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ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅<br />期間:2014年05月09日~23日  15日間)<br /><br />参考:<br />≪ドイツの春:北方二州を巡る旅に出る≫<br />http://4travel.jp/travelogue/10883955<br /><br />05月13日(火) 205km、晴れ時々曇り 13℃、相変わらず寒かった。<br /><br />起床6:30、朝食8:10〜8:40、庭園を散歩。Altenhofを出発。9:25 =>L?・B76・L? 32km ヴァイキング博物館見学 10:10〜11:15 =>L?・B76・L?  48km Kielキール着12:30 昼食:皇城飯店 13:30〜14:00。 <br />キール14:15出発 =>L?・B502・L? 20km Laboeラボー 14:50〜16:00 =>B76・L? 42km Schloss Ploenプレーン城の外観のみ 16:56〜17:00 =>L?・ B76(Eutin・Schabeutz)=>Skandinavienkai波止場(Poetenitz Wiek小湾をフェリーで渡る18:10〜13 =>(Priwall) L? 63km Schlossgut Gross Schwansee古城ホテル グロース・シュヴァンゼー城に18:36到着。<br /><br />写真はLaboeラボーのUボート博物館

ドイツの春・北方二州を巡る:6ヴァイキング博物館とUボート博物館

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2014/05/09 - 2014/05/23

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jijidaruma

jijidarumaさん

ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅
期間:2014年05月09日~23日  15日間)

参考:
≪ドイツの春:北方二州を巡る旅に出る≫
http://4travel.jp/travelogue/10883955

05月13日(火) 205km、晴れ時々曇り 13℃、相変わらず寒かった。

起床6:30、朝食8:10〜8:40、庭園を散歩。Altenhofを出発。9:25 =>L?・B76・L? 32km ヴァイキング博物館見学 10:10〜11:15 =>L?・B76・L?  48km Kielキール着12:30 昼食:皇城飯店 13:30〜14:00。 
キール14:15出発 =>L?・B502・L? 20km Laboeラボー 14:50〜16:00 =>B76・L? 42km Schloss Ploenプレーン城の外観のみ 16:56〜17:00 =>L?・ B76(Eutin・Schabeutz)=>Skandinavienkai波止場(Poetenitz Wiek小湾をフェリーで渡る18:10〜13 =>(Priwall) L? 63km Schlossgut Gross Schwansee古城ホテル グロース・シュヴァンゼー城に18:36到着。

写真はLaboeラボーのUボート博物館

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
レンタカー
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 ANA
旅行の手配内容
個別手配
  • *朝日と共に起床。窓の外を見ると、3台の車が頭を向こうにして駐車していた。ドイツの駐車場は広いから、頭から突っ込んで駐車するのが普通だ。<br />これが狭い日本だと車の顔が見える格好で停めている。<br /><br />アルテンホーフ城の建物が左にあり、こちらにはゴルフ会員用のハウス、レストラン棟になっているようだが、昨夜から2、3台の車が駐車していた。<br />ゴルフ場の朝は早いから、従業員が泊まっているのかも。<br /><br />アルテンホーフ城を出発しようと階段を降りると、デュッセルルドルフのお嬢さんが足早に降りてきて、ご丁寧にも昨日のお礼を言われた。お互いに“良い旅を!”と言って9:25出発した。<br /><br />写真は古城ホテル アルテンホーフ城

    *朝日と共に起床。窓の外を見ると、3台の車が頭を向こうにして駐車していた。ドイツの駐車場は広いから、頭から突っ込んで駐車するのが普通だ。
    これが狭い日本だと車の顔が見える格好で停めている。

    アルテンホーフ城の建物が左にあり、こちらにはゴルフ会員用のハウス、レストラン棟になっているようだが、昨夜から2、3台の車が駐車していた。
    ゴルフ場の朝は早いから、従業員が泊まっているのかも。

    アルテンホーフ城を出発しようと階段を降りると、デュッセルルドルフのお嬢さんが足早に降りてきて、ご丁寧にも昨日のお礼を言われた。お互いに“良い旅を!”と言って9:25出発した。

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城

  • 写真は古城ホテル アルテンホーフ城

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城

  • 朝食の間はセッティングが済んでいて、ライラックの花柄の壁紙が美しい、落ち着いた部屋であった。<br /><br />30代の女性が朝食を切り盛りしていて、満足のいく朝食を用意してくれた。<br /><br />写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

    朝食の間はセッティングが済んでいて、ライラックの花柄の壁紙が美しい、落ち着いた部屋であった。

    30代の女性が朝食を切り盛りしていて、満足のいく朝食を用意してくれた。

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

  • 私共が一番目の客、その後にハンブルクのご夫婦が来られた。昨夜の入口ドアの施錠開けを手伝ってくれた御礼を述べる。<br /><br />今日もゴルフを楽しむらしい。私共と同じ年のご主人は奥様とゴルフ場を求めて巡りながら旅を楽しんでおられると、私共も古城ホテルの滞在を楽しみながら、ドイツ各地を巡っていると、しばしの歓談。<br /><br />デュッセルルドルフのお嬢さんはまだお休みらしい。<br /><br />写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

