2018/12/21 - 2018/12/25
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binchanさん
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12月23日日曜日、旅行三日目。
旅行の行先を決めるとき、旅行ガイドや旅行記から情報が十分に得られる場所はあまり候補になりません。調べた情報だけで満足してしまうからです。八卦台地はもちろん観光地なのですが、台地全体にわたる情報があまりなく、行って確かめたいという気にさせられました。
今日訪問している八卦大仏周辺も彰化の代名詞といってもいい観光地で、当初は来なくてもいいかと思っていました。ただ、縣政府を撮影するためにどうせ彰化市に来るんだし、ついでに見ておこうかな程度に考えていました。ところが、大仏周辺を調べているうちに八卦山が歴史上とても重要な場所であることがわかってきたんです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10:30
中正公園の方面へ。 -
中正公園ですので蒋中正(蒋介石)さんがいらっしゃいます。視線の先には、
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F-104G戦闘機。戦闘機や装甲車、高射砲とか本当によく展示してありますよね。
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日曜日の公園には出店がたくさんあって楽しいです。サトウキビのジューススタンド。サトウキビは冬が旬だからね。
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歩いていたら雨が降ってきました。お店も商品にシートをかけたりと大忙し。
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マッサージ店発見。雨宿りにちょっと寄っていくか~。
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昨日の坂道歩きで足がパンパンなので脚マッサージをお願いしたんですが、パンストだったことに気づく。しかしおばさんは「不用脱~(脱がなくていいよ)」と言ってストッキングの上からガシガシとマッサージ。なるほど、普通のお店と違ってクリームを塗らないから大丈夫なんだ。
たくさん話しかけてくれたけど、ほとんど聞き取れなかった。
マッサージは約30分で300元。ちょうど雨もやんでいました。 -
11:10
國軍彰化忠霊塔へ。 -
中華民国國防部の官兵として、戦死した者、勲章を得たり褒章された者、10年以上服務(服役)した者が祀られる場所です。
彰化には忠烈祠もありますが、忠烈祠はほかに殉職した警察官や消防官、公務員、民間人でも公のために殉じた人なども祀られます。一方こちらは國軍官兵のみが対象。また忠烈祠は台湾各地にありますが、忠霊塔があるのは台北・高雄と彰化だけです。 -
忠霊塔の隣にあるのが八卦山抗日烈士紀念碑公園の門牌。現在は公園の名称が変わっています。
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2008年に乙未保台和平紀念公園と改められました。
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1895年5月から11月にかけて日本と「台湾民主国」が戦った戦争の記念公園です。
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日清戦争(台湾では甲午戦争)の結果、台湾は清から日本に割譲されることになりました。しかし台湾の住民からしたら寝耳に水の割譲話です。戦争の終盤で澎湖諸島こそ日本に武力で制圧されましたが、台湾本島が戦場になったわけではないので、急に日本になれと言われて納得いかなかったのは容易に想像できます。もちろん清に抗議しましたが聞き入れられることはなく、ならばと「台湾民主国」として抵抗したのが乙未戦争。日本では台湾平定作戦と呼ばれることが多いようです。
当初は清の台湾巡撫(知事みたいな人)が民主国総統になり台湾に残った清正規軍も参加していたのですが、彼らはほぼ戦うことなく大陸へ逃走。日本軍は台北に無血入城します。しかし西部では台湾住民による抵抗が激しく、日本軍は無差別掃討という手段もとるようになりました。彰化まで進軍したころには、抵抗勢力(すでに民主国軍というより義勇軍)は自分たちを守るために一歩も退けない境地に追い込まれ、ここでの一大決戦「八卦山會戰」へと突入していくのです。
兵力・装備ともに勝る日本軍が勝利し、台湾軍の戦死者はその数すら不明とされています。八卦山會戰は乙未戦争最大の戦いで、この後も抵抗は続くものの台湾側がこれ以上の兵力を結集することはできませんでした。(主にウィキペディアの情報) -
碑文には八卦山會戰の経緯が書かれています。(コメント文は全文の訳ではありません)
1895年8月25日、日本軍が大肚溪に到達。呉湯興、呉彭年、徐驤、嚴雲龍といった抵抗軍のリーダーは兵を集め、黒旗軍を含む八千の戦力で彰化を守ります。 -
26日、日本軍の渡河に砲撃で抗戦。
前線に視察に出ていた北白川宮能久親王(近衛師団長)が砲撃により負傷。第二旅団長の山根少将と参謀の讀方中佐が陣没。その職務は第一旅団長川村少将と第四歩兵連隊長内藤に引き継がれた。
28日早朝、八卦山要塞は東側から日本軍の侵入を許し白兵戦へ。午前7時、第一旅団が渡河し八卦山を正面から攻める。挟撃された抵抗軍は八卦山砲台に集中し攻勢を図るも、7時半頃第二旅団第四連隊によって陥落。 -
