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奈良にあるツツジの花のお寺、長岳寺の紹介です。日本最古の歴史の道といわれる、山の辺の道のほぼ中間点に位置する古刹です。弘法大師・空海の開基です。

2016春、奈良のお寺の花(5/17):長岳寺(5):ツツジ、カキツバタ、本堂、鐘楼門

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2016/04/30 - 2016/04/30

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旅行記グループ 2016春、奈良のお寺と花巡り

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

奈良にあるツツジの花のお寺、長岳寺の紹介です。日本最古の歴史の道といわれる、山の辺の道のほぼ中間点に位置する古刹です。弘法大師・空海の開基です。

交通手段
観光バス

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  • 釜の口山・長岳寺の境内光景です。弘法大師・空海が開基したと伝わる、高野山真言宗の古刹です。

    釜の口山・長岳寺の境内光景です。弘法大師・空海が開基したと伝わる、高野山真言宗の古刹です。

  • 正面から眺めた、長岳寺本堂の光景です。中央手前に石灯篭がありました。本堂は、天明3年(1783年)に再建された建物です。

    正面から眺めた、長岳寺本堂の光景です。中央手前に石灯篭がありました。本堂は、天明3年(1783年)に再建された建物です。

  • 少しズームアップした、正面から眺めた、長岳寺本堂の光景です。本尊の阿弥陀如来を始めとする三尊像と、多聞天、増長天立像が祀られています。

    少しズームアップした、正面から眺めた、長岳寺本堂の光景です。本尊の阿弥陀如来を始めとする三尊像と、多聞天、増長天立像が祀られています。

  • 例年より少し早いとお聞きした、カキツバタが満開だった放生池の光景です。その池に、満開のカキツバタが姿を映していました。

    イチオシ

    例年より少し早いとお聞きした、カキツバタが満開だった放生池の光景です。その池に、満開のカキツバタが姿を映していました。

  • サツキの花のお寺として有名な長岳寺ですが、カキツバタや紅葉でも名高いお寺です。関西花の寺二十五霊場の第19番札所です。

    サツキの花のお寺として有名な長岳寺ですが、カキツバタや紅葉でも名高いお寺です。関西花の寺二十五霊場の第19番札所です。

  • 同じく、放生池とその周りの光景です。この時期、サツキやカキツバタの花のほか、広大な境内の新緑にも癒されます。

    同じく、放生池とその周りの光景です。この時期、サツキやカキツバタの花のほか、広大な境内の新緑にも癒されます。

  • 見頃を迎えていた『カキツバタ(杜若)』ですから、もう少し紹介を続けます。カキツバタと池の畔の赤いツツジの光景です。カキツバタは、放生池に映り込んでいました。

    見頃を迎えていた『カキツバタ(杜若)』ですから、もう少し紹介を続けます。カキツバタと池の畔の赤いツツジの光景です。カキツバタは、放生池に映り込んでいました。

  • 手前に赤い椿の花と、新緑の楓を入れた放生池の光景です。地元愛知県の三河地区には、在原業平所縁の杜若の池がある無量寿寺や、国の天然記念物の杜若原生地の小堤西池があります。

    手前に赤い椿の花と、新緑の楓を入れた放生池の光景です。地元愛知県の三河地区には、在原業平所縁の杜若の池がある無量寿寺や、国の天然記念物の杜若原生地の小堤西池があります。

  • 放生池で泳ぐ、庇護糸の語彙の光景です。杜若ですと、どうしても在原業平のカキツバタの和歌を連想します。『から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ』は、『古今和歌集』に選ばれています。

    放生池で泳ぐ、庇護糸の語彙の光景です。杜若ですと、どうしても在原業平のカキツバタの和歌を連想します。『から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ』は、『古今和歌集』に選ばれています。

  • 新緑の木々で溢れた長岳寺の境内光景です。その中で赤いツツジの花が彩を添えていました。

    新緑の木々で溢れた長岳寺の境内光景です。その中で赤いツツジの花が彩を添えていました。

  • 赤く色付いた実が付いた、『カエデ(楓)』の枝先光景です。この楓が、秋には紅葉の主役となります。

    赤く色付いた実が付いた、『カエデ(楓)』の枝先光景です。この楓が、秋には紅葉の主役となります。

  • 同じく、赤く色付いた実が付いた、『カエデ(楓)』の枝先光景です。『カエデ(槭、槭樹、楓)』は、ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の木の総称です。翼果が脱落する時、空気の抵抗を受けて回転し、滞空時間を稼いで風に運ばれやすくなります。

