2014/05/09 - 2014/05/23
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jijidarumaさん
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ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅
期間:2014年05月09日~23日 15日間)
参考:
≪ドイツの春:北方二州を巡る旅に出る≫
http://4travel.jp/travelogue/10883955
05月18日(日) 185km、曇り時々シャワー、15℃
Ludwigslustルートヴィヒスルスト宮殿12:50 =>B191 34km Festung Doemitzデーミッツ要塞13:30~14:30 =>B191(Danneberg)・B248 43km Salzwerdelザルツヴェーデル15:20~16:30 (お茶)SalzwedelザルツヴェーデルCafe Kruseカフェ・クルーゼ 15:30~16:20=>B248・B71・L? 56km Schlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城17:21着。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城はネオ・ゴシック風に英国チューダー様式を加えたもの。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
*小雨降るルートヴィヒスルストの町を出て、B191をElbetalエルベ峡谷と呼ぶ一帯を走る。今日はメクレンブルク・フォアポンメルン州の州境を越え、ニーダーザクセン州を経由し、そしてザクセン・アンハルト州に入る。
メクレンブルク・フォアポンメルン州の州境・エルベ川に面したFestung Doemitzデーミッツ要塞に至る。34km 13:30到着。 -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞の地図
-
<Doemitzデーミッツ>
http://www.doemitz.de/
人口3000人のデーミッツ村はエルベ川畔の小村だが、かつてメクレンブルク領の境界線にあり、エルベ川沿いにある拠点として、領邦における重要な役割を果たしてきた。
俯瞰写真を見ると、村・要塞はエルベ川から水を引き、周囲を掘割で囲んでいるのが分かる。
この村がもつ要塞、歴史的な市街地、エルベの港は今日もなお歴史的価値を示している。
写真はWappen_Doemitzデーミッツの紋章 -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞:俯瞰・・・昔の縄張りをよく残している。要塞は函館の五稜郭(ごりょうかく)のような五角形の形式になっている。
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写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞のかつての縄張り
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まず、要塞への入り口になる橋を渡る。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞:入口は掘割を渡った先にある -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞・・エルベ川から水をひいた水濠
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≪Das Museum Festung Doemitzデーミッツ要塞博物館≫
13:30~14:30 入場料Euro4
デーミッツ要塞はメクレンブルク公爵Johann Albrecht I ヨハン・アルブレヒト1世により、1559~1565年にかけて築城された。
メクレンブルクの南西の境界守備とエルベ川の渡河の安全に備える為に作られた平地の要塞である。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館 -
要塞門に続く稜堡の中も歴史資料の展示場になっているようだ。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館:稜堡の中 -
要塞は函館の五稜郭(ごりょうかく)のような五角形の形式になっており、司令塔、稜堡、要塞内の砲郭を備えたものである。
1935年から要塞は郷土博物館になり、1975年以来、記念建造物保護の対象になっている。
ここでも6月7日(土)、8日(日)に第10回目の“Die Nordedeutschen Tage an der Elbeエルベ川における北ドイツの日”が開催予定だ。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館 -
イチオシ
郷土博物館開館:火~金、9:00~17:00、土~日 、10:00~18:00
http://www.festung-doemitz.de/
http://www.youtube.com/watch?v=S9SvNqosTzI
http://de.wikipedia.org/wiki/Liste_der_Festungen_in_Deutschland#Niedersachsen
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館:要塞の模型 -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館:要塞の模型
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要塞司令官の建物を利用した郷土(要塞)博物館は最初に五角形の要塞俯瞰図が目に付き、年代別の要塞の模型も作られ、次第に規模が大きくなり、防衛機能が強固になる様が見て取れ、分かりやすい。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館:要塞の模型 -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞博物館:要塞の模型
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写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞1611年