    私共が一番目の客、その後にハンブルクのご夫婦が来られた。昨夜の入口ドアの施錠開けを手伝ってくれた御礼を述べる。

    今日もゴルフを楽しむらしい。私共と同じ年のご主人は奥様とゴルフ場を求めて巡りながら旅を楽しんでおられると、私共も古城ホテルの滞在を楽しみながら、ドイツ各地を巡っていると、しばしの歓談。

    デュッセルルドルフのお嬢さんはまだお休みらしい。

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

  • 写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・朝食の間

  • 写真は古城ホテル アルテンホーフ城・窓辺から眺める庭園・ゴルフ場

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・窓辺から眺める庭園・ゴルフ場

  • 朝食後、いつものように庭園を散歩。もうゴルフ場のスタート地点には数人の方がいて、始まる様子だ。<br /><br />ゴルフ場や庭園の周辺は森で囲まれて、ゆったりした空気が流れている。<br /><br />写真はゴルフ場のスタート地点

    朝食後、いつものように庭園を散歩。もうゴルフ場のスタート地点には数人の方がいて、始まる様子だ。

    ゴルフ場や庭園の周辺は森で囲まれて、ゆったりした空気が流れている。

    写真はゴルフ場のスタート地点

  • 写真は古城ホテル アルテンホーフ城・庭園側から

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・庭園側から

  • アルテンホーフ城を出発しようと階段を降りると、デュッセルルドルフのお嬢さんが足早に降りてきて、ご丁寧にも昨日のお礼を言われた。お互いに“良い旅を!”と言って9:25出発した。<br /><br />写真は古城ホテル アルテンホーフ城・庭園

    アルテンホーフ城を出発しようと階段を降りると、デュッセルルドルフのお嬢さんが足早に降りてきて、ご丁寧にも昨日のお礼を言われた。お互いに“良い旅を!”と言って9:25出発した。

    写真は古城ホテル アルテンホーフ城・庭園

  • さて、今日は天気も良さそうで、気持ちを切り替えて、朝一番にシュレースヴィヒ方向に戻り、本日最初の目的地・ヴァイキング博物館に向かった。<br /><br />ヴァイキング博物館は行程上、昨日の予定に入れていたが、ゴットルフ城の州立博物館が膨大な展示で見学に時間がかかってしまい、断念していた。<br /><br />写真はWikinger Museum  Haithabuヘイタブ・ヴァイキング博物館の地図

    さて、今日は天気も良さそうで、気持ちを切り替えて、朝一番にシュレースヴィヒ方向に戻り、本日最初の目的地・ヴァイキング博物館に向かった。

    ヴァイキング博物館は行程上、昨日の予定に入れていたが、ゴットルフ城の州立博物館が膨大な展示で見学に時間がかかってしまい、断念していた。

    写真はWikinger Museum Haithabuヘイタブ・ヴァイキング博物館の地図

  • バルト海に面した“Heringszaum鰊の柵”で知られるKappelnカッペルンという町から、細長い湾が西にシュレースヴィッヒまで切り込んで込んでいる。<br /><br />ここはSchleiシュライという名の湾で、太公望(たいこうぼう)=釣り人にとっては天国だという。<br />ブスドルフはその湾に面しているわけだ。<br />Schleiシュライの意味も湾、入江である。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の看板

    バルト海に面した“Heringszaum鰊の柵”で知られるKappelnカッペルンという町から、細長い湾が西にシュレースヴィッヒまで切り込んで込んでいる。

    ここはSchleiシュライという名の湾で、太公望(たいこうぼう)=釣り人にとっては天国だという。
    ブスドルフはその湾に面しているわけだ。
    Schleiシュライの意味も湾、入江である。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の看板

  • シュライ湾から南に細い川で二つの湖Haddebyer Noorハッデビアー・ノオールとSelker Noorゼルカー・ノオールに繋がっていて、ヴァイキング博物館はハッデビアー・ノオール湖畔にある。駐車場から左に湖を見ながら、少し緑の中を歩く。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館への道

    シュライ湾から南に細い川で二つの湖Haddebyer Noorハッデビアー・ノオールとSelker Noorゼルカー・ノオールに繋がっていて、ヴァイキング博物館はハッデビアー・ノオール湖畔にある。駐車場から左に湖を見ながら、少し緑の中を歩く。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館への道

  • ≪Wikinger Museum  Haithabuヘイタブ・ヴァイキング博物館」<br /><br />10:10〜11:15 Euro14<br />D-24866 Busdorf 、Am Haddebyer Noor 5<br />http://www.schloss-gottorf.de/haithabu<br /><br />シュレースヴィッヒの郊外Busdorfブスドルフ、B76でアルテンホーフに向かう途中に“ヴァイキングの大都市” Hedebyヘーゼビュー (ドイツ名:ヘイタブ)があり、その近く、右手にヴァイキング博物館がある。  <br />博物館;休日なし、10~17時。広い駐車場あり。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の建物

