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イギリスが世界に誇る印象派・ポスト印象派の殿堂ロンドンのコートールド美術館。実業家サミュエル・コートールドが収集したコレクションを核に1932年に設立された同館より、選りすぐりの絵画・彫刻約60点やってくるということで楽しみにしていたコートールド美術館展。10月19日に続き2回目の訪問ですが、今回はプレミアムナイトに参加してきました。このイベントでは、特別に展示室内での写真撮影がOKということで忘備録として展示作品の写真や会場内の様子をアップしておきます。なお、作品数(写真)が多いので旅行記は分割します。<br />※作品内容等は、HP、図録などを参照しています。

コートールド美術館展 魅惑の印象派 ・ プレミアムナイト鑑賞 【1】

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2019/11/09 - 2019/11/09

120位(同エリア4544件中)

旅行記グループ 2019 美術館・展覧会

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イギリスが世界に誇る印象派・ポスト印象派の殿堂ロンドンのコートールド美術館。実業家サミュエル・コートールドが収集したコレクションを核に1932年に設立された同館より、選りすぐりの絵画・彫刻約60点やってくるということで楽しみにしていたコートールド美術館展。10月19日に続き2回目の訪問ですが、今回はプレミアムナイトに参加してきました。このイベントでは、特別に展示室内での写真撮影がOKということで忘備録として展示作品の写真や会場内の様子をアップしておきます。なお、作品数(写真)が多いので旅行記は分割します。
※作品内容等は、HP、図録などを参照しています。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
  • プレミアム・ナイトは、閉館後の18:00~20:30に限られた人数でゆったりと鑑賞できる予約制の鑑賞会です。(今回は400名ということもあり、それほどゆったりでは・・・)ここ最近、東京都美術館でお目当ての特別展が開催されるときは必ず参加しています(今回も妹が同行)。また、今回は特別に、通常は写真撮影禁止の展覧会が、19:00~20:30の間は撮影Okとなります。

    プレミアム・ナイトは、閉館後の18:00~20:30に限られた人数でゆったりと鑑賞できる予約制の鑑賞会です。(今回は400名ということもあり、それほどゆったりでは・・・)ここ最近、東京都美術館でお目当ての特別展が開催されるときは必ず参加しています(今回も妹が同行)。また、今回は特別に、通常は写真撮影禁止の展覧会が、19:00~20:30の間は撮影Okとなります。

    コートールド美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 実業家サミュエル・コートールドが収集したコレクションを元にに1932年に設立されたコートールド美術館。美術史や保存修復において世界有数の研究機関であるロンドン大学附属コートールド美術研究所の美術館であり、英国ロンドンのウェストミンスター地区サマセット・ハウス内にあります。訪れてみたい美術館の1つでしたが、大規模な施設修繕のため2018年から2021年まで長期休館中ということで、より選りすぐりの絵画・彫刻約60点が来日しました。

    実業家サミュエル・コートールドが収集したコレクションを元にに1932年に設立されたコートールド美術館。美術史や保存修復において世界有数の研究機関であるロンドン大学附属コートールド美術研究所の美術館であり、英国ロンドンのウェストミンスター地区サマセット・ハウス内にあります。訪れてみたい美術館の1つでしたが、大規模な施設修繕のため2018年から2021年まで長期休館中ということで、より選りすぐりの絵画・彫刻約60点が来日しました。

  • 展覧会は、LB階の《 1. 画家の言葉から読み解く~Viewing Artworks through the Artist Himself 》からスタートします。<br />

    展覧会は、LB階の《 1. 画家の言葉から読み解く~Viewing Artworks through the Artist Himself 》からスタートします。

  • ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー「少女と桜」1867-72年<br />ホイッスラーは、アメリカ人ですが、パリで美術を学び、おもにロンドンで活躍した画家です。印象派の画家たちと同世代ですが、その色調や画面構成などには浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く、印象派とも伝統的アカデミズムとも一線を画した独自の絵画世界を展開しています。本作品にも日本を想起させる桜の木や和傘が描かれています。

    ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー「少女と桜」1867-72年
    ホイッスラーは、アメリカ人ですが、パリで美術を学び、おもにロンドンで活躍した画家です。印象派の画家たちと同世代ですが、その色調や画面構成などには浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く、印象派とも伝統的アカデミズムとも一線を画した独自の絵画世界を展開しています。本作品にも日本を想起させる桜の木や和傘が描かれています。

  • フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木々」1889年<br />『前景の葦の垣根に囲まれた果樹園では、小さな桃の木々が花盛りだ???<br />この地のすべては小さく、庭、畑、庭、木々、山々でさえまるで日本の風景画のようだ。だから、私はこのモティーフに心惹かれたのだ』ポール・シニャックに宛てたファン・ゴッホの手紙の一節です。まるで、勝沼(甲府盆地)あたりの桃源郷を描いたような作品です。<br />

    フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く桃の木々」1889年
    『前景の葦の垣根に囲まれた果樹園では、小さな桃の木々が花盛りだ???
    この地のすべては小さく、庭、畑、庭、木々、山々でさえまるで日本の風景画のようだ。だから、私はこのモティーフに心惹かれたのだ』ポール・シニャックに宛てたファン・ゴッホの手紙の一節です。まるで、勝沼(甲府盆地)あたりの桃源郷を描いたような作品です。

  • 「花咲く桃の木々」(部分拡大)<br />後景の山脈の右端には富士山を思わせる山頂にうっすらと雪が見える山が描かれています。

    「花咲く桃の木々」(部分拡大)
    後景の山脈の右端には富士山を思わせる山頂にうっすらと雪が見える山が描かれています。

  • クロード・モネ「アンティーブ」1888年<br />1888年モネは南仏アンティーブに滞在し、地中海の美しい風景を描きました。<br />『私がここから持ち帰るものは、甘美さそのものだろう。白、ピンク、青、すべてがこの夢のように美しい空気の中に包まれている』アリス・オシュデ宛に宛てた手紙の一節です。本作品とほぼ同構図の作品が、愛媛県美術館に所蔵されています。

    クロード・モネ「アンティーブ」1888年
    1888年モネは南仏アンティーブに滞在し、地中海の美しい風景を描きました。
    『私がここから持ち帰るものは、甘美さそのものだろう。白、ピンク、青、すべてがこの夢のように美しい空気の中に包まれている』アリス・オシュデ宛に宛てた手紙の一節です。本作品とほぼ同構図の作品が、愛媛県美術館に所蔵されています。

  • クロード・モネ「花瓶」1881年着手<br />1878年から82年にかけてモネは20点ほどの花の静物画を描いていますが、本作はこの時期に着手されたものの完成されず放棄されます。その後40年以上もモネの手元に残され、完成したのはモネが80歳となる1920年頃のことでした。<br />

    クロード・モネ「花瓶」1881年着手
    1878年から82年にかけてモネは20点ほどの花の静物画を描いていますが、本作はこの時期に着手されたものの完成されず放棄されます。その後40年以上もモネの手元に残され、完成したのはモネが80歳となる1920年頃のことでした。

  • 「花瓶」(部分拡大)<br />ピンクと白の無数の花弁が重なりあっています。

    「花瓶」(部分拡大)
    ピンクと白の無数の花弁が重なりあっています。

  • ポール・セザンヌ「アヌシー湖」1896年<br />近代絵画の巨匠ポール・セザンヌの代表的な風景画。本作は1896年7月、休暇目的で妻子と共にスイス近郊のオート=サヴォア県、タロワールのアヌシー湖を訪れた時に制作された作品。

    ポール・セザンヌ「アヌシー湖」1896年
    近代絵画の巨匠ポール・セザンヌの代表的な風景画。本作は1896年7月、休暇目的で妻子と共にスイス近郊のオート=サヴォア県、タロワールのアヌシー湖を訪れた時に制作された作品。

  • コートールドが作品をもっとも多く購入した画家、セザンヌの作品を大量に紹介する「収蔵家の眼:ポール・セザンヌ」セクション。

    コートールドが作品をもっとも多く購入した画家、セザンヌの作品を大量に紹介する「収蔵家の眼:ポール・セザンヌ」セクション。

  • 晩年のセザンヌが画家のエミール・ベルナールに宛てた手紙「自然が目の前で繰り広げる多様な光景こそ、取り組むべき真の研究対象」と述べられています。

    晩年のセザンヌが画家のエミール・ベルナールに宛てた手紙「自然が目の前で繰り広げる多様な光景こそ、取り組むべき真の研究対象」と述べられています。

  • セザンヌの風景画が並びます。

    セザンヌの風景画が並びます。

    東京都美術館 美術館・博物館

  • ポール・セザンヌ「レ・スール池、オスニー」1875年頃<br />1923年に購入した「キューピッドの石膏像のある静物」に続き、コートールドが購入したセザンヌ作品の1つ。今日グルシー城の名で知られる城の庭園にある池が岸辺の小路から捉えられています。

