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大阪湾の周りの名城巡りです。この日最後に見学したのは明石城でした。1015年にも見学したお城ですが、今回は、阪神淡路大震災の復旧工事はすべて完了していたようです。

2017暮、大阪湾の名城(16/42):12月5日(16):明石城(3/3):落羽松、武蔵所縁の庭園

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2017/12/05 - 2017/12/07

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

大阪湾の周りの名城巡りです。この日最後に見学したのは明石城でした。1015年にも見学したお城ですが、今回は、阪神淡路大震災の復旧工事はすべて完了していたようです。

交通手段
観光バス
  • 夕日に映える二つの隅櫓と長塀の光景です。左が坤櫓(ひつじさるやぐら:南西側)、右が巽櫓(たつみやぐら:南東側)です。本丸土塀が復元されて、見栄えが一段と良くなりました。樹木も少し伐採されたかもしれません。

    イチオシ

    夕日に映える二つの隅櫓と長塀の光景です。左が坤櫓(ひつじさるやぐら:南西側)、右が巽櫓(たつみやぐら:南東側)です。本丸土塀が復元されて、見栄えが一段と良くなりました。樹木も少し伐採されたかもしれません。

  • 褐葉したラクウショウ(落羽松)の大木光景です。兵庫県の郷土記念物に指定されています。別名はヌマスギ(沼杉)です。北アメリカ原産のヒノキ科(またはスギ科)ヌマスギ属の落葉針葉高木です。

    イチオシ

    褐葉したラクウショウ(落羽松)の大木光景です。兵庫県の郷土記念物に指定されています。別名はヌマスギ(沼杉)です。北アメリカ原産のヒノキ科(またはスギ科)ヌマスギ属の落葉針葉高木です。

  • これから見学するのは、剣豪で知られる宮本武蔵に因む庭園です。明石藩主や豊前小倉藩主を歴任した小笠原家に伝わる『清流話』には、藩主の小笠原忠真が『三の丸の西側にある原野を庭園とするよう武蔵に命じ、1年がかりの大規模な工事が始まった』と記述されています。『庭石は四国や小豆島から取り寄せ、植木は大坂や堺から集めた』とも記述されているようです。

    これから見学するのは、剣豪で知られる宮本武蔵に因む庭園です。明石藩主や豊前小倉藩主を歴任した小笠原家に伝わる『清流話』には、藩主の小笠原忠真が『三の丸の西側にある原野を庭園とするよう武蔵に命じ、1年がかりの大規模な工事が始まった』と記述されています。『庭石は四国や小豆島から取り寄せ、植木は大坂や堺から集めた』とも記述されているようです。

  • 茶室への出入口を思わせるような、風雅な門と塀の光景です。塀は枝折戸風の素材でしたが、門は枝折戸ではなく、簡素な銅葺屋根が乗っていました。武蔵に因む庭園がある一角への出入口でした。

    茶室への出入口を思わせるような、風雅な門と塀の光景です。塀は枝折戸風の素材でしたが、門は枝折戸ではなく、簡素な銅葺屋根が乗っていました。武蔵に因む庭園がある一角への出入口でした。

  • 大正時代(1912~1926年)、荒れ放題だった三の丸西側を整備した記録が残ります。その際に見つかった、多数の庭石を現在の武蔵の庭園がある場所に移したとの記録があるようです。平成13年(2003年)に現在の庭園を作庭した際、その時の庭石は使われたとされます。武蔵が手配した石が使われた可能性が高いとされる、三の丸跡の庭園光景です。

    大正時代(1912~1926年)、荒れ放題だった三の丸西側を整備した記録が残ります。その際に見つかった、多数の庭石を現在の武蔵の庭園がある場所に移したとの記録があるようです。平成13年(2003年)に現在の庭園を作庭した際、その時の庭石は使われたとされます。武蔵が手配した石が使われた可能性が高いとされる、三の丸跡の庭園光景です。

