2019/12/29 - 2019/12/31
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毛利慎太朗さん
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この旅行記のスケジュール
2019/12/29
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一ノ関6:48(はやぶさ102)大宮8:30
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大宮8:50(京浜東北線快速)9:00武蔵浦和
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9:06武蔵浦和(武蔵野線)9:36府中本町
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11:49府中(京王線特急)12:11新宿
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12:16新宿(山手線)12:21原宿
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原宿(山手線)新宿
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15:49新宿(京王線準特急)16:11府中
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この旅行記スケジュールを元に
夏に叔父一家が一関へ帰省したときに、叔母(叔父の妻)より「いつか東京へ来て見て」と毎度言われていたので今年は意を決して、母を伴って叔父宅へ訪問してきました。
一日目は東北新幹線と埼京線、武蔵野線を乗り継いで府中本町駅へ。
大國魂神社、明治神宮、東郷神社を叔父とともに参拝しました。
二日目は叔父一家とともに靖国神社を参拝し、横浜中華街で四川料理に舌鼓!
三日目は叔父宅でゆっくりすごしたのち、乗ってみたかった「あの車両」にも乗ることができ、満足のうちに帰路へつくことができました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
09:06 大宮
↓武蔵野線
09:36 府中本町
武蔵野線の車中にて、乗った車両が209系500番台だったので、思わず製造プレートをパシャリ!
「JR新津車両製作所」の文字が時代を感じる。
まだ、社内直営工場の時代だ。
最近作られたE721系1000番台やJR直通の相鉄12000系なんかは「J-TREC 総合車両製作所」のプレートだろうし。 -
府中本町に着いたら顔も撮んなくちゃね。
209系とは言えE231系に顔つきが近い。
写ってないがパンタグラフは209系らしく菱形パンタだし。府中本町駅 駅
-
所属車両センターは千ケヨ(京葉車両センター)となっているが、うっすら前の所属先である八ミツ(三鷹車両センター)の文字が写っている。
元C509編成らしい。
でも、何気に「八ミツ」って美味しそう。 -
叔父宅へ荷物を預け、叔父の案内で向かったのが大國魂神社。
まずは、手水舎で手を清めなくては。
明治三十年(1897)築で、平成二十三年(2011)に現在地へ改修のうえ、移築されたんだとか。
千鳥破風+唐破風で、榴岡天満宮(仙台)の御社殿に似た華やかな造り。
写真右手に見えますのが日露戦役記念碑となります。 -
見上げますと、獏、鳳凰、龍の手が込んでる彫刻がありました。
江戸彫工の飯田家四代目、飯田勇次郎によるもの。 -
龍口は向かい合わせで置かれておりました。
二つあるのもなんだかめずらしい。 -
手水舎内側を見上げるとここにも龍の彫り物が。
人がめったに見ないところにも、彫刻を施す手の抜かりなさ。
「ニクい演出」とはまさにこのことです。 -
次に随神門をくぐりました。
平成二十三年(2011)に御鎮座壱千九百年事業で改築、檜造りの荘厳さもあり、唐破風の華やかさもあり。
随神の後面には恵比寿さまと大黒さまが祀られております。 -
豊磐間戸命(とよいわまどのみこと)
俗に右大神と仰い、随神門の向かって右側に鎮座しております。
鹽竃神社随神門は向かって左に若い随神(奇磐間戸神・くしいわまどのかみ)が鎮座しており、立ち位置が逆のように感じます。 -
櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと)