    ポール・セザンヌ「レ・スール池、オスニー」1875年頃
    1923年に購入した「キューピッドの石膏像のある静物」に続き、コートールドが購入したセザンヌ作品の1つ。今日グルシー城の名で知られる城の庭園にある池が岸辺の小路から捉えられています。

  • ポール・セザンヌ「ノルマンディーの農場、夏(アッタンヴィル)」1882年<br />上の作品とは対照的にこちらは、コートールドが実質的に収集をやめる1937年に購入された作品。未完成に思われる部分を残す作品。

    ポール・セザンヌ「ノルマンディーの農場、夏(アッタンヴィル)」1882年
    上の作品とは対照的にこちらは、コートールドが実質的に収集をやめる1937年に購入された作品。未完成に思われる部分を残す作品。

  • ポール・セザンヌ「ジャス・ド・ブッファンの高い木々」1883年頃<br />銀行家として成功したセザンヌの父は、ジャス・ド・ブッファンに別荘を購入しています。ワイン畑や果樹園もあった広大な敷地やそこで働く人々などセザンヌは繰り返し描いています。<br />

    ポール・セザンヌ「ジャス・ド・ブッファンの高い木々」1883年頃
    銀行家として成功したセザンヌの父は、ジャス・ド・ブッファンに別荘を購入しています。ワイン畑や果樹園もあった広大な敷地やそこで働く人々などセザンヌは繰り返し描いています。

  • ポール・セザンヌ「大きな松のあるサント=ヴィクトワール山」1887年<br />本作はセザンヌの故郷であるエクス=アン=プロヴァンスの東に位置するサント=ヴィクトワール山を、画家の生家ジャ・ド・ブーファン近郊からの視点で描いた風景画作品。サント=ヴィクトワール山はセザンヌが繰り返し描いた題材で30点以上の油彩画のほか、素描や水彩画も残っています。<br />

    ポール・セザンヌ「大きな松のあるサント=ヴィクトワール山」1887年
    本作はセザンヌの故郷であるエクス=アン=プロヴァンスの東に位置するサント=ヴィクトワール山を、画家の生家ジャ・ド・ブーファン近郊からの視点で描いた風景画作品。サント=ヴィクトワール山はセザンヌが繰り返し描いた題材で30点以上の油彩画のほか、素描や水彩画も残っています。

  • ポール・セザンヌ「パイプをくわえた男」1892-96年頃<br />下の「カード遊びをする人々」の左の人物と同じモデル(セザンヌ家の別荘ジャス・ド・ブッファンで働く男性)で、同時期に描かれた作品と考えられています。<br />

    ポール・セザンヌ「パイプをくわえた男」1892-96年頃
    下の「カード遊びをする人々」の左の人物と同じモデル(セザンヌ家の別荘ジャス・ド・ブッファンで働く男性)で、同時期に描かれた作品と考えられています。

  • ポール・セザンヌ「カード遊びをする人々」1892-96年頃<br />1890年代、セザンヌはカード遊びを題材とする絵画を5点描いていますが、本作はその4番目とされています。コートールドは、上の「パイプをくわえた男」をすでに所有していたので、本作もほかの買い手を押しのけて購入したといわれています。

    ポール・セザンヌ「カード遊びをする人々」1892-96年頃
    1890年代、セザンヌはカード遊びを題材とする絵画を5点描いていますが、本作はその4番目とされています。コートールドは、上の「パイプをくわえた男」をすでに所有していたので、本作もほかの買い手を押しのけて購入したといわれています。

  • 左側の人物が「パイプをくわえた男」と同人物であること、臀部から腿がかなり長く遠近法や解剖学的な正確さよりも画面全体の調和が優先されていることなど興味深いことが解説されていました。

    左側の人物が「パイプをくわえた男」と同人物であること、臀部から腿がかなり長く遠近法や解剖学的な正確さよりも画面全体の調和が優先されていることなど興味深いことが解説されていました。