地勢と砲台による援護を失った抵抗軍は彰化城へ撤退を開始。さらに鹿港へと撤退するが、約二千名の兵士が彰化城東門外で殲滅される。抵抗軍のリーダーらは皆戦死。そして八卦山會戰は終わりを告げた。
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日本軍についての記述が詳細なことに驚きます。抵抗軍のトップであったはずの黎景嵩は名前も出てきません(彼は戦うどころか途中で逃亡)。日本側のトップである北白川宮親王を負傷させたこと、乙未戦争の戦死者中最高位の指揮官であった山根少将については、碑文としてはぜひ記載したい内容だったのでしょうか。(公式には宮は負傷されていないし、少将の死因は病死)
乙未戦争は11月18日、日本が平定宣言をして終了。日本統治時代、八卦山には北白川宮の記念碑、彰化神社、武徳殿が置かれていました。第二次世界大戦終了後、神社は取り壊され、武徳殿は忠烈祠となり、記念碑跡には大仏が建てられました。 -
碑の裏側には祠堂があります。(建物としてはこちらが表)
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1965年、八卦山會戰の戦死者679名の遺骨が発見され、1983年の公園整備の際、ご遺骨を弔うためこの祠堂が建てられました。
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祠堂の近くに大砲が展示されています。
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八卦山に最初に砲台が設置されたのは清の雍正11年(1733年)。現在の大仏付近にあり主に清への反乱軍(義民)を防ぐためのものでした。現在展示されている大砲は光緒10年(1884年)台湾巡撫劉銘傳が設置したもの。当時の清はイギリスやフランス、日本など諸外国に対して防備が必要でした。
八卦山會戰でもこの大砲が使われましたが、碑文にある北白川宮と山根少将が砲撃で戦死というのは間違いでしょう。この碑文が書かれた時代を表していますね。 -
これが大砲。
ふと思ったんですが、第二次大戦末期の日本って万年筆ですら供出させて武器にしたというではないですか。こういうのよく残ってましたよね。どこかにひそかにしまわれていたのでしょうか。 -
古来八卦山の山頂は絶好の軍事拠点。そこが今では大仏が見守る平和の公園となっています。
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今となってはこの程度の高台に砲台を築いても国防になりませんよね。八卦台地の七星陣地もしかり。21世紀はどこを守っていいのやら。
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11:35
銀橋飛瀑。
八卦山には温泉路がありますが湯煙は見えません。どうやらこの泉が温泉と呼ばれていたようです。実際は冷泉ですけど。 -
写真ではわかりにくいのですが、広場の両側から湧く水が半弧形の水路に流れ、それが溢れて滝になっています。
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裏側はこんな感じ。銀橋というのは下流にある橋です。
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流れに沿って散策路があります。
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これが銀橋。かつては鉄製の吊橋だったそうです。渡るの忘れました。
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八卦山太極亭。かつて彰化神社があった場所。
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神社の参道は現在文学の道となり詩碑が並んでいます。
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文学の歴史を刻んだプレート。
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康煕42年(1703年)から始まっています。
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台湾が割譲された年には「台湾哀詞」という作品が書かれていますね。
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1897年の「台湾戦記」「譲台紀」も気になる。
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このプレートが作られたのが2001年。
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以降の余白に未来の軌跡を刻むべく、新たな文学が生み出され続けていることでしょう。
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階段を下って行きます。かつての神社参道かな。
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階段を下ったところにあった文学歩道設立縁起。
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彰化文学館は図書館みたいな感じで、観光客が参観できる感じではありませんでした。
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