俗に左大神と仰います。
この一対の随身は天岩門別神(あまのいわとわけのかみ)と仰いまして、天岩戸隠れののちに天照大御神の新たな宮殿の守護神となられました。
また神社の門の守護神としても、多くの善男善女を見守っているわけです。
随神像も御鎮座壱千九百年事業にあわせて奉納されたものですが、享保二十年(1736)に奉納された随神像(同社宝物殿に展示)をもとに、東京芸大によって製作されました。
国産檜・寄木造り・天然の顔料による着色。 -
随神門をくぐって左手にみえますのが、鼓楼(ころう)
時を告げる太鼓やぐらです。
嘉永七年(1854)再建、昭和50年(1975)府中市有形文化財に指定されました。
御祈祷のときに太鼓は叩きますが、やぐらまであるのは珍しいです。 -
拝殿は明治十八年(1885)年改築。
昭和五十三年(1978)、平成二十二年(2010)改修。
切妻造で、お賽銭箱の辺りが千鳥破風+唐破風で先ほどの手水舎に似た造りである。武蔵総社 by 毛利慎太朗さん大國魂神社 寺・神社・教会
-
◎大國魂神社の概要
創建は景行天皇四十一年(西暦111)。
御本殿はもともと三つの棟が独立しておりましたが、寛文七年(1667)に一つの棟に繋げられました。
中殿には大國魂大神(出雲の大国主神に同じ)、御霊大神、武蔵国管内の神様が祀られております。
東殿(向かって左)に武蔵国一宮・小野神社(多摩市)、二宮神社(小河神社・おがわじんじゃ・あきる野市)、三宮・氷川神社(さいたま市大宮区)の神様を祀っております。
西殿には四宮・秩父神社、五宮・金鑚神社(かなさなじんじゃ・埼玉県神川町)、六宮・西八朔杉山神社(にしはっさくすぎやまじんじゃ・横浜市緑区)の神様を祀っております。
大化の改新(645)以降律令制が発展すると、国司(朝廷の出先期間である国府の長官)は行政・軍事・司法、さらに『祭祀』を司っていた。
つまり、国司が赴任してすぐやる仕事はというと、管内の神社を一宮から順に参拝して回ったわけです。
その仕事を簡略化するために管内の神社を国府の近くにまとめて祀った神社を総社(そうしゃ・そうじゃ)といい、武蔵国総社の役割を兼ねたのも、この『大國魂神社』なのです。 -
御朱印は拝殿向かって左手の社務所でいただきました。
玄関入ってすぐ右側が受付でした。 -
御朱印の初穂料は三百円。
シンプルですが、流れるような達筆で満足。 -
社務所の玄関向かって左側には橙(だいだい)
先ほどスーパーで五十円で売られていたのを見たので、こうやってなっているのかあ~と感慨にふける。
みかんですらなったところあんまり見ないしなあ~ -
せっかく来たので運試しもしたいところ。
おみくじはこの一種類が何ヵ所も設置されておりました。
棒で引く古典的かつセルフサービスなところがよいですね。 -
第15番、末吉です。
『言』すなわち言葉に気を付けろとでました。
怒りに任せて言葉をぶつけるのは控えよう。
売られた喧嘩は買うまい!
旅行運は「遠出もよし、ただし盗難に注意」とある。
伊勢の神宮にいったので、今度はいづものおほやしろ(出雲大社)へ母を案内するかな。 -
天のみこえは「神は時代に則した教えをつげ、我々を奮起させる」とある。
神々の世界も温故知新なり、われわれも見習わなければ。 -
随神門の脇の狛犬。
歴史を感じるなあ。
苔のもじゃり具合が、ええのう~ -
さて、とんで京王線、山手線を乗り継いで一路原宿駅へ。
明治神宮にやって参りました。 -
清正井、明治神宮ミュージアム等見処をはしょっていきなり奉納酒樽前です。
規模といい日本一じゃないすか。
岩手県の酒樽は?と探すと『南部美人』がめっかった。
あんまこの蔵本は呑んだことないけど、生貯蔵酒は地元のセブンイレブンなんかで手軽に買えて、呑みやすいのでお薦めです。
おっ、令和元年八月に行った『末廣』もあるね。 -
御祭神の明治大帝陛下は欧米の文化を進んで取り入れ、ワインもお好きだったとか。
なので、その奉納酒樽も!
知っているのはせいぜいロマネ・コンティぐらいかな、のんだことないけど。 -
明治神宮のシンボルのひとつ『大鳥居』
高さ12メートル、日本一の高さを誇ります。
昭和五十年(1975)竣工の二代目。
道理でカメラを構えていた人がいたわ。正月並みの混雑 by 毛利慎太朗さん明治神宮 寺・神社・教会
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手水舎(ちょうずや)の向かいには祓舎(はらえしゃ)がありました。
神事に入る前に参拝者が身を清める祓所(はらえど)のようなものでしょうか?