    同じく、赤く色付いた実が付いた、『カエデ(楓)』の枝先光景です。『カエデ(槭、槭樹、楓)』は、ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の木の総称です。翼果が脱落する時、空気の抵抗を受けて回転し、滞空時間を稼いで風に運ばれやすくなります。

  • 満開のツツジの花と、鐘楼門方面の光景です。鐘楼門は、この後にも紹介しますが、日本最古とされる重要文化財の建物です。望楼を持つ、二階建ての檜皮葺の屋根です。

    満開のツツジの花と、鐘楼門方面の光景です。鐘楼門は、この後にも紹介しますが、日本最古とされる重要文化財の建物です。望楼を持つ、二階建ての檜皮葺の屋根です。

  • 何度も紹介した、四国88カ所の地蔵尊の光景です。第75番札所の香川県の五岳山・善通寺です。弘法大師生誕のお寺です。現在は、四国霊場最大の五重塔があり、真言宗善通寺派の総本山です。

    何度も紹介した、四国88カ所の地蔵尊の光景です。第75番札所の香川県の五岳山・善通寺です。弘法大師生誕のお寺です。現在は、四国霊場最大の五重塔があり、真言宗善通寺派の総本山です。

  • 鐘楼門方面に移動する途中、振り返って眺めた本堂の光景です。本堂は、永禄年中(1558〜1569年)に焼失し、宝暦年中(1751〜1763年)から再建が始まり、天明3年(1783年)8月に落成した建物です。

    鐘楼門方面に移動する途中、振り返って眺めた本堂の光景です。本堂は、永禄年中(1558〜1569年)に焼失し、宝暦年中(1751〜1763年)から再建が始まり、天明3年(1783年)8月に落成した建物です。

  • 鐘楼門方面に移動する途中、右手(北方面)に伸びる小道がありましたので、少し散策することにしました。本堂の西側になります。

    鐘楼門方面に移動する途中、右手(北方面)に伸びる小道がありましたので、少し散策することにしました。本堂の西側になります。

  • 本堂の西側にあった小道の光景です。石段が奥の方まで続いていましたが、散策はここまでにしました。

    本堂の西側にあった小道の光景です。石段が奥の方まで続いていましたが、散策はここまでにしました。

  • 本堂の西側にあった小道から眺めた本堂の側面光景です。再建されて、230年余を経過した建物です。本堂に安置されている本尊を始めとする5体の仏像は国の重要文化財ですが、建物は指定されていません。

    本堂の西側にあった小道から眺めた本堂の側面光景です。再建されて、230年余を経過した建物です。本堂に安置されている本尊を始めとする5体の仏像は国の重要文化財ですが、建物は指定されていません。

  • 本堂の周りの樹木光景です。赤いツツジの花と新緑の光景です。生き物としての樹木の息吹を感じさせてくれる光景でした。

    本堂の周りの樹木光景です。赤いツツジの花と新緑の光景です。生き物としての樹木の息吹を感じさせてくれる光景でした。

  • 長岳寺の本堂光景です。長岳寺は、柳本町の東方、釜口(かまのくち)山にあり、俗に『釜口のお大師さん』呼ばれ、親しまれています。『釜口』の名は、日本武尊の十男・釜見王に因んだものといわれますが、『鉱山の口』、『塚穴』や『瓦釜』などの異説もあります。日本武尊(?〜景行天皇43年)は、記紀に記述された古代日本の英雄とされます。父は12代天皇の景行天皇、子の一人は14代天皇の仲哀天皇です。景行天皇在位中に亡くなり、自身は天皇位には就いていません。神話の世界です。

    長岳寺の本堂光景です。長岳寺は、柳本町の東方、釜口(かまのくち)山にあり、俗に『釜口のお大師さん』呼ばれ、親しまれています。『釜口』の名は、日本武尊の十男・釜見王に因んだものといわれますが、『鉱山の口』、『塚穴』や『瓦釜』などの異説もあります。日本武尊(?〜景行天皇43年)は、記紀に記述された古代日本の英雄とされます。父は12代天皇の景行天皇、子の一人は14代天皇の仲哀天皇です。景行天皇在位中に亡くなり、自身は天皇位には就いていません。神話の世界です。

