2017/12/05 - 2017/12/07
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旅人のくまさんさん
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洲本城の天守は現在は模擬天守ですが。三隈山の頂上にあって、洲本市街、洲本温泉を足下に従え、その先には紀淡海峡を見渡すことができる絶好の位置を占める城跡です。遺跡としては、殊に石垣の素晴らしさが特筆されます。
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イチオシ
本丸搦手虎口を登った正面にある鏡石(かがみいし)の光景です。敵兵を威圧し、本丸を守るための石ともされます。鏡は邪悪なものを退ける力があるとされることから、重要な虎口に鏡石を配置したようです。鏡石は大手口によく用いられますが、現在は搦手口とよばれている部分は、かつての大手口であったとする説もあります。
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洲本城の天守光景です。1928年(昭和3年)に建設された鉄筋コンクリート製の模擬天守です。鉄筋コンクリート製の模擬天守としては日本最古とされます。
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洲本城の模擬天守のズームアップ光景です。千鳥破風と軒丸瓦や鬼瓦の装飾が印象的な姿でした。屋根瓦の葺き替え工事からは、まだ4年程か経っていません。
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2011年(平成23年)3月はじめに模擬天守の壁面にひび割れが見つかり、補修工事を行うことになったため、模擬天守への立ち入りは禁止されていたました。2013年3月から本格的に改修工事が行われ、9月に屋根瓦の葺き替えと耐震補強工事が完了しました。ただし、建物内への立入り禁止は継続されているようでした。
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『国史跡・洲本城跡案内図』のタイトルがあった図面の光景です。本丸からは少し離れた西の丸や、本丸の北側にある、西の登り石垣や、東の登り石垣の位置も記されていました。
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木々の間から見えていた模擬天守の光景です。ツバキの花を観に立寄った時の撮影です。ツバキは、桜や梅などと並んで、お城見学で目にする花木です。
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端正な姿をした、八重咲の赤い椿の花の光景です。ツバキは、ツバキ科ツバキ属の植物ですが、同じ属には、ツバキのほか、サザンカ、チャ(茶の木)、ヤブツバキ等があります。ナツツバキは、ツバキ属ではなく、ナツツバキ属です。
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同じく、赤い椿の花の光景です。チャ属は1970年代にツバキ属に統合されました。科名は、かつてこの科にあったチャ属(Thea)に由来します。廃止になった属名がラテン語の科名に使われているのは、ツバキ科だけとされます。
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薄いピンク色が入った椿の花の光景です。ツバキは花だけでなく、ツバキ油の生産でも有名です。ツバキ油は、ヤブツバキの種子から採取される植物性油脂を指します。ツバキ属の種子から取った油の総称は、カメリア油と呼ばれ、区別されています。
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似顔絵入りの『三熊山本丸天守閣』の案内看板の光景です。三熊山の頂上は標高133メートルとされます。似顔絵は、洲本の『お登勢』さんです。お登勢さん(1829年頃~1877年)は、幕末期の寺田屋の女将です。寺田屋は薩摩藩の定宿であり、文久2年(1862年)に寺田屋騒動が起きました。お登勢さんは人の世話をすることを道楽としていて、坂本龍馬をはじめの尊皇攘夷派の志士たちを保護しました。
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三熊山を賛美した和歌らしいものが刻まれていた石碑の光景です。『三熊山む可(か)し能(の)珠●(古)人之(の)●(身)のたのしむ●を奈(な)りをしる可(か)耶(や)』らしい文字が刻まれていました。落款は『茂韶(もちあき)』でした。文部大臣を務めた蜂須賀茂韶(1846~1918年)のようでした。幕末から明治の初め、淡路守の立場でした。明治維新後はオックスフォード大学に留学されています。
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『史蹟・洲本城について』のタイトルがあった説明看板の光景です。年表形式で記されていました。1500年代初頭の永正年間の創建から始まり、慶長15年(1610年)の廃城、寛永8年(1631年)に麓に居館を設けて由良から移転したことなどが箇条書されていました。
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天守台から眺めた大阪湾の光景です。大阪湾の出入口は2箇所です。西側が瀬戸内海との出入口の明石海峡、南側が紀伊水道を通じて太平洋に繋がる友ヶ島水道です。この2箇所とも淡路島が絡んでいます。また、瀬戸内海は鳴門海峡を通じて紀伊水道とも繋がっていますから、淡路島は瀬戸内海と大阪湾の3箇所の要所すべてに絡んだ島とも言えます。