  • 武蔵の庭園光景が続きます。武蔵の出生地は、美作(岡山県北部)説や、播磨(兵庫県西部)説があります。姫路藩主の本多忠政(1575~1631年)が客分として武蔵を迎えたようです。明石城は1619年(元和5年)、幕府の命により、姫路城に次ぐ西国の抑えとして明石藩主の小笠原忠真(1596~1667年)が築き、全面的に支援したのが姫路の忠政とされます。忠真の正室は、忠正の子の亀姫です。

    武蔵の庭園光景が続きます。武蔵の出生地は、美作(岡山県北部)説や、播磨(兵庫県西部)説があります。姫路藩主の本多忠政(1575~1631年)が客分として武蔵を迎えたようです。明石城は1619年(元和5年)、幕府の命により、姫路城に次ぐ西国の抑えとして明石藩主の小笠原忠真(1596~1667年)が築き、全面的に支援したのが姫路の忠政とされます。忠真の正室は、忠正の子の亀姫です。

  • 現地ガイドさんは、武蔵が作庭した時代の庭園は、枯山水だったらしいことを紹介されていました。現在の武蔵の庭園は満々と水をたたえています。1632年(寛永9年)、忠真は豊前小倉藩に国替えとなり、武蔵も小倉に移ったようです。その後、武蔵は肥後藩主の細川氏に招かれ、熊本で余生を送りました。明石で過ごしたのは十数年ほどだったようです。

    現地ガイドさんは、武蔵が作庭した時代の庭園は、枯山水だったらしいことを紹介されていました。現在の武蔵の庭園は満々と水をたたえています。1632年(寛永9年)、忠真は豊前小倉藩に国替えとなり、武蔵も小倉に移ったようです。その後、武蔵は肥後藩主の細川氏に招かれ、熊本で余生を送りました。明石で過ごしたのは十数年ほどだったようです。

  • 宮本武蔵(1584?~1645年)は、江戸時代初期の剣術家で兵法家、書画にも長けた人でした。二刀を用いる二天一流兵法の開祖です。京都の兵法家・吉岡一門との戦いや巌流島での佐々木小次郎との決闘が、後世、演劇、小説、様々な映像作品の題材になりました。著書『五輪書』は、外国語にも翻訳され出版されています。随分前に日本語版の文庫本で読んだ記憶があります。

    宮本武蔵(1584?~1645年)は、江戸時代初期の剣術家で兵法家、書画にも長けた人でした。二刀を用いる二天一流兵法の開祖です。京都の兵法家・吉岡一門との戦いや巌流島での佐々木小次郎との決闘が、後世、演劇、小説、様々な映像作品の題材になりました。著書『五輪書』は、外国語にも翻訳され出版されています。随分前に日本語版の文庫本で読んだ記憶があります。

  • 武蔵の池に架かる石橋の光景です。武蔵が描いた絵では、国の重要文化財に指定された『鵜図(うず)』、『枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)』や『紅梅鳩図(こうばいはとず)』等が有名ですが、『正面達磨図』、『盧葉達磨図』、『盧雁図屏風』や『野馬図』などの水墨画も残されています。

    武蔵の池に架かる石橋の光景です。武蔵が描いた絵では、国の重要文化財に指定された『鵜図(うず)』、『枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)』や『紅梅鳩図(こうばいはとず)』等が有名ですが、『正面達磨図』、『盧葉達磨図』、『盧雁図屏風』や『野馬図』などの水墨画も残されています。

  • 明石城の打込み接ぎの石垣光景です。比較的近年に積み直されたような雰囲気があった石垣です。石に生した苔もなく、隙間に草木もありませんでした。

    明石城の打込み接ぎの石垣光景です。比較的近年に積み直されたような雰囲気があった石垣です。石に生した苔もなく、隙間に草木もありませんでした。

  • 明石城の打込み接ぎの高石垣の光景です。下部に近い場所で、膨らみが生じているようにも見えました。あるいは、途中から勾配を変えて、積まれた石垣かも知れません。

    明石城の打込み接ぎの高石垣の光景です。下部に近い場所で、膨らみが生じているようにも見えました。あるいは、途中から勾配を変えて、積まれた石垣かも知れません。

  • 句碑の紹介です。『落葉降る昔より降る城の道 合浦』の文字が刻まれていました。明石出身の俳人、原田合浦(1895~1963)の句でした。頭の二文字と俳号の1文字が読み取れませんでしたが、読み取れた分からのネット検索でたどり着きました。<br />