12月の大祓などの神事で使われているみたいです。 -
まずは、手を清めるとしますか。
手水舎の規模も伊勢の神宮なみに大きいですね。 -
普通の手水舎との違いはというと、このように御製(天皇陛下の和歌)があるということです。
ちはやふるの意味を調べていると当初は荒ぶるという意味がでてきたのですが、『神』にかかっている情緒的な言葉なので、あまり意味はないかな。
歌の意味は、お祀りした神様のお陰で、一年無事に過ごせましたよというざっくりした意味でいいのかな。
年の暮れにふさわしい御製です。
明治大帝陛下の御製は、百人一首に出てくる和歌よりわかりやすいので、明治神宮のおみくじにもなっているのは納得です。 -
明治大帝陛下の御製の左手には、もう一柱の御祭神である昭憲皇太后陛下(明治大帝陛下のお后さま)の御歌(皇后陛下の和歌)
こちらは、年末大掃除をして、新らしき年に国旗がたなびく姿を想像すると、喜ばしいことですね、という意味でよろしいのかな。
逆帰省まえに、掃除しないで家を出たことを、ここで反省。 -
次に、南神門から拝殿へ向かうとしましょう。
南神門は創建当時(大正五年・1920)から残る建物です。
こちらも御鎮座百年で銅板が葺き替えられました。
天に向かって延びる木と絡めて撮ってみました。
門という人工的なものに木という自然のコントラスト。
ここも百年前、人工的に作った自然林なので、表現としては?ですが、まあ宜とするか。 -
南神門には奉納された絵馬が掲げられておりました。
令和二年は六十干支(ろくじっかんし)によると庚子(かのえね)なんですね。 -
内外拝殿と御本殿は昭和三十三年(1958)に銅板葺きで再建された。
創建当時の御社殿は築地本願寺を設計した伊東忠太博士の手による桧皮葺の古風な建築様式でしたが、昭和二十年(1945)空襲にて焼失。
御鎮座百年事業による屋根の葺き替え工事が平成三十一年/令和元年に完了したばかりなので、御社殿の銅板が桧皮のようにまばゆきかな。正月並みの混雑 by 毛利慎太朗さん明治神宮 寺・神社・教会
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御朱印は拝殿向かって右の東神門をくぐりまして、神楽殿でいただきました。
初穂料は五百円、御朱印帳込みだと千円なので、御朱印始められる方は御朱印帳もいただいた方がいいかも。
お正月でもないのに約一時間も並びました。
『宮』の真ん中に点がないのは正しい表記です。
いやあ、『皇紀二千六百七十九年』のお印がつくのがありがたいですね。 -
『東郷神社』へ参拝する道すがら原宿駅表参道口駅舎をカメラへ収めます。
いやあ~ただの木造駅舎だと、単調ですが、教会みたいに塔がついていてモダンな造り。
1924年の文化財級の駅舎ですが、今年の3月以降は解体されることに。
こんなレトロな駅舎を壊すのはもったいないなあ~原宿駅 駅
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東郷神社に到着し、まず、手水舎で清めますが、この建物もちょっと特徴的な建物でして。
一見シンプルな木造ですが。 -
天井を見上げると、木のうねり具合がええのう~
自然木の、ありのままのかたちを生かしていますね。
丸太や角材とも違った素の美しさよ。
仙台の松音寺山門(伊達政宗公が晩年を過ごした若林城大手門を移築)と造りが似ているので、まさかこんなところで出会うとは。 -
また、このように瓢箪から手水が出てくるのも面白い仕掛け。
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東郷神社の御祭神は、日本海海戦でバルチック艦隊を撃破し、ロシア帝国の南下から大日本帝国を救った連合艦隊司令長官、東郷平八郎元帥。
創建は昭和15年。
そののち、東京大空襲で御社殿を焼失、昭和三十九年(1964)年に再建されました。明治神宮と併せて参拝致したい。 by 毛利慎太朗さん東郷神社 寺・神社・教会
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この『Z旗』は操業中の漁船が網を投げるときや、引き船がほしいときに掲げていたものでした。
明治三十八年(1905)五月二十七日、対馬沖にて日本海海戦の火蓋がまさに切られようとしたその時、東郷元帥が乗られる戦艦三笠に『Z旗』が掲げられました。
『皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』
旗とこの言葉を合図に総員死に物狂いで攻撃にかかり、日本海海戦を勝利に導きました。 -
境内社『海の宮』
海軍・海事・水産関係者の御霊を合祀します。 -
授与所から海の宮、神門にかけて東郷元帥の生涯について解説されておるんですが、五番目が明治三十七年(1904)三月の第二回旅順口閉塞作戦について解説されておりました。
この作戦で散華された広瀬武夫中佐は、日露戦争ののち軍神と称えられ、かつての中央線ターミナル、萬世橋駅前に銅像が掲げられました。
鉄道ファンなので、何気に興奮する解説ですね。 -
御朱印と一緒にお守りも頂きたくなったので、身体健全守(初穂料五百円)を頂きました。
キティちゃんがZ旗をもっているデザインが気に入りました。
