2019/01/16 - 2019/01/19
684位(同エリア1077件中)
三峯霧美さん
旅の四日目は奈良の創建が不明という古い神社を廻っていきます。
奈良に宿泊した特権の石上神宮の朝拝に参列し、山の辺の道沿いを車で南下していきます。
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6:50 ホテルサンルート奈良 (現尾花ホテル)チェックアウト
ロビーにはドリンクコーナーがあって、6時から利用できます。
コーヒーやお茶が無料で飲めるホテル尾花 宿・ホテル
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お世話になりました。
トラックが駐車場の出入り口を塞いでて、車を出すときに移動してもらいました。 -
ホテル前から、興福寺の五重塔が見えます。
7:00 出発。 まずは夜都伎神社に向かいます。ただひたすら国道を南下。 -
7:31 国道を山に向かって左折すると赤い鳥居が見えてきます。
夜都伎神社の一の鳥居です。 -
駐車場が無くて路駐するしかなく、通行の迷惑にならないためと、どうせ日中に行っても無人なので、早朝の参拝にしました。
振り返ると、町が見える。 -
7:33 突当り左側に石の二の鳥居。
夜都岐神社 (夜都伎神社) やとぎじんじゃ やつぎじんじゃ
式内社の 夜都伎神社の論社の一つです。夜都伎神社 寺・神社・教会
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ここは山の辺の道 歌碑がありました。
山の辺の道ははるけく 野路の上に 乙木の鳥居 朱に立ち見ゆ
この辺りは乙木という地名、夜都岐は乙木が変化したという説もあります。 -
二の鳥居 参道を進むと右手に小さな池があります。
神社は宮山という古墳の上に鎮座しています。 -
拝殿は茅葺で、奈良ではとても珍しいらしい。
昔、乙木には夜都岐神社と春日神社があり、 夜都岐神社の社地を三間塚池(現十二神社の社地)と交換して、春日社を夜都岐神社という名前の改めたと伝わります。だからここは元は春日神社でした。
社地と池を交換って、水に困っていたんでしょうかね。 -
夜登岐神社という扁額 さてさて、どの字が正しい名前なんだか。
明治まで春日大社に「蓮の御供」という神饌を献じてきました。
春日大社から60年ごとに若宮社殿と鳥居を下賜されてきました。 -
拝殿から見える本殿。
現在の本殿は明治に春日大社から移されたものです。
瑞垣の中は中央の大きな社と合わせて5社。 -
祭神 武甕槌命
右側 比売大神 琴平社
左側 天児屋根命 経津主命 -
隣に八坂社 祭神 牛頭天王
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社務所 御朱印は祭礼の時にいただけるようですね。
さあて、そろそろ石上神宮に行こうかな。 -
7:40 町に日が差してきたのか、うすっらとピンク色に染まっています。
ここは山の辺の道に面していてハイキングをしながら神社をお参りする方も多いそうです。残念ながら時間に制約があるので、レンタカー移動です。
次は北に少し戻って石上神宮に行って朝拝に参加します。 -
7:46 石上神宮の社号標を右折して、杜の中に続く道を進みます。
第一駐車場は鳥居のそば。参道は朝のお掃除中です。 -
石上神宮 いそのかみじんぐう 式内社 二十二社
日本書紀によれば、日本最古の神宮。
大鳥居
昭和三年、昭和天皇の御大典を記念して台湾檜で造られましたが、平成入って修理が行われ2011年に再建立。石上神宮 寺・神社・教会
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主祭神 布都御魂大神 ふつのみたまのおおかみ
御神体の布都御魂剣に宿る神様です。
布都御魂剣は葦原中国平定の際に使われた剣で、神武天皇が熊野で窮地に陥ったときに、高倉下の夢枕に天照大神、高木神、建雷神が現れ、葦原中国を平定した剣を授けます。
剣を神武天皇の近くに運ぶと神武天皇は目を覚まし、剣を受け取ると熊野の荒ぶる神は自然にきり倒されていました。 -
その後、剣は物部氏によって宮中で祀られていましたが、崇神天皇の勅名で現在地に「石上大神」として祀ったのが、神社の創建です。
