄牛を側に置く「ルカ」です。

  • 最後に鷲を側に置く「ヨハネ」です。

    最後に鷲を側に置く「ヨハネ」です。

  • 聖具室天井の中央には「聖母戴冠」が描かれています。

    聖具室天井の中央には「聖母戴冠」が描かれています。

  • 幼く描かれているマリアです。

    幼く描かれているマリアです。

  • サン.セバスティアーノ教会を出て、天気が良いので暫く河岸のフォンダメンテ.ザッテレ.アル.ポンテ.ロンゴを歩いて行きます。対岸のジュデッカ島が逆光に霞んでいます。

    サン.セバスティアーノ教会を出て、天気が良いので暫く河岸のフォンダメンテ.ザッテレ.アル.ポンテ.ロンゴを歩いて行きます。対岸のジュデッカ島が逆光に霞んでいます。

  • 船着場ザッテレの手前の水路を、橋の上から北の方向を望みます。左岸に見える鐘楼は、サンティ.ゲルヴァシオ.e.プロタシオ教会です。

    船着場ザッテレの手前の水路を、橋の上から北の方向を望みます。左岸に見える鐘楼は、サンティ.ゲルヴァシオ.e.プロタシオ教会です。

  • アッカデミア美術館の裏側にあるリストランテ.サン.トロヴァーゾに入ります。トリップ.アドバイザー評価は、ベネチアのレストラン1,320軒中266位です。1年前にも昼食に入ったレストランです。

    アッカデミア美術館の裏側にあるリストランテ.サン.トロヴァーゾに入ります。トリップ.アドバイザー評価は、ベネチアのレストラン1,320軒中266位です。1年前にも昼食に入ったレストランです。

  • 2時半で客はほとんどいませんが、店仕舞いは未だで快く迎えてくれました。

    2時半で客はほとんどいませんが、店仕舞いは未だで快く迎えてくれました。

  • ババの前菜です。

    ババの前菜です。

  • こちらは、ジジの前菜です。

    こちらは、ジジの前菜です。

  • メインは、昨日のように半分づつで食べました。

    メインは、昨日のように半分づつで食べました。

  • スタッフは、私達が食べている間に夕方の準備をしていました。テーブル.クロスを換え、ナプキンを置き、ナイフとフォークをセットします。全てが終わって、私たちが会計をすませ、トイレに行くと、だ~~れもいません。レストランの外玄関まで閉まっていました。<br />

    スタッフは、私達が食べている間に夕方の準備をしていました。テーブル.クロスを換え、ナプキンを置き、ナイフとフォークをセットします。全てが終わって、私たちが会計をすませ、トイレに行くと、だ~~れもいません。レストランの外玄関まで閉まっていました。

  • アッカデミア船着場&quot;C&quot;から1番のヴァポレットに乗船します。右奥にサンタ.マリア.デッラ.サルーテ聖堂が僅かに見えます。

    アッカデミア船着場"C"から1番のヴァポレットに乗船します。右奥にサンタ.マリア.デッラ.サルーテ聖堂が僅かに見えます。

  • 遠くにはホテル.ブチントロも見えています。

    遠くにはホテル.ブチントロも見えています。

  • ヴァポレットの最後部に座りました。ジジは右舷に、ババは左舷の座席です。この最後部には7席があります。

    ヴァポレットの最後部に座りました。ジジは右舷に、ババは左舷の座席です。この最後部には7席があります。

  • この最後部には我々の他には誰もいません。ババの頭の上にアッカデミア橋です。この橋は見た目は木造の橋ですが、構造体は鉄骨のようです。

    この最後部には我々の他には誰もいません。ババの頭の上にアッカデミア橋です。この橋は見た目は木造の橋ですが、構造体は鉄骨のようです。

  • アッカデミア橋をくぐりました。

    アッカデミア橋をくぐりました。

  • アッカデミア美術館が後ろになりました。

    アッカデミア美術館が後ろになりました。

  • カナルの北側の建物前にこのようなオブジェが。

    カナルの北側の建物前にこのようなオブジェが。

  • 過去にはこんなオブジェもありました。

    過去にはこんなオブジェもありました。

  • カ.レッツォニコ前を過ぎます。左側の館です。

    カ.レッツォニコ前を過ぎます。左側の館です。

  • ヴァポレットの最後部と客室との出入り口です。これからカナル.グランデのサン.トマで下船してサン.ポロ教会に向かいます。

    ヴァポレットの最後部と客室との出入り口です。これからカナル.グランデのサン.トマで下船してサン.ポロ教会に向かいます。

  • サン.ポロ教会に入ります。8世紀に創建され、その後2度の改造を受けています。そして16世紀の終わりにかけて、入り口の柱廊が閉鎖されて十字架の礼拝堂に変わり、教会のファサードが隠されてしまいました。

    サン.ポロ教会に入ります。8世紀に創建され、その後2度の改造を受けています。そして16世紀の終わりにかけて、入り口の柱廊が閉鎖されて十字架の礼拝堂に変わり、教会のファサードが隠されてしまいました。