その他にもぐでたまのお守りもありました。 -
御朱印は拝殿向かって左側の授与所で頂きました。
初穂料は五百円。
上の紫の御紋は東郷家の家紋『つたの葉』です。 -
帰りは竹下通り経由で帰ってきましたが、身動きがとれませんでした。
山手線も通勤電車かってくらいでした。原宿駅 駅
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15:49 新宿
↓京王線準特急
16:11 府中
帰りは京王8000系(8708F)でした。
減速時の「プォーン↓フォーン↓ボーン↓」とGTO特有のインバータ音が面白かったですね。府中駅 駅
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時処変わって十二月三十日(月)の靖國神社。
従兄の運転する車でやって参りました。
第一鳥居と第二鳥居の間の駐車場にとめて、早速見えるのは日本陸軍の父、大村益次郎先生の銅像です。
靖國神社の前進『東京招魂社』の建立に尽力されました。
銅像は明治二十六年(1893年)彫刻家の大熊氏廣氏によって製作された、我が国初の西洋式の銅像。
画質はイマイチですが、眉毛が立派ですね。二四六万六千余柱の神霊(みたま)を祀る神社 by 毛利慎太朗さん靖国神社 寺・神社・教会
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大灯籠と、第二鳥居、神門を絡めて撮ってみましたが、やはりスケールが東北の神社と違いますね。
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大燈籠の大きさは十三メートル、昭和十年(1935)富国徴兵保険によって建立された我が国最大級の石灯籠。
写真は向かって右側の大灯籠で日露戦争の主要場面が描かれておりました。 -
おっ、ここにも広瀬中佐のレリーフがありました。
なお、この写真の右手には東郷元帥のレリーフがありました。 -
第二鳥居は明治二十年(1887)年建立で、青銅製。
十五メートルもあり、百年以上建っていることにびっくり!二四六万六千余柱の神霊(みたま)を祀る神社 by 毛利慎太朗さん靖国神社 寺・神社・教会
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第二鳥居の前には全國靖國献酒会の酒樽があり、一関市の地酒である「世嬉の一酒造」の奉納酒樽がありました。
いやあ、なんとも誇らしいことですね。 -
神門は昭和九年(1934)建立の、総檜造。
設計はこちらも寺社建築の権威、伊東忠太博士。
門扉だけでも六メートルあり、いかに巨大かということがわかります。
十六八重表菊(これも直径一メートルあり)の金紋が掲げられており、皇室との縁の強さを感じました。二四六万六千余柱の神霊(みたま)を祀る神社 by 毛利慎太朗さん靖国神社 寺・神社・教会
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靖國神社は明治大帝陛下の思し召しにより、明治二年(1869)東京招魂社として創建。
戊辰戦争以後、国内外の戦争で、大日本帝国のために命を捧げた軍人さんや、従軍看護婦、動員学徒などの神霊(みたま)二四六万六千柱をお祀りしております。
また、吉田松陰先生や、坂本龍馬先生、橋本左内先生など、幕末の志士も祀られております。
※写真鳥居奥の建物は拝殿、明治三十四年(1901)築。
なお、撮影可能はこの中門鳥居の外側まで。二四六万六千余柱の神霊(みたま)を祀る神社 by 毛利慎太朗さん靖国神社 寺・神社・教会
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御朱印は拝殿向かって右の参集殿一角の御朱印所で頂きました。
初穂料は三百円。
誠にスタッと整った字ですこと。
御創立百五十年のお印がありがたいですね。 -
靖国神社の宝物館である遊就館(ゆうしゅうかん)
昭和六年(1931)竣工、こちらも伊東忠太博士が設計に加わっております。
この日はあいにく休館日でした。
(令和元年は十二月二十六日から三十一日まで)
一階の撮影可能エリアには泰緬(たいめん)鉄道で使われていたC56型機関車が展示されているので、鉄道ファンとして興味深いところです。靖国神社遊就館 美術館・博物館
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中門鳥居向かって左では『全国奉納絵馬展』が行われていました。
全國靖國献酒会の奉納酒樽も、こちらの絵馬展も、もともとは御英霊のみなさんに郷里を懐かしんで頂こうと始めた取り組みですが、私たちもそのおこぼれを預かって、全国を旅行できた気分になれて光栄なことです。
平和な時代でこそできる、いい取り組みだと思います。
写真は一番郷里から近い陸中一宮駒形神社(奥州市水沢区)、藁で編まれた舟に鼠がのって、初日の出をのぞむ可愛らしいデザイン。二四六万六千余柱の神霊(みたま)を祀る神社 by 毛利慎太朗さん靖国神社 寺・神社・教会
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平成三十年(2018)に参拝した二見興玉神社の絵馬は、やっぱり名所の夫婦岩!