  • ポール・セザンヌ「鉢植えの花と果物」1888-90年頃<br />本作品については、コートールド邸の客間に飾られていた写真が残っているそうです。セザンヌは花を描いた作品は、あまり残しておらず果物の静物画を多く描いていますが、本作は花と果物の両方が描かれています。

    ポール・セザンヌ「鉢植えの花と果物」1888-90年頃
    本作品については、コートールド邸の客間に飾られていた写真が残っているそうです。セザンヌは花を描いた作品は、あまり残しておらず果物の静物画を多く描いていますが、本作は花と果物の両方が描かれています。

  • 「鉢植えの花と果物」(部分拡大)<br />静物は多視点から捉えられ、果物や鉢植えといったモティーフそのものでなくその形態の複雑な重なりや相互作用が描かれています。

    「鉢植えの花と果物」(部分拡大)
    静物は多視点から捉えられ、果物や鉢植えといったモティーフそのものでなくその形態の複雑な重なりや相互作用が描かれています。

  • ポール・セザンヌ「キューピッドの石膏像のある静物」1894年頃<br />コートールドが購入した最初のセザンヌの作品。本作はセザンヌ自身が当時、所有していた石膏のキューピッド像を画題に制作された静物画。

    ポール・セザンヌ「キューピッドの石膏像のある静物」1894年頃
    コートールドが購入した最初のセザンヌの作品。本作はセザンヌ自身が当時、所有していた石膏のキューピッド像を画題に制作された静物画。

  • 実業家サミュエル・コートールドは、1923年から29年を中心に美術品の収集を行っています。マネ、ルノワール、セザンヌなどの印象派の作品の中でも特に代表作と思われるコレクションのほとんどが、わずか10年にも満たない期間で形成されいます。当時、モネはまだ生きていましたし、印象派の評価が高まる真っ只中で類いまれな名作を掴んでいったといえます。

    実業家サミュエル・コートールドは、1923年から29年を中心に美術品の収集を行っています。マネ、ルノワール、セザンヌなどの印象派の作品の中でも特に代表作と思われるコレクションのほとんどが、わずか10年にも満たない期間で形成されいます。当時、モネはまだ生きていましたし、印象派の評価が高まる真っ只中で類いまれな名作を掴んでいったといえます。

  • コートールドは妻エリザベスとともにそのコレクションを自宅に飾り楽しむとともに、コレクションを1冊の本にまとめたり作品に捧げる詩を書いたりもしています。

    コートールドは妻エリザベスとともにそのコレクションを自宅に飾り楽しむとともに、コレクションを1冊の本にまとめたり作品に捧げる詩を書いたりもしています。

  • 資料12ポール・ジャモ、パーシー・ムーア・ターナー『1914年から31年にロンドン、ポートマン・スクエア20番地に収集された、サミュエルとエリザベス・コートールドによるフランス絵画コレクション』1934年<br />作品解説のほか来歴や展覧会歴、関連文献をまとめた豪華な私家本。

    資料12ポール・ジャモ、パーシー・ムーア・ターナー『1914年から31年にロンドン、ポートマン・スクエア20番地に収集された、サミュエルとエリザベス・コートールドによるフランス絵画コレクション』1934年
    作品解説のほか来歴や展覧会歴、関連文献をまとめた豪華な私家本。

  • 資料10 ベンノ・エルカン「サミュエル・コートールド」1946年 ブロンズ像<br />資料13 サミュエル・コートールド『絵画の詩』1947年 など<br />コートールドは生涯にわたり詩を愛し、自らも詩を書いています。ルノワールの「桟敷席」からインスピレーションを受けた詩が掲載されています。

    資料10 ベンノ・エルカン「サミュエル・コートールド」1946年 ブロンズ像
    資料13 サミュエル・コートールド『絵画の詩』1947年 など
    コートールドは生涯にわたり詩を愛し、自らも詩を書いています。ルノワールの「桟敷席」からインスピレーションを受けた詩が掲載されています。

  • 2.時代背景から読み解く<br />展示は三部構成になっていて、「1.画家の言葉から読み解く」「2.時代背景から読み解く」「3.素材・ 技法から読み解く」という読み解き方に主眼を置いた構成。ここでは産業化が急速に進んだ19世紀フランス。作品の細部に描かれた新しいモティーフに注目した展示になっています。<br />

    2.時代背景から読み解く
    展示は三部構成になっていて、「1.画家の言葉から読み解く」「2.時代背景から読み解く」「3.素材・ 技法から読み解く」という読み解き方に主眼を置いた構成。ここでは産業化が急速に進んだ19世紀フランス。作品の細部に描かれた新しいモティーフに注目した展示になっています。

