2017/12/05 - 2017/12/07
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旅人のくまさんさん
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大阪湾の名城巡りです。洲本城は三熊山に築かれた上の城と、麓に築かれた下の城によって構成されています。今回見学した上の城は、大永6年(1526年)、安宅治興によって築かれました。
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本丸に向かう途中の城内光景です。右手の石垣の上に赤い幟が見えました。まだ本丸ではなく、一段下の曲輪でした。本丸の帯曲輪のような場所ですが、縄張り図などには、名称が記されていませんでした。赤い幟には、白い『輪違い紋』が見えました。
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縄張り図などには、名称が記されていなかった本丸東側にある曲輪のような場所の入口光景です。前方に見える石垣は、本丸石垣の一部です。
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本丸東側にある曲輪のような場所の光景です。現在の縄張り図には、この場所の更に東側に『東の丸』が記されていました。この場所と、『東の丸』の中間に北側からの登り口の『八王子木戸』があります。
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同じく、本丸東側にある曲輪のような場所の光景です。先に石垣下から紹介した、『輪違い紋』が上下に入った赤い幟が見えました。洲本城主だった、脇坂氏の紋です。秀吉が天下取りへの上り坂だった天正13年(1585年)、脇阪安治は数々の武勲を挙げ、摂津国能勢郡で一万石、次いで大和高取城二万石、更に淡路洲本城三万石と、僅か半年で三倍の身上となりました。
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切株が残る、本丸石垣の光景です。その左側に『本丸大石段』が見えています。この石段の登りが、本丸への表道になります。
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イチオシ
『本丸大石段』とその脇の本丸の高石垣の光景です。洲本城見学の中でも印象に残った場所でした。
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『本丸大石段』のズームアップ光景です。標高133メートルの三熊山の頂上に天守が築かれた山城の洲本城ですから、石材運びも並大抵ではなかったはずです。
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石段の脇に建てられていた、『本丸大石段』の文字が記されていた案内標識の光景です。『本丸大石段』は、洲本城の見所の一つになっています。幅が広い石段ですが、、段差がありますから、上り下りは結構大変です。これも守りのための工夫のようです。
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大部分が元の石材を使って積み直されたらしい低い石垣の光景です。その上に『南の丸』の標識がありました。石垣が低い理由は内側に位置するためです。前方奥に、外側の高石垣から続く石垣も見えていました。
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同じく、大部分が元の石材を使って積み直されたらしい『南の丸』の周りの石垣光景です。祖の『南の丸』への通路になる幅広い石段がありました。数段だけの石垣ですが、その下部は全体が土塁で高くなっていました。
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『南の丸』方面から眺めた本丸石垣の光景です。『本丸』は、『南の丸』の北側に位置していました。石垣の左側が出っ張っているのは、横矢を通すための細工のようです。『横矢』は、『横矢掛り』とも呼ばれる防御施設です。虎口などにも多く用いられています。
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同じく、『南の丸』方面から眺めた本丸石垣の光景です。本丸の西南角当たりになるようでした。模擬天守は、本丸の西北角付近の天守台の上に建てられています。
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『瀬戸内海国立公園・三熊山園地』のタイトルがあった説明看板の光景です。瀬戸内海国立公園は、瀬戸内海を中心とする10県にまたがる広範な国立公園です。1934年3月に指定され、指定区域の拡大がなされてきました。三熊山のエリアは、三角城址を中心とするその一部区域です。
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『暖帯林』のタイトルがあった説明看板の光景です。市街地に隣接した場所にある、珍しい温暖林であることが説明されていました。主な樹木は、シイ、カシ、タブ、クス、ヤブツバキなどです。環境庁と兵庫県の連名での近畿自然歩道の説明文でした。
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『シロミノヤブムラサキ(白実の藪紫)』のタイトルがあった説明看板の光景です。ヤブムラサキの新品種として、1995年(平成7年)に洲本市の天然記念物に指定されたことが紹介されていました。発見されたのは、1992年(平成4年)です。