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昨日参拝した東郷神社。
やっぱりZ旗は欠かせまい。 -
おっ、昨日明治神宮の南神門にかかげられていたものと同じデザインだ。
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鎌倉宮の御祭神は建武の新政下で征夷大将軍に任ぜられた大塔宮護良親王(おおとうのみやもりよししんのう・後醍醐天皇の皇子)
こちらのデザインは、個性的な感じですね。
絵馬の獅子頭は御祭神が魔除け、厄除けとして御自身の兜にしのばせ、鎌倉幕府を倒した故事に由来するものです。 -
やはり報徳二宮神社は御祭神ですね。
兄弟仲良く♪孝行つくす♪て、ほ、ん~は、に、の、み、や、き、んじ~ろう~♪
(唱歌二宮金次郎より) -
さて、靖国神社を参拝し終え、銀座→芝→お台場→大黒ふ頭経由で横浜中華街『景徳鎮』にやって参りました。
入店したのが14時前後、混んでる正午を避けたので、すんなり入店できました。
頼んだのは4000円(税抜)のコース
まず、冷菜盛り合わせは蒸し鶏(チリソース風)、中華くらげ、牛肉のチャーシューのようなもの、ピータンが出てきました。
牛肉チャーシューは八角の芳香が臭み消しおよび、花に漂って心地よし。
ニッキに似ているような香りで違和感なし。
蒸し鶏はしっとりで、よだれ鶏のよう。
ピータンは二度目で、これまた白身の部分(熟成して黒くなってるけど)がゼリーみたいで、黄身もいつも食べている茹で玉子のような舌触りで、癖はない。 -
次にでたのは、小貝柱の四川風辛子ソース炒めです。
ぴりりとした辛さで、オールフリー(胃の腑の調子が悪いので今回はこれで勘弁)が勧む~
結構評判がよく、二皿目いこうとしたら、叔父たちが完食してました。 -
「二種香港風点心の蒸しもの」と大それたネーミングですが、焼売と海老まんじゅうです。
焼売は肉肉しくて、美ん味~ -
「牛肉薄切りと蓮根の炒め物」
トウチ(中国の豆味噌)とニンニク、胡椒のような香辛料が聞いていて、スタミナがつく味。
アラカルトにできるんだったら、白飯か、チャーハンとかっこみたいところ。
この点は、母と同意見。 -
「大エビのチリソースとマヨネーズ」
うおっ、エビチリとエビマヨじゃん♪
一口ずつしか食べれなかったけど、その一口が大きい。
家で食べてるのの倍だあ。
春巻きの揚げた皮がいいアクセントになってるぅ~ -
いよいよ真打ち「麻婆豆腐」
辛さは激辛と普通えらべるけど、普通にした。
うん、普通で良かった。
前のチリソースが結構辛かったせいか、大阪王将のよりからくないけど、これくらいでよし。
花椒も多少きいてるし、味噌の甘味や旨味もある。
やっぱ飯の類いがほしいなあ~景徳鎮 グルメ・レストラン
-
「蟹肉入りフカヒレスープ」
蟹の旨味がきいた、あっさり味で、優しく胃に消える~
フカヒレは春雨より繊維がきめ細かいねえ。 -
「揚州チャーハン」
これも、あっさり味だけど、油っぽくなく、薄すぎず。
グリーンピースとコーンがこれでもかというくらいはいっていたので、コーンとグリンピースをいつもよける職場の先輩が食べたら即倒しそう!?