    ≪Wikinger Museum Haithabuヘイタブ・ヴァイキング博物館」

    10:10〜11:15 Euro14
    D-24866 Busdorf 、Am Haddebyer Noor 5
    http://www.schloss-gottorf.de/haithabu

    シュレースヴィッヒの郊外Busdorfブスドルフ、B76でアルテンホーフに向かう途中に“ヴァイキングの大都市” Hedebyヘーゼビュー (ドイツ名:ヘイタブ)があり、その近く、右手にヴァイキング博物館がある。  
    博物館;休日なし、10~17時。広い駐車場あり。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の建物

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の前は入江

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の前は入江

  • ヘイタブ・ヴァイキング博物館はハッデビアー・ノオール湖畔にある。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の建物の遠望

    ヘイタブ・ヴァイキング博物館はハッデビアー・ノオール湖畔にある。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の建物の遠望

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

  • 博物館には近隣の学校の生徒が見学に来ていたがヴァイキングが残したものには子供、大人も興味をそそられる。<br /><br />青銅、金銀の品、ガラスパールの作成過程、ヴァイキング船の模型、ヴァイキング船と埋葬品などなど。ヴァイキングの村が博物館より先に作られているのをパンフレットで知ったが、博物館の展示見学で十分と、このまま帰る。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    博物館には近隣の学校の生徒が見学に来ていたがヴァイキングが残したものには子供、大人も興味をそそられる。

    青銅、金銀の品、ガラスパールの作成過程、ヴァイキング船の模型、ヴァイキング船と埋葬品などなど。ヴァイキングの村が博物館より先に作られているのをパンフレットで知ったが、博物館の展示見学で十分と、このまま帰る。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />青銅、金銀の品、

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    青銅、金銀の品、

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ガラスパールの作成過程

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ガラスパールの作成過程

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />青銅、金銀の品

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    青銅、金銀の品

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />青銅の品

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    青銅の品

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />青銅、金銀の品

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    青銅、金銀の品

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ヴァイキング船と埋葬品

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ヴァイキング船と埋葬品

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ヴァイキング長老?

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ヴァイキング長老?

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ヴァイキングの女性も大きい

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ヴァイキングの女性も大きい

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />スヴェン1世 (デンマーク王)のパワーストーン?

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    スヴェン1世 (デンマーク王)のパワーストーン?

  • 【ヴァイキング船】  <br /><br />細長く両先端の反った船でヴァイキングやその当時の北欧で使用された。<br />このような船形の船は紀元前2000年にさかのぼる歴史をもつが、ヴァイキング船に固有の特徴は竜骨の採用であり、これによって帆走が可能になり、横波に対する安定が得られた。<br /><br />考古学に基づく実験では大西洋横断に成功している。喫水が浅く、船のどちら側からでも岸辺に乗り上げることができる。両舷に同数のオール穴があり、船の大きさは左右1対のオール穴をもつ座席の数で表される。<br /><br />写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ヴァイキング船の実物大の模型

    イチオシ

    【ヴァイキング船】

    細長く両先端の反った船でヴァイキングやその当時の北欧で使用された。
    このような船形の船は紀元前2000年にさかのぼる歴史をもつが、ヴァイキング船に固有の特徴は竜骨の採用であり、これによって帆走が可能になり、横波に対する安定が得られた。

    考古学に基づく実験では大西洋横断に成功している。喫水が浅く、船のどちら側からでも岸辺に乗り上げることができる。両舷に同数のオール穴があり、船の大きさは左右1対のオール穴をもつ座席の数で表される。

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ヴァイキング船の実物大の模型

  • 写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学<br /><br />ヴァイキング船の実物大の模型

    写真はヘイタブ・ヴァイキング博物館の見学

    ヴァイキング船の実物大の模型

  • 次の目的地は48km先のKielキールです。キールの旧市街のパークハウスに12:30着。 <br /><br />写真はKielキールの紋章

    次の目的地は48km先のKielキールです。キールの旧市街のパークハウスに12:30着。 

    写真はKielキールの紋章

  • ≪Kielキール≫<br /><br />12:30〜14:15<br />http://www.kiel.de/<br /><br />バルト海に面したシュレースヴィヒ・ホルシュタインの州都である。ハンブルクの北90km、フレンスブルクの南東70km、リューベックからは北西60kmに位置する。<br /><br />半島に深く切り込んだKieler Foerdeキール湾は天然の港湾となり、海運と造船業が盛んな活気あふれる港町キールはかつて大きな軍港があり、第二次大戦では町の80%が破壊されてしまった為、古い街並みはあまり残っていない。人口24万人。<br /><br />写真はキール750年記念切手