  • 教会の入り口は、右側廊の中程にあります。その入り口を入って左側廊を望みます。対面にジャンバッティスタ.ティエポロ作の祭壇画を見つけました。

    教会の入り口は、右側廊の中程にあります。その入り口を入って左側廊を望みます。対面にジャンバッティスタ.ティエポロ作の祭壇画を見つけました。

  • ティエポロの1754年の作品で「サン.ジョヴァンニ.ネポムチェーノの前に現れた聖母」です。

    ティエポロの1754年の作品で「サン.ジョヴァンニ.ネポムチェーノの前に現れた聖母」です。

  • こちらは右側廊にある祭壇画で、ティントレットの工房の作品「聖母被昇天」です。

    こちらは右側廊にある祭壇画で、ティントレットの工房の作品「聖母被昇天」です。

  • ファサードの裏側にあるヤコポ.ティントレットの1568-69年の作品「最後の晩餐」です。ベルトに財布をぶら下げた裏切り者は、貧者にパンを与える慈善行為を行っています。寄進者や鑑賞者は、曖昧さと変装で困惑します。これは、ティントレットの最後の晩餐の中で最も複雑な絵画になっています。

    ファサードの裏側にあるヤコポ.ティントレットの1568-69年の作品「最後の晩餐」です。ベルトに財布をぶら下げた裏切り者は、貧者にパンを与える慈善行為を行っています。寄進者や鑑賞者は、曖昧さと変装で困惑します。これは、ティントレットの最後の晩餐の中で最も複雑な絵画になっています。

  • 中央部を拡大しました。このテーブルの手前にいるのがユダでしょうか。

    中央部を拡大しました。このテーブルの手前にいるのがユダでしょうか。

  • ファサード側に増設された十字架の礼拝堂です。ジャンバッティスタ.ティエポロの息子であるジャンドメニコ.ティエポロが1749-50年に描いた「十字架の道」の14枚の絵画が展示してあります。このエピソードは、カトリック教会においてイエスの受難の最も重要な場面(死の宣告から埋葬まで)になります。

    ファサード側に増設された十字架の礼拝堂です。ジャンバッティスタ.ティエポロの息子であるジャンドメニコ.ティエポロが1749-50年に描いた「十字架の道」の14枚の絵画が展示してあります。このエピソードは、カトリック教会においてイエスの受難の最も重要な場面(死の宣告から埋葬まで)になります。

  • この1番目の絵は「死刑を宣告されるイエス」です。

    この1番目の絵は「死刑を宣告されるイエス」です。

  • 2番目の絵は「十字架を背負うイエス」です。

    2番目の絵は「十字架を背負うイエス」です。

  • 3番目の絵は「倒れるイエス」です。

    3番目の絵は「倒れるイエス」です。

  • 4番目の絵は「聖母マリアに会うイエス」です。

    4番目の絵は「聖母マリアに会うイエス」です。

  • 5番目の絵は、「イエスが十字架を運ぶのを助けるチレーネのシモーネ」です。

    5番目の絵は、「イエスが十字架を運ぶのを助けるチレーネのシモーネ」です。

  • チレーネのシモーネ(キレネのシモン)は、共観福音書に登場する人物でイエスの十字架を担いで歩いたことで知られています。

    チレーネのシモーネ(キレネのシモン)は、共観福音書に登場する人物でイエスの十字架を担いで歩いたことで知られています。

  • 6番目の絵は「イエスの顔を拭くヴェロニカ」です。ヴェロニカは、十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くイエスに額の汗を拭くようにと自身の身につけていたヴェールを差し出しました。イエスが汗を拭いて返したヴェールに奇跡が起こりイエスの顔が浮かび上がりました。そしてこの布が聖顔布になりました。

    6番目の絵は「イエスの顔を拭くヴェロニカ」です。ヴェロニカは、十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くイエスに額の汗を拭くようにと自身の身につけていたヴェールを差し出しました。イエスが汗を拭いて返したヴェールに奇跡が起こりイエスの顔が浮かび上がりました。そしてこの布が聖顔布になりました。