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東側から眺めた、模擬天守の光景です。天守台へ登る石段の左横に、『本丸天守台』の標識がありました。天守への入場は禁止されているようですが、足元に近寄ることまでは禁止されていないようでした。人の姿が見えないのは、ほかに見晴らしがよい場所があったためのようです。
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模擬天守の上階部分のズームアップ光景です。洲本城の上の城と呼ばれる場所に天守閣が建ったのは、1585年に仙石氏に代わって脇坂安治が三万石で入城してからのことです。安治は加増されて1609年に大洲城移封となり、1610年には洲本城は廃城となりました。実質的に上の城の城主だったのは24年間城主だった脇坂安治だけです。
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洲本城の復興天守の鬼瓦のズームアップ光景です。日本で最も古いとされる、鉄筋コンクリート造りの天守です。屋根が葺き替えられて、外観上は真新しい天守となりました。
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本丸址に残された枯れ木の光景です。現地で小耳にはさんだところによれば、築城当時からの杉の木で、伐り倒すことが憚られているようでした。
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天主の破風が見える、東側から眺めた模擬天守の光景になるようです。土台部分には、四方に向けて穴があけられているようでした。表現を変えれば、四本足の土台です。
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イチオシ
本丸から眺めた瀬戸内海の光景です。海上を一望でき、かつて水軍の城として築かれた洲本城ならではの景色です。現在、洲本八景の一つに数えられています。淡路島の東側、大阪湾の西南エリアになるようです。陸上部は洲本市街、海岸線は大浜です。
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本丸から眺めた洲本城の東側方面の城内光景です。本丸の東側に位置する曲輪跡のようですが、名前は記されていませんでした。
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同じく、本丸から眺めた洲本城の東側方面の城内光景です。本丸の東側に位置する曲輪跡のような場所は、輪違紋が入った赤い幟で取り囲まれていました。
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本丸から眺めた、三熊山の斜面光景と、その先の大阪湾の光景です。斜面の樹木は植林ではなく、自然林のようでした。行き交う船の姿はありませんでしたが、右上に灯台のような建物が見えていました。
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休業日なのか、廃業なのか分からなかったお店の光景です。『天主茶屋』の看板がありました。『天守』ではなく、『天主』の文字を使ったのは、信長が初めてとの話をお聞きしたこともあります。安土城は、今でも天守ではなく天主と表記されています。
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『芝右衛門狸のおはなし』のタイトルがあった説明看板の光景です。佐渡島の団三郎狸、香川県の太三郎狸と並び、日本三名狸に数えられている淡路島の化狸の物語です。芝居が好きだった狸の芝右衛門は、人気の神として中村雁治郎、片岡仁左衛門、藤山寛美といった多くの役者たちに篤く信仰されてきました。
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狸の芝右衛門が祀られている小さな社の光景です。狸の置物で溢れていました。正面には、『芝右衛門大明神』の扁額が懸かっていました。
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狸の芝右衛門が祀られている小さな社のズームアップ光景です。芝右衛門狸の妻は、お増(おます)、一緒に祀られているようでした。紫の暖簾には、昭和63年に藤山寛美さんが寄進したことが記されていました。藤山寛美さん(1929~1990年)は、戦後昭和の上方喜劇界を代表する喜劇役者でした。
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この日の好天の空と、洲本城の天守光景です。常緑樹がその周りに彩りを添えていました。それほど大木ではないものの、白い枯枝があった、貫禄十分の常緑樹でした。
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本丸で咲いていた、気品のあるピンク色の椿の光景です。見頃になっていました。ツバキ(椿、海柘榴)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹です。日本内外で近縁のユキツバキから作り出された数々の園芸品種の総称とされます。
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気品のあるピンク色の椿のズームアップ光景です。江戸時代の初めに園芸品種が流行し、1681年には、世界で初めて椿園芸品種を解説した書物が当時の江戸で出版されました。
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本丸址で咲いていた同じ椿の花の光景です。こちらは咲き始めたばかりの花です。『武士はその首が落ちる様子に似ているというのを理由にツバキを嫌った』という話もありますが、それは幕末から明治時代以降の流言で、江戸時代での記述は見つかっていないとされます。
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