    句碑の紹介です。『落葉降る昔より降る城の道 合浦』の文字が刻まれていました。明石出身の俳人、原田合浦(1895~1963)の句でした。頭の二文字と俳号の1文字が読み取れませんでしたが、読み取れた分からのネット検索でたどり着きました。

  • 周りに落葉が降り積もった、明石城の石垣光景です。2015年に見学した時にも気になっていた打込み接ぎの石垣の一つです。隙間をセメントで詰めてありました。排水が不十分ですと、水圧で石垣が膨らんだり崩れたりします。

    周りに落葉が降り積もった、明石城の石垣光景です。2015年に見学した時にも気になっていた打込み接ぎの石垣の一つです。隙間をセメントで詰めてありました。排水が不十分ですと、水圧で石垣が膨らんだり崩れたりします。

  • 補強目的と思われる、セメントが詰められた打込み接ぎの石垣のズームアップ光景です。背後の面積が広い高石垣と違って、水圧が高くなるほど巣が集まる場所ではないようですが、セメントで隙間を埋めてしまうことには、強い違和感を覚えます。

    補強目的と思われる、セメントが詰められた打込み接ぎの石垣のズームアップ光景です。背後の面積が広い高石垣と違って、水圧が高くなるほど巣が集まる場所ではないようですが、セメントで隙間を埋めてしまうことには、強い違和感を覚えます。

  • 明石城見学の後、明石海峡大橋を渡って、淡路島南部の南淡路ロイヤルホテルに到着しました。そのホテルでの夕食です。明石海峡大橋を渡る時にはすでに日が落ち、淡路島を南下する時にはすっかり暗くなっていました。

    明石城見学の後、明石海峡大橋を渡って、淡路島南部の南淡路ロイヤルホテルに到着しました。そのホテルでの夕食です。明石海峡大橋を渡る時にはすでに日が落ち、淡路島を南下する時にはすっかり暗くなっていました。

  • 外に出かける場所はありませんでしたから、ホテルの中を散策して、少しの間時間潰しです。ツリーなど、クリスマスの飾りが始まっていました。

    外に出かける場所はありませんでしたから、ホテルの中を散策して、少しの間時間潰しです。ツリーなど、クリスマスの飾りが始まっていました。

  • 1階ロビーの光景です。中華料理店が開いていましたが、食事はもう済ませてしまいました。エビスビールは、私のお気に入りですが、このところプリン体が少なくないビールの量は減らしています。

    1階ロビーの光景です。中華料理店が開いていましたが、食事はもう済ませてしまいました。エビスビールは、私のお気に入りですが、このところプリン体が少なくないビールの量は減らしています。

  • 人気のないコーナーに飾ってあったクリスマスツリーの光景です。白っぽい明かりがツリーに積もった雪を連想させるようでした。出来ることなら、静かな音楽を聴きながら、ワインの1杯も飲みたいところです。

    イチオシ

    人気のないコーナーに飾ってあったクリスマスツリーの光景です。白っぽい明かりがツリーに積もった雪を連想させるようでした。出来ることなら、静かな音楽を聴きながら、ワインの1杯も飲みたいところです。

  • 少し離れた場所から眺めた、咲火度の城っぽいツリーの光景です。それとなくバー・カウンターを探してみましたが、見当たりませんでした。

    少し離れた場所から眺めた、咲火度の城っぽいツリーの光景です。それとなくバー・カウンターを探してみましたが、見当たりませんでした。

  • あまり寒くありませんでしたから、外に出て眺めたホテル一階付近の明かりの光景です。二階以上は真っ暗でした。

    あまり寒くありませんでしたから、外に出て眺めたホテル一階付近の明かりの光景です。二階以上は真っ暗でした。

  • 玄関光景です。この当たりも随分と静かでした。現在時刻は21時少し前、既に予約客のチェックインは済んだようでした。

    玄関光景です。この当たりも随分と静かでした。現在時刻は21時少し前、既に予約客のチェックインは済んだようでした。

  • ホテル内に展示してあった焼物のコレクションの紹介です。最初は『月(日、同?)乎焼』です。『絶(?)家・小虎月乎』らしい表示もありましたが、ネット検索できませんでした。多分、地元か近隣で焼かれたものです。