境内では綺麗な鶏がいて、コケコッコーと盛大に鳴き交わしています。 -
主祭神 布留御魂大神 ふるのみたまのおおかみ
饒速日命(にぎはやひのみこと)が天津神(あまつかみ)から授けられた十種の神宝に宿る神様です。
十種の神宝は亡くなった人も蘇らせる力を秘めていて、宮中で祀られていていましたが、 布都御魂剣と共に石上神宮に遷されました。
休憩所は 以前拝殿前にあった舞殿だったもの。鶏に占拠されていますね。 -
主祭神は三柱 いずれも剣に宿る神様で、この辺りは武器庫があったそうですよ。
布都斯魂大神 ふつしみたまのおおかみ
素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿る神様です。
手水を使って、石段を上がります。 -
石段を上がると左手に回廊と楼門です。
楼門は鎌倉時代末1318年に建立されました。
鐘楼門でしたが、明治の神仏分離で鐘は取り外されて売却されたそうです。 -
山県有朋の筆による「萬古猶新」ばんこなおあらたなり の額がかかっています。
現在の回廊は昭和に入って再建されたもの。
朝拝は8時半から、まだ時間があるので摂社や末社を廻って行こう、 -
出雲建雄神社 いずもたけおじんじゃ 式内社
草薙剣の荒魂の出雲建雄神を祀ります。 -
隣の 末社 猿田彦神社
江戸時代は東の山中にあった神社で、明治に遷座し、明治末期に内山栄久寺の鎮守社だった住吉社の祭神も合祀されました。 -
摂社 天神社
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)神皇産霊神(かみむすびのかみ) -
摂社 七座社
七座社
生産霊神・足産霊神・魂留産霊神・大宮能売神・御膳都神・辞代主神・大直日神
天神社と七座社の例祭、鎮魂祭。鎮魂(たまふり)が行われると、生命力に新たな力が宿ると古代の人々は考えたそうですよ。 -
8:15 そろそろ 楼門の中に入りましょう。
神職さんたちがバケツに水を汲んで、あちこち、水拭き雑巾がけ中です。 -
拝殿
1081年に白河天皇が宮中の神嘉殿を寄進しました。
拝殿として現存する最古のもので、国宝です。 -
授与所の神職さんに朝拝に参加したいと伝えました。
時間が来たら神職と一緒に拝殿に上がってくださいと、とてもにこやかに対応してくださって、ちょっと安心しました。 -
神拝詞を300円で購入して、式次第をいただき、隣の透明のカーテンがかかっているところで待機。
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この日の参加者は私を含めて三人、他のお二人は顔見知りで何度も参加(毎日?)されている様子です。
カーテンの内側にはストーブがあって、ちょっと温かい。 -
太鼓の音がして、先ほどお掃除をしていた神職さんたちが白い装束に身を包んで拝殿に上がっていきます。
お二人にくっついて、拝殿に上がりました。
参加者のお一人が向かって右側に座るように案内してくださいました。
国宝の中にいます! -
一人の神職さんが正面に進み、朝拝を進行していきます。
内心オロオロしながら、神拝詞のいくつかを一緒にあげました。
他のお二人は言葉を覚えてらっしゃる。 -
厳粛な雰囲気に、ちょっと緊張しましたが、神様にご挨拶ができました。
いろんなものを祓っていただき、心身共にスッキリして、絶好調なんじゃないの?といったところ。 -
本殿はよく見えません。
明治まで本殿は無く、禁足地にご神体の 布都御魂剣が土中に埋められているという伝承がありました。
明治に官許を得て調査したところ、多くの玉類、剣、矛などと共に 布都御魂剣も顕現され、今はその場所に大きな石が置いてあります。
大正初期にかけて、拝殿の奥に本殿を建立し、 布都御魂剣 はご神体として祀られています。 -
御朱印を頂きました。
左は七支刀 しちしとう の御朱印
ご神体と同様に奉斎されてきた剣で、日本書紀に記される百済から献上された「七枝刀 ななつさやのたち」と考えられています。 -
さて次の訪問地へ移動しよう。
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綺麗なニワトリ、これは日本画の題材になるのもわかるね。