  • ヴェールを渡すヴェロニカを拡大しました。

    ヴェールを渡すヴェロニカを拡大しました。

  • 7番目の絵は「二度目に倒れるイエス」です、

    7番目の絵は「二度目に倒れるイエス」です、

  • 倒れるイエスが担ぐ十字架を支えている男性は、チレーネのシモーネではないようです。

    倒れるイエスが担ぐ十字架を支えている男性は、チレーネのシモーネではないようです。

  • 8番目の絵は「涙を流すエルサレムの女性に会うイエス」です。

    8番目の絵は「涙を流すエルサレムの女性に会うイエス」です。

  • その光景を見守る華麗な衣装の3人を拡大しました。

    その光景を見守る華麗な衣装の3人を拡大しました。

  • 9番目の絵は「三度目に倒れるイエス」です。

    9番目の絵は「三度目に倒れるイエス」です。

  • こちらでも助ける男性はチレーネのシモーネではないようです。

    こちらでも助ける男性はチレーネのシモーネではないようです。

  • 10番目の絵は「服を脱がされるイエス」です。

    10番目の絵は「服を脱がされるイエス」です。

  • 11番目の絵は「十字架に磔られるイエス」です。

    11番目の絵は「十字架に磔られるイエス」です。

  • 12番目の絵は「十字架上の死せるイエス」です。

    12番目の絵は「十字架上の死せるイエス」です。

  • 十字架の下ではマリアが嘆き悲しんでいます。

    十字架の下ではマリアが嘆き悲しんでいます。

  • 13番目の絵は「イエスは十字架から降ろされ、彼の体は母親に戻る」です。

    13番目の絵は「イエスは十字架から降ろされ、彼の体は母親に戻る」です。

  • 最後の14番目の絵は「埋葬されるイエス」です。

    最後の14番目の絵は「埋葬されるイエス」です。

  • この十字架の礼拝堂には、同じ時期に描いたジャンドメニコ.ティエポロの作品が4点あります。<br />これは「群衆に説教するサン.ヴィンチェンツォ.フェッレーリ」です。

    この十字架の礼拝堂には、同じ時期に描いたジャンドメニコ.ティエポロの作品が4点あります。
    これは「群衆に説教するサン.ヴィンチェンツォ.フェッレーリ」です。

  • 説教には関心なさそうで、こちらを向いた女性です。

    説教には関心なさそうで、こちらを向いた女性です。

  • これは「サン.フィリッポ.ネリの祈り」です。

    これは「サン.フィリッポ.ネリの祈り」です。

  • こちらは「真の十字架を発見するサント.エレナとサン.マカリオ」です。

    こちらは「真の十字架を発見するサント.エレナとサン.マカリオ」です。

  • これは「サン.ジョヴァンニ.ネポムチェーノの殉教」です。ジョヴァンニ.ネポムチェーノは、1世紀のチェコのボヘミアの司教です。殉教しプラハのヴルタヴァ川に遺体が投げ込まれました。彼の彫像が、プラハのカレル橋の欄干に飾られています。

    これは「サン.ジョヴァンニ.ネポムチェーノの殉教」です。ジョヴァンニ.ネポムチェーノは、1世紀のチェコのボヘミアの司教です。殉教しプラハのヴルタヴァ川に遺体が投げ込まれました。彼の彫像が、プラハのカレル橋の欄干に飾られています。

  • 天井画の「栄光の天使達」です。

    天井画の「栄光の天使達」です。

  • こちらも天井画で「キリストの復活」です。

    こちらも天井画で「キリストの復活」です。

  • 同じ「キリストの復活」の天井画の中の天使達です。

    同じ「キリストの復活」の天井画の中の天使達です。

  • サン.ポロ教会を出てリアルト橋を目指して歩いていきます。サン.ジョバンニ.エレモシナリオ教会の先を右に曲がると正面にリアルト橋が見えます。その橋の向こうの鐘楼は、サン.バルトロメオ教会です。

    サン.ポロ教会を出てリアルト橋を目指して歩いていきます。サン.ジョバンニ.エレモシナリオ教会の先を右に曲がると正面にリアルト橋が見えます。その橋の向こうの鐘楼は、サン.バルトロメオ教会です。

  • 前掲の写真の左側に、このサン.ジャコモ.ディ.リアルト教会があります。

    前掲の写真の左側に、このサン.ジャコモ.ディ.リアルト教会があります。

  • サン.ジャコモ.ディ.リアルト教会の内部です。特に興味を引く美術品はありませんでした。<br />

    サン.ジャコモ.ディ.リアルト教会の内部です。特に興味を引く美術品はありませんでした。

  • リアルト橋からヴェポレットに乗船し、1番線と4.1番線を乗り継いでアルセナーレに戻って来ました。6時少し前なので近くを散歩します。昨日の夕方とは異なり、曇りになって夕焼けの日没は期待できませんでした。<br />ホテル前の岸壁に係留されたクルーズ船の後ろにイタリア海軍の強襲揚陸艦サン.マルコ号が係留されていました。

    リアルト橋からヴェポレットに乗船し、1番線と4.1番線を乗り継いでアルセナーレに戻って来ました。6時少し前なので近くを散歩します。昨日の夕方とは異なり、曇りになって夕焼けの日没は期待できませんでした。
    ホテル前の岸壁に係留されたクルーズ船の後ろにイタリア海軍の強襲揚陸艦サン.マルコ号が係留されていました。

  • アルセナーレの次の船着場ジャルディーニの近くにあり、2011年に修復されたパラッツィーナ.カノニカです。<br />

    アルセナーレの次の船着場ジャルディーニの近くにあり、2011年に修復されたパラッツィーナ.カノニカです。

  • ホテルに戻っていきます。遠くにクルーズ船のミケランジェロ号が見えます。

    ホテルに戻っていきます。遠くにクルーズ船のミケランジェロ号が見えます。

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