    ≪Kielキール≫

    12:30〜14:15
    http://www.kiel.de/

    バルト海に面したシュレースヴィヒ・ホルシュタインの州都である。ハンブルクの北90km、フレンスブルクの南東70km、リューベックからは北西60kmに位置する。

    半島に深く切り込んだKieler Foerdeキール湾は天然の港湾となり、海運と造船業が盛んな活気あふれる港町キールはかつて大きな軍港があり、第二次大戦では町の80%が破壊されてしまった為、古い街並みはあまり残っていない。人口24万人。

    写真はキール750年記念切手

  • 現在は夏の保養地として人気があり、毎年6月下旬に行われるキール週間では世界的に有名なKiel Regattaヨットレースが開催される。<br /><br />写真は1982年記念切手・キール週間100周年

    現在は夏の保養地として人気があり、毎年6月下旬に行われるキール週間では世界的に有名なKiel Regattaヨットレースが開催される。

    写真は1982年記念切手・キール週間100周年

  • キールの歴史:<br /><br />1233年から1242年の間にシャウエンブルク・ホルシュタイン家のアードルフ4世により建設される。キール周辺のみがザクセン領であり、西と北はデンマーク領で、東にはスラヴ系民族が住んでいた。<br /><br />1283年にハンザ同盟に加入するもフレンスブルクとリューベックとに挟まれ商業都市として発展することはなかった。1329年に町の城壁が建設されてから16世紀末まで町は現在の旧市街の大きさのままであったと云う。<br /><br />1460年にデンマークによって併合され、1544年にデンマーク王家の分家ホルシュタイン・ゴットルプ家のホルシュタイン・ゴットルプ公領の首都となる。<br />1665年にクリスチャン・アルブレヒトによりキール大学が設立される。<br /><br />第二次シュレースヴィヒ・ホルシュタイン戦争と普墺戦争を経て、1866年にプロイセン王国へと併合された。 <br />1918年、第一次世界大戦の末期に、この地の軍港で起こった水兵の反乱が各地に広がり、ドイツ革命へと至る。<br /><br />写真はSt.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会のバルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)

    キールの歴史:

    1233年から1242年の間にシャウエンブルク・ホルシュタイン家のアードルフ4世により建設される。キール周辺のみがザクセン領であり、西と北はデンマーク領で、東にはスラヴ系民族が住んでいた。

    1283年にハンザ同盟に加入するもフレンスブルクとリューベックとに挟まれ商業都市として発展することはなかった。1329年に町の城壁が建設されてから16世紀末まで町は現在の旧市街の大きさのままであったと云う。

    1460年にデンマークによって併合され、1544年にデンマーク王家の分家ホルシュタイン・ゴットルプ家のホルシュタイン・ゴットルプ公領の首都となる。
    1665年にクリスチャン・アルブレヒトによりキール大学が設立される。

    第二次シュレースヴィヒ・ホルシュタイン戦争と普墺戦争を経て、1866年にプロイセン王国へと併合された。
    1918年、第一次世界大戦の末期に、この地の軍港で起こった水兵の反乱が各地に広がり、ドイツ革命へと至る。

    写真はSt.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会のバルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)

    聖ニコライ教会 (キール) 寺院・教会

    キールの聖ニコライ教会を訪ねた目的はバルラハの「闘う天使」(1928年作品)を見ることだ by jijidarumaさん
  • 旧市街:<br /><br />Alter Marktアルターマルクト、St.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会、船舶博物館、市庁舎。<br />パークハウスを出て、まずは旧市街Alter Marktアルターマルクトに、そしてお目当てはバルラハの「闘う天使像」だ。<br /><br />写真はKiel・ニコライ教会前:バルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)

    旧市街:

    Alter Marktアルターマルクト、St.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会、船舶博物館、市庁舎。
    パークハウスを出て、まずは旧市街Alter Marktアルターマルクトに、そしてお目当てはバルラハの「闘う天使像」だ。

    写真はKiel・ニコライ教会前:バルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)

  • 写真はStamps_of_Germany_(DDR)_1970,_MiNr_1534 Ernst Barlach1970年バルラハの記念切手・生誕100周年

    写真はStamps_of_Germany_(DDR)_1970,_MiNr_1534 Ernst Barlach1970年バルラハの記念切手・生誕100周年

  • ≪St.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会≫<br />12:45〜13:20<br /><br />船乗りや商人の守護神である聖ニコライの教会として1242年に建設されている。<br />19世紀後半、ネオ・ゴシック様式で建て替えられた聖ニコライ教会は第二次大戦で大きく損傷し、1950年に再建されている。<br /><br />教会を入ると右手にライオンの像が支えている青銅の洗礼台がある。1344年と古いもので、青銅の周囲の面には青銅鋳造者であるヨハン・アペンゲターにより描かれたキリストの一代記などが見て取れる。<br /><br />1460年の大聖壇、小さなキリスト洗礼の聖壇(1490年)もあり、ここには内側の扉4面に福音書著者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの聖人4人が描かれ、裏側の4面には4人の天使の姿が描かれている。<br />1705年に作られた説教壇を支える聖人クリストファー、パイプオルガンは1965年製と新しい。<br /><br />特筆されるのはバルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)が聖ニコライ教会前にあることだ。バルラハについてはGuestrowギュストローのバルラハ博物館見学で後述したい。<br /><br />写真は青銅の洗礼台