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保護のための金網で囲われていた、『シロミノヤブムラサキ(白実の藪紫)』の光景です。小さく白い実が生っていました。洲本市の公式HPには、この天然記念物の木がある場所は洲本市小路谷と表示されていました。洲本城の『南の丸』の西側辺りになります。
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同じく、保護のための金網で囲われていた、『シロミノヤブムラサキ(白実の藪紫)』の光景です。現地ガイドさんが、本丸を見学する前に、回り道をして紹介してくれました。
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後からこの場所に植栽されたらしい、紫の実を付けた『ヤブムラサキ(藪紫)』の光景です。同じように金網の中でした。シソ科ムラサキシキブ属に分類される落葉低木です。通常のヤブムラサキは、こちらのタイプです。
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野面積の高石垣の光景です。本丸石垣の一部だったようです。粟田家は、江戸時代初期の阿波屋喜兵衛を祖とする穴太衆の技術を伝承する集団で、純徳氏が『第十五代目穴太衆頭』として活動されています。粟田家は、戦後は竹田城や篠山城、安土城や彦根城、高知城やこの洲本城などの石垣修復を手掛けました。
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概ね17世紀からは、城郭の高石垣の角の部分には、見栄えも強度にも優れた『算木積』が採用されましたが、その技術が開発される以前の石積のようでした。算木積ではなく、左右から積石が向かい合った形の、角の部分の石積光景です。
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同じく、角の部分に『算木積』が使用される以前に積まれたらしい石垣の光景です。『算木積』は天正年間(1573~1592年)にはすでに見られますが、1600年の関ヶ原の戦い以後、全国的な築城大盛況期に急速に発展しました。一般的には、慶長10年(1605年)頃に完成した積み方とされます。
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天守台の上に立つ、日本最古の鉄筋コンクリート製の模擬天守のズームアップ光景です。近年、耐震工事とお化粧直しがされました。
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イチオシ
天守台の上に立つ、日本最古の鉄筋コンクリート製の模擬天守の光景です。展望台として利用されていましたが、現在は安全上の理由で立入り制限されているようでした。
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『本丸搦手虎口』の途中から見上げた洲本城の模擬天守の光景です。天守台の大きさから言えば、もっと大きな天守か、あるいは連結する小天守、続き櫓などがあったのかも知れません。年表で見る戦国時代の別冊の『城郭辞典』には、天守については『詳細不明』と記されています。
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イチオシ
『本丸搦手虎口』の光景です。本丸エリアの西側に位置します。現在は建物光景はありませんが、楼門や多門櫓などがあったのかも知れません。念のために、『洲本城の再建CG』などで検索してみましたが、ヒットする情報はありませんでした。
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『本丸搦手虎口』の標識です。本丸への出入口は、西側にあるこの『本丸搦手口』から『本丸搦手口虎口』への通路と、『本丸大石段』から『本丸虎口』への通路の2箇所のようでした。
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縄張り図には記載されていませんでしたが、かつての『搦手口門』の礎石のようでした。これだけ立派な虎口ですから、楼門などが置かれていなかったはずはありません。
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本丸の周りの帯曲輪のような場所から眺めた、かつての洲本城下町の光景です。現在は4万3千人ほどの洲本市の一部になっています。陸上では淡路市と南あわじ市と隣接し、海上では紀淡海峡を隔てて和歌山県の和歌山市と隣接しています。
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同じ方角の洲本城下町のズームアップ光景です。江戸時代は麓に平城が築かれ、藩庁舎となりました。結構賑わった城下町だったようです。現在も、城下末をキーワードに地域再生が行われているようです。
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海岸線近くの洲本市街と、大阪湾の光景です。海岸線の手前は炬口(たけのくち)海水浴場と大浜海水浴場、その先に炬口(たけのくち)漁港が見えていました。その境目にある建物が洲本市役所当たりのようです。
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