だけども、この思いっきり具合もなかなかいいもんだ。 -
「杏仁豆腐」
お腹いっぱいなんだけど、やはりデザートは別腹。
プルン、トゥルンであっという間に消えて行きます。 -
その後は腹ごなしに横浜大世界で買い物をして、元町方面へ。
写真は大世界の帰りに通った「山下町公園」
中華街憩いの場所とでもいうべきか。
神社じゃないが、でっかい獅子がお出迎え
東屋の会芳亭は2000年につくられました。山下町公園 公園・植物園
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この公園の西一角には「日本で最初のフットボール(ラグビー)発祥地」記念碑がありました。
しかも、2019年9月に作られた比較的新しい石碑ですね。
碑によると、1866年に横浜初のフットボールクラブが公園付近の山下町127番地でき、1901年には横浜クリケット&アスレチッククラブ(在住外国人のスポーツクラブ)と慶應義塾の試合が横浜公園で開催され、これが、日本人が参加した初試合となります。 -
横浜中華街の名所「関帝廟」は時間がなかったので門だけ撮って帰りました。
現在の関帝廟は四代目で、1990年に開廟されたんだとか。
流石中華街のシンボルだけあって門の装飾が派手ですね。横浜中華街関帝廟 名所・史跡
-
関帝廟を抜けた後は、元町商店街をぶらぶら。
沿道は洗練された店ばかりで、お腹に余裕があればお茶、財布に余裕があれば買い物をしてみたいもの。
イルミネーションはところどころベンチやこういったオブジェにされてはいるんですが、橙一色で単調といいますか。
帰りの車から見えた県庁周辺のは、青の灯りが癒しを誘うようで、よかったっすけど。 -
さっきのオブジェをぬけると、「谷戸橋」という古めかしいアーチ橋がありました。
上が首都高という点では日本橋に近い雰囲気を感じました。
今の橋は2代目で、1927年に架橋されたものです。
2015年に土木学会推奨土木遺産に指定されました。 -
時処変わって12月31日(火)、府中本町駅
「乗りたかった車両」とは、そう205系
12:00 府中本町
↓武蔵野線
12:32 武蔵浦和
京葉車両センター所属M8編成。
0番台やメルヘン顔は既に引退したけど、幕車はめずらしいのであえてよかったよお~
昨日母が靖國神社でひいたおみくじが「大大吉」だったお陰かな。府中本町駅 駅
-
貴重な側面幕を一枚!
味がありますねえ~。
大阪でも(201系とか)、地元の東北本線でも幕がLEDになっちゃってるんで、この「東京」幕がいかに貴重か。 -
製造プレートももちのろん、撮りますよ。
昭和63年(1988)ってことはJR化翌年の車両だ。
(モハ205-5015で撮影) -
さて、埼京線を乗り継いで大宮までやってきて、そのホームの上の階のタリーズルミネ大宮店で休憩。
しかし、改札内なのにルミネとは違和感。
「タリーズ大宮駅埼京店」に改名した方がいいくらい。
そうなったら、ネーミングはダサいけど『最強』な店になりそう!
頼んだのはパンケーキのラムレーズンバニラ味(税抜740円)と本日のコーヒー(トール355円)
パンケーキ1枚が薄いので3枚まとめていっちゃおう~♪
バニラソース、チョコソース、アイスを一緒に食べれば、大人風味とはこのこと。
一見ごちゃごちゃしそうな組み合わせだが、ラムレーズンの味が引き立つなあ~
コーヒーもシトラスみたいにさわやかな後味がして、チェーン店にしてはやるな。 -
14:02 大宮
↓やまびこ53号
16:10 一ノ関
一ノ関駅にて、4分間停車してくれるから、余裕でカメラを構えることができる。
旅行記はここまで、ご覧いただきありがとうございました。一ノ関駅 駅
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この旅行記へのコメント (4)
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- 風 魔さん 2020/03/16 21:05:23
- 横浜中華街・「景徳鎮」の思い出!
- 毛利慎太朗さん
初めまして!