    ≪St.Nikolai-Kirche聖ニコライ教会≫
    12:45〜13:20

    船乗りや商人の守護神である聖ニコライの教会として1242年に建設されている。
    19世紀後半、ネオ・ゴシック様式で建て替えられた聖ニコライ教会は第二次大戦で大きく損傷し、1950年に再建されている。

    教会を入ると右手にライオンの像が支えている青銅の洗礼台がある。1344年と古いもので、青銅の周囲の面には青銅鋳造者であるヨハン・アペンゲターにより描かれたキリストの一代記などが見て取れる。

    1460年の大聖壇、小さなキリスト洗礼の聖壇(1490年)もあり、ここには内側の扉4面に福音書著者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの聖人4人が描かれ、裏側の4面には4人の天使の姿が描かれている。
    1705年に作られた説教壇を支える聖人クリストファー、パイプオルガンは1965年製と新しい。

    特筆されるのはバルラハの「Der Geistkaempfer闘う天使」(1928年作品)が聖ニコライ教会前にあることだ。バルラハについてはGuestrowギュストローのバルラハ博物館見学で後述したい。

    写真は青銅の洗礼台

  • 写真は1460年の大聖壇、

    写真は1460年の大聖壇、

  • 写真は小さなキリスト洗礼の聖壇(1490年)もあり、ここには内側の扉4面に福音書著者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの聖人4人が描かれ、裏側の4面には4人の天使の姿が描かれている。

    写真は小さなキリスト洗礼の聖壇(1490年)もあり、ここには内側の扉4面に福音書著者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの聖人4人が描かれ、裏側の4面には4人の天使の姿が描かれている。

  • 写真は1705年に作られた説教壇を支える聖人クリストファー、

    写真は1705年に作られた説教壇を支える聖人クリストファー、

  • (昼食)キールの旧市街・皇城飯店  <br /><br />13:30〜14:00 Euro19(2,513円)<br />中華のビュッフェスタイル:最近、地方に行くとこのビュッフェが多い。<br />タイ系中国人と思しき小母さんは最初、私共を同朋とみていたようだ。<br /><br />愛想も良く、ドイツ人家族などで賑わっていた。州都キールの中華の味は少々残念でしたが。<br /><br />写真は皇城飯店で昼食

    (昼食)キールの旧市街・皇城飯店  

    13:30〜14:00 Euro19(2,513円)
    中華のビュッフェスタイル:最近、地方に行くとこのビュッフェが多い。
    タイ系中国人と思しき小母さんは最初、私共を同朋とみていたようだ。

    愛想も良く、ドイツ人家族などで賑わっていた。州都キールの中華の味は少々残念でしたが。

    写真は皇城飯店で昼食

  • 写真はビールの飲み屋の宣伝人形

    写真はビールの飲み屋の宣伝人形

  • キール14:15出発。キール湾も深く切り込んだ湾で、ここに海軍基地があったのも肯けるが、湾の先っぽにLaboeラボーの町がある。<br /><br />凡そ20kmの距離で少し離れていたが、土地勘もなく、空いていた駐車場に車を置いた(14:50)。<br /><br />写真はLaboe:保養地の景観

    キール14:15出発。キール湾も深く切り込んだ湾で、ここに海軍基地があったのも肯けるが、湾の先っぽにLaboeラボーの町がある。

    凡そ20kmの距離で少し離れていたが、土地勘もなく、空いていた駐車場に車を置いた(14:50)。

    写真はLaboe:保養地の景観

  • 徒歩で海岸沿いのプロムナードに出る。結構歩いている人はいるが、さすがに海から来る風は寒い。<br /><br />当地の海岸で海水浴・日光浴する人はStrandkorpストランドコルプ(休憩用・風よけ用籐椅子)なるものを利用するそうで、ラボーの海岸にも風よけ用籐椅子が林立している。<br /><br />並べてある様子が壮観で、面白い光景だが、誰も利用していない。籐椅子は地面に固定せず、どちらの方向にも変えられるようになっているようだ。<br /><br />写真は海水浴・日光浴場

    徒歩で海岸沿いのプロムナードに出る。結構歩いている人はいるが、さすがに海から来る風は寒い。

    当地の海岸で海水浴・日光浴する人はStrandkorpストランドコルプ(休憩用・風よけ用籐椅子)なるものを利用するそうで、ラボーの海岸にも風よけ用籐椅子が林立している。

