2026/02/05 - 2026/02/05
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かくちゃんさん
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二十七日目。この旅で最も過酷な日となってしまいました。
午前11時20分、曇天に日が射す中、帯解駅を出発。田園風景が広がる奈良盆地を南下し、櫟本の古い町並み、天理の市街地を抜け、丹波市に入ると天理宿である。
景色が再び田園風景となる中、ため池を横目に進み、柳本の古い町並みを経て、巻向駅でJR桜井線の踏切を渡り、苧環塚(おだまきつか)辺りから続く住宅街を進むと右手に大鳥居が見えて来る。大神神社である。
旧道に隣接する一の鳥居をくぐり、二の鳥居から緩やかに上る参道を進み、拝殿に拝礼。平等寺に立ち寄り、三輪の旧中心部から再び伊勢本街道に入ると、海柘榴市で山の辺の道と合流。朝倉の集落で給水しようとスポーツドリンクを口にすると冬場なのにペットボトル1本を飲み干してしまう。あまり調子が良くないなと思いつつ、緩やかに上る道を進んで長谷寺の門前町に到着。ここでかなり具合が悪くなる。
仁王門をくぐり、登廊を上るも息絶え絶えで、本堂に到着した頃には走って来たわけでもないのにベンチに座ると意図せず前かがみに。何とか立ち上がり本堂で御本尊様に拝礼した後、フラフラしながら外舞台を遠目に見た後、日なたのベンチで休んでいると少し回復して来た気がしたので、再び出発を決意。
仁王門から東に坂を下り、連歌橋を渡った頃は何とか走れるかなと思うも、上り坂が堪えたのか、上化粧坂を越え道が下りとなっても歩くのがやっとの状態。吉隠の集落の建物の陰で少し横になるも回復する兆しはなく、やむを得ず再出発。徳川の御代にはこうして行き倒れになる人もいたんだろうなとぼんやり考えながら西峠に向う上り坂を淡々と歩き、何とか峠を越え、道が下りになっても歩き続け、墨坂を下り、萩原宿に入り、近鉄大阪線のガードをくぐって右折して何とか榛原駅に到着。本日はここで止まることとする。本日の走行距離、六里二十九町也。
駅前の公衆トイレで着替えた後、粉もん屋八榛原駅前店でたこ焼きと生ビールをいただくも途中胸やけで食べることができなくなり、ビールもたこ焼きも残す形で退散。調子が悪いまま二十七日目を終えることになってしまったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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帯解駅の改札口
かつてはここに駅員がいて、切符を切ったり回収したりしていたんでしょうね。駅舎内は交通系カードのチャージ用の機械はありましたが、自動券売機はありませんでした。
登録有形文化財に登録されている帯解駅。奈良市では駅舎の復元整備のためふるさと納税を利用したクラウドファンディングを実施しているとのことでしたので、帰宅後5,000円ほど寄附させていただきました。帯解駅 駅
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帯解駅前にあるチェリオの自動販売機
この旅では愛知県に入って以来、ずっとこの自販機にお世話になっています。スポーツドリンク500mlがいまだに100円で買えます。 -
龍象寺
安産・子授けにご利益があるという龍象寺。本堂には立派な天井画が描かれているようですが、現在別の場所で修復しているようです。龍象寺 寺・神社・教会
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伊勢本街道 天理宿
天理市の中心街を抜け、丹波市(たんばいち)に入りクランクのような道を過ぎると100mほど急に道幅が広がります。ここがかつての天理宿で市場でもあったようです。宿場の一部の道幅が拡がる風景は青梅街道の小川宿と似ています(https://4travel.jp/travelogue/11932491)。 -
街道沿いのため池
京や大坂では全く見かけなかったため池。暗峠を越えて奈良県に入ってから街道沿いでもこうしたため池を多く見かけます。 -
JR桜井線巻向(まきむく)駅
ちょうど高田行の電車が到着したところを撮影。平日の昼間でしたが、電車はそれなりに込み合っており、列車交換もない無人の棒線駅でしたが乗降客が5~6人いました。
JR桜井線は難読駅が多く「巻向」のほかにも「京終(きょうばて)」や「櫟本(いちのもと」といった知らなければ到底読めない駅があります。巻向駅 駅