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写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞1758年
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郷土の色合いはかつての市民生活を示す台所、居間、薬局、近代の境界防衛の仕組み、織機工房などなどです。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞(郷土)博物館:台所 -
写真はデーミッツ要塞(郷土)博物館:居間
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写真はデーミッツ要塞(郷土)博物館:薬局
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写真はデーミッツ要塞(郷土)博物館:近代の境界防衛の仕組み
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写真はデーミッツ要塞(郷土)博物館:織機工房などが見られた。
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写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞:防衛壁
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要塞の先端から見るエルベ川は思っていた以上に遠い。
かつてはもっとエルベ川に近く、要塞の機能を果たしていたのだろうが、現在、川までは広い農地や草原になっている。
エルベ川の鉄橋を渡れば、ニーダーザクセン州(州都ハノーファー)になる。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞から見たエルベ川方向・・昔から比較すると川が遠い。 -
<Die Elbeエルベ川>
ドイツのライン、ドナウ、エルベ川の3大河川は共に、様々な国を通過する重要な国際河川であり、エルベ川は昔からハンザ商人が船による輸送=通商路としてきた河川の一つである。
また、歴史的にも古代ローマ軍が進軍したのも、エルベ川の左岸までであり、ゲルマン部族のフランク王国のカール大帝も全ヨーロッパを支配下に置いたが、その帝国の境界もエルベ川の左岸であった。
エルベ川はチェコのボヘミアの北部リーゼン山地に水源があり、1154kmの距離を流れ、北海に注ぐ大河だ。
Meissen、Dresden、Magdeburg、Wittenberg、Hamburgなどの諸都市を流れ、エルベ川の恩恵をこうむる地域の人口は多く、24.5百万人を数えるという。
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞・・・向こうに見えるのがエルベ川 -
写真はFestung Doemitzデーミッツ要塞・・・右上、
手前はエルベ川を越え、ニーダーザクセン州(州都ハノーファー)に入る鉄橋である。
この後、ここを渡り、元祖バウムクーヘンで有名なSalzwerdelザルツヴェーデルの町を目指した。 -
デーミッツからは国道191でDannebergダンネベルクに、ここからは国道248を南下し、アルトマルク地方に入る。
合計43kmを走ると、元祖バウムクーヘンで有名なSalzwerdelザルツヴェーデルに着いた(15:20)。
この町も木組み建築の家並みが多い。
写真は元祖バウムクーヘンで有名なSalzwerdelザルツヴェーデルの町の図 -
街中のLorenzkircheローレンツ教会からちょっと歩くと、目的のCafe Kruseカフェ・クルーゼのバウムクーヘンの看板が目に付いた。
写真はSalzwerdelザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼの正面 -
元祖バウムクーヘンのレストランでは運良く、バウムクーヘン作成の実演をしていた。
ドイツ人のツアーの人たち向けの実演だったのでしょうが、ツアー担当者が気を利かして、私共を見える場所に招じてくれた。
(1842年創業で、昔のままのレシピ通りに行われる実演は日曜日及び毎月の第一水曜日14:00に行われるという。私共が入った時間はすでにこの対象時間ではなく、実演は予約済みのグループの為であったから、有難いものだったのです。)
写真はザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼ:実演中 -
イチオシ
暖炉のような場で黄金色した炎が燃え、女性の担当者が昔通りのレシピでローラーに巻き付けながらバウムクーヘンをクルリクルリと回転させて、“ケーキの王”バウムクーヘンを形作っていく。
写真はザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼ -
(お茶)SalzwedelザルツヴェーデルCafe Kruseカフェ・クルーゼ
15:30~16:20 Euro12(1,587円)
見学の後は当然、カフェで3片のバウムクーヘンを注文し、ダージリンの紅茶で楽しんだ。
写真はザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼ -
写真はザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼのケーキ売り場
-
そして、やはり娘家族にお土産もと、同じ3種を購入した(Euro21.83)。
帰国して3種類のバウムクーヘンを私共と娘家族で其々3等分して食べた。娘たちにも好評だった。
写真はザルツヴェーデル:Cafe Kruseカフェ・クルーゼのケーキ売り場 -
<Salzwerdelザルツヴェーデルとバウムクーヘン>
15:20~16:30
http://www.salzwedel.de/
ザクセン・アンハルト州の最北部・アルトマルク地方にあるSalzwedelザルツヴェーデルという25千人の町はかつてのハンザ都市であり、Magdeburgマグデブルク、Luebeckリューベック、Hamburgハンブルク、Braunschweigブラウンシュヴァイクといった都市との交易路が交差する町であった。
州都マグデブルクからハンブルク方面に走って凡そ100kmの距離にある。
ザルツヴェーデルはBaumkuchenバウムクーヘンの発祥の地として知られている。
今もってこの町では当時のレシピを使った、直火で焼くバウムクーヘンを食べられる。
その製法は少なくとも1682年からのもので、直火の上をじんわりと回転するローラーの上にバウムクーヘンが徐々に層をなすように作っていく。