旅行記への訪問&投票を、ありがとうございます。
よく歴史を伝える旅行記には、興味をもって拝見しました。
ところで共に英霊を祀る靖国神社と護国神社とは深い関わりがあり、
各種の交流もある主要な全国各県52社の護國神社の内、当地の静岡
県護国神社へは時折参拝のため訪問します。
横浜中華街へは、数年前に学生時代の親友を訪ねて行きました折、連
れられて中華街の裏通りにあった「景徳鎮」でランチを楽しみました
が、表通りの団体客向けの有名店よりこじんまりした店内で美味しい
中華料理を堪能しました。
4トラの旅行記では、かって自分の訪ねた先を見つけるとなんとなく
親しみがわくものですね!
海外旅行とクルーズの旅の旅も卒業して、今は「静岡県の一人観光協会」
を自認して、県内の知られざる寺社仏閣、富士山の眺望スポットなどを
旅行記に投稿して情報発信しています!
またの訪問と情報交換を!
風 魔
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/03/17 20:11:02
- Re: 横浜中華街・「景徳鎮」の思い出!
- 風 魔さん、この度は当旅行記及び、会津の旅行記への投票誠に恐れ入ります。
また、「よく歴史を伝える旅行記」とおほめの言葉を頂き恐悦至極でございます。
神社の情報などは、創建年、ご祭神、社殿の建築年にやや肉付けした程度の情報量でやってます。
次に景徳鎮についててすが、叔母が「12/30のお昼は蟹チャーハンのおいしい店と景徳鎮どっちいい?」と聞かれ、本格中華が食べてみたかったので景徳鎮にしました。
名物の麻婆豆腐は激辛がいいらしいのですが、普通のからさでも、花椒と甘みその風味がきいていて食べやすくて良かったです。
たぶん次にいったときも普通のからさにしたいと思います。
地主なので、激辛だと黄門さまがファイヤーしそうなので(隠語ですが下ネタすみません。)
さて、従兄から「重慶飯店はイマイチだし、崎陽軒のレストランは高い」といわれたんですが、横浜の中華で真においしい店はどこなんですかね?華正楼やヘイチンロウも高いし。
なにはもとあれ、叔母の選択肢は正しかったので、次は胃の腑の調子を整えて、ビールで一杯やりたいですね。
(紹興酒はいっぺん王将で飲んだことがありますが、癖が強いのでやはり中華はビールが無難かな)
最後に西園寺公と山岡鉄舟の旅行記、拝見しました。
今の政治家は風 魔さんの仰る通り「徒党を組むだけのへなちょこで、信念のない政治家で」がばっかりの世の中になり嘆かわしいばかりです。
その最たるのは、「最低でも県外」のあの方とか、尖閣諸島や震災対応で後手後手のあの方とか、戦線不拡大を唱えた割りに軍部のいいなりになり、総理をやめたとたん終戦工作に走った近衛文麿公とか、挙げればきりがないくらいです。
安倍総理は外交はまずまずやってるほうですが、内政は?な部分ばかりです。
コロナの会見を見る限り、記者の質問にもう少し丁寧に答えて国民を安心させてほしいところです。
野党も、やみくもに与党の反対意見ばかり述べてたり、野次ったりするだけでなく、与党・国民を納得させるような対案を出してほしいものです。
(なんだか、野党も共産党化してきた今日この頃)
それと、野党共闘は
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/03/17 20:16:24
- Re: 横浜中華街・「景徳鎮」の思い出!
- (続き)
やめるべきで、党独自の政策をおのおの自信をもってだしてほしいものです。
とにかく、譲るときは譲り、信念を通すべきところは通す、既存政党なら維新みたいな政党がふえてほしいところです。
(ちなみに私は維新支持者ではありません。)
くどくなって誠に申し訳ございません、旅行記を楽しむサイトなのに自分の政治論を語ってしまって誠にもうしわけないです。
最後の最後にこれからもご当地静岡の魅力を続々とクチコミでも、かんたんでもいいのて旅行記でもいいので発信してください。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/03/17 20:19:13
- Re: 横浜中華街・「景徳鎮」の思い出!
- 誤字すみません。
最後の最後にこれからも、ご当地静岡の魅力をクチコミでも旅行記でもいいので、発信頑張ってください。
応援しております。
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