    並べてある様子が壮観で、面白い光景だが、誰も利用していない。籐椅子は地面に固定せず、どちらの方向にも変えられるようになっているようだ。

    写真は海水浴・日光浴場

  • 写真は海岸沿いのプロムナード

    写真は海岸沿いのプロムナード

  • フランス国旗が翻る瀟洒な家を横目に見て、先の観光スポットに向かってひたすら歩いた。20分ほど歩いて、漸くUボート(潜水艦)博物館に至った。<br /><br />写真はフランス国旗が翻る瀟洒な家

    フランス国旗が翻る瀟洒な家を横目に見て、先の観光スポットに向かってひたすら歩いた。20分ほど歩いて、漸くUボート(潜水艦)博物館に至った。

    写真はフランス国旗が翻る瀟洒な家

  • ≪Laboeラボー≫<br />14:50〜16:00<br /><br />人口5000人、今はキール湾・バルト海に面した洒落た保養地になっている。<br />ドイツ第一のキール軍港には潜水艦基地がおかれ、湾の岬の先端にLaboeラボーにその名残がある。<br /><br />第二次大戦で活躍したUボート(潜水艦)博物館、ドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔がある。<br /><br />写真はひたすら歩いた道の先にUボート(潜水艦)博物館がある。

    ≪Laboeラボー≫
    14:50〜16:00

    人口5000人、今はキール湾・バルト海に面した洒落た保養地になっている。
    ドイツ第一のキール軍港には潜水艦基地がおかれ、湾の岬の先端にLaboeラボーにその名残がある。

    第二次大戦で活躍したUボート(潜水艦)博物館、ドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔がある。

    写真はひたすら歩いた道の先にUボート(潜水艦)博物館がある。

  • 写真はドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔

    写真はドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔

    ドイツ海軍記念館 博物館・美術館・ギャラリー

    ラボー:ドイツの誇り・Uボート(潜水艦)博物館、傍にドイツ海軍記念館と海軍記念塔 by jijidarumaさん
  • ≪Uボート博物館≫<br />15:10〜15:30 入場券Euro8<br /><br />Deutscher Marinebund e.V.<br />D-24235 Laboe 、Strandstrasse 92<br />http://www.deutscher-marinebund.de/u995_geschichte.htm<br /><br />ドイツ海軍記念館の傍の海岸にあるUボート博物館にお目当てのドイツ潜水艦U995(1070t)が展示されている。<br /><br />潜水艦U995は第二次大戦後期の1943年7月にハンブルグで建造・進水となった。<br /><br />長さ67.2 m、幅6.2 m、喫水4.8 m、高さ9.6 mと、近くに寄ってみると、やはり大きいなという実感がある。1400馬力6気筒ディーゼル機関2基。<br /><br />甲板砲37mm 1門(砲弾220発)、対航空機対策として20mm双連機関砲2基を備え、魚雷発射管5門(艦首4門、艦尾1門)を常備していた。<br /><br />写真はドイツ潜水艦U995

    イチオシ

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    ≪Uボート博物館≫
    15:10〜15:30 入場券Euro8

    Deutscher Marinebund e.V.
    D-24235 Laboe 、Strandstrasse 92
    http://www.deutscher-marinebund.de/u995_geschichte.htm

    ドイツ海軍記念館の傍の海岸にあるUボート博物館にお目当てのドイツ潜水艦U995(1070t)が展示されている。

    潜水艦U995は第二次大戦後期の1943年7月にハンブルグで建造・進水となった。

    長さ67.2 m、幅6.2 m、喫水4.8 m、高さ9.6 mと、近くに寄ってみると、やはり大きいなという実感がある。1400馬力6気筒ディーゼル機関2基。

    甲板砲37mm 1門(砲弾220発)、対航空機対策として20mm双連機関砲2基を備え、魚雷発射管5門(艦首4門、艦尾1門)を常備していた。

    写真はドイツ潜水艦U995

  • 戦歴:<br /><br />1944年6月〜作戦に従事(哨戒9回)、<br />1944年5月21日 シェトランド諸島北東沖にて英飛行艇の攻撃を受け損傷、<br />1944年12月29日 北極海にてソ連掃海艇「T-883」を撃沈、<br />1945年3月2日 北極海にてソ連駆潜艇「BO-224」を撃沈。<br /><br />戦争末期の1945年5月8日にU-995はノルウェーのトロンハイムで被弾し、英軍に降伏し、その後1948年10月にノルウェーの船主に引き渡された。<br /><br />1952年12月にU995はノルウェー海軍の潜水艦「Kauraカウラ」として現役を継続、1965年に退役した。<br /><br />その後、1ドイツマルクという象徴的な価格で西ドイツへ売却され、<br />1971年10月にラボー海軍記念館(Laboe Naval Memorial)で博物館船となった<br /><br />写真は狭い艦内

    戦歴:

    1944年6月〜作戦に従事(哨戒9回)、
    1944年5月21日 シェトランド諸島北東沖にて英飛行艇の攻撃を受け損傷、
    1944年12月29日 北極海にてソ連掃海艇「T-883」を撃沈、
    1945年3月2日 北極海にてソ連駆潜艇「BO-224」を撃沈。