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大神(おおみわ)神社 一の鳥居
伊勢本街道に面しています。大神神社への参道は本来はここからなのでしょうが、現在は国道169号線に面する大鳥居から入るか、JR桜井線三輪駅から参道に入る人がほとんどで、ここを通って参拝する人はあまりいないかもしれません。 -
大神神社 二の鳥居
大神神社は、古来より本殿を設けず拝殿を通して直接三輪山に祈りを捧げる祭祀ゆえに我が国最古の神社と呼ばれているのだそうです。二の鳥居をくぐると参道は未舗装の緩やかな上り道になります。 -
大神神社 拝殿
拝殿は鎌倉時代からあるようですが、現在の拝殿は寛文4年(1664年)に徳川家綱公が再建したもので国の重要文化財となっています。三輪の初えびす初日ということもあってか2月の平日でしたが境内は混雑していました。大神神社 寺・神社・教会
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三輪山平等寺
聖徳太子が開基したと伝わり、関ケ原の合戦で敗れた薩摩の島津義弘も滞在したという平等寺。御一新による廃仏毀釈によって壊滅的な打撃を受けますが、昭和52年(1977年)になってようやく平等寺の寺号が復活し現在に至っているのだそうです。平等寺 (桜井市) 寺・神社・教会
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伊勢本街道 三輪の中心部
ここに宿場があったかどうか定かではありませんが、鍵の手になっている道筋は宿場町の雰囲気を感じます。 -
海柘榴市(つばいち)跡
恵比寿神社で行われていた三輪の初えびすはこの辺りにあったとされる海柘榴市の伝統を今に伝えたものなのだそうです。伊勢本街道はここで山の辺の道と合流します。海石榴市跡 名所・史跡
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長谷寺入口
国道165号線から旧道への入口に大きな石碑と常夜燈が控えています。 -
初瀬の道標
長谷寺への参道の途中にあります。伊勢本街道はここを右折し下化粧坂(しもけはいざか)から吉隠(よなばり)に向うルートと仁王門から連歌橋を渡って上化粧坂から吉隠に向うルートがあります。 -
伊勢本街道 長谷寺宿
長谷寺の門前町で伊勢本街道の宿場町でもあった場所で、現在も飲食店やお土産屋が軒を並べるとともに旅館もあります。 -
長谷寺仁王門
長谷寺の総門で明治22年(1889年)に再建されたものなのだそうです。長谷寺 仁王門 名所・史跡
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長谷寺愛染堂
登廊を上り切ったところに広場のような場所がありそこから愛染堂が見えます。 -
長谷寺本堂外舞台
長谷寺には清水寺で有名な外舞台があります。若干、高所恐怖所でしかも具合が悪かったので舞台の真ん中まで進むことができませんでしたが、端から見ても中々の絶景でした。なお、本堂の御本尊である木造十一面観世音菩薩は撮影禁止でした。長谷寺 本堂(舞台) 寺・神社・教会
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連歌橋
仁王門から駐車場方面に下りていくと連歌橋があります。ここを渡って右折し、上化粧坂を越えると伊勢本街道に合流できます。 -
上化粧坂(かみけはいざか)から見た長谷寺
古代の倭姫命(やまとひめのみこと)や後世の伊勢へ向かう女人が参拝前に化粧をし、身なりを整える場所であったことから、「化粧坂」と呼ばれているのだそうで、ここから見る長谷寺の景色は本居宣長も絶賛したのだとか。 -
墨坂
かつての伊勢本街道で今も通ることができます。昭和15年(1940年)建造の「墨坂伝承の地」の石碑が2か所に建っていました。墨坂神社はかつてこの辺りに鎮座していたと考えられているのだそうです。 -
伊勢本街道 萩原宿
「萩原」と書いて「はいばら」と読み、明治に入り「榛原」と当てる字を変えたのだそうです。徳川の御代には茶屋や旅籠が並び、人馬の継立ても行い、伊勢や長谷への寺社詣客で賑わっていたようです。萩原は現在も地名として残っていますが、今は「はぎはら」と呼んでいるようです。 -
近鉄大阪線榛原(はいばら)駅
駅は橋上駅舎、駅前はロータリーが整備されるなど近代化されています。ちなみに駅の所在地は「榛原萩原」。宿場に隣接する形で駅がある格好になっています。榛原駅 駅
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