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9:05 大和神社 おおやまとじんじゃ
式内社 二十二社
駐車場の場所がよくわからず、車で鳥居をくぐると、すぐに左手に整備された空き地、ここだね。
地元の方が幼児を連れて駐車して、どこかに行く。。。保育園の送りかな?大和神社 寺・神社・教会
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青空が見えて日が差してきました。
今日はお天気に恵まれそうです。
参道を歩いていくと、二の鳥居。 -
その左側に 増御子神社
祭神 猿田彦大神 天鈿女命 -
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手水を使って、さらに進みます。
神職さんは朝の準備をされている様子で、あちこち歩きまわってる。 -
拝殿
祭神 日本大国魂大神 やまとおおくにたまのおおかみ・八千戈大神 やちほこのおおかみ・御年大神 みとしのおおかみ
倭大国魂神(日本大国魂大神)は天照大神と共に宮中(瑞籬宮)で祀られていました。
世の中が乱れたため、崇神天皇は神威を恐れて、天照大神を笠縫邑に移し、倭大国魂神は穴磯邑の長岡岬に祀りました。
長岡岬は現在地より東となりますが、場所は特定されておらず、現在地に遷座した時期も分かっていません。 -
倭大国魂神は大地主神、国土の守護神として、国の中枢近くに祀られてました。
897年には正一位になり、延喜式神名帳には大和坐大国魂神社三座、名神大社と記されており、二十二社の一社になり、平安時代初期までは伊勢神宮に次ぐ社領を持っていました。 -
しかし平安京への遷都、藤原氏の隆盛で春日大社と興福寺の力に押され、また幾度かの火災などで衰微し、中世には社領をすべて失います。
江戸時代は大和郷の村々が神社を支え、明治に入って新社殿が造営されて官幣大社に列し、郷社も兼ねることとなりました。 -
お参りは拝殿から
拝殿の奥に中門があり、本殿はその奥。
中殿 日本大国魂大神 御神体は玉
左殿 八千戈大神(大国主命) 御神体は剣
右殿 御年大神 御神体は鏡
奈良時代には遣唐使の出発に際し、交通安全の祈願をしたと伝わります。
交易、農業、工業、商業とすべての産業の啓発と繁栄を司ります。 -
頂いた御朱印
神紋の橘の印 -
末社 高龗神社
祭神の 高龗神は竜神で、延喜式には丹生川上神社はこの社の別宮と記されているそうです。 -
この地は高龗神社の鎮座地で、あとから大和神社が遷座したという説もあるそうです。
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一体、どのくらい古い神社なんでしょうか。
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御朱印を頂きました
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摂社 朝日神社
祭神 朝日豊明姫命 佐保庄にあった神社を境内に移築しました。
厳島神社
事代主神社 -
1969年に戦艦大和記念塔が建立されました。
戦艦大和の管内に大和神社が分祀されていました。
同じ名だからなのでしょうか、理由はわからないそうですが、その関係で戦艦大和の英霊が祖霊社に合祀されました。
毎年、慰霊祭も執り行われています。 -
戦艦大和の資料室 あまり興味は無いのですが、来たので見て行こうという感じ。
母方の大伯父は海軍の軍艦で亡くなりました。まだ第二次世界大戦が始まる前、船の機関が壊れ、高温の蒸気が吹出す中の修理に志願して、火傷で亡くなりました。
大伯父が犠牲になって艦を救ったので、葬儀には天皇皇后両陛下からお香典が出ました。 -
だから戦死ではないのですが・・・。
小学校で友達がやっていた「軍艦じゃんけん」という遊び、知りませんでした。
グーが軍艦、チョキが沈没、パーがハワイ。
母から教わらなかったのは、きっと戦争が嫌だったんでしょうね。 -
御朱印を頂いて、次の訪問地、大和神社の神宮寺だった長岳寺へ移動です。
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