    戦争末期の1945年5月8日にU-995はノルウェーのトロンハイムで被弾し、英軍に降伏し、その後1948年10月にノルウェーの船主に引き渡された。

    1952年12月にU995はノルウェー海軍の潜水艦「Kauraカウラ」として現役を継続、1965年に退役した。

    その後、1ドイツマルクという象徴的な価格で西ドイツへ売却され、
    1971年10月にラボー海軍記念館(Laboe Naval Memorial)で博物館船となった

    写真は狭い艦内

  • 写真は両側に兵員のベッド

    写真は両側に兵員のベッド

  • 艦橋、中央指令室、士官室、下士官室、乗員寝室兼休憩室、通信・レーダー室、機関室、トイレ、厨房などがあるのだろう。<br /><br />居住スペースよりも長い魚雷が艦内では目立ち、ともかく艦内は狭い、息苦しい、乗員約50人がいたとすれば、大変なことだったと想像する。<br /><br />後ろから入り、艦内を前に進み、前方の出口から降りる。外の空気が新鮮に感じた。<br /><br />写真は通信・レーダー室、

    艦橋、中央指令室、士官室、下士官室、乗員寝室兼休憩室、通信・レーダー室、機関室、トイレ、厨房などがあるのだろう。

    居住スペースよりも長い魚雷が艦内では目立ち、ともかく艦内は狭い、息苦しい、乗員約50人がいたとすれば、大変なことだったと想像する。

    後ろから入り、艦内を前に進み、前方の出口から降りる。外の空気が新鮮に感じた。

    写真は通信・レーダー室、

  • 写真は通信・レーダー室

    写真は通信・レーダー室

  • 写真は小さなトイレ

    写真は小さなトイレ

  • 写真は居住スペースよりも長い魚雷・後部

    写真は居住スペースよりも長い魚雷・後部

  • 写真は居住スペースよりも長い魚雷・前部

    写真は居住スペースよりも長い魚雷・前部

  • 写真はUボートの側面:後ろから入り、艦内を前に進み、前方の出口から降りる。

    写真はUボートの側面:後ろから入り、艦内を前に進み、前方の出口から降りる。

  • 参考;ラボーにある海軍記念館の58m高さの展望塔:<br /><br />第一次大戦後、海軍の戦没者を祀る記念館として、1927年に着工された。地下には記念ホールがあり、戦没者の霊を祀ってある。<br /><br />当初は海軍のみであったが、1954年に一般の海事関係者の霊も祀られるようになった。戦争で失われた船舶名、歴代のドイツ海軍旗、海軍の全船籍のプロフィール、代表的な舟の模型などが展示されている。 <br /><br />展望塔は85mの階段を上り、高所恐怖症にはとても怖い(実際はエレベーターもある)と聞いて、外観のみを見て帰った。<br /><br />写真は再びドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔を撮る

    参考;ラボーにある海軍記念館の58m高さの展望塔:

    第一次大戦後、海軍の戦没者を祀る記念館として、1927年に着工された。地下には記念ホールがあり、戦没者の霊を祀ってある。

    当初は海軍のみであったが、1954年に一般の海事関係者の霊も祀られるようになった。戦争で失われた船舶名、歴代のドイツ海軍旗、海軍の全船籍のプロフィール、代表的な舟の模型などが展示されている。 

    展望塔は85mの階段を上り、高所恐怖症にはとても怖い(実際はエレベーターもある)と聞いて、外観のみを見て帰った。

    写真は再びドイツ海軍記念館、高さ85mの海軍記念塔を撮る

  • 展示されている潜水艦は人気を博した映画「U-Boot」に出てくるのと同じタイプである。1981年に公開されたドイツ映画であるが、ウォルフガング・ペーターゼン監督、コロンビア映画の制作となっている。<br /><br />アカデミー賞の6部門にノミネート、世界的なヒット作になったことで一般にもUボートの名を知らしめた。<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=cz58F_HnXIk<br /><br />写真は振り返ってUボートを

    イチオシ

    展示されている潜水艦は人気を博した映画「U-Boot」に出てくるのと同じタイプである。1981年に公開されたドイツ映画であるが、ウォルフガング・ペーターゼン監督、コロンビア映画の制作となっている。

    アカデミー賞の6部門にノミネート、世界的なヒット作になったことで一般にもUボートの名を知らしめた。

    https://www.youtube.com/watch?v=cz58F_HnXIk

    写真は振り返ってUボートを

  • 帰りの道も遠く、往復4.5kmを歩いたようだ。<br /><br />駐車場でお煎餅をかじって休憩。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />写真はLaboe:潜水艦U-ボート:U995の俯瞰

    帰りの道も遠く、往復4.5kmを歩いたようだ。

    駐車場でお煎餅をかじって休憩。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    写真はLaboe:潜水艦U-ボート:U995の俯瞰

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この旅行記へのコメント (5)