    ホテル内に展示してあった焼物のコレクションの紹介です。最初は『月(日、同?)乎焼』です。『絶(?)家・小虎月乎』らしい表示もありましたが、ネット検索できませんでした。多分、地元か近隣で焼かれたものです。

  • 同じく、ネット検索できなかった、『小虎月乎』作の焼物のズームアップ光景です。古瀬戸風の渋い色合いと、肌合いの広口壷の焼物でした。古陶ではなく、新作のようでした。

    同じく、ネット検索できなかった、『小虎月乎』作の焼物のズームアップ光景です。古瀬戸風の渋い色合いと、肌合いの広口壷の焼物でした。古陶ではなく、新作のようでした。

  • 『大谷焼』の小品の数々展示です。大谷焼(おおたにやき)は、徳島県鳴門市大麻町大谷で作られる『せっ器』です。せっ器は、陶磁器の一種で、半磁器、焼締めとも呼ばれる、陶器と磁器の中間的な性質を持つ焼物です。

    『大谷焼』の小品の数々展示です。大谷焼(おおたにやき)は、徳島県鳴門市大麻町大谷で作られる『せっ器』です。せっ器は、陶磁器の一種で、半磁器、焼締めとも呼ばれる、陶器と磁器の中間的な性質を持つ焼物です。

  • 『大谷焼』の製品のズームアップ光景です。堅牢で耐水性があり、瓶、壷、水差し、茶器、食器、花器、植木鉢、フィギュアリンなど、日用品から装飾品まで幅広く作られるようです。通常、絵付けはされないようです。

    『大谷焼』の製品のズームアップ光景です。堅牢で耐水性があり、瓶、壷、水差し、茶器、食器、花器、植木鉢、フィギュアリンなど、日用品から装飾品まで幅広く作られるようです。通常、絵付けはされないようです。

  • 地元の特産品の展示です。『創業嘉永3年、老香司・梅薫堂』の表示がありました。並べられていたのは、お線香の数々です。嘉永3年は、幕末の1850年になります。

    地元の特産品の展示です。『創業嘉永3年、老香司・梅薫堂』の表示がありました。並べられていたのは、お線香の数々です。嘉永3年は、幕末の1850年になります。

  • 南淡路ロイヤルホテルで泊まった自室の紹介です。小さいベッドを含めて、三つが置かれていました。旅行社に申し込んでおいたのは、シングルの部屋です。

    南淡路ロイヤルホテルで泊まった自室の紹介です。小さいベッドを含めて、三つが置かれていました。旅行社に申し込んでおいたのは、シングルの部屋です。

  • きょう一日は旅行日和に恵まれましたが、念のために翌日の天気予報の確認です。太平洋側はおおむね晴れ、日本海側は雪か曇りの予報でした。運よく四国は晴マークでした。

    きょう一日は旅行日和に恵まれましたが、念のために翌日の天気予報の確認です。太平洋側はおおむね晴れ、日本海側は雪か曇りの予報でした。運よく四国は晴マークでした。

  • 西日本各地の初雪情報です。各地でかなり積雪があり、交通渋滞も起こっているようでした。明日の淡路島と四国では、降雪はまず心配なさそうでした。

    西日本各地の初雪情報です。各地でかなり積雪があり、交通渋滞も起こっているようでした。明日の淡路島と四国では、降雪はまず心配なさそうでした。

  • 降雪と併せて心配だったのが、冷たい風が強まることでした。こちらは、ある程度覚悟しておいた方がよさそうでした。

    降雪と併せて心配だったのが、冷たい風が強まることでした。こちらは、ある程度覚悟しておいた方がよさそうでした。

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