1841年5月26日、プロイセン王Friedrich Wilhelm IVフリードリヒ・ヴィルヘルム四世(在位:1840年 - 1861年)は、選帝侯ヨアヒム二世(1535-1571)(Kurfuerst JoachimⅡ)以来の王侯貴族として、ザルツヴェーデルの町を訪ねた。
それだけに 町は王に敬意を表して、歓迎の宴を催した。
その際、"Adler Horst"のLuise Lentzルイーズ・レンツのバウムクーヘンが、初めて王の食後のデザートに出されました。
ヴィルヘルム四世はそれをたいそう気に入り、愛する王妃のために残りを持って帰ったそうです。
また、ヴィルヘルム四世はルイーゼ・レンツにバウムクーヘンをベルリンの宮廷に定期的に送付するように命じたと云う。
その後、ベルリンはもとより、ウィーン、サンクトペテルブルクなど、各地の王宮からも注文があり、この味は王宮から民衆に広がり、各地の人々に好まれるようになったと云われている。
今日もなお、王が食べた当時のように、直火による手作業で焼かれたバウムクーヘンは古くから伝えられたレシピに従い、保存料を使わず、一番良い自然の素材とバターだけが使用されているのだそうだ。
現在、ドイツで有名なバウムクーヘンの町はSalzwedelザルツヴェーデル、Cottbusコットブス、Dresdenドレスデンがある。
発祥の地ザルツヴェーデルの3店にその製法が受け継がれていると云う。
①Salzwedeler Baumkuchen GmbH ザルツヴェーデラー・バウムクーヘン有限会社;
D-29410 Salzwedel 、Am Gueterbahnhof 19
http://www.baumkuchen-saw.de/
Cafe "Treff im Adler * Horst"カフェ“トレフ・イム・アドラー・ホルスト”。
②Cafe Kruseカフェ・クルーゼ;
D-29410 Salzwedel 、Holzmarktstrasse 4 - 6
http://www.kruse-baumkuchen.de/
③Erste Salzwedeler Baumkuchenfabrikエアステ・ザルツヴェーデラー・バウムクーヘン・ファブリーク ;
D-29410 Salzwedel 、St.-Georg-Strasse 87
http://www.baumkuchen-salzwedel.de/
写真はザルツヴェーデルの木組みの家並み -
<Altmarkアルトマルク地方>
この地方にはザルツヴェーデル、シュテンダル、ハーフェルベルクなどの歴史のある街々がある。またとりわけ際立った、自然のままの風景を持った場所が多く、エルプ低湿地、ハーフェル低地、自然公園ドレームリング、アルトメルキッシェ・ヴィッシェ、コルビッツ・レッツリンガー・ハイデやカルベッシェ・ヴェーダーなどがある。
Havelbergハーフェルベルク:
アルトマルク地方にある小さな町ハーフェルベルクは、中世初期にはキリスト教布教の最前線の町であった。948年、オットー1世は西のスラヴ人のキリスト教化のためにオステルビーン教区を設けた。聖マリア大聖堂はこの時代に建てられたものだ。
Stendalシュテンダル:
ゴシック様式のレンガ造り建物が多数ある旧市街の見所は聖ニコラウス大聖堂とローラント像のある市庁舎です。
写真はザルツヴェーデルの町中・・・市庁舎 -
この日一番の距離56kmを走り、小さなレッツリンゲンという村に入ると、中央通りから古い石畳の道がクリーム色の瀟洒な城館へと続いている。
Schlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城にはちょうど良い時間に着いた(17:21)。
写真はWappen_Letzlingenレッツリンゲンの紋章 -
イチオシ
05月18日(日)(1泊)
⑩Schlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城“Hirschburg鹿の城”
D-39638 Letzlingen 、Schlossstrasse 10
Tel:+49(0)390 88 80 20 -0 、Fax:+49(0)390 88 80 20-85
http://halbersbacher.de/schlosshotel-letzlingen/
http://www.letzlingen.de/
3星・全35室。40号室(2階)Silberturm銀の塔・Turmzimmer(塔内1室)Euro130(18,411円) =>Arrangements・Romantik im Turmzimmer Euro200。
写真はSchlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城:正面・・・ネオ・ゴシック風に英国チューダー様式を加えたもの。 -
レッツリンゲン(人口1500人)の村はColbitz-Letzlinger Heideコルビッツ・レッツリンガー・ハイデの中心にある。
この地方はエルベ川とMittellandkanalミッテルラントカナル(エルベとヴェーザーの二つの川を繋ぐ運河)に挟まれた地域である。
写真はSchlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城:右手から -
写真はSchlosshotel Letzlingen古城ホテル レッツリンゲン城:Kavaliershausキャバリエハウス(騎士、高官が居住した家)・・・レセプション・朝食の間がある。
-
レッツリンゲン城はネオ・ゴシック風に英国チューダー様式(Tudor style)を取り入れたものだと云う。
本城館(博物館)を中心に正門の城門櫓(じょうもんやぐら)、4隅に隅櫓(角櫓)というべき塔がある。
周囲を水濠に囲まれているが防御性の高いものではない。レセプション、朝食の間があったのはKavaliershausキャバリエハウス(騎士、高官が居住した家)で、水堀に架かる橋を渡った所にある。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:Silberturm銀の塔・Turmzimmer(塔内1室)が宿泊所。 -
古城ホテルの東北の櫓であるSilberturm銀の塔は、塔内の1階の扉を施錠してしまうと、塔内全体がTurmzimmerとして一つの部屋となる。
何度か、塔内の部屋に宿泊したことがあるが、このように塔全体の部屋を利用したことが無く、興味深いものだった。
スイートと言っても豪華ということではなく、今までの古城ホテルに比較すれば、むしろ質素なものである寝室と浴室でした。
それらは階段の踊り場を挟んで、分かれているのが少々不便であり、不用心に感じた。
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):質素なベッドですが。 -