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  • とんちゃん健康一番さん 2017/03/28 13:23:41
    お邪魔しますぅ☆
    jijimaruさん(*^_^*)

    こんにちは!
    キールの旅行記にお邪魔させて頂きます。
    5月にキールへ行く予定なので、jijimaruさんの旅行記で
    予習させて頂いておりますぅ☆
    Uボート博物館にどうしても主人が行きたいみたいなのです(*^_^*)

    楽しい旅が出来ると良いなぁ〜っと思っております。
    また、ゆっくりお邪魔させて頂きます。

    とんちゃん健康一番

    とんちゃん健康一番さん からの返信 2017/03/28 13:24:49
    すみません!お名前間違えて書き込みしてしまいました。
    jijidarumaruさん(*^_^*)

    お許し下さい。
    >
    > こんにちは!
    > キールの旅行記にお邪魔させて頂きます。
    > 5月にキールへ行く予定なので、jijidarumaruさんの旅行記で
    > 予習させて頂いておりますぅ☆
    > Uボート博物館にどうしても主人が行きたいみたいなのです(*^_^*)
    >
    > 楽しい旅が出来ると良いなぁ〜っと思っております。
    > また、ゆっくりお邪魔させて頂きます。

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2017/03/28 17:58:55
    RE: お邪魔しますぅ☆
    とんちゃん健康一番さん、

    こんにちは。

    久しぶりにご投票とコメントありがとうございました。

    北方二州といっても、中々このあたりまで来られる日本人は少ないですね。
    5月と言う良い季節ですから、Laboeラボーの海岸、Uボート博物館、
    ヴァイキング博物館、キールのバルラハの「闘う天使像」
    など、楽しい旅が出来ることでしょう。

    jijidaruma
  • のまどさん 2016/07/15 05:51:09
    暑中お見舞い申し上げます
    jijidarumaさん、こんにちは。

    毎度、ご投票いただきありがとうございます。

    今夏の日本はとりわけ暑いようですが、いかがお過ごしですか?ご家族揃って健やかにお過ごしであれば幸いです。

    こちらの夏は悲しいことに終わりかけています。冬は比較的温暖でしたが、なかなか春を実感する気温にならず、やっと暑くなったと思ったら毎日のように雨です。

    サッカーのユーロ杯、残念でした。ドイツ―イタリア戦は大会の中で最高レベルの試合だったと思うので、負傷者さえいなければドイツが優勝していたでしょう。決勝は不甲斐ない試合ばかりしていたポルトガルよりもテロで傷ついた国民のためにフランスに勝ってほしかったのですが。ちなみにドイツとフランスを応援していたなどとベルギーで言ったならば非難轟轟ですが。いずれにせよ、サッカーはヨーロッパに欠かせない文化です。

    それはともかく、ドイツは日本と面積が日本と同じくらいなので、南北で随分と景色が違いますね。私の感覚ではデンマークは随分と遠い国に思えますが、キールはデンマークのすぐ南ですよね。ヴァイキング博物館や海岸沿いの家屋などから地理的な位置を感じます。

    ドイツ北方の海岸は人がいなくてきれいだと聞いたことがありますが、写真を拝見するとその通りですね。泳ぐには少し寒そうに見えますが、砂も海もきれいな色ですね。Uボートの中はすごいですね。その環境で海面下という状況は想像できません。

    今年はドイツに行かれましたか?今後の投稿を楽しみにています。

    時節柄、ご自愛を。

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2016/07/15 18:57:22
    暑中お見舞い申し上げます
    のまどさん、
    こんばんは。いつもありがとうございます。
    お二人の東北の旅は新鮮な感じで興味深いです。

    東北も高校生時代の頃ですから、私にとっては
    50年以上も前の事になります。大学受験の3年の
    夏にも拘わらず、野球部仲間(東京都大会の3回
    戦で敗退)とすっきりしない気持ちで巡りました。
    当然ながら、北大の工学部に合格した一人を除き、
    後は皆浪人となりました。暑い夏がやってくると、
    そんなことを思い出します。
    今夏は応援に行くことも無く、母校は三回戦の延長
    10回3X2で明大明治にサヨナラ負けしました。

    ハイ、お蔭様で私共も娘家族も皆元気です。
    今日は猛烈な雷雨で涼やかになりました。
    球友の住む地域は道路が冠水し、大変のようでしたが。

    サッカーはヨーロッパに欠かせない文化・・・私も国を
    代表するワールドカップは応援に力が入ります。
    Jリーグは全く見ないのですがね。

    ドイツの北方はデンマークとの関係が深く、言葉も
    デンマーク語の影響が強いようですよ。
    キール傍のラボーの写真も見て頂きましたが、泳ぐという
    よりも日光浴の海岸のように思いました。

    今年のドイツ旅行はまだです。秋か、冬になりそうですが、
    15回目、なんとか行きたいですね。
    それではまた、お元気で。
    (南仏ニースの惨状には言葉もありません。)

    jijidaruma


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