  • 鐘楼門近くから眺めた、本堂の甍の光景です。江戸時代の長岳寺は、興福寺大乗院門跡末金蔵院に属していましたが、明治初年から大正末ごろまで高野山金蔵院、その後、高野山金剛峯寺末となりました。長岳寺の最盛期は、鎌倉時代や室町時代の中世期だったようです。

    鐘楼門近くから眺めた、本堂の甍の光景です。江戸時代の長岳寺は、興福寺大乗院門跡末金蔵院に属していましたが、明治初年から大正末ごろまで高野山金蔵院、その後、高野山金剛峯寺末となりました。長岳寺の最盛期は、鎌倉時代や室町時代の中世期だったようです。

  • 斜め前から見上げた、鐘楼門の上層の光景です。日本最古の鐘門であり、長岳寺では弘法大師当寺創建当初の唯一の建物とされ、平安時代の様式を残しています。柿葺(こけらぶき)の屋根です。

    イチオシ

    斜め前から見上げた、鐘楼門の上層の光景です。日本最古の鐘門であり、長岳寺では弘法大師当寺創建当初の唯一の建物とされ、平安時代の様式を残しています。柿葺(こけらぶき)の屋根です。

  • 下層部は数次の修繕を経ています。上層と違って、鎌倉、室町時代の様式を残しているとされます。

    下層部は数次の修繕を経ています。上層と違って、鎌倉、室町時代の様式を残しているとされます。

  • 『釜口山・長岳寺』のタイトルがあった縁起を記した説明看板です。かつては、本堂のほかに五重塔、十羅刹堂、真言堂、経蔵、宝蔵、愛染堂、大師堂、宿坊及び寺中坊舎42坊、外客坊、浴室などがあったと紹介されていました。まさに大伽藍です。

    『釜口山・長岳寺』のタイトルがあった縁起を記した説明看板です。かつては、本堂のほかに五重塔、十羅刹堂、真言堂、経蔵、宝蔵、愛染堂、大師堂、宿坊及び寺中坊舎42坊、外客坊、浴室などがあったと紹介されていました。まさに大伽藍です。

  • 白い塀の上部を覆っていた蔦の新緑の光景です。偶然ではなく、意図的に、上に這わせてあるようでした。

    白い塀の上部を覆っていた蔦の新緑の光景です。偶然ではなく、意図的に、上に這わせてあるようでした。

  • 白い塀の上部を這っていた、新緑の蔦のズームアップ光景です。秋になれば、楓とともに紅葉の主役になりそうです。

    白い塀の上部を這っていた、新緑の蔦のズームアップ光景です。秋になれば、楓とともに紅葉の主役になりそうです。

  • 『庫裏・旧地蔵院』の表札です。旧地蔵院本堂と庫裏が、現在は長岳寺の庫裏として使われています。国の重要文化財の建物です。

    『庫裏・旧地蔵院』の表札です。旧地蔵院本堂と庫裏が、現在は長岳寺の庫裏として使われています。国の重要文化財の建物です。

  • 『庫裏・旧地蔵院』の山門から眺めた境内の光景です。立寄ってみることにしました。長岳寺48カ坊の塔頭の内、唯一残った塔頭です。

    『庫裏・旧地蔵院』の山門から眺めた境内の光景です。立寄ってみることにしました。長岳寺48カ坊の塔頭の内、唯一残った塔頭です。

  • 境内に建っていた、国重要文化財の『旧地蔵院』と『旧地蔵院持仏堂』の紹介立札です。屋根は杉川を用いた大和葺きですが、玄関と持仏堂の屋根は檜皮葺と紹介されていました。

    境内に建っていた、国重要文化財の『旧地蔵院』と『旧地蔵院持仏堂』の紹介立札です。屋根は杉川を用いた大和葺きですが、玄関と持仏堂の屋根は檜皮葺と紹介されていました。

  • 右側に見えるのが、『大和葺(やまとぶき)』の旧地蔵院の本堂、左側の唐風の造りの部分が、『檜皮葺(ひわだぶき)』の玄関です。

    イチオシ

    右側に見えるのが、『大和葺(やまとぶき)』の旧地蔵院の本堂、左側の唐風の造りの部分が、『檜皮葺(ひわだぶき)』の玄関です。

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