  • ウジェーヌ・ブーダン「トゥルーヴィルの浜辺」1875年<br />若きモネに屋外制作を勧め、多大な影響を与えたことで知られるブータンの作品。<br />

    ウジェーヌ・ブーダン「トゥルーヴィルの浜辺」1875年
    若きモネに屋外制作を勧め、多大な影響を与えたことで知られるブータンの作品。

  • ウジェーヌ・ブーダン「ドーヴィル」1893年<br />ブーダンはノルマンディの浜辺に集うパリの人々を描いた作品で成功を収めていますが、晩年のこの作品ではそうした人々に焦点をあてず画面の4分の3を占める空が特徴的です。

    ウジェーヌ・ブーダン「ドーヴィル」1893年
    ブーダンはノルマンディの浜辺に集うパリの人々を描いた作品で成功を収めていますが、晩年のこの作品ではそうした人々に焦点をあてず画面の4分の3を占める空が特徴的です。

  • 「ドーヴィル」(部分拡大)<br />前景に描かれているのは荷車と馬、地元の労働者。

    「ドーヴィル」(部分拡大)
    前景に描かれているのは荷車と馬、地元の労働者。

  • エドゥアール・マネ「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」1874年<br />互いに親交のあったマネとモネ。マネがモネ一家を訪ねた際に描いた「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」には、モネの最初の妻カミーユと息子ジャンが前景に描かれています。

    エドゥアール・マネ「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」1874年
    互いに親交のあったマネとモネ。マネがモネ一家を訪ねた際に描いた「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」には、モネの最初の妻カミーユと息子ジャンが前景に描かれています。

  • クロード・モネ「秋の効果、アルジャントゥイユ」1873年<br />印象派の巨匠モネの一枚。セーヌ河畔の町アルジャントゥイユをモネは愛し、幾度となく描いています。これもその中も一枚で、秋の風景を描いており、第2回印象派展に出品された作品です。

    クロード・モネ「秋の効果、アルジャントゥイユ」1873年
    印象派の巨匠モネの一枚。セーヌ河畔の町アルジャントゥイユをモネは愛し、幾度となく描いています。これもその中も一枚で、秋の風景を描いており、第2回印象派展に出品された作品です。

  • 「オレンジに見える木々の葉には、ピンクや黄色など豊かな色彩が見え、空と川の青と対照を成し、美しく穏やかな秋の風景画表現されています」~解説より

    「オレンジに見える木々の葉には、ピンクや黄色など豊かな色彩が見え、空と川の青と対照を成し、美しく穏やかな秋の風景画表現されています」~解説より

  • ポール・シニャック「サン=トロペ」1893年頃<br />ジョルジュ・スーラと並ぶ新印象派の代表的画家シニャックの作品。港の情景を鉛筆と絵の具でかなり大まかに捉えた本作は「サン=トロペの港」(フォン・デア・ハイト美術館所蔵)の習作と思われます。<br />

    ポール・シニャック「サン=トロペ」1893年頃
    ジョルジュ・スーラと並ぶ新印象派の代表的画家シニャックの作品。港の情景を鉛筆と絵の具でかなり大まかに捉えた本作は「サン=トロペの港」(フォン・デア・ハイト美術館所蔵)の習作と思われます。

  • カミーユ・ピサロ「ラファイエット広場、ルーアン」1883年<br />新しいモティーフを求めていたピサロは、1983年秋、初めてルーアンに滞在しています。本作は、やや高い視点から見下ろすように、ピサロが滞在したホテルの近くにある広場を捉えています。

    カミーユ・ピサロ「ラファイエット広場、ルーアン」1883年
    新しいモティーフを求めていたピサロは、1983年秋、初めてルーアンに滞在しています。本作は、やや高い視点から見下ろすように、ピサロが滞在したホテルの近くにある広場を捉えています。

  • カミーユ・ピサロ「ロードシップ・レーン駅、ダリッジ」1871年<br />1870年、ピサロは普仏戦争を避けて一家でロンドンに疎開していますが、本作は線路を跨ぐように架けられた橋の上から見たロンドン郊外の様子が描かれています。