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):ベッドの上部
-
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):寝室の天井
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<Arrangements:Romantik im Turmzimmer ロマンチックな塔内部屋に滞在>
1 Uebernachtung inklusive Fruehstueck 1泊朝食付き
1 Fl. Sekt im Turmzimmer お部屋に1本のゼクトを提供
(レストランの値段はEuro24。夕食中に準備され、部屋でよく冷えていたのですが、結局、いつものようにお土産として持ち帰りました。)
4 Gang Ueberraschungs Candle-Light-Dinner am Abend inklusive Aperitifキャンドルディナー4品の夕食、アペリティーフ付き(オレンジゼクト)
Euro 200 fuer 2 Personen、 Alle Preise in Euro, inklusive Mehrwertsteuer
2人でEuro200(付加価値税込)
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):窓の向こうは深い森 -
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):ちょっとしたスぺ―スがある。
-
写真は銀の塔・Turmzimmer(塔内1室):浴室・・・階段の踊り場を挟んで、寝室から離れているのが少々不便であり、不用心に感じた。
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写真は古城ホテル レッツリンゲン城:隅櫓(角櫓)というべき塔
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メインレストランにRestaurant Kaiserhofレストラン カイザーホフがある。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:レストランKaiserhofカイザーホフ -
(夕食)古城ホテル レッツリンゲン城 レストランKaiserhofカイザーホフ
19:10~21:10 Euro70+18=88(12,463円)
今夜はアレンジメントによる4品のキャンドルディナーになっている。
このメインレストランの客は私共だけだった。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:レストランKaiserhofカイザーホフ -
飲物:アレンジされたアペリティーフはオレンジゼクトでした。
フランケンのジルバーナ辛口Euro5.5X2、水、コーヒー。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ: -
① 前菜:ミックスサラダ、ドラゴンフルーツ、イチゴ、スイカ、サニーレタスなど。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:前菜 -
② スープ:ベーコン、ネギ入りジャガイモのスープ。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:スープ -
③ メイン:豚肉のメダリオン、ジャガイモとベーコンの炒め物、ネギの生クリーム和え。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:メイン -
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:お嬢さんに頼んだらちょっとピンボケでした。
-
④ デザート:キャラメルソース上にプリンと木苺載せ、イチゴ、ザーネ、アイスクリーム。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:デザート -
ドイツ飯が好きな所為か、とても満足した夕食でした。
写真はレストランKaiserhofカイザーホフ:コーヒーでしめた。 -
<レッツリンゲン城の歴史>
レッツリンゲン城は“Hirschburg鹿の城”とも称された狩猟城館として、Georg von Brandenburgブランデンブルク選帝侯ゲオルゲにより、1560年~68年に築城された。
1843年、ザルツヴェーデルのバウムクーヘンで登場したプロイセン王Friedrich Wilhelm IVフリードリヒ・ヴィルヘルム四世がこの地を訪れ、レッツリンゲン城の事を知った。
ヴィルヘルム四世はこの城をネオ・ゴシック風に改築させているが、レッツリンゲン城はザクセン・ アンハルト州における、ホーエンツォレルン家の唯一の城である。
1843~1912年の間、つまりDeutscher Kaiserドイツ皇帝ヴィルヘルム1世(兄である第6代プロイセン王ヴィルヘルム四世に子供がなく、弟であるヴィルヘルム1世に王位を譲った。後に初代皇帝になる。)からヴィルヘルム2世の時代、当地は王・皇帝のHofjagden狩猟場になったのです。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:ネオ・ゴシック風に英国チューダー様式を加えたもの。 -
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:秋景色
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また、ロシア皇帝Alexanderアレクサンドル2世とドイツの鉄血宰相Otto von Bismarckオットー・ビスマルクが客として滞在したと云う。
レッツリンゲン城はヴィルヘルム2世の時代が終わった20世紀中ごろより順次、学校、病院などに利用されている。
ドイツ再統一後、1990年よりザクセン・ アンハルト州は歴史的な建物である教会や城の大改装を推進し、レッツリンゲン城も改装後の2001年、古城ホテル・レストラン・博物館としてオープンされたのである。
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:秋景色 -
写真は古城ホテル レッツリンゲン城:冬景色
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写真はドイツの旅の行程図・・・後半に入り、徐々にデュッセルドルフに近づく。
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