    カミーユ・ピサロ「ロードシップ・レーン駅、ダリッジ」1871年
    1870年、ピサロは普仏戦争を避けて一家でロンドンに疎開していますが、本作は線路を跨ぐように架けられた橋の上から見たロンドン郊外の様子が描かれています。

  • アルフレッド・シスレー「雪、ルーヴシエンヌにて」1874年<br />1870年代にシスレーは、パリの郊外のルーヴシエンヌとその近郊で多くの風景画を描いています。郊外での制作が転機となり、シスレーは明るい色彩と自由な筆づかいによる光の表現の追及をするようになっています。

    アルフレッド・シスレー「雪、ルーヴシエンヌにて」1874年
    1870年代にシスレーは、パリの郊外のルーヴシエンヌとその近郊で多くの風景画を描いています。郊外での制作が転機となり、シスレーは明るい色彩と自由な筆づかいによる光の表現の追及をするようになっています。

  • アルフレッド・シスレー「セーヌ川の船」1877年頃<br />本作品は、パリ南西部の現在のビヤンクール付近で制作されたと考えれています。<br />またコートールドが亡くなる年に購入された本作品は、彼が入手した最後の印象派の作品となっています。

    アルフレッド・シスレー「セーヌ川の船」1877年頃
    本作品は、パリ南西部の現在のビヤンクール付近で制作されたと考えれています。
    またコートールドが亡くなる年に購入された本作品は、彼が入手した最後の印象派の作品となっています。

  • アンリ・ルソー「税関」1890年頃<br />20数年間、パリ市の税関の職員を務め、仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」であったことから「ル・ドゥアニエ」(税関吏)の通称で知られる ルソーの自らの職場である税関を描いた唯一の作品。

    アンリ・ルソー「税関」1890年頃
    20数年間、パリ市の税関の職員を務め、仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」であったことから「ル・ドゥアニエ」(税関吏)の通称で知られる ルソーの自らの職場である税関を描いた唯一の作品。

  • コートールド美術館の展示室の様子がディスプレイされており雰囲気が伝わります。

    コートールド美術館の展示室の様子がディスプレイされており雰囲気が伝わります。

  • こちらは、ルノワールの名画が並ぶコーナー。回りかた次第でこのように貸切状態になることも。

    こちらは、ルノワールの名画が並ぶコーナー。回りかた次第でこのように貸切状態になることも。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「春、シャトゥー」1873年頃<br />シャトゥーはパリの中心部から西へ14㎞ほどの町で、週末にはパリから訪れる人々で賑わっていました。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「春、シャトゥー」1873年頃
    シャトゥーはパリの中心部から西へ14㎞ほどの町で、週末にはパリから訪れる人々で賑わっていました。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」1908年<br />アンブロワーズ・ヴォラールは20世紀初頭に活躍した画商。セザンヌやピカソ、マティスらの最初の個展を開催した人物として知られていますが、1900年以降ルノワールの作品を扱う主要な画商の一人となっています。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」1908年
    アンブロワーズ・ヴォラールは20世紀初頭に活躍した画商。セザンヌやピカソ、マティスらの最初の個展を開催した人物として知られていますが、1900年以降ルノワールの作品を扱う主要な画商の一人となっています。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「ポン=タヴェンの郊外」1888-90年<br />1980年代後半から90年代初頭にかけルノワールは、ポン=タヴェンをいくどか尋ねています。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「ポン=タヴェンの郊外」1888-90年
    1980年代後半から90年代初頭にかけルノワールは、ポン=タヴェンをいくどか尋ねています。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「靴紐を結ぶ女」1918年頃<br />ルノワールが晩年を過ごした南仏カーニュのレ・コレット荘で制作された最晩年の作品の1つ。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「靴紐を結ぶ女」1918年頃
    ルノワールが晩年を過ごした南仏カーニュのレ・コレット荘で制作された最晩年の作品の1つ。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「洗濯する女(小)」1916年<br />1913年、72歳となるルノワールは、画商ヴォラールから勧められて彫刻に取り組み始めています。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「洗濯する女(小)」1916年
    1913年、72歳となるルノワールは、画商ヴォラールから勧められて彫刻に取り組み始めています。

  • 「洗濯する女(小)」横から<br />ルノワールは洗濯する女性を絵画にも描いてきていますが、彫刻では裸体で表現され、特定の人物や時代を超えた存在に高められています。

    「洗濯する女(小)」横から
    ルノワールは洗濯する女性を絵画にも描いてきていますが、彫刻では裸体で表現され、特定の人物や時代を超えた存在に高められています。

  • 「洗濯する女(小)」背中側

    「洗濯する女(小)」背中側

  • 資料2 E.ジャッケル「ベル・ド・ジュール、ベル・ド・ニュイ」1850年頃 リトグラフ<br />絵画に桟敷席を描いたことはルノワールの新しい試みでしたが、当時の人々は新聞や雑誌によってパリ最新のファッションが見られる桟敷席を主題とする図版を繰り返し見ていました。そのモード誌と風刺画に見る桟敷席が特集、展示されていました。

    資料2 E.ジャッケル「ベル・ド・ジュール、ベル・ド・ニュイ」1850年頃 リトグラフ
    絵画に桟敷席を描いたことはルノワールの新しい試みでしたが、当時の人々は新聞や雑誌によってパリ最新のファッションが見られる桟敷席を主題とする図版を繰り返し見ていました。そのモード誌と風刺画に見る桟敷席が特集、展示されていました。

  • 資料3 アナイス・トゥドゥーズ 「無題『ル・コンセイエ・デ・ダム・エ・デ・ドゥモアゼル』誌(1856年11月)より」エングレーヴィング・手彩色

    資料3 アナイス・トゥドゥーズ 「無題『ル・コンセイエ・デ・ダム・エ・デ・ドゥモアゼル』誌(1856年11月)より」エングレーヴィング・手彩色

  • 資料4 アナイス・トゥドゥーズ 「無題『ラ・モード・イリュストレ』誌(1879年1月)より」エングレーヴィング・手彩色

    資料4 アナイス・トゥドゥーズ 「無題『ラ・モード・イリュストレ』誌(1879年1月)より」エングレーヴィング・手彩色

  • 資料5 ギュスターヴ・ドレ「孔雀」版画集『ル・メナジュリ・パリジェンヌ』(1854年)よりリトグラフ

    資料5 ギュスターヴ・ドレ「孔雀」版画集『ル・メナジュリ・パリジェンヌ』(1854年)よりリトグラフ

  • 資料6 マルセラン(エミール・プラナ)「オペラ座にて」『プティ・ジュルナル・プール・リール』誌(no.433、1864年頃)よりリトグラフ<br />

    資料6 マルセラン(エミール・プラナ)「オペラ座にて」『プティ・ジュルナル・プール・リール』誌(no.433、1864年頃)よりリトグラフ

  • 資料7 制作者不詳「大劇場の桟敷席と典型的な人々」『ラ・ヴィ・パリジェンヌ』誌(1875年2月6日)よりリトグラフ<br />

    資料7 制作者不詳「大劇場の桟敷席と典型的な人々」『ラ・ヴィ・パリジェンヌ』誌(1875年2月6日)よりリトグラフ

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール「桟敷席」1874年<br />オーギュスト・ルノワール初期の重要な代表作で、上流階級の社交の場でもあったオペラ座にて、片手にオペラグラスを持ち、豪華な衣服を身にまとう女性と、オペラグラスで階上の人々を眺める男性が描かれています。1874年の第一回印象派展に出品され、当時の評論家からも絶賛された数少ない作品。

    ピエール=オーギュスト・ルノワール「桟敷席」1874年
    オーギュスト・ルノワール初期の重要な代表作で、上流階級の社交の場でもあったオペラ座にて、片手にオペラグラスを持ち、豪華な衣服を身にまとう女性と、オペラグラスで階上の人々を眺める男性が描かれています。1874年の第一回印象派展に出品され、当時の評論家からも絶賛された数少ない作品。

  • 「桟敷席」(部分拡大)<br />女性のモデルはニニ・ロペス。当時のルノワールのお気に入りで10点以上の作品に登場します。

    「桟敷席」(部分拡大)
    女性のモデルはニニ・ロペス。当時のルノワールのお気に入りで10点以上の作品に登場します。

  • 「陶器のような滑らかな肌とドレスの自由で粗い筆触が対照的」などと詳細な解説が楽しい。<br />コートールド美術館展 魅惑の印象派 ・ プレミアムナイト鑑賞 【2】に続く

    「陶器のような滑らかな肌とドレスの自由で粗い筆触が対照的」などと詳細な解説が楽しい。
    コートールド美術館展 魅惑の印象派 ・ プレミアムナイト鑑